第22話 カナデの決意
「……一体何の真似ですか、ミナト様」
「こっちの台詞だ。あんなのぶっ放したら全員死ぬだろ。少しは加減を考えろって」
ミリウスを睨みつけながら彼女の右手を掴む力を強くする。
彼女は苦悶の表情を浮かべながらも、こちらを睨み返してきた。
「彼らとて私の命を奪う覚悟だったはずです。ならばこちらも躊躇う理由はありません」
「だとしてもだ。ここで死んだら親父にどう説明する気だ?特にフレイア先輩なんかエアハートの王女殿下だぞ。戦争でも起こしたいのか?」
「それは……」
どうやら単に頭に血が昇っていただけらしい。
ミリウスは口ごもりながらも拘束から逃れようと試みるが、俺も体内の魔力を解放した。
「お前の勝ちだ。早く先輩達の拘束を解いてやれ。それとも──俺とやるか?」
「っ……!?」
右手を掴む手から伝わるのはミリウスの明らかな動揺。流石に部が悪いと悟ったらしい。
「……相手が悪すぎますね。負けを認めましょう」
ミリウスは不本意ながらも俺の忠告に従い糸の拘束を解除した。
彼女の魔力が霧散していく。解放された四人は崩れ落ちるように地面に倒れた。
「げほっ……助かったわ、ミナトくん……」
「ありがとう……ございます……」
咳き込みながらも立ち上がるレックスとフレイア。デイモンは意識はないが命に別状はない。
カナデは……あまり触れないほうがいいだろう。敗北感に打ちのめされた彼女の様子は痛々しいくらいだ。
「少しは身の程を知りましたか?セレニテスへの加入をミナト様がお決めになったなら私からは何も申しませんが、自分の実力不足を認めるべきではないでしょうか」
ミリウスは冷淡に吐き捨てる。
ただでさえ無力さを感じているであろう四人にここでさらに傷口に塩を塗り込むような物言いである。
「……そうね、確かに慢心はあったわ。次はもっと強くなってリベンジさせてもらうわよ」
だが、フレイアは即座に立ち上がった。決意を秘めた瞳でミリウスを睨みつける。
王族としてのプライドが彼女を奮い立たせているのだろう。
「……そうですか。まあ期待はしていませんが、その時が来たら相手にならせていただきましょう」
ミリウスは鼻で笑いながら踵を返す。
勝者の余裕といった風情だが、フレイアは何処か満足げにも見える。
「いがみ合うのはそこまでにしとけ。傷は治してやるから今日はもう解散だ」
俺は拘束されていた四人、ついでにミリウスにも魔力治療を行った。
態度はともかく、今の試合、俺自身にも学べる点が多々あった。その礼だ。
「すごい……傷だけじゃくて体力まで」
「これがミナト殿の魔力治療……噂通りの精度だな」
フレイアとレックスの驚嘆を涼しい顔で受け止めるミリウス。
この自己顕示欲の強さだけは評価したい。
「では私はこれにて失礼します。ミナト様、この者達と行動を共にするのは自由ですが、貴方様はクロフォード王国にとって必要不可欠な存在ですからどうかお忘れなきよう」
ミリウスは一礼してから訓練所を去っていった。
「……結局、何しに来たんだあいつ?」
「警告しに来たんじゃない?実力主義の監視役さんらしいしね」
フレイアは皮肉っぽく笑って見せる。
だが、彼女の表情はどこか晴れやかだ。
「でもこれで決まりね。これからもよろしく、ミナトくん」
フレイアが手を差し出してきた。レックスも嬉しそうに頷いている。
カナデは俯いたままだったが、しばらくするとゆっくりと顔を上げ手を伸ばしてきた。
「まあ、ほどほどにな」
改めてフレイアと握手をかわす。
とりあえず当分は、セレニテスの一員として動いていくことになりそうだ。
「さてと……今後の方針とか決めたいんだけど、デイモンを放っておくわけにもいかないか。確認だけど、傷は問題ないのよね?」
「ああ、その内目も覚ますだろ」
フレイアは念の為、デイモンの脈を確認すると安堵の表情を浮かべた。
「じゃあミナトくんの言うように今日はここまでにしましょう。悔しい気持ちも大事だけど、それをバネにして一週間後に改めて練習会を提案するのはどうかしら」
冷静な提案にレックスとカナデも同意する。
一時の感情に惑わされない辺りは流石は教官として慕われるだけはある。
「ごめんなさいね、ミナトくん。本当ならもっと歓迎したかったんだけど」
「気にしないでいいぞ。なんやら、もっといいのが見れたしな」
「正直複雑だけど、あなたが満足したならそれでいいわ。じゃあ各自解散ね、これからの訓練はさらに厳しくいくから覚悟しておいて」
「承知致しました」
フレイアの宣言にレックスはデイモンを担ぎつつ力強く頷く。
そのままフレイアと共に訓練所を後にし、俺も続こうとしたところでカナデに呼び止められた。
「ミナト……少しいい?」
「ん?ああ」
ボロボロになった訓練所の隅で向き合う俺達。
彼女の表情は暗い。模擬戦での敗北感が未だ消えないのだろう。
「……負けちゃった」
「仕方ないさ、相手が悪すぎだ。クロフォード家でもあれとタイマンやって勝てるのなんて親父くらいだぞ」
慰めでもなんでもなく事実だった。さっきの戦いを客観的に見てもミリウスの戦略・技術・何より魔力量。どれをとっても学院生レベルを遥かに超えている。
むしろ、ニアやアルフェン含め騎士団が束になってかかっても勝てない可能性すらある。
そんなやつが何故メイドなんてしてるかは分からないが……。
「そうかもしれないけど……ミナトは勝てるよね。止められた時、ミリウスさん、かなり焦ってたよ」
「……まあ、戦略や技術はともかく、純粋な魔力じゃ負けない自信はある」
「そっか……」
カナデは寂しそうに俯いた。
普段の明るい雰囲気は鳴りを潜め、まるで初めて会った時のような恐怖と諦めが入り混じった表情をしている。
「うん、もっと強くなる。ミナトが隣にいても安心できるように」
いや、顔。その顔で言うなよ……完全に無理矢理自分を納得させようとしてるだけじゃないか。
「カナデ」
「ん〜?」
「焦らなくていいんだぞ」
「……わかってる」
「嘘つけ」
反射的に否定の言葉を口走る。俺はカナデの肩を掴んだ。彼女がびくりと身体を震わせるが、構わず続ける。
「見守っている」
「え……」
「俺は俺、カナデはカナデだ。自分で選択した道を行け。だから、今のペースでいい」
俺なりの精一杯の励ましだった。カナデは大きく目を見開き固まっている。
……やばい、やってしまった気がする。こういう時に気の利いた台詞の一つも言えない自分が恨めしい。
「ミナトって、実はわたしのこと結構好きだったりする?」
「……は?」
何を言い出すんだこいつは。俺の思考が停止する。
「ふふ……ううん、何でもない。ありがとう」
「いや、あのな……」
「大丈夫だよ、もう立ち直ったから」
そう言ってニッコリ笑うカナデはいつも通りの彼女だった。さっきまでの弱々しい姿が嘘のようだ。
「なんか、すっきりした。帰ろ?」
「いや、いいのか?」
「それ、ミナトが言っちゃう?いつもわたしよりずっと先に行っちゃうから……」
彼女の言葉には複雑な感情が入り混じっていた。俺が何か言う前にカナデが続ける。
「でも大丈夫!わたし、追いつくから。絶対に」
そこにあるのは確かな意思表示だった。彼女は自分のペースで成長していける。
きっと、そう信じることがお互いの為にもなるんだろう。
「ああ、期待してるよ」
「うん!任せといて!」
笑顔で答える彼女の瞳に陰りはなかった。俺達は並んで歩き出す。
──この時、俺はまだ気づいていなかった。
カナデの想いがどれほど強く、重いものかということに。
そして、彼女がこれから辿る道が険しいものになることも。




