僕も早く走りたいっ!!
食事が終わると早々に、僕達は更なる逃避行のための準備を始める。
満月の夜の事だった・・・・・・。
まずは、馬車を使って下山して、運河に使われるような大きな川のそばを通る道まで行き、その後に僕達はローガンと別れる。
ローガンは、師匠・魔神フー・フー・ロー様にこの馬車の廃棄を命ぜられたからだ。この任務には、風と月の国の淑女ハー・ハー・シーより看破の目を授かっている上に、「疾風のローガン」の異名通りの神速を誇る走力を持つローガンにしか務まらないことだった。
「・・・・・僕もローガンのような俊足を身につけたいな・・・・。」
別れ際に僕がそう言うと、ローガンは苦笑いを見せる。噂によれば、ローガンのこの俊足は天性の風魔法の因子に由来するのだという。ローガンは風の精霊に愛されていて、そのおかげで彼は風のように走ることが出来る。風と月の国の淑女ハー・ハー・シーに愛されているのもそう言った事情だ。
つまり、彼のこの走力は、生まれつきのものであり、誰かに教えられるものではないらしい。そういえば、ローガンの孫のシズールも別に俊足と言うわけではない。どちらかと言えば、うちのミレーヌに比べたら鈍くさいと言っても差し支えないほど、シズールは体力的には恵まれていない。生まれつきの快足をもつ祖父のローガンとはまるで違う。
疾風のローガンにはそう言った事情があり、僕に羨ましがられても、教えることも授けることも出来ないのだった。
「こら。ローガンを困らせるな。」
見かねた師匠が僕の頭をポカリと叩きながら、注意するけど、やっぱり僕もあの俊足は身につけたい。
未だ王国にいた時、僕は騎士団長ギャレンタインと共に一瞬でローガンに敗北している。失神KO負けだ。あの神速の前に敗れ去ったのだ。あの経験がある以上、あの脚力を求めずにはいられなかった・・・・・。
「じゃあね、シズール。ジュリアン様のそばを離れないようにね。」
シズールと熱い抱擁を交わしてから、ローガンは一人、馬車に乗って川の上流目指して進むのだった。
そして、僕達は、ローガンとは別に「川を潜って下流を目指すぞ。」と言う師匠の指示に従う。師匠の言葉は絶対だった。たとえ、それが困難な道でも僕達は師匠の言うとおりに進む。何故なら、災いの神ドゥルゲットを敵に回した僕達にとって、師匠が提示してくれる生き残りの道を知らせる言葉だけが福音だったからだ。
※福音とは「喜ばしい知らせ」の意。
僕達は満月の月明かりを頼りに川に入って下流を目指した。川の流れは全ての痕跡を洗い流してくれる。夜だから目撃者もいない。完全に僕らの存在はココで消えるのだ。僕達の痕跡は川を潜る前まで残っていて、その後の痕跡は、ローガンが引く馬車にしかない。つまり、敵が追ってくるとしたら、痕跡をバラまいて進む馬車を操るローガン一人を追うことになる。
それについては、作戦会議の後に僕は直接、師匠に尋ねて十分に確認した。
「師匠。疑問なのですが、痕跡を消したところで災いの神ドゥルゲットの未来視ならば、我々の行き先は奴のお見通しではありませんか?」
しかし、僕の心配は杞憂だった。師匠は左右に首を振ってお答えになった。
「お前達の行動は、奴と同じく神である俺の領域内で起こること。その中の変化については、他の神は読み取ることが出来ない。神は神同士の行動については、相手がオープンにしない限りそう簡単にその未来を見ることが出来ないのだ。
まぁ、もっとも俺の未来視は奴のまやかしによって、まんまと曇らされてしまったがな。」
つまり、今。ドゥルゲットも師匠の未来を見ることが出来ないし、師匠も師匠と僕の未来を正しく見ることが出来ないのだった。少し、不利な境遇ではあるが、ドゥルゲットに師匠の未来を見られないのはせめてもの救いか。
そして、だからこそ、師匠は痕跡を消すことをとても重要視されているのだった。
冬の冷たい川の水の中を僕らは震えながら進む。運河にも使われるほど水量があり、流れも早い大きな河川であったが、僕達には水精霊騎士のミュー・ミュー・レイが付いてくれている。おぼれ死ぬどころか、通常よりも安全に、そして早く下流部まで進むことが出来たのだった。
「よし、あの林の前で上がろう。それから、林に入って次の準備をするぞ。」
僕達は、やっと川から上がれることにホッとしながら、岸まで泳ぐ。
そして岸から上がると、体を温める間もなく林を目指して歩いた。
「体を動かして体を燃やせ。凍えるぞ。」
流れのはやい川に長時間いた僕達の冷えた体を心配して師匠が声をかけてくれる。休む間も与えずに歩かせるのもきっと体脂肪を燃やさせる為なのだろう。
しかし、そうは言ってもボディがホムンクルスのオリヴィアやアーリーは寒さに動じてはいない。また幼いころから鍛え上げられている僕やミレーヌも辛いけど平気だ。でも、シズールは違う。歯をガチガチ鳴らして震えながら歩くのが、とても辛そうに思える。
仕方なく、シズールは僕が抱きしめてやって温めながら歩いた。
僕達は寄り添いあって歩き、お互いの体温でお互いを温めあった。寒さに震えながら、濡れた体を僕に預けながらシズールは懸命に歩いた。その姿がいじらしくて、僕は自分の体温。全てシズールに与えられないものかと思って強く抱きしめてあげるのだった・・・・・。
林の中に入ってから師匠はまず、焚火をして僕達の体を温めるように指示しつつ、上着を脱いで火の熱で乾かすように、とも言ってくれた。
とは言え・・・・。とは言えだ。
あの・・・師匠。僕はいいですけど、女の子たちは下着姿になっちゃんじゃないですか?
なんて期待を・・・・もとい、心配をする僕だったが、師匠はそれを見抜いているかのように、ニヤリと笑って林の木を指差す。
「木の皮をはいでカーテンにする。それから、マント代わりにもな。
残念だったな、小僧。少女たちの裸は、お預けだ・・・・・。」
「べ、別にガッカリなんかしてませんよっ!!」
僕の空しい抗議は、オリヴィアの反感を買うだけだった。
「・・・・・スケベっ!! 俺は絶対にお前の前で裸になったりしないんだからなっ!!」
・・・ううっ。そんなジト目で僕を見ないで・・・・。て、いうか。 ”俺” って。そんなに拒絶するために無理して男言葉使わなくても・・・・・。僕はオリヴィアのそんな小さな抵抗に、めっちゃ滾るのだった。
いや、わかるでしょ? 転生TS娘が粋がって無理して前世の男言葉を話すのって。本人は強く見せようとしてるんだろうけど、残念っ!! それ、男は可愛いって思っちゃいますから~~っ!!
・・・・ああ。僕、本気で自分が嫌いになるかも・・・・・。
・・・・・
・・・・・・・・。
木の皮で作ったカーテン越しに僕達は並んで座って、焚火を浴びて体力を回復させる。
しかし、焚火の火よりも下着姿の同級生たちが僕の隣にいる状況の方が僕の体を温めてくれる気がしていた・・・。
そんな時だった。オリヴィアがクリスのことを口にした。
「・・・・・。災いの神ドゥルゲットの手から、クリスの体を取り戻したら・・・・。
私の魂をクリスの体に戻してくれないかな?」
そんなことが可能かどうか、僕にはわからなかったけど、しずかに「わかったよ。」と答えることしか出来なかった。なぜなら、クリスの体の中で生まれ育ってきたオリヴィアにとって、クリスの体は、故郷そのものであったし、なによりもともに生まれ育ってきた彼女の半身であるクリスティーナの体を取り戻すことは、オリヴィアにとって絶対にやり遂げないといけないことだったからだ。
それがクリスティーナの尊厳を取り戻す唯一の方であったのだから・・・・。
その話題が出てから、僕達は服が乾くまで、誰もが沈黙した。それぞれが色々な思いと決意を感じていただろうけど、それを口にしていいのは、クリスの半身であるオリヴィアにだけ許された権利だと誰もが思っていたからだと思う。
それでも誰もが同じ思いで闘志を燃やしていることは、口に出さなくても分かり合えることだった。
師匠も、ヌー・ラー・ヌーもアーリーもミュー・ミュー・レイも・・・・。そんな僕達を気遣って服が乾くまで何も言わないでいてくれた。
ただ、夜の闇を幻想的な光で照らす焚火だけがパチパチと音を立てるのだった・・・。




