えっ!?僕、健在なのにっ!!
魔神フー・フー・ローの元を離れたローガンは、馬車に乗って川の上流へと向かって馬車を走らせた。
目的地はない。ただ、魔神フー・フー・ローが率いるジュリアン一行からできるだけ遠くへ馬車を運ぶのが目的だった。魔神フー・フー・ローからは、具体的にどのくらいの距離を離せとは言われていない。
しかし、彼は「疾風のローガン」と呼ばれた英雄。風と月の国の淑女ハー・ハー・シーに看破の右目を授かっていて、その右眼はその者の魂の在り方を見破る。
200年前、魔神ゴランと戦った勇者アルファのパーティの一人でもあり、幻術や邪眼を打ち破る退魔の目で、多くの真実を見て、勇者アルファを罠から守ってきた歴戦の勇者。そんな彼にとっては隠遁もお手の物である。どのくらい距離を取ればいいか、そして、どのように痕跡を消すのがよいか。彼は知り尽くしていた。それ故に彼が馬車の廃棄を指示されたのだった。
ローガンは、馬車を操っている間も一切の油断なく注意深く周囲を観察して、己に追跡者がついて来ていないかを警戒する。もし追跡する者あれば、その看破の右目でたちまち見つけることが出来たからだ。
魔神フー・フー・ローの元を離れて2日。運河の源流が一つの支流を迎えてさらに大きくなる分岐点にローガンはたどり着き、その川の合流点から支流の川を選んで道を進んだ。
やがてローガンの馬車は、支流の源泉である山へとたどり着いた。
「ふうっ・・・・。ここいらがちょど良いか・・・・・。」
ローガンは、せっかくの馬を馬車から解放して野に放ってやると、痕跡を消すために馬車に火をかける。
「魔神様と馬車を作る貴重な経験が出来た。その思い出の品だというのに、わが手で燃やすことになるとは・・・。これもかつてアルファ殿と魔神を殺した因果か・・・・。
いや。運命とは残酷なものよな・・・・。」
ローガンは自虐的にそう呟くと、魔神フー・フー・ローと共に作った馬車の思い出と、勇者アルファと共に魔神ゴランを倒した時の思い出を重ねながら、馬車を燃やす炎を見つめていた・・・・。
・・・・・だが、その時だった。ローガンの看破の右目が反応した。
ローガンは、咄嗟にマジマジと自分の体を観察する。
そして、看破の右目は見つけた・・・。自分の衣服に巻き付いた細い細い呪いの糸を・・・・・。
「・・これは。追跡の呪いか?
さきほどまでついていなかったことを見ると、馬車の痕跡を情報源に、私に呪いをつけた者が今、現れたのか。」
冷静な判断を下し、そして、呪いの発信地を探るために、改めて周囲を探るローガンの看破の右目が追跡者をあっさりと発見する。
「あれは・・・・。精霊騎士か。
2体の精霊騎士で私を狩ろうとしているのか・・・・・。」
看破の右目は、凄まじい速さでローガンの後を追って走ってくる2人の精霊騎士の姿を見ていた。
火精霊騎士クープ・クープと、土精霊騎士ドー・ドー・ハーダだった。
「これはいかんわい。凄まじい速さだ。」
言うが早いか走るが早いか、ローガンは「疾風」という通り名にふさわしい凄まじい速度でその場を走り去った。もし、人間が彼を見たならば、忽然とその場から老人が消えたとしか思えなかったであろう。その足の速さは、魔神フー・フー・ローも認める速さだったからだ。
そして、疾風のローガンが消えてから10分後の事、二人の精霊騎士、夕日のように紅い長髪をなびかせた美しい火精霊騎士クープ・クープと屈強な肉体を誇る土精霊騎士ドー・ドー・ハーダが燃え盛る馬車の前に現れるのだった。
「これはいかん。追跡しているのがバレてしまったらしい。」
ドー・ドー・ハーダは、燃え盛る馬車を見て、自分たちの追跡の魔法がバレたことを悟り、
「そうね。でも、恐らくはこれは陽動ね。
魔神フー・フー・ロー様なら私達から逃げるくらいなら、待ち伏せして殺すハズだもの・・・・。」
クープ・クープは、これが陽動作戦であることを悟った。
二人はしばらく燃え盛る馬車を見ながら、考え込んでいたが、やがてクープ・クープが悔しそうに口を開く。
「あんっ!! もうっ!!
きっとジュリアン王子は、こことは全く別のどこかに逃げたのだわっ!!
どうしましょう? ドー・ドー・ハーダ。
私達、別の場所を探しなおしましょうか? それとも、この馬車を燃やした誰かを探すべきかしら・・・・。?」
相談されたドー・ドー・ハーダは、顎に手を当てて「ふ~む・・・・。」と、唸っていたが、やがて「この者を追跡しよう。」と決定する。
「どこの誰だか知らぬが、既にこの場を離れたようだ。それも凄まじい速さでな。
それに見よ。俺の追跡の呪いの糸が切り落とされておるわ・・・・。」
ドー・ドー・ハーダは、そう言いながら地面に落ちた呪いの糸をすくって、クープ・クープに見せてやるのだった。
「へぇ。どこの何者か知らないけれど、やるじゃない。
確かに、これをやった者は只者ではないのだろうから、追跡する価値はあるわね。
捕まえて尋問すれば、何かいい情報がもらえるかもしれないわね。」
クープ・クープは、柔らかそうな唇を尖らせながら、まだ見ぬ敵の、呪いを見破った腕前に感心するのだった。
「しかし・・・だ。問題は、この相手がどこへ逃げたかという事だ・・・。転移魔法なら追跡できぬが・・・・足跡がある・・・。」
そう言って、ドー・ドー・ハーダは燃え盛る馬車のある位置から20メートルくらい離れた場所にある足跡を見つけるのだった。そして、その足跡を見つけた場所からは、その足跡の主がどこかへ走り去っていく足跡がはっきりと確認できた。
「きっと、どの方向へ逃げたのか悟られぬように、まずは馬車の位置からここまで飛んで、それから走り去ったのだろうなぁ。」
クープ・クープは、ドー・ドー・ハーダの推測に納得して首を縦に振った。
「では、この足跡を追いかけましょうか。
・・・・大きな足跡ね。イケメンだったら、私に尋問させてね。
私が体で白状させてあげるんだからっ!!」
クープ・クープは、そう言って妖艶に自分の体をくねらせて言うのだが、ドー・ドー・ハーダは、呆れたようにため息をついて、「誰もが男のお前の体に欲情すると思うなよ・・・。」と、言うのだった。
「もうっ!!! いやな男っ!!」
クープ・クープは、怒りで顔を引きつらせてそう言うと、風のように走り去ってしまった。
「全く、気の短いガキだ・・・。」
ドー・ドー・ハーダも文句を言いながら、クープ・クープの後をついて走る。
精霊騎士の足は疾風のローガンに負けず劣らず早い。風のように駆け抜けて、あっという間にローガンが潜伏している廃棄された町にたどり着くのだった。
「ようやっと、お出ましか。精霊騎士どもめ・・・・。」
ローガンは看破の右目で町に到着した精霊騎士をいち早く見つけて、挑戦的な笑みを浮かべるのだった。
そして、それとは対照的に狩る側の二人は町に入ると威圧的に吠えた。
「ここにいるのはわかっているぞっ!!
今すぐ投降すれば、命の補償と安全を約束するっ!
ただしっ!! 魔神フー・フー・ロー様について、知っていることを答えてもらうぞっ!」
「そうよっ!!
大人しく言う事を聞くなら、私の体を好きにさせてあげてもいいのよっ!!」
訂正。二人の精霊騎士の口上には、若干の温度差があるようだった。
しかし・・・・。疾風のローガンは何も答えなかった。
そこでドー・ドー・ハーダが最後の警告をする。
「お前に付けた呪いの糸は切り落としても、呪いの残滓がお前の体に残っている。
俺の探知能力ならば、お前の居場所をかぎ分けられるぞっ!! 隠れてないで出て来いっ!!
今ならば、殺さないっ!!」
ドー・ドー・ハーダのそれはハッタリではない。それが真実であることを疾風のローガンが持つ看破の右目は見抜いている。まず間違いなく、ドー・ドー・ハーダは、呪い残滓を追跡することが出来るのだった。
ローガンは、流石に一人で精霊騎士と戦うことなど不可能であることを察していたので、身のすくむ思いだったが、それでも、何も言い返さなかった。
それから5分ほど経っても、なんの返事が無かったので、二人の精霊騎士は、行動に出た。
ドー・ドー・ハーダは、その探知能力を活かして、ローガンについていた呪いの糸の残り香を追う。じわりじわりと廃墟となった町の廃屋が連なる道を進み、やがて、呪いの元へたどり着く。
ドー・ドー・ハーダは、並んで立つ廃屋の中から一軒の家を選んでその前で止まり、クープ・クープに人差し指で建物を指差して合図をすると、ドンドンと空き家の玄関ドアをノックする。
「さぁ、怯えて隠れる子羊よっ!! 玄関にお出迎えに来ておくれっ!!
今、死神がお前の家を訪ねて来ているぞっ!!」
ドー・ドー・ハーダは、対象を恐れさせるために小芝居をする。彼は玄関ドアを開けない。
代わりにクープ・クープが建物側面の壁を蹴り割って室内に入るのだった・・・・。
「さぁ、抱いてあげるわっ!!」
勢い勇んで建物内部に入ったクープ・クープが見たものは・・・・・。
それは疾風のローガンではなく、彼がまとっていた衣服が貼り付けられた壁だった・・・・。
その壁には、竈に残っていた煤で書かれた「マヌケ」を意味する文字だった・・・・・。
二人の精霊騎士は、呪いの糸の残り香をたどってきたのに、それは呪いの残滓が付いた衣服だったのだ。
彼らがそれに気が付いたとき、既に疾風のローガンは遠く離れており、その痕跡は見事に消されていて追跡は不可能だった・・・・・。
二人の精霊騎士は、まんまと欺かれたことを知って地団駄踏んで悔しがるのだった・・・・。




