絶体絶命じゃないかっ!!
「ジュリアン。あそこだっ!!
私は故あって殿下にお会いする立場にない。ここで退散するが、殿下と合流されたならば、もう安心と言うもの。速やかに合流せよっ!」
そう言って、ルー・バー・バーは次元の壁を引き裂いて、元の世界に帰っていった。故あってと言うのは、フー・フー・ローが個人的な恨みによって、フー・フー・ローの実の父親である彼の国の王を殺そうとしている事だろう。
だから、ルー・バー・バーは、フー・フー・ローと会うわけにはいかない。彼の国の王の命を狙っているのだからね。
それでもルー・バー・バーが、フー・フー・ローを殿下と呼び慕うのは、きっと氷と泥の国の王がフー・フー・ローを息子であると認識しているからだろう。そして、ルー・バー・バーは王の気持ちに沿う形でフー・フー・ローを敵として認識せずに敬意を払っているのだろう。
ふと僕は、自分の置かれた状況とフー・フー・ローが置かれた状況を照らし合わせてみる。
災いの神ドゥルゲットの差し金とはいえ、父上に命を狙われる立場になった僕をかつての家臣たちは、今でも敬意を払ってくれるのだろうか・・・と。
若干の寂しさを僕は感じざるを得なかった・・・・・。
だが、その帰る姿を見送る時間も無い僕達は、急いでフー・フー・ローの元へ追いつく。
「神よっ!! 遅参をお許しくださいっ!!」
僕がフー・フー・ローの前に立つと、フー・フー・ローは、疾風のローガンを背中に抱えたままニッコリと笑って、
「おうっ! 何も言わずともホムンクルスどもを見殺しにせずにやってきたか。
感心、感心。お前には王としての教育が十分になされているな。」
「恐れ入ります、神よっ!
して。戦況は、如何に?」
「見てのとおりよ。今から撤退戦だが、ちまちま戦っているわけにはいかぬ。
今から俺がこの空間を切り取って別の場所に転移させるから、その魔法が成立するまで円陣防御でここを守り通せっ!!」
魔神フー・フー・ロー。相変わらず、無茶苦茶な命令を軽く言ってくれる。
「はっ!! かしこまりましたっ!!」
僕は、直ぐに振り返って、剣を天に向かって掲げるとホムンクルスたちに指示を出す。
「円陣防御をとれっ!!
フー・フー・ロー様の魔法が完成するまで、この場を守り抜くぞっ!!」
ホムンクルスたちは僕をフー・フー・ローを中心に円陣防御陣形を取る。
暫くすると、僕達に追いついてきたゴーレムとスケルトン。そして、それらを操る指揮官が現れた。
これほどの数のゴーレムやスケルトンを操るのだから、規格外の魔力量だ、まず人間ではあるまい。
浅黒く焼けた肌に緑の瞳をしたその人物は、首をかしげて僕を見つめる。
「はて・・・・。貴様は逃亡中であろうに、何故ここに来た。人の身でありながらこの戦を生き残れると思ったのか? 愚かなことだ・・・・・。」
僕は彼の言葉を聞き終えないうちに質問を返す。
「名を名乗れっ! 災いの神ドゥルゲットに組成すものよっ!!
我が名はジュリアンっ!!」
敵の指揮官は僕の名乗りをせせら笑って答える。
「我が名は、闇と暴風の国の騎士ターク・ターク。
バー・バー・バーン様の命により、その命、刈り取らせてもらうぞっ!!」
闇と暴風の国の騎士ターク・ターク!!
つまりこの指揮官は先ほど僕が呼び出したルー・バー・バーのような異界の存在。精霊騎士と言うわけだ。
僕はこれまで土精霊の騎士を数名呼び出してきた。それは僕の手に負えない存在と戦うために呼び出してきたのだが、ターク・タークもそれと同様の存在というわけだ。
僕は、自分が置かれた状況を察知する。死がそこに迫っていると感じて寒気がした。
僕とターク・タークの実力差は明らかだった。
ターク・タークは悠然と指をパチリと鳴らすと、ゴーレムとスケルトンを使役して戦闘を開始する。
「前衛っ!! その場を動くなっ!! 死守せよっ!
後衛っ!! 遠隔射撃で敵を近づけるなっ!!」
ホムンクルスは僕の怒号に合わせて命令を実行する。前衛のホムンクルスは、命を盾にし、後衛のホムンクルスは、魔法の矢を放つ。
それらは、スケルトンに対しては一定の効果を示すが、巨大で頑丈なゴーレムには役に立たない。
僕の魔法が必要な時だが、土魔法は使うわけにはいかない。
せっかくの覚えたても氷魔法の召喚術もフー・フー・ローがいるこの場では使うわけにはいかない。
ならば・・・・。
「燃え盛る火の国に住まわれし戦乙女のザ―・ダー・ザーよっ!!この世の悪性にして我が怨敵を焼き滅ぼすご助力を!
ドラゴニオン第一王子ジュリアンが畏み畏み願い奉り候!!」
僕が火炎魔法の言上と舞を踊ると、火の国の王に仕える重臣にして火の精霊の貴族ドー・ダー・ザーの34人の愛娘の一人ザー・ダー・ザーが次元の壁を切り裂いて現世に降臨する。ザー・ダー・ザーが指をパチンと打ち鳴らすと、炎の幻獣サラマンダーが召喚されて僕達の周囲に攻め込んできた敵兵に炎の息を吐きかける。
土で出来ているゴーレムには、その肉体の核となる生命の名が刻まれたプレートを破壊されると活動できなくなる以外にもう一つの弱点がある。乾燥だ。あまりに高温の熱気を浴びてしまった場合は、その外壁が崩れ落ちてしまう。
僕の狙いはそこにある。
「今だっ!! あのプレートを狙えっ!」
ホムンクルスたちが僕の指示通りゴーレムのプレートを正確に射抜くと、ゴーレムは崩れ落ちて土くれとなった。
ザー・ダー・ザーは、敵が滅びるのを確認すると再び次元の壁を引き裂いて火の国へ帰っていった。
残された敵は、スケルトンの壁を築いてその身を守ったターク・タークのみだった。
流石は闇と暴風の国の王配下の騎士。ネクロマンサーとして、かなり優秀なのだろう。ザー・ダー・ザーの呼び出したサラマンダーの炎に耐えるとは・・・。
ターク・タークは、僕の魔法に驚きもせずに適切に対応してきたのだ。
「ふむ。
お前を見くびっておったわ。よもや貴様の年齢でドー・ダー・ザーの34人の愛娘の一人を呼び出せるとはな。
・・・・・・だがな。」
ターク・タークは残酷に笑う。彼は見抜いているのだ、僕の事を・・・・・。
「貴様、あと何度、魔法が使えるね?」
・・・・その通り。僕の魔力は二人も異界の存在を呼び出した上に暴走する氷魔法の因子によって、枯渇寸前だった。
恐らく、僕もホムンクルスたちも次にターク・タークがゴーレムを大量に生成したら、絶えしのぐことは出来まい。
こうなったら、一騎打ちを仕掛けるか・・・・?
「闇と暴風の国の騎士ターク・タークよっ!!
あなたは闇と暴風の国の王に使える騎士でありながら、僕のような子供を相手にゴーレムの影に隠れて正々堂々、勝負することも出来ないのかね?」
騎士の誇りはどの世界の王に使える騎士でも持ち合わせているものだ。だから、うまくいけば、この挑発にも乗ってくれるかもしれない。
しかし、ターク・タークはそんな安っぽい戦法には引っかからなかった。
「愚かなことを。
私が恐れるのは、お前の後ろに控える魔神フー・フー・ロー様だ。
貴様の相手にするためにフー・フー・ロー様の前で丸裸になるような真似はしない。
そもそも貴様のように絶体絶命の危機にある者が決闘を申し込む時、それを私は負け犬の遠吠えと思っている。まるで窮地に追い詰められて、敵に慈悲を求めるような行為だ。
相手にする価値はない。
決闘というならば、相手と対等の立場にいる時にもちかけるんだな。」
ターク・タークがそういうと再び自分の眼前にゴーレムを生み出す。その数、6機。僕達を屠るには十分すぎる数だった。
こちらの戦力ではゴーレムを止められない。
僕の魔力も尽きかけようとしている。
このままでは・・・・。僕に勝ち目など全くなかった・・・・・。




