ヌー・ラー・ヌーの屋敷は広すぎるよっ!!
魔神フー・フー・ローとの強行軍は、熾烈を極めた。その距離だけでなく、僕は新たに背骨に刻まれた神文により制御不能になりかけている氷魔法の因子を押さえながらの行軍だったので、思いのほか体力を削られた。
恐らく軽く1時間を超える時間を歩いた。その距離は12㎞近いだろう。時速8キロは優に越えていたのではないかと思う。山道でこれは常軌を逸している速度だ。僕は心身ともに鍛えられているが、流石に呼吸もままならくなってきた。それでもフー・フー・ローは僕を振り返ることもなく歩き続け、やがて山裾に鬱蒼と広がる森の出口近くまで来ると、休憩だと言って、立ち止まってくれた。
僕は、木にしがみつきながら、ズルズルと地面に座り込み、乱れる呼吸を整える。そんなボクにフー・フー・ローは、魔法で生み出した氷を溶かして作った水を飲ませてくれた。
魔法で作り出した水は本物の水ではあるのだけれども、そこにはフー・フー・ローの魔力が若干溶け込んでいて、僕の生命エネルギーと魔力も回復してくれる。
フー・フー・ローは今は、僕を助けてくれている神と言えども、僕の命を狙う神でもある。いささかの油断も出来ない相手だったが、今だけは、フー・フー・ローの慈悲にすがり、その水をゴクゴクと飲みながら、感謝するのだった。
魔力がこもった水は、体力を回復してくれる。フー・フー・ローはそれを見越していて、わずか数分の休憩時間しか与えてくれなかった。
僅かな休憩時間を終えると、強行軍の次の作戦を説明する。
「行くぞ、ジュリアンッ!!
俺の後に続けっ!
・・・・・・・ついては来れぬだろうが・・・。
あの丘の上がヌー・ラー・ヌーの隠れ家だ。お前は現地に遅参して、戦況を確認してから入って来いっ!」
魔神フー・フー・ローの指さす方向およそ700メートル先には確かに丘が見えた。フー・フー・ローは、そう言ってから、
「決して無理はするな?
状況が厳しい場合は、お前は入ってこなくても良い。
転生者のお前が死んでしまっては元も子もないからな?」
そういって、僕を諭すかのように優しく肩をポンッと叩くと、一陣のつむじ風を巻き起こして、その場から消え去った。
周りに広がる風切り音でフー・フー・ローが駆け抜けていったのだと、悟ることが出来るのに数秒を要した。全く出鱈目すぎる。これが神か。
・・・・・俺の後に続け・・・ね。
僕は魔神フー・フー・ローの言葉に呆れながらも、どうにか疲労から回復した足の筋肉を確かめるストレッチをしてから、フー・フー・ローが向かった丘へと走る。
走る走る。
緩やかな坂道の700メートルなど、僕にとっては平地と変わらない。特にさっきまでの山道の強行軍に比べたら、楽なものだ。数十秒と立たずに僕は丘にたどり着く。
そこは、200を超えるスケルトンの軍勢とフー・フー・ローが召喚したと思われる氷獣が激戦を繰り広げられている。
時折、屋敷の中で起きる爆発はフー・フー・ローが巻き起こしているのだろう。爆風で屋敷の一部が吹き飛び、敵と思われるゴーレムの破片が降り注ぐ。
「・・・・・出鱈目すぎる・・・・。」
僕は次元を超えた戦いに思わずうんざりすると愚痴を垂れてから、深呼吸を一つして覚悟を決める。
冷静に鷹の目のように敵軍を見据えて囲みの薄いところを見つけると、颯のように駈けだして、背後からスケルトン勢を槍で薙ぎ払いつつ、突破する。
スケルトンは恐らく闇魔法で操られた木偶に近い存在なのだろう。自身の進行方向にいる敵にしか反応していない。
つまり、奴らを背後から襲う分には、全く抵抗が無いが、奴らを追い越したが最後、襲い掛かられてしまうわけだ。僕は丹念に僕の前にいるスケルトンを破壊して通り過ぎる。こうすることで少なくとも真後ろからの攻撃は受けない。やや離れた位置にいるスケルトンだけが僕を視認して背後から襲ってくる。僕は一瞬も立ち止まることが許されない。振り返って応戦することも許されない状況で一気に駆け抜けて、屋敷の窓から飛び入って囲みを抜ける。
屋敷の中には、ヌー・ラー・ヌーの作り出したホムンクルスたちが防衛陣形を組み立てて応戦していたが、僕の姿を見ても襲ってくることはなかった。僕かホムンクルスのどちらかに何かしらの魔法契約を付与されているのだろう。僕は彼らから敵として認識はされない。
「おいっ!! フー・フー・ロー様は、どちらだっ!?」
ホムンクルスたちに怒鳴りつけると、ホムンクルスの一人が無言で左方向を指差した。
従順なゴーレム的存在のホムンクルスは、今は戦闘にその意識の9割を割いているのだろう。誰も言葉を発しないし、案内もしてくれなかった。
しかし、進行方向さえわかればなんとかなる。
僕は、ホムンクルスたちに撤退戦を命じる。
「おいっ! 撤退するぞっ!
総員、僕についてこいッ!! 僕の背後を任せたぞっ!」
ホムンクルスたちは、一瞬、ゾッとするような無機質な目で僕を見てから、ぞろぞろとこの部屋に集まってきた。テレパシーだろうか? 彼らは言葉を交わさなくてもコミュニケーションが取れるのか、屋敷中のホムンクルスたちが集まってきた。
「行くぞっ!! 僕に続けっ!」
僕は進行方向にあるドアを蹴破って、ドンドンと進んでいく。
ドアを蹴破るたびに、体高3メートル近いゴーレムの群れとの戦闘になったが、数ではこちらが勝る。ホムンクルスたちは、蟻の子のようにあっという間にゴーレムにとりついて身動きを封じる。
身動きが封じられたゴーレムを倒すのはたやすい。その肉体の核となる生命の名が刻まれたプレートを破壊するだけでいい。
「氷に閉ざされた氷と泥の国に住まわれし狩人ルー・バー・バーよっ!! 我が怨敵を氷の矢にて、その命を貫き通すご助力をっ!!
ジュリアンが畏み畏み願い奉り候」
僕が舞い踊り、呪文を詠唱すると次元の壁を切り裂いて、氷と泥の国の狩人にして名射手のルー・バー・バーが現れたかと思うと、氷の炎をまとった弓に数本の矢をつがえて、一気に射出する。
その矢は一度に射出されたというのに、バラバラの方向へ飛び、正確にゴーレムのプレートを射抜いた。
立ちどころに崩れ落ちるゴーレムたちにホムンクルスたちは、何が起こったのかわからずに、土くれとなったゴーレムを踏みつけて狼狽えていた。
不思議だ・・・・。どうして、僕は、知らない魔法の詠唱と舞を知っていたのだろうか?
それは、きっと僕の体が知っていたからだ。僕の体に刻まれた神文が僕にこの魔法を使えることを教えてくれたんだ。
僕程度の魔法使いが別次元の精霊を召喚した場合、精霊たちは、任務を終えるとたちどころに消えるはずなのだが、ルー・バー・バーは、僕を見つめて首をかしげて尋ねる。
「はて、おまえは・・・・?
私はお前と契約を交わした覚えはないのだがね・・・・・?」
そう言って不思議がりながら、元の世界に戻ろうとしない。
僕が事情を説明すると、ルー・バー・バーは、納得すると「我が君の一子がおられるのならば、ご助力するしかあるまい。」と言って、引き続き、僕達に助力してくれることを約束して現界したまま残ってくれると約束してくれた。
そこからは、破竹の勢いで僕達は進軍する。
火の精霊の貴族であるヌー・ラー・ヌーの屋敷は、時空がゆがんでいて屋敷の中は外からは想像もできないほど広い。まるで宮殿だ。
そんな中をもう10分近く戦闘を繰り返しながら進軍していると、やがてルー・バー・バーが、魔神フー・フー・ローを見つける。
「ジュリアン。あそこだっ!!
私は故あって殿下にお会いする立場にない。ここで退散するが、殿下と合流されたならば、もう安心と言うもの。速やかに合流せよっ!」
そう言って指差す方向に魔神フー・フー・ローがいた。




