いきなりなんて、出来るわけないよっ!!
「では、次の行き場所は決まったな。
我々は、孤立する疾風のローガンを救出するっ!!」
魔神フー・フー・ローは、決断が早く躊躇いもなく、次の行動を決める。
「しかし、神よ。
すでにお伝えしました通り、女の子たちは、もう歩けませんよ?」
僕は、疲労困憊になったオリヴィア達の現状を伝える。特にオリヴィアは心身ともに疲弊しきっている。フー・フー・ローは、今の状況を利用してオリヴィアがクリスティーナのことを考えられないほど、疲れさせる目的だったが、それも体力の限界を超えてしまえば、それどころではなくなる。
また、オリヴィアだけでなく、シズールは鬼族の血を引いているというのに体力が無い。地獄と現世の間の世界で歩き続けることは、彼女の体力の限界の限界を超えていて、既に火精霊の貴族ヌー・ラー・ヌーが半分、担いでいるような状態で歩いている。
唯一、暗殺者集団の一族が出自のミレーヌがかろうじて健在だけれども、それでも、体力にいささか不安要素を抱えていた。
にも拘らず、これから疾風のローガンを救出する作戦に出るなど、負傷兵を大量に抱えたまま奇襲作戦に出るようなものだ。足手まといが多すぎて、満足に戦えず、酷い目にあうことは明らかだった。
闘神の魔神フー・フー・ローならば、こういった状況を理解しているだろうに・・・・。
そう思ったのだが、そもそも神は我々の命をどう思っているのかわかったものじゃない。
最悪、魔神フー・フー・ローは、僕とオリヴィアの転生者組さえ生きていれば・・・。いや、もしかしたらオリヴィアさえ生きていたらいいと思っているのかもしれない。
それならば、この強行軍も納得できる。
魔神フー・フー・ローは、僕達を見殺しにしてでもオリヴィアを守ることを考えているのかもしれない。その可能性は十分にあった。
しかし、それは杞憂だった。
魔神フー・フー・ローは、空中に神文を描くと、翼の生えたトラのような顔をした馬が引く馬車を召喚する。
「これより暫く、この馬車で移動する。
着いたら戦闘になる可能性が高い、各自、睡眠を取って体力の回復に勤めろ。」
全員がうんざりする様な疲労感の中での次の作戦を聞き、表情を強張らせたが、それでも馬車に乗れる有難みを感じていた。
馬車はフー・フー・ローの掛け声一つで宙に飛びたつ。まるでペガサスが引く馬車だ。風のように何の障害物も気にせずに馬車は目的地へと向った。その馬車の中からの景色は絶景だったが、女の子たちはそれどころではなかった。ヌー・ラー・ヌーはそんなオリヴィア達の肩を支えてやる。
「疲れ切っている子から順に私のそばにきなさい。眠れる魔法をかけてあげるわ。」
ヌー・ラー・ヌーはそういうと、女子3人に魔法を施して眠りにつかせる。
女子が寝たことを確認したフー・フー・ローは、僕に話しかけてきた。
「疾風のローガンの所へ着くまで、この馬車なら時間はかからない。
こいつらは足手まといになるだけだ。
そこで二手に分かれる。
俺とお前で動く。少女たちの護衛はヌー・ラー・ヌーに任せろ。」
僕は頷いて返事する。
ヌー・ラー・ヌーは、不敵な笑みを浮かべて「お姉さんに任せなさい。」という。
その笑みに対してフー・フー・ローは不機嫌そうに「その娘たちに手を出すなよ。」と注文を付ける。
いや・・・。手を出すって・・・。
「この女はな、男も大好きだが、女はもっと好きな変わり者だ。
特にシズールのような鬼族とのハーフなのに虚弱とか、こいつの大好物過ぎて危険だ。」
「ちょっ!! やめてくださいよっ!! マジでっ!!」
ビックリするようなことを言う。僕は必死でヌー・ラー・ヌーに自制を求めるが、最終的に自分を救ってくれたフー・フー・ローのいう事に従うと約束してくれた。
フー・フー・ローは、オリヴィア達の無事が確保されると、ヌー・ラー・ヌーに馬車が自分の隠れ家の一つに向かっているからそこで待てと指示を出すと、 ”降りるぞ” と言い出した。
ふふ~ん?
おかしなことを言いますねぇ? この馬車、空飛んでいますよ? ほら、足元に丘が見えてますし・・・・。
そこを降りるとか・・・・・・あははは・・・・・冗談ですよね?
「冗談なら、つまらなさ過ぎるだろう。
行くぞっ!」
そう言ってフー・フー・ローは、僕の首根っこを掴むと馬車の外へ放り出したっ!!
ちょおおおおおおおお~~~~っ!! 嘘でしょおぉおおおおおおお~~~っ!!
この世界にも万有引力的なものは存在しているので、当然、僕は世界の中心に向かって落下する。
上空何百メートルからの落下だろうか?
ちなみに空気抵抗ない状態を想定して500メートル上空から物体が落ちる時間はおよそ10秒。ほんの短い時間で落下してしまう。ビルや何かから落下したら人は一瞬で地面に到達してしまうわけだ。
だから、僕は、こうやって悲鳴を上げている間にも地面に激突してしまうわけですよ。
でも、僕は地面に激突することはなかった。主人公だから。うそ。
実は、僕が地面に落ちる直前にフー・フー・ローに掬い上げられたから。
フー・フー・ローは地面に突き立てた槍の上に立って、僕を抱っこしていた。
びょおおおんって音が鳴りそうなほどしなる槍を見て、僕は、魔神フー・フー・ローと初めて会った日の事を思い出していた。
この神は、あの時もこうやって現れたな・・・・・。
「神よ・・・・高いところからの落下がお好きなのですか?」
僕の冗談をフー・フー・ローは鼻で笑ってから、僕をべチーンと地面にたたきつける。痛い。
「相変わらず神に向かって不遜な事を言うガキだ。
まぁ、よい。これから俺たちは修羅場に向かう。
ただ、一つ忠告しておくが、土魔法を使うなよ? バー・バー・バーンが察知してお前の前にやって来るからな。今後、お前は土魔法を封印せよ。」
「えええええ~~っ!? 土魔法は王家伝来の秘術。僕のルーツでもあり誇りでもあります。
それが使えないんですかっ!?」
「当たり前だ。
あのバー・バー・バーンは、そんじょそこらの神よりも強い。私だってお前を守りながらでは、とても集中できぬほどにな。」
フー・フー・ローは真剣な目で言う。僕達王家の守り御本尊ともいえるバー・バー・バーンは、そこまで強かったのか。
かつて世界を救った英雄と共に戦い、水精霊の大貴族スー・スー・シュンすら、あっさりと撃退したとされる土精霊の大貴族バー・バー・バーン。その実力は闘神である魔神フー・フー・ローをもってしても油断できぬ相手だというのか・・・・・。
「あれは化物だ。そのうち、異界の王となるだろう。
俺が相手できるのもいつまでのことか・・・・・。」
フー・フー・ローの体に漂う緊張感から、僕は今、僕が置かれた状況を正確に把握する。
しかし、土魔法を封印するとなると、僕の戦力は激減する。一応、他にも多くの魔法を使うことが出来るけど、土魔法は僕の切り札でもあったからだ。
「お前は今すぐに土魔法の代わりになる切り札を手にしなければならない。
ひとまずは俺が授ける氷魔法を覚えておけ。何かの役に立つやもしれん。」
そう言って、フー・フー・ローは、僕に後ろを向かせて、背骨に掌を当てる。
次の瞬間っ! バチンっ!! と電力が爆発したかのような音が僕の脊髄の中で鳴った・・・・。
「うああああああああああっ!!」
激しい背中の痛みに転げまわる僕を見て、フー・フー・ローは、「いつぞやの借りが返せたな。いい気味だ。」と笑う。でも、痛みが引いていくと同時に僕の体に氷魔法の因子が書き込まれていることに気がついた。
「お前の背骨に神文を刻み込んだ。これで基礎的な氷魔法は一通り使いこなせるようになるだろう。
今のお前の能力では、それが限界であろう。それ以上高位の魔法を今すぐに使えるようにする神文を刻むと、お前の肉体は魔術に耐えられずに崩壊する。」
僕は、ズキズキと痛む背中を押さえながら、それでも、自分が詠唱もなしに口から氷の吐息を履いていることに気が付いた。
「こ、これは? 僕の息が冬でもないのに真っ白に?」
「お前の中の氷魔法の因子が暴走しているのだ。 気を付けてちゃんと魔法を使わぬように魔力を制御しろ? 常に意識してな。
そうしないとあっという間に魔力は枯渇して、生命エネルギーを魔力に変換されてしまって、干からびたミイラになっちまずぞ。」
え・・・。ちょ、ちょっと待ってください。
そんな、何の訓練もなく、いきなり無理ですよっ!!
「お前は奇跡の子。転生者だろう?
今すぐ戦闘になりかねん状況なんだ。なんとか乗りこなせ。そうでなければ、どの道、この先の修羅の道は乗り越えられぬ。」
フー・フー・ローは、何の情けもかけずに僕を置いて歩きだした・・・・。
その後ろ姿を慌てて追いかける僕の脳裏には、もう、氷魔王の因子を制御することしか考えられなかった・・・・。
それが慈悲深い、この魔神フー・フー・ローの優しさだと知ってのは後の事だった・・・・・。




