更に二年後の世界
「ホタルさん、変じゃないっすか? やっぱり黒髪に染めた方がよかったんじゃ」
「大丈夫だよ。リシア君の髪は地毛なんだし、服だってスーツじゃなくてよかったのに」
着なれないスーツに窮屈そうにしながら自分の髪を気にするリシア君に私は答える。
「だめっすよ。ご両親に挨拶に行くときはスーツって、この世界の基本でしょ。あぁ、やっぱり黒髪にすればよかった」
「リシア君、ご両親に挨拶って、意味違うから」
なおも髪の毛を気にするリシア君に私は思わず笑ってしまう。
それは結婚の挨拶とかの話だよ。
リシア君が私を迎えに来てくれてから更に二年の月日が過ぎた。
私はマダムの店に戻り、今もタキの町で宝飾師、兼、修理屋として暮らしている。
リシア君と一緒に帰ったすぐあと、パパラのところに行き今度こそ本物の石板を作ってもらった。
というかすでに作ってあって、一体いつまで待たせるつもりなのかとパパラに怒られてしまった。
予想外というか、予想どおりというか、パパラとリシア君は会うなり喧嘩して、そのすぐあとに意気投合していた。
二人ともジャンルは違えど一流の職人。通じるものがあったんだろう。
私の石板を挟んでああでもない、こうでもない、と言い合う二人はお似合いで、ちょっと胸が傷んだ気がしたけれど、随分前から慣れているので気にしないことにした。
こちらの世界には週に一回帰って来て、両親ともきちんと連絡を取っている。
私は前の会社を辞め、知り合いのアクセサリーショップで働いている、と両親は思っている。
まぁ、嘘はついてはいない。
その知り合いが住んでいるのが異世界だということを除けば。
ちなみにこんなことを可能にしてくれたリシア君は、さらに異世界を繋ぐ電話なるものも発明した。
お陰で急に両親から電話がかかってきても、焦ることなく過ごせている。
本当にすごい子だ。
その能力があれば町の道具屋ではなく、王都のお抱え道具屋だって余裕でなれそうなのに、と一度言ってみたのだけれど、ものすごく不機嫌そうな顔をされてしまった。
ちなみにその話を夕ごはんの席でマダムに愚痴ったら、その場に居合わせたセレスタとジェードが盛大にため息をついてびっくりした。
リシア君はこちらの世界の道具にも興味深々で、都合さえ合えば一緒に来てはホームセンターや町の工場を探検している。
こちらの世界にも何人か知り合いの店員や職人ができたみたいだ。
ついでにこちらの世界の情報にも詳しくなったらしく、そのせいでスーツなんて、あちらの世界には無い物をいつの間にか買っていた。
こちらの世界のお金をどうやって手にいれたんだか。
まぁ、どうせ、こちらの世界の知り合いに何か道具を売ったんだろうけれど。
私もこちらの世界でアプリ上のショップを再開した。
向こうの世界の通貨はこちらでは使えないし、部屋を借りる家賃だけは稼がないといけないからね。
私の場合、宝飾合成したアクセサリーを売るわけにはいかないので、彫金でなんとか賄っている。
そんなこんなで生活が落ち着く頃には二年の月日が過ぎていた。
今日は初めてリシア君を連れて私の実家に行くところだ。
「大丈夫っすかね」
「だから、大丈夫だよ。第一、髪だけ黒くしても、目は黒くないんだし」
なおも言い募るリシア君に呆れたように答える。
「違うっす。ホタルさんのご両親っす。本当にいいんすか? いきなり連れて行くなんて絶対驚きますよ」
「あぁ、そっちね」
そう、今日、私たちが実家に向かっているのは、私の両親に向こうの世界を見せるためなのだ。
だから、リシア君にもついて来てもらったわけで。
「まぁ、百聞は一見にしかず、だからね」
「なんすか? それ?」
不思議そうな顔をするリシア君に私は説明する。
「こっちの世界のことわざ。たくさん話を聞くより、一度見ちゃった方が早いって話」
「そりゃそうっすけど」
両親にむこうの世界のことを黙っていることがだんだん心苦しくなってきた。
嘘はついていないけれど、本当のことは言っていない状態に。
なんとか生活も軌道に乗ってきた。
きっと驚かせることにはなるだろうけれど、そろそろ両親に本当のことを話そうと思ったのだ。
でも、いくら私が言葉で説明しても、娘が異世界で暮らしている、なんて、絶対に信じられるはずがない。
下手したら余計な心配をかけることになりかねない。
だったら、見てもらうのが一番手っ取り早いのでは、と思ったのだ。
「あっ、そうだ。ずっと気になっていたことがあるんだけど」
「なんすか?」
実家に向かう道すがら、ふと思い出したことをリシア君に聞いてみる。
「リシア君の作った装置って、自分が行ったことのある場所にしか行けないんだよね?」
「はい。知っている場所にいけるようにすれば、もっといろいろなところに行けて便利なんで、鋭意改良中っす!」
元気に答えるリシア君。
そのうち、なんちゃらドアを実現してしまいそうで、その才能が恐ろしい。
でも今のところ、知っている場所にしか行けないのは間違いないみたい。
だったら。
「なんで、私の部屋にこれたの?」
おかしいのだ。
もしそうなら、二年前のあの日、リシア君は私の部屋に迎えに来ることなんて出来るはずがないのだ。
でも、リシア君は来てくれた。
「知りたいっすか?」
立ち止まったリシア君が私をじっと見つめる。
えっ? なんだろう? 聞いちゃいけないことだったりするのかな? でも……
「うん。知りたい」
気になる。
「これっす」
リシア君が自分の耳と腕を指し示す。
「イヤーカフとバングルがどうしたの?」
首を傾げる私にリシア君がカランカランとバングルを鳴らし、イヤーカフを指さす。
それは二年前のあの日、私がリシア君に渡したものだ。
ちなみに私のホタル石のそれは自分の部屋の引き出しにしまってある。
お揃いはちょっとね……
「ホタルさん、呼んでくれたでしょ。俺のこと」
「えっ……?」
「装置は結構早くにできたんす。でも、言ったとおり俺の知っている場所しか行けなくて。何度やってもだめで」
リシア君が私に一歩近づく。
「でも、あの日、ホタルさんが呼んでるって思ったんす。今だって思いました。それで、行くぞってやったら」
「リシア君……」
「会えた」
リシア君が私の手を取る。
「ホタルさん、このバングルとイヤーカフ、彫られている模様はカリンっすよね」
じっと私を見るリシア君から目が離せなかった。
「俺、ノームさんと仲がいいんす。花言葉も詳しいんすよ」
「噓……」
二年前、イヤーカフとバングルが完成した日にリシア君が迎えてに来てくれたのは偶然なんかではなかったってこと?
それに、リシア君はカリンの模様に気付いていたの?
予想外過ぎて頭がついて行かない。
「ホタルさん、俺と一緒になってくれませんか」
いや、無理でしょ。一回りも年上だよ。
むこうの世界では私は魔力ゼロだよ。こっちの世界でだって、ただの平凡なオバサンだ。
リシア君ならもっといい子はたくさんいる。
断る理由はいくらでもあるのに、でも。
会えなかった二年間、なぜかずっと忘れられなかった。
ガーネットのイヤーカフはリシア君に渡したいと思った。
渡すアクセサリーにカリンを彫りたいと思った。
「うん」
気づいたらうなずいていた。
「ほら、スーツでよかったでしょ?」
そんな私を見て、リシア君はそういってニッコリ笑うと私の手を繋いだまま、実家へと歩き出した。
私は、実家に着くまでに何とか手を離してもらい、この赤い顔を鎮めるにはどうしたらいいか、なんてことを必死に考えていた。
とうとう完結です。
本当に皆さんのお陰で完結することができました。ありがとうございました!
元の世界と向こうの世界、どちらかを選ぶとなると、誰かしらに心残りができてしまう結末にしかならなかったのですが、どうしても大団円で終わらせたかったので最初からこの結末だけは決めていました。
でも、最後の最後でご都合主義満載の終わり方です。
どう感じられたかすごく不安です。
もしよければ感想や評価をいただけるとすごく嬉しいです。
最後に…
<ガーネット>
和名を柘榴石といい、昔から好きな石です。
石言葉のたくさんある石なのですが「実り」もその一つで、努力の結果をだしてくれる石だそうです。
単に助けてくれるのではなく、頑張った分を助けてくれる、そんな程よい感じが好きです。
ちなみに丸く磨き上げられたものは「カーバンクル」というそうで、初めてそれを知った時には某落ちてくる系ゲームのアレしか思いつきませんでした。