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悩めるホタル

ガチャン

マダムの店の作業場に大きな音が響き渡る。


しまった!

そう思って慌てて拾おうと手を伸ばした私より先に、マダムの手がそれを掴む。


「全くどうしちまったんだい? 王都から帰ってきてから、ずっと、ぼーっとしているじゃないか」

拾った保存瓶とその中身に傷がないことを確認して、マダムは保存瓶を棚に戻す。


「すみません」

ここ最近、口癖のようになりつつある謝罪の言葉を私は口にする。

今日はお店の休みを使って、作業場の保存瓶の整理の手伝いをしていたのだけれど、さっきから保存瓶は落とすわ、同じ棚を何度も拭いていて注意されるわで、要はほとんど役に立てていない。


 今日だけではない。

マダムの言うとおり、王都から帰ってきてから、店番をしていてもお客さんに気付かなかったり、おつりを間違えたりと、失敗続きだ。


「ちょっと早いけど、今日はこのくらいにしておくかね」

そんな私を見てマダムが溜め息をつく。


「すみません」

「あぁ、もういいよ。そう何度も、すみません、を連発するんじゃないよ。仕方ない。お茶にでもするよ」

また謝る私にマダムは眉間に皺を寄せて首を振る。


「す……あっ……ありがとうございます」

思わず謝ってしまいそうになるが、灰色の目にジロリと睨まれて、慌てて言葉を変える。


「すみませんって言うのは便利な言葉だからね。気を付けないと全部、すみません、になっちまうよ」

言葉を変えた私に満足そうにうなずくと、お茶にするよ、と、もう一度言ってマダムは作業場を後にする。

確かにそのとおりかも、と、思いつつ、慌ててマダムを追いかける。


「で、一体どうしたんだい?」

お茶と一緒にゴシェさんの木の実クッキーをだしつつ、マダムが私にたずねる。


 私はあの日から誰にも話せずにいたウレキさんとの話を話し出した。

「という訳で。その時はなんとなくウレキさんの静かな勢いみたいなものに気圧されちゃって、何も言えずに帰ってきたんですけど」

「けど?」

「帰ってきてから、ずっと考えていたんです」

「ふ~ん。それで?」

自分からたずねてきたくせに興味なさそうなマダムに私は前のめりで答える。


「よく考えたんですけど、やっぱりアンダさんって酷くないですか? ウレキさんはなんかいい話っぽく言っていたけど、結局はその場限りで女性をその気にさせて、後は知りません、って、どんだけ軽い男なんだよって話じゃないですか!」

「はははっ! 確かにそうだ! この前も思ったけど、ホタル、あんたは面白いね」

マダムは一頻り大笑いした後で、でも、と切り返した。


「だったら、アンダは酷い奴だった、でいいじゃないか。何を悩むことがあるんだい?」

そう、そこなのだ。酷い奴だと思う。

でも、レナもレナの屋敷の人たちも、ウレキさんも、アンダさんの創るアクセサリーが好きなのだ。

王都から帰ってきてから、周りの人たちにもそれとなく聞いてみたけれど、アンダさんの創るアクセサリーの評判はいい。

「でも、アンダさんのアクセサリーって評判悪くないんです。むしろ人気あるくらい。私はエメラルドとルビーのバングルしか知らないけれど、確かに雰囲気があるというか、印象的というか。何か人を引き寄せるものがある気はしたんですよね。あんな人が創っているのに」


「あの魅力の原因って何なんでしょう?」

そう言った私にマダムが尋ねる。

「アンダと私の違いはなんだと思う?」


 しばらく考えて、私はとりあえず一番に思い付いたことを口にする。

「宝飾合成の素材は違いますよね。マダムは植物で、アンダさんは鳥の羽根です」

でも、素材が違うだけが理由とは思えなくて、自分で答えておきながら、まだ、う~ん、と唸り声をあげる。


「他には?」

他にマダムとアンダさんで違うところと言えば。

「あっ、ねんれ……いは、関係ないですよねぇ」

マダムの灰色の目が物騒な光を放つのを見て、私は慌てて口をつぐむ。

危ない、危ない。いつものセレスタ状態になるところだった。


でも、違いって何だろう。

全然違うと思っていたけれど、いざ言葉にしようとすると上手く言えない。


「よく思い出してご覧。ホタル、あんたが言っていたことだよ」

マダムの言葉に私は更に考え込む。

私、何言ったっけ?


「ほら、エメラルドのバングルを見て何て言った?」

ええ~っと、なんだっけ? ……あっ!

「煩い!」

思わず大きな声で言ってしまった私にマダムが大爆笑する。


「そうそう。煩い、だよ」

「えっ? どういうことですか?」

何と言ったかは思い出せたものの、それが何だというのだろう、と私は首を傾げる。


「アンダのアクセサリーは私のに比べて派手で豪華だろう?素材のせいもあるんだろうけど、宝飾師の好みもあるんだろうよ」

「なるほど。……で?」

やっぱりマダムが何を言いたいのかわからない。


「ヒントはここまで」

そんな私を意地悪く見つめながら、マダムがそう言いはなった。

「えっ、そんなぁ」


「そんなことより、明日は店にでなくていいよ」

マダムの言葉に私はサッと青ざめる。


「えっ! あの、大丈夫です! 私、しっかり店番できます!」

慌てて言う私にマダムが苦笑いする。


「別にクビにしようってわけじゃないから、安心おし。明日はおつかいを頼まれて欲しいんだよ」

「へっ?」

焦った。役立たずだから、でていけと言われるのかと思った。

相当、間抜けな顔をしていたんだろう。

マダムが笑いながら続ける。


「ノームのところに素材を一つ取りに行って欲しいんだ。少しばかり面倒な素材だからね。ゴシェの所でお菓子でも買ってから行っておくれ」

マダムの言葉に私はホッとした。

なんだ、そんなことか。


「もしかしたら、ホタルのお悩みの答えも見つかるかもしれないよ」

だからしっかり頼んだよ、と言って、マダムは私にニヤリと笑いかけたのだった。

王都から帰ってきたホタルはアンダの創るアクセサリーの魅力の原因を突き止められるのでしょうか?

第五章の始まりです。

少しでも続きが気になったら、評価や感想をいただけるとすごく励みになります!

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