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マダムのおつかい

「こんにちは」

「いらっしゃいませ。あら、ホタルさん、今日はマダムの店はお休み?」

翌日、モルガさんとゴシェさんの店をたずねると、モルガさんが笑顔で出迎えてくれた。


「いえ、ノームさんのところにおつかいなんです」

「なるほど。ごめんね。ゴシェ君、今日は王都までお届けに行っちゃってるの」

そう言うモルガさんの胸にはモルガナイトのネックレスが揺れている。

旦那様のゴシェさんからのプレゼントで、私が初めて修理したものだ。


「ん? どうしたの?」

どうやら、ネックレスをじっと見てしまっていたらしい。

モルガさんが不思議そうな顔で私を見つめる。


「あっ、なんでもないです。このドライフルーツのケーキ、もらえますか?」

そんな私を見て、モルガさんが口許に人差し指をあてて首を傾げる。

おぉ、可愛い。


「ん~。ホタルさん、お茶でもしよっか」

「えっ、でも……」

「お客さんも途切れたし、いいから、いいから」

引きずられるようにお店のイートインスペースに連れていかれる。


「ここなら、お客さんが来たらすぐにわかるし、いいでしょ?」

いや、店員がお店で堂々と飲食しているのはどうなんだ?


「で、どうしたの? そんな暗い顔して? ……あっ、これ、ゴシェ君の新作。感想きかせてね」

お茶と一緒に貝殻の形の焼き菓子が差し出される。

あっ、マドレーヌだ。一口齧ると優しいバターの香りが口一杯に広がる。


「おいしいです。……モルガさんは、そのネックレス大切にしてますよね」

「堅苦しいなぁ。モルガでいいよ。どうせ同い年くらいでしょ? ……ネックレス? うん、もちろん。あの時は直してくれてありがとうね」

そう言って、モルガさんが胸元のネックレスを大切そうに見つめる。


「ゴシェ君の形見だもんね~」

生きとるがな。あんたの旦那。ただの留守番でしょうが。

まぁ、その辺はさておき。


「アクセサリーって、そういうものだと思うんですよ。なんで、あんな奴のが人気あるかなぁ」

「……なんの話?」

不思議そうな顔をして、こてん、と首を傾げるモルガさん。

うん、可愛い。とても同い年とは思えない。


「例えば、ですよ。世にもびっくりなイケメンが、君のために、ってアクセサリーを創ってくれたとします」

「えっ? 駄目よ。私にはゴシェ君がいるもん」

「だから、例えばですって」

慌てるモルガさんに思わずツッコミをいれる。

いや、あんた。どこでものろけるのね。


「なるほど。それで?」

「次会ったときには、その男はすっかりそのことを忘れているんです」

「……あぁ! アンダのことね?」

しまった。あっさりバレてしまった。


「アンダのアクセサリー、いいわよね。庶民には高くて手がでないけど」

「いいんですか?」

モルガさんの意外な言葉に前のめりになる私に、敬語やめてよ、っていいながら、モルガさんは言葉を続ける。


「いいじゃない。キラキラで豪華だし」

「でも、アクセサリーって、もっと想いのこもった大切なものじゃないですか? ほら、そのネックレスみたいな」

あっさりと答えるモルガさんは、だから敬語、といいながら言葉を続ける。


「確かに想いのこもったアクセサリーは嬉しいよ。でも、全部がそれじゃ重くない?」

「重い?」


「ホタルはゴシェ君のお菓子、嫌い?」

「へっ?」

急に聞かれて思わず言葉に詰まるけれど、嫌い? 、と再度聞かれて、慌てて首を振る。


「もちろん、好きです。おいしいですよ」

「ありがとう。でも、お菓子ってごはんにはならないから、極論、別になくてもいいものなのよ」

私の言葉ににっこり笑ってお礼を言いながらも、モルガさん……じゃなかった、モルガはとんでもないことを言ってのける。


「あっ、勘違いしないで。私もゴシェ君のお菓子好きよ。甘くて、綺麗で、ほっこりして、ちょっとご褒美って感じするでしょ」

モルガの言葉に私は思いっきりうなずく。

そうそう。元の世界でも仕事に疲れた時とか、ご褒美と称して、ちょっとお高いチョコとか良く買ったものだ。


「同じなんじゃないかな。アンダのアクセサリーも。まぁ、ゴシェ君のお菓子より、百倍豪華だけどさ」

「想いのこもったアクセサリーはご褒美にはならないってこと?」

納得がいかないって顔をしていたんだろう。

モルガが少し悩んだ顔をして答える。


「う~ん。上手く言えないけど、マダムのアクセサリーは日常で、アンダのアクセサリーは非日常って感じ」

モルガの言いたいことはわかるけれど、なんだか釈然としなくて、憮然とした顔になってしまう。

「ずっとパンでも生きていけるけど、お菓子があると嬉しいじゃん。どっちもあっていいんじゃない? って話よ」

そう言って、モルガはマドレーヌを齧ると、おいしい、と笑った。


「で、ホタルはどうなりたいの? 大事なのはそこじゃない?」

そこでお店にお客さんがきてしまい、モルガとのお茶はおしまい。

私はドライフルーツのケーキに、ゴシェさんの新作のマドレーヌをおまけしてもらってお店を後にした。


「こんにちは。マダムのおつかいできました」

領主様のお庭で声をかけ、芝生に腰を下ろす。


ぽかぽかと降り注ぐ日差しと、吹く風が心地良い。

ぼんやりと空を眺めながら、こんなにのんびりした気持ちになるのは久しぶりかもと、ふと思う。


レナに会って、王都に行って、アンダさんに会って、帰ってきてからはずっと悩んで。

よく考えたら、最近なんだか慌ただしかったなぁ、と溜め息をつく。


「おや、ホタル。おつかいとはご苦労なことで」

草むらから聞こえてきた声に目を凝らす。


「今日はゴシェさんの新作をおまけしてもらいました」

そう言うと、それはそれは、と嬉しそうな声が聞こえる。

ノームさんを見つけた私はいつものようにその後について切り株の並んだ木陰に向かう。


「ふむふむ」

マダムから預かった手紙を読むノームさんを、ノームさんの淹れてくれたお茶とゴシェさんのドライフルールのケーキ、マドレーヌを楽しみながら待つ。


「なるほど」

手紙を読み終わったノームさんもマドレーヌを一口齧り、満足そうにお茶を飲む。

どうやら今回の新作も合格点のようだ。あとでゴシェさんに教えてあげよう。


「では、いくとするかな」

お茶を終えたノームさんが立ち上がるので、私もその後に続く。

向かう先はさっきまでいた草原とは逆方向、森の奥をさらに進んでいく。


「すごい……!」

歩くこと十分程度、木々が開けたところにでると、そこに様々な果物が実る果樹園が広がっていた。

桃に葡萄にさくらんぼ、遠くにはイチジクや杏も見える。

領主様のお庭にこんなところがあるなんて、初めて知った。


「さて、ホタル。オパール様の手紙によると、お主に好きな果物を選ばせるようにとのことじゃ。好きなものを好きなだけ持っていくといい」

「えっ? 私ですか?」

驚く私にノームさんがうなずく。


「でも、何に使うのかも、どのくらい必要なのかも聞いていないんですけど」

「手紙にも書かれておらんな」

「そんなぁ」

なんだその無茶ぶり。

思わず抗議の声を上げる私にノームさんが笑って答える。


「書いてないということはホタルの好きにしていいということじゃろ。さぁ、たんと持っていくがよい」

そうは言っても、マダムの好きな果物なんて知らないし、そもそも、マダムが食べるのかすらわからない。

宝飾合成の材料にするなら、少しずつたくさん持って帰った方がいいかもしれないし。

うんうん、唸り続ける私はノームさんは何も言わずニコニコと見つめるばかり。


「う~ん、よし! これを二房お願いします」

私はノームさんに瑞々しい緑色の葡萄を指さして、そう告げる。

露草の一件で学んでいるので、もちろん、自分でもぐことはしない。

すると、いつものようにノームさんが祈りの言葉を呟くので、私も目を閉じ、頭を下げる。


「よし、もう良いよ。葡萄だけでよかったのか? しかも二房だけとは。もっと持って行っても良いのに」

「はい。十分です。ありがとうございます」

宝飾合成に使うなら一粒あれば十分だし、食べるとしたら、多くてセレスタとジェードを含めた四人。

だったら、二房あれば十分だ。

そう言う私にノームさんは満足そうにうなずく。


 さすがに保存瓶には入りきらないので、バスケットに入れて、ノームさんに別れを告げる。

「ホタル、悩んでいる時はシンプルに考えるのじゃ。我はお主の素直さが好きじゃよ」

「……! はい。ありがとうございます」


 何も言っていなかったのに、どうやらノームさんにはバレバレだったようだ。

もしかしたら、マダムの手紙に何か書いてあったのかも……

私は、ノームさんにもう一度頭を下げて、領主様のお庭を後にした。

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