カイヤナイトのブレスレット
「ただいま戻りました」
マダムの店に戻るとマダムが朝ごはんを用意しておいてくれた。
温かくてコーンたっぷりのスープにほうっとため息が零れる。
確かに露草は綺麗だったけれど、さすがに寒かったからね。
持ち帰った露草をマダムに見せながら、領主様のお庭での出来事を報告する。
無断で露草を摘もうとした話をしたときには、マダムは一瞬顔をしかめたけれど、結局何も言われなかった。
「綺麗じゃないか。ランの目と同じ色だ。朝ごはんが終わったら早速宝飾合成してみるかい?」
「僕はそろそろ仕事にいかなきゃ。出来たら見せてね」
朝ごはんを終えたセレスタは、そう言って席を立った。
「うん、わかった。今日はありがとう」
そんなセレスタをお店の入り口まで見送った後、マダムと私はお店の二階の作業場に向かった。
マダムは保存瓶から露草を取り出すと作業台の緑の石板の上に丁寧に置く。
そして、マダムが両手をかざし静かに目を閉じると、露草が白い光に包まれていく。
マダムの店で働かせてもらうようになって、宝飾合成は何度となく見せてもらってきたけれど、この瞬間は何度見てもドキドキする。
植物がアクセサリーに変わる瞬間。どんな宝石が生まれるのか? どんなアクセサリーになるのか?
私にもできたらいいのにな……って無理だけどさ。
そうこうしているうちに徐々に光が収まり、アクセサリーが姿を現す。
「わぁ……」
一目見て、その美しさに思わずため息が零れた。
現れたのはカイヤナイトとアクアマリンのブレスレット。
スクエアカットのカイヤナイトは予想した通り、ランの目と同じ色だ。
二重になったシルバーのチェーンはキラキラと輝き、シズク型のアクアマリンがシャラリと揺れている。
まるでランのイヤリングとセットで創られたかのようなブレスレットだった。
「おや、イヤリングとセットみたいじゃないか。同じ植物を使ったとはいえ珍しい」
マダムもできたブレスレットを見て、軽く驚きの声をあげる。
「これならイヤリングの修理に使えそうだね」
そう言ってマダムが私にブレスレットを渡す。……けれど、私は何も言えずにいた。
「どうしたんだい? 宝石の大きさも丁度いいし、問題ないだろ?」
そう。問題ない。
シズク型のアクアマリンはまさに同じ形だし、メインのカイヤナイトも色味も形もぴったりだ。
ぴったりなんだけれど……
「ちょっと、待ってもらえますか?」
気付いたらブレスレットを握り締めたまま、私はマダムにそう言っていた。
「どうしたんだい?」
「まだ時間ありますよね? お願いします! 私に少し時間をください!」
怪訝そうな顔をするマダムに私は頭を下げた。
「確かにパーティーまでまだ時間はあるし、私は構わないけど……」
「ありがとうございます!」
私は作業場にあったアクセサリーケースにブレスレットをそっとしまい、とりあえず壊れたイヤリングと一緒に預からせてもらうことにした。
そして、いつも通り店番を始めたものの……
「な~んにも思いつかん」
壊れたイヤリングを見つめて、お店のカウンターに突っ伏す。
とりあえず時間をもらったはいいものの、どうしたらいいか全く思いつかない。
何度見たって、割れたカイヤナイトはくっつかないし、足りないアクアマリンは無いままだ。
無い物は諦めてアシメントリーなイヤリングにすることも考えたけれど、メインの石がないままじゃ、バランスが悪すぎる。
「無いわ~」
今度はブレスレットを眺めてみるものの、ここから宝石を外すのは、やっぱり無しにしたい。
こんなに綺麗で、イヤリングとセットみたいに出来上がったのに、それは無い。
「どうしろって言うのさ~」
愚痴ったところで、マダムは作業場で宝飾合成中。
誰もいないお店に私の声が空しく吸い込まれていく。
結局、何も思いつかないままその日が終わり、今は夕ごはんも終わってベッドの中。
私の部屋は屋根裏部屋。……といっても昔話にあるような埃まみれの部屋ではない。
マダムが子どものときに使っていた部屋だそうで、木製の可愛い机とベッド、鏡台にクローゼットが置かれている。
天井に明り取りの窓がついていて、今夜みたいに満月の日は月光が部屋全体を青白く染め上げていく。
月光の差し込む机にイヤリングとブレスレットを並べる。
青白い光に照らされてキラキラと輝くそれは、まるで夜空をそのままアクセサリーにしたようだ。
「綺麗なんだよなぁ」
何とかしてブレスレットはそのままにイヤリングを何とかしたいけれど、どう考えても宝石が足りない。
「片耳ならなぁ……」
とはいえ、パーティー用に創られたイヤリングだ。
両方つける前提でできているそれを片耳だけつけたら、どう見ても片方失くしたようにしか見えない。
……ん? 待てよ。
私は壊れたイヤリングと壊れていないイヤリングを交互に眺める。
これって、もしかして。
「イヤーフックだ!」
そうだ。両耳にしようとするから宝石が足りないんだ。
いっそ、片耳用にして、その分、豪華なものにしてしまえばいけるかも。
「でも、待って」
マダムの店でイヤーフックを見たことがないんだけれど、この世界にイヤーフックってあるのかしら?
そもそも、パーティーって正式な場だよね?
イヤリングじゃないといけないとかいう決まりがあったりするのかな?
「よし、明日、マダムに確認してみよう」
とりあえず見つかった解決の糸口にちょっとホッとして、その日、私は眠りについた。




