お庭の番人はかく語りき②
「先ほどホタルが手を伸ばしたその露草は生きておる。それはわかるな?」
静かに話始めたノームさんの言葉に私は神妙な顔でうなずく。
そんな私をみてノームさんも満足そうにうなずいた。
「そこをわかってくれているならば大丈夫。植物たちは生きておるが、お主たち人間と話すことはできん。植物と人間の間を取り持つために我らノームがおるんじゃ」
「植物をもらいたい時にはその土地のノームにお願いするんだよ」
「えっ? それって、花を一つ摘むには毎回ノームさんにお願いするっていうこと?」
「そうじゃよ。それが命を摘むということじゃ」
ノームさんとセレスタの言葉に驚く私にノームさんが真面目な顔でそう答えた。
「えっ? じゃあ……」
花屋さんはどうするの? と言いかけて、私は言葉を飲み込んだ。
よく考えたらこの町で花屋さんを見たことがない。
もしかして、この世界って花屋さんって存在しないの?
「どうしたの?」
不思議そうにこちらを見るセレスタに慌てて手を振る。
「ううん。何でもないの。そんなことより、私、なんてことを……」
ノームさんとセレスタの言葉で、自分のしでかしてしまったことに気付いて私は青くなった。
軽く誘拐まがいのことをしようとしていた、というか摘もうとしていたから、もっとひどいことをしようとしていたんだ。
そりゃ、小石もぶつけられるよね。っていうか、それで済んだよかったくらいだ。
「知らなかったのならば仕方ない。我も急なことに頭に血が上ってしまい、悪いことをしたな。すまない。露草たちには我から話をしておくから心配はいらんよ。ところで、朝露のついた露草が必要なんじゃな」
「はい。……でも、夜明けから時間もたってしまったから、もう朝露は散ってしまいましたよね」
私の言葉にセレスタもうなずく。
「明日、また来てもいいかな?」
セレスタの言葉にノームさんが笑い声をあげる。
「セレスタ殿。我を誰だと思っておるんじゃ。さぁ、ついておいで」
「ランのパーティー用と言うことであれば……確かあちらに……」
そう言って歩き出したノームさんにセレスタと二人で慌ててついていく。
「これはどうじゃ?」
しばらく歩くと大きな木の陰になっている場所があり、そこにはまだ朝露に濡れたままの露草が残っていた。
ノームさんはその中の一つの露草を私たちに示す。
「綺麗……」
それは、私が見つけた物に比べて花は小さいものの青が濃くて、ランの目の色にそっくりの露草だった。
シャンデリアのように輝く朝露が壊れてしまったイヤリングのイメージにぴったりだ。
「さすが、じいちゃん。ホタルさん、これいいよ」
セレスタの言葉に私も大きくうなずく。
「はい、これでお願いします」
「では、これにしよう」
そう言うとノームさんは露草に向かい何か呟き始める。
その姿は神社でお祓いをしてもらう時の神主さんにどこか似ていて、私も自然と目を瞑り頭を下げていた。
「ホタルさん、終わったよ」
しばらくしてセレスタの言葉にハッとして頭を上げる。
そんな私にノームさんはほほ笑みながら、その手にある露草を差し出してくれた。
「ありがとうございます」
お札をもらうような気分で露草を受け取り、朝露が散らないように丁寧に保存瓶にしまう。
保存瓶の中では、露草が朝露を付けたままで何の支えもなく浮いている。
「不思議よね」
「何が?」
保存瓶をまじまじと見つめて呟いた私にセレスタが聞き返す。
「あっ、うん。保存瓶。何度見ても不思議だなって」
「確かに。学校で仕組みはチョロッと習ったけど、僕もよくわかんなかった。魔法学って苦手だったんだよね」
なるほど。学校には魔法学なんてものがあるのね。
本当にファンタジーだわ。
「まぁ、便利だから、ありがたいよね」
「確かに」
セレスタの言葉にうなずきながら、ふと疑問に思ったことが口をついてでてしまう。
「お弁当箱とか、冷蔵庫とか、保存瓶で作ればいいのにね」
「「えっ?」」
思わず出てしまった言葉にセレスタとノームさんが驚きの声をあげる。
しまった。また変なこと言ってしまったらしい。
慌てて取り消そうとしたら、セレスタが急に大爆笑し始めた。
「ホタルさん、お弁当箱って! 保存瓶ってすごい貴重なんだよ。王国でも一握りしかいない保存瓶職人にお弁当箱作らせるって。どんだけ食いしん坊なんだよ」
「噓! やだ! そんなつもりじゃ」
知らなかった。保存瓶って貴重なのね。マダムの店にはたくさんあるから考えもしなかった。
「まぁ、保存瓶に入れる程、お弁当を長く持ち歩くことはないじゃろうな」
そう言うノームさんもどこか笑いをこらえている。
……うぅ、恥ずかしい。
露草をもらった後、ノームさんが朝ごはんに誘ってくれたのだけれど、セレスタの仕事があったので丁重にお断りした。
「我の朝食はなかなかのものぞ。いいのか?」
「そうだよ。いいの? 食いしん坊なホタルさん」
二人の言葉に顔が真っ赤になる。
だから、そんなつもりじゃなかったんだって。
「あの、またお話を聞きに来てもいいですか?」
あとはマダムの店に帰るだけとなった時に、私は思わずノームさんにたずねる。
マダムの店で働く以上、もっと植物とかこの世界のことを知っておきたかった。
マダムやセレスタたちに聞いても教えてくれるんだろうけれど、精霊を知らないと言った時のセレスタの反応を見る限り、なんかみんなに気を遣わせそうな気がしたから。
ただでさえ色々良くしてくれているのに、これ以上、気を遣わせるのは申し訳ない……っていうのは建前だね。
本当は下手なことを言って、みんなに嫌われるのが怖かった。
その点、ノームさんは大丈夫な気がしたから。
でも、図々しい奴って思われたかな……
「構わんよ。いつでもおいで。この庭で名を呼んでくれれば姿を見せよう」
ノームさんはそんな私の気持ちを見透かしたように優しくうなずいてくれた。
「ありがとうございます」
改めてお礼を言って、私たちは領主様のお庭を後にした。
保存瓶は学校の理科室にあった試薬瓶のイメージです。
最近は雑貨屋さんとかでも見かけるので、欲しいなと思うのですが、部屋にあってもなぁ、と思って買い損ねてしまっています。




