059
地震関連の話が続きます。閲覧注意
しばらく余震が続く中、津波は陸を飲み込んでいった。通常、震度6.5以上の海の浅い場所で地震が起きると津波が発生するといわれている。大津波の場合は7.5以上だが、そこまでのものではなかった。
しかし海岸付近の古い民家はほとんど流され、瓦礫が波と共に押し寄せる。中心部までは届かないだろうが、それを目の当たりにした怜は身が竦んだまましばらく動けずにいた。
遠く半鐘の音が聞こえ、怜は我に返った。
「ブオォオ」
佐藤君は指示通り鈴木君の匂いを辿って高台へと駆け抜ける。もう人の姿は見えない。大きな神社に到着すると民衆の姿を見てようやく安堵の溜め息をついた。
「政宗さまじゃ!!」
「政宗様が参られた!」
境内に入るなり人々は一斉に駆け寄り、そして平伏した。
「皆の者。大義であった」
「政宗様もご無事で何より!」
「早速だが、直ぐに復興の準備を進めねばならない」
「復興……?」
「そうだ。じきに冬がくる。それに備え、食料・寝床を確保するのだ」
そこからは怜の独壇場だった。
未来の知恵を絞り出し、民衆に希望を与える。
人は絶望の中で生きてはいけない。そこに一筋の光があるからこそ、生きる活力となるのだ。そしてそれには団結力と結束が必要不可欠だった。
怜は先ず、村の庄屋らを集めた。
庄屋とは百姓の身分だが、村のまとめ役として村政を任されている者達である。彼らは自分の管轄下にある村人の全てを管理している。その一人一人に代官所の役人を付け、人別帳と照合しながら村人の安否を把握し、被害状況を確認していくのである。
骨を折る作業だが、この場にいる者のほとんどは住む場所を失った者達だ。安否が確認されなかった者は倒壊を免れた者か、もしくは命を落とした者ということになる。
次に動ける者を分けて隊を組ませることを開始する
一先ずグループ毎に役割を定めた。例えば「だ組」は村医者の富澤をリーダーに男女数十名を補佐とし、軽傷者から重傷者の手当てを申しつけた。例えば「て組」は男数十名の隊を幾つか作り、使えそうな板や木材を集めさせたり、また「み組」は女性ばかり数十人と荷物運び用に数人の男を組ませ、山に食材を取りに行かせた。
成すべき事が定まると、人は皆力の限り尽くすものだ。
「では皆の者!心を一つにするのだ!」
「「オォオオォオオォオ!!」」
政宗に呼応する人々。
まさに一心同体だった。
◇◇◇◇◇◇◇
坂本ら一行は若い役人の案内で、一先ず近くの神社に身を寄せることになった。余震が続く中での移動は危険で、もう陽は沈みかけているからだ。
「この辺りの民家は地揺れの影響が比較的マシでした。なにぶん何百の村人を収容するほどこの社も大きくはありませんし、無事だった家屋の者にも協力してもらい、人数を分けて避難しているんです」
「なるほど……それはやはり」
「政宗様の指示でございます」
「……ほうか」
神社や寺などは大勢の被災者で埋め尽くさられているだろうと思ったが、怜の策により混乱は最小限に抑えらている。坂本は苦笑するしかなかったのだが、それよりも神社に到着した早々驚いたのは、民衆の表情であった。
このような絶望とも言える状況なのに、皆の顔は一向に晴れやかなのだ。女達はいそいそと作業し、子どもはキャッキャッと駆け回り、老人はその様子を見ながら茶などをすすっている。
「若者がおらんが」
「はい。今は女ばかりです」
坂本らが首を傾げると、役人はにこにこと経緯を説明し出した。
「男らは木材の調達に行ったのですよ。仮設住宅なるものを作るので」
「かせつ…じゅうちゃく?」
「”かせつじゅうたく”です。政宗公の仰るには、冬はもう目の前ですから直ぐに準備を進めなければ、民の大半が寒さと飢えで死ぬだろうと」
一件ずつ家を作るのは非常に時間を要する為、一先ずこの冬を越す為の、集団仮設住宅の建設を進めたのである。やはり何と言ってもプライバシーは必要である。数日くらいなら我慢も出来るが、やはり数週間、数ヶ月にも及ぶと、人間は精神的に追い詰められてしまうものなのだ。そうなれば後は坂道を転げ落ちるように不安と恐怖、未来への絶望感がひしめき、最終的には民衆同士の争い、更に犯罪が横行するだろう。
特に本島から離れた島々は、情報や伝達が遅い。混乱を避ける為には自力で這い上がるしかしないのである。よって、そうならない為には「衣・食・住」の確保が、優先的事項であった。
大工関係者が指揮を執り、材木の調達、加工、建築を若者らに指導しながら建設していく。女達は主に、洗濯、炊き出しを率先してやった。また子ども達の面倒を見るのは「き組」老人らの役目だ。
「あの人らは何を縫うちょるんじゃ?」
「"お組"の婆さん達ですね。あれは冬用の蚊帳なるもの作っているのですよ」
蚊帳は普通「麻」で作られるものだが、怜が考案した蚊帳は通気性の無い布を縫い合わせた物である。仮設住宅が完成するまで、しばらくは神社や寺の広間で身を寄せ合うように暮らさなければならない為、そこでもプライバシーの確保を考え、蚊帳で間仕切りすることにしたのだ。またこの地域は十月と言えど寒い。特に夜は底冷えするほどの寒さだ。それも踏まえて一石二鳥の"冬蚊帳"を作らせているのである。
「なるほどのう」
「地揺れが起きた時はどうなることかと思いましたが、喧嘩も盗みも無く、他の島の者達も皆互いに協力し合い.....これも政宗様のおかげでございますよ」
「この辺りは島が多いき難儀やったやろう」
「いえ」
政宗(怜)より命じられた七ヶ浜代官所の役人は、早速近隣の島々へ発令を出した。こういった緊急事態の場合は、その島の役人が全権を委任されている。最も腕利きの漁師に船を出してもらい、そこへ数名の役人らを同乗させ、冷めやらぬ震災の混乱を、早期に鎮めたのである。
「さすが怜じゃのう」
「わし、色々怖い…」
「淀屋さんしっかり!」
怜と坂本が再会したのは、それから三日後であった。
◇◇◇◇◇◇◇
宮城(県)沖地震の一報は、瞬く間に江戸へ広がり、京・大坂へと拡大していく。そして小松の耳に入ったのは、地震発生からおよそ十日が経っていた。
「当たったか……」
東郷からの文を読みながら、驚きと共に何とも言えぬ気持ちになったが、恐らく一番困惑しているのは中村半次郎だろうと思った。
突然出会った不可思議な子どもの予言など、よもや当たるとは思わなかったはずである。
「偶然か否か」と小松は硬く目を閉じて思案するのだが、どう考えても「怜は知っていたのではないか?」という結論しか出てこないのだ。
かと言って「未来の知識を持ったまま転生した」と結論付けたわけではない。当初出会った時の、様々な分野に精通している頭脳の持ち主は、「医療」だけでなく「地学」にも長けていたのかと、つまり、予言ではなく「予想」したのではないかと思ったのだった。
とは言え何にしろ、得難い少女であるには違いなく、いかにして取り込むか思案を巡らせていたのだが、程なくして再び東郷から文があり、怜が小栗忠順の養子に入ったことで、一先ず安心したのである。
というのも一番の懸念は長州藩だったからだ。もしも怜を向こうに取られたら、それは百万の兵を失ったと他ならない。今の薩摩藩は倒幕路線では無く、公武合体推進派である為、長州の不平分子は「敵」という認識だ。水面下では幕府の元で長井雅楽らと同調しているが、あの久坂を筆頭とした過激派らが、それを黙っている見過ごすはずがない。
しかし怜が小栗忠順の養子となったということは、直々に幕府の庇護下に入ったも同様である。能吏と名高い小栗忠順の身内となった事実は、それほど幕閣に買われたと言って間違いないのだ。
「小松殿、御目通り願いたいと男が来ているのだが」
中村が座(役所)に姿を現したのは、それから二日後のことだった。この男が見知らぬ子どもとの約束など反故にするだろうと思っていただけに、これには小松自身も驚きを隠せなかったが、根は真面目なのだろう、小松との対面では、何故か手土産まで持参する礼儀正しさであった。
◇◇◇◇◇◇◇
七ヶ浜
「政宗公への謁見を許されるとは、そなたら……幸せ者であるな」
「はは……」
「コノコノ~~」と役人に脇腹を突っつかれる坂本ら三名には、当然乾いた笑いしか出なかった。
小高い山の中腹にある神社の境内は、やはり桂浜と同様、皆イキイキとした表情で作業している。その拝殿を少しばかり先に向かうと、蔵のような小さな建物が幾つかあり、中央に位置する蔵だけに役人が数名並んでいた。むろんそれは「政宗公」の警護であるのは一目瞭然だったが、それよりも三人の目に止まったのは建物の横に悠々立つ巨大猪であった。
「な、なんやアレは」
「ああ。あれは政宗公の御愛馬”五島号”様にございます」
「馬ちゃうやろ!アレは…」
「淀屋、やめとけ」
「そやけどどう見てもアレはイノ……」
言い終わらぬ内に、役人の手が鯉口に触れた。
「ひいぃぃいぃぃい!!!」
「今、……なんと?」
「愛馬ですうぅうぅう!!政宗様の愛馬ですうぅうぅうぅう!」
この一帯は伊達政宗を語る小さな子どもに侵食されているのだ。どんな常識も通用しないのである。
「ふむ。立派な愛馬(猪)じゃ」
「さすが坂本殿。お目が高い」
坂本は佐藤君の前までやってくると、好奇心の目を輝かせてそろりと手を伸ばす。
「俺は坂本龍馬っちゅうもんじゃ」
佐藤君は坂本の手をクンクンし、コクリと頷いた。
「ブビィブビ」(佐藤君どす)
佐藤君は足元のタケノコを一つ咥えると、坂本に差し出した。
「お?くれるんか?」
「ブヒン」(お近付きのしるしに)
「なんと礼儀正しいのう……」
人見知り(警戒心)の激しい佐藤君は、滅多なことでは懐かないが、坂本のことは気に入ったようだ。もしかしたら仲間だと思ったのかもしれない。
「おや。外が騒がしいと思ったら、坂本ではないか」
蔵が出てきたのは、言わずと知れた政宗公(怜)である。わざとらしく腰に手を当て、堂々と前へ進み出る。役人らは「はは~」とその場に平伏し、淀屋と山田も無理やり座らされた。
「れ、…政宗公、ご機嫌麗しゅうちゅうかなんちゅうか……」
「これ!坂本殿!無礼であるぞ!」
「ははは。良い良い。坂本と私は親友なのだ」
「おお……そうでありましたか」
もはやとどまることを知らぬ怜。すっかり政宗に成り切っている。勿論鈴木君も同様だった。
「皆の者。私は坂本と内々の話がある。誰もこの蔵に近付かぬよう見張りを立てよ。まさかとは思うが、佐竹(義重)の密命を帯びた不届き者が、辺りに紛れ混んでいるやもしれぬからな」
「ひ!?」
怜はギロリと淀屋を睨んだ。
説明するまでもないが、佐竹義重は戦国武将であり、当たり前だがとうに亡くなっている。つまり、淀屋にとっては完全なとばっちりであった。
「はは!肝に命じましても!」
「では参るか」
「……そうじゃの」
坂本は苦笑するしかなかった。




