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幕末スイカガール  作者: 空良えふ
第一章
21/139

021


『八代海 燃ゆる花火と 寂し月

名残り惜しむは 江戸の友

後藤怜』




「成る程……」


小松はクックッと含み笑いをし、膝に乗せた夜鷹を良々と撫でた。何やら楽しげな様子である。


「そうか……中村半次郎か……」


東郷は唖然とした。何故ならまだ中村との件を話していなかったのである。一先ず文を見せただけで、これからその話を切り出そうと予定を組んでいたのだ。


「え!?ちょっと待って下さい!それだけでわかるのですか!?」

「ん?仲五郎はわからないか?」


逆に驚きの顔で見られ、東郷は恥ずかしくなった。


「”燃ゆる花火”これは怜のことだ。そして”寂し月”の”寂し”は二つの意味があって、孤独の”寂しい”の他に、物が”錆びる”という意味が込められといる。そして月は、その形状から”剣”を表し、剣の使い手ではあるが、その使い道をわかっていない孤独な男という解釈になるんだ。まあ、そういう奴はごまんといるが、敢えて”月”に形容したということは、相当の剣客だと読み取れる。そんな男は中村半次郎しかいないだろう」


「そういう意味だったんですか……」

「つまり、自分の闘志は花火のように燃えていてけして消えることはない。そして自分は海のように心が広い。だから中村を消し去るのは簡単だが、それじゃあ可哀相なので私(小松)に”預ける”から、”江戸の友”つまり今度の江戸行きに、お供(護衛)として連れて行け”と、まあ、そういう意味だ」


東郷は絶句した。小松の読み解く頭脳にも畏敬の念を禁じ得ない。本当に親子なのではないかと疑うほどであった。


「ところで仲五郎。怜は中村と何か取引きをしたのか?向こうで何があったんだ?」


小松は身を乗り出した。さながら玩具をせがむ子どものようである。


「はあ、実は、私も信じ難い話でありまして」


東郷は黒田を含む全ての経緯を小松に話した。さすがに「未来が見える」のくだりでは、小松も驚愕の顔色であったが、話し終わるとここぞとばかりに笑い出した。


「それはとんでもない勝負に出たな」

「いや、本当にもう…」

「……そうか。未来か」

「小松さんは信じますか?」


東郷はおずおずと聞いてみた。


「そうだな。何の根拠も無く命を賭けるほど怜は馬鹿ではないからね」

「じゃあ信じるんですか?」

「仲五郎は信じたのかい?」

「私は……正直わかりません」


東郷は一瞬俯き、ひと息ついて顔を上げた。


「でも、怜を見ていると信じたくなるんです」


小松はその言葉に頷く。


「私も同じだ」


東郷は笑みを浮かべた後、ハッと我に返りもじもじと身体を揺すった。


「あ、それで、誠に言い難いんですけど、その仙台までの費用を払ってほしいと。あ、あの、藩民のしでかしたことは藩が責任を取れと、……これも頑なでして」


小松はぴたりと動きを止め、膝の夜鷹を見た。


「この夜鷹はもしや」

「は、はい。怜の代理人の鈴木君です」

「代理人……鈴木…君……」

「キョキョ」(よろしくね)


鈴木君はピョンと飛び降りて、巾着袋を口に咥えると、それを小松の前にポイッと放り投げた。


「キョキョ!」(金を出せ!)

「「!!!」」


その後、小松は金子を用意するのだが、鈴木君は一両小判以外けして受け取らなかった。


さすが怜の夜鷹である。


◇◇◇◇◇◇◇



高瀬津は菊地川と繁根木川に挟まれた、有明海沿岸の河港である。古くから貿易、海外渡航で重きを置かれ、肥後の中心地として発展している。怜は先ず市場探しの為、通りがかった男に声をかけた。


「すみません。この辺りに市場ありますか?」

「いちば?そんじゃったら、あっちゃん行って、こっちゃん行って、ぎゃん行って、こぎゃん曲がって、そっから左さん行ったら川さん真っ直ぐ行った寺のとなったい!」

(※あちらへ行って、こちらへ行って、こう(身振り)行って、こう(手振り)曲がって、それから左に入ったら川を真っ直ぐ進んだ先の寺の隣りにありますよ)

「………」


男は一生懸命説明をしてくれたが、ほとんど聞き取れなかった。


「(ま、えっか)おおきにおっちゃん」

「おう!よかよ!」


怜は道行く人を眺めながら、しばらく周辺を歩いた。そうすることで人の流れというものがわかるのである。


特に大八車に荷物積んで運んでいる男達に注視していると、怜が降りた河港に向かっているのに気付いた。ということは大八車が来た道を辿れば、市場に着くかもしれない。


そしてその勘は予想通りで、ちょうど右に曲がって直進し、小さな水路沿いを歩いて行くと、市場が見え広がった。(ちなみに先ほどの肥後人の教えの通り進んでいたら「市庭」という荒くれ者で有名な、庭師の家に着く予定であった)


「天満より少し小さいな」


とはいえ、やはり所狭しと物が置かれ、大変な賑わいである。怜は目を凝らしつつ「西瓜探し」を開始したのだが、ものの数分もしない内に発見したのだった。


「うわあ!西瓜や!やっと会えた!」


ずらりと並ぶ黒い宝石。

どれも見事に太っている。

とまあここまでは良かったのだが、やはり良く見れば未熟なものばかり。中にはヒビが入っているものもあったりする。まさにこれは栽培方法や収穫時期、何もかも間違えている。やはり自生した野生西瓜のようだ。


「おばちゃん、これいくら?」


怜はドカッと地べたに座る”くまもん”似の中年女性に声をかけた。


「それは二十文たい」


(二十文……ってことは、卸値は更に低いはずや。あの天満の兄ちゃん、どんだけ”ぼったくり”すんねん)


「なあ、この西瓜どこで作られとるん?」

「父ちゃん、コレこの西瓜どこじゃったけね」

「そりゃ植木たい。呑兵衛の西瓜じゃ」


話によれば、植木村に住む佐吉という男が作っているのだが、大酒飲みでいつも酔っぱらっている佐吉は、村の者から厄介者扱いされているらしい。他にもトマトや茄子も作っているが、出来が良くない為、近頃ではもっぱら西瓜ばかり卸して日銭を稼いでいるようだった。


「植木の呑兵衛ね。おっちゃんおおきに」

「おい、まさか彼奴の所にいくと?」

「うん。あ、手土産持っていったほうがええやろか。やっぱ肥後やったら米焼酎なんかな」

「お!よう知っとるねえ!肥後で焼酎言うたら米たい!芋にも麦にも負けんよ!」ドヤァ

「ほな近くの酒屋で買って持っていくわ。ところで、植木村ってどこにあるん?」

「植木村じゃったら、ぎゃん行って、こぎゃん行って、あっちゃこっちゃ行って、そっから」


怜は聞かなければ良かったと後悔した。


◇◇◇◇◇◇◇


肥後北部にある植木村は高瀬(現・玉名)の隣りの位置にあり、西南戦争激戦地と言われる田原坂(たばるざか)のある地域であった。


また熊本城下を起点とし小倉(福岡)へ至る豊前街道も通っており、道沿いの村々は賑わいを見せている。やはり参勤交代道というだけあって休憩処や茶屋、旅籠屋などが軒を連ねていた。


今日中に植木村に辿り着きたいと思っていた怜であったが、やはり好奇心に勝るものは無しでつい周辺の様子などを見ているうちにたちまち日が暮れてしまう。


仕方なく今日の寝床を確保するため目に止まった一軒の宿へと入ったのだが……


「あんただけ?お父ちゃんとお母ちゃんは?」

「おらん。私だけが泊まりたいんやけど」

「それは、ちょっとねぇ……」


宿の者は怜を上から下まで舐めるように見て、残る頬の痣に眉間の皺を寄せる。着ているものも小袖にモンペという格好だ。どう見ても貧乏そうな子どもにしか映らないだろう。


色々考えてどこかで新しい着物を買おうかとも思ったが、そんなものにお金は使いたくない。怜は今更ながら小松に貰ったカツラや着物を処分したことを少し後悔した。


その後諦めずに足が棒になるほど片っ端から歩き回ったのだが、やはり返答は皆同じ。いつの間にか空は真っ暗になっていた。ここがどこかもわからない。気付けば目の前に山がそびえ、その上には上弦の月がぽっかり浮かんでいる。


歩き疲れた怜は蛇行する山道をひたすら進んで小さな小屋を見つけた。崩れそうなほどボロボロの掘っ建て小屋であったが何もないよりマシだと思い軋む板戸をゆっくり押し開いた。


「お邪魔しまー…」


当然中には誰もいない。農具と木材がいくつか転がっているが、どれも埃をかぶっていて指でスッとすくってみるとその厚さからおよそ一年以上は経過していると推察出来た。


明かり取りから溢れる月明かりだけを頼りに隅にあった藁籠の蓋をひっくり返し、草履を脱いでそこに座る。いわゆる体操座りのように丸くなって板壁にもたれた。


「お腹すいた……」


鳴り止まぬ腹を撫で怜はいつしか夢の中へと堕ちていく。小枝を踏む何者かの足音すら少女には子守唄にしか聞こえなかったのである。


◇◇◇◇◇◇◇


人間生きていれば、思いもよらぬ出来事に、突如遭遇することはよくあることだ。


特に「後藤怜」というこの少女は、生まれた時から何もかもが思いもよらなかった。とは言うもののそういった出来事があまりに頻繁に起こってしまうと人は慣れてしまう。


それもまた至極当然のことなのだ。


「うーん…」


チクチクと顔に当たる感触。虫の羽音。パチッと頬を叩くと、その痛みで目が覚めた。中村に殴られた跡はまだ癒えていないのにすっかり忘れていたのである。


「……あれ?」


怜は状況が理解出来ない。

何故なら小屋で寝ていたはずの自分が燦燦と輝く太陽の下にいるのだ。更に驚くべきは怜の隣りである。グウグウとイビキをかいて寝ている”それ”は、体長約百八十センチ、体重は二百キロは優にありそうだ。体毛は明るめの茶褐色で針金のように真っ直ぐ尾に向かって生えている。


どう見ても、これは”猪”であった。


いや、それはどうでも良い。むしろ猪は嫌いではない。(好きでもないが)それよりも少し離れた場所にある怜の荷物袋が問題なのだ。


中身が散乱し巾着に入れたお金がそこら中に散らばっている。そして何よりあの「西瓜糖」の小壷が真っ二つに割れ、中身が綺麗に舐めとられていることが最も重要なのであった。


「ブヒ…」


視線を感じたのか猪がパチリと目を覚ました。目が合うと短い足を伸ばし怜を引き寄せる。それはもう凄まじい力だった。


「痛たたた!!!」

「ブヒ……」


猪の剛毛による拷問は怜の怒りを更に増長させる。しかしあまりの怪力の為小さな身体は呆気なく猪の懐に収まった。


「く、臭っ……!」


強烈なまでの悪臭に思わず鼻をつまむ。動物なのだから仕方ないとは言え、怜にとっては到底許されるものではない。


「お前はもう死んでいる……」

「ブヒ!?」


怜は猪の牙を掴み胴辺りの鳩尾部分に足を置く。一瞬小さく身体を丸めたと思ったら、ぐっと足を伸ばし渾身の力を入れて片足で顎を蹴った。


更に蹴った拍子にくるりと一回転し「私の西瓜糖、勝手に食べたな」と独り言を呟くと「人のもん盗むっちゅうんは立派な犯罪や」と猪を睨みつけ、傍にあった長さ一メートル、直径三センチほどの太枝を横殴りに振りかぶった。


「ブヒィィイ!!」バキィィン!


そこで猪はようやく「危険」を察知する。


「ブッ……ヒ」(コイツァ……雌じゃねえ…)


ぱたり。


◇◇◇◇◇◇◇


猪の名は「佐藤君」


怜が命名したのは言うまでもない。

成獣に成り立ての彼は世間を知らなかった。自分より小さいからといって弱いわけではない。甘い香りがしたからといって仲間の雌ではない。更にーーー


「猪鍋にしたろか?」


自分が捕食される側になることだってあり得るのだという事実に。


「ブヒブヒ!」(それだけは勘弁して下せぇ!)

「それは虫がよすぎるんやない?謝ったら済むっちゅう考え方が甘いんよね」

「ブヒ……」(ではどうすれば……)


怜はスッと立ち上がると腕組みをして行ったり来たりし始めた。佐藤君は大きな身体を更に小さく縮めて次の言葉を待っている。しばらくすると怜はパンッと手を叩いてニヤリと不気味な笑みを浮かべた。


「あんた、覚えたか?」

「ブヒ?」

「西瓜の”匂い”や。食べたんやから、もう覚えたかって聞いてんねん」

「ブヒ……ヒ」(そりゃあ……まあ)


猪は嗅覚は犬と同様数万倍と言われている。遠くの匂いも感知し、それで危険を回避したり食べ物を探したり雌を見つけたりしているのだ。


「ほな案内してもらおか」

「ブヒィ!?」


返事をする前に怜は佐藤君の背に乗っかった。手には先ほどの枝が握られ高々と空へと向いている。


「しゅっぱーつ!」

「ブヒィィイ!」


佐藤君に選択肢は無かった。


◇◇◇◇◇◇◇


植木村の佐吉は今日も朝から酒を飲んでいた。

穴だらけの着物に泥だらけの顔。無精髭を生やしたその出で立ちは、どう見ても浮浪者そのものである。最近では大人のみならず子どもにまで馬鹿にされ、佐吉の姿を見れば皆蜘蛛の子を散らしたように逃げていく始末であった。


「呑兵衛じゃあ!臭ぇ臭ぇ!!」

「みんな早よ逃げなっせ!」


佐吉は酒を片手にフラフラ道を歩きギロッと睨みつけると、両手を上げて叫んだ。


「ドリャアァアァ!拳骨ばくらわすっぞ!!」


キャーと逃げ出す子ども達を笑いながら林へ続く細い小道を入っていく。トンネルのような木々を抜け、曲がりくねった畦道を歩き、川沿いの雑草が茂る広い大地を横目にしばらくすれば自分の家に辿り着いた。


「フウゥ……」


開けっ放しの縁側に腰を下ろすと今しがた買ったばかりの酒を飲む。ごろりと横になればムラのない真っ青な空が広がった。

この辺りは町から結構な距離がある。

隣りの民家も見えないほど殺風景な一帯なのだ。以前は両親がいたが数年前に相次いで病に倒れ、天涯孤独の身となった。兄弟はいない。もちろん妻も恋人も。正真正銘のひとりぼっちなのだ。おそらく死ぬまで一生一人なのだろう。


佐吉はこの状況を半ば諦め、半ば嫌気がさしていた。


はあぁ……と大きな溜め息を吐いて、横になったまま器用に酒で喉を潤す。そして「つまらん世の中ばい」とぽろりとこぼしたその時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……


林の奥から不気味な地鳴りが響いた。

佐吉はガバッと起き上がりその方向を見る。


「なんじゃ?」


地滑りか?と思った。しかしこのところ雨もなくそういった原因は考えられない。佐吉は大きくなる轟音に僅かばかり不安になりながらも、おそるおそる林へと近付く。木々の隙間から土や砂、小さな岩がころころと転がっているのを見た。


「なんか……来よる…」


確実に何か不可思議な”モノ”の気配がする。後退する佐吉の足は震えを起こし、喉がヒュウゥゥと鳴った。


「これはマズイ……」


そして酔いが一気に覚めた瞬間だった。ドォオォンと直ぐ傍の木が倒れたと同時にバカでかい何かが現れた。


「ブォォォォオオオオオ!!」

「ぎゃあぁああぁああぁあ!!?」


思わずその場で丸くなる。


(終わったあぁぁ!オラの人生今日限りィイ!)


南無阿弥陀を三度唱え、神や仏に感謝する佐吉の耳に可愛らしい声が聞こえた。


「佐藤君、ストップや」


天使だろうかと顔を上げる佐吉。目の前には大イノシシに乗った小さな子ども。


「あんたが、呑兵衛村の植木君?」

「……植木村の佐吉です」



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