第百六十六話 三段瀑布の陣
なるほど、これは手強いですね。こちらから先手を打って出ましたが、最低限の戦力で私達を抑えて、しっかりと予備戦力を確保してますね。やはり、素直に釣られてはくれませんか。最初に仕掛けた私達の数が少ないから、一気に全員を投入してくれれば仕掛け易かったのですが、しっかりと大局を見てて、この程度では釣れないというところですね。
そんな事を考えながらも銀翠はレットの振るってきたトライデントをモーニングスターの柄で受け止める。その衝撃が柄を通じて銀翠の手に伝わってきた。それだけでも、レットが放ってきた一撃が重く、威力がある事が充分に分かった。
けど、銀翠が手にしているモーニングスターには鎖で繋がっている巨大な鉄球がある。だからレットの攻撃を受け止めても、時間差を置いて、今度はモーニングスターの鉄球がレットに襲い掛かるのだ。そのため、レットもすぐに後退をせざるえなかった。そして銀翠に時間を与えるためだろう、銀翠の後方からレットに向かって藤姫の援護射撃が飛んでくる。
藤姫が一度に放った矢は四つ。だが、またしても途中で増えて十数本の矢がレットに向かって飛んでくる。そんな藤姫の援護射撃を迎撃するために、更に後退しながらも矢を叩き落すレット。そんな事もあり、銀翠は少しの間だが、周りの状況を確認する事が出来た。
銀翠が相手にしていたレットも時間が経てば、すぐに攻撃を仕掛けてくるだろう。他には、巨大過ぎる薙刀を手にしている諏戸躯はシエラが相手にしており、棍を手にしてるテーレスの相手は半蔵だった。そんな状況を見てから銀翠は素早く思考を巡らす。
こちらが四人に対して三人ですか。どうやら藤姫が援護専門だという事には気付いているようですね。それに、あの翼とスピード、確実に翼の属性を含んでいるようですね。更に凶悪なのが空間を一瞬にして移動をしている、あの精霊。あれだとテーレスの本領が発揮する事が出来ませんね。そのうえ、エレメンタルアップの効果なんでしょうね、異常なほどに反応スピードが早い。藤姫の援護が無ければ、今頃は全員が一撃を入れられていたでしょうね。けど、それでも戦力を増やさないという事は……こちらの思惑に気付いていると見て、間違いはないでしょうね。
銀翠が、そんな結論を出すのと同時にレットが再び攻撃を仕掛けてきたので、銀翠は仕方なく思考を止めるとレットの迎撃に出る。
地面ギリギリの超低空飛行で一気に銀翠に突っ込んでくるレット。そんなレットに対して銀翠も駆け出すと、すぐにモーニングスターを振り抜くのだった。だが、二人の距離はお互いの武器が届く距離に達してはいない。だから銀翠のモーニングスターがレットに届く事は無かったのだが、鎖に繋がっている鉄球が地面に食い込むのと同時に破壊すると、その破片を周囲にばら撒きながらも砂煙が上がる。
どれも一時的なものだが、レットの飛行を止めるには充分な効果を発揮した。さすがのレットも視界が悪くなる砂煙の中には突っ込んでは行きたくないし、地面が砕かれた事により多少ながらも、その破片が自分に当たるのは確かだ。だからレットは止まったのだが、銀翠はレットが止まる事を予想して、そんな行動に出たのだ。
そんな銀翠の思惑にレットが気付いたのは、銀翠が自分よりも上から柄を振り下ろそうとしている光景を目にした時だった。そう、土煙で視界が悪くなったとしてもレットの居場所は大体だが見当は付く。それに銀翠の体格からみても、相当な程に鍛えているのだろう。だからこそ、自分が砕いた地面の破片が自分に当たろうともダメージにならない事は充分に分っていた。つまり、最初から自分が砕いた地面の破片が当たる事を前提にして銀翠は突っ込んで行ったのだ。後はモーニングスターの鉄球を足場にして跳び上がり、レットの上を取ったというワケである。
破片といえども、あれだけの衝撃で砕いた破片なのだから身体に当たれば痛いし、下手をしたら突き刺さる可能性もある。けれども銀翠は、それらを無視して突っ込んで行ったのである。
そんな銀翠に対してレットもテルノアルテトライデントを振るう。それからレットはすぐに鉄球が来るだろうと警戒をするが、ぶつかり合ったトライデントとモーニングスターを見て、自分の予想が外れた事を知るのだった。
そう、銀翠は確かにモーニングスターの柄で攻撃をしてきた。けど、銀翠が握っているのは鎖が付いている方だ。どうやら銀翠は土煙に突っ込んだ時に、一気に柄に沿って手を滑らせると握っている部分を逆にしたのだ。そのため、鉄球と繋がっている鎖は銀翠の後ろに向かって伸びており、鎖と鉄球が無いだけに素早く柄を振る事が出来る。
そこから銀翠はまるで棒術のような動きで一気にレットを攻め立てるが、レットも最初の攻撃をなんとか凌ぐと、銀翠と何回か打ち合う。お互いに重量がある武器を使っているために、一撃の威力は同じぐらいみたいだ。だが、少しずつ銀翠の動きが遅れてくる。さすがにエレメンタルアップで攻撃威力だけではなくて身体の動きが早くなっているレットには追い付けないようだ。
そんな銀翠が後退するかのように身体を一回転させてから再びレットに向かって柄を打ち出して来る。けれども少しずつ動きで勝っていたレットは今までと同じように銀翠の攻撃を弾こうとするが、金属音が耳に入るとレットは身体をねじ込むようにトライデントに身を打ち付ける。
そう、レットが耳にした金属音は鎖ならではの音。銀翠は身体を一回転させる時に、一瞬だけだがレットに背を向けた。その瞬間に再び持ち手を逆にしたのだ。そのため、銀翠が握っているモーニングスターの柄は再び鎖が付いている方が前に出たのだ。そうなると次に鉄球が襲い掛かってくるのは必至。それを防ぐためにもレットは無理をしてでも銀翠の一撃を完璧に防がなければいけなかった。
そんな一瞬の攻防でレットは銀翠がモーニングスターを振り抜くのを妨害する事に成功した。けれども銀翠も、その程度では止まりはしない。途中で止められたとはいえ、遠心力を活かした鎖の勢いで鉄球は既に舞い上がっている。だが、鎖よりも内に入られたレットに鉄球を当てる事は無理だ。だからこそ、銀翠は力技に出てきた。
柄と鎖と鉄球が一直線に並んだ瞬間。銀翠は力任せに柄を引き戻すのと同時に身体をレットに対して横に向ける。そうする事で更にモーニングスターの柄を引き戻す事が出来るからだ。そして、一直線に並んだ鎖と鉄球にも、その力は加わり、鉄球に掛かっていた力を無理矢理に引き戻したのだ。つまり、遠心力で円形に周っていた力を消すのと同時に自分に向かってくるように力を加えたのだ。
かなり無理矢理な方法だが、有効なのは確かだ。なにしろ銀翠と鉄球の間にはレットが居る。だから、力任せに引き戻せばレットの背後から鉄球が襲い掛かってくるというワケだ。かなりの力技だが、相当に鍛え上げている銀翠の身体だからこそ、出来た事とも言えるだろう。
そんな銀翠の思わぬ反撃をすぐに察するレットは、トライデントを一気に地面に差し込むのと同時に後方に向かって跳び上がった。トライデントを地面に差し込んだ衝撃で自らの跳躍力を上げたのだ。そのおかげでレットは高く、そしてより遠くまで跳ぶ事が出来て、トライデントを引き抜きながらも、無事に鉄球を回避するのと同時に銀翠から距離を置く事が出来た。
そして銀翠はというと、レットに対して身体を横に向けていた、という事は鉄球に対しても身体を横に向けていたという事になる。だから銀翠は冷静にレットを見ながらも、自分の前を通過していく鉄球を無視する事が出来た。そして鎖が伸びきると鉄球は再び地面へと落ちるのだった。
ここまでの攻防をして、レットも銀翠が一筋縄では行かないと思ったのだろう。改めて攻める手段を考えるために今は距離を取るレットだが、それは銀翠にも言える事であり、銀翠からしてみれば状況を考える時間を得られただけでも、良しとすべき事だった。そんな銀翠が改めて実感をするのだった。
あれを、あそこまで完璧に避けられるとは。やはり反応スピードがもの凄く早いですね。ここまでの相手となると……さすがに私も死力を尽くして戦ってみたい衝動に駆られますね。そのうえ、相手も私達と同じ戦場を得意としているのは確かですからね。だから、よりいっそう、そう思ってしまうんですけど……それは出来ませんか。まったく、垂氷さんも損な役回りをさせるものですね。それに……そろそろですね。
銀翠が、そんな事を考えていると後方から大きな叫び声が響いてきた。
「オラ――――ッ! どきやがれ銀翠っ!」
やっと来ましたか。明らかに紅鳶の叫び声だと分っていた銀翠だけに、次の行動に出るのも早かった。まあ、ここまでは銀翠の予定通りという事なのだろう。だから銀翠はレットを警戒しながらも藤姫に向かって叫ぶのだった。
「上がりますっ! 藤姫、援護をっ!」
「は~い」
なんともまあ、緊張感が無いというか、呑気な返事をしてくる藤姫だ。けどれども、銀翠が無能な精霊と契約をするワケがなく、銀翠の指示を聞いた藤姫の行動は早かった。
瞬時に三本の矢を出現させると番い、弓を斜め上に向けて一気に弦を引き絞った藤姫。そして三本の矢を一気に撃ち放つ。三本の矢は速度は出ているものの、放射線状の軌道を描くと、その頂点で三本の矢は別れ、それぞれの標的に向かって落下を始める。もちろん、標的はシエラ、レット、半蔵の三人だ。
そしてまたしも、三方向に分かれた一本ずつの矢が一気に数十本にまで分かれると、矢の雨となって三人に向かって降り掛かる。だが最初の攻撃時みたいに矢の一本一本からは力は感じられない。つまり振り払うように落とす事も可能だ。だが、今は銀翠達と対峙している。だから矢に気を取られていては隙を付かれるだけだ。だから三人とも降り掛かってくる矢の範囲から一気に跳び出す。
けど、それは銀翠達から見れば時間稼ぎ。その時間を使って銀翠と諏戸躯は上空に向かって一気に飛び上がったのだ。諏戸躯は背中の翼で飛べる事は最初から分っているが、まさか銀翠までも飛べるとは予想外だろう。そこに更に予想外な行動を起こす精霊テーレスが居た。
テーレスは飛ぶのではなく、ジャンプをするように跳び上がると、空中に足場があるかのように何度も踏み切り、その度に上空に向かって行く。そんな銀翠達の行動を見ていた昇は、すぐにストケシアシステムを使って指示を出す。
上空に陣取った銀翠達を追うかのように飛び上がるシエラとレット。途中で藤姫からの攻撃が来るとも思ったが、藤姫は冷静に……というか、いつもの調子で呑気に、紅鳶達の突撃を邪魔しないように道を空けると、紅鳶達に向かってゆっくりとした口調で応援の声を掛けていた。
「じゃあ、紅鳶さ~ん。上は私達が守りますんで、標的を倒してくださ~い。では、頑張ってくださいね~」
「応っ! 任せとけっ!」
藤姫の言葉に勢いだけで何も考えずに返事をする紅鳶。そんな紅鳶達が昇達に向かって突撃を掛けると、昇もタイミングを計って残っていた皆を紅鳶の迎撃に向かわせるのだった。そして上空の銀翠達はというと、思いも掛けない展開に少し戸惑っていた。
それはそうだろう、なにしろ銀翠達を追い掛けて行ったシエラとレットは銀翠達に割り込むように入ってきたのだから。つまり、シエラとレットはお互いに背中を向けながら銀翠達に囲まれる形を取ったのだ。
確かに、現状の航空戦力で言うのなら銀翠達が一人多い。だから、対峙しても時間が経てば囲まれるだろう。けど、シエラとレットは最初から銀翠達に囲まれる位置を狙って飛んできたのだ。まさか自分達に不利な位置を取るとは銀翠も思わなかっただけに、銀翠達もシエラとレットを囲みながらも少し距離を取るのだった。
あまりにも不可解な位置取りをしたシエラとレット。これには銀翠も何かあると思ったのだろう。だから、まずは正攻法ではなく、いきなり奇襲に出ようとした。そんな銀翠が下に居る藤姫に視線を少しだけ送る。それだけで意思が通じたのだろう。藤姫はすぐに矢を番えると上空に居るシエラとレットを狙って撃ち出す……が、次の瞬間。
「鉄刃」
回転をしながら飛んできた物に矢が撃ち落とされてしまった。矢も、飛んできた、それもかなりの強度があったのだろう。どちらも砕ける事はなかったが、地面に落ちたのは確かだ。だから藤姫は自分の放った矢を撃ち落とした、それを見ると、まるで大きな投げナイフの持ち手が無いような形をしていた。更に刀身は大きく曲がった刃をしているから、回転を与えれば的確に矢を撃ち落とす事が出来たのだろう。
それと同時に上空に居た銀翠も何かを察するのだった。銀翠は何かを避けるように素早く移動すると、銀翠が居た場所を見えない何かが通過すると強風が銀翠に襲い掛かった。それだけでも銀翠には何が起こったか分かったようだ。
そして地上では、攻撃を行った人物が藤姫に接触するのだった。
「申し訳ありませんが、上空への援護はご遠慮願います」
「さすがに大き過ぎたようだな、あそこまで、あっさりと避けられるとはな。少し加減をしてれば奇襲が成功をしていたか」
「主様、それは無理と判断が出来ます。あの契約者の能力はフライ、翼の属性を使っております。だから、風の属性を使った攻撃だと、ある程度は察知されます。ですから」
「構わずに大技を叩き込んだ方が有効というワケか」
「御意に」
そんな会話をしながら藤姫の前に現れたフレトと咲耶。そう、藤姫の矢を撃ち落としたのは咲耶であり、銀翠を攻撃したのはフレトだ。咲耶は藤姫が確認したように、大きく湾曲した投げナイフのような物で矢を撃ち落とし。フレトは大きな風の刃を四つ作って、銀翠に向けて放ったのだ。
だが、翼の属性は風との関連もあるからこそ、風の属性も少しだけ使えるし、察する事が出来る。つまり、風のシューターであるフレトが普通に攻撃しても銀翠に当たる可能性は低いという事だ。翼の属性は風の属性と組めば相性が良いが、敵対すると相性が悪いとも言える関係にあるのだ。
何にしても、これで藤姫から上空に向かって援護が出来なくなった事は確かであり、フレトと咲耶は遠距離攻撃を得意としている。これだけで藤姫を封じ、尚且つ、シエラとレットの援護が出来る形となったのだ。昇の指示とはいえ、これで銀翠達を完全に封じ込めたフレトが、いつもの偉そうな態度で藤姫に向かって言うのだった。
「さて、これでお前は上空への援護が出来なくなったワケだが、どうする」
「あらあら~、そうですね~……どうしましょう~?」
「いや、俺に聞かれても困るんだが」
ニコニコと笑顔を浮かべながらも呑気な口調でフレトに自分の立場について尋ねる藤姫。さすがに、これにはフレトも調子が狂わされる……というよりも、理解が出来ないと言ったところだろう。まあ、戦場で自分が不利になりながらも、笑顔で呑気に自分の立場について敵に尋ねるなんて事をされたら誰だって困惑するか呆れるだろう。
そんな藤姫に対して、どう話を進めるか少し悩むフレトだが、その前に咲耶がフレトの前に出ると桜華小刀を構えるのだった。けれども、顔には優しい笑みを浮かべている咲耶だった。そんな咲耶が藤姫に向かって口を出す。
「でしたら、こういうのはどうでしょうか。ここであなたが私に倒される。一撃で倒れてくれるのなら、私も楽ですし、他の方を援護が出来ます。最も楽が出来る上策と思いますよ」
そんな事を言って来た咲耶に対して藤姫もニコニコと笑顔を浮かべながら風魔弓刀を咲耶に向けながら言い返すのだった。
「でも~、それだと私が困りますね~。ここで倒されるワケにはいきませんし~、時期的にも次に契約が出来る頃には争奪戦が終わってますからね~。だから~、私からは~、あなたが私に倒される事を提案しま~す。矢を一本だけ胸に受けてくれれば済みますからね~。大丈夫ですよ~、痛みは一瞬ですからね~」
「一瞬でも痛いのでしたら遠慮申し上げます」
「じゃあ~、私も痛くない方法を取らせてもらいますね~」
……女って……怖いな。咲耶と藤姫の会話を聞いてて、そんな事を思ってしまったフレト。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ二人とも笑顔ながらも、会話の内容は笑顔では聞けないものなのだから。
そんな地上での睨み合いが始まっている頃、上空でもシエラとレットが話をしていた。
「相変わらず、そちらの大将は厄介な役回りをさせるな。二人で、あっちの三人を抑えろってのはな」
「別に倒す必要は無い。ただ、地上に向かって援護が出来ない状態にすれば良い」
「こっちもあっさりと言ってくるもんだな。それにしても、翼が生えてる奴と契約者は分かるが、まるで空中に立っている、あの精霊は何なんだ?」
そんな言葉を口にしながらレットはテーレスに目を向ける。まあ、レットがテーレスに対して不思議な点があると思っても仕方ない。諏戸躯は翼があるから、それで飛んでいるのは分かるし、銀翠からは翼の属性を感じる事が出来る。これだけでも、銀翠の能力がフライ、つまりは飛ぶ能力。だから翼が無くても飛べるという事は……先程シエラに教えてもらったのだ。
だから諏戸躯と銀翠は飛んでいるという浮遊感があるのだが、テーレスからは、そのような浮遊感がまったく感じられない。レットが言葉にしたとおりに、テーレスは地上と変わらずに立っている。だが足元には何も無いし、何も感じられない。だからレットが不思議に思っても普通だろう。けど、シエラには心当たりがあるようで、その事を口に出して説明を始める。
「跳躍の精霊、飛躍の属性。ジャンプ、跳ぶ事に最も長けた属性。その跳躍力は、どの精霊も敵わないという。更に厄介なのが、空中力場、空中足場と言っても良い、エアーロイター。今は、その上に立っていると思う」
「なるほどね、俺達と同じく空、または上からの攻撃を得意としてる。って、いう大将達の予想は当たったという事か。だが、所詮は跳躍、大体だが行動の検討は付くし、翼の属性を有してる俺達の方が有利だろ」
「そういう甘い考えを持ってるから私に負けた」
「前の事を持ち出すな。それに、俺は負けてない。先にフレト様が倒されただけだ」
「契約者を守れなかった時点で私に負けたのと同じ」
「お前は敵なのか味方なのか、どっちだ?」
「味方、私はただ事実を述べただけ」
「はいはい、分かったよ」
さすがにレットもシエラには口では敵わないという事が既に分かっているのだろう。これ以上の不毛な言い合いを避けるためにも自分から折れて話を進めさせるのだった。
「っで、その飛躍の属性が持ってる特長ってのは?」
「大体はレットの想像したとおり。飛躍の属性は空だと一直線にしか移動が出来ない。けど、翼の属性が飛ぶ軌道を同じ属性を持つ者にも分からないように、飛躍の属性も使っている者にしか分からない力が在る」
「それが、さっき言ってたエアーロイターか」
「そう。あの空中足場がどこに有るのか、それは、あの跳躍の精霊にしか分からない。更に厄介なのが、飛躍だからこそ、少し角度を付けるだけで反転をする事が出来る。翼の属性だと反転をするには一度止まるか、旋回をするしかない」
「つまり、空中では自由に動けないからこそ、鋭利な角度での移動が出来るってワケか。いくら一直線にしか移動が出来ないと言っても、反転や旋回の速度では、あちらが上って事か」
「それだけじゃなく、飛躍の属性は発動回数が多ければ多くなるほどスピードが上がってくる。初動スピードは翼の属性から見れば、思いっきり遅いけど、状況によっては加速スピードは翼の属性に匹敵する。つまり、あのエアーロイターを使って跳べば跳ぶほど早くなってくる」
「なるほど、短い距離でも角度を付けての連続跳躍をすれば早くなるって事か。なんだ、その加速装置は」
「だから空中力場とも言われている」
「なるほど、それは厄介で」
そんな言葉で話を締め括るレット。まあ、それだけの情報を得れば、充分に対処が出来ると判断したのだろう。何にしても、銀翠達が空中戦を得意としている事はこれで確定されたと言えるだろう。とはいえ、数で劣っているのは確かだ。だからこそ、フレトが下から援護をしてくれるのだが、銀翠が持っているフライの能力は翼の属性と同じ効果を発揮する。つまり、スピードでは純粋な翼の属性しか出せない領域までのスピードが出せるという事だ。
そのうえ、諏戸躯までも居る。背中に生えた黒い翼を見ても、レットの同じく混合型か、または純粋な翼の属性を持っている可能性がある。そこに旋回、反転のスピードでは勝っているテーレスが居るのだ。フレトの援護があるとしても、この三人を相手にシエラとレットだけで勝つのには無理がある。
それは昇にも充分に分っている事だ。だからこそ、シエラも倒す必要は無いと口に出したのだ。そこには昇の考えがあるだろうが、レットは自分に割り振られた役目が損である事を充分に分っていた。だからだろう、少しうんざりとしながらもテルノアルテトライデントを構え、銀翠とテーレスと対峙する位置に移動したのは。
そんなレットが後ろに居るシエラに話しかける。
「じゃあ、大将の予定通りに、そっちは頼んだぞ。くれぐれも、あんなデカイものが、こっちに来ないようにしてくれ」
「分ってる、だから少し離れて戦う。それに、私の方は一対一に持って行くから援護は必要ないから、エレメンタルアップで充分に戦える。それに、これもある」
シエラは、そういうとウイングクレイモアを諏戸躯に向ける。それからシエラはウイングクレイモアに力を流し込み、翼の属性を最大限にして発動させるのだった。
「発動、セラフィスモード」
ウイングクレイモアから新たに四枚の真っ白な翼が生える。さすがに武器の差があるのだろう、だからこそシエラも最初からセラフィスモードを発動させてきた。地上なら諏戸躯が手にしている一触断破ノ薙刀は地面に邪魔をされて自由に振るう事が出来なかった。だからシエラも地上ではセラフィスモードを発動させなかったのだが、これが空中になってくると違う。
なにしろ空中では障害物が無い。つまり、規格外との言える大きさの一触断破ノ薙刀を自由に振るう事が出来るのだ。武器の大きさだけでも受け止める事は不可能だろう。そのうえ、翼が生えているからには、それなりのスピードで攻撃をしてくるのは確実だ。
つまり、あんな大きな物が猛スピードで振るわれたら、柄の部分に当たっただけでも大ダメージだ。だが、シエラが手にしているウイングクレイモアもそれなりに大きい。そこに更に翼の属性を強くするセラフィスモードを発動させたのだ。これなら、スピードを利用して一触断破ノ薙刀を受け止める事は出来なくても、威力を殺して弾く事が出来る。そんなセラフィスモードを発動させたシエラのウイングクレイモアを後ろ目で見ながらレットが口を開いてきた。
「相変わらず、卑怯な能力だよな、それも」
「これはエレメンタルアップが掛かっているから出来る事。純粋に一つの属性しか持ってないと攻撃パターンが限られてくる。なら、その一つしかない属性を更に強化する手段を持つのが純粋な属性を持つ精霊にとっては当然の事。もっとも、ここまで強化が出来るのはエレメンタルアップのおかげだけど」
「まあ確かに、俺みたいな混合属性を持ってる精霊には出来ない事だよな。まあ、それぞれの戦い方があるって事か」
「そういう事」
「それはそうと、今回は妖魔化をしないんだな」
「そこまでやる必要は無い。ここで下手に戦力を削って合流されたら昇の計画が狂う。今回の私達は脇役。それ以上の事はしないに限る」
「まっ、そりゃあ、そうだが。脇役でも苦労しそうだな、これは」
そう言いながらもレットはテルノアルテトライデントを構えると攻撃態勢に入り、シエラもウイングクレイモアを構える。そしてシエラとレットが話している間にも銀翠は今の状況をしっかりと確認し、充分に考える時間を得る事が出来ていた。そんな銀翠が結論を出す。
エレメンタルアップで限界を超える力が出せるとはいえ、こちらに四人、紅鳶さん達には六人ですか。しかも二人は地上からの遠距離攻撃、これだと下手に紅鳶さんのフォローには入れないですね。最低限の戦力しか出さないって事は、こちらは私達を倒す気は無いと見て良いですね。すると、主力が紅鳶さん達だという事には気付いているみたいですね。本当に、手強い相手ですね。垂氷さんが警戒するのも分かるというものです。
そんな結論を出した銀翠が改めてレットに目を向けると再び思考を巡らす。
しかも、この精霊、レットとか言いましたね。私とテーレスの二人を相手にする気ですね。まあ、諏戸躯の武器を見れば、何となくは分かりますが……困りましたね。この布陣、一見すると私達が囲んでいるように見えますけど、私達の役目には紅鳶さん達のフォローも入りますからね。あえて私達の間に割り込んでくる事で連携を裂き、地上では藤姫の援護を無くして、更にあちらは地上からの援護がある。どう見ても私達は封じられたと見て間違いはないでしょう。つまり、あちらの狙いは最小限の戦力で私達に紅鳶さんのフォローをさせない事ですね。いったい、どんな手を使ったのやら、情報も無いのに、こちらを見透かしているようです。この力、実力という点では垂氷さんの上を行っているかもしれませんね。まったく、本当に手強い相手ですよ。
そんな事を思った銀翠が視線をレットから外すと地上に居る昇に向ける。遠目でも分かるほどに昇は幼い印象を受けるし、とてもではないが戦場には似合わない印象を受けるだろう。まあ、現在は戦闘中なためか、鋭い顔付きになっているのは当然だろう。
そんな昇を見て、銀翠は改めて昇の手強さを知るのだった。なにしろ垂氷からの情報では、銀翠達の情報までは分ってはいないとの事だったのだ。だからこそ、銀翠も念入りに作戦を立てたし、どんな状況でも対処が出来るように複数の作戦立案をしていた。だが、そんな銀翠達の作戦をまるで見切ったかのように、昇はたった一手で全てを潰したのだ。
銀翠達の基本戦略は昇達を相手にしながらも、隙が出来たのなら、紅鳶達の戦いに介入して紅鳶を暴走させつつ、フォローするのが目的だった。だが、昇は銀翠達を厄介な相手だと見越したのだろう。だからこそ、完全な戦力の分断化、尚且つ、完全に封じる形を取ったのだ。シエラとレットがわざわざ銀翠達に囲まれる形を取ったのも銀翠が思ったとおりだ。
下手に対峙をする形を取ってしまうと相手に退却や地上への攻撃を許してしまう。だが、あえて囲まれる事によって、相手との距離を無くし、自分との戦いに専念させる事が出来る。つまり、他に行く機会を奪ってしまったのだ。こうなると退却すらも困難になってくるだろう。しかも地上にはフレトと咲耶という遠距離攻撃系が二人、これで藤姫を封じるのと同時に、レットのフォローと銀翠達の紅鳶達に対するフォロー行動の阻止が出来るというワケだ。
つまり、この布陣は銀翠達を倒すためじゃない。銀翠達を足止めにして、動きを完璧に封じるためのものだ。銀翠もそれが分っているだけに、この布陣をやられた時点で自分達が有利ではなく、不利になったのだと実感するのと同時に、こんな布陣をしてきた昇の実力に脅威を抱くのだった。
だが、銀翠は気付いてはいない。昇は更に念入りな布陣を布いているという事を。その事を知っているのは昇達だけであり、垂氷すらも気付いてはいない。昇が、その事をシエラ達に伝えたのは、銀翠達が地上で戦っている時だったのだから。
う~ん、銀翠さんだっけか、動きかおかしいよね。何と言うか……自分達の戦い方に合ってない戦い方をしてる感じがする。でも……どうしてだろう? 何かあると見て間違いはないけど……ここは聞いてみた方が早いかな。
未だに紅鳶が後方で戦闘準備をし、銀翠が前線でシエラ、レット、半蔵を相手にしている時だった。銀翠の戦い方に不審な点を見つけた昇はフレトと閃華とラクトリーを呼んで、自分の意見を口に出すのだった。
「三人とも気付いていると思うんだけど、あの銀翠さん達の動きって、少し変だよね?」
そんな疑問を口にする昇。するとフレトが真っ先に、いつものように偉そうな態度ではっきりと疑問に対する答えを口に出すのだった。
「変もなにも、どう見ても、あれは弓を持っている精霊以外は全員が空中戦、または上空からの攻撃をするタイプだろ。というか、武器を見ただけでも分かれ、滝下昇」
「えっ! そうなのっ!」
フレトの言葉に思いっきり驚く昇。そんな昇に対してラクトリーから慰めの言葉が出る。
「まあ、昇さんは情報を元に戦略を組み立てるタイプですからね。それとは正反対にマスターは戦局から情報を読み取って戦況を作るタイプですから、マスターの方が戦況から読み取る情報量が多いのは当然なんですよ」
「じゃな、それはフレトと一番最初に戦った時の事を思い出せば分かるじゃろう。ミリアの失言とはいえ、フレトはしっかりと聞いており、それを活かした戦術を取ってきたんじゃからのう。完全契約とはいえ、見事にこちらがエレメンタルアップを使えない戦況にしてみせたじゃろう」
「あぁ~、なるほど」
ラクトリーに続いて、閃華が分かり易くするために以前の話を出したおかげで昇もすぐに納得をする。まあ、昇もフレトとは戦い方が違う事は知っているし、自分には自分のやり方があると理解している今では落ち込む理由も無いという事だ。
けど、ラクトリーと閃華の言葉を聞いて何かを思いついたのだろう。昇は少し考え込む仕草を見せてきた。
そうなると……判断は僕じゃなくてフレトに任せた方が良いかもしれない。僕も垂氷さんもお互いに手を読みきれていない状況だからね。だったら、無理に僕が判断をする理由はないか。それに、二人がここまで言うんだから、その点はフレトが適しているのなら任せちゃおうか。
そんな結論を下した昇がフレトに顔を向ける。
「フレト、ちょっとお願いがあるんだけど」
「んっ、何だ?」
「実は……」
それから自分が考え付いた事を手短に、そして的確に説明をする昇。そんな昇の説明が終わると……フレトは呆れた顔を昇に向けて言うのだった。
「お前らは、どんな頭をしてるんだ。ここでお互いに、そんな手を使ってくるなんて、俺には想像が出来んな」
「マスター、それが戦略というものであり、今回のは奇策とも言える事ですよ~。それに、この状況になったからこそ、マスターが判断するのが的確なのは確かです。それに……昇さんの話を聞いた時点で、マスターなら誰なのか、少しは分っていると思いますよ~」
「検討は付くが確証は無い。その辺は実際に戦いを見てからでないと的確な判断が出来んな」
「じゃあ、フレトはフォローに回すから、全体の戦局を見ながら最終的な判断をしてくれれば良いよ。だから、今はたぶんでも、誰なのかを示してもらえれば対処が出来るから」
昇がそういうとフレトは再び溜息を付いてから、更に呆れた顔を昇に向けながら言葉を放つ。
「相変わらず、無茶苦茶な事を軽く言ってくれるな。フォローでも戦いながら全体の戦局を見ながら戦えとはな。目の前の戦闘に集中が出来ない分、俺のフォローが少なくなるぞ」
「構わないよ、フレトが銀翠さん達の事を教えてくれたから手は幾つか考えてある。だからフレトは適度に戦いながらも、分かったらストケシアシステムで僕に教えてくれれば良いから」
「ある意味では、これでマスターも切り札の一つになりました。重要な役目ですから、頑張ってくださいね」
「ラクトリー……お前が言うと緊張感が無くて、頑張る気力が失せる事に気付いているか?」
「そうですかね~」
フレトの質問に思いっきり、すっ呆ける仕草をしながら、緊張感の無い声で返事をするラクトリー。まあ、ミリアに対しては師匠として厳しくて威厳のある態度を取っているが、フレトの前では、いつも緊張感が無い態度を取っているラクトリーだけに、フレトから、そう思われても不思議ではないだろう。
まあ、ラクトリー本人は思いっきり楽しんでいるように見えるが、それはそれで見て見ぬ振りをしようとする昇と閃華だった。まあ、二人とも思いっきり苦笑いを浮かべているのだが、ラクトリーの暗黒面には、あまり二人とも触れたくはないのだろう。だからこそ何も言わないでいるようだ。
そんなラクトリーと昇達の態度に思いっきり溜息を付くフレト。自分に回ってきた役目と相変わらずなラクトリーに対して少しだけ疲労感を覚えたようだ。それでも、やるべき事はやっておこうとフレトは手を敵側に向けて指差す。
「現在の状況と滝下昇の話を聞いた限りでは、可能性を持っているのはあいつだろうな。それと、これは俺の考えだが、前に出て戦っている奴らは今回のフォロー役だろうな。さっきも言ったように、予測だが前線に出てる奴等は全員が空中から攻撃をするタイプだ。だから、今回のフォロー役には適してると言えるだろうな」
そんなフレトの言葉、今回はフレトからもたらされた情報と言っても良いだろう。それを聞いた昇が再び思考を巡らす。
そっか、確かに上からならフォローもしやすいし、状況によっては……。そうなると……銀翠さん達を上で封殺した方が良いよね、しかも最小限の人数で。そうなると……倒す事を前提にしなければ行けるかもしれない。倒すのは……あっちだからね。更にフレトに余裕を与えながらも銀翠さん達を完全に封殺するには……。
フレトの予測を鵜呑みにして思考を巡らす昇。まあ、そこが昇らしいと言えばらしいのだろう。いくら味方とは言え、フレトも予測としっかり言っており、確定した事ではないのだから。けど昇は、そんなフレトの予想を信じているのだろう。なにしろ、戦況からの情報収集については上だと閃華とラクトリーが念を押している。それに昇も実感しているのだ。だからこそ、昇は予測でもフレトの考えを基盤にして思考を巡らしたのだ。
まあ、昇としてはフレトが自分を信じてくれているのだから、自分も信じようとしか考えていないだろう。そんな単純な理由で昇はフレトの考えを思考の基盤にしたのだ。まあ、フレトが自分よりも劣っているのなら、そんな事はしないだろうが、その辺は閃華とラクトリーが念を押してくれたのだ。そこまでされれば、昇としては信じない理由が無い。だからこそ、不確定でもフレトの考えを基盤にしたのだ。
それらから昇が一つの結論を導き出す。すると今度は琴未達をも呼び寄せて、自分が考えた、これからの布陣を全員に話すのだった。
「銀翠さん達が空に上がったら、半蔵さんを戻してシエラとレットさんで抑えてもらうから、咲耶さんは弓を持った藤姫さんの相手をお願い。フレトも咲耶さんと同行して上空の援護をお願い。シエラはあのもの凄く大きな武器を持った精霊と一対一で戦ってもらうから、フレトはレットさんの援護と銀翠さん達が地上に降りてこられないように攻撃をして」
「数的には同数だが、俺が援護をするにしても限界があるし、さっきの話からしても充分な援護が出来るワケではないからな。地上は咲耶が何とかするとしても上空は不利になるぞ」
「うん、だからシエラとレットさんにはワザと敵に囲まれる位置に入ってもらう」
「って! それだと更に不利になるんじゃない?」
昇の言葉に対して、いつもように驚きながらも疑問を投げ掛ける琴未。そんな琴未にだけではないが、全員にしっかりと自分の考えを伝える。
「普通に戦うのならね。けど、シエラとレットさんには上空で銀翠さん達の足止めをしてもらえれば良いんだ。だから倒す事を前提にしないで、分断する事を優先させるために二人にはワザと囲まれる位置に入ってもらうんだ」
「なるほどのう、囲まれると言っても三人じゃからのう。充分に空いてる隙間に割って入れるというワケじゃな。それに間に入って、そのうえ地上からの援護があるとなると充分な連携が取れんという事じゃな。それに黒い翼の精霊が持っている武器は巨大過ぎるからのう、一対一の形で距離を取ってしまえば連携は不可能じゃな」
「そして連携が取れなければ、余計に地上への援護は出来ませんからね。これは一見すると囲まれているように見えて不利になると思えますけど、相手に連携を取らせず、且つ、地上への援護をさせないようにするには最適かと。それに二人に攻撃を控えさせれば、充分に空から降ろさせない事は可能かと思われますね」
閃華とラクトリーが補足すると琴未も納得した顔をする。だが、少し不安要素があるのだろう。今度はフレトが口を出してきた。
「だが、ダメージを覚悟で強行突破をしてくる可能性もあるだろう。その時はどうするんだ?」
確かに、その可能性も充分に考えられる。なにしろ、銀翠の役目は紅鳶をフォローしつつ、紅鳶を更に興奮させるために無理矢理でも紅鳶の戦闘に横槍を入れる事にある。だからこそ銀翠なら、それぐらいの事をしてきてもまったく不思議ではない。
まあ、さすがに昇も、そこまで銀翠の行動を読んだワケではないが、フレトが言った可能性を考えなかったワケではない。だからこそ、今度はフレトが示した可能性に対する対処法として自分の考えた事を口にする。
「その可能性も考えてあるから、僕が地上の援護をしながら上を警戒しとくよ。それから、半蔵さんは琴未と組んでもらって、なるべく銀翠さん達が取っている位置と近い位置に戦場を移して欲しいんだ。そして僕とフレトが撃ちもらしたら半蔵さんに対処してもらう。ここまで突破される事には、地上に近い地点になると思うから、半蔵さんが有してる空の属性を使えば充分に迎撃が出来る。その間は琴未は一人で頑張ってもらう事になるけど、大丈夫だよね」
「当然よっ! むしろ、私一人でも大丈夫なぐらいよっ!」
昇の言葉に意気込みを見せる琴未。まあ、琴未としてもミリアが一人で任される状態なのだから、自分も平気なのを充分に示したかったのだろう。けど、結局は幽兵を作るのは愚の骨頂と閃華に言われたために、琴未は半蔵と組む事に関しては何も言えない状態になってしまった。
別に琴未に不満があったワケではないが、シエラもミリアも一対一の状態なものだから、少しだけ自分の事を昇にアピールをしたかっただけだ。けど、閃華の一言に言葉を失い、そこにラクトリーが茶々を入れてきたために、琴未が少し笑い者になっただけだ。
そして琴未を不機嫌にさせた張本人であるラクトリーがまとめるような言葉を口にする。
「空は最小限の人数で封殺。無理に突破してもマスター、昇さん、半蔵と三重の迎撃体勢を取るワケですね~。そして残った全員で地上の敵を討滅、空を封殺する事で地上では戦力の集中が出来るというワケですね~」
そんなラクトリーの言葉に昇は頷くと、今度は地上での戦いについて言葉を出す。
「地上戦力だと、あの紅鳶さん達みたいだから、ミリアと閃華とラクトリーさんは、それぞれ一人を相手にしてもらいます。残った琴未と半蔵さん、そして僕で一人を集中攻撃。それから地上での戦いは相手を入れ替える可能性も有るから、それは常に頭に入れててほしい。と、そんな感じで進めて行こうと思うんだけど、何か意見はあるかな?」
最後に皆の意見を聞いて参考にしようとしたのだろう、昇は質問を全員に投げ掛けるが、誰も何も無いとばかりに黙るか、首を横に振るのだった。そんな光景を見ると昇も頷く。こうして、昇の布陣は実行が決定されたのである。
そして、これこそが銀翠も垂氷すらも気付けなかった、昇が仕掛けた布陣の理由である。銀翠は完璧に封じられた事は分っていても封殺されている事までは気付いてはいない。つまり、昇が仕掛けた三重の迎撃網には気付いてはいないのだ。そして、それは垂氷も同じだった。だから銀翠は戦況によっては無理に突破もしてくるだろうが、封殺されている事には気付いてはいない。つまり、銀翠が無理に降りようとする時こそ、銀翠を倒す好機でもあるのだ。
更に言うなら好機を作る切っ掛けとなったのが銀翠と垂氷が見落としていた、もう一人の実力者。そう、フレトの事である。この布陣はフレトの推測がなければ昇は思い付く事が出来なかっただろう。それだけ、フレトが戦術的な能力に長けているという点である。どうやら銀翠も垂氷も昇の方にだけに意識が行ってしまい、フレトの戦術的な能力を計算に入れるのを忘れていたようだ。だからこそ、ここまで気付く事が出来なかったのだ。
だから銀翠が感じた昇への脅威の半分は勘違いをしていると言っても良いだろう。この布陣を思い付くためにはフレトの力が絶対に必要だった。そして昇はフレトの予測を信じて作戦を組み立てた。つまりフレトの戦況から相手の力を見抜く眼力、そこから推測される相手の攻撃タイプを判断と戦術的な実力。そして、フレトから得た情報を元に戦場の全体を支配するように、数手先まで読んで実行する戦略的な実力。この二人の力が上手く連携したからこそ、昇は、この布陣を敷くことが出来たのだ。
だからこそ、この時点で銀翠達は不利ではない、既に追い詰められていたのだ。けど……未だに銀翠達は気付いてはいない。そして昇も、これで勝ったとは思ってはいない、この戦いにおける重大な点は……地上戦にあるのだから。その事が分っている昇だからこそ、作戦が決まるとすぐに行動に出たのだ。
ストケシアシステムを使って、前線で戦っているシエラとレットと半蔵にも作戦の内容を伝達。そして、それが終わる事には咲耶が戦況を報告してくるのだった。
「昇様、敵後方に砂塵。どうやら……何も考えずに、こちらに突っ込んでくるようです」
そんな咲耶の報告を聞いて、自然と琴未達から言葉が出てきた。
「砂塵って、ここって芝生だけど、どんだけの勢いで突っ込んできてんのよ。あの契約者、バカだから味方の事なんて考えてないでしょ」
「まあ、あちらも味方がバカな事は知っておるじゃろうから、前線が上手く避けて、こちらに突っ込んでくるじゃろうな。バカだけに真正面からのう」
「これを見ただけでも、バカな味方は疲れるだけというのが良く分かるというものだな。そんなバカを引き連れている、あの垂氷って奴も大変だな」
「マスター、バカとハサミは使い様とも言いますし~。バカはバカなりに使い道があるのでしょう~。それとミリア、くれぐれも、あのようになってはいけませんよ」
「う~、お師匠様~。私、そこまでバカじゃないですよ~。それに、あんなバカになる気もないですよ~。だから、あんなバカと一緒にしないでください~」
「ミリアさんの場合は、まだ未熟なだけ、あのようなバカではないですよ。それにラクトリーが言っているのも冗談ですから、気にする事はございません。誰もミリアさんが、あんなバカだとは思ってませんから」
……皆して言いたい放題だね~。まあ、少しは気持ちは分かるけど。苦笑いを浮かべながらも、そんな事を思ってしまった昇。どうやら昇としても気持ちは同じだが、あまり口に出すのは、どうかと思ったのだろう。まあ、そんな昇の代わりに、これだけ同じ単語が異口同音で発せられれば、昇としては敵だとしても、その単語を口にするのを遠慮したのだろう。
そんな事をしている間にも、紅鳶達はもの凄い勢いで昇達に迫っており、銀翠達は空に上がる準備に取り掛かっていた。それを目にした昇は全員に声を掛けるのだった。
「そろそろ始まる。かなりキツイ戦いになると思うけど、ここで勝たないと次に繋げられない。だから皆、気をつけて。そして皆の力で、絶対に勝とうっ!」
そんな昇の激に、それぞれの返事をする琴未達。こうして、フレト達はすぐに行動を開始し、昇達も紅鳶達を迎撃するための行動に移るのだった。そして……遂に銀翠と紅鳶との苛烈な戦いの本幕が上がるのだった。
はい、そんな訳で……何とか八月中に更新が出来ました~。いやはや……もう、スランプどころじゃないよ、ほぼ死んでるよ~(涙)
まあ、そんな感じの日常を送っております。それでも、最近では、やっと回復をしてきたので、少しは頑張って書いている次第でございます。
さてさて、ここでちと説明。それはサブタイの事ですね。本編では昇が布いた布陣については名前が付いてませんでした。まあ、昇がフレトの情報を元に即興で考えた陣形ですからね~。名前なんてありませんよ。
それでも、何か名前があった方が良いかな~、とか思って、サブタイに昇が布いた布陣の名前を付けてみました。それが三段瀑布の陣ですね。なんで、こんな名前になったかというと『段瀑』という言葉が重要になってきます。
段瀑とは滝の一種で、流れ落ちる水が途中で岩などにぶつかり、段を作って流れている滝の事です。二段のを二段瀑、三段のを三段瀑と言います。つまり、銀翠達を滝から落ちる水に見立てて、銀翠達の動きを制限するのと同時に降下するしか手が無いように思わせます。
けど、いざ銀翠達が降下しようとすると、フレト、昇、半蔵と三段構えの迎撃が待っているワケですね。つまり、今の銀翠達は滝から落ちる前の水、他に行き場所は無い。だからと言って、下に落ちようとすれば三つの岩にぶつかるという事で、こんな名前を付けてみました~。
……まあ、即興で考えた割には、それなりの名前になっていると思います。なので……今回のサブタイは、こんな風に誤魔化してみました~(笑)
さてさて、今回はちと変わった書き方をしましたけど、如何でしょうか? 前半では戦闘が進み、後半では前半で戦っていた時の裏方とも言える動きを書いてみたんですけど……読み辛かったかな? まあ、すんなりと読めるように書いたつもりですけど、如何でしたでしょうか? 違和感が無くて読めたのなら、成功だと思いますので、ちと一言でも頂けると、ありがたいです。
という事で、そろそろ長くなって来たので締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。
以上、今年の夏は異常過ぎるよ~。三重高気圧……どっか行け――――っ!! と、文句を言いながらも扇風機で頑張っている葵夢幻でした。