第百六十五話 兵(つわもの)達の名乗り
「さあっ! この俺様が来てやったぜっ! 俺様が来たという事は既にお前達の負けは決まっているからなっ! せいぜい諦めずに足掻いてみせろやっ!」
「……なんか、暑っ苦しいのが来たわね」
お互いに対峙した早々、挑発なのか微妙な言葉を叫んだ紅鳶に対して琴未は冷静にツッコミを入れるのだった。
お互いに昨日と同じ場所、運動公園の広場に着いたのは少し前。お互いに姿を確認すると両陣営とも歩みを進めて適度な距離を取って止まるのだった。……が、そこまでなら、それなりの緊張感があっただろう。だが、いきなり前に出て意味不明な言葉を叫んだ紅鳶が思いっきり緊張感を壊してしまった。……まあ、これはこれでしかたがない事なのだろう。
そして昇達の方でも紅鳶の言葉に対して、どう反応して良いのかが分からないと言った感じだ。とりあえず、琴未がツッコミを入れてはみたものの、何の解決にもならなかったようだ。そのため今では戦いの雰囲気が一気に吹き飛び、微妙な空気となっていた。
そんな中でフレトは隣に居る昇に話し掛けるのだった。
「……なあ、滝下昇」
「何?」
「俺にはまったく分からないんだが、日本では、こういう時にどんな対応をするべきなんだ?」
「……えっと、僕に言われても困るんだけど」
昇とフレトが、そんな話をしているとラクトリーが楽しげな笑みで振り返り、会話に参加してくるのだった。
「マスター、こういう時はツッコンだら負けと聞いてますよ」
「いや、ラクトリー。お前の言動も似たようなものが多いから」
ラクトリーの言葉にツッコミを入れてくるレット。まあ、普段から天然なのか、計算なのか、まったく分からない言動をするラクトリーだからこそ、そんな事を言われてもしかたがないのだが、本人はまったく気にする事無く。笑顔で受け流すのだった。
ただでさえ微妙な空気だというのに、ラクトリーの言葉で更に微妙さが濃くなってしまったようだ。そんな中で次に口を開いてきたのは閃華だった。
「というかじゃな、そもそも……何が言いたいのかが、まったく分からんのが問題じゃろう。挑発にもなっておらんし、宣戦布告や戦闘開始にもなっておらん。しかも、最後に諦めずに足掻けと、こちらを応援したいのか、奮戦を期待しているのか、どう解釈をして良いのか分からん事を言われたんじゃからしかたないじゃろう」
「ってか、あいつ……国語の成績が思いっきり悪かったんじゃない」
「……おぉっ!」
冷静な琴未の言葉に何かを察したように声を上げる閃華。そんな閃華と同じようにフレトとラクトリーも、それを察したような顔をした。それから閃華は納得したように何度か頷くと、結論を紅鳶にしっかりと聞こえるような声で口に出すのだった。
「なるほどのう、つまり……バカじゃな」
「確かにバカね」
「バカだな」
「バカですね~」
「誰がバカッ! おいっ!」
閃華から始まり、琴未、フレト、ラクトリーと同じ言葉を口にした事に対して、思いっきり抗議の声を上げる紅鳶。そんな紅鳶が何かを言い返そうとするが……何も思いつかなかったのだろう。思いっきり昇達に指差したものの、口を大きく開けたまま言葉は出てこなかった。そんな紅鳶が自分で言うのを諦めたのだろう。昇達を指差しながら隣に居る銀翠に向かって叫ぶのだった。
「銀翠っ! 俺達がバカにされているぞっ! お前からも何か言ってやれっ!」
そんな紅鳶の言葉を聞いて銀翠は満面の笑顔を紅鳶に向けながら言うのだった。
「バカにされているのは紅鳶さんだけで、私達はバカにされてませんよ。それに……」
「それに何だ?」
「さすがに、私にも真実を否定する事は出来ませよ」
「おいっ、コラ――――ッ!」
本来ならばフォローをしてくれている銀翠からも情け容赦の無い言葉に思いっきり叫ぶ紅鳶。そんな紅鳶がこりもせずに、今度は後ろに居る紅鳶と契約をした精霊に向かって叫ぶのだった。
「なら、ネシオ、オーキッド、音孤、お前らが言ってやれっ!」
そんな言葉を聞いて三人の精霊がお互いに顔を見合わせる。それから、まずネシオと呼ばれた紅鳶と同じく、男性で筋肉質の体型をしている精霊から口を開くのだった。
「……自分と同じ」
「って! それだとお前も自分を自分でバカだと認めているようなものだぞっ!」
ネシオの言葉に思いっきりツッコミを入れる紅鳶。そんな流れで次にオーキッドよ呼ばれた精霊に紅鳶の視線が向く。オーキッドは紅鳶やネシオほど筋肉質ではないが、見ただけでも身体が引き締まっているのは良く分かった。そんなオーキッドが笑顔で言うのだった。
「私は既に諦めてますから」
「それはどういう意味だっ! どういう意味だっ!」
……認めたくはないのだろう。だから、つい二回も言ってしまった紅鳶。まさか、仲間と思っていた精霊から、こんな事を言われるとは紅鳶も思ってはいなかったようだ。そんな紅鳶が最後の希望として音孤を少し涙目になりながら視線を向ける。
音孤は紅鳶が契約をしたとは思えないほどの美少年であり、まだ幼さが残るものの、どこか気品があるような顔立ちをしていた。つまり、紅鳶達とは正反対である。そして、その音孤はというと紅鳶を庇うかのように前に出ると紅鳶を指差しながら叫ぶのだった。
「紅鳶さんはバカじゃない、どうしようもないバカなんですよっ!」
「そうだ、俺はどうしようもない、って! なんで、そうなるっ!」
「いや~、期待を裏切ったら悪いかなって思って。それに大丈夫ですよ、僕もさすがに、そこはフォローが出来ませんから」
「音孤~」
音孤の襟首を掴んで行き場のない怒りを視線に込めて睨み付ける紅鳶。そんな視線を受けても音孤は笑顔で紅鳶をなだめるのだった。
そして、音孤が紅鳶をなだめている間に、今度は銀翠達は前に出ると昇達と対峙する姿勢を見せる。それから銀翠は昇に視線を向けてきた。そんな銀翠の態度に先程までの笑える雰囲気が一気に吹き飛び、銀翠の態度に応じるかのように昇も前に出るのだった。
こうして対峙する昇と銀翠。すると銀翠は軽く微笑みを浮かべると話し始めるのだった。
「さて、先程の漫才であちらの紹介は終わりましたね。ですから、次は私共が名乗らせてもらいます。敵とは言え、戦いの前に名乗るのは礼儀ですからね。それと、昨日の戦いで、そちらの方々は知っていますから、あなた達は名乗らなくても構いませんよ」
紅鳶とはまったく正反対な態度を取ってきた銀翠に対して、昇は警戒心を緩めないものの、今は黙って頷き、銀翠の言葉を黙って聞くのだった。
「アッシュタリア日本支部隊員、二宮銀翠。今日は全力で相手をさせていただきますので覚悟を願います。私共としても負ける訳にはいきませんからね。それと、私と契約をした精霊達です」
銀翠が短い自己紹介をすると横に移動し、後ろに立っていた三人の精霊達を昇達に見せるのだった。そして三人の精霊は昇達から見て右から名乗っていくのだった。
「テーレスです。是非とも全力で掛かってきてくださいね。もっとも、あなた方が全力でも、あっさりと私達が勝ちますから味気無いですけどね」
笑顔で思いっきり挑発をしてきたテーレス。そんなテーレスの挑発に琴未が応戦しようとしたが、閃華とシエラに制されて仕方なく黙り込むのだった。昇は後ろで、そのような事が行われていた事を察してはいたが、今はテーレスに視線を向けるのだった。
見た目の年齢は昇達より少し上と言った感じだろう。髪の短い女性である。そして、何よりも目を引くのがテーレスの足である。白く、長い足を隠す事無く、露出しているために男性なら誰でも視線がテーレスの足に行ってしまうだろう。だから昇がテーレスの足を見ても不思議ではない。
けど、昇はテーレスの足に見とれているワケではなく。それがテーレスの特徴だと察したからだろう。まだ属性や何の精霊かも分ってはいないが、テーレスの足を見ただけも、足を活かした戦い方をしてくるというのは想像するのには難しくはないだろう。
だから昇はテーレスの足を見ていたのだが、すぐにテーレスの隣に居た着物の女性が口を開いてきた。
「藤姫と言います~。今日はよろしくお願いいたします~。けど……手加減してくれましたら~、助かります~」
ニコニコと笑いながら、さらりと本音も口にしてきた藤姫。昇も、これには困惑の色を見せた。まあ、これから戦闘が始まるというのに、よろしくお願いします、も無いと思うし。手加減してください、とはっきりと言ってきたのだから昇も対応に困るというものだろう。
けれども、昇はすぐに気を取り直すと藤姫の態度が性格だと割り切る事にした。……なにしろ……昇の後ろにも少し似たような精霊が居るからである。まあ、そこは言わなくても分かるだろう。そう、笑顔で黒いオーラを出してお仕置をする精霊である。
後は何で着物を着ているのかも昇は少しだけ気になったが、精霊武具も着物だとは限らないのだから、今は次の精霊に目を向けるのだった。
最後の精霊は男性で、紅鳶達とは違って長身で細身の体格をしている。そんな精霊が柔らかい顔付きで口を開いてきた。
「諏戸躯と申します。今日はお互いに良い戦が出れば良いと思っております。ですから、お互いに全力で戦いましょう」
もの凄く柔らかい物腰で言う諏戸躯。まるでスポーツの前にでも言いそうなセリフだ。だが、これから始まるのは戦闘。負ければ争奪戦から脱落、二度とは復帰が出来ない。そのうえ、精霊達との契約も強制解除。契約者としても精霊としても、今を守るためには絶対に負けられない戦いである。
それなのに銀翠達は礼儀を重んじ、丁寧な態度を取ってきた。それだけ、自分達の強さに自信があるのかもしれない。けど、昇としては別方向に考えていた。
あっちに比べて、こっちは全員が冷静だよね。そうなると……主力はあっちかな。けど……ここまで冷静って事は、ある程度は垂氷さんの意図を察しているのかもしれない。けど、垂氷さんの性格から言っても全てを察しているとは思えない。……う~ん、そうなってくると、厄介なのは、この銀翠さんかもしれない。
銀翠達の名乗りが終えてから昇がそんな事を考えてから視線を動かす。そして昇が向けた視線の先には昨日も会った垂氷がゆっくりとこちらに向かって歩いてきていた。そんな垂氷を見ながらも昇は思考を進める。
垂氷さんは今日も一人だけみたいだね。そうなると……昨日と同じく退路は確保してあるという事だよね。そうなると、やっぱり……。けど、今は目の前に居る銀翠さんと……紅鳶さんだっけか。この二人を撤退に追い込まないと。出来れば精霊を倒して戦力を削りたいけど、はっきり言って、どこまで出来るかが分からない。それに紅鳶さん達は予想の範囲内だけど……銀翠さん達は予想外だった。まさか、ここまで厄介な契約者や精霊が居たなんて。う~ん、さすがはアッシュタリア、そして垂氷さんってところかな。なら、こちらも少しだけ手を変えるしかないか。
昇が、そんな事を考えている間にも垂氷は銀翠達の元へ辿り着き、少し前に出て昨日と同じく昇と対峙をするのだった。そして垂氷は冷たい微笑を浮かべながら話し始める。
「お互いにキツイ戦いになりそうね。さて、最後に立っているのは、どちらかしらね」
「さあ、それは僕にも分かりません。けど、今日の戦いでは……どうなるかは分ってますけどね」
昇にしては珍しく少し陰のある微笑を浮かべて言葉を放った。そして、そんな昇の言葉を聞いた垂氷はというと冷たく笑ってから会話を続けるのだった。
「ふふっ、あなたも気付いていると思うけど。やっぱり私達は似ているようね」
「ですね……でも、根底は正反対です。似ているのは表装だけ、そして奥が正反対だからこそ、お互いに読みきれない。だからお互いに賭けに出るしかなかった」
「残念だけど、それは違うわよ。私達は根底も似ているわ、やり方が違うだけ、そしてお互いに相手のやり方を認められない。だからお互いに読みきれないのよ」
……そっか、隠すって事か。垂氷の言葉を聞いて、すぐにそんな事を思った昇は何事も無かったかのように会話を続ける。
「なるほど、確かに、そうかもしれません。僕は、あなたのやり方は嫌いですからね」
「でしょうね、私もあなたのやり方は大嫌いよ。けど、あなたの実力は認めざるえないわね。どう、今からでも私達のところに来ない? 私が取り成すわよ。このまま、あなたを倒してしまうのはもったいないわ」
根底が同じ、隠す……もしかしたら……そういう事かもしれない。だったら、僕は僕のやり方をする。一気に思考を巡らして、そんな結論を出した昇が静かに瞳を閉じる。そして、ゆっくりと瞳を開けると、今度は垂氷に向かって優しい笑みを向けながら言うのだった。
「残念ですけど、アッシュタリアに組するつもりはありません。けど、一つだけ決めました。それだけは絶対にやろうと思います」
「あら、何を決意したのかしら?」
そんな垂氷の質問に昇はまるで差し伸べるかのように垂氷に向かって手を出すと、はっきりとした口調で垂氷に告げるのだった。
「あなただけは絶対に倒しません。あなたが何度でも僕達に襲い掛かってこようとも、僕はあなただけは絶対に倒しません。他の契約者や精霊を倒しても、あなただけは倒さないと決めました」
昇の言葉を後ろで聞いていた銀翠は思わず驚きを浮かべた。それはそうだ、昇にとって垂氷は倒すべき敵であり、倒さない限りは何度でも戦いは続くのだ。それなのに昇は垂氷を倒さないと宣言してしまったのだ。敵を倒さないと宣言するなんて、策略や謀略であったにしても、そんな事を宣言したりはしないだろう。
けれども昇ははっきりと垂氷に、そう宣言した。そして垂氷はというと冷たい微笑を崩す事無く、何事もなかったように会話を再開させるのだった。
「そう、分かっているとは思うけど。私はそういう、あなたのやり方が嫌いなの」
「でしょうね。だからと言って僕は僕のやり方を変えるつもりはありません。あなたのそれを砕くまで、僕はあなたと戦い続けると決めました。後は、どちらのやり方が勝つかです」
砕かれるっ!。垂氷は思わず、そう思ってしまった。だからだろう、昇の言葉を聞いた垂氷の顔から冷たい微笑みは消えて、今では少し焦っているかのように昇を睨み付けている。どうやら、垂氷にも自覚はあったようだ。昇の言葉で……自分の何かが揺れたのを。
そして自覚があったからこそ、垂氷は素早く次に移ろうとするのだった。
「ならやってみる事ね。もっとも、私としても負ける気は無いわよ。どうやって、あなたが勝とうとするのか、少し楽しみにしてあげるわ」
「勝ちません、僕のやり方では勝ちませんから。あなたなら分かるはずです。僕が何を決めて、何をしようとしているのかも。だから、僕は負けないし、勝ちもしない。それが僕のやり方です」
くっ、完全に流れを持っていかれたわね。このまま話を続けたら銀翠達が動揺する。なら、早めに退くのが上策ね。それにしても、この子……昨日とはまったく違う、たった一晩で何があったっていうの。素早く思考を巡らした垂氷が結論を出すのと共に昇の変化に驚きながらも、すぐに行動に出る。
昇に背を向けた垂氷が退がるために歩き出すと昇に向かって最後の言葉を放つのだった。
「何にしても、まずは銀翠と紅鳶を倒す事ね。もっとも倒せれば話よね」
それだけの言葉を残して垂氷は銀翠の元まで退がると歩きながらも銀翠に向かって言うのだった。
「銀翠、頼んだわよ」
「……はい」
銀翠に顔を向ける事無く、言葉だけを残して退がって行く垂氷。そんな垂氷の後姿を見て、銀翠は初めて感じるのだった。昇がどれだけ脅威となりうる存在なのかという事を。
去っていく垂氷は明らかに動揺を隠そうとしていた。いつもなら、何も見せない垂氷なのだが、昇は少しの会話で垂氷を動揺させてしまったのだ。それは銀翠から見れば、自分では分からないところで起こった戦いで垂氷が負けた事を示している。なによりも、垂氷が動揺を隠そうとする姿など銀翠は見た事が無い。常に冷静と平静でいられる事が垂氷の強さなのだから。
そんな垂氷を昇は少しの会話で動揺させた。その事実だけでも、銀翠は今回の戦いが、どれだけ厳しいものになるのかを、改めて実感するのと共に自分には見えない昇の力に脅威を覚えるのだった。
だからこそ、銀翠は気分を引き締めて精霊達を見ると、精霊達も頷き、それから昇を睨むように視線を送った。そんな銀翠の視線を受けた昇も、すぐに行動に出る。足の裏に一気に力を溜めると一跳びで後ろで待っているシエラ達の元へと戻った。
そして昇が戻った事が合図になったのだろう。閃華、ラクトリー、テーレス、諏戸躯の四人が同時に手を上げて力を解き放つ。
『精界展開』
一斉に精界を展開させる四人、そして世界は茶色に染まった。どうやらラクトリーの精界が一番手前に展開されたようだ。これで舞台は整った、後は準備をするだけだ。昇達は一斉に精霊武具を身に付けるのと、今度は昇の元で円陣を組むと昇が中央に向かって手を差し出し、全員が手を重ねると昇は皆の顔を見ると、全員が頷いたので重なった手から感じる繋がりを一気に掴んで力を流し込むのだった。
「エレメンタルアップッ!」
一斉に限界を超える力を感じるシエラ達。それに続いて昇は次を一気に起動させる。
「ストケシアシステム起動……相互リンク完了」
エレメンタルアップにストケシアシステム。最初っから出し惜しみをする事無く、全てを出してきた昇達。そのうえ、エレメンタルアップで一気に限界を超えた力は銀翠達にもしっかりと感じ取る事が出来た。
感じ取った力があまりにも大きかったもので銀翠は驚きの表情を浮かべるが、すぐに歓喜に満ちた表情に変わる。やはり怪童の影響を受けているのだろう。相手が強ければ強いほど血が騒ぐようだ。そのうえ、垂氷の言葉もある。勝てないかもしれない相手との戦いほど銀翠も興奮をするというものなのだろう。それほどまでに強敵との戦いが血をたぎらせるようだ。
そんな銀翠がエレメンタルアップの効果を見て思うのだった。
あれがエレメンタルアップですか……確かに、これほどの力を一気に付加させるなんて卑怯と言えますね。それに垂氷さんの言葉、これだけでも強敵だというのは分かりますね。それにしても、最初から使ってくるという事は、あちらも最初から全力というワケですね。なら、こちらも最初から全力で行かないといけませんね。紅鳶さんを焚き付けるのと同時に一気に仕掛けるとしますか。
そんな結論を一気に出した銀翠が一気に戦闘準備に入る。
「アルマセット」
地面に重たい物が落ちる重撃音が響くと共に銀翠の手には太い棒が握られていた。棒の先には鎖が付いており、地面に落ちた鉄球と繋がっている。しかも鉄球はかなり大きく、成人男性の頭を二周りするほどの大きさがあるだろう。しかも凶悪なトゲまで付いている。いわゆるモーニングスターという武器だ。だが、その大きさと良い、鉄球の全体から生えている鋼鉄製のトゲと良い。直撃でも大ダメージなのは必死、少しでも避けそこなえばトゲで切り裂かれるのも確実だ。
そんなモーニングスターを持った銀翠が着ている服は迷彩服に似ている。けど、青地に黒と独特の迷彩が入っている。防具らしい防具は付けてなく、重そうなモーニングスターを持っている割には、思いっきり軽装な装備と言えるだろう。
そして、銀翠が準備に入った事で、精霊達も己の精霊武具を身にまとう。
「ビンラングシタ<長くしなる棍>」
テーレスが出してきた精霊武具は棍、棒にも見えるが、棍の両端は金属でしっかりと包まれており、打撃の威力を大幅に上げているのは確かだ。だが、それ以上に目を引くのは長さである。遠目で見ただけも長く、その長さはテーレスの身長よりも長く、二倍ぐらいの長さはあるだろう。
そんな棍を手にしたテーレスの防具だが、上半身は籠手と胸当てのみ。かなりの軽装に見えるが、テーレスの特徴も言える足。しかも膝下はかなりの重厚な防具を見につけている。腰周りには防具を付ける事無く、短いスカートだけでテーレスの綺麗な足が良く見える。それとは正反対に膝下はがっちりとした装備だが、しっかりと関節部分は動くようになっており、多少は重いものの、そんなに動き支障はきたさない防具と言えるだろう。
そんなテーレスに続いて藤姫が精霊武具を身にまとう。
「風魔弓刀<風をまとって一体化した弓と刀>」
藤姫が手にしたのは弓なのだが、こちらは大きさは普通……だが形態がかなり変わっていた。弓を握る部分には布が巻かれており、しっかりと握れるようになっているが、変わっているのはその上下。つまり節と呼ばれる部分である。
普通ならば弓の本体とも言える節もしなるものを使う。それは弦を引っ張るのと同時に弓が全体的にしなった方が撃ち出される矢の威力が大きくなり、より硬い物を貫く事が出来るからだ。だが、藤姫が手にした弓の節は鉄製。しかも日本刀のように弓の外側は刃となっている。まるで湾曲した日本刀が二本、上下に繋げたような形をしている。そんな日本刀のような先端には小さな穴が空いており、そこから弦がしっかりと張られていた。
そんな弓と刀が一体化した弓刀を手にした藤姫だが、矢はどこにも無かった。やはり、他の精霊が弓を使うかのように矢は使う時に具現化させるのだろう。これも弓を使う精霊の特徴も言える。矢数に制限が無く、いくらでも撃つ事が出来るのが弓を使う精霊の特徴だ。
そんな藤姫の服も変わっており、先程までの着物とは違って今は弓道着となっている。……どこまでも和風な精霊である。それはともかく、防具と言える物は軽い籠手と胸当てのみ。さすがに全身を包む弓道着だけあって中までは分からないが、見える部分だけは、それぐらいしか身に付けていない。それよりも、こちらもかなり変わった部分があった。
それが……下駄である。一般的に歯という底に四角い物が二つ付いている物である。だが、少し違うのは、一般的な者は二つの歯は少し後ろに付いているのだが、藤姫が履いている下駄は歯が前後にバランスが良く、動きやすい形となっている。
そんな藤姫がいつものようにニコニコと笑顔を浮かべている間に諏戸躯も精霊武具を身に付けるのだった。
「一触断破ノ薙刀<一振りで切り裂き破壊する薙刀>」
諏戸躯が手にしたのは薙刀……なのだが、その大きさも太さも桁違いだ。長さだけでも諏戸躯の二倍はあり、それよりも目を引くのは太さである。なにしろ太い、太すぎて諏戸躯の手でも収まらないほどだ。つまり、諏戸躯も一触断破ノ薙刀を握り締める事が出来ないほどの太さを持った薙刀なのだ。
けど、そんな太い薙刀を諏戸躯は当然のように片手で持っている。片手だけだと薙刀の半分ぐらいしか握れないのに、まるでしっかりと握り締めているかのように、しっかりと太過ぎると言える薙刀を握っているのである。どんな握力をしているんだっ! とツッコミたくなるような薙刀を諏戸躯は当たり前のように握っているのである。
更に、これほどの太さがあるのだ。薙刀の先端に付いている刃もかなり太くと大きい。直撃を喰らえば、確実に真っ二つされる事は確実だろう。それぐらい、巨大な刃も持っている薙刀を諏戸躯は手にしているのである。
そんな諏戸躯の服装は山伏の格好に変わっており、背中には黒い翼を生やしていた。つまり防具と言える物は身に付けていない。それ故に、かなり動きやすいと言えるだろうが、攻撃を喰らえば落とされても不思議ではない。更に目に付くのが背中に生えた黒い翼。真っ黒の翼は烏のようであり、一見すれば烏天狗を連想させるような格好をしている。もっとも、手にしている武器は思いっきり規格外だと思うが……。
そんな銀翠達がそれぞれに精霊武具を身に付けると、未だに話を聞いていなかった紅鳶達に銀翠は思いっきり叫ぶ。
「それじゃあ紅鳶さん、先に行かせてもらいますよっ!」
「えっ、って! コラ――――ッ!」
どうやら紅鳶達は漫才を続けており、まったく銀翠や垂氷が行った会話をまったく聞いていないだけでなく、精界が張られた事も、昇達がすっかり戦闘準備に入った事すらも気付いてはいなかったみたいだ。そんな紅鳶を無視して、銀翠はテーレス達に指示を出す。
「分ってますね。まずは私達が先行、紅鳶さん達が来たら上に上がります。それまでは地上で戦います」
「はい、いつものように背中は守ります」
「はい~、分ってますよ~」
「任せてください」
テーレス、藤姫、諏戸躯と返事をすると銀翠は振り向く事無く、真っ直ぐに昇を見据えると一気に戦いの幕を開けるのだった。
「なら、行きます。藤姫っ!」
「はい~」
銀翠の言葉にゆっくりと返事をした藤姫だが、次の瞬間には弓を上に向けて構え、返事とは裏腹に素早く弦に指を掛けると四本の矢が出現する。すると、一気に引き絞り、藤姫は四本の矢を一気に撃ち放つ。
撃ち出された矢は一気に上空に向かって突き進む。だが、昇達の手前まで飛んだ瞬間。矢は一斉に昇達に向きを変え、今度は急降下するかのように猛スピードで昇達に襲い掛かる。だが、それで終わりではなかった。四本だった矢が、瞬時に十倍、四十本まで増えると、まさしく矢の豪雨と言えるように昇達に降り注いだ。
だが、かなりの速さが出ているとはいえ、狙って撃ったワケではない。だから昇達も一気に降り注いでくる矢の豪雨から放れるように、一気に距離を取るのだが。地面に突き刺さった矢は、その衝撃で小さな爆発をしたかのように衝撃波を撒き散らす。そのため、ランダムに発生した突風により昇達は短時間だが足止めを喰らってしまった。
そんな短い時間で一気に突撃を掛ける銀翠達。そんな銀翠達を見て、昇はストケシアシステムを使って瞬時に指示を出すと、シエラとレットが迎撃に出る。二人とも上空に上がる事無く、低空飛行で銀翠達を迎え撃つのだった。
こうして戦いの火蓋は切って落とされたのだが、すっかりおいてけぼりにされてしまった紅鳶が銀翠に文句を言ってから慌てて音孤達に言うのだった。
「抜け駆けするな銀翠っ! ええいっ! 俺達も行くぞっ!」
銀翠に先を越されて、更に興奮する紅鳶。そんな紅鳶達もやっと戦闘準備に入るのだった。
「アルマセットッ!」
一気に自分の武器を具現化する紅鳶。そんな紅鳶が手にしたのは巨大な槍……に見えるのだが、その先端に付いているのは、どう見ても巨大なドリルだった。しかもドリルが武器の大半をしめており、柄とも言えない握る部分はかなり短く、紅鳶がしっかりと握り締める部分だけしかなかった。そんなドリルを手にした紅鳶が試運転するかのようにドリルを回すと、独特の回転音が鳴り響く。そんな自分の武器を出して満足げな笑みを浮かべる紅鳶。
けど、紅鳶が出してきたのは武器だけであり、防具と言えるものは、まったく身に付けておらず。格好も変わっていない。つまり……防具などは必要が無いと言いたいのだろう。それだけ、自分の攻撃に自信があるのか、それともまったく考えていない……まあ、言わなくても分かるだろう。そのどちらかなのだろう。
そんな紅鳶に続くかのように音孤達も精霊武具を身にまとう。
「三爪ノ両大篭手<三つの鋭利な爪がついている二つの大きな籠手>」
音孤の両手に盾のような物が出現するが、それはしっかりと音孤の両腕についており、盾ではなく籠手だった。その籠手は腕の動きを制限しない効果も含まれているのだろう。横に溝のような物が二本ほど見えるが、それは溝ではなく、籠手が重なっている部分である。
つまり、三爪ノ両大篭手は三つの湾曲した物で構成されているのだ。更に籠手の先端には手の甲にあわせた形になっており、そこから直刀のような物が三つ付いている。これだけを見ても攻防一体の動きが出来る事は分かるだろう。
更に注目すべきは大きさだろう。なにしろ、二つの籠手を前に出せば音孤の身体が完全と言えるほど隠れてしまうのだから。そんな大きな盾とも言える大きな籠手、そこから爪のように伸びた直刀。更に言えば盾ではなく籠手である。つまり、盾よりも素早く動かす事が出来る。相手の攻撃を受けつつも反撃をするには打って付けだろう。
そんな防具のような武器を手にした音孤の服装は、まるで陰陽師のようだ。そのため、防具を一切付けてはいない。まあ、三爪ノ両大篭手が防具でもあり、武器でもあるのだから防具は要らないと言ったところだろう。
そんな音孤に続いてオーキッドが精霊武具を出す。
「ラッシュランス<突撃する騎乗槍>」
オーキッドが手にしたのは、以前の戦いでフレトも使っていた突撃槍に似ている。形状から言えば、まったく同じであり、違う点と言えば槍に施されている装飾だけだろう。それ以上に違うのが大きさである。
フレトが使っていた物も通常に比べれば大きい方だが、フレトは両手で使っていた。だが、オーキッドが手にした突撃槍はそれよりも大きく、長さだけでも大柄なオーキッドの二倍はある。そんな長くで重いそうな突撃槍をオーキッドは片手で軽々と持っているのだ。これだけを見ても、槍の威力が分かるというものだろう。
そして身に付けている防具は更に重厚な物だった。頭から足まで、かなりの重装備であり、兜の仮面が上がっているから顔は見えるが、それ以外は完全に身体は鎧で包まれている。その姿は馬に乗った重装騎兵を連想させるだろう。この姿で馬に乗れば、まさしく画になると言った感じの姿をしている。
そして最後にネシオが精霊武具を身にまとう。
「フォーブランシングスピア<四つに枝分かれをした槍>」
ネシオが手にしたのは槍なのだが、その穂先は独特の形をしていた。長さ、太さ、大きさはネシオの体格に似合った物だが、その穂先、正確には穂先よりも少し下に柄を包むかのように鉄板のような物が巻かれていた。更に、そこから直角に曲がった短い槍が出ていたのだ。しかも四つも。
直角に曲がっているのは穂先がぶつからないように、適度な距離を保つためだろう。そのため、穂先だけを見ると中央の穂先を囲むかのように四つの穂先が並んでいると言った感じだ。つまり五つの穂先を有している槍という事だ。
そんな独特の槍を手にしたネシオも全身を鎧で包んでいた。オーキッドほど重装ではないが、鎧を身に付けているのだから攻撃が通り辛い事には変わりない。更にネシオの防具で目を引くのが……鎧の隙間から火が出ているという点だ。
……まあ、分かる方には分かるだろう。鎧の隙間から火が出てる、それはつまり……火、または、類する属性を有しているという事だ。……えっと、確かに戦いが始まればお互いに属性を使うから戦えば相手の属性なんて分かるのだが……外見に精霊や属性の特徴が出てしまう精霊以外は、相手に自らの属性を悟らせないために最初は隠しておくのが当然なのだ。……だが、戦う前から、普通なら隠す属性を晒すような精霊なんてほとんど居ないだろう。
余談だが、垂氷は『バカ三号』という影の愛称を使っている。まあ、えっと……そういう事です。
なんにしても、これで紅鳶達も戦闘準備は終わった。後は参戦をするだけだ。だが、すっかり銀翠に先を越されたからだろう。紅鳶は思いっきり興奮しながら音孤達に言うのだった。
「卑怯にも銀翠に出し抜かれたからなっ! だったら銀翠達を押しのけて、俺達がターゲットを倒すぞっ!」
そんな紅鳶の言葉に無表情のままに静かな返事をするネシオ。残った音孤とオーキッドは、こっそりと近づいて静かに話すのだった。
「銀翠さん、こうなるように先駆けをしたんじゃないんですか」
「だろうな。実際に紅鳶はかなり興奮しているし、士気を高めるのには効果的だ。もっとも、こうしむけたのは」
「垂氷さんですね」
「だな。あの人の考えは私にも理解が出来ん。だが、私達より先を見据えているのは確かだ。だから、私達がやるべき事は一つだろう」
「いつものように全力で敵を倒す。それに、銀翠さんなら僕達が突っ込んで言っても上手く立ち回ってくれるでしょうからね」
「そういう事だな。それに、ここまで紅鳶を興奮させたという事は……こちらが主力という事だ」
「そうみたいですね。なら……久しぶりに思いっきり暴れてみましょうか」
「あぁ、思いっきりな」
二人がそんな話をしている間にも紅鳶はワケの分からない事を叫んでいた。まあ、本人としては精霊達の士気を上げているつもりなのだろうが、ほとんどが先駆けた銀翠への愚痴だったので、熱心に聞いていたのはネシオだけで、音孤とオーキッドはまったく聞いていなかった。そんな二人に気付かないままに、言いたい事を言い終えた紅鳶が昇達の方に向くと叫ぶのだった。
「行くぞっ! 全員突撃――――っ!」
そんな掛け声と共に一気に駆け出して前線に向かって行く紅鳶達。そんな紅鳶達に対して昇も残していた戦力を前に出すのだった。こうして、日本支部でもトップクラスの実力を持っている紅鳶と銀翠達との戦いが本格的に始まるのだった。
やっと動いたようね。確実に安全圏まで後退した垂氷が突撃を開始した紅鳶を見て、そんな事を思うのだった。まあ、確かに銀翠は迅速に動いたが、紅鳶の動きは、かなり遅かっただろう。だが、初動が遅くでも紅鳶には、それを補えるほどの力がある事を垂氷は知っている。だから、その点については心配はしていなかった。
それよりも垂氷が気にしていたのは先程の事。そう、昇に掛けられた言葉だ。垂氷は昇の言葉を思い出しながら考えるのだった。
つい、余計な事まで口にしてしまったわね。油断……いや、違うわね。あれが、あの子の真髄なんでしょうね。昨日はまったく、そんな素振りを見せなかったのに、たった一晩で何かを取り戻したという事かしら? 私も……少し見習った方が良いわね。追い詰められているのは私も同じ、けど、自分らしさを取り戻したのはあの子が先だった。なら、私も私を取り戻して、いつもように冷静にならないといけないわね。……それにしても、本当に敵にしたら恐ろしい子ね。こうもあっさりと見透かされるなんてね。私のそれを砕くと言われた時……確かに私の心は動いた。あんなのはエラストとサンカミューと出合った時以来ね。もし……違った出会いをしていれば……止めましょう、私らしくない。既に敵対している事には変わりがないのだからね。だから今は、勝つ事だけを考えましょう。
そんな結論を出した垂氷は再び自分が冷たくなって行くのを感じると、冷たい瞳で戦場へと目を向けるのだった。今度こそ、昇達の力をしっかりと見届けるために。
そんな垂氷に見られながらも、激闘の幕は上がるのだった。
はい、そんな訳で……更新に一ヶ月以上が経ってしまいました。……まあ、一言で言えば……死んでました。その辺の詳しい事……でもないですが、ある程度の事は私のブログに書いてあるので、確認したい方は確認してくださいな。
そんな訳で……思いっきり絶不調です。それでも、なんとか気力を振り絞って、なんとか書き終えた次第でございやす。そんな訳で……次の更新も遅れるかもしれません。
……いやね、何かしらんけど、一気にテンションが落ちたのよ。まあ、私はあれですから、落ちる時はあるんですけどね……今回はかなり酷い。という訳で、一ヶ月以上も落ちてます。というか、未だに落ちてます。
という事で更新が遅れてるし、書いてないんですよね~。まあ、ブログにも書きましたが、私に必要なのは休息、という事で、もう少し休みながら、少しずつ書いて行こうと思っております。
そんな訳で、これからもいろいろと遅れます。……まあ、いつもなら、ここで少し遊ぶところなんだけどね。今……落ちてるから、そんな気力すらないのですよ。まあ、言い訳が終わったから良いかな~、とか思ってますけどね~。
そんな訳で、後書きに期待をしてくれていた方、申し訳ない。今は落ちているのですから、期待に答えられないのですよ。というか……何も思い浮かばない。ん~、やっぱり、あれって、その時の気分とノリで行ってるからね~。落ちてる時は仕方ないのですよ。
という事で、なんだかんだで長くなってきたと思いますので、そろそろ締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、やっぱり、こういう時は酒なのだろうか、と思ってしまった葵夢幻でした。