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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
猛進跋扈編
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第百六十四話 虚虚実実

「あっ、おはようございま~す」

 フレト邸にある客室。昇達は朝食を済ませてから家を出ると、真っ先にフレトの屋敷に着た。そこからはすっかりフレトの広大な屋敷にも慣れたのだろう。案内も無しに昇達はフレトがいつも使っている客室に着たのだが、そこには先客として与凪の姿があった。もちろん、既にフレトも朝食を済ませて、今では食後の紅茶を楽しんでいる感じだ。

 だからだろう、思いっきりお気軽に挨拶をしてきた与凪を無視して紅茶を堪能しているのは。一方の昇は苦笑いを浮かべながらも与凪に挨拶を返す。もちろん、ツッコミは無い。まあ、返ってくる答えが分かりきっているだけに、既に昇も無駄なツッコミはしない事にしたようだ。

 そんな昇達にも紅茶を淹れる咲耶。レットと半蔵も客室に居たが、ラクトリーの姿は無かった。その事をフレトに聞くと、どうやらラクトリーはセリスの世話をしているようだ。それが終わったらこちらに来るらしい。

 まあ、未だに身体が不自由なセリスなだけに、どうしても補助の手がいるのだろう。それを担当しているのが咲耶とラクトリーだ。やはり男性であるレットと半蔵にはセリスの護衛はさせても世話はさせないのだろう。そんなセリスの事だけには、しっかりと気配りが出来るフレトだと昇は改めて実感するのだった。

 だが、主要メンバーはラクトリーを除いて揃っている。だからだろう、フレトが話題を切り出してきたのは。

「さて、時間はかなり余裕があるな。つまり話している余裕があるという事だ。それに一晩もあったんだ、少しは頭も冷えただろう。そろそろ具体的な事を考えないと思うんだが。昨日はお茶を濁してやったが、今日はそうも言ってられん。それに、滝下昇、お前の顔を見れば何かが吹っ切れた事は察しが付く。まあ、それに関しては聞かないでおいてやろう」

 フレトがそんな事を言い出すと昇は苦笑いを浮かべながら言うのだった。

「あ~、気付いてたんだ。それと、細やかな気遣いをありがとう」

「ふっ、俺としては問い質して一波乱を起こしても良いのだがな」

「それは勘弁してください」

「あらら、それは残念ですね」

 素直に頭を下げた昇に対して楽しそうに、そんな言葉を放ってくる与凪。まあ、フレトのは冗談だと分っているが、与凪は本当に起きても他人事で済ませてしまうのだから。フレトよりも性質が悪いとも言えるだろう。

 だからだろう、昇は視線に勘弁してくださいという思いを込めて与凪に送ると、与凪は楽しそうに笑ってから、会話を続けてくるのだった。

「それじゃあ、今日の事を話しますね。こちらでも情報を集めてみたんですけど、詳しい事はやっぱり分かりませんでした。まあ、一晩しか時間が無かったからですからね。けど、面白い情報を得ましたよ。これは私の予測ですけど、今日の相手が分かるかもしれませんね」

「つまり、その情報だけで、今日の相手が大凡おおよそは見当が付くが、相変わらず詳しい事は分っていないという事だな」

「うっ、フレトさん、容赦無いですね」

 フレトの言葉に呆れ顔で一筋の汗を流しながら、そんな事を言ってくる与凪。やはり的を射られる言葉を吐かれると、与凪としても対応に困るようだ。まあ、詳しい事が分っていない、というのが本当なだけに与凪にしても返す言葉が他にないのだろう。そんなフレトと与凪のやり取りを見ていた昇が苦笑いを浮かべるが、すぐに与凪に向かって掴んだ情報について聞いてくる。

「それで与凪さん、その情報というのは?」

「あ~、はい、今になって敵に探りを入れるのは不可能だと思いましてね。昇さんの討伐命令が下った直後の動向を探ってみたんですよ。それなりに時間が経ってますし、敵の警戒心も強くは成っていない時期でしたからね。それなりの情報は掴めたんですよ。それによると、討伐命令が降りた直後、地方に散っていた契約者を二人を呼び寄せたみたいなんですよね」

「わざわざ地方に居た者を呼び寄せたぐらいだ。今日の相手は、そいつらって事か」

「まあ、わざわざ地方から呼び寄せたぐらいですからね、実力では幹部クラスかと思います。それに、その契約者や精霊の情報は入手が出来ませんでしたからね。今日の戦いで出てくるのは間違い無いかと思います」

 与凪の情報を聞いて自分の意見を口にするフレト。そして与凪の答えを聞く限りでは、フレトと与凪の意見は一致したみたいだ。だが、昇には引っ掛かるところがあるのだろう。話している途中だというのに、ついつい与凪がもたらした情報について考えていた。

 確かに二人の言っている事には一理あるけど……僕達を本気で倒すつもりなら、昨日の戦闘でもある程度の事は分かったんだから、持っている戦力を一気に投入するのが確実だと思うんだけど。なんで、そうしないんだろう? ……まあ、人数が多くなればなるほど、自分達の動きが敵に察知されやすいってのもあると思うけど……それも違うような気がする。もし、僕が垂氷さんの立場なら、昨日の戦闘後に一旦引いて、後は敵に知られるのを覚悟で大人数を動かすけど……。

 確かに、昇達を迅速且つ的確に倒すには、それが一番確実で的確な方法だろう。だが、垂氷はそれをしなかった。いや、する気配も無い。昇は、そこに引っ掛かりを感じたようだ。

 少なくとも昨日の戦闘で昇達の戦力はともかく、人数は分っているのだ。なら、力が劣っていても数を揃えれば昇達を確実に倒せるだろう。なにしろ、アッシュタリアは今では一番の大勢力だ。昇達を倒すだけの戦力を集める事なんて簡単なはずだ。けど、垂氷は、それをしない。そうなると考えられる可能性は一つだけだろう。だから昇は自然と、それについて考えていた。

 大人数を動かさない、のじゃなくて、動かせない。そう考えれば納得が出来るかな。でも、動かせない理由って……そっか、アッシュタリアは組織だからか。昨日、シエラが言っていたように組織は縦の構造。つまり、垂氷さんは今回の命令を自分の実力でやったと実証する事で、更に上に行こうとしてるんだ。出世欲……ってやつかな? それに、前にも話に出てきたアッシュタリアの体面もある。それらがあるからこそ、大きな動きを取れないって考えられるか。そうなると……。

 何かを思い付いたのだろう。昇は、その事に思案を巡らす。そして、昇が何かについて考えている事を察したのだろう。フレトも与凪も会話を止めて、今は紅茶を堪能している。他のメンバーも同じように黙り込んでいる。まあ、言ってみれば、この行動こそが昨日、シエラが言っていた信頼の現われなのかもしれない。だから今は昇の思考を邪魔する事無く、静かにするのだった。

 そんな中で昇は逆転の一手に近づきつつあった。

 今日の戦いも情報収集? いや、違うか。それはついでで垂氷さんの本当に狙っているところは別にある。それは…………次の一手を確実にするための布石っ! そうか、今日の戦いで僕達が形的でも勝ちとなれば、僕達の中に慢心が生まれる。そのうえ、相手が強ければ強いほど、僕達は勝ったという気持ちが油断を生み出す。そこに付け入る気なんだ。つまり、今日の戦いは僕達の勝ち、または僕達が垂氷さん達を退けた。そんな形にすれば、一時的でも僕達は安心する。そうなれば垂氷さん達が自由に使える時間が出来る。その時間を使って、垂氷さんは動かせるだけの総戦力を使って奇襲を掛けてくるつもりなんだ。

 そんな結論に至った昇。確かに、そう考えれば垂氷の行動にも筋が通ると言ったところだろう。昨日の戦闘で昇達の戦闘能力を計測、次で強敵を仕掛ける。そこで倒せれば楽だったろう。けど、垂氷は更に次までも考えて行動していた、と考えればいろいろと納得が出来る。

 そもそも、昨日の戦闘で昇達の事は少なからずも分っているのだ。だったら、すぐに退いて、昇達を倒せるだけの戦力を揃えてから侵攻、一気に倒してしまえば良い。それなのに垂氷は今日の決戦を挑んできた。その決戦が意味するもの、それが昇が考え付いた事なのなら、全てに筋が通るというものだろう。

 それに、垂氷が何故、そのような策に出たのか。それも昇が考えたように垂氷の出世欲、つまり、アッシュタリアの中でもっと上位の地位を得たい。そんな気持ちがあるし、それを考えたからこそ、垂氷は自らが動かせるだけの戦力。しかも少なければ少ないほど、垂氷の評価は上がると言えるだろう。

 つまり、垂氷にとっては自らが動かせる戦力は、昨日戦った捨て駒と呼ばれている下位の契約者達と同じという事だ。垂氷にとって戦力は全て捨て駒、自分の地位を上げるための駒に過ぎないのだ。昇は、垂氷という人物を、そう判断したようだ。

 だからだろう、少しだけ垂氷に怒りのようか感覚を覚えるが、すぐに振り払うのだった。確かに昇にとって垂氷の行動や考えは許せないと言えるだろう。だが、それは垂氷と垂氷に関わる者達の問題であり、昇が考える必要は無いだの。ちょっと冷たいと自覚しながらも、それは敵の問題と昇は割り切るようにしたようだ。そんな昇が逆転の一手を見出す。

 今日の戦いが終われば、時間は確実に生まれる。だから、今日の戦いが意味するものは、どれだけ相手の戦力を削れるかだ。そのために垂氷さんは本心を隠して、呼び寄せた二人の契約者に本気で僕達を倒させる気だろうね。けど、僕達はそれを退けただけだと追い詰められる。今のうちに手を打っておかないといけない。出遅れただけに、かなり譲歩しても手を打つ必要がある。そのためには……僕の力は、繋げる力か……だったら、どこまでも繋げてみよう。それこそが逆転の一手、そして手段は既にある。

 そんな決断をした昇が顔を上げると与凪に向ける。すると昇はとんでもない事を言い出し始めた。

「与凪さん」

「何ですか?」

「以前に、古い友人がアッシュタリアに対抗する組織に居るって言ってましたよね」

「ええ、けど、それが何か?」

「今すぐに連絡を取ってください。連絡内容は……精霊王に関する事以外の情報を全て提供してください。提供するだけで結構です、こちらからは何も要求をしないでください」

『なっ!』

 昇の言葉に驚きの声を上げるメンバー。まあ、そんな事を聞かされれば驚くのは当然だろう。なにしろ、今までは今日の戦いについて話していたのに。突然、脈絡も無く、しかも明らかに自分達にとって不利になり得るような事を昇は言い出してきたのだから。だから、自然とざわつくのは当然だろう。

 そんな時だった。客室の扉が開いてラクトリーが姿を現した。

「あらあら、皆さん、鳩が大砲を喰らったような顔をしてますよ。何を、そんなに驚かれているんですか?」

「いや、それは驚く前に爆死してるだろ」

「そうですね~、とりあえず閃華さん。あなたが説明してくれるのが一番状況が掴みやすいので説明してください」

 レットのツッコミをサラッと流したラクトリーが閃華に話を振る。まあ、確かに、皆が昇の言葉で驚いて混乱しているような状態だ。その中でも冷静と言えるのは、シエラ、閃華、半蔵、ぐらいなものだろう。その三人で一番説明が出来ると言えば、自然と閃華が指名されるのは当然と言えば当然だ。……まあ、残りの二人は口数が少ないほうだからね。

 それから閃華は今までの流れから昇の爆弾発言について話した。

「それでラクトリー、お前はどう思う?」

「あっ、咲耶さん、紅茶はキーマンにしてください。なんだか、そういう気分なので~」

 フレトはすぐにラクトリーの意見を聞いてきたのだが、ラクトリーはそれもサラッと流して咲耶に紅茶を要求するのだった。さすがにこれにはフレトも思いっきり呆れた顔をして話を続けるのだった。

「いや、俺はお前の意見を聞いたんだが」

「いえいえ、マスター、今の状況で誰かの意見なんて意味は無いですよ~。昇さんの性質は皆が分かりきっている事。それに、昇さんの顔を見る限り、どうやらいつもの昇さんに戻ったみたいですからね~。だったら、それなりの理由と考えがあると思いますよ。だから、まずは、それを聞くのが一番早いと思いますけど~」

「なんか、皆に心配を掛けて、ごめんなさい」

 ラクトリーの言葉を聞いて思わず、そんな事を口にしてしまった昇。そんな昇に対してラクトリーは笑顔で言うのだった。

「いえいえ~、昇さんの周りに居る女の子達が頑張ってくれる事は分ってましたからね~」

「…………」

「何も言い返さないんですか、滝下君?」

 ラクトリーの言葉に沈黙する昇。そんな昇に対して思いっきり楽しそうに尋ねる与凪。昇は与凪に困ったような顔を向けると言うのだった。

「なんか、オチが見えてるし。それに……与凪さんは思いっきり楽しそうですね」

「ええ、他人事ですからね」

「…………」

 お約束の言葉が出たところで、やっぱり黙り込む昇。まあ、既に返す言葉が無い、と言ったところだろう。そんなお気楽で、漫才みたいな雰囲気が出来上がったところでフレトはワザとらしく咳払いをすると、話を元に戻すのだった。

「なら、滝下昇。とりあえずは、お前の話を聞こうじゃないか」

 フレトがそう言うと、昇は何から話すべきか、話す順番を頭の中でまとめると、自分が考え付いた事、今後の展開についての予想、それの打開策。それを話すのだった。



「って、そんな事が可能なの? その前に、それは昇の推測でしょ。どこまで当たっているか分からないのに、それをやるって事は危険なんじゃない?」

 昇が話し終わったら、すぐに、そんな質問をぶつけてくる琴未。まあ、確かに今の時点では全てが昇の推測に過ぎない。何一つとして確たる証拠も情報も無い。だから琴未が心配して、そのような事を口にするのも分かるのだが、そんな琴未に閃華は言うのだった。

「確かに、全ては昇の推測に過ぎないのは確かじゃ。じゃが、今回の場合は逐一確かめていては後手に回って追い詰められるんじゃ。それに昇の戦略眼は成長をしているのも確かじゃ。じゃから、後は信じるか、信じないかの問題じゃろうな」

「ですね。けど、昇さんの推測どおりなら、今の私達は完全に後手に回っています。これ以上、後手に回ると挽回のしようがありません。それに、これは実戦ではなく戦略戦とも言えます。つまり、どれだけ相手の数手先を読み、勝つために先手を打っておくか。そこが重要になってきます。例えるなら、将棋や囲碁やチェスで相手の数手先を読むのと同じですね。という事ですけど、マスターはどうしますか?」

 閃華に続いてラクトリーが説明の言葉を口にするとフレトに意見を求めてきた。まあ、確かにラクトリーが言ったとおりなのだろう。全ては昇が垂氷の戦略を先読みして、それに対する対抗策と必勝策。それを打てるか、どうかの戦略戦とも言える話なのだ。後は閃華が言ったとおり、どれだけ昇を信じるか、という事だろう。

 そして話を振られたフレトは少し考える仕草をすると自分の意見を口にしてきた。

「確かに、形振りを構わずに俺達を倒そうとすれば数で攻めて来るはずだ。実際に俺達も最初はアッシュタリアが大戦力を投入してくると思っていたのだからな。けど、蓋を開けてみれば少数、まあ、精鋭には違いないだろうが、数で攻めていないのは確かだ。そうなると滝下昇の話は筋は通る」

「まあ、今にして思えばって感じなら、そうですね~」

 フレトの言葉に、そんな感想を言ってくるラクトリー。そんなラクトリーにレットはツッコミを入れたくなるが、まだフレトが話をしている最中だ。だからだろう、余計な事を言わずに呆れた視線を送るだけにしておいたのは。そんな二人を無視してフレトは話を続けるのだった。

「それに……今の状況は今までに無い状況だ。今までは必ずしも確定した情報があった。俺達が来た時もそうだろうな。だが、今回に限っては確定した情報があまりにも無い。皆無と言っても良いだろうな。そうなると、俺としては滝下昇の推測に頼るのが一番信頼が出来ると思っている。まあ、ここまで情報が少ないのだから、一番推測が当たっている奴の言葉を信じた方が良いだろう、というのが俺の意見だ」

「別にマスターは与凪さんが無能だって言っているワケじゃないですよ。今回は相手が相手ですからね。与凪さん、一人では限界があるって事は承知してますよ」

「気にしないでおこうと思った事を気にさせないでください。それから、それはフォローになっているのか、いないのかが微妙です」

「あらあら、そうですか~」

 ニコニコと笑顔を浮かべながら、そんな言葉を発したラクトリーにフレトは溜息を付くのだった。まあ、自分から意見を求めておきながら、最後で漫才のような展開に持って行ったのだ。フレトでなくても呆れるのは当然というべきだろう。

 けど、これでフレトが全面的に昇を信頼したと証明した。なにしろフレトの口からはっきりと信じると言ったのだから。当然、レット達から反対意見が出るわけが無い。レット達から見ればフレトは主であり、そんなフレトが言った事だ。フレトに忠誠を誓った精霊達だからこそ、フレトの意思に従うのは当然と言えるだろう。

 そんな感じでフレト達の意見がまとまろうとしていた時、琴未達の方でも意見がまとまろうとしていた。

「まあ、昇がそこまで考えての行動なら私が口を出す事じゃないわね」

「その割には必ず最初に疑問を投げ掛ける」

 琴未がテーブルに片肘を付き、手で顔を支えながら、そんな事を言うとシエラが言い返してきた。いつもなら、ここで琴未が怒りそうな展開だが、今回に限っては琴未は至って冷静に返すのだった。

「それが私の役割。ちなみに、この役はおばさまから頂いた特権なのよね。だから私は自分の役回りをしているのに過ぎないのよ」

「ほう、それは初耳じゃのう。して、どのような役割をしろと言われてたんじゃ?」

 どうやら閃華も初耳だったみたいで、そんな事を聞いていた。すると琴未はワザとシエラの方を向きながら言うのだった。

「別に大した事じゃないわよ。子供の頃に、おばさまから昇の決めた事には必ず疑問を投げ掛けるように言われていたのよ。もし、昇が決めた事に間違いや穴があったら、私の投げ掛けた疑問で分かるようにってね。だから、私は昔っから、昔から、ずっと昇の傍で、そんな役割をしていたのよ」

 最後だけ思いっきり強調する琴未。まあ、琴未としては、そこを強調する事で昇と共有してきた時間が長いという事を示しておきたかったのだろう。強いて言えば、幼馴染の特権を披露したかった、という事だろう。

 だが、その程度をシエラが気にするはずもなく、平然と言葉を返すのだった。

「それはご苦労様」

 たった、それだけの言葉を発して黙り込むシエラ。そんなシエラの態度に今更だが、やはり腹が立つのだろう。琴未は眉間をピクピクと動かしながらシエラに言うのだった。

「っで、そういうシエラはどうなのよ。昇の決断を、どう受け止めているワケ?」

「私は昇の剣。だから昇の決断に意義は唱えない。戦いも運命も共にする、それが私が決めた私の役割。だから最初から何も言う事は無い。ただ、昇を信じるだけ」

「はいはい、ならさっさと倒されて昇の傍から消える事を祈っててあげるわよ。それで、閃華とミリアは?」

 これ以上はシエラと話していても自分が無駄に怒るだけだという事を学んだのだろう。だから琴未はサラッと嫌味だけを残して話を閃華とミリアに振るのだった。そして話を振られた閃華はあっさりと答える。

「私は琴未と契約をしたんじゃからのう。じゃから琴未が決めた事には何も言う事はないんじゃよ。後は、そんな琴未を支援するのが私の役割じゃからのう」

「なら、私の代わりにシエラを倒して」

「前に出ては支援とは言えんじゃろう」

「はいはい、分かったわよ。自分でやるべき事は自分でやれって事でしょ。それで、ミリアはどうなの?」

 閃華からミリアに話を移した琴未だが、肝心のミリアはお菓子を加えながら琴未の方を見ると首を傾げるのだった。そんなミリアに琴未は問い詰めるべきか迷ってしまう。まあ、この流れで首を傾げられては琴未でなくても少しは問い詰めたいと思ってしまうだろう。

 けど、琴未も、そんなミリアにすっかり慣れている。だから何も言わずに、ミリアが状況を飲み込んで自分の意見を言うまで溜息を付きながらも待つ事にした。そして、そのミリアはというとやっと状況を理解したらしく、笑顔で言うのだった。

「なんか難しいからよく分かんないけど、昇が言ったとおりにするよ~」

 そんなミリアの言葉を聞いて、琴未は思わず溜息を付くと言うのだった。

「あんたは勉強以前に学習能力を身に付けるべきね。というか……聞いた私がバカだったわ」

「……んっ?」

 琴未が言っている事に理解が出来なかったのだろう。ミリアは新たなるお菓子を加えると再び首を傾げるのだった。そして……やっぱりお約束というべきか、いつの間にかミリアの後ろにはラクトリーの姿があり、手が伸びるとミリアの頭を掴むのだった。

 そうなると、いつもの展開を予想する琴未だが、今回限っては予想が外れる事になった。なにしろ、ラクトリーはミリアの頭を掴むと、そのままミリアの頭を優しく撫でるだけだったのだから。だから琴未としては珍しい事もあるものだと少し驚いた顔をした。

 そんな琴未に気付きながらもラクトリーはミリアに言うのだった。

「まあ、今回は見逃してあげましょう。今日の戦いでは頑張ってもらわないとですからね」

「んっ? んっ?」

 ……やっぱり状況の理解が出来てはいないミリアだった。まあ、いつもの流れなら、ここで勉強不足とラクトリーからのお仕置があるのだが、そんな流れすらも忘れているミリアだけにますます首を傾げるのだが……ラクトリーは、そんなミリアの事をやっぱり見抜いていた。

「けど、後でしっかりと勉強させますからね~。少なくとも、大事な話をしている時には、しっかりと聞くようにはなってもらいますからね~」

「お、お師匠様~っ! くっ、首がっ! 首が~っ!」

 先程までは優しくミリアの頭を撫でていたラクトリーの手が、今度は撫で方に力が入り、頭を撫でるというよりも振り回す形になっていた。そのため、ミリアの頭は強制移動をさせられている、だから負担が首に掛かったのだろう。頭よりも首が痛いみたいだ。

 そんなミリアが涙目になりながら訴えるが……やっぱり聞いてはもらえなかったみたいで、ラクトリーはミリアの頭を力強く撫でる……というよりも振り続けた。

 そして、そんな光景を目にしていたフレトが呆れた顔を元に戻すと、今度は昇の方に顔を向けて話し掛けてきた。

「滝下昇、お前の出してきた意見は、こんな形でまとまったワケだが。今日の戦いについても話し合う必要があるんじゃないのか?」

 フレトとしては、今日の戦いについても何かしらの作戦や思考を凝らした方が良いと思っているのだろう。だからこそ、そんな事を昇に言ってきたのだが、昇からはフレトを驚かす言葉が出るのだった。

「その必要は無いよ。今日の戦いは皆、最初から全力で戦ってもらうだけだよ。だから、戦闘前にエレメンタルアップを掛けて、ストケシアシステムを起動するだけ。後は状況に応じて動いてもらう。もちろん、昨日も言ったように、攻撃の中心にミリアを置く事にするよ」

「って! 何の考えも無しに戦うっていうのか。しかも、状況に応じてって事は後手に回るって事だぞ。こちらは相手の情報が無いのに後手に回るって事は、更に不利になるだろう。それをやるっていうのかっ!」

 少し剣幕を立てて言うフレト。まあ、次の事も考えるのも重要だが、その前に目の前の事に対処するのも重要な事だ。だが、昇は目の前の事に何も考えていない、というような言葉を口にしたのだから、フレトが驚きながらも剣幕を立ててしまうのも仕方ないだろう。

 そんなフレトが昇を睨み付けるように見詰める。すると昇は、まるで大丈夫と言わんばかりに笑みを浮かべて見せるのだった。それだけで話すだけ無駄だと感じ取ったのだろう。フレトは落ち着こうとばかりに紅茶を口にすると、座り直してから昇との会話を再開させるのだった。

「まあ、良いだろう。俺達と戦った時もそうだが、お前のとんでもない行動や考えは、いつも俺達の上を行っていたからな。下手に理解しようとすれば、こちらが混乱するだけだろう。だから詮索はしないでやる」

 そんな事を言って来たフレトに昇は苦笑を浮かべる。まあ、昇としては別に自分がとんでもない行動や考えをしているという感じは無い。しっかりとした理由や根拠の上に理論を組み立てているだけなのだから。

 けど、フレトから見れば、そんな風に見えていたのだと感じたからこそ苦笑を浮かべるしかなかったのだ。まあ、確かに、昇が思い悩んで、どうにかして出した答えは、いつでも皆を驚かせていたのも事実だ。そんな昇の考えや行動を一から理解するとなると、相当な時間が掛かり、理解が出来るかも怪しい。

 だからこそフレトは理解する事を止めたのだ。なにしろ、昇達に負けたのは確かな事だし、今までも昇の考えに驚かされながらも、最後には、それが一番正しいと実感させられていたからだ。なら、無理に昇の考えや行動を理解する必要は無い。それは昇には昇なりの、フレトにはフレトなりの考えや行動の理念があるからだ。それを無理に共有する必要はないのだ。

 けど、フレトには一つだけ引っ掛かる事があるみたいで、今度は、それを口に出してくるのだった。

「だが、一つだけ教えてもらう。今回の戦いでミリアを主力に置くという事だ。まあ、お前なりに考えがあると思うんだが、それだけは聞いておこう」

 やはり未熟なミリアを中心に置くという事に心配を覚えたのだろう。だからこそ、その事を聞いてきたのだが、昇は驚きの表情を浮かべながら答えるのだった。

「えっ、ラクトリーさんから聞いてないの?」

「んっ、何でだ?」

「いや、昨日の様子だと、ラクトリーさんは僕の考えた事が分っていたような気がしたんだけど。実際にシエラや閃華は気付いていたみたいだし、だからラクトリーさんもてっきり気付いているものだと思ってたんだけど」

「……ふむ」

 昇が、そんな言葉を口にするとフレトは考える仕草をする。するとすぐに答えが出たのだろう。フレトは昇から視線を逸らして言うのだった。

「ラクトリーが気付きながらも言わなかったという事は、あまり俺達に知られてはいけないという事なのだろう。あいつは、そういう事にトコトンとぼけるからな。まあ、状況が状況だからな、お前が賭けみたいな考えを思い付いたとしても不思議ではないからな。なら、俺も今は知らないでおいてやる」

 フレトの言葉に再び苦笑を浮かべる昇。まあ、フレトなりに何かに気付いたのだろうが、あえて詮索はしないと言っているようなものだ。だから昇としてはありがたいが、ここまではっきりと口に出されると困るを通り越して笑うしかないのだろう。

 そんな昇が苦笑を浮かべながらもフレトに向かって言うのだった。

「えっと、まあ、とりあえず気遣いをありがとう。それと、今日の戦いはストケシアシステムを使うから、僕が皆を指揮しちゃう事になっちゃうけど。まあ、だから」

「それは気にするな。状況が状況だし、相手が相手だからな。それに、お前に負けてもらってはセリスの治療に関わってくる。少なくともセリスが完治するまでは味方でいてやるから安心しろ。だから、今日の戦いに勝てるのなら、お前の好きにすれば良い。それに相手が強いという事だけは分かりきっている事だ。なら、別々に戦うよりかは誰かの指揮で戦った方が有利なのは、ここに居る全員が知っている事だ。今更になって気にする事でもないだろう」

「けど、ありがとう」

「……ふんっ」

 鼻を鳴らして偉そうな態度を取るフレト。まあ、それがフレトなりの照れ隠しだという事は昇には充分に分っている事だ。だから昇は軽く笑うのだが、そんな昇の笑い声が聞こえたのだろう。フレトが因縁を付けてくるが、昇も軽く笑って流すのだった。

 すると、二人の会話に割り込んできた与凪が作業の終わりを告げる。どうやら、昇が話した今後の作戦を聞いて、すぐに実行に移っていたらしい。まあ、与凪から見れば、昇がとんでもない事を言い出すのはいつもの事だし、なんだかんだで全員が納得するかと、さっさと情報を流してしまったようだ。

 そんな与凪にも因縁を付けるフレトだが、与凪はいつもの調子で軽く流してしまい。自分の仕事は終わりとばかりに紅茶とお菓子に手を伸ばすのだった。それからは各自、時間まで自由に過ごた。

 そして、出立時刻になると全員が真剣な面持ちになり、昇とフレトを先頭に屋敷を後にするのだった。



 昇達がフレト邸を出る、少し前。垂氷が用意した前線基地とも言える活動拠点では、机を前に座っている垂氷の両脇にエラストとサンカミュー。そして、机の前には紅鳶と銀翠、それと精霊達が揃っていた。

「さて、揃ったようね」

「はい」

「うっす!」

 さすがに垂氷から決戦前と聞かされているだけあって紅鳶と銀翠の士気が高くなっているのだろう。銀翠は形式を重んじて敬礼し、紅鳶は興奮気味に返事をするのだった。そんな二人に垂氷はいつもの冷たい瞳を向けると言うのだった。

「なら、私から言う事は一つだけよ。全員……全力で敵を倒しなさい。手加減も容赦も必要ないわ、最初から全力で相手を叩き潰しなさい。そしてターゲットを私の前に平伏ひれふせさせてトドメを刺しなさい。それが今回の任務よ、分っているわね」

「任せてください、垂氷の姐さんっ! 必ず、そいつの首を垂氷の姐さんに捧げますよっ!」

 紅鳶がすっかり興奮状態で、そんな言葉を口にする。まあ、元々バカ……いや、好戦的なのだから、戦闘前に士気が上がって興奮するのは習性とも言えるのだろう。そんな紅鳶だと分っているからこそ、垂氷も冷たい微笑を浮かべると紅鳶に向かって言うのだった。

「期待してるわよ。それから、今回の戦いぶりは怪童さんにも報告をするわ。だから、上手く敵を倒せたのなら、怪童さんから評価してもらえるかもね。それに、私からも上手く言ってあげるわよ」

「マジっすかっ! ありがとうございます、垂氷の姐さんっ!」

 やはり日本支部の象徴と成っている怪童が絡むと紅鳶は更に意気込むのだろう。先程よりも興奮して、今では両手を上げて喜びを示すほどだ。それだけでも意気込む……というよりも戦闘前の興奮と言った方が良いだろう。やる気と興奮だけは、ここに居る誰にも負けないほど最高潮のようだ。

 けど、そんな紅鳶をあっさりと無視して、垂氷は他の者に言うのだった。

「それから、分っていると思うけど。今回は全て紅鳶と銀翠に任せるわ。だから私も行くけど、戦闘には参加しないわよ。功績を上げたかったら、しっかりと私に雄姿を見せる事ね」

『はいっ!』

「っしゃーっ! まかせてください、垂氷の姐さんっ!」

 それぞれに返事をする銀翠達と一人だけ思いっきり興奮して返事をする紅鳶。それぞれの返事を聞いた垂氷が立ち上がると、紅鳶以外の全員が姿勢を正す。そして垂氷は、両脇にエラストとサンカミューを連れて全員に言うのだった。

「なら、行くわよ。今回の任務、今日で終わらせるわよ」

 垂氷が、そんな言葉で締め括ると、紅鳶以外の全員がしっかりとした返事を返してきた。まあ……そこはそれという事で。それから紅鳶を先頭に垂氷達も決戦場となる運動公園に向けて出立するのだった。

 その道中、決戦前で意気込んでいるのか、興奮しているのか、楽しんでいるのか、まあ、どれも似たようなものだが、そんな感じで先頭を歩く紅鳶。そして垂氷はというとエラストとサンカミューを両脇に置いて最後尾を歩いていた。そんな垂氷に静かに近づく銀翠。それに垂氷も気付いたのだろう。銀翠が近づくと垂氷から口を開くのだった。

「銀翠、分っているわね」

「ええ、紅鳶さん達には言ってませんが、こちらの精霊は全員が理解しています。だから、最悪な展開になっても上手く動く事が出来ます」

「なら結構。けど、私としても今日で終わりにしたいというのが本心よ。カイザー直々の討伐命令。それを、これだけの時間で遂行が出来れば、それにこした事はないわ。けど、相手が相手だけに油断が出来ないのも確かね。だから、私の指示には絶対に従いなさい」

「ええ、私の方は、それで良いのですけど」

 そう言って銀翠は前を歩く紅鳶に目を向ける。まあ、それだけでも何を言いたいのかが分かるというものだろう。けど、そんな銀翠にも垂氷は冷たい言葉をぶつけるのだった。

「それをやるのもあなたの役目よ。まあ、あまりにも手に負えなければ私の命令と言いなさい。それと、駄々をこねると私が怪童さんに報告すると言えば何とかなるでしょう。後は、上手く誘導しなさい」

 そんな垂氷の言葉を聞いて銀翠は思わず溜息を付いてしまった。それだけでも、自分の役目が損な役目である事が分っているのだろう。けど、それを任せられるという事は垂氷からも信頼を得ているという事である。それも銀翠には分っているだけに、銀翠の口からは決して文句は出ないが、やっぱり溜息だけは出てしまうようだ。

 まあ、垂氷も銀翠の立場だったら絶対にやりたくない役目なのだから、そんな銀翠を咎めるような事は言わない。だから最低限の事だけを銀翠に告げるのだった。

「あなた達が勝つにこした事はないけど、時期は私が決めるわ。機を逃すと被害が大きくなるだけよ。後は銀翠、あなたの手腕に掛かっているわ。その点を含めて、期待しているわよ」

「分かりました、なんとかしてみます」

 そんな言葉だけを残して前に戻っていく銀翠。そんな銀翠を垂氷は少し意地悪な笑みを浮かべながら背中を見送るのだった。すると、隣を歩いていたエラストから話し掛けられた。

「相変わらず苦労が多い方ですね」

「まあ、だから私も当てにしているのだけどね」

「……当てにしているのと信頼しているのは別問題ですか」

「あら、まだ不機嫌なの?」

 垂氷にしては珍しく、少し楽しげな顔をエラストに向ける。そして、そんな垂氷の顔を見たエラストは溜息を付くと、少し呆れたように言うのだった。

「別に不機嫌ではありません。ただ、今回は独断専行が過ぎているのではないかと、そう言いたいだけです」

「ん~、垂氷はいつも、そんな感じがするけど」

「さすがサンカミューね。良く、私の事を見てるわね」

「えへへ~」

 垂氷に優しく頭を撫でられたサンカミューが満面の笑みを浮かべる。垂氷は珍しく優しい顔で、そんなサンカミューの頭を撫でながらエラストに向かって言うのだった。

「今回は状況が状況だからエラストが、そう感じてしまうのも無理はないわね。けど、時には極秘作戦も必要よ。あえて作戦内容を伝えない事で最大の効果を発揮する時もあるわ。まあ、銀翠には必要があれば伝えるけど、他に言う必要は無いわ。それぐらいの事は分っていると思っていたのだけれど」

 そんな言葉をエラストに告げると、垂氷はいつもの冷たい笑みを浮かべる。そんな垂氷の笑みを見たエラストが溜息を付いてから言うのだった。

「充分に分っています。けど、誰かがあなたの言う事や行動に異論を投げ掛けないと、あなたの方が暴走してしまいそうですよ」

「そのために私はエラストを傍に置いているつもりだけど」

 冷たい笑みを浮かべたまま、平然と言葉を返す垂氷。そんな垂氷の顔を見たエラストが顔を逸らす。エラストに、そんな態度を取られたというのに垂氷は少し楽しそうに言うのだった。

「あらあら、嫌われちゃった」

「いえ、私も損な役目をしていると思っただけです」

「それでも、そんな役目をやってくれるのがエラストでしょ」

「調子が良いですね」

「ええ、これが私なりに信頼の証になると思っているのだからね」

 そんな垂氷の言葉を聞いたエラストがワザとらしく、そして思いっきり溜息を付いて見せる。そんなエラストを見た垂氷がいつもの冷たい笑みを浮かべるが、その表情はどこか楽しげだった。そして、そんな二人のやり取りを見ていたサンカミューは垂氷の隣で首を傾げるが、垂氷が再び優しく頭を撫でてやると、まるで猫のように垂氷に甘えた笑みを向けるサンカミューだった。

 そんな二人に挟まれ、決戦場に向かう垂氷。そんな垂氷は既に次の事を考えていた。

 さて、今のところは予定通りね。後は紅鳶と銀翠で、どこまで相手の戦力を削れるかね。最悪、削れなくても、それはそれで良いわ。あの子、滝下昇って言ったわよね。私と似ているけど正反対なタイプね。だから、あの子が仕掛けてくる手も分ってはいるけど……どちらも賭け。後は、采の目がどちらに出るかね。まあ、どちらに出ても良いんだけどね。エラストも昨晩のうちにやっておいてくれた事だし、私達はすぐに次に移れるわ。後は……奇襲、各個撃破ね。それで私の勝ちよ。

 そんな勝利への方程式を立てていた垂氷。だからだろう、今はすっかり気楽な気分で歩みを進めるのだった。



 同時刻、中国、某地方、とある研究施設。真っ暗な部屋に電灯の明かりが灯されると、部屋の中が照らし出される。部屋の中には棚と乱雑に並んでいるファイルの数々、中央にあるテーブルの上にも書類やら資料やらが乱雑に散らかっている。そして、机に突っ伏している男性が一人。机の上も散らかり放題だが、その人は散らかった書類やら資料やらを枕に、いつの間にか寝ていたようだ。

 そんな人物に近づく人影は女性だった。そして、電灯が付いた事で机に寝ていた人物も起きたのだろう。大きなあくびをしながら片腕を思いっきり上げて身体を伸ばし、その後で背もたれに寄り掛かる。それで完全に目が覚めたと感じたのだろう。部屋に入ってきた女性が寝ていた男性に話し掛けて来た。

「おはようございます、教授。さっそくですが、私の古い友人から、こんな情報が送られてきました。情報と一緒に文章も届いたのですが、その内容が『こちらの情報を全部あげるから、後は勝手にやって』だそうです。私共では判断が出来ないと思い、起こしにきました。代表としての判断をお願いします」

 そう言うと女性は教授と呼んだ男性に向かって資料を差し出す。さすがに寝起きという事もあるのだろう。教授は再びあくびをすると振り返って女性から資料を受け取る。教授は四十代ぐらいだろう。無精髭を生やし、白衣を着ているがところどころに汚れが目立ち、それにかなりくたびれているが教授は気にしてはいないみたいだ。

 女性の方は、かなり若い。スーツを着ていなければ高校生に間違われてもおかしくはないだろう。少し長い髪を上げており、メガネを掛けている。そんな女性から資料を受け取った教授が女性に向かって言うのだった。

「ヘリル、とりあえずコーヒーをもらえるかい」

「分かりました」

 資料を渡したヘリルと呼ばれた女性は、すぐに部屋の片隅に置いてある、コーヒーメーカーに向かった。一般会社のオフィスにもある簡易的なコーヒーメーカーだ。カップをセットしてボタンを押せば、すぐにコーヒーが出てくる。

 そしてヘリルは注ぎ終わったコーヒーを持って振り返ると、驚いた表情を浮かべていた教授の姿を目にするのだった。そんな教授にコーヒーを届けるヘリル、教授の方も戻って来たヘリルに気付いたのだろう。未だに驚いているものの、ヘリルからコーヒーを受け取ると言うのだった。

「もしかして、アッシュタリアのカイザーが出した討伐命令ってのは」

「はい、その資料に記載されている少年かもしれません。ですが、詳しい事は調査中ですので、もうしばらく時間があれば詳しい事が分かると思います」

「いや、その必要は無い」

「えっ?」

 教授の言葉に驚きを示すヘリル。そして、資料を見ていた教授は笑みを浮かべていうのだった。

「私には、今回の裏事情が全て分かったよ。だからヘリル、君にはすぐに日本に行ってもらいたい」

「私が、ですか?」

「あぁ、これは君の友人が送ってきたものなのだろう。なら、君が行った方が話しが早い。そして、そのまま君の友人を助ければ良い、それが全体で我々が優位に立つ事になる」

「……つまり、あちらが無償で情報を寄こしたのだから、こちらもそれなりの誠意を示せって事ですか?」

「そこまで難しく考えなくて良い。これは一見すると事態が難しく見えるが、ある事実が明るみになれば、至極簡単な事なのさ。まあ、今は我々は全面的に、この子を支援すると思ってくれ。だから情報も全部渡して構わない」

 教授が、そのような言葉を口にすると、さすがに驚きを示すヘリル。それは、そうだろう。なにしろ、ヘリルから見れば、ろくな調査をしてはいないのだ。確かに、ヘリルから見れば、古い友人なだけに騙しはしないだろうが、持っている情報を全部渡すほど立場的に出来るものではないと思っていたからだ。

 それなのに、教授は資料を見ただけで、まるで全てを察したかのような言い方で味方をすると言ったようなものだ。だからヘリルが驚くのも無理はないだろう。そして、教授もヘリルが驚いている事も充分に分っている。だから言葉を付け加えるのだった。

「君になら分かると思うが、真実を明かすのは人ではない、時なのだから」

「つまり、教授が握っている真実を出すのは今ではない、という事ですか。分かりました、では、そのとおりにしましょう」

「悪いね」

「いえ、教授を代表にしたのは我々ですから。だから、教授の意思に従うのは当然でしょう」

「まあ、その代表も、事と次第によっては、やっと解放されると思うけどね」

 教授が、そのような事を言うとヘリルは思いっきり溜息を付いた。どうやら代表というのは教授が進んでなったわけではないようだ。それに、教授の本心としては、さっさと代表の座を誰かに渡してしまいたいのだろう。そんな愚痴をヘリルは何度か聞いているだけに、溜息が出たようだ。

 けど、そんなヘリルの態度を見て、教授は笑いながら言うのだった。

「安心したまえ、次に代表となる人物は私よりも有能だ。そこは私が保証しよう。それから、各地に散っているメンバーを全て日本に集めるように手配してくれ。日本に、すぐ向かえる者はすぐに向かうようにも言ってくれ。私も、すぐに日本に向けて発つ」

 教授が、そのような言葉を口にすると再び驚くヘリルだった。そして、教授もヘリルが驚く事を察していたのだろう。だから、平然と笑みを浮かべながら言うのだった。

「君の心配も分かる。だが、これは我々にとっては、これ以上は無い、好機だ。拠るべき拠点を持たない我々が日本を手に入れる事が出来る。日本からアッシュタリアを追い出してしまえば、あちらも、そうそう簡単には手を出せないし、日本に戦力を集中させれば、いつでも大きな作戦を決行が出来る。これまでに無い、大きな行動だって起こせるワケさ」

「まるで、この少年を利用するかのような言い方ですね」

「いやいや、真実が明るみになった時、その見方は変わるだろうね。だが、今は我々の動きを察知されてもいけない。だから、今は密かに動く事にしよう。もちろん、この事だけは、その友人にも言わないでくれたまえ」

「分かりました。それでは、日本での集結地点は、この少年が居る付近で構いませんね。すぐに動ける者は動けるようにしておきます」

「ああ、こんな情報を送ってきたって事は、あちらもかなり追い詰められているって事だろうからね。だから早急に助けに行ってあげないと。あっ! それから、この情報をフラらた人達にも流しておいてくれ」

「何故です? 我々の勧誘を断った者達にも情報を流せとは?」

「もしかしたら、我々の勧誘は受けなかったが、動いてくれる人も居るかもしれないからね。今は、早急に戦力を密集させる事が重要だ。だから、同胞でなくても、動いてくれる人には動いてもらおう。そう考えただけさ」

「相変わらず、我々には理解が出来ない事を考えますね。まあ、教授の考えが我々には理解が出来ないという事は充分に分っていますから、意味の無い話はしないでおきましょう」

「何か、その言い方は傷つくな~」

「事実ですから。それでは、そのように手配します。教授も、すぐに動けるように身辺整理をしておいてくださいね。では、失礼します」

 礼儀正しく頭を下げたヘリルが部屋を退室する。そんなヘリルをお気楽な顔で軽く手を振りながら見送った教授。すると、教授は机の上に飾ってあった写真に目を向けるのだった。その写真は家族写真なのだろう、自然と教授の顔が柔らかい表情になっていた。そんな教授が写真を見詰めながら言うのだった。

「やれやれ、こんな形で帰る事になるとはね。人生、何が起こるか分かったものじゃないが、だから面白いか。それに……まあ、その辺は心配する必要はないか。……というよりも……俺……帰ったら殺されないだろうな。……うん、大丈夫……大丈夫、だよな。よしっ! 殺されないように、今から土産でも買って帰ろう。これで大丈夫……なのかな? 大丈夫だよな? うん、豪勢な土産を買って帰れば……半殺しで済むと思うから……だよな?」

 最後まで誰に言っているか分からない疑問符を並べる教授。何にしても、今は命を大事にするために出かけるのだった。

 何にしても、これで、また何かが動き出した事もまた事実だ。これが、どのような結果を生むのか、そして教授が知った真実とは。それらは未だに闇の中だが、今はそれぞれの思惑を成功させるために、それぞれに全力を尽くすのだった。






 はい、そんな訳で、やっとこさの更新です。……いやね、何と言うか……私って……六月は弱いな~。と今更になって気付いたほどです。

 いやね、何か……毎年毎年、この時期は死んでる時間が長いな~。とか思ってしまったワケですよ。という訳で、更新もすっかり遅くなってしまいました~。……えっと、ほら、あれですよ……。

 ……それは、それという事でっ!!!!

 まあ、意味は良く分かりませんが、とりあえず雰囲気で何となく察してくださいな。……うん、何かもう、別に悪い意味でもいいや(かなり投げやり)という事で、六月の終盤に六月の状況を伝えてみました~。

 さてさて、いよいよ次回から戦いの火蓋が……切られるのかな? まあ、何と言うか……紅鳶が暴走して無駄にページを使うような気がする(笑) それに琴未が居るからね~。何か……この二人が掛け合うと……無駄にページを使いそう(笑)

 まあ、その辺は調整するという事で~。それにしても……なんか……最近はラクトリーさんがちゃっかりと活躍をしているような気がする。今までなら閃華やシエラが出てきそうな場面なのに、今ではすっかりラクトリーさんが持って行ってるような気がするんだよね~。ん~、これも、お師匠様の貫禄ってやつですかね~(笑)

 そしてっ!!!! 最後に出てきた謎の教授(笑) なんか、いろいろと知ってそうですね~。実は……次編にも活躍予定です、この人。まあ……死ななければ話ですがね(笑) さてはて、誰に殺され掛ける、またはころされそうになるんでしょうね~(笑) まあ、その辺は今編の最後で明らかになるでしょう。

 ついでに、名前が出てきたからヘリル。……メガネを掛けてましたね~。ちなみに、精霊は視力が悪くはなりません。まあ、元はエネルギーの結晶体で身体が無いのだから、視力が落ちるなんて事は無いんですよね~。けど……メガネを掛けてる……そうっ!!!! これはエレメでは少ないメガネ属性を有している人へ向けた精霊なのですよっ!!!!

 だから、メガネ属性を有している人は是非とも叫んでください、メガネひゃっほいっ!!!! と……まあ、その辺は、どうでも良いんですけどね。私はメガネ属性は有してませんから。私が有しているのは巫女属性です。

 という事で、話を戻しますけど、ヘリルがメガネを掛けているのはファッションであり、彼女の属性や能力に関わってくるのですよ。まあ、その辺は、後で分ってくる事でしょうね~。まずは……昇達VS紅鳶、銀翠コンビの戦いですね。

 まあ、次回から、いよいよ突入ですので、その辺も含めてお楽しみに~。そして、垂氷の思惑は分っていると思いますが、未だに昇の思惑は明らかになってはいない。まあ、察するのはちょっと難しいかな~。その辺も含めて楽しんで頂けたらな~、と思っております。

 という訳で、頑張れ、ミリア。という事で、長くなってきたので、そろそろ締めますね~。

 以上、やっと苦難の六月が終わるんだけど……七月はいろいろとイベントがあるんだよね~、と今のうちに更新が遅くなった時の言い訳? をしてみた葵夢幻でした~。

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