第百六十三話 自分らしく
昇が風呂から上がると、リビングは真っ暗で誰も居なかった。まあ、今日の戦闘で皆が疲れているし、明日も戦いが待っているのだから、今は休息が大事だと誰もが分かっているのだろう。だから、まだ早い時間なのだが真っ暗になっていた。
そんなリビングに昇は進むと、そのまま窓まで行ってカーテンを空ける。柔らかい月明かりがリビングの中への入ってきた。そして窓を開けると、微かに残る夏の匂いを残した涼しい風が入ってきた。昇は、その二つを感じると窓から足を投げ出すように腰を掛けると、空に浮かぶ月を見上げるのだった。
月は少し掛けた十三夜月だ。満月とは違ったおもむきがあり、違った美しさを有していると言えるだろう。昇はそんな月を見上げながら、一人……考え始めるのだった。これからの事、その次の事、それからの事を……。
明日の戦い……これに勝たないと僕達は確実に争奪戦から落とされる。別に……負けるのが嫌ってワケじゃない。ただ……負けるとシエラ達との契約は強制解除。もう……皆とは過ごせない。フレト達だってそうだ。僕が精霊王の力を管理しているワケじゃない。皆が居なくなれば……セリスの治療も出来ない。だから……今を守るためには戦わないといけない。いつの間にか……僕はそれだけを考えるようになってたみたいだ。
改めて自分を見つめ直してみると、昇は自分を、そんな風に評価したのだろう。争奪戦に勝つために戦うワケじゃない、今の暮らしを守るために戦う。いつの間にか、昇にとっては、それが一番大事な事になっていたのだろう。だからこそ、いろいろと複雑になってきた今に戸惑い、決断が出来なくなっている。そう……これからの事を。だからだろう、昇は自然と、その事について考えていた。
アッシュタリアと対等に戦うためには僕達も組織を作る必要がある。多数の戦力、組織の内外を把握するバックアップ、外交としての交渉をする者……それだけの契約者や精霊を集める事だって出来るかどうかも分からない。それに……何よりも求められるのは……その全てをまとめらられる力と統率力を持った者。……はぁ、どれもこれも、僕のガラじゃないよね。そもそも僕が組織に組したり、率いたりするなんて性に合わない。僕は……今のままが良い……ははっ、自分でも呆れるぐらい我が侭だと思えるよ。
そんな事を思った昇は自分を笑うかのように、呆れて乾いた笑いを月に向かってするのだった。すると、突如として背後から何かに押されたように、強制的に上半身を下に傾かされた昇。それと同時に背中に柔らかい感触を感じると、昇の目に白くて長い髪が少しだけ写った。それだけでも何があったのかが分かるというものだ。
だから昇は上半身を起こすと、顔を後ろに向ける。そこには腕を昇の首に回して、すっかり抱き付いてきているシエラが居たので、そんなシエラの顔を見ながら昇は話し掛けるのだった。
「えっと、何をやってるの、シエラ」
「……夜這い?」
「いや、僕に聞かれても困るし、言葉の意味が今の状況とは一致しないから」
「じゃあ、昇が私を手篭めにしているところで良い」
「勝手に状況を作らないでくださいっ!」
「大丈夫、私は嫌じゃないから」
「いやいやいや、問題はそこじゃないから」
そんな漫才みたいな会話をすると、シエラはやっと昇から離れて、昇の隣に座るのだが……昇は、その事に気付いたようだ。
……えっと、なんか微妙に距離を開けられている感じがするんですけど。僕は何かしました。さすがの昇でも気付いたらしい。シエラは確かに昇の隣に座ってはいるのだが、いつものように密着に近いぐらいの位置には座らず、人半分ぐらいの距離を空けて座ったのだ。だからだろう、昇はシエラの行動に違和感を覚えながらも、自分が嫌われるような事をしたのだと思ったのは。
だが、シエラはすぐに昇に顔を向けると意外な言葉を口にするのだった。
「昇、気付いてる。今の昇は昇らしくない。だから私は今の昇はあまり好きじゃない。だから私は昇を好きだけど好きじゃない。この意味が分かる?」
そんな質問のような、問い掛けのような言葉。昇はシエラの言葉を聞くと顔を逸らし、再び正面を向いて月を見上げるのだった。静かな月明かりに照らされて、昇は自分が感じて、考えている事を思ったままに言葉にするのだった。
「自分でも迷っている事には気付いてる。これから先、このままだと僕達は争奪戦から落とされる。だからこそ、力や組織が必要なんだと思う。けど、僕は組織を率いるなんて事は出来ないと思うし、誰かが組織している所に入れるとは思ってない。僕は我が侭だ、だから組織の意向が僕の意思と反発するのなら、僕は反逆を起こす。なら、僕が組織を率いるしかないと思うんだけど、僕に、そんな事が出来るとは思っていない。けど、それをやらないと勝ち残れない。だからやるしかないと思ってる、今を守るために。だから未だに方法は分からないけど、僕は近いうちに大きな力を作らないといけない、今を壊したくないから。だったら、僕は力と組織を手に入れる」
「それは私が好きじゃない昇」
昇の言葉を聞いて即行で言葉を返してきたシエラ。そんなシエラの言葉を聞いて昇は驚いた表情をシエラに向けるが……。昇はすぐに手を握り締めて、唇を噛み締める。それからシエラに鋭い眼差しを送ると、今までシエラ達に発した事が無い声で言うのだった。
「それはシエラの我が侭じゃないか。いつだって、そうだ、重要な事は僕に押し付ける。いつも僕がどれだけ悩んで、どれだけ考えて、必死になって答えを出してるか知らないから、そんな事が言えるんだ」
「知ってる」
「……えっ?」
「確かに、私達はいつも重要な決断は昇に任せてきた。けど、私達がいつでも昇が出した答えに従って、信じて、戦ってきた事も事実。皆、昇がどれだけ悩んで、必死になって出した答えだって知ってるから。だから私達は昇を信じて、ずっと戦ってきた。なら、昇は私達の事が分ってる? 昇を、誰かを信じて、全てを託して、全てを信じて戦う事を苦しさを知ってる? 私達は誰も昇の出した答えを疑わなかった、全てを信じ、全てを託した。疑って、疑念を抱くのは簡単。だけど、全てを信じて託すのは難しい。そこにある、私達が決意した強さ、それを昇は分かってる?」
「…………」
考えもしなかった。シエラの言葉を聞いて昇は真っ先に、その言葉が頭に浮かんだ。そしてシエラが言っていた言葉の正しさ。それを実感するのだった。
確かにシエラ達は昇の決断に戸惑ったり、わめいたりもしたが、最後には絶対的な信頼を置いて、昇が出した答えを信じ、その答えに自分の全てを託して戦ってきた。そう、まったく疑う事無く。それがどういう事なのか、それを昇は実感したのだ。
誰かの出した答え、考え、それらに同意して戦う者が居る事も確かな事だ。だが、そこに絶対的な信頼があるかというと……必ずしも、そうとは言えない。だからこそ、裏切り、離反、反逆、それらの事が行われるという事は歴史が証明している。
どんなに人徳がある人物でも、偉業を成してきた人物でも、その周りに居る人達が、その人を絶対的に信じて戦ってきた……とは言えないだろう。中には、完璧に近い信頼関係を築いた者達も居る。けど、それとは比べ物にならないぐらい、信じる事が出来ず、信じてもらえない事が出来ずに結果として裏切りとなったケースが多いのだ。
つまり、それだけ誰かを信じて、本当に全てを託して戦うというのは難しい事なのだ。けど、シエラ達は絶対に昇の出した答えを疑わなかった。必ず信じ、自分の全てを託して戦ってきた。シエラだけではなく、琴未もミリアも閃華も同じだ。昇の出した答えを、昇を絶対的に信じてきたからこそ、今の関係があり、今も戦う事が出来る。
だが、昇は先程、自分の事を何て言った。昇は自分を我が侭と言い、組織が自分の意思と反発を起こすなら反逆を起こすと。それはつまり、昇はシエラ達のように誰かを絶対的に信じて、全てを託して戦う事が出来ないと自分で言っているようなものだ。それなのに昇はシエラ達から絶対的な信頼を得ている。言ってみれば、随分と都合が良い状況ではないか。自分は誰かを絶対的に信じられないのに、誰かから絶対的に信じられてる。
別に昇はシエラ達を信じていないワケでは無いし、駒のように利用しているワケではない。ただ、シエラ達が自分を信じてくれると信じていたからこそ、信じる事が出来た。じゃあ、シエラ達から見れば? もし、シエラ達が、そこまで昇を信じていなかったら? 昇は今までのように戦ってこれただろうか。答えは考えるまでもないだろう。
だからこそ、昇は気付いたのだ。自分が……シエラ達に甘えていたという事を。
自分では、はっきりと絶対的に誰かを信じられないと言いながら、シエラ達から絶対に信じられるのを当然だと思っていたからだ。いや、それが普通で、当たり前になってしまったのだろう。だからこそ、昇は今まで、その事について考えなかったのだ。けど、シエラから見れば、シエラの立場に立って考えれば、シエラ達に中にある強い決意が自然と昇には分かった。
誰かを絶対的に信じて、決して疑わない、そして信じた者の答えに自分の全てを託す。そんな事が簡単に出来るワケがない。その人を絶対に信じる、絶対に疑わない。それだけでも、かなり難しい事だ。けど、シエラ達は、その上に自分の全てを託すという事も行っている。そこまでの事をするには、それだけの強い決意が必要だ。どんな事でも、どんな状況でも、どれだけ自分にとって不利益でも、自分が損をすると分っていても信じて、疑う事無く、自分の全てを託す。少し考えただけでも、それが凄い事だと分かるだろう。
命を託す、なんてレベルではない。気持ちも、考えも、心も、全てを預けるのと同じだ。それは自分を殺すとも言えるだろう。シエラ達は、そこまでして昇を信じているのだ。してもらって当然なんて事では決してない。むしろ、そこまでしてもらっているのだから、昇が感謝すべき事なのだ。
だからだろう、昇は俯くとシエラに向かってはっきりと言うのだった。
「……ごめん」
それだけしか言えなかった。いや、それ以外に何て言って良いのかが、昇には分からなかったのだ。確かに自分も悩んで、苦しんで、必死になって答えを出してきた。そこには昇が決断した強さがあっただろう。だか、それと同じ、または、それ以上の決意した強さでシエラ達は昇を信じて戦ってきたのだ。そんなシエラ達に、今更になって何て言って良いのかなんて、昇には分からなかった。むしろ、それが当然になってしまったからこそ、余計に言葉に出来なかったと言えるだろう。
だが、シエラはそんな昇に微笑を向けながら言うのだった。
「謝らなくて良い、昇を信じると決めたのは確かに私達の意志、私達の願い。だからこそ、昇は昇で居て欲しい。私達が信じ、私達が好きになった昇で居て欲しい。それが……私達からの願いだと思うから」
「シエラ達からの……んっ?」
やっと言葉の違和感に気付いたのだろう。昇は顔を上げるとシエラを見詰めるのだが、シエラは依然と微笑を浮かべたままだ。そんなシエラの顔を見ながら、昇は少し戸惑いながらも気付いた違和感を口にするのだった。
「……えっと、シエラの言葉を聞いてると……シエラ個人が思っていた事じゃなくて、皆が思っているように聞こえたんだけど」
昇が、そんな言葉を口にすると、シエラは珍しく、少し悪戯したみたいに無邪気な笑いを浮かべるのだった。そんなシエラの笑顔を見て顔が赤くなるのを感じる昇。まあ、シエラが滅多に見せない表情だし、女の子が普段は見せない表情や仕草をすると可愛いと思ってしまうのは昇が男なのだから仕方がない事だろう。
だから昇はいつの間にかシエラを見詰めていた事に気付き、慌てて平常心を取り戻すために頭を振るのだった。そして、もう一度シエラと向き合うと、シエラは優しい微笑を浮かべながら言ってくるのだった。
「私は昇が好き。それは琴未もミリアも閃華も同じだと思う。だから、何となく分かる。皆も、私と同じ気持ちで、同じような事を思っているんだと。だから私が昇を好きでい続ける限り、皆の事も分かるんだと思う」
「あ~、うん、そうなんだ」
思いっきりシエラから顔を逸らした昇が誤魔化しにもなっていない、思いっきり照れている声で、そんな言葉を口にする。すると、昇からは見えないが微かにシエラの笑い声が聞こえてきた。だからだろう、余計に昇の顔が赤くなったのは。
さすがに、あそこまで率直に直球で来られては、昇だと照れ隠しをするだけで精一杯になるみたいだ。まあ、しっかりと隠しているのかは別問題としてだ。そのうえ、まるで全てを見透かされているようにシエラの笑い声が聞こえてきたのだ。だから昇が更に照れるのも当然というべきなんだろう。
そんなシエラにとっては楽しい、昇にとっては対応に困る空気になっていた。だからだろう、昇はワザとらしく咳払いをするとシエラと顔を合わせないように真正面を向くと会話を再開し始めた。
「それで、シエラ達が望む僕ってどんなの? 自分ではよく分からないけど、どんなのが僕らしいと言えるんだろう?」
思いっきり真面目に聞こえそうな声で、そんな言葉を発する昇。まあ、先程までの空気を考えれば仕方の無い事だろう。なにしろ傍から見てれば思いっきり良い雰囲気だったのだから。そんな雰囲気を変えて、真面目な話に昇は切り替えようとしているのだ。だから、多少の違和感が出ても仕方ないと言えるだろう。
けど、昇が口に出した事も的を外しているワケではない。なにしろ、昇は最初に迷っていると言っているのだ。それに対してシエラは一つの答えを提示した。だが、昇には、その意味が分からなかったから、それを聞いただけの事だ。まあ、雰囲気は台無しだが、会話としては間違っていないと言えるだろう。
まあ、シエラから見れば、思いっきり昇の照れ隠しだという事は分かりきっている。だから、ここは昇に合わせるべきなのだろうが、シエラからは昇が予想もしていなかった言葉が出た。
「だから、私は昇が好き」
「いや、だから」
さすがにここまで来れば昇も少し疲れたような声を出してしまった。けど、シエラは優しい声で続けるのだった。
「真面目な話」
「そ、そうなんだ」
「そう、最近の昇は今までに無い大きな事態に飲み込まれて自分を見失いかけてた。だから、その前に戻れば簡単な事」
「前?」
「そう、そして、それこそがアッシュタリアに対抗が出来る力。昇は元々、それだけの力を持っている。前は、それを自覚せずに自然と行ってた。だから今度は自覚して普通に行えば良い。そして、それを行っている昇こそが、私の好きになった昇。私が大好きになった昇は、そういう事が出来る。だからこそ、琴未もミリアも閃華も昇を好きになった。たった、それだけの事」
優しい微笑を浮かべながら、優しい声で、優しく言葉を昇に届けるシエラ。そして、そんな言葉を受け取った昇はというと……シエラの隣で思いっきり考え込んでいた。
どうやら、いや、やっぱりというべきだろうか。シエラの言葉を聞いても分からなかったようだ。まあ、昇は高校生である。つまりは未だに未熟で子供な部分もあるという事だ。だから自分が分からなくても当然だと言えるし、言葉にされても簡単に理解が出来るものではないのだ。
そんな昇にシエラは微笑を浮かべると昇の袖を軽く引っ張る。今は考えずに話を聞けという事なのだろう。だから昇は思考を中断すると顔をシエラに向けるのだった。そんなシエラが昇の行っていた事を口にする。
「私達は昇を中心にして集ったんじゃない、昇が私達を繋げてる。だから、昇が居なければ私達はバラバラになる。私達の中には目的、理想、人徳、権力、力、それら人を集めるものがあるわけじゃない。けど、確かに私達は集り、繋がってる。皆、違う考えを持ってるし、目的も違う。なのに集まり、繋がっている。だから昇の力は繋げる力。信用も信頼も超えて、希望になるのが昇。だから、昇が差し伸べた手を取り、繋がる事が出来る、繋がっているからこそ、信じる事を越えて託す事が出来る。そんな繋がりを昇は無限に生み出す事が出来る。繋げ、繋がるのが昇の力。昇の存在は概念となって、やがて希望になる。だからこそ、私達は昇の全てを信じ、昇に全てを託す」
「……えっと、ごめん、ちょっと待って」
……やっぱり分からなかったようだ。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろシエラは知識から入るタイプだ。だから説明をするにしても知識が先行してしまうのがシエラのクセと言えるだろう。だからこそ、昇の事も理念から語ってしまうのだろう。
だから昇がシエラの言葉を完全に理解をするのに時間が掛かるし……理解が出来るかも、あやしいと言えるだろう。まあ、シエラも自分にそんな所があると理解しているからこそ、次なる行動に出るのだった。
シエラはそっと昇に近づくと、自分の手を昇の手に重ねる。そのため、昇は再び思考を中断せざるえなくなった。そしてシエラはというと、繋いだ手を上げると笑顔で言うのだった。
「こういう事」
繋いだ手を顔の前にまで上げて、わざわざ見せるシエラだが、やっぱり、それだけだと意味が分からないのだろう。昇は首を傾げるのだが、シエラは軽く笑いと繋いだ手の意味を語る。
「私と昇が手を繋ぐのは簡単、けど、私と琴未が手を取り合えると思う?」
「ごめん、武器を手にしているところしか想像できない」
即答で、そんな言葉を口に出した昇。まあ、ずっと二人を見ていたのだから、そのような言葉が昇から出ても当然と言えるべき事だろう。そして、そんな言葉を聞いたシエラはというと、そのとおりとばかりに頷いてから続けるのだった。
「そう、私と琴未は対立する事が多いのに一緒に戦えるのは何で?」
「えっ? えっと……」
「なら、私と閃華は、ミリアは、そしてフレト達は。皆、それぞれに目的や理由を持っている。だから個人から見れば手を取れない可能性も大きい、もしかしたら対立しているかもしれない。なのに一緒に戦える。その理由は何だと思う? 皆を繋げているのは何?」
「…………」
シエラがそこまで言うと昇は再び考え込んでしまった。なのだが、今度は昇の思考を中断させないシエラは黙って昇が答えを出すのを待っているのだった。どうやらシエラは察したようだ、シエラの言葉で昇が何かを掴みかけているという事を。
そんな昇がふと、顔を横に向けてシエラと繋いでいる手を見詰める。どうやら昇はやっと気付いたようだ。シエラと繋いでいる手こそが……一番重要だという事に。だからこそ、昇はシエラと繋がっている手を見詰め、そして何かしらの答えが出たのだろう。昇は大きく息を吐くと、再び真正面を向いてからシエラとの会話を続けるのだった。
「なんで、エレメンタルアップの使用条件がお互いに想い、繋がる事なのかが、やっと分かったような気がするよ。それは……それこそが僕が持っていた本質だから。正直に言うと、今でも僕は戦いたくはない。お互いに手を取り合えるなら、そうしたい。そして、僕は今まで、そうしてきた。僕の力は……皆を繋ぐ紐みたいなものなのかな?」
「ネットワークとも言える。目的も戦う理由も違う、そんな違う個人を結び、お互いに理解させるのが昇という存在。そして、昇はいつでも繋がっている者に希望を見せてきた。それが昇が持っているもう一つの力。目的も戦う理由も違うのに、昇は皆が望んでいるような希望を見せてきた。その希望は、昇がいつでも、悩んで、苦しんで、必死になって出してきた答え。昇と繋がっている皆が、昇の出した希望が正しいと認識するから、私達は昇に全てを託してきた。それが今までの昇、私が大好きになった昇」
シエラが、そんな答えを返してくると昇は再び月を見上げて、少し照れ臭そうに頭を掻くのだった。まあ、それも仕方ない事だろう。なにしろ、昇はやっと自分を客観的に見る事が出来たのだから。それは自分自身を知るのと同じ。
確かに昇はシエラが言ったような事をして来たと認識をしたかもしれない。けど、それと同時に、希望を見せるなんて大層な事をやってきたという自覚はない。だから昇は、そこまで自分を評価はしないのだが、シエラ達から、そんな風に評価されていると知るだけでも照れ臭いのだろう。だからこそ、ちょっと月を見上げたのだが、昇はやっと自分自身を知っただけ。
つまり、これからの事に対しての対策は何一つとして分ってはいない。まあ、自分を、現状を知っただけでも進歩だろう。けど、今の昇は、それだけで留まる事は許されない。だからこそ、昇はシエラに尋ねるのだった。
「けど、これからは強大な力を持つアッシュタリアと戦わないといけない。現状から見て、今の僕達に、そんな力は無い。僕は未だに、その解決方法を見つけてない。だから、シエラは、どうすれば良いと思う?」
するとシエラは静かに瞳を閉じて昇の手を両手で握ると、あっさりと昇が求めていた答えを口にするのだった。
「昇の力は繋げる力。だったら、より多くの繋がりを持てば良い。そして繋がった者達が求める希望を見せるのが昇の役割であり、昇には、それだけの力がある。それに、私達は縦に繋がっているワケじゃない、平行に広がるように繋がってる。なら、その繋がりを広げれば良い。それはアッシュタリアのやり方とは正反対。だから昇は、それをやれば良い」
「正反対?」
「そう、組織はトップを核として下に広がるように構成されている。上から下への一方的な関係、それが組織。縦に積み上げるからこそ、力の関係がはっきりするし、命令系統がしっかりと作る事が出来る。けど、縦に積み上げているのだから、いつかは限界がある。どんなものも、無限に積み上げる事なんて出来ない。だからこそ、アッシュタリアは下を広げるために捨て駒なんてシステムを使ってる。けど、昇の繋がる力は横に広げる構成。相互理解が出来る限りは、どこまでも広げる事が出来る。可能性は無限大」
「シエラの言っている事も分かるけど、それは理想で、現実的に考えると難しいと思うんだけど。確かに、そうなれば良いなと思うけど、思うのと実行できるのは別問題だよ」
そう、確かに昇が言っているとおりなのだ。確かに、昇はシエラを初め、フレト達ともお互いに理解、つまり相互理解をする事で一緒に居られるし、一緒に戦える。シエラが言っているのは、そんな関係をより多く、より広く持つという事だ。
つまり、より多くの契約者、そして精霊と相互理解をする。簡単に言えば、目的も戦う理由も違う者達に仲良くして一緒に戦いましょ、と言っているようなものだ。そして、そんな事が簡単に出来るわけが無い。そもそも、そんな事が可能かも分かりはしないのだ。更に現実的に考えれば不可能に近いだろう。
なにしろ、同じ人間でも、相互理解が出来ないからこそ争い、戦争へと発展している。そこに精霊までも加わってくるのだ。人間と精霊では立場も文化も違う。そんな者達と理解し合い、お互いに手を取って、昇が示した答えのために戦う。理想論としか言えないような事だ。
だが、シエラはゆっくりと瞳を開けると昇に向かって微笑み、優しい声で言うのだった。
「確かに理想。けど……理想があるからこそ目指す事が出来る、理想の全てが出来なくても、少しぐらいは出来る、これは真実。そして、どこまで出来るかは昇次第。どれだけの繋がりを作れるか、どれだけの希望を見せられるか、昇がどこまで希望になれるか。未来は、まだ確定はしていない。だから、理想を理想で終わらせるか、理想を可能性とするか、理想を少しでも実現させるか、それも昇次第。私から言える一つだけの真実、昇には……理想を現実にするだけの力があるという事」
そんなシエラの言葉を聞いた昇は疲れたように溜息を付くと、身体を後ろに傾けて、空いている手で身体を支えるとシエラに顔を向けるのだった。
「結局は足掻くしかないって事ですか」
「なら、どうする?」
「足掻く事にするよ。自分らしく、思いっきりね。まあ、確かに自分の我が侭を通すようにも思えるけど、僕が目指す未来に皆が、より多くの人や精霊が賛同してくれるなら、どこまでも行けると思う。どこまで行けるか分からないけど、どこまでも行けるように足掻くよ……自分らしくね」
「うん、それで良いと思う」
「だね…………ところで」
「何?」
「何で僕の腕に、そんなに密着をしてるんですか?」
先程までは、シエラは昇の手を握っているだけだったのだが、いつの間にかシエラは昇の腕を抱え込み。そのまま抱き付いていたのだ。おかげで昇は寄り掛かってくるシエラを支えるために、今では自分の身体を含め、支えるために両手を床に付けていた。
そのうえ、シエラは更に昇に寄り掛かってきたのだから、昇としては思わず言葉が口に出てしまったのだろう。それがシエラの罠だと気付かないままに。そして、そんな昇の言葉を聞いたシエラは子悪魔の微笑を浮かべると昇に向かって言うのだった。
「さっきまで昇は悩んでいたけど、今では悩んでない。しっかりと答えを出す事が出来た……誰のおかげ?」
そんなシエラの言葉を聞いて昇は全てを察し、そして諦めたように俯いて溜息を付くと、ここはしっかりと言葉にしておくのだった。
「全部、シエラのおかげ」
「なら、そのご褒美。不満?」
「いえ、まったく、そのような事はございません」
「うん、それに見せ付けたいから。だから、もっと良い」
「いや、もっとって?」
昇が問い掛けている間にシエラは素早い動きで立ち上がると、すぐに昇の膝に座り、首に手を回して、思いっきり甘えるように抱き付くのだった。あまりにも素早いシエラの行動に昇はもう、乾いた笑いしか出てこなかった。
けど、シエラが、そのような行動に出たのにも、しっかりとした理由があったみたいだ。だからこそ、シエラはわざわざ誰かに見せ付けるように、自らの唇を昇の耳元に近づけるとささやくのだった。
「今だけは甘えていたい。後でミリアに取られるから」
「……へっ?」
あまりにも予想外なシエラのささやきに昇はすっとんきょうな声を出して、シエラに顔を向ける。そのため、二人の顔はかなりの至近距離になってしまった。まあ、誰かが見ていれば、確実に誤解をする光景を言えるだろう。
だが、シエラからは至って真面目な話が出てくるのだった。
「昼間、昇は明日の戦いでミリアが鍵になるって言った。ラクトリーはすぐに昇が言った意味が分かったみたいだけど、私もやっと理解が出来たから、閃華も察してると思う。けど、ミリアは思いっきりプレッシャーを感じてる。だから、今夜のうちにミリアの不安やプレッシャーを取らないと意味が無い。それをやるのも昇の役目。だから、それまでは私が独占する」
まあ、最後は考えない事にして、昇はシエラに言われて、やっとミリアの事を考えたようだ。まあ、先程までは自分自身の事だけで精一杯だったのだから仕方ないといえば仕方ないと言えるだろう。だからミリアの事までは気が回らなかったのだ。
けど、ミリアからすれば、明日は自分が勝敗の鍵になると言われれば不安になって当然だ。それでも、ミリアは今まで、その不安を隠してきたのだ。だからと言って、ミリアの不安が消えるワケではない。だからシエラには分っているのだろう。後でミリアが昇の元へ行くと。そして、昇は、そんなミリアの不安を取り去ってやらないといけないという事を。
そのために、シエラは、まず昇が悩んでいる事に答えを出させたのだ。ここまで来ると、何もかもシエラに見抜かれていた察した昇は、静かに瞳を閉じて、ゆったりとした口調で言うのだった。
「そうだね。確かに、このまま投げっぱなしってワケにはいかないよね。ミリアに最大限の力を出してもらうためにも、今夜は安心させてあげないといけないよね」
「そう、それともう一つ、これは確認。昇……明日の対策って何も考えて無いはず」
「あ~、やっぱり分かった」
そう答えて昇は瞳を開けるとシエラに向かって誤魔化すような笑いを浮かべる。どうやら、シエラの言ったとおりみたいだ。すると、シエラは軽く息を吐いてから、更に昇に密着すると昇の耳元でささやくのだった。
「確かに、ミリアには可能性がある。それはミリアが今まで未熟だったから。けど、ラクトリーが来てからは成長している。つまり、可能性で言えば、私や閃華よりもミリアが一番大きい。けど、まさか、そこに全部賭けるなんて、さすがに私もすぐには信じられなかった」
そんな事を言って来たシエラに対して昇はバツが悪そうに頬を掻きながら言うのだった。
「まあ、今回は僕が何かを考えるのは危険だと判断したからね」
「あの垂氷っていう契約者と思考パターンが似ているからこその判断?」
「うん、けど、僕がそんな事を考えたって事は、あっちも似たような事を考えているかもしれないけどね」
「だからこそ、起こしてくれる可能性が一番高いミリアに賭けた」
「うん、一番伸び代があるミリアに全部賭けてみる事にした。まあ、明日の戦いばかりは蓋を開けてみないと分からないけどね。だったら、完成している閃華や半蔵さんに頼るよりも、ミリアに賭けた方が勝てる見込みがあると思ったからね。だから考えないで信じる事にした」
「ミリアが未熟だったからこそ、起こる可能性に」
シエラが、そんな言葉を発すると、さすがに昇も苦笑を浮かべるしかなかった。まあ、それだけシエラが昇の考えを察したという事を示しているのだが、こんな言い方をされると昇としては苦笑をするしかないのだろう。しかも、ミリアがここに居れば確実に拗ねそうな言葉なのだから昇としては余計に対応の仕方が無いと言える。
そんな昇が上半身を起こすと、シエラの腕に手を掛ける。
「じゃあ、明日も早いし、そろそろ戻るよ」
ミリアの事が話題に出たのだし、昇としては、そろそろ戻るべきだと思ったのだろう。だが、今回のシエラはなかなかしぶとく、昇から離れようとはしなかった。まあ、確かに時計を見れば深夜という時間帯では無いし、昇も普段では起きている時間帯だ。
それに明日の事が無ければ、皆で騒いでいても不思議ではない時間だ。だからだろう、シエラが駄々をこねるように昇から離れずに甘えるような声で言葉を発したのは。
「もう少しだけ、お願い。それとも……嫌?」
「別に、そういうワケじゃないけど」
「なら、もう少しだけ見せ付けたいから。良いよね」
「……んっ?」
そんなシエラの言葉を聞いて首を傾げる昇。やっぱり、言葉の意味が分からなかったようだ。そして、そんな言葉を発したシエラはというと……昇の肩に顔を掛けるほどに密着しているのだから、昇に自分の表情が見えない事を良い事にして、とある方向を見詰めながら勝ち誇った笑みを浮かべるのだった。そう、これもシエラから見れば計算内なのだから……。
「…………」
「琴未よ、そんなに力を入れると壁が壊れてしまいそうじゃぞ」
声を潜めて琴未に、そんな事を言う閃華だが、琴未には聞こえていないみたいで、琴未は未だに壁に強く指を食い込ませているのだった。そして、そんな琴未が見ている先には月明かりに照らされたシエラの勝ち誇った笑みを浮かべる顔があった。
そう、先程からシエラが見せ付ける、と言っていたのは琴未達に対してなのだ。そして、琴未達が、何でここに、リビングの陰に隠れるようにしているかというと……目的はシエラと一緒なのだ。いや、正確には閃華がお膳立てをしたのだがシエラに取られた、というべきだろう。
そのため、琴未達は出て行くタイミングを失ってしまい。今までの光景を途中から見ていた、という事なのだ。まあ、それも仕方ないだろう。シエラは昇が風呂から出てくるのを待ち構えていたが、琴未はかなりちゅうちょしており、閃華が散々説得して、やっと二階から下りて来た有様だ。
だからだろう、思いっきり見せ付けてくるシエラに対して琴未が無言の怒りを発し、その事に閃華が疲れたような溜息を付いてから、しっかりと昇達に気付かれないように潜めた声で言葉を発する事になったのは。
「じゃから、散々言ったじゃろう。昇が事態の大きさに戸惑っておるのは気付いていたんじゃから、ここはすぐにでも行って、昇を安心させてやるべきじゃと。それに、早くしないとシエラに先を越されるともしっかりと忠告をしたはずじゃが」
「過去は振り向かない」
かなりの剣幕だが、やっぱり声を潜めながら言い返す琴未。まあ、さすがに、こんな空気の中で大声を上げる事なんて出来はしないだろう。まあ、普段の琴未なら確実に叫んでいる事は間違いないだろう。
そんな琴未が壁の陰に隠れながらも昇達の様子を見て、閃華に話し掛けるのだった。
「というか閃華、今からでもシエラを何とか出来ないの」
その言葉を聞いた閃華は再び疲れた溜息を付いてから言うのだった。
「こうなると分っておったから、散々急かしたんじゃろう。じゃが琴未は、恥かしいだの、掛ける言葉が分からないだの、照れ続けたから出遅れたんじゃろうが。まったく、ベットに俯けになっている琴未を立たせるのに、私がどれだけ苦労したと思っているんじゃ。こういう時はじゃな、踏み出す勇気が」
「未来の話をして」
「やれやれ、これはこれで困ったものじゃな」
怒りのオーラを思いっきり発している琴未に対して、さすがの閃華も、こうなってしまっては打つ手が無い、と言った感じだ。
まあ、閃華としては昇がこれからの事に対して思い悩んでいる事は充分に察した。だからこそ、今日の戦いが終わった後に、わざわざ空気が重くなる事を承知していながらも昇に現実として、これからの事を突き付けてきたのだ。そう、全ては後で琴未が昇を慰めるために。
まあ、そんな閃華の一言もあり、昇は風呂上りに月を見上げながら、これからの事について考え始めた。そこまでは閃華の計算どおりだっただろう。だが、そんな閃華の企みをしっかりと見抜いていたシエラがちゃっかりと横取り、シエラが昇を慰めて今の形勢となっているのだ。
そのうえ、出遅れただけでも不利なのに、シエラはすぐに意味深な雰囲気を作ってしまった。つまり、シエラは後から琴未達が来ても、入り難い雰囲気を先に作ってしまっていたのだ。そのため、琴未達は出る事が出来ず、事態の成り行きをみながら琴未は怒りのオーラを発しているというワケである。
まあ、今回はシエラの勝ちである事は確かな事だ。だが、このまま見ているだけ、というのは分っていても癪なのだろう。琴未は昇達から顔を逸らし、閃華に向けると打開策を聞いてくる。
「というか閃華。こんな事が起こった時のために、何か作戦はないの」
怒りのオーラを発しながらも、しっかりと声を潜めて言葉を発する琴未。そんな琴未に対して閃華は顔を横に振ってから答えるのだった。
「じゃから、一番最初に言ったじゃろう。ここでシエラに先を越されると打つ手がないと、私はしっかりと言ったはずじゃが」
「それでも、何とかするのが閃華の役目でしょ」
「やれやれ、私はしっかりと後押しをしたんじゃが、動かなかったのは琴未じゃぞ。私が支援をしても、琴未が動かないんじゃ意味が無いんじゃぞ。それに、この程度で照れておってどうすんじゃ。男、いや、昇ぐらいは簡単に慰められないでどうするんじゃ」
「そんな事が簡単に出来てればとっくに告白をしてたわよ」
「いや、自分の勇気が不足しているのを自覚していながら、こちらに当てられても困るんじゃが」
さすがに、ここまで来ると閃華も呆れるを通り越して疲れたように息を吐くだけが精一杯のようだ。そんな閃華が琴未の肩に手を掛ける。そんな閃華の仕草に琴未は怒りのオーラを収めて期待のオーラを発するのだった。そして、閃華は仏のようは微笑を浮かべて言うのだった。
「まあ、ここは全てを忘れて部屋に帰って寝るんじゃな」
「って、思いっきり負け犬の諦めじゃない」
閃華の言葉に再び怒りのオーラを発する琴未。まあ、今回は琴未の負けなのは確定なのだが、やっぱり素直に認める事が出来ないのだろう。すると閃華は腕を上げて昇達を指差す。そのため、琴未は再び壁の陰から昇達を覗き見る事になった。
「じゃから、そんなに力を入れると壁が壊れると言っておるじゃろう」
「じゃあ、何なのよ」
閃華が昇達を指差したのだから意味があるのは琴未も分っている。だが、今の昇達を見てしまえば、琴未は更に怒りのオーラを強め、自然と力が入るのだろう。そして閃華は、そんな琴未にもう一つの提案を出してくる。
「後は、先程の事をまったく聞いていないフリをして、いつものように乱入するしかないのう」
そんな閃華の言葉を聞いた途端。琴未から怒りのオーラが消え、代わりにバツが悪い脂汗が流れる。そんな琴未が困ったような顔を閃華に向けて言うのだった。
「いや、さすがにそれは……。だって、昇がやっと立ち直ったんだし、そんな昇をまた困らせるのもなんだし……それに、今になって何も聞いていないフリって。なんというか、さすがに……私も今の空気を壊す事が出来ないって言うか」
「要約すると、あれだけ聞いてしまったからには空気を壊せないって事じゃな」
「は、はっきりと言わないでよね」
「まあ、私から言えるのは、その二つじゃ。負けを認めて部屋に戻るか、無理矢理に乱入するかの二択じゃな」
「……三番目の選択肢は」
「あると思っておるのか」
「…………」
「まあ、無理矢理に乱入してもシエラは私達の事を見抜いておるからのう。形勢は変わらんじゃろうな。逆に付け込まれるだけじゃろうて」
「…………」
そんな会話をした琴未が再び昇達を覗き見る。今度は怒りのオーラを発する事無く、琴未は至って冷静に昇達を見ているのだ。そんな琴未の行動が何を意味しているのか閃華には分かったのだろう。閃華は疲れたように溜息を付くと、分ってはいるが琴未に尋ねるのだった。
「それで、どうするんじゃ」
「こうなったら持久戦よ。シエラが帰って行ったら、私が更に昇を元気付ければ良いだけよ」
「それは無理じゃろうな」
「なんでよ」
即行で閃華に否定されて、再び閃華に顔を向ける琴未。そんな琴未の顔を見て、閃華は理由を説明するのだった。
「先程の話を聞いておったじゃろ。昇は、この後でミリアの不安を取ってやらんといかん。つまりは、この後で昇はミリアの相手をしなければいけないという事じゃ。シエラの事じゃから昇がミリアの所に行くまで離れんじゃろう。それに、ミリアの所に行く昇の邪魔も出来んじゃろう」
「…………」
つまりは、こうなってしまっては琴未が入っていく余地が無いという事だ。そして、トドメとも言える閃華の言葉を聞いた琴未が閃華に顔を向けると、琴未の顔が段々と泣き顔になって行く。それを見た閃華が慌てて琴未を慰めるのだった。
「あ~、分かった、分かったからのう。今回は私が悪かった、じゃから泣かなくても良いじゃろう、のう。次は確実な手を考えておくから、今回は諦めて引き下がるんじゃ。ほれ、今夜は私が一緒に居てやるからのう。じゃから、今は部屋に戻ろう、のう」
「……閃華~」
とうとう閃華に泣き付いた琴未。閃華はそんな琴未の頭を優しく撫でてやりながらも、琴未には気付かれないように疲れた溜息を付くと、泣き出しそうな琴未をなだめながらも部屋に戻って行くのだった。
そして……全てを知っているシエラが勝ち誇ったドス黒い笑みを浮かべたのを……誰も目にする事はなかった……。
「ミリア、起きてる?」
ドアをノックしながら中に向かって声を掛ける昇。どうやら、やっとシエラが離してくれたみていで、それからすぐに昇はミリアの部屋にやってきたのだ。そんな昇の問い掛けに対して部屋の中から返事が来る。
「昇? 起きてるよ」
「ちょっと、入っても良いかな?」
「うん、良いよ~」
ミリアの承諾を得て部屋のドアを開ける昇。ミリアの部屋は散らかってはいないものの、ぬいぐるみやら可愛い小物やらが多く飾られており、カーテンの柄やベットのデザインを見ても女の子……よりもちょっと子供っぽい部屋だ。
まあ、最初の頃はちらかっていたのだが、そんなミリアの部屋を見たシエラが制裁。まあ、立場的にはミリアもここのお世話になっている身だ。だからだろう、シエラもそこを考慮してミリアに説教を通り越して制裁を加えたのは。その効もあり、すっかり整理整頓が出来るようになったミリアだった。
そんなミリアは今ではベットの上で大きなウサギのぬいぐるみを抱えながら不安な瞳を昇に向けていた。そして、昇はミリアの瞳を見ると微笑み、そのままベットまで行くとミリアの横に腰を下ろして、ミリアの頭を優しく撫でるのだった。
「ん~、それで、どうしたの~?」
昇に頭を撫でられて、ちょっとだけ心地良い表情をしたミリアが、やはり不安な瞳を昇に向けながら尋ねてきた。昇は、そんなミリアを優しく見ながら会話を始める。
「ちょっと話がしたくてね」
「話~?」
「うん、明日の事でね」
「…………」
やはり、かなりのプレッシャーを感じていたのだろう。昇が、明日の事を切り出した途端にミリアの表情が曇り、俯くのだった。昇は、そんなミリアの頭を撫でながらも続けるのだった。
「まあ、僕が言うのもあれだけど……やっぱり、かなり不安にさせちゃったよね。けど、僕があなん事を言ったのはミリアも僕達と同様に成長しているからなんだよ」
「成長~?」
「うん、特にラクトリーさんが来てからね。ほら、今とラクトリーさんが着た時の頃を思い出してみれば分かるよ」
「ッ!」
昇が、その言葉を口にした途端、ミリアは何かを思い出したかのように雷が走り、抱きしめていたウサギのぬいぐるみがベットに転がる。すると次の瞬間、ミリアは……枕で頭を隠し、身体を丸めて、怯えるかのように震えてしまった。
「って! えっ! えっと……どうしたの?」
まさかの反応に驚き、戸惑いながらも尋ねる昇。そんな昇の声が聞こえたのだろう。ミリアは震える声で言うのだった。
「お、お師匠様が来た頃、一番最初……お仕置された。その後も……しっかりと反省するまでって……お師匠さまが……お師匠さまが~。何度も~、何度も~、そのうえ……毎日毎日……大量の反省文を書かされた。それに……あれだけは……あれだけは止めてって言ったのに~」
まるで恐怖の体験を思い出したかのように、すっかり怯えて震えるミリア。そんなミリアを見て、昇は思ってしまった。
……ラクトリーさん、あなたは一体、何をしたんですか? というか、ミリアがここまで怯えるって……ダメだ、やっぱり、まったく想像できない。ラクトリーさん、ある意味では……あなたが一番の謎です。
まあ、普段のラクトリーはいつでも笑顔で、少し天然が入っているように見える。実際、昇達も、そんなラクトリーしか見た事がないのだ。つまり、ミリアが言っているラクトリーの一面、その断片も見てはいないのだ。
だが、ミリアがラクトリーの一面、師匠として厳しい部分だろう。そこにミリアが、もの凄く恐れているのは昇達にも分っている事だ。その実例として、ラクトリーの授業でミリアが解答するように指名された時。ミリアが答える事が出来ないと、ラクトリーは後で勉強という言葉を口する。そして、それを聞いたミリアは……もの凄く怯えて着席をする。これだけを見ても、ラクトリーが師匠として厳しい……を通り越して恐ろしい一面がある事が分かるというものだろう。
そのうえ、ラクトリーが着た時といえば、ミリアの失態による脱走、昇との勝手な契約がラクトリーにバレた時でもある。つまり……ラクトリーの怒りが頂点に達していた時である。まあ、昇達には笑顔しか見せなかったが、ミリアには師匠として恐怖の一面を思いっきり見せていたのだろう。
だからこそ、その時の事を思い出してしまったミリアが思いっきり怯えているというワケである。そして昇も自分の失言に対して、どう対応するか迷い。とりあえずはミリアを落ち着かせる事にした。
「えっと、ごめん、別にそういう意味で言ったワケじゃないから。えっと、だから、とりあえず思い出すのを止めようか。うん、さっきのは無しにして、今は全部忘れようよ」
そう言ってミリアの背中を撫でる昇。すると、少しだけ安心したのだろう。やっとミリアの震えが止まり、すっかり涙目になっているミリアが顔を向けてきた。そんなミリアの顔を見て昇は再び思ってしまった。
まさか、ラクトリーさんの話がミリアにとって恐怖の引き金になるなんて思ってなかったよ。というか……ラクトリーさん、やっぱり、あなたが思いっきり一番の謎です。
顔を出してきたミリアの頭を撫でながら、自分がトドメを刺してしまった事を感じる昇。そのため、ミリアの表情は不安を通り過ぎて恐怖へと変わっている。つまり、事態を悪化させてしまったのだ。まあ、昇としても、こんな事になるなんてのは予想外だ。だから尚更、悪化した事態を収拾しないといけない。
そのためにも、まずはミリアの恐怖を取り去り、機嫌を取らないといけない。だが、ここまで怯えてしまっているミリアを安心させて機嫌を取るのは困難な事だと昇には思えた。けど、何もしないワケにはいかないと、昇はとりあえず、ミリアの機嫌を取るために用意していた物を取り出した。
「えっと、お菓子を持ってきたんだけど、食べる?」
「食べる~っ!」
事態が一気に回復したっ! ミリアの態度に、そんな事を思ってしまった昇。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、お菓子を見せた途端、ミリアの表情は一気に輝き、瞳には思いっきり喜びが溢れていた。そんなミリアが、すぐに昇の膝に座ると、昇が差し出してきたお菓子の袋を開けて、嬉しそうに中身を口に運ぶ。
すっかり機嫌が良くなって、嬉しそうにお菓子を頬張るミリアの頭を撫でながら昇は思うのだった。
ミリアには言葉よりも行動で出た方が良いか。百の言葉よりも一つの温もりかな、ミリアを安心させるには、それが一番だね。純粋というか、子供っぽいというか、ミリアを前にすると変に考えていた自分がバカバカしく思えてくるよ。……そっか、ミリアを安心させようと考えていたのも僕らしくはないか。僕が作った繋がりや絆は言葉じゃない、気持ちなんだから。
そんな事を思うと昇は自然と笑っていた。そんな昇の顔をミリアは不思議そうに見上げるが、すぐにミリアも笑顔になっていた。そんなミリアが手にしていたお菓子を片付けると昇に向かって話し掛けるのだった。
「それで、昇~、話って~?」
ミリアから見れば、昇が話すという用件があったからこそ来たのだと思っているのだろう。だが、昇は途中で自分が話そうとしていた事の無意味さに気付いたのだ。だからだろう、昇はミリアの頭を撫でながら聞くのだった。
「今夜はミリアの部屋に泊まっても良い?」
「良いよ~」
昇の問い掛けに即答で了承の言葉を口にするミリア。そんなミリアが次のお菓子に手を付ける。そんなミリアを見た昇が膝からミリアを降ろすと、立ち上がってから飲み物を持って来ると言葉を残して、一度ミリアの部屋を後にする。
そして飲み物を持ってきた昇が部屋にあるテーブルに座ると、ミリアはすぐに昇の膝に座ってきた。それからは他愛も無い、いつもどおりに話し、笑い、ゆっくりとした時間を過ごた。そして夜が深けるとミリアが眠そうなアクビをしたので、二人ともベットにもぐりこみ、お互いの温もりを感じながら、心地良い気持ちで眠りに付くのだった。
そんな二人の寝顔は……とても安らぎに満ちている寝顔だった。
はい、という訳で後書きですが……本編長っ!!!! というか、エレメの中では最長の長さとなりましたよ。いやはや、まさか、ここまで長くなるなんてね~。まってくもって、予想外でした。
いやね、最初は昇のくだりを半分ぐらいで抑えるつもりだったんだけどね~。いつの間にやら……平均ページ数を使ってました。
だから、二話に別けようかな~、とも思ったんだけどね。それだと次が足りなくなる可能性が大きかったからね~。そんな訳で最長になると分っていながらも、一話にまとめました~。
さてさて、という事で、久しぶりに本編に触れてみましょうか。
まずはシエラさん……黒いっす、というかシエラさん、黒過ぎるっすよっ!! 途中までは、本当に良い雰囲気だったのに、最後の最後で台無しっすよっ!!!! シエラさんっ!!!!
次に琴未ですが……不憫やっ!! この子……なんで、こんな不憫な子になってしまったんやっ!!!! 最近では、少しは頑張ってきたな~、とか思えた琴未なんですが……今回は思いっきり不憫やった。とりあえず琴未、次は頑張れっ!!
最後にミリア。……うん、この子はいつもどおりだね~。まあ、それがミリアであり、たぶん、ミリアの一番良いところだと……思っておいてください。
……だるっ!!!! なんか頭が白いっ!!!! そして、すげー疲れたっ!!!! いや、何かをしたワケじゃないんだけどね。なんかね……いろいろとキツイ状況なのですよ。
という事で、長くなってきましたし、そろそろ締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。
以上、久しぶりに、2Dの格闘がやりたいな~、とか思った葵夢幻でした。