表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
猛進跋扈編
161/166

第百六十一話 この先は霧中

「さて、まずは場所を移動しましょうか」

 与凪は昇達を出迎えると、すぐさま、そんな言葉を口にするのだった。そんな与凪の言葉に首を傾げる契約者達とミリア。どうやら与凪が言いたい事の意味が分からなかったみたいだ。まあ、反応を見るだけで精霊達には与凪が何を言いたいのかが分かったのだろう。だから頷くだけだったが、やっぱり例外でミリアだけは昇達と同じく首を傾げ、それをしっかりと見ていたラクトリーにお仕置を受けるはめになっていた。

 そして与凪は先程、昇達が倒した契約者を指差しながら話を進めるのだった。

「そこに倒れている、元契約者の方々ですが、今は気を失ってますし、目を覚ましても何も覚えていないでしょう。それに、いつまでも放置をしておくわけにも行かないですから、既に救急車を呼びました。だから、いつまでもここに居ると関係者と思われて、受けたくもない尋問を受ける事になります。それがお望みなら、ここで話しを進めますが、どうします?」

 やっぱり、最後は思いっきり他人事で締め括る与凪だった。そんな与凪に対してフレトが真っ先に質問の声を上げるのだった。

「あいつらはアッシュタリアの契約者だったんだろう。だったら、このまま一時的に拘束するなり、捕虜にしておいた方が役に立つんじゃないのか。それに、あいつらを手中にして置けば情報も手に入るだろう、それをしないのは何故だ?」

 そんな質問を与凪にぶつけてくるフレト。そんなフレトに対して与凪はいつもどおりに少し楽しげに、やっぱり他人事ように答えてくるのだった。

「先程も言ったじゃないですか、目を覚ましても何も覚えていないって。そこには、しっかりしたカラクリがあるんですよ。けど、それを説明するのには時間が掛かりますから、まずは場所を移動してから、じっくりと説明をするつもりだったんですよ」

 改めて、そんな言葉を聞かされる昇達だった。そこから更に与凪はセリスの事に触れてきた。季節は涼しくなってきたとはいえ、未だに暑さが残る中にセリスを残していたのだ。だから、少しは涼しい所に連れて行った方が身体に良いと言われ、それを聞いたフレトは即答で与凪に同意した。やっぱりセリスが絡んでくるとフレトの豹変ぶりは相変わらず、と言ったところだろう。

 だが、昇としては、やっぱり倒した契約者達の事が気になっていたようだ。けど、シエラと閃華に問題は無いと断言されて、与凪も既に救急車を呼んであると念を押してきたのだからこそ、今は与凪の言うとおりにしようと昇達は移動するのだった。

 そして昇達がやってきたのは、今日一日だけ貸切にしたコテージだった。さすがに大きな運動公園だけあって、中にはキャンプが出来る施設が備わっている。だが、今の時点で重要な事はキャンプをするための準備ではない。だからこそ、昇達はさっさとコテージに入ると、そこには与凪が今まで使っていた情報収集や情報処理に使っていた機材があちらこちらに置いてあった。

 そんな中でテーブルに付く昇達、そして、すっかり給仕役となった咲耶がお茶を淹れに掛かり、シエラと琴未もそれを手伝うのだった。こうして、やっと戦いから解放されて一息ついた昇達だった。そして少しだけ、戦いが終わった余韻に浸ると、与凪から話が切り出されてきた。

「さて、先程の戦いで相手の戦闘データも取ったんですけど、倒しちゃいましたからね。これはもう用済みですね。あの垂氷って人は戦わなかったですし、精霊もさっさと逃げてしまいましたからね。あっ、言っておきますけど。ちゃんと追跡用の機材を飛ばしてたんですけど、これはしっかりと破壊されちゃいました。まあ、あちらとしても、こちらが追跡をしてくる事は計算済みだったんでしょうね。そんな訳で、まずは、どこから話しましょうか?」

 与凪が今まで、ここでしていた事を簡単に話すと、そんな言葉で締め括ったので、質問が出ると思いきや、琴未が文句に近い形で言葉を口にするのだった。

「それよりも、先にこれを外してよね。さすがに、これで戦うのはキツかったわ」

「あぁ、そうですね。じゃあ」

 すると与凪は空中にキーボードを出現させると何か操作をする。そして、その操作が終わったのだろう。モニターにはリミット解除と示された文字が出てくると、与凪は言葉を出しながらモニターに触れるのだった。

「リミットブレイク、これで皆さんに掛かっていたリミッターが外れました。まあ、今まで、この状態で戦ってましたからね。あちらもしっかりとしたデータが取れなったでしょうね。それでは、リミットも解除した事ですし、もう少しくつろぎますか?」

「本当、そうしたいわね。あ~、やっと身体が軽くなったわよ」

 そんな言葉を口にして身体を伸ばす琴未。そんな琴未を真似をするワケではないが、先程まで戦っていたメンバーは、それぞれにくつろげる体勢をしたり、羽を伸ばすようにゆったりとした姿勢をしたりと、激戦で疲れたかのように、今はくつろぐのだった。

 そんな戦闘メンバー達に昇達のデータをテーブル中央に浮かべたモニターに表示する与凪。そんな与凪が話を続けてきた。

「何にしても、リミッターのおかげで皆さんのデータは意味を成さないですね。昇さん達は本来の力を三分の二ぐらいしか出せないですし、フレトさん達は半分まで抑えましたからね。だから完全契約だという事も知られていないかもしれないですね。力の制限がされていた中で皆さんが勝ってよかったですよ。相手も最初から本腰を入れられたら、すぐにリミッターを解除しないといけなかったですからね」

「まあ、昇の読みどおりに行ったという事じゃな。かなり戦い辛かったんじゃが、これで敵を騙せるのなら安いものじゃろうて」

 与凪に続いて閃華が、そんな言葉を口にして来た。そう、二人が話した事が先日、昇が出してきた作戦なのだ。与凪の情報から相手は、まず昇達の情報を集めようとしていた事は明白だった。だが、肝心な情報は掴めない。そうなると相手は自分達の手を晒す事を考慮に入れたうえで、一度は戦いを仕掛けてくる、というのが昇を始め、与凪と閃華とラクトリーと言った情報戦に長けた者達の意見だった。

 そんな意見を参考にしたうえで昇達はワザと敵の手に乗る事にしたのだ。そのため、先程の戦いが始まったのだ。だが、昇達も自分達の手を晒すワケには行かないし、敵に与える情報も出来るだけ抑えたい。そこで昇はワザと自分達の力に制限を掛けるように提案して来たのだ。

 その提案を元に、最終的には昇達にリミッターを掛ける事が決まったのだ。リミッターは身体に負荷を掛けるようになっていた。つまり、体中に重りを付けた状態で戦っていた、というワケである。それだけでも、何とか敵を退ける、または倒す事が出来れば上々だと、昇は考えたワケである。

 つまり、敵の手には乗るが思惑には乗らない、という事だったのだ。だからこそ、垂氷は昇達の戦いを見て違和感を覚えたし、昇達の戦闘データを破棄したのだ。もっとも、垂氷の行動は与凪も観察していたらしく、垂氷が行った行動も詳細に説明して来たのだ。そんな与凪の言葉を聞いて、昇は溜息を付いてから言葉を発するのだった。

「やっぱり、一から十までとは行かなかったみたいだね。けど、与凪さんに相手を観察してもらってて良かったよ。これで相手の出方が予想できるからね」

 そんな言葉を口にした昇に注目が集る。やはり、相手の出方が分かると断言したのが大きかったのだろう。だからか、フレトなどは身を乗り出して昇の言葉を待つが、肝心な昇はお茶で喉を潤してから話は始めるのだった。

「その垂氷さんって人は僕達のデータを破棄した。それは振り出しに戻ったのと同じ、相手の人数は分かったけど戦闘能力は未知数。そんな状況で次の手を出すとすれば、それは一つしかないよね」

「なるほどのう、確かに言われてみれば、そうじゃな」

「ですね。現状と与凪さんの情報を照らし合わせれば、導き出される答えは、それだけですね」

 昇の言葉に理解をしたように言葉を重ねる閃華とラクトリー、やはり二人とも察しが良いみたいだ。そして他の者はというと、やはり今一つ分からなかったのだろう。更なる説明を求めるかのように、今は黙って昇を見詰めてくる。そんな視線を受けて、昇は詳細を話すのだった。

「垂氷さんは僕達の力を計りたかったんだ。けど、僕達にリミッターが掛かっている事に気付いた。いや、僕達のデータが役に立たないと判断した。だから垂氷さんは僕達の戦闘データを消去した。つまり、垂氷さんから見れば未だに僕達の戦闘能力は未知数。そんな相手に垂氷さんは明日に決戦を挑んできた。それはつまり、未知数の相手だからこそ、自分が持っている戦力の全てを投入する、って事なんだと思う。相手の力が分からない時は、自分達が持っている全ての戦力を出してきた方が勝算は高くなるからね。少なくとも負けない戦いは出来るはずだよ」

「なるほどな、確かに言われてみれば、未知の敵を相手に勝つには、自分達が持っている全ての戦力を出す事で勝率は上がるだろうな」

 昇の言葉を聞いて納得したように言葉を口に出すフレト。そして他の者達も分かったように頷くのだった。……やっぱり、たった一名を除いて。そして、思ったとおりにラクトリーからお仕置を喰らって涙目になるミリア。そんな師弟漫才を横目に琴未が次の話を切り出してきた。

「それにしても、あの女。こうもあっさりと逃げるなんてね。それにあの女を迎えに来たのは精霊でしょ。あんな大きな翼を生やしていたんだからシエラの同類ってワケ?」

 最後だけ声を大きくして主張する琴未だった。まあ、確かに垂氷を連れて行った精霊は背中に巨大な翼を生やしていた。だから翼の精霊だと琴未は判断したようだが、隣に居るシエラから違う言葉が飛び出してきた。

「確かに翼に関する精霊。巨翼きょよくの属性はスピードよりも積載量を重視した精霊。だから翼の精霊に対してはスピードでは負けるけど、重量級の武器を扱う事で一撃必殺の威力を持った攻撃を繰り出せるのが特徴」

 琴未の挑発に乗る事無く、あっさりと敵の精霊について説明してきたシエラだった。さすがにシエラも戦闘後、しかもリミッターを付けて戦った後だから今は余計な事でエネルギーを消費したくはないのだろう。そして、シエラが、そんな態度を取ってきたので琴未は鼻だけ鳴らして黙る事になった。

 そんな琴未を楽しそうに見ていた与凪がテーブルの中央にあったモニターに敵の精霊を撮影した姿を映し出していた。そしてモニターには、垂氷がサンカミューと呼んでいた精霊の姿とサンカミューの背中に生えた巨大な翼がしっかりと写された。そして与凪は口を開いてくるのだった。

「けど、決して遅いというワケではないんですよね。巨翼の属性もスピード戦に長けたタイプですけど、重量系の武器を手にしてもスピードは落ちませんからね。だからスピードと威力、その二つを兼ね備えた属性になりますけど、翼の精霊を相手にすると、やっぱりスピード負けをしますが、それ以外の精霊だと……レットさんの爪翼の属性と同じ位のスピードは出せますね。そんなスピードと重量級の武器を手にしても決して落ちる事が無いスピードが特徴の精霊と言えるでしょうね」

 与凪がそんな補足を入れてくると琴未は嫌気が差した顔をすると、モニターを見ながら言うのだった。

「何にしても、あの女が契約した精霊よね。与凪の方では、この精霊については分かったの?」

 モニターを見ながらも、そんな質問をしてきた琴未。そんな琴未に与凪は甘いお茶菓子を差し出しす。与凪なりに疲れた琴未を労っているのだろう。そんな琴未に与凪は簡潔な説明をするのだった。

「たぶん、白鳥の精霊ですね。背中に生えている翼は真っ白ですし、巨翼の属性を有しているって事は積載量だけではなく、長距離を飛ぶために大きな翼を持っているのが特徴となりますからね。それらを合わせて考えれば白鳥の精霊で間違いはないと思います。更に、こちらが精界を破壊した時の映像ですけど、見ただけでも、シエラさんのウイングクレイモアを軽く超えるほどの大きさを持ってます」

 そんな言葉を発した与凪がキーボードを操作すると、そこにはサンカミューが精界を破壊する時の映像が、数箇所の場所で撮影をしていたのだろう。五つぐらいの視点からサンカミューが精界を壊す映像が流れた。そんな映像を身ながら琴未はシエラを見てから言うのだった。

「この精霊……翼に関する属性を持っているのよね。どう見ても……中学生ぐらいよね。というか、翼関係の精霊って幼い外見は流行っているワケ?」

 いきなり、そんな事を言って来た琴未に、さすがに今度は苦笑いを浮かべる与凪。そして琴未の隣に居るシエラは、そんな琴未の言葉を聞いて、見ただけでも不機嫌になったと分かるほどに雰囲気が怒りの黒いオーラを出しているのを昇は目にするのだった。

 そんな昇がこのままではマズイと思ったのだろう。急に横から口を出してきたのだ。

「何にしても、明日の決戦では、その精霊も出てくるかもしれないし。それなりに注意をしておいた方が良いんじゃないかな」

 そんな言葉を口にしてお茶を濁す昇。そして、昇の言葉を聞いた琴未は何かの疑問を思い出したのだろう。今度は昇に向かって質問をするのだった。

「それはそうと、昇は何で明日の決戦に同意したの? こっちは連戦になるワケだし、不利になるんじゃないの?」

 そんな質問を出す琴未。そんな琴未にシエラはワザとらしく思いっきり溜息を付いて見せる。どうやらシエラには、その理由が分っているみたいだ。そして、それは閃華も同じだった。だから閃華は琴未を落ち着かせると、その理由を説明するのだった。

「考えてみれば簡単な事じゃよ。敵の申し出を断れば、次に襲ってくる時が分からないんじゃよ。じゃが、あやつはわざわざ決戦を挑んできたんじゃ。つまり、決戦の果たし状を受ける事で、こちらは敵に備える事が出来るし、対策も立てられるって事じゃよ」

「そのとおりですね。相手も決戦を仕掛けてくるには下手な小細工はしてこないでしょうね。だからこそ、相手に備える事が出来るんです。けど、相手の挑戦を断れば、私達としては常に敵の動きに警戒しないといけません。敵を警戒し続けるのですから精神的に消耗します。だから、多少の不利があっても決戦を受けた方が有利なんです。少なくとも、そこで敵と戦う事は分っていますからね。けど断ると、いつ敵と戦う事になるのかが分かりませんから、こちらが更に不利な状況で襲われて各個撃破される可能性が高いのですよ」

 閃華に続いてラクトリーが更に詳しく説明を入れてきた。どうやらミリアのお仕置は終わったようだ。そして、そのミリアはというと、今度は庇ってもらおうという魂胆があるのだろう。すっかりシエラの影に隠れてしまった。

 まあ、そんなミリアは良いとしても。琴未も二人から細かい説明を受けて納得したようだ。まあ、他の者達は最初から分っていたようだから、特に反応も見せずにのんびりとしていた。だから、驚いたのは、その場に居なかったセリスぐらいなものだった。

 そして納得をした琴未が更に質問を続けてくるのだった。

「それで、昇としては何かしらの対抗策があるの?」

 琴未らしく一直線な質問である。そんな琴未の質問を受けて、昇は湯飲みを見詰めながらも少しだけ考える。

 対抗策か、はっきり言って、無いんだよね。そもそも、こっちだって相手の本命が有している戦力が分ってないんだからね。だからこそ、垂氷さんは決戦を挑んできた。それだけ自分達の戦力に自信があるからだ。その点だけを上げれば、情報戦で僕達が不利になったと言える。そんな垂氷さんを相手にどうやって戦うかだよね……計算外を起こすしかないか。僕も、そして垂氷さんさえも思い掛けない計算外を、そのためには……。

 そんな事を考えた昇は横を向くと、未だにシエラの影に隠れているミリアを手招きする。昇に呼ばれてミリアは首を傾げながらも、昇の隣に座ると、昇はミリアの頭を撫でながら、とんでもない事を言い出した。

「明日の戦い……ミリアが鍵になってくる。だからミリア次第では負けるかもしれないし、勝てるかもしれない。どちらにしてもミリアの動きで戦いが変わってくるはずだよ」

 そんな言葉を耳した全員が驚きの声を上げる。それは指名されたミリアも同じだった。まさか、こんな重要な場面でミリアが出てくるなんて誰も思わなかった事だ。だが、昇としては、そこに勝機を見出したのだろう。だからこそ、優しくミリアの頭を撫でながら言うのだった。

「だから明日はミリアに頑張ってもらうよ。明日はミリアの思ったとおりに動いて構わない。皆もミリアの動きを制限しないように注意して。僕から言えるのは、それだけかな。だから後はミリア次第だよ」

 そんな昇の言葉を聞いた琴未が閃華に顔を向けるが閃華も首を横に振るだけだった。どうやら、こればかりは閃華にも分からなかったらしい。そして、それはラクトリーも同じだった。フレトに説明しろと言わんばかりに視線を送られたラクトリーも首を横に振るしかなかったのだ。そんな一同が驚いている中でミリアが一番に驚いているのだった。

 まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、ミリアは今まで誰かと組んだり、フォローしてもらって戦ってきたのだ。それなのに、ここに来て急にミリアが勝敗の鍵を握る重要な役目になったのだ。だから指名されたミリアが一番に驚いていた。

 だが、やっぱりミリアが鍵と聞いて琴未としては心配になってきたのだろう。驚きながらも昇に尋ねるのだった。

「て、って! 昇、それって本気?」

「もちろん」

 即答で返されてしまった琴未。そんな琴未が頭を混乱させながらも言葉を出すのだった。

「い、いや、だって、ここでミリアって。って、シエラは何で呑気にお茶を飲んでるのよ」

 やはりというべきか、そこまで混乱しているのかは分からないが、矛先はシエラに向かってしまった琴未。そして琴未からそんな指摘を受けたシエラは呑気にお茶をすすりながらも琴未に向かって言うのだった。

「私は昇の剣、だからいつでも私は昇を信じてる。それは今でも同じ、そしてこれからも変わらない。だから昇の決断でどうなっても、私は構わない。それだけ昇を信じてるから」

 シエラに、そこまで言われては琴未も返す言葉を失ってしまった。そして返す言葉を失ったのは琴未だけではなかった。それは他のメンバーも同じなのだが、その中でフレトが少しずつ笑いだすと昇に向かって言うのだった。

「相変わらず絶対の信頼を寄せられているようだな。なら、俺も乗らせてもらおう。明日の戦い、滝下昇、お前が何を考えているのかは分からんが、余計な詮索はせずにおこう。良いだろう、俺達もお前を信じて戦ってやるぞ」

 すっかり楽しそうに言葉を口に出すフレトだった。まあ、フレトにしてみれば予想外も、ここまで来れば笑うしかないのだろう。それにフレトは口には出さないが、昇に信頼を寄せている。そんな昇を絶対にシエラは信じると口に出したのだ。なら、フレトも自分の目を信じ、昇に信頼を寄せた自分を信じる事にしたのだ。

 そんな二人の言葉によって空気が一気に変わった。まあ、フレトは完全契約を交わした契約者だけに精霊達からの文句が出るはずもない。それにシエラに、そこまで言われてしまっては琴未としても返す言葉が無いし、閃華も一本取られたとばかりに琴未の肩に手を置くのだった。

 何にしても、ワケは分からないが、誰しもが、この時点で昇を信じる事になったのだ。なら、これ以上は言う事は無いとばかりに次々と先程までの、のんびりモードに戻って行くのだった。そんな周りを見て昇は微笑みながらも、誰にも聞こえない声で言うのだった。「ありがとう」と

 だが、そんな中で一名、未だに緊張した面持ちの者も居た。それが昇の隣に居るミリアだ。やはり、この局面で重要な役目を負わされた事に緊張しているようだが、昇は、そんなミリアに気付くとミリアに向かって囁くのだった。

「大丈夫、ミリアはミリアが思ったとおりの事をすれば良い。それが僕の望んでいる事だし、ミリアはいつもどおりにやれば大丈夫だよ。まあ、失敗したら僕も一緒に怒られてあげるから」

「でもでも~」

 そんな事を言われても、やっぱりミリアには心配なのだろう。まあ、今まで重要な役目を担ってはいなかっただけに、この局面で鍵を握る事になるとはミリア自身も考える事が出来なかったほどだ。それはミリアの師匠であるラクトリーも同じだろう。

 だからか、ミリアは昇から顔を逸らすとラクトリーの方へ向ける。そしてラクトリーはミリアの視線に気付くと、微笑を浮かべて頷くのだった。そんなラクトリーの反応を見て、ますます緊張するミリア。昇はそんなミリアに優しく話を続けるのだった。

「ミリア、もう少しだけ自分を信じてあげて。ミリアだって成長してるんだから。だから、ミリアは精一杯やれば良い、それだけで良いんだ。余計な事は考えなくて良いから、自分を信じて思いっきり戦って。それだけで充分だから。誰よりも僕はミリアを信じてる、だからミリアも自分を信じて。後は思いっきりやるだけだよ」

「……本当に……それで良いの?」

「うん、そうでないと困るよ。ミリアはいつものミリアで戦って欲しい」

「うん……分かったよ~」

 やっと笑顔で答えを返してくれたミリアの頭を昇は優しく撫でてやる。そして、ミリアも昇に頭を撫でてもらって嬉しそうな顔で喜ぶのだった。そんな光景をラクトリーは微笑みながら見守った。そして、ラクトリーには何となくだが、昇が何を考えているのか分かったような気がした。だが、それを口に出しては意味がなくなる。そう、ラクトリーも分かったのだ。今は……ミリアを信じるしかないと。だからこそ、ラクトリーも不出来ながらも自慢の弟子を信じるのだった。

 そんな微笑ましいやり取りが終わると、いつもの調子に戻ったミリアがお茶菓子に手を伸ばし始める。そんなミリアを見て、全員が一安心すると、今度は昇から与凪に向かって質問が出るのだった。

「そういえば与凪さん」

「はい、何ですか?」

「さっき倒した人達って、あそこに放置してきたじゃないですか。本当に大丈夫だったんですか?」

 そんな言葉を口にする昇。やっぱり敵とはいえ、倒した相手が倒れたままだと気になってしまうようだ。だが、そんな昇に対して与凪は少しだけ険しい顔になると、その事についての理由を話すのだった。

「先程も言ったように、あの人達は何も覚えてません。正確に言えば、アッシュタリアに入った直後からは何も覚えていないんです。それがアッシュタリアのやり方ですし、そしてアッシュタリアを一番の勢力した要因の一つなんです」

「いまいち、話が見えてこないんじゃが」

 与凪の言葉に珍しく詳しい説明を求める閃華。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、与凪はさわりだけを軽く触れて話しているようなものなのだから。そんな与凪は呑気にお茶で喉を潤すと、更に謎掛けのような言葉を出してきた。

「契約者の能力にあるじゃないですか。相手を意識レベルでコントロールをする能力が」

「マリオネット」

 与凪が、そのような言葉を口にするとシエラがすぐに答えた。そして、そんなシエラの答えを聞いて納得する閃華とラクトリー。だが、他の面々は未だに理解が出来てはいないようだ。そんなメンバーに向かって与凪は更に詳細な説明を付け加えてくる。

「さすがシエラさん、正解です。マリオネットの能力は、その言葉が意味するとおりに、力を掛けた相手を操る事が出来るんです。まあ、どのレベルまで操る事が出来るのかは契約者の能力次第ですけど。アッシュタリアには複数のマリオネットの能力を持っている契約者が居るって事になります。そしてアッシュタリアではマリオネットの能力で意識すら操る事が出来る契約者や精霊を捨て駒と呼んでいるようです」

「またしても卑怯な能力が出てきたものだな」

 与凪の話に、そんな感想を口に出すフレト。まあ、それも仕方ないだろう。近くにエレメンタルアップという卑怯にも似た能力を持っている昇が居るのだから。そして昇もフレトが自分の事を含めて言葉に出している事に気付いたのだろう、今は苦笑いを浮かべているのだった。

 だが、どんな能力でも万能とは行かない。つまり、マリオネットの能力も卑怯と思われるが、やはり何かしらの制限が付くものである。だから与凪はマリオネットの能力を更に詳しく説明を始めるのだった。

「ですが、マリオネットの能力は相手が強ければ強いほど、まったく効果を発揮できません。つまり、相手の精神力次第でマリオネットの能力を打ち破れるという事ですね。だから、マリオネットの能力は自分よりも格下にしか効果を発揮しないんです。後はどの程度まで操れるかですね。身体だけから精神、そして意識と操るレベルが変わってくるんです。身体レベルは、身体が勝手に動かされるだけですね。精神レベルだと身体だけではなく、思考に干渉して相手の考えや価値観すらも変えます。意識レベルになると、完全に全てが操られる状態になりますね。正しく、身も心も操られるという事です」

「じゃあ、さっき戦った人達って」

「ええ、意識レベルまで操られている契約者と精霊ですね。更に厄介なのがマリオネットの能力で意識レベルまで支配された人の操作権限を他人に移譲が出来るという点ですね。つまり、一度でもマリオネットで意識レベルまで支配すれば、後は誰でも操る事が出来るんです。現状から見るにして、アッシュタリアは高能力のマリオネットが使える契約者が確実に居るという点ですね。だからこそ、アッシュタリアはマリオネットの能力で戦力を増やして、今では一番の勢力になっているわけですね」

「聞くだけでも嫌気がするぐらいの話だな」

 そんな感想を口にしてフレトは苦い顔をする。やっぱり、こんな話を聞かされたら誰だって嫌な気分になるだろう。そして、昇も例外ではなかった。昇としても気分は害されたし、どうしても考えてしまうのだろう。だからこそ、昇は先程の戦いについて思考を巡らす。

 そういう事だったんだ。そういえば、さっき戦った人達は誰一人として口を開かなかった。僕達も誰とも話してないんだ。それは敵との会話すらも出来ないほどに操られているって事だよね。だから、さっき戦った人達は生気が無いような目をしてたんだ。そして強制的に戦わされる……やっぱり……許せないよね。あ~、やっぱり僕とアッシュタリアは相性が悪いな。だから討伐命令なんて出されたんだろうな。

 最後には、そんな感想を抱いた昇だった。そして昇の思考が終わると今度は琴未が与凪に質問して来た。

「確認をしておきたいんだけど。さっき、目を覚ましても何も覚えてないって言ってたわよね。それって、意識レベルまで支配されているから記憶する事すら出来なかったって事?」

 そんな質問をされて与凪は珍しく驚いた。まあ、琴未としても珍しくまとも……まあ、かなり核心を突いた質問だったのだから。与凪が驚いても不思議ではないだろう。だが、核心に迫った質問だからこそ、与凪は更に顔を暗くして答えるのだった。

「そのとおりですね。たぶん、アッシュタリアに入る前、つまり、マリオネットを掛けられる前までは覚えているでしょうけど、その後の事はまったく覚えてないでしょうね。だからこそ、アッシュタリアの情報が出て来ないんですよ。だから、文字通りに捨て駒、失っても害をなさない、そんな意味を込められて捨て駒と呼んでいるみたいですね」

「操っている間は契約者の力を自由に使えるし、戦力増強にもなる。そして倒されても何も覚えていなから、アッシュタリアの情報は出てこない。確かに捨て駒だな、しかも強制的に操っているというのが更に腹立たしい」

 与凪の言葉を聞いて、そんな感想を口にするフレト。そして、これこそが与凪が言っていたアッシュタリアのカラクリなのだ。だからこそ、フレトにしてみれば余計に腹立たしいし、昇としては決して許せる事ではなかった。

 だが、それを知ったからといって何かが出来るわけでもない。それを止めさせるには、アッシュタリア、そのものを壊滅に追い込まないといけない。だが、昇達は事実上、組織という物は有していない。つまり、アッシュタリアとは絶対的な戦力差があるのだ。その差を埋めるのは容易ではないだろう。

 そのうえ、アッシュタリアは今でもマリオネットの能力で捨て駒を増やしている。つまり、アッシュタリアに操られている被害者が増えれば増えるほど、昇達には不利になってくるし、とてもではないが対抗する手段などは見付からないだろう。……それが現実である。

 だから与凪の言葉を聞いて昇は怒りを覚えたが、すぐにアッシュタリアとの差を自覚したのだ。だからこそ、昇の怒りはすぐに冷めてしまい、今では何をどうすれば良いのかすらも分からないほどに何も思い浮かばなかった。

 そんな昇が思いっきり溜息を付くと思考を切り替える事にした。確かに、アッシュタリアが捨て駒と呼ばれてる手段で戦力を無理矢理に増強しているのは許せない事だ。だが、昇達の戦力では組織となっているアッシュタリアに敵うはずもなく、今は目の前にある障害を取り除くだけで精一杯だろう。だから昇は、後の事は後で考える事にして、今は目の前にある障害について口を開くのだった。

「今日、僕達が相手にしたのは、アッシュタリアでも下に位置する捨て駒だよね。けど、明日は違うと思う。垂氷さんの行動と態度から見て、明日は確実に上位の契約者と精霊を出してくるはずだよ。今の僕達は、それを何とかしないといけない。だから、今は目の前にある事に集中しよう」

 そんな昇の言葉に皆が頷くが、ただ一人だけ頷かずに昇に現実を突き付けてきたのが閃華だった。そんな閃華が昇に向かって言葉を放つ。

「確かに、今はそれが大事じゃろうな。じゃが昇よ、それは問題の先送りに過ぎに事を忘れない事じゃな。私達がアッシュタリアと敵対している限り、いつかは向き合わないといけない課題じゃ。そこは分っているじゃろうな?」

 そんな言葉を口にして来た閃華に琴未は文句を付けるが、それは一時的な感情に過ぎない。だから閃華が少し言うだけで琴未は黙るしかなかった。まあ、確かに閃華の言うとおりなのだが、今の時点で言わなくても良いと琴未は思ったようだ。なにしろ、目の前にある障害だけでも大変なのだ。それなのに、今になって士気を落とすような事を口にしない方が良いと思ったからこそ、文句を付けたのだが、やっぱり閃華の方が一枚上手だったようだ。

 そして昇はそんな閃華の言葉を聞いて、少しだけ考える仕草をすると皆に向かって言うのだった。

「だからこそ、僕達は負けられない。ここで僕達が負ければ、アッシュタリアの評価を上げるようなものだから。けど、ここで僕達が垂氷さん達を倒せば状況は変わってくると思う。手を差し出してくる人達も居ると思う。その全てが味方だとは思わないけど、敵にはならないとから。それが僕達が置かれている状況だと僕は確信している。後は……決意と覚悟だけだ。だから……今は目の前の事に集中しよう。その先に待っている……更に厳しい戦いに向けて……」

 そんな事を言って顔を伏せる昇。そんな昇に閃華は何も言わなかった。

 確かに、現状は昇が言ったとおりなのだ。ここで昇達が垂氷を倒せば協力を申し出てくる勢力が有るかもしれない。味方となる大勢の契約者や精霊が居るかもしれない。だが、それを得るためには、ここで垂氷達を完全に叩かないといけない。次に待っている……更なる戦いの為に。

 昇が黙り込んだ事で一気に沈黙が、その場を支配する……のだが、ラクトリーがワザとらしく音を立ててお茶をすすった事により、一気に重い空気が崩れ去ると、その場に居たほとんどが気を砕かれ、中には机に突っ伏す者までいた。

 そしてラクトリーは更に緊張感が無い声で勝手な事を言ってくるのだった。

「咲耶さん、お茶のおかわりをください。あっ、与凪さん、何か他にお菓子、特に甘い物が良いですね~、それが有ったら出してください」

「いやいや、今はそういう空気じゃなかったろ」

 ラクトリーの態度に思わずツッコミを入れてしまうレット。そんなレットのツッコミを無視してラクトリーは更に言葉を続ける。というよりも、何かを発見したようだ。

「あら、しっかりとケーキを用意してましたね。丁度良いですから、これをもらいましょう。ミリア、あなたも来て好きな物を持って行きなさい」

 あまりにもマイペース過ぎるラクトリーの行動に、もうレットすらもツッコミを入れる事が出来なかった。それにラクトリーがケーキでミリアを釣ったものだから、ミリアはすっかり機嫌を良くしてラクトリー元へ行くと、与凪が用意してあったケーキが入っている箱から数種類を選び出して、また元の位置へと戻っていくのだった。

 そんな師弟の行動を見ていたフレトが急に笑い出す。そして、こんな事を言って来た。

「確かに、こんな重いのは俺達の性分ではないな。それに先の事は、まだ何も決まっていないんだ。だったら、気楽に行った方がマシってものだろう」

 フレトがそう言うと、フレトも咲耶に紅茶のおかわりを要求し、更にラクトリーからケーキを受け取る。そして、そんな行動を見ていた琴未が文句を言いながら、同じくケーキを取ろうとするが、すでに大半はなくなっていた。そして振り向いてみると、シエラの前には幾つかのケーキがあるのだった。

 まあ、シエラらしいといえばらしいだろう。いつの間にかシエラはしっかりと自分の分以上に確保していたようだ。そして、そんなシエラに因縁を付ける琴未。もちろん、そんな琴未の言い分はシエラには無視されたが、そんなシエラの行為が琴未に火を付ける。そうなると、いつの間にか笑っていた閃華が仲裁に入るのだが、それと同時に与凪は自分の分が無い事を知ると、文句を言い始めたのだ。

 こんな感じで、先程までの重い空気はどこかに行ってしまった。そして、昇はそんな皆を見ながらも思うのだった。これだけは大事にしようと……。

 そんなこんなで、最後にはいつもの賑やかさになり、すっかり遊び気分を取り戻した昇達は自由な時間を満喫すると、いつの間にか暗くなり始めたので、その場は解散となった。そして帰り道でも、賑やかなのは続き、それは帰っても夕食後で全員が自分の部屋に戻るまで続くのだった。







 はい、そんな訳で、戦いが終わってのんびりしたのはつかの間、一度は重い雰囲気になりましたけど、やっぱり最後はお気楽に終わる昇達でしたね~。まあ、何にしても、昇達はこんな感じですかね~。まあ、後は明日の決戦に備えるだけですね。

 ……まあ、それにしても、今回はいろいろとややこしい事になってますね。まあ、私が言うのもあれですけど……なんか設定がめんどい事になってるな~、とか思ってしまうんですよ。自分でやっておいてなんですがね~(笑)

 まあ、なには、ともあれ、この先は何が起こっても不思議ではない展開になってますね~。まあ、いろいろと起こすつもりですけどね(笑) そんな訳で、今回は昇達の話になりましたが、次回は垂氷側の話となります。まあ、両方の視点で見る事で深く、物語が理解してもらえればな~、とか思っております。

 ……糖分をくれっ!!!! 何かね、甘い物が欲しい状況なんですよ、という事で……求むっ!!!! 糖分っ!!!! というか……イチゴ牛乳でもオッケーっ!!!! 何と言うかギンさん並みにイチゴ牛乳が欲しいのですよっ!!!! アーユーオッケ? ……へっ? ユーアー、ゴーツーヘル……ランチャーはやめてっ!!!! さすがにそれは破壊力がありすぎるからっ!!!! いや――――っ!!!! 

 ……作者細胞分裂中……

 ふっか~つっ!!!! いやはや、何とか復活してきましたよ。……まあ、リアルだと、いろいろと辛いんですけどね。まあ、そんな事は放っておいて、戯言も終わった事だし、そろそろ締めますね~。

 ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからも、よろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。

 以上、無駄なところで筋肉を使っている葵夢幻でした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ