第百六十話 終幕、次なる戦いへ……
未だに捨て駒さえ倒せないのだから……強くはない……はずなのよね。遠くから昇達の戦いを観察していた垂氷が、そんな事を考えながら未だに続いている昇達の戦いを見ていた。
戦闘区域から、かなり離れた場所で観察をしている垂氷だが、しっかりと昇達の戦いを映像記録として撮影、そのうえ計れるだけの身体能力を記録として残していた。さすがに最初から威力偵察が目的だったためか、垂氷は準備を怠る事無く、しっかりと昇達の戦いを記録をしてデータとして残していた。
そんな垂氷が昇達の戦いを見ながらも違和感を覚えるのだった。なにしろ、昇達が戦っているのはアッシュタリアの日本支部でも下位の戦闘能力を持った戦力だ。それなのに昇達は未だに、誰一人とも倒す事が出来ずに、未だに戦いが続いているのだ。そこだけを見れば、昇達の戦闘能力は低いと判断が出来るだろう。
だが垂氷は昇達の動き、それに反射能力と判断力も見ていたが、何か一致しないものを感じたのだろう。だからこそ、垂氷は昇達の戦いを観察をしながらも結論が出ずに、未だに思考を巡らすのだった。
パワー、スピード、テクニック、これだけを見れば強くないと判断が出来るのだけどね。何かしら、違和感があるのよね。何て言うのかしら……そう、時折に見せる数値では出せない数値以上の力。持っている戦闘能力以上の判断と動き、それに反応速度も含まれるわね。まるで……強制的に動きが制限されているようだわ。
そんな事を考えた垂氷は昇達の戦闘記録を取りながらも、今まで取っていた戦闘記録を見直す。すると、やはり垂氷が考えたとおりに数値で表せる身体能力と戦闘中に見せた反応速度に大きな違いがある事に気が付いた。
簡単に言ってしまえば、垂氷のデータでは昇達は敵の動きに素早く反応し、敵の攻撃を見極めながらも、それに対して身体が素早く動かせてない、と言った感じだろう。つまり、数値で表せる身体能力に対して、比例する事が出来ない判断能力と反射速度を出しながら昇達は戦っていると言えるのだ。
そんなデータを元に垂氷は再び思考を巡らすのだった。
やっぱり何かしらの小細工をしてきたみたいね。まあ、こちらが出てきても冷静且つ的確に事を進めたのよね。そんな子が、何も考えずに私達との戦端を開いた……とは考えられないわね。やっぱり厄介ね、あの子。このデータも、どこまで信じられるのかは私自身でも分からないわ。そんな相手にウチのバカ達を真正面から当てても勝てるとは限らないわね。それに、それぞれの精霊を率いている契約者。ターゲットともう一人の子……フレトとか言ってたわね。この二人、タイプは違うけど、二人の相性はかなり良い。さて、どうしたものかしらね。
結局は結論を出せない垂氷だった。まあ、それも仕方がないだろう。なにしろ、たった一回の戦闘で相手の全てが分かるなんて事は出来ないものだ。そのうえ、昇が何かしらの細工をしている事は垂氷が思ったとおりに明白だ。そんな状況下で結論を出すほど、垂氷は単純ではないし、バカでもなかった。
むしろ、思考パターンは昇と近いものがあるだろう。だからこそ、垂氷は日本支部の中枢を担っているのだ。つまり、垂氷も何かしらの勝算や作戦が無い限りは戦わないタイプとも言える。だが、相手が自分に合わせるなんて事はしない。だからこそ、すぐに戦略的な作戦を立案実行するタイプである。
つまり、戦う前から勝機を見出す。それが昇や垂氷のようなタイプだと言えるだろう。そんな昇とは違ってフレトは戦術を駆使するタイプだ。事前の情報も無しに、相手の出方や得た情報で臨機応変に戦闘を変えるタイプだと言えるだろう。つまり、フレトは状況に合わせて戦うタイプだと言える。
それは全体的な戦略は昇が担当し、状況に合わせた変化にはフレトが対応する。そんな二人が、それぞれに精霊を率いて戦っている。それに、今回は上手く分かれたから、そんなデータが取れたが、これが一緒になって動くとなると、かなり手強い相手になると垂氷は判断したようだ。
そのうえ、昇達が何かをしている事は垂氷が見抜いたとおりだ。さすがに何をしたのかまでは分からないが、垂氷のデータを混乱させるには充分な細工をしてきたのは明らかだろう。だからこそ、垂氷は自分のデータがどこまで信じられるかの判断も出来なかったし、何で判断すべきかも分からなくさせていたのだ。
まあ、昇としては、そこまで計算したうえで出した細工ではない。事前の情報で出来る限りの手を打っただけだ。だが、垂氷は昇と似たタイプである。そうなると二人の勝敗を決めるのは事前に得た情報量とも言えるのだ。
更に厄介だと垂氷に感じさせたのがフレトだった。なにしろ、フレトが相手にしているのは契約者を隠す作戦駆使するタイプと言えるだろう。故に契約者に攻撃が集中するはずがないのだ。だが、フレトは的確に契約者を見抜いて戦力を集中、他の精霊を介入させないために、それぞれが足止めに徹している。
垂氷にとっては、こうもあっさりと契約者に攻撃が集中する事が予想外であり、それをすぐに見抜いて、的確な対応をして来たフレトの思考と判断力を厄介だと感じたのだ。
つまり、戦いが始まる前の情報戦でも、戦闘が開始された後の展開でも、昇とフレトの思考は垂氷の予想よりも上を行っていたのだ。だからと言って垂氷が冷静さを失う事も無かった。なにしろ、この戦闘は威力偵察であり、昇達の実力を計るために行う戦闘なのだ。だから、垂氷の予想よりも実力を発揮してきた昇とフレトに対しても驚くに値しない。むしろ、逆に垂氷に警戒心を強めさせるほどの戦いを昇達は繰り広げていたのだ。
そんな垂氷がいつもの冷たい瞳で昇達の戦いを見ながらも、再び思考を巡らすのだった。
戦略、戦術、共に上に行かれたわね。戦闘データだけを見るなら、紅鳶だけでも倒せるけど、このデータも信じられるかは分からないわね。むしろ、紅鳶だけだと相手の罠に引っ掛かるかもしれないわ。そのうえ、現状では完全にあっちに流れを掴まれてる。その流れを手に入れるためにも逆転の手を打たないといけないわね。いや……むしろ紅鳶に突っ込ませた方が流れを掴めるかもしれないわ。バカとハサミは使いよう、とも言うしね。
随分と酷い、まあ、垂氷らしい思考とも言えるだろう。それに、垂氷から見れば何かしらの勝機を見出したのだろう。今まで取っていたデータを全て消し去るのだった。どうやらデータをまったく信じない事に決めたようだ。そんな垂氷が冷たい瞳で口元に笑みを浮かべながら昇達の戦いを観戦しながら結論を出すのだった。
あの子が何をしたとしても、全てを無に帰する事が出来るのよね。まあ、バカの考える事はバカにしか分からないっていうからね。だから、バカが起こす計算外、常識すらも無視する行動こそが勝機に繋がるというわけよ。それこそがウチの強み……まあ、それしかないとも言えるけど。今回は、それが大きく役に立つみたいね。戦略も戦術も無視した戦い方、そんなバカ達に、どんな戦いを見せるのかが見物ね。さて、そろそろ捨て駒との戦いが終わりそうね。なら、私の出番もそろそろね。後は一気に……。
どうやら垂氷は勝利への計算式を導き出したようだ。だからか、垂氷は口元に浮かべた笑みを消し去ると、ゆったりとした歩みで戦場となっている所に向かうのだった。
そろそろ行ける。シャープの能力を有している契約者に対してシエラは、そんな決断を下すのだった。もちろん、シエラが決断を下したのには、しっかりとした理由がある。シャープの能力で八つの巨大なガトリングガンを作り出して乱射をしたまでは良いが。発射された弾丸は一発もシエラに命中させる事が出来なかった。
それに、どんな力にも限界がある。つまり、シャープの能力で弾丸を作り続けるという事は力を消耗し続けるのと同じである。つまり、乱射を続ける事で徐々にではあるが、弾丸を作る力が衰えるという事である。それは、連射速度の低下を意味していた。
そう、弾丸を作る力が衰えるという事は、次に発射する弾丸がすぐに作り出せないという事である。そのため、弾丸の装填が徐々に遅くなっていったのだ。その結果として、連射速度の低下という事態を招いたのである。
それに、シエラとしても、それは計算済みだった。なにしろ、最初から相手を消耗させながら距離を縮めていたシエラだ。そこに連射速度の低下で弾丸が発射できない時間が出来るという事はシエラに反撃の機会を与えているのと同じだ。そのうえ、未だに高速で旋回運動で避ける事に徹したシエラの姿は未だに相手の契約者にも自分の姿を捉えられてない。
つまり、未だに相手の死角を飛び回るシエラが、連射速度の低下したガトリングガンに接近するのが簡単になった、という事だ。だからこそ、シエラは一気に相手の契約者を倒すために行動に移るのだった。
シエラは契約者の背後で一旦、止まるとすぐに契約者を目掛けて飛び出したのだ。だが、契約者を囲むようにガトリングガンは展開されているのだ。つまり、まずは未だに乱射を続けているガトリングガンを何とかしないといけない。だが、まったく狙いを付けずに乱射をしているガトリングガンに近づく事などは、連射速度が低下した今ならシエラにしてみれば簡単な事だ。
だから時折、自分に向かって来る弾丸を掻い潜りながらシエラは一気に契約者の背後にあるガトリングガンに接近した。そして振るわれるウイングクレイモア。その巨大な剣を前にしては、ただ乱射を続けるガトリングガンなどはまったく意味を成さなかった。
金属が砕ける音と共にガトリングガンの消滅を感じた契約者が後ろを振り向く。だが、振り向いた時には、既に後ろに展開していた二門のガトリングガンが破壊された後だった。あまりにもシエラの素早い攻撃に、さすがに驚きの表情を示す契約者。だが、それと同時に自分の危機を感じたのだろう。すぐに左右に展開していたガトリングガンをシエラに向けるために移動させるのだが、銃口がシエラに向く前にウイングクレイモアで破壊されてしまった。
これで六門のガトリングガンが破壊され、残すは二つ。しかも未だに背後にあるのだから、それを前に持ってくるのには数秒だが、時間が掛かるのである。それでも、このまま倒されるワケには行かないと感じたのだろう。シャープの契約者はガトリングガンを前面に展開させようとする。
だが、その数秒だけあれば、スピード重視のシエラにとっては充分な時間だった。六番目のガトリングガンを破壊するためにウイングクレイモアを振り抜いたシエラは、ウイングクレイモアの翼を大きく広げる。そのため、ウイングクレイモアには強大な空気抵抗が生まれる。その空気抵抗を利用して振り抜いた勢いを殺すシエラ。
そして攻撃態勢を取り戻したシエラが目の前に居るシャープの契約者に狙いを定める。空中で左斜め上にウイングクレイモアを構えるシエラ。そしてウイングクレイモアの翼が一度だけ空気をかくと、大量の空気を一気に後ろに送る事でウイングクレイモアは高速の初動スピードで動き出す。
後は力と重力に任せて振り下ろされる。そしてウイングクレイモアは、ガトリングガンを左右にまで移動させていたシャープの契約者を斬り裂く。やはり翼の精霊を前にしてはスピードで敵うはずもなく、シャープの契約者は自分の身体を通り過ぎていくウイングクレイモアを感じながらも、痛みを伴わない感触と共に自分の中にある器が壊れるのを感じたのだ。
そして器が壊された時点で、契約者は争奪戦から敗退。本来なら受ける傷も無くなり、希薄になっていく自分と精霊達を感じながら、シャープの契約者は後ろに倒れながら意識を失っていくのだった。
「そろそろ決めるぞ」
「そうですね、マスター」
他の精霊が全て足止めを喰らっている中で孤軍奮闘をしていた地の属性を持つエレメンタルの契約者。そんな契約者を消耗させるために攻撃の手を休めなかったラクトリー。そしてフレトも他の精霊が全て契約者の元に来れない事を確認するとラクトリーを一度だけ退かせると、合流してから言葉を交わしたのだった。
それからフレトは具体的な事を話すのだった。
「まずは攻撃を続けろ。敵は消耗しきっているからな、すぐに隙を出すだろう。そこを俺が敵の動きを封じるから一気にトドメを刺せ。あの契約者を倒して終わりにするぞ」
「分かりました。では、行きます」
「あぁ」
フレトが短く返事をするとラクトリーは再び飛び出して行き、契約者への攻撃を再開させるのだった。相手の契約者も休む間も無く、再びラクトリーが攻撃を再開して来たために、重く感じる身体を無理をして動かすのだった。
さすがにフレトから大ダメージを喰らい、それからずっとラクトリーから攻撃を受け続けているのである。相手の契約者は体力が限界なのはラクトリーも感じていた事だ。当然、戦況全体を見ていたフレトだからこそ、契約者の動きから体力が尽き始めているのが、しっかりと見て取れたのだ。
だからこそ、ここが敵を倒す最大の好機だという事は二人とも感じていた事だ。そんな二人が勝機を見逃すはずがない。そして勝機を確実な勝利にするために、ラクトリーは苛烈に攻め続けるのだった。そんなラクトリーの後ろでフレトは詠唱を開始する。
「我が呼び掛けは地中の汝、呼び掛けに答え、その身を繋げて地中より出でよ」
詠唱が終わるとフレトはマスターロットを思いっきり地面に刺す。それからラクトリーと敵の契約者に目を向けるフレト。そう、これで準備は整った。後はラクトリーの苛烈な攻撃に耐えられずに隙を見せた瞬間を狙えば良いだけだ。
だからこそ、フレトはしっかりと二人の動きを見続ける。そして、それは程無く訪れるのだった。ラクトリーは思いっきりアースブレイククレセントアクスを振り下ろして地面を砕いた。だが、それで終わるはずも無く。ラクトリーは次の瞬間にはクレセントアクスを振り上げていた。あまりにも早い切り替えしの攻撃に、一瞬だけだが相手の契約者は完璧に防ぎきれずに、斧と共に腕が上がってしまった。
同じ地の属性を有していると言っても、攻撃に特化しているラクトリーの威力は凄まじく。契約者がいくら防御に地の属性を使ったとしても、ここまで連続で重い攻撃を出されては防ぎきる事は無理と言えるだろう。そんな事が出来るのは、ラクトリーと同じ位に地の属性を操れる大地の精霊ぐらいだろう。
そのうえ、素早い斬り返しの攻撃に対応が出来なかったのだ。だから契約者が軽く万歳をする形で体勢を崩すのも当然と言えるだろう。けれども、体勢を崩されたと言っても軽くである。数秒後には体勢を立て直せるだろう……そう、何も無ければである。
「鉄鎖召喚、敵を絡め捕れっ!」
契約者が体勢を崩した瞬間、フレトが一気に詠唱を終えて大地の中にある鉄を掻き集める。そうして集った鉄が鎖となって、地面から何本も勢い良く飛び出し、そのまま敵の契約者に絡み付くのだった。そのため、敵の契約者は体勢を崩された状態で捕縛され、完全に動きを封じられてしまった。
そのうえ、腕が上がった状態だからこそ、前がガラ空きだ。そんな状態で拘束をされてしまったのだから、敵の契約者は驚きながらも瞳に写ったラクトリーの姿に恐怖も覚えた事だろう。なにしろ、ラクトリーは既に身体を一回転させており、今にでも再び勢い良くクレセントアクスを振るえる状態を作りつつあるのだから。
それに比べて、敵の契約者は隙を見せた状態で拘束をされてしまったのだ。だから、最後の足掻きとも言えるように身体を動かすが、その程度で鎖が解ける事は無かった。まあ、フレトとしてもトドメを刺す瞬間を狙っていたのだからこそ、敵の契約者を拘束している鎖には相当な力を込めたのだ。そんな鎖を少しもがいただけで解けるワケがない。
つまりは絶体絶命。フレトとラクトリーの連携で敵の契約者は、そんな事を感じているのだろう。そんな相手の瞳に絶望と恐怖が見て取れたのだろう。フレトは口元に笑みを浮かべると敵を縛る力を緩める事無く、最後まで見続けるのだった。
そして、一回転をして再び攻撃態勢に入ったラクトリーがそのままクレセントアクスを真横に移動させる。更に上半身をひねる事で身体のバネを最大限に利用してきた。そこからラクトリーは右足を軸にして左足を思いっきり踏み込んだ時、溜め込んだ力が解放されて、最大威力を有したアースブレイククレセントアクスが振るわれる。
その破壊力は凄まじく、契約者の身体を通過したクレセントアクスは体内にある器だけではなく。契約者が身にまとっていた防具とフレトが作り出した鎖までも砕け壊し。敵の契約者は衝撃で後ろに飛ばされ、そのまま背中から落ちて行くのだった。
さすがに大地の破壊型であるラクトリーが出した渾身の一撃だ。その威力はかなりの物があり、敵の器を壊すだけでなく、そのまま拘束された契約者を弾き飛ばしてしまったのだから。だが、これで戦いが終わった事には変わりない。だから、ラクトリーは弾き飛ばされて、仰向けになって倒れている契約者。まったく動かない事から気を失っているというのが分かるほどだ。そんな契約者を見て、微笑を浮かべるとアースブレイククレセントアクスを肩に掛けるのだった。そして、そんなラクトリーにフレトは溜息を付いてから話し掛けるのだった。
「確かに倒せと言ったが、ここまでやる必要があったのか?」
「あらあら、マスター。猫は一匹のネズミを狩るのに甚振ると言いますよ。だから、どんな状態でも敵を倒す時には全力を出すものです」
「いや、その例えは間違ってないか。そもそも甚振る前に全力で倒しているだろう」
「そこは臨機応変ですよ、マスター」
「あぁ、そうか、まあ……いいか」
そんなラクトリーの言葉を聞いてフレトは頭を抱えるのだった。まあ、それも仕方ないだろう。普段では真面目でミリアの師匠が出来るほどの知識と常識を持ったラクトリーなのだが、時折に見せる天然さにフレトは何て対応して良いのかがまったく分からなかったのだ。
まあ、この場にレットか咲耶が居れば、適当にツッコミを入れて会話を終えているのだろうけど、さすがにフレトだけだとラクトリーの天然さには対処が出来ないようだ。まあ、そんな天然ラクトリーに対してフレトは気を取り直すと、改めて周りを見てから話を続けるのだった。
「どうやら、滝下昇の方も終わったみたいだな。なら、俺達も合流するぞ。今の状況で更に戦力を投入されて各個撃破に出てきたら厄介だからな。その前に集結しながら滝下昇と合流するぞ」
「はいはい~、ですがマスター。各個撃破の可能性は低いですよ~」
「その理由は?」
歩き出しながらも、そんな会話をするフレトとラクトリー。そんな二人の元に契約者を倒した事で相手をしていた精霊が消えたので、フレトの下に精霊達も集結しつつあった。そんな周りをフレトは見ながらもラクトリーの言葉に耳を傾け、ラクトリーも会話を続けるのだった。
「まずはタイミングですね~。相手が予備戦力を持っているのなら、消耗しきった、私達が敵を倒そうとした瞬間に投入してくるのが一番です。そうすれば、味方を守り、敵を一気に倒す事が出来ます。それに、敵もマスターに、契約者に戦力を集中する事で一気に倒しに掛かるはずですよ~。それが無いという事は、今は予備戦力が無い、という事を示してま~す」
「なるほどな。そうなると、滝下昇が予想したとおり、という可能性が大きいって事だな」
「ですね~。それと、これは私見ですけど、ずっと後ろで見ていて、最初に接触をしてきた垂氷さんって人、昇さんと同じタイプですね」
「同じというと?」
「戦略で勝算を作らない限りは戦わないタイプという事ですよ~。事前に最大の勝機を得た手を打つ事で戦いの流れを自分に持って行く、つまり、戦う前から勝つ、というタイプですね。昇さんも同じですから~、昇さんが相手の手を予想したのですから、こちらの手も読まれてるかもしれませんね~、という事ですよ」
そんなラクトリーの話を聞いてフレトは少しだけ考え込むと、再びラクトリーとの会話を続けるのだった。
「つまり思考パターンが似ているというワケか。なら、今は勝てても次に何かを仕掛けてくるのは当然という事だな」
「むしろ、そっちの方が本命でしょうね~」
「なら、今は何をやっても無駄だな。敵が何をしてこようとも、次は戦いに持ち込まないだろうな。なら、何が起きても騒ぐに値しない、という事だな」
「はいはい~、そうですね」
ラクトリーを初め、周りの精霊も同意する言葉を口にするとフレト達は、そのまま昇達と合流するために今はのんびりとした歩調で歩いていくのだった。
「敵の戦力は完全に撃破、これで私達の勝ちね。さ~て、次はこっちにゆっくりと歩いてくる、あの女を叩き潰せばいいのね」
そんな言葉を口にしながら昇の元へ合流した琴未が雷閃刀を振るいながら戦意を示すと、その後ろで、シエラが琴未に聞かせるかのような溜息を付いてみせるのだった。そんなシエラの挑発に対して額に怒りのマークを浮かべた琴未が振り返るとシエラを睨み付ける。それからシエラに対して口を開くのだった。
「なに、何か文句が有るわけ?」
「……バカ」
シエラの短い言葉に琴未の怒りマークが増えるのを昇は目にするのだった。そんな昇が閃華に目を向けると、閃華は仕方ないと肩で表現すると二人に向かって歩いて行くのだった。その間にも二人の会話は続くのだった。
「それとも考えが甘いと言った方がよかった、どちらにしても頭が悪いって意味だけど」
「ふっ、ふふっ、毎度毎度の事ながら言ってくれるじゃない、シエラ。なら、先に相手をしてあげるわよ」
「そういうところが野蛮って言える。もう少し慎みを持ったら」
「あ~、そうですかっ! 陰険なシエラにそこまで言われたら私も態度を改めないとね。少なくとも、シエラのように陰険にならないように、素直で明るくね」
「琴未は騒がしいだけ」
「そういう誰かさんの言葉はトゲだらけなのよね」
「ほれほれ、そこまでにしておくんじゃな」
すっかり視線だけで火花を散らしていた二人の間に閃華が龍水方天戟を入れて間に割り込む。龍水方天戟の刃によって視線が遮られた事もあり、シエラと琴未はお互いに視線を逸らす。もっとも、琴未は思いっきり不機嫌そうな声を上げながら視線を逸らしたものだから、それだけでも、かなり不機嫌になっている事が分かるというものだろう。
そんな二人に閃華はやれやれと言った形で息を吐くと。琴未に対して説明をしてやるのだった。それは先程、ラクトリーがフレトに言ったのと同じような言葉であり、閃華の見解もラクトリーと同じなのは確かみたいだ。そして、それを一番に感じていたのは昇だった。そんな閃華の言葉を聞いて、やっと納得する琴未。すると、いつの間にか昇の傍に移動したシエラが昇に話し掛けるのだった。
「昇、気付いてると思うけど」
「あ~、シエラもやっぱり、そう思う」
「うん、さっきの戦いで敵は陣形を崩さなかった。私が契約者を攻撃しているのに。普通なら契約者と合流して各個撃破させない。けど、さっきのはまるで、個人の力を計るようだった。だから最初から立ててた作戦どおりに最後まで動いてた、そんな感じがする。それは、昇と似ているのと同じ」
そんなシエラの言葉を聞いて、昇はやっぱりと思いながらも疲れたように息を吐く。まあ、昇は昇なりに垂氷を厄介だと感じたのだろう。しかも、シエラから似ていると的確な言葉が出たのだ。だから昇は垂氷の思考パターンが自分に似ていると思いながらも、どう考えれば良いのかを考えていたのだが、まったく答えが出なかったのだ。
そんな昇が助けを求めるかのようにシエラとの会話を再開させる。
「そうなると、やっぱり、こっちの手も読まれてるって考えた方が良いよね。そうなると……僕はあの人が考えそうな事を考えた上で考えないといけないのかな?」
まったくもってややこしい言葉である。それでも、シエラは真っ直ぐに垂氷を見ながらも会話を続けるのだった。
「そう判断するのは、まだ早い。相手がこちらの手を確実に読んでいるとは限らない。少なくとも、何かに気付いた、それぐらいは考えた方が良いかもしれない。それに相手は、これから交渉に持って行くはず。その交渉で昇がどこまで相手を読みきれるか、そこに勝敗を別ける鍵があるのかもしれない」
「あまりプレッシャーになる事を言わないでほしいんだけど」
「けど、事実」
はっきりとシエラに断言された昇が再び疲れたように息を吐くと、今度は気を引き締めて、姿勢を正す。どうやら昇も、これからの展開はシエラが言ったとおりだと考えているようだ。つまり、垂氷は戦う事はせずに、何らかの交渉に持って行く。それは次に戦うための準備でもあり、昇達を罠に掛ける手段かもしれない。だが、垂氷がどんな手を出して来ても、昇はそれに対して考えなければいけないのは事実だった。
だからこそ、昇はこちらに向かって来る垂氷に対して弱みを見せないように、毅然とした態度を取るのだが、その前にシエラから言葉が出てきた。
「あっ」
思いっきり分かり難いが、シエラが珍しく驚きの声を上げたので、昇は視線を垂氷に向けたままでシエラに話し掛けようとするが、その前にシエラから何が起きたのかが告げられた。
「昇、精界の一部が破られた。しかも閉じないように固定されてる。だから少なくとも二人、これで逃げ道は確保された」
そんなシエラの言葉を聞いても、昇は、そうなっても不思議ではないと考えていた。まあ、そこが二人の思考パターンが似ているという由縁なのだろう。つまり、昇は最初から垂氷は逃げ道を用意していた、と思ったからこそ、シエラの言葉を聞いても当然かとしか思わなかったのだ。
もし、自分が垂氷の立場だとしたら、やっぱり最初に逃げ道を用意しておくのは当然だと考えたからだろう。だからこそ、昇は琴未達を呼び寄せると垂氷に目を向けながら皆に話し始めるのだった。
「今日はもう戦う気は無いみたいだ。やっぱり、というべきだろうね。だから、あの垂氷って人が何をしようと、何か起きても驚いたり、混乱しないで欲しい。僕達は毅然とした態度で垂氷さんが逃げるのを見送ろう」
そんな昇の言葉を聞いた琴未から質問が飛び出してきた。
「って、逃げるのを見逃すのが前提になってるワケ?」
まあ、琴未としては疑問に思っても不思議ではないだろう。なにしろ、琴未が言葉に出したとおりなのだから。昇は垂氷が逃げる事を前提として考えている。だからこそ、垂氷が逃げ出しても毅然とした態度を皆が示せば、それだけでも垂氷の警戒心を強める事が出来る。だが、それが、どこまで垂氷に通じるかは昇にも分からなかった。まあ、少なくとも堂々と見逃せば、自分達は垂氷の行動を読んでいた。と思わせる事は出来るだろう。
そんな説明を閃華からされて、渋々ながらも納得する琴未。やはり、思考が好戦的な琴未にとっては、そのような駆け引きについては今一つ、分からないものがあるのだろう。けど、昇が決めた事だからと納得をするのだった。そして、そんな琴未から次の質問が出される。
「そういやさ、昇。その事はフレト達に伝えておかなくていいの?」
「フレトなら、それぐらい分っているだろうし。ラクトリーさんや半蔵さんが居る。だから、それぐらいは予想して、こっちに合わせてくれると思う。だからフレトも慌てず、急がずに、こっちに向かってる。後は垂氷さんと話をすれば、今日は終わりだと思う。もっとも、その話で次の展開が決まるワケだけど」
「やれやれ、なんか、いろいろと厄介よね~」
最後に、そんな言葉を発して黙り込む琴未。どうやら、これ以上は自分の出番は無いと思ったし、そうした事は自分には似合わないと思ったのだろう。だからこそ、昇に全てを託す事にしたようだ。まあ、今はだが……。
そして、フレト達が昇達と合流すると垂氷も距離を置きながらも、会話が出来る位置で止まった。やはり、昇達からの攻撃が来ないようには警戒をしているようだ。もっとも、その警戒心はかなり薄いのを昇は感じていた。どうやら、双方とも相手の思考を読んだみたいであり、戦いを次に持ち越す事が決まっているみたいだ。それでも、垂氷は冷たい瞳と冷たい声で話を始める。
「まずはさすが、とでも言っておきましょうか」
「そうですね、もっとも、嫌味にしか聞こえないですけど」
「あらあら釣れないのね。こちらとしては賞賛の言葉を贈ったつもりですけどね」
「あなたの言葉と態度からは、そんな風には感じられません」
「冷たいのね」
「ええ、あなたが」
そんな会話をする昇と垂氷。そんな垂氷が口元に笑みを浮かべた、まるで何かがあるように。そんな垂氷に対して琴未やミリアが少し動くが、すぐに閃華とラクトリーによって動きを止められた。それを見ていた垂氷が溜息を付くと、冷たい瞳に鋭さを加えて昇を見詰めながら話を再開させるのだった。
「どうやら、これ以上は腹の探り合いに意味は無いわね。なら、単刀直入に言いましょう。明日の、この時間、この場所で。それで決着を付けましょう。今度は……お互いに全力でね。それなら文句は無いでしょう」
「確かに文句は無いですけど、僕達が勝ったら、あなたはどうするつもりですか?」
「大人しく尻尾を丸めて帰るわよ。まあ、あなた達が勝てたらの話だけどね。私としても負ける訳にはいかないのよね。だから、次はこちらも全力を出させてもらうわ。さあ、あなたは、この挑戦状を受けるのかしら?」
「受ける、受けない、の前に降り掛かる火の粉は振り払わないといけません。あなた方が掛かってくるのなら、僕達は全力であなた達を倒すだけです」
「なら決まりね。それじゃあ、また明日に会いましょう」
「随分とりゅうちょうな事を言っているな。ここで俺達がお前を倒せば終わりだろう」
昇と垂氷の会話に割り込んできたフレトが、そんな言葉を発する。確かに、昇達は戦力が揃っているが、垂氷は一人だけだ。この状況なら簡単に垂氷を倒す事が出来るだろう。だが、垂氷はフレトに向かって冷たい微笑を向けると冷たい言葉を発する。
「挑発にもならない、そして自分でも思っていない言葉を口にするものではないわ、可愛いお子様。けど、それはそれで可愛いから許してあげるわ。さて、それでは、そろそろ私は失礼させてもらうわ。それから、形式だけど謝ってあげるわ。あなた達の休みを台無しにしてごめんなさいね」
垂氷の言葉にフレトは睨み付けるが、それ以上は何もしなかった。フレトも分っていたのだろう、これ以上は何を言っても無駄であり、逆に垂氷の挑発に乗るようなものだという事が。だが、そんなフレトの思惑を踏みにじるかのように、今度は琴未が声を上げるのだった。
「って! こんな状況でどうやって逃げるっていうのよっ! というか、本当に私達の休みを返しなさいよねっ!」
そんな琴未の言葉に垂氷は一瞬だけキョトンとした表情をするが、すぐに楽しそうな笑みを浮かべながら言うのだった。
「あらあら、こっちは本当に可愛いお嬢さんね。それだけ面白いって事ね、まあ、そのうち遊んであげるわよ。それから……こうやって逃げるのよっ!」
そんな言葉を発した途端、垂氷は手を思いっきり上げる。そんな垂氷に対して琴未が挑発に乗った言葉を発しようとした時だった。突如として琴未達に降り掛かった突風が琴未の口を封じると共に垂氷の姿が消えるのだった。
だが、そんな状況を冷静に見ていた昇達が空を見上げると、琴未とミリアも真似して空を見る。すると、そこには、背中に巨大な翼を広げた精霊が垂氷を片手で支えながら空に舞い上がっていたのだ。
そう先程の突風は、この精霊が急降下した時に起こったもの。降下速度を落とすために背中に生えている巨大な翼を羽ばたかせたのだ。それから垂氷の手を取ると一気に空に舞い上がったのである。そのために、急激な突風が昇達に襲い掛かったのだ。もっとも、それで垂氷の姿を見失ったのは琴未とミリアだけであり、残しはしっかりと垂氷が逃げていくのを見送ったのである。
そして、空中に逃げた垂氷が昇達に軽く手を振ると、巨大な翼を生やした精霊は、そのまま垂氷を連れて飛んで行ってしまった。そんな垂氷に対して琴未が悔しそうな声を上げる。
「って! なんなのよ、あの女っ!」
そんな琴未に対して昇は苦笑いを浮かべるしかなかった。そんな昇とは正反対にフレトは呆れたような溜息を付いていた。まあ、最初から、このような展開になるのは二人とも分っていたのだ。それに、精界が破られた事は昇とフレト、それに琴未にもしっかりと話してあったのだが、やはり、実際に目の前でただ逃げるのを見送るのは釈然としないのだろう。だから琴未は文句の声を上げたとも言える。
まあ、それが琴未らしいといえばらしいのだが、実際に目の当たりにすると反応はそれぞれのようだ。そして、そんな琴未を無視して、シエラはさっさと精界を崩そうとする。そんなシエラとは正反対にラクトリーは琴未が落ち着くまで待った。
そして閃華が琴未をあやしてやっと落ち着くと全員が武装を解いてからラクトリーは精界を崩した。そして人間世界に戻って来た昇達に声を掛ける者達。
「おかえりなさい、お兄様、昇さん」
「お疲れ様です。ご要望どおりに、こっちからも、いろいろとデータが取れましたよ」
元々居たセリスが昇達を迎えるのは当然として、今までは居なかった与凪の姿がそこにあったのだ。だが、昇達は誰一人として驚きはせずに、当然のような反応を示していた。どうやら、与凪が待機しているのは、前もって決まっていたようだ。そして、与凪のデータを元に、今後の事についての話し合いが始まったのだ。
はい、そんな訳で、やっと前哨戦が終わりましたね~。まあ、両陣営とも同じような考えを持っていたようですけど、そこから昇の思惑と垂氷の思惑がぶつかり合う事になりそうですね~。
まあ、何にしても、両陣営とも、それぞれに作戦を立ててくるでしょうね~。そんな両陣営の戦いは数話先になると思います。まあ、その前に、いろいろと整理、そして思考が入るワケですよ。
……眠い……いやね、何か、昨日は調子が良かったから、一気に書き上げたんだけど、夜からまたきやがった。はい、リンパ線が腫れました。まあ、風邪で炎症を起こしてるんだと思うんですけどね~。まあ、腫れるのはともかく……痛いのは辛いです。
そんな訳で、ほとんど眠れずに、すっかり頭が真っ白なのですよ。まあ、そんな状況で最終チェックをしましたら、誤字脱字が多々あったらごめんなさい。というか……そんな状況が一週間ほど続いているのですよ。
さすがにいつまでも治らないので辛いです。というか、今日は寒気すら感じているのですよ。という事で、さっさと上げて、ゆっくり休もうと思ってます。……お布団にダイブッ!!!! アンド、ローリングッ!!!! そこからの……スタンドアップッ!!!! ……ちくわっ!!!!
……はい、久しぶりにまったくの意味無しな戯言です。いやね、何か白い頭が叫べとばかりに訴えてきたからね。という訳で、本能がおもむくままに突っ込みました。
という事で、そろそろ長くなってきたので締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、とりあえずは寝るか、とか思った葵夢幻でした。