第百五十九話 影と影の薄い? 精霊達の戦い
半蔵は軽やかな動きで相手の精霊が繰り出してくる二本の刀を見事に避けていた。だが、避けるだけで半蔵は反撃に出ようとはしなかった。どうやら、今のところは様子見といった感じだろう。けれど、半蔵に様子見をさせるだけの余裕を与えているのだ。そこだけを見れば、相手の精霊が振るっている二刀流も大した事はないのが充分に分かると言ったところだろう。そして、実際に半蔵も、そう考えているようだ。
動きが荒い。この程度なら余裕で倒せる。だが……。
言葉と同じく思考も短い半蔵だった。それに半蔵が反撃をしないのは、未だに相手の精霊が属性を使ってこなかったからだ。なにしろ、一番後ろに居た二刀流の精霊を足止めするために、半蔵は空間を切り裂いて、精霊の上から奇襲を掛けたのだが、これは簡単に受け止められた。どうやら、それなりの腕はあるようだ。
だが、そこからがお粗末だった。それから二刀流の精霊は刀を振るうだけで、属性を使ってはいなかった。そんな精霊に対して避けに徹する半蔵。どうやら、半蔵も未だに属性を使ってこない精霊に対して懸念を抱いているようだ。だからこそ、今は余裕を持てるだけの動きをするために避ける事に徹しているようだ。
だからこそ、未だに攻撃を避け続ける半蔵に対して相手の精霊は女性だが、白紫の髪を揺らしながら二本の刀を振るい続けるのだった。そんないつまでも終わりが見えない一方的な攻撃に対して半蔵は焦りをみせなかった。そして、それは相手の精霊も同じだった。
どうやら、相手が避け続けて、反撃に転じなくても余裕が持てるほどの力、または戦術があるのだろう。だからこそ、二刀流の精霊は余裕を浮かべながら刀を振るい続け、半蔵も余裕を見せながら避け続けるのだった。
そんな攻防が続いている中、唐突に変化は訪れるのだった。突如として動きが鈍くなる半蔵、そこに片方の刀が半蔵の脇腹を斬り裂く。だが、深くは斬れてはいなかった。むしろ、浅す過ぎると言えるだろう。なにしろ、二刀流の精霊が斬り裂いたのは半蔵の服と表皮だけだったのだから。
だから、少しだけ血が膨らむように出たものの、まったく血が垂れる事はなかった。つまりはかすり傷、この場合は極々浅い切り傷と言うべきだろうか。つまり、それぐらいのダメージとも言えない程のダメージしか与えてはいなかったのだ。
だが、突如として半蔵の動きが鈍くなったのは確実な事だし、傷を付けられてからは半蔵は身体に重りを付けたかのように感じたため、一気に背後の空間を切り裂き、その空間を移動して二刀流の精霊から距離を取るのだった。
だが、このまま二刀流の精霊は追撃を仕掛けてくるだろうと半蔵は警戒をしたが、相手の精霊は未だに先程の場所から動いてはいない。逆に余裕の笑みを浮かべながら、自らの頭を指差すのだった。
そして、今までは気付かなかったが、二刀流の精霊は花飾りを頭に付けていた。いや、正確には花を付けていたと言っても良いだろう。その花は薄紫の色をしており、三センチぐらいの小さな花だが、数個の花に垂れるような花弁が特徴的な花だった。
その花を見た半蔵がやっと表情を崩して、自分の失態を認めるかのように、顔をしかめるのだった。そして半蔵は、あの花が意味する事を口に出すのだった。
「石楠花、毒花の精霊、毒の属性。先程の攻撃も毒の花粉を撒き散らすためか」
そう、毒花の精霊が指し示した花は石楠花。ツツジ科で低木に花を開かせる植物である。つまり、相手の精霊も植物系の精霊という事だ。更に厄介なのは、石楠花は全体に毒を含んでいる。もし、体内に取り込んだとしたら、痙攣、全身麻痺、呼吸麻痺、呼吸困難などの症状を出すからだ。
そして毒花の精霊は石楠花の精霊とも言える。つまり、毒を自由に操る事が出来る精霊なのだ。そして、その毒をコントロールしているのが、毒の属性。一口に毒の属性と言っても、毒の効果は様々だ。その効果は精霊の元素となっているものによって決定される。つまり、石楠花を元にして生まれてきた毒花の精霊が有する毒の効果は先に上げたとおりである。
その中で、今の状況にとって一番厄介なのは、やはり、全身麻痺と呼吸困難だろう。なにしろ、半蔵の動きが急に鈍くなったのは全身麻痺の毒が効果を発揮したためである。そして、今では半蔵の呼吸も荒くなっている。
どうやら、先程の切り傷で更に毒を入れられたようだ。毒の属性は使い方によっては、とても便利な属性と言えるだろう。なにしろ、武器を振り回す事によって、相手に気付かれないように少量ではあるが、武器から出た毒を吸わせる事が出来るのだ。それに、相手を直接的に傷付ければ、そこから大量の毒を入れる事が出来る。
つまり、今まで何もしないで刀を振り続けていた毒花の精霊だが、刀を振るうたびに、毒の花粉を少しずつばら撒き、それを半蔵に吸わせていたのだ。だからこそ、余裕を持って避けて続けていた半蔵の動きが急に鈍ったのだ。それは体内に入った毒が全身麻痺の効果を発揮したためだろう。そのために半蔵の動きが急に鈍ったのだ。
そして、今では斬り付けられた事により、更に毒を入れられて呼吸困難になっている。つまり、どんな小さい傷であっても、毒花の精霊を相手に傷を負うという事は、同時に毒を受けるとの同じという事である。精霊だから毒で死ぬ事は無いが、致死量に至る毒を喰らえば、確実に動けなくなり、相手に倒されるのは必然という事だ。つまり、争奪戦では致死量に至る毒を喰らう、という事は倒されるのと同じである。
だから、半蔵としても、これ以上の毒を喰らう事は許されない。その対抗策だろうか、半蔵は首に巻いてあった布を口にまで持ってくると、そのまま口と鼻を塞ぐように布を被せるのだった。
確かに、これなら空気中に舞い上がっている毒を吸い込む事は無いだろう。だが、先程の攻撃で毒を喰らったのは事実であり、毒花の精霊も大量の毒を半蔵に注ぎ込んだと感じたのだろう。だから、今では余裕を見せているという訳である。
だが、それは毒花の精霊が見せた、油断とも言える。なにしろ、今では半蔵の呼吸は正常に戻っているからだ。伊達に半蔵は戦国時代に忍をやっていた訳ではない、という事だろう。つまり、半蔵は毒に対して抵抗力をつけるための訓練を受けているし、当然のように、幾つもの解毒剤を持っている。半蔵は口を塞ぐ時に、布に隠して解毒剤の丸薬を飲み込んでいたのだ。なにしろ、半蔵も毒を使う事があるのだから、解毒剤を持っていても不思議では無い。
毒を使う者は毒という脅迫や威嚇、または殺害に使い。そして、自分が使うという事は相手も使うという事である。だからこそ、忍である半蔵は自分でも毒を使うために、毒に対する対策も万端という事である。つまり、忍としての経験が半蔵に毒に対する対策を万全にさせていたのだ。
だが、未だに毒花の精霊は、その事に気付いてはいない。そこで半蔵は判断を迫られるのだった。このまま一気に奇襲に出るか、それとも、このまま毒の効果で動けない振りを続けて反撃を狙うかの二択である。どちらが確実に攻撃を入れられるか、という事である。そして半蔵は判断を下すのだった。
毒花の精霊に向かって駆け出す半蔵。それを今まで見ていた毒花の精霊が黙って見ているはずはない。だからこそ、毒花の精霊も半蔵に向かって一気に駆け出し、二本の刀を振り出す姿勢を取るのだった。
だが、次の瞬間、半蔵の姿は消えて、それに驚いた毒花の精霊は動きが刹那の瞬間だが抑えられる。半蔵が消えた事で驚きがあったために、一瞬だが思考と動きが鈍ったのだ。そして次の瞬間、背中から血飛沫を出す毒花の精霊。あまりにも一瞬の出来事で何があったのか分からなかった毒花の精霊が振り返ると、未だに自分の血飛沫がゆっくりと落ちる中で、血潮を浴びた半蔵の姿を目にするのだった。
そんな半蔵が追撃とばかりに蹴りを入れてくる。追撃までの時間は数秒ほどだ、そんな時間で防御が出来るほど、毒花の精霊は体勢を立て直す事なんて出来るわけが無い。だから半蔵が放った蹴りは毒花の精霊に直撃、そのまま弾き飛ばされるのだった。
毒花の精霊にとっては何が起きたのか、まったく分からなかっただろう。そう、半蔵は空間移動で一瞬の内に相手の後ろを取って空斬小太刀で一撃を入れて、そのまま追撃の蹴りを放ったのだ。まさしく、空間の精霊ならではの奇襲だろう。それに毒の影響がここまで消されているとは毒花の精霊は思いもしなかった事だろう。だからこそ、半蔵の奇襲は成功したとも言える。そして、ここで攻撃の機会を得た半蔵に容赦は無かった。
半蔵は目の前に空間の切れ目を幾つも作り出した。そして、どこからか取り出した苦無を指に挟むと、空間の切れ目に向かって投げる。しかも一回では終わらない。半蔵は次々と苦無を取り出しては空間の切れ目に向かって投げ続けたのだ。
そして投げられた苦無はというと、弾き飛ばされて、未だに立てない毒花の精霊を取り囲むかのように現れた空間の出口から雨のように降り注ぐ。そのため、苦無は次々と毒花の精霊に刃を付き立てていくのだった。正しく、身体中に苦無が刺さるように。
そして苦無が尽きたのだろう。半蔵は再び空斬小太刀を手にすると一気に毒花の精霊に向かって駆け出す。どうやら、この機を活かして一気に勝負を決めようとしているのだろう。だが、半蔵にとって予想外の出来事が起こるのだった。
突如として毒花の精霊に刺さっていた苦無が一斉に飛び立つように、毒花の精霊から抜かれると、まるで何事も無かったかのように立ち上がって二本の刀を手にする毒花の精霊。そして、向かって来る半蔵に向かって駆け出して行ったのだ。
先程の攻撃で、それなりのダメージを負っているのは確かな事だ。だが、毒花の精霊は動きにまったく乱れを見せなかった。そう、本当に何事もなかったかのように、まるでダメージが無かったかのような動きで半蔵に迫って来たのである。
そして、小太刀よりも刀の方が間合いは広い。だから、先に攻撃を仕掛けてきたのは毒花の精霊だ。しかも、先程のように鈍った動きではない。まるで先程とは別人かのように、鋭い動きでキレのある太刀筋で攻撃を仕掛けてきたのだ。
そのため、またしても防戦に回る半蔵。だが、半蔵には毒花の精霊が何をやったのかが分かったようだ。だからこそ、毒花の精霊が振るってくる二刀を空斬小太刀で受け流しながらも、思考を巡らすのだった。
毒を薬にしたか……。
……やっぱり、思考は短かった。まあ、半蔵の言葉を要約すると、毒も使い方によっては薬になるという事である。実際に毒花の精霊が行ったのは、自分自身の神経に麻痺をする成分を打ち込んで痛みを消したのだ。そう、簡単に言えば麻酔と同じ。実際に、初めての全身麻酔には毒草を用いたと言われるほどだ。
つまり、毒花の精霊は痛覚神経を麻痺させる事で一切の痛みを感じず、まったく動きに支障をきたしていないのだ。だが、ダメージを負っているのは確かな事である。いくら神経を麻痺させたからと言っても、傷付いた身体が癒えたわけではない。つまり、感じないだけで、身体には確実にダメージは残っているというワケである。
ならばと、このまま長期戦に持ち込み、相手の身体が限界になるまで粘れば、とも半蔵は考えたが、やはりダメージが大きくはないという点があったのだろう。つまり、そんなにダメージが大きくないから、身体が限界に来るまでは、相当の時間が掛かると半蔵は考えたようだ。だからこそ、ここでもう一つ、大きなダメージを与えるために半蔵は動くのだった。
片方の刀を受け流すと、半蔵は一気に相手の懐に入る。確かに、一気に距離を詰めてしまえば刀の刃を当てる事は出来ない。だが、攻撃の手段が無いわけではない。毒花の精霊は刀を握っている、もう片方の手を強く握り締め、そのまま半蔵を殴りに行ったのだ。
だが、それも半蔵にとっては予想の範囲内なのだろう。だから半蔵は素早く左手を上げると、振り下ろされる相手の手を受け止めたのだ。これで両方とも両手が使えない状態だ。そうなると残っている手段を使うのが当然である。
半蔵が懐に入ったと言っても密着をしているワケではない。つまり、少しだけだがスペースがあるのだ。その少しだけのスペースを利用して、前蹴りを放つ毒花の精霊。そう、両手がすぐに使えなければ足を使えば良い、という事である。
そして、相手の考えた事は自分も考えた事である。半蔵も両足で地面を蹴ると、そのまま毒花の精霊が振り上げてきた足に狙いを定める。そして、毒花の精霊が足を振り上げるのと同時に、半蔵は相手の足に乗ると、そのまま蹴りの勢いを利用して自らが跳び上がり、一気に相手の上を取るのだった。
正しく、忍らしい身軽な動きである。だが、空中に居る事には変わりない。だから、半蔵は身体を半回転させるのが精一杯だった。そんな半蔵とは違って毒花の精霊は地面に足を付けている。つまり、半蔵以上のスピードで動けるという事だ。だから半蔵が振り返り、そのまま相手の後ろを取ると思われたが、それと同時に毒花の精霊は振り返り、二刀を上げると交差させるのである。
半蔵の武器は小太刀。いくら落下のスピードを利用したとしても、交差させた刀の防御を突破するのには無理がある。つまり、この時点で毒花の精霊は完全に半蔵の攻撃を防いだと感じたのだ。そして半蔵が着地するのと同時に毒花の精霊は驚く事になる。
なにしろ……半蔵が持っている空斬小太刀、その刃の部分が無くなっているからだ。そして……毒花の精霊が、それに気付いた時には既に遅かった。なにしろ、自分の周りに数え切れないほどの、細かい空間の切れ目が出来ていたのだから。
そして、半蔵は刃の無い空斬小太刀を振るう。五秒間で三十回も振るったのは、さすがというべきだろう。だが、半蔵が手にしている空斬小太刀には刃が付いてはいない。それでも、攻撃を終えた半蔵が毒花の精霊から距離を空けると呟くのだった。
「刃葉舞踊の術」
そして次の瞬間、毒花の精霊から、その身体のいたる所から一斉に血が吹き出す。そう、まるで全身を切り刻まれたかのように。そして半蔵は空斬小太刀に掛けていた空の属性を解くと、空斬小太刀の刃は根元から生えるように、次々と姿を元に戻したのであった。
そう、半蔵は空斬小太刀の刃を一定間隔で空間を切り分けて入れたのだ。そして切り分けた空斬小太刀の刃が出入りする出入り口をランダムに毒花の精霊を囲む空間に配置。後は大元である空間小太刀の柄をそのまま振るえば、切り分けられた刃が空間の出入り口から出入り口まで移動する。そして、空間から出てきた刃が毒花の精霊を斬り付けたのだ。それは、まるで葉っぱが風によって舞い踊るかのように、次々と毒花の精霊を斬り付けたのである。
精霊武具さえも空間で切り裂き、幾つもの刃にしたのである。それは空間の精霊らしい戦い方と言えるだろう。空間を移動するだけじゃない、物体も空間ごと切り裂くのも空の属性が発揮できる力である。そして、精霊武具も例外では無いという事だ。
だが、どんな力にも全能とは言えない。つまり、精霊武具を空間ごと切り裂いて、自由に空間へと配置する。それは自分の精霊武具に限られているのだ。要するに、相手の精霊武具までも空間ごとは切り裂けないという事である。だから、これを応用しての防御は出来ないという事になる。まあ、どんな力でも、どこまでも便利とは行かないのだ。
けれども、刃葉舞踊の術で毒花の精霊に大ダメージを与えたのは確かである。確かに一つ一つの傷は小さいが、ここまで斬り付けられては一つは小さくとも結果的にダメージは大きくなる。つまり、半蔵は見事に追撃の大ダメージを与える事に成功したのである。
だが、相手は既に痛みを感じない毒花の精霊である。血が吹き出した所為で、動きが止まったものの、毒花の精霊は全てを理解すると、再び二刀を構えるのだった。やはり、痛みは感じてはいないようだ。だが、全身から滴る血が、確実に毒花の精霊に響いている事を物語っている。
後は、動けなくなるまで、毒花の精霊を動かせば良いだけである。つまり、ここまでのダメージを与えたのなら、後は無理に攻撃に出る必要は無い。というよりも、半蔵としても、ここまでの力を使ったのだから、既に力の大半を使いきっている。要するに、半蔵としても無理に攻撃に出れば自滅するだけである。
ならば、ここは相手の自滅を待つ方が賢明と言えるだろう。だからこそ、半蔵も空斬小太刀を再び構えると相手の攻撃に備えるのである。そして、そこまでは考えていないのだろう。痛みが無い事を良いとして、毒花の精霊は半蔵に向かって駆け出すのだった。
「らああああぁぁぁぁっ!」
上空から一気にテルノアルテトライデントを振り抜くレット。だが、トライデントの刃は敵を斬り裂く事は無く。地面に三つの爪痕を残すだけだった。それだけ、レットの攻撃が鋭いという事もあるが、相手の精霊が、それだけ素早いという事もあった。
だからこそ、レットはすぐに空へと戻ると上空から見下ろしながら考えるのだった。
虎の精霊、走牙の属性かよ。縮地の属性ほどじゃないが、足の速さではトップクラスだよな。鷹の精霊である、俺の爪翼の属性と同じぐらいのスピードで走るってワケか。結構、厄介だよな。それにあの剣……思っていた以上に細くて長い。斬るより突く事に適してるってか、なにしろ牙の属性を含んでるからな、その貫通力はかなりのものだな。それに、あの跳躍力もあるとなると、下手に近づけないんだよな。
そんな事を上空で考えてるレット。けれども、レットの考えは的を射ていた。走牙の属性は縮地ほどではないが、地上でのスピードはトップクラスである。そのうえ、牙の属性は貫通力に優れている。それに虎の精霊が持つ性質として跳躍力も高い。低空に居る敵なら簡単に貫けるだろう。つまり、属性の特性がレットと似ているのである。
言い返れば鷹対虎、とも言える戦いである。同じ動物系の精霊だけに、簡単に優劣は付けられないのだ。それに地上と空という違いもある。それぞれにスピードを発揮する場所が違うのだ。それにレットは斬り裂く事、虎の精霊は貫く事に特化している。つまり、攻撃力も同じぐらいとも言える。
何にしても、爪翼と走牙、どちらも似たような性質を持った属性なのだ。それだけに、お互いに攻めるものの、攻撃を当てるには至らない。それは、攻撃のスピードが関係してくる。なにいろ、お互いに攻撃に特化した爪と牙、スピードに特化した翼と走を持っているワケである。つまり、お互いに攻撃スピードよりも移動スピードの方が早いのだ。
だからこそ、お互いに攻撃はするものの未だに、どちらも傷を負ってはいない。鷹の精霊も地上を駆け回る虎を仕留める事は出来ないし、虎も空に居る鷹に牙を突き立てる事が出来ないと言った状況だ。完璧な拮抗状態、そのために、どちらも攻撃を考える必要があるのだ。だからレットは虎の精霊が届かない上空で思考を巡らすのだった。
さしずめ、鷹の爪も大地を駆け回る虎を掴めないってところか。かと言って、相手に合わせて低空で飛行しても意味は無さそうだしな。お互いにスピードを活かした一撃離脱だからな。逆に虎の跳躍力でこっちに牙を突き立てられそうだ。そうなると……瞬発力、一気にトップスピードまで持って行くしかないか。というか……俺もそろそろ目立っておかないと忘れられそうだからな。ここいらで少しは功績を立てるか。まだ……影が薄いとかは思われてない……よな?
まあ、最後のは、どうでも良いとして。レットとしては何らかの攻撃手段を思い付いたようだ。だが、それは賭けに近い攻撃方法とも言えた。けれども、この拮抗状態、どちらかが賭けに出ない限りは崩せない、というのも確かである。だからこそ、レットは地上から見上げてくる虎の精霊に狙いを定めると一気に急降下を始めたのだ。
更に翼をたたんで回転を加える事で降下スピードを上げるレット。まさしく鷹が地上の兎を狩るように、レットも地上に居る、虎の精霊に向かって急降下していく。だが、相手も同じ移動スピードを要している虎の精霊だ。このまま普通に攻撃をしても当たるはずはない。だが、レットは構わずに虎の精霊に向かって急降下を続け、ついにテルノアルテトライデントの間合いに虎の精霊が入った。
「せやっ!」
威勢の良い掛け声と共にテルノアルテトライデントを振り下ろすレット。そしてトライデントは確かに虎の精霊に向かっていた、そう、虎の精霊がギリギリで避けられる距離にまで。虎の精霊としても先程と同じく再び急上昇をして空に逃げるだろうと思っていたようだ。そのため、紙一重まで引き付けて、ギリギリで避けたのだ。そう、ここまで引き付ける事で反撃に出るためにだ。だからこそ、虎の精霊は反撃に転じるために最小限の動きでレットの攻撃を避けて、剣を突き出そうとした。
だが、ここで虎の精霊にとって予想外の事が起きたのだ。なにしろ、レットが振るったテルノアルテトライデントは空を斬り裂いただけではなく、そのまま地面に向かって振り下ろされたのだ。その衝撃で吹き飛ばされそうになった虎の精霊は自らが後ろに跳ぶ事で、レットが起こした衝撃を受け流す事が出来たのだ。
なにしろ体格が大きいレットだが、それ以上の大きさを有しているテルノアルテトライデントで地面を思いっきり叩き付けるように斬り裂いたのだ。だから、衝撃もかなりの物だが、地面に残った痕跡は爪痕ではなく、丸ごと削られた状態になっていた。更に衝撃で土煙が上がっていた。だが、虎の精霊が驚いたのは次の出来事だった。なんとレットは空に戻る事をせずに、地に足を付けた状態で土煙の中から姿を現してきたのだ。
翼の属性を持っているのなら、上空からの攻撃が最も効果的で、相手に攻撃を当てる事が出来るのにも最も適した手段だ。だがレットは、そんな有利を捨てて、地面に足を付けて虎の精霊と対峙しようとしてるようにトライデントを肩に担ぐように構えるのだった。
あまりにも不可解なレットの行動に虎の精霊は警戒心を強めたように、レットの様子を見ながらも足を動かしている。どうやら、レットが何をしてきても、すぐに移動が出来るようにしているのだろう。だが、レットも構えたものの、一向に攻撃をしては来なかった。
それどころか、レットは虎の精霊に向かって不敵な笑みを浮かべている。まるで虎の精霊を挑発するかのように。それは同時に地上でのスピード勝負を挑んでいるのと同じだ。けれども、走牙の属性を有してる虎の精霊が、地上では早い事は確かめるまでもなく確かな事だ。
それでもレットは地上でのスピード勝負を挑むかのように、相手の移動と合わせて、常に真正面に虎の精霊を捉えていた。どうやら、真正面からの一直線によるスピード勝負。レットは、まるで、それを望んでいるかのように最小限の動きしかしなかった。
不敵とも言えるレットの挑戦状を感じる虎の精霊。だが、地上でのスピード勝負は、虎の精霊にとってはホームでの勝負とも言えるのだ。そんな挑戦状を叩きつけられて、挑まないワケには行かないと虎の精霊としてのプライドがあるのだろう。
虎の精霊は足を止めると剣を持っている右手と右足を後ろに下げて、いつでも駆け出せる状態を作る。そんな虎の精霊を見ていたレットは、身体を屈め、左足を思いっきり後ろに伸ばし、右足を限界まで屈めて、背中の翼を思いっきり広げて、かなり低い体勢を作る。これで両者とも、いつでもスタートが切れる状態だ。後はタイミングだけである。
そのタイミングを決めるかのように、レットはどこからかコインを取り出すと虎の精霊に見せる。そして、虎の精霊がコインを確認したと感じたレットは、親指でコインを弾いた。回転しながら宙に舞い上がるコイン。そして上昇する力が無くなると、今度は重力に従って落下を開始する。そして……遂にコインは地面に落ちた。
その次の瞬間、振り抜かれたテルノアルテトライデントの向こうには、右肩から左の脇腹まで大きくて三つの傷跡を残した虎の精霊が頭を地面に向けながら落下している光景になっていた。どうやら、レットの攻撃が入った事は確かなようだ。だからこそ、レットは追撃とばかりに、右足を思いっきり地面に食い込ませて軸とすると、そのまま一回転、再びテルノアルテトライデント振るう。
なにしろ、大きさがあるテルノアルテトライデントだ。その間合いも充分すぎるほどに広い、だから逆さまに落下をしている虎の精霊に対して叩き付けるのは簡単な事だった。そして、虎の精霊は思いっきりテルのアルテトライデントに叩かれて、弾き飛ばされる。
さすがにスピード勝負をした後という事もあるのだろう。レットは斬り裂くのではなく、叩き付ける攻撃を選んだ。少しでも虎の精霊とは距離を空けておきたかったのだろう。なにしろ、先程の攻撃は距離があったからこそ成功した攻撃だったからだ。
そんなレットが自分が走ってきた道を振り返ると、そこには大股どころか、かなり距離を空けて踏み込んだと思われる、レットの足跡が残っていた。そう、これこそが虎の精霊とスピード勝負で勝てた要因なのだ。
地上で普通にスピード勝負をしたのなら、今のレットは確実に虎の精霊にやられていただろう。だが、レットは見事に勝って見せた。つまり、地上でのスピードでレットが虎の精霊に勝ったという事である。そして、そのスピードをもたらしたのが、地面に残っている足跡だ。
レットは最初から体勢を低く、いや、正確には地面に対して水平にする体勢を取っていた。それは鳥が空を飛ぶ体勢とも言えるだろう。鷹の精霊であるレットなら当然とも言えるだろう。だが、鷹には鳥系の精霊にしては珍しい能力があるのだ。
一つは翼、鷹は羽ばたかずに風を翼で捕らえて飛行する。そのうえ、森の王者、とも言われる鷹である。その翼は同科の鳥に比べて小さいのだ。つまり、飛行をするのに羽ばたく事をしないのだ、要するに翼を動かしてはいないのだ。
二つ目に脚力である。なにしろ、鷹は森林の中を飛ぶ。だからこそ、森の王者とも言われているのだ。そして、木々が障害物となる森林を素早く飛ぶために、鷹は翼で身体をコントロールをすると体勢を変えて、木を蹴って、更にスピードを上げて飛ぶのだ。
つまり、鷹は翼を広げるだけで風を捕らえ、邪魔とも思われる障害物を利用して、それを蹴る事で方向転換とスピードの維持とスピードアップをいているのだ。そして、レットが取った体勢こそ、鷹が飛ぶ体勢であり、障害物の変わりに地面を思いっきり蹴る事で加速力を付けたのだ。
だからレットが背中の翼を広げて地面を蹴った瞬間には、翼が風を捕まえて超低空飛行に入ったのだ。そのうえ、地面を蹴る事で、初動加速はかなりのものだ。だが、レットは更に地面を蹴るたびに加速力を上げて、一気にトップスピードに持っていったのだ。
そう、虎の精霊が早いと言っても、最高速度に上げるまでは時間が掛かる。それは、スピード関係の精霊ならば良く分かっている事だ。だから、虎の精霊が最高速度にまで上げるのには、加速をするための助走をする距離がかなり必要なのだ。けれども、それは空を飛ぶレットも同じである。
だが、レットは地面を何度か蹴る事により、加速力を一気に付けて、一瞬で最高速度に持って行ったのだ。それに、レットは一直線のスピード勝負を挑んだのだ。つまり、お互いに一気に距離を縮めるのだから、加速するための距離は一気に短くなると言えるだろう。だからこそ、短い距離で一気に加速したレットが先手を取る事が出来たのだ。
そのうえ、直線勝負ならではの利点もある。それは、相手が真正面から来るという事だ。つまり、真正面にさえ注意を向けていれば良いだけなのだ。他を気にしなくて良いために、目の前の敵に集中が出来たし、虎の精霊も一直線に突っ込んで来たのだ。
後はテルノアルテトライデントを振り下ろすだけ。だが、この時点でお互いに、かなりの速度が出ていたために、レットのトライデントは虎の精霊を斬り裂いたが、前から受けた衝撃によって、虎の精霊は高速のままに衝撃点を軸にして前のめりになって空中に放り出されたのだ。
だから虎の精霊は頭を下にして空中にいたというワケだ。そんな一瞬の動きによって、レットは地上でのスピード勝負に勝ったというワケである。だからと言って、まだ勝負が決したワケではない。それに、こんな手は二度も通じはしないだろう。
なにしろ、レットが行った先程の加速も、どんな状態からでも出来るというワケではない。スピード勝負が始まる前、レットが体勢を低くした状態にした。つまり、超低空飛行が出来る状態を取らないと、先程のような加速は出来ないのだ。だから、普通に立っている状態からでは、あの加速力は発揮が出来ない、という事だ。
それが分っているレットだからこそ、今度こそ、再び自分の力が一番に発揮が出来る、空へと舞い上がるのだった。
なにしろ、これで虎の精霊にダメージを入れた事は確実だ。それはテルノアルテとライデンで斬り裂いただけではない。攻撃の瞬間に発生した衝撃もダメージとなって虎の精霊に残っているのだ。つまり、手負いの虎となったワケである。
その分だけ、移動スピードが落ちる可能性がある。だが、手負いの虎ほど恐ろしいという。つまり、相手の気性を考えると、このまま地上での戦いを続けるのは、どう見ても不利としか言えないのだ。だからこそ、レットは再び空中に舞い戻ったのだ。後は空中からの攻撃で何とかダメージを与えれば良いだけ。
とはいえ、虎の精霊が確実に動きが鈍ると決まったワケではない。むしろ、傷を負った事で無茶な攻撃をしてくる可能性が高いのだ。だから、未だに油断は出来ない。いや、事がここまで進んだからこそ、余計に警戒をしなくてはいけないのだ。
何にしても、下手をすれば、またしても拮抗状態になりかねない。レットとしても、それだけは防ぐために、次なる手を考える。
さて、何とか一撃を入れたのは良いが、手負いの虎は、どう出てくるかだよな。まあ、さっき以上の敵意と殺気を出してくるのは間違いないとして、俺は何とかして虎の精霊を足止め、または、何とか倒さないといけない。さて、他はどうなってるかな?
そんな疑問が浮かんだレットが上空から下を見回す。どうやら、それぞれの戦いを観察しているようだ。そして、何かの結論が出たのだろう。レットは軽く溜息を付くと、再び思考を巡らすのだった。
どこも同じように勝負を決める事は出来ないみたいだな。こりゃあ、援軍を待つっていう手は使えないな。どうにかして、俺だけの力で倒すか、後はフレト様達が契約者を倒してくれるまで粘るか、そのどちらかだな……にしても、今の状態だと俺もキツイだよな。これって、思っていたよりも厄介だぞ。それで勝てって言われたらな、そりゃあ、どこも、すぐに決着は付けられないよな。なら、俺も、もう一踏ん張りと行きますか。
そんな結論を出したレット。まあ、何一つとして、具体的な策が思い浮かんだワケではなく、まあ、心意気だけは高まったようだ。何にしても、士気が上がった事には代わりはない。だからこそ、レットは虎の精霊がこちらを見上げているのを確認すると、再び空中を高速で移動しながら攻撃のタイミングを計るのだった。
戦闘が始まってから、それなりの時間が経っているよね。なら、そろそろかな。
そんな事を考えていた昇だった。そう、戦闘が開始されてから、かなりの時間が経っていた。それでも、未だに戦闘は続いている。それも、戦況は全てにおいて昇達が優位に立っている。昇は少しだけ戦闘をミリアに任せると周りの状態を確認すると、思考を巡らすのだった。
皆、思っていたよりも苦戦してるみたいだね。まあ、こんな状態だから仕方ないか。自分で考えて言い出したのは良いけど、結構、これってキツイよね。まあ、だからこそ、相手を騙せるんだけど、後はどこまで、こっちの手に乗ってくれるかだよね。まあ、そのためには、今は全力で目の前に居る敵を倒さないとだね。
そんな事を考えた昇が再び紫黒を手にしてミリアと合流して荊棘の精霊と対峙する。そして昇は、そろそろ決着を付けるために、一気に動き始めるのだった。そして、各地の戦闘でも、決着が付きそうな気配を見せていた。
そんな戦況を一人、かなり距離を置いたところで観察をしていた人物が居る。それは、今回の戦力を引き連れてきた垂氷である。そんな垂氷が冷静で、そして冷たい瞳で戦闘を観察しているのであった。
はい、そんな訳で、今回は半蔵とレットの戦いをお送りしました。そんな訳で、そろそろ戦いに決着が付きそうですね~。まあ、後は垂氷が、どう動くかですよね~。まあ、その辺はお楽しみに~って事で。
……にしても、レットは影が薄いと思っているのは私だけなのだろうか? まあ、書いている私が言うのもなんですけど……時々……レットの存在を忘れちゃうんだよね~(笑)
というか、レットの戦闘を本格的に書いたのは、今回が初めてじゃね? とか思っちゃってます(笑) というか……存在を忘れやすいよね、皆さんは、しっかりと覚えてますか? ちなみに、私は時々、レットの存在を忘れます(笑)
まあ、そんな不遇な位置に居たレットですが、やっと目立つ事が出来ましたね~。……まあ……次回があるかは不明ですけどね。という事で、なるべく、レットの事を覚えててくださいね。影が薄いとか思っちゃダメだっ!! しっかりと覚えてるんだっ!! ……ごめん、私が真っ先に影が薄いとか思っちゃったよ(笑)
まあ、そんな影が薄いレットは放っておいて、話を半蔵に移しましょうか。皆さん、お気づきでしょうか? 今回の半蔵さんについて。まあ、前哨戦が始まってから、ずっと、それをチラチラ見せながら書いてたんですけどね。今回は半蔵さんで思いっきり強調してみました。
まあ、昇が最後に何か考えてましたからね~。さてさて、この後がどうなるのか、昇と垂氷、二人の戦略、どちらが勝るのかが、今後に向けて、見せ場の一つになりそうですね。まあ、その辺は更新を気長に待ちながら、楽しみにしていてくださいな。
さてさて、長くなってきたので、そろそろ締めますね~。
以上、一年近く、あまり動いてないからな~。すっかり重くなったよ、と告白をしてみた葵夢幻でした~。まあ、だから、最近では、なるべく動くようにしております。