第百五十八話 前哨戦 フレト達の戦い
「やはり、相手も二手に別れたみたいです。それで、その一組が私達の前に居る状態です。どうされますか、主様?」
「敵が仕掛けてくる気配は?」
「今のところはありません」
「敵も様子見と言ったところか。なら、ラクトリーは出来るだけ情報を集めておけ、半蔵は相手を牽制、もう少しだけ膠着状態を維持するぞ」
昇達と別れたフレトは敵を目の前にして、そんな指示を精霊達に出した。やはり、情報不足という点がフレトを慎重にさせたようだ。なにしろ、以前の戦いでは完全にアンブルの策にはまったという苦い経験がある。だからこそ、フレトは相手が仕掛けてこない事を確認すると半蔵を牽制に回してラクトリーに情報収集を指示したのだ。
だが、いくら牽制をしているからと言って、いつまでも相手が仕掛けて来ないとは限らない。すぐに相手が動いて来る可能性がある。だからこそ、フレト達は戦力を別ける事をせずに今は一塊となっているのだ。
確かに、この状態なら敵がどんな攻撃をしてきても、すぐに対応が出来るし、敵の武器が全て近接戦闘用だからこそ、敵も防御陣形になっているフレト達に仕掛ける事が出来ないと、フレトは、そんな判断を下したようだ。
そして、フレトが思ったとおりに相手から動く事は無かった。やはり、持っている武器から言ってもフレト達が防御に徹する構えをみせると、簡単には仕掛けてこないようだ。その間に出来た時間を利用して、フレトは一気に思考を巡らすと精霊達に次の指示を出すのだった。
「真っ先に突撃をしてくるのは槍を持った精霊だろうな、その両側に斧と剣を持った精霊、後ろ二刀の契約者という布陣か。だから、まずは俺と咲耶で槍の精霊が持つ突破力を止める。それからラクトリーは斧を、レットは剣を持った精霊の相手をしろ。そして、後ろに居る契約者は半蔵が一気に叩け。撃破するに越した事はないが、今の状況から言っても相手の契約者を撃破するのが一番有効だ。だから、この戦術で行く」
そんな指示を出したフレトだが、そんなフレトの戦術を根底から覆す事になる情報がラクトリーからもたらされるのだった。
「あらあら、マスター、後ろに居るのは契約者じゃなくて精霊ですね。実際に後ろに居る敵には精霊反応が出てますが、斧を持った方は精霊反応が出てません。これはエレメンタルの能力を逆手に取った布陣ですね。まあ、あんな布陣をされれば、誰だって後ろに居る方を契約者だと思ってしまいますよね」
「変な小細工をしてくるな。だが、そんな布陣をしているという事は、相手の契約者も前線での戦いに慣れていると言ったところか」
「その可能性が大きいですね。戦闘能力だけなら精霊と同等なほどの実力を持っているかもしれません」
ラクトリーとそんな会話をするフレト。そして敵の布陣が何を目的としているのか、そこに隠されているのは何かを、すぐに思考を巡らして戦術を位置から立て直すのであった。
やはり情報は大事だな、あのまま戦っていたら確実に契約者を勘違いして倒したとしても戦いは終わらないからな。逆に俺達が混乱する可能性が大きかったな。だが、それが分かれば相手の意図も分かるというものだな。後ろに居る精霊は、まず動かないだろう。契約者の振りをしているのだから、状況によって左右に援護に入るだけだな。なら、そんな相手の思惑を逆手に取るまでだ。
素早く、そんな結論を出したフレトが戦術の変更を精霊達に告げるのだった。
「なら、こちらの戦術も変更だ。槍を持っている奴は俺と咲耶で止めて、剣を持った精霊はレットが相手をしろ。そして斧を持っている契約者、これはラクトリーと半蔵で叩け。最初は後ろに居る精霊は相手にしなくて良い。自分達の契約者に少しでも戦力が集中してくれば、敵は確実に契約者の助けに入るはずだ。その時に、半蔵は後ろから介入してくる精霊を止めろ。それに前に居る槍と剣も動くだろう。だから俺が槍と契約者の間に入る、咲耶とレットは確実に相手の足を止めろ。抜かれても気にするな、俺がフォローに入る、その間に攻撃を仕掛けろ。こうして、精霊の足を止めている間に俺がラクトリーのフォローをしながらラクトリーが契約者を倒せ、これで終わりだ」
緻密で計算高いフレトの戦術を聞いて、精霊がそれぞれ承知した言葉を返す。だからと言って、すんなりとフレトが思ったようには行かないとフレト自身が思っているほどだ。そして、その理由が、やはり情報不足にあった。だからこそ、フレトはその事にも注意を払うように、更に指示を出すのだった。
「後は、精霊達と契約者の属性が分っていないから注意しろ。布陣と武器から見ても契約者の能力はエレメンタルなのは確実だろう。だから、どんな属性を持っているかは分からない。そこには充分に注意して戦え、良いな」
そんな付け足しをするとフレトは精霊達を見る、そして精霊達は承知したように頷くのだった。これでフレト達の作戦は決まった、後は動くだけだ。だからこそ、ここは迅速に行かないといけない。それが分っているからこそ、フレトはすぐに動き出すのだった。
「全員散開っ! それぞれの相手に集中しろ。戦闘開始だっ!」
そんなフレトの合図にレットはすぐに飛び立ち、ラクトリーと半蔵はすぐに左側に移動する。そして、フレトが戦力を別けて動き出したのが、相手にとっても攻撃を仕掛ける最大のチャンスである。だからこそ、相手も機会を逃す事無く、一気に前に居る精霊と契約者が一気に動き出してきた。
そして、フレトの予想通りに、真っ先にフレト達に突撃をして来たのは槍を持った精霊だった。そこまでは予想通りだ。だからこそ、フレトと咲耶はすぐに槍を持った精霊を止めるために動き出すのだった。
「大地に含まれている鉄よ、その形態を鎖となし、敵を縛り捕縛せよ」
「地縛」
詠唱によって鉄の属性を発動させたフレト、それと同時に地の属性を発動させた咲耶。どちらとも敵の突撃を止めるために発動させた属性だ。そのため、槍を持った精霊が気付いた時には、既に発動されていた属性によって動きと封じられたのだ。
なにしろ、真っ先に鉄の属性を発動させたフレトは大地の中にある鉄分を一気に掻き集め、それを鉄の鎖として何本も作り出し、地面の中から一気に飛び出させて、何本もの鎖が槍を持った精霊に絡みついたのだ。
それだけも充分に動きを止められてしまった槍の精霊だが、そこに咲耶が追い討ちを掛けてきたのだ。咲耶は地の属性を発動させると動きが止まった精霊の足を、足首ぐらいだが、その全てを砂が多い、硬い岩盤へと変化させたのだ。つまり、槍を持った精霊の足首は完全に大地に吸収されたかのように地面と一体化した岩盤に包まれてしまったのだ。
これで槍を持った精霊の動きは止めた、後は追撃を仕掛けるまでだが、相手も動きを封じられたまま、やられるワケがない。槍を持った精霊は動かす事が出来る手首だけを器用に使い、槍を回転させる。
なんと、それだけでフレトが作り出した鎖は全て、細々と切り裂かれて地面に落ちて行った。それから槍を大地に突き刺すと、足首を覆っていた岩盤をも粉々になるまで切り裂かれてしまったのだ。
その事に驚きを示すフレト。それはそうだ、まさか、ここまで簡単に、しかも動きを封じたはずなのに、二人が掛けた動きを封じる手は砕かれたのである。だが、それで隣に居る咲耶には相手の事が分かったのだろう。口早にフレトに告げるのだった。
「主様、あの精霊は刃の精霊、斬の属性を有してます。斬の属性は刃物の切れ味を向上させるだけではなく、刃物の付近に見えない刃物を幾つも作る事が出来るのです。しかも、作り出した刃物の切れ味もかなりのもの。だから単純に振り回しただけでも、幾つもの刃が主様が作り出した鎖を、私が作り出した岩盤を斬り裂いたのです。更に防具を無視して斬り付ける事が出来ます、なのでお気を付けを」
「なるほどな、しかも、いやらしい事に槍という長物を使っているというワケだ。その間合いも広いという事か。そのうえ、相手の間合いに入って、槍を一振りするだけで、こちらは見えない刃を含めて、何本もの刃を避けないという訳か。なかなか厄介だな」
「はい、ですが、それなら相手の間合いに入らなければ良いだけの事。充分に対応が出来ます」
「その通りだ、なら、行くぞ」
「はい」
とは言ったものの、フレトは厄介だとも感じていたのも確かだった。それは、槍という物は本来の使い道は刺すものだ、斬るという行為には適してはいないのだ。だからこそ、斬の属性を持っている精霊は剣や刀と言った斬るための武器を持つ事が多いのだが、この精霊は、そうした意味では珍しい選択をしたと言えるだろう。
だが、それゆえの厄介なのだ。確かに槍の刃は短し、突く事を重視してるために切れ味までは求める必要は無い。要は自分に適した長さの槍を手にする事で剣や刀では届かない距離から突く事が出来れば良いのだ。
だが、刃の精霊は槍を突く、ではなく、斬る事に用いている。だから、本来なら斬る事には向かない槍だが、斬の属性が槍の欠点を無くしているばかりか、槍の長所を更に伸ばしているのだ。つまり、相手にあまり近づく事無く、斬り裂く事が出来る。剣や刀に比べれば、相手に接近する必要が無いのだ。
しかも、切れ味が増しているために、振り回すだけでも長刀や青龍刀といった長物に比べても充分過ぎるほど斬る事が出来るのだ。それどころか、更に見えない刃付きと来たものだ。だから相手の間合いに入って、槍を振り回されると避ける事は困難とも言えるだろう。つまり、相手の間合いに入った時点で避けるのがだからこそ、相手の間合いに入ってはいけないのだが、その間合いが広すぎるのだ。
だからこそ、フレト達は刃の精霊から距離を保ちつつ、攻撃をしなくてはいけないのだ。つまり、これ以上の接近を許すわけにはいかないのだ。だからこそ、咲耶のように遠距離戦を主にしている精霊に対しては相性が悪いと言えるが、一度でも相手を自分の間合いに入れてしまえば、刃の精霊が一気に戦いのペースを持って行く事が出来る。つまり、フレト達は一度たりとも刃の精霊が持っている槍の間合いには入ってはいけないという事だ。
けど、それだけ分っているのなら、やり方は幾つもあるという事だ。だからこそ、フレト達は休む事無く、次の攻撃に入るのだった。
「炎蛇」
桜華小刀を刃の精霊に向けた咲耶。そして、桜華小刀からは炎が蛇の形となって姿を現し、そのまま刃の精霊に噛み付くかのように、大きく口を開けながら飛び出していくのだった。だが、それでフレト達の行動は終わりではない。更にフレトの力が発揮される。
なんと、いきなり蛇が大きくなり、大蛇どころか大きく開いた口だけでも男性の平均身長はあるぐらいの大きさになったのだ。そう、咲耶が使ったのは火の属性、そして火は酸素によって更に燃え上がる。だから、風のシューターであるフレトは空気中から酸素を集結させて、咲耶が放った炎蛇を巨大化させたのだ。
更に利点は、それだけではない。巨大な炎蛇が刃の精霊に襲い掛かると、刃の精霊は避ける事に徹した。そう、いくら間合いが広くて切れ味が良くても、さすがに物理的ではない炎を斬り裂く事は出来ないのだ。だから刃の精霊は避けに徹するのだが、炎蛇は刃の精霊に噛み付こうとするだけではなく。その巨体を空中で揺らしながら刃の精霊が前に進めないようにしていた。つまり、巨大な炎蛇の身体が塞ぐ事によって刃の精霊は前進が、フレト達に近づく避け方は出来なかったのだ。
つまり、後退しか出来ない刃の精霊。だが、この程度で大人しく後退をほど相手も甘くは無い。刃の精霊は炎蛇の牙を避けると、そのまま炎蛇の身体に向かって突っ込んで行き、そして身体に接触する前に槍を何度も振るうと、勢いに任せて、そのまま炎の身体に突っ込んだ。
そんな事をすれば丸焼き、というよりも、火あぶりになるのと同じだ。だが、刃の精霊は、すぐに炎の身体を貫くように再び姿を現したのだ。その事に冷静で居る、フレトと咲耶。どうやら、この程度は予想の範囲内だったようだ。だから二人とも慌てる事無く、冷静に次の行動に出ようとするのだ。
刃の精霊がやった事、それは単純であり、実体が無い炎だからこそ出来た、とも言える行動だった。そう、刃の精霊は炎蛇の身体を斬り裂く事によって、一時的だが炎の密度を低くしたのだ。後は炎が弱まったところを一気に突っ切るだけ。つまり、本来なら重度の火傷を負わせる炎蛇だが、相手の攻撃で身体の一部に炎が薄い部分が作り出されたのだ。そこを突っ切られれば、軽度な火傷しか負わせる事が出来ない。
簡単に言ってしまえば、炎の勢いが弱まった部分を一気に突っ切る事により、炎の攻撃を最低限に抑えたのだ。だから、刃の精霊は軽い火傷を負っただけで、他にダメージと言える傷は負ってはいなかった。だが、これもフレト達にとっては予測の範囲。だからこそ、フレト達は次なる行動に出るのだ。
「激水流」
今度は桜華小刀から広範囲に渡って、空中を津波が走るかのように水が激流となって流れ始めた。だが、それで終わりになるはずが無い。咲耶が水流を作るのと同じくしてフレトも詠唱を始めていたのだ。
「大地よ、吹き上がれ、水と一体化して全てを壊し、押し流せ」
咲耶が作り出した津波の下から一気に土砂が舞い上がる。それが水流と一体化して土石流となった。そんな土石流の津波が炎を超えたばかりの相手に向かって放たれたのだ。そんなフレト達の攻撃に対して、刃の精霊も顔をしかめる。ここまで矢継ぎ早に、しかも、今度も斬り裂いただけでは意味が無い攻撃をしてくるのだ。だから刃の精霊も簡単にはフレト達には近づけなかった。
それでも二人が放った土石流を何とかしないと刃の精霊は考えなければいけなかった。そうしないとまともにフレト達が放った土石流の津波を喰らう事になる。だからこそ、刃の精霊は槍を地面に突き刺すと、今度は槍の石突、刃とは反対側の端である。そこに足を掛けると一気に飛び上がり、精霊武具である槍を消し去り、すぐに手元に戻すと、今度は土石流の中にある、足場になりそうな岩を選び出す。後は、選んだ足場を次々と跳び渡っていけば良いのだ。
確かに、土石流だけに足場になりそうな大きな塊もある。それを上手く利用して、一気にフレト達に近づこうとしたのだろう。だが、それもフレト達が予想した範囲内の行動だった。それに土石流の流れは早い。だから容易には近づけないのだが、攻撃も意味を成していないのも言えるのだ。だからこそ、フレト達は一気に次の行動に出る。
「滝登り」
「地に属する物よ、水と共に一気に舞い上がれ」
今まで前から後ろに流れていた土石流が止まり、刃の精霊が戸惑っている間に、今度は下から上に、まるで噴火のように舞い上がったのだ。更に言えば、刃の精霊は土石流を避けるために、あえて、土石流の上に避けた。だが、今度は土石流が下から襲い掛かってきたのだ。だから、土石流の中にいた刃の精霊は避けようがなかった。
下から一気に舞い上がる土石流。そんな土石流に巻き込まれて刃の精霊は水で動きを封じられて、大地の欠片が刃の精霊に叩き付けられる。これで確実に大ダメージを与えた事は確かだろう。なにしろ、土石流の上に居た刃の精霊に避ける術は無いのだから。現にフレト達からも見える範囲で土石流に巻き込まれた刃の精霊を目にする事が出来た。
そんな時だった。突如として咲耶からの報告が来る。
「主様、後ろに居た精霊が動きました。契約者のフォローに回ったようですが、半蔵さんが迎撃に向かいました。レットさんが相手をしている剣を持った精霊も、こちらに向かおうとしたようですけど、レットさんに簡単に追いつかれたみたいです。ラクトリーさんは契約者との戦いを続行中。次の指示を」
「分かった、なら、ここは咲耶に任せて、俺は契約者に誰も近づけさせないようにフォローに入る。厄介な相手だが、大丈夫だな?」
「はい、ここはお任せください。だから、主様はご自分が思ったとおりに動いてください」
「ならここは任せるぞ」
「はい、主様も充分にお気をつけくださいまし」
そんな会話をして咲耶とは別行動に出るフレト。そして咲耶は、先程の攻撃で大ダメージを与えた刃の精霊と対峙するのだった。確かに、厄介な相手なのは間違いないだろう。それでも、咲耶は、ここで刃の精霊を足止めしておかなければいけない。その割には、咲耶は余裕なのだろうか、戦闘中だというのにフレトに対して礼儀正しい行動を取り、立ち上がってきた刃の精霊に対しても微笑を浮かべている。
そんな咲耶を見て刃の精霊は警戒しながらも自分の契約者を心配するかのように、一度だけ、そちらに目を向けるのだが、契約者と自分の間にフレトが居ることから、契約者のフォローに入れない事を知るのだった。
なにしろ、契約者のフォローに入るためには咲耶の攻撃を受け流しながら、フレトの攻撃を完璧に避けないと入れない。だったらと、まずは咲耶を先に倒す方が確実だろうと、刃の精霊は槍を咲耶に向かって構えるのだった。
一方で、咲耶の方は桜華小刀を持った右手に左手を重ねて、礼儀正しい姿勢をしている。完全に刃の精霊をなめているとしか思えない態度だが、それ以上に平静どころか余裕を出している咲耶に刃の精霊は警戒を強めるのだった。
だが、先程の戦いで咲耶が遠距離を主にした戦い方をすると分っている。だからこそ、刃の精霊は咲耶を警戒しながらも、一気に距離を縮められる機会を窺う。だが、咲耶は隙だらけでいつでも突っ込めそうだが、それが逆に脅威だと刃の精霊は感じていた。つまり、完全に余裕を出している咲耶に対していつでも攻撃が出来そうな気配が逆に刃の精霊を警戒させているのだ。
けど、刃の精霊は更に恐ろしいと感じていた。なにしろ、フレトが抜けた事により戦力は確実に減ったのだ。それなのに咲耶は充分すぎるほどの余裕と、いつでも掛かって来いと言わんばかりに隙だらけだ。そんな咲耶の雰囲気に完全に飲まれてしまい、刃の精霊は恐怖に近い警戒心を払うのだが、いつまでも、こうしてはいられないと判断を下すと、刃の精霊は一気に咲耶に向かって突っ込んで行くのだった。
もちろん、途中で咲耶からの攻撃が来るはずだからと警戒をしながらの突撃だ。だが、咲耶は全く動く事無く、ただ自分に迫って来る刃の精霊を見ているだけだった。だから容易に刃の精霊は咲耶に近づく事が出来た。
ならばと、ここで一気に決めに行く刃の精霊は跳び上がると、槍を右上の後ろに回してから一気に振り出すのだった。こうなってしまっては槍だけではなく、見えない刃、更には防御を抜いての刃と、三つの攻撃を避ける事が必要になってくる。
だが、咲耶から微笑が消える事はなかった。逆に、桜華小刀を口元に持ってきていた咲耶が笛を吹くかのように言葉を口にするのだった。
「大鉄籠手」
突如として咲耶の両脇に出現する大きな籠手。それは、もう籠手として身に付ける大きさではなくなっている。しかも総鉄製である、それは既に盾とも言えるだろう、それが咲耶から距離を置いた両脇に出現したのだ。そんな大鉄籠手は咲耶が動かした腕と同調するかのように動くのだった。そして、空中に浮いた大鉄籠手は振り出された槍を途中で受け止める。それと同時に槍を止めた、片方の大鉄籠手に何箇所も刃が当たったかのような衝撃が走り、咲耶の近くに風が吹き抜く。
そう、咲耶が作り出した大鉄籠手が槍の刃を防いだだけではなく、連動してくる見えない刃も防ぎ、更には防御を抜いて振るわれた刃も咲耶に届くことはなく、ただ空を斬った時に生じる風を当てるだけだった。
まさか、ここで、こんな防御に出るとは思っていなかった刃の精霊は驚きを見せるが、その瞬間を咲耶は見逃す事はしなかった。刃の精霊は跳び上がったために、未だに空中に居る。そんな刃の精霊に対して咲耶は反撃を行う。
「地拳」
突如として刃の精霊が居る左側の地面が突出してくる。なにしろ、刃の精霊は右上に振り上げた槍を切り下げて、それを途中で止められたのだ。つまり、左側はガラ空き。そんなスペースを利用して、突出して来た大地が拳の形になると、そのまま刃の精霊を殴るのだった。
左下からの衝撃で刃の精霊は更に上空に舞い上げられる。けど、咲耶の反撃はまだ終わらない。更に追撃を仕掛けてきたのだ。
「下降気流圧縮」
今度は刃の精霊を強烈な下降気流が襲う。ダウンバーストほどの威力を持った空気が一気に下に向かって流れたのだ。空中で体勢さえもままならない刃の精霊が対応できるワケがない。だから刃の精霊はダウンバーストによって一気に地面へと叩き付けられ、更に地面に押し付けられて圧縮されるようにダウンバーストは刃の精霊を地面へとめり込ませる。
だが、そのダウンバーストも長くは続かず、刃の精霊が少しだけ地面にめり込んだところで止まった。だからと言って、咲耶の追撃が終わったワケではない。咲耶は相変わらずの微笑で桜華小刀を地面に向けると最後の追撃を入れる。
「樹突」
地面から丸太が突き出し、見事に丸太は腹に食い込む。丸太が腹に当たった事により、刃の精霊は身体をくの字にしながら斜め上に突き上げる丸太。それはまるで咲耶から刃の精霊を遠ざける意味を持った攻撃だった。そして丸太が途中で止まると、刃の精霊は突き上げられた勢いのままに舞い上がり、連撃でのダメージが大きかったために、どうする事も出来ずに、またしても身体が地面へと叩き付けられる。
そんな刃の精霊に向かって咲耶は微笑みながら言うのだった。
「先程の攻撃から私の事を遠距離専門だと思ったでしょうね。ですが、それは主様が近くに居たからこそ、遠距離の攻撃に徹しただけです。なので、私は近距離戦が出来ないワケではないのですよ。それに、私の属性は巫、自然界にある物を全て操れます。その最大の特徴は多種多彩に渡る属性の連続発動。ですから、私の攻撃を全て破壊するか、同じぐらいに連撃を入れるかしない限りは攻撃は通りませんよ。それに、あなたは斬の属性に頼っているばかりで攻撃が単調すぎます。それでは私を傷付ける事は出来ません」
そう、それを見抜いたからこそ、咲耶は余裕の微笑を浮かべていたというワケである。刃の精霊は斬の属性を頼りに槍を単純に振り回していただけにすぎないのだ。つまり、槍としての技、槍術とも言えるだろう。槍だけを使った攻撃に関しては素人並みなのだ。
簡単に言ってしまえば、刃の精霊は斬の属性だけで相手を倒す事しか出来ないのだ。だから槍術、槍の使い方がまったく出来てないのだ、ただ闇雲に振り回すだけ。だが、それでも斬の属性が持っている特長から今までは相手に通じていたのだろう。けれども、咲耶はそんなレベルが低い相手とはまったく違っていた。
刃の精霊が槍を振るった時の動きを見て、すぐに槍を振り回しているだけだと見抜いたのだ。そして、ただ振り回すだけなら咲耶でなくても、それなりの腕さえあれば、簡単に槍の軌道が見えるのだ。つまり、無駄な動きが多くて、大きい。だから相手の動きが完璧に先読みが出来るというものだ。
もし、刃の精霊が槍の扱い方、槍術をしっかりと身に付けていれば、咲耶も苦戦をした事だろう。なにしろ、相手は間合いが広い槍、そして動きに無駄がなければ充分に咲耶の連撃を防ぐ事が出来ただろう。しかも、斬の属性を有しているのである。間合いが広く、無駄の無い動きで連続攻撃をされれば、さすがの咲耶も近距離戦は選ばなかっただろう。
だが、刃の精霊は斬の属性を頼りに槍を振り回していただけである。だから、咲耶のように完璧に動きが読まれると攻撃を当てる事すら無理なのだ。つまり、咲耶にとっては刃の精霊が有している斬の属性も、この刃の精霊が使っている限りは脅威ではないのだ。だからこそ、あえて連撃を入れやすい近距離戦を選んだのだ。
そして、戦況は見事に咲耶が有利に事を進める事になった。だからと言って、戦いに決着が付いたワケではない。確かに咲耶は見事に連撃を刃の精霊に入れたが、それだけである。つまり倒すまでには至っていない。
更に、振り回すだけの槍でも斬の属性が劣っているワケではない。むしろ、近距離だからこそ、余計に斬の属性に気を付けなければいけない。だから、最後の攻撃で距離を空けるように咲耶はしたのだ。なにしろ、闇雲に振り回すだけとはいえ、槍だから間合いが広いのも、斬の属性で更に広がるのも確かである。
つまり、これ以上は近づくワケにはいかない。しっかりと大鉄籠手で守れる範囲で戦わないといけないのだ。だからこそ、咲耶はやっと起き上がってきた刃の精霊に対して攻撃を行わなかった。それは、ここで一番有効的な攻撃がカウンターだという認識をしていたからだ。
つまり、相手に攻撃をさせた後に連撃を入れる。これが、闇雲に槍を振るい、斬の属性を使ってくる刃の精霊に対しては最も効果的だと咲耶は判断したのだ。更に言えば、そこには心理的なものも働いている。
咲耶からは攻撃をしてこない。だが、咲耶を相手に時間を掛けるワケにはいかない。なにしろ、自分達の契約者に戦力が集中しようとしているからだ。だから刃の精霊は自分から攻撃を仕掛けるしかないのだ。つまり、追い詰められての攻撃である。
それは死んだ攻撃とも言えるだろう。追い詰められて、やもえず攻撃を仕掛けた攻撃ほど、カウンターを入れやすい。それは攻撃側に心理的な余裕がないのと、追い詰められたという心境から攻撃を出してくるのである。それは、些細な事ではあるが、反撃をする側にとっては相手の攻撃を読む事が出来る好機なのだ。
追い詰められたからこその攻撃。だから、多少だが威力が下がり、動きが遅くなり、平常な時とは違って攻撃の威力が弱まり、更には相手に動きを読みやすくさせるのだ。それに視野も狭くなる。やもえなくした攻撃とは、そういうものである。最初から攻撃の質が無い、つまり死んだ攻撃とも言えるワケである。
だから、これからも刃の精霊は死んだ攻撃を続けるしかない。そして、咲耶も戦況の有利を保つために攻撃を反撃からの連撃をするしかない。つまり、膠着状態に見えるが、少しずつ戦闘が進んでいる状態だ。だから時間が掛かる事は確実である。だが、刃の精霊を確実に仕留めるのにはこれしかないと、咲耶は余裕を表に出しながらも、時間が掛かる事を考慮して、慎重に戦いを進めて行くのだった。
「雷光よ、その牙を持って、敵を穿て」
フレトが相手の契約者に向けたマスターロッドから雷が飛び出す。だが、それを見ていた契約者はラクトリーのクレセントアクスを弾くと、斧で地面を叩くのだった。その衝撃で地面から土砂が吹き上がり、フレトの攻撃を完全に防ぐのだった。
そんな光景を見ていたフレトが今までの戦いを含めて、相手の契約者について思考を巡らすのだった。
属性は地か。確かに、地の属性なら様々な攻撃を防ぎながら反撃も出来るというワケか。それに、属性を使われたら、こちらの攻撃が通り難い。更に斧の一撃はかなりの破壊力を発揮する。なるほど、これなら前線にも出るというワケだ。さて、どうするか……複数の属性を使った大技、これしかないな。幸いな事に、他は完全に足止めを成功させている。ここで俺が大技に入っても、邪魔は出来ないし、通る可能性は高いか。それに一度だけでも大技が通せたなら、相手を間然に追い込む事が出来る。なら、それで攻撃をしてみるか。
そんな決断を下したフレトが素早く動く。もちろん、他の精霊が入ってきたとしても対応が出来て、攻撃がし難い位置を取る。更にラクトリーの軸線上からも外れているために、ここでならば大技を放つ事が出来るというワケだ。そんな位置取りをしたフレトがマスターロッドに力を溜め込む。
その気配に気付いたのだろう。ラクトリーはなるべく契約者の動きを封じるために攻勢に出る。素早くクレセントアクスを振るうラクトリー。その動きにはまったく無駄がなく、的確に攻撃を出している。そのため、相手の契約者もラクトリーの攻撃を受け止めるだけで精一杯のようだ。さすがはミリアと違って破壊型のラクトリーらしい戦い方と言えるだろう。
もっとも、ラクトリーならミリアと違って、大地の精霊が持つ防御型の戦いも出来るのだが、ここでは攻勢に出て、相手の動きを封じつつ、後ろに居るフレトからの攻撃を待つという意図があるからこそ、ラクトリーは手数を増やして攻勢に出ているのだ。
そんなラクトリーに対して相手の契約者は防戦一方になっている。なにしろ、今のラクトリーは破壊型の攻撃を出している。そのため、一撃一撃が重いし、かなりの威力を持っている。そのため、契約者も斧に地の属性を込めた防御をしなければラクトリーの攻撃が防げない状態だ。そこに手数を増やしてきたのである。そんなラクトリーの攻撃は簡単に避ける事も防ぐ事も出来ないし、ましてや移動する事さえ困難になっている。
それでも、地の属性をフル活用してラクトリーの攻撃を防いでいる契約者。そのため、契約者の足は完全に止まり、その場で踏ん張らないとラクトリーの攻撃を防ぐ事が出来なくなっていた。だから、契約者の足は完全に止まっていたのだ。
そんな時だった。ラクトリーはワザと軽い一撃を入れると契約者を驚かせる。だが、それはフェイントに近い攻撃だった。軽い一撃で契約者は驚きながらも反撃が出来ると一瞬だけ思っただろう。だが、その頃にはラクトリーがアースブレイククレセントアクスを大きく振り上げていた。
そんなラクトリーの姿が目に映ったのだろう。契約者は慌てて斧を上げて、両手で支える。そして、ラクトリーは渾身の一撃を契約者に向かって振り下ろすのだった。
閃光を放ちながら振り下ろされるクレセントアクス。その一撃を何とか受け止める契約者。だが、契約者も受け止めるだけで精一杯であり、なんとかラクトリーの攻撃を受け止めた事に少しだけ安堵するのだが、ラクトリーの攻撃はまだ終わってはいなかった。
「ブレイクアース」
最初の一撃がまだ響いている間に地の属性を発動させるラクトリー。そのため、クレセントアクスから、またしても強烈な一撃を受けたような衝撃は走る。その、二段目の攻撃は一段目の衝撃よりも強く、契約者は地の属性をフル活動させて防御するが、ブレイクアースの衝撃はそれ以上だったのだろう。
契約者を中心に地面が陥没、まるでクレーターのように地面が変形する。そして、ラクトリーはすぐに契約者から距離を取るかのように、一気に後ろに飛んで、陥没した地面よりも一回り外に移動した。
一方の契約者はラクトリーのブレイクアースを喰らって、未だに動けない状態だ。なにしろ、一撃目でも、かなりの衝撃だったのに、二段目の攻撃がここまでの威力を持っていたのだから、契約者はラクトリーの攻撃を防いだ腕が未だに痺れているのを感じ、陥没した地面に足を取られている事に焦りを見せた。
だが、既に遅い。なにしろ、フレトが今まで長々と詠唱を続けていたのだが、やっと完結を迎えるのだから。そして、フレトの詠唱が終わると、マスターロッドが思いっきり地面に叩き付けられ、フレトは溜め込んだ属性を発動させるために言葉を発するのだった。
「吹き上がれ、溶岩、切り裂け、鉄羽、敵を熱して切り刻め。刃羽噴火っ!」
今度は契約者の足元が一気に赤くなると地面を溶かしていく。そして、溶けた地面は一気に吹き上がるのと同時に、地面の中にあった鉄分が羽状の刃となって、そのうえ溶岩と共にあるのだから、刃羽は赤くなるまでの熱を持っていた。
そんな溶岩と刃羽が契約者の下から一気に吹き上がる。火、地、鉄、刃、四つの属性を合成させた攻撃である。その威力はさすがと思うほどに契約者を灼き、切り刻む。そして契約者は赤い溶岩の中に消えていく。
だが、これで勝ったとはフレトもラクトリーも思ってはいなかった。むしろ、この程度でやられる方が驚きと言った感じだ。そう、ああ見えても、相手はアッシュタリアが送り込んできた敵である。だから、この程度では倒せないとフレトもラクトリーも考え、次に備えていた。
そして、二人の予感が的中したように、噴出す溶岩の中から熱せられて赤くなった噴石が一つ、飛び出してくると、それは二人の前に落ちる。それから噴石は一気に砕け飛び、その中からは契約者が姿を現した。
だからと言ってフレトもラクトリーも、すぐには戦闘体勢は見せなかった。それはそうだ、なにしろ姿を現した契約者は全身に火傷と切り傷を負っている。重症とは行かないまでも、かなりのダメージを負っている事は確かだ。だからと言って動けないワケではない。むしろ傷を負ったからこそ、余計に殺気だっているようにも見える。
それを示すかのように契約者は斧を構えながらも、攻撃はしてこなかった。どうやら、自分でも分っているようだ。ここで攻勢に出ては、確実にやられるという事を。だからこそ、防御に徹するために斧を構えたのだ。そのうえ、先程の攻撃を防いだのだから。地の属性を操る力はかなりのものだという事が分かる。
つまり、いくらダメージが大きくても、ここで防御に徹せられると二人掛かりでも、そう簡単には相手の防御は突破が出来ないというワケだ。そのうえ、フレトは精霊が介入してこないように周囲に注意を払わないといけない。常にラクトリーと攻撃を合わせるというワケにはいかないのだ。
だが、ここまで出来れば上々だとフレトは考えて、後はラクトリーに任せて、自分は後ろで体力を温存しときながら、精霊に介入させない位置取りにした。そう、ここまでのダメージを負わせれば、回復だけでも、相当な体力と精神力、それに回復する力を使う。つまり、消耗が激しいのだ。そんな契約者を相手に取るべき方法はただ一つ。
それは消耗戦。相手をトコトン追い詰めて、消耗しきったところを一気に二人掛かりで倒す。フレトは、そこまで見越したからこそ、契約者の相手をラクトリーに任せたのだ。後はラクトリーが契約者を限界まで消耗させれば良い。
そうなると自分がやるべき事はと考えたフレトが戦場を見回す。先程まで戦っていた刃の精霊は咲耶を相手に焦りを見せているのが分かった。そして、半蔵とレットも、それぞれの戦いを繰り広げているのだった。
はい、そんな訳で何とか四月中に上げられてよかったと一安心している今日この頃でございます。
という訳で、未だに前哨戦とも言えるバトルが続いてますね。そんな訳で、今回はフレトを中心にバトルを展開してみました。そして……久々なのに活躍する咲耶さん。……いやね、なんというか、咲耶のバトルを書くのって、たぶん……他倒自立編以来だと思うんだよね~。
まあ、それだけ咲耶さんがセリスの守護に当たっていたという事ですかね~。けど、今回は久しぶりに活躍を見せた咲耶さん、というか……久しぶりなのに、思いっきり強いね、書いている私がいうのもなんだけど(笑)
そんな訳で、フレト達のバトルはまだまだ続きます。そして……次回も、あまり活躍をしてなかった方が活躍する……予定ですっ!!!! つまり、確定ではないのですよ。まあ、そんな訳で、次回はあの方が活躍する事を祈っておりましょう。
と、いう事で、前哨戦も残り二話ぐらいで終わりにする予定です。そして、次にはいよいよ激戦とも言える戦いが始まりますからね~。さてさて、どうなる事やら。まあ、その辺は気長に更新をお待ちくださいな。
という事で、そろそろ書く事も無くなったので締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、感想はともかく評価も最近では入ってないので、ちと心配になってきている葵夢幻でした。