第百五十七話 優位だが……
う~ん、さすがに同じ防御タイプみたいだよね~。私も反撃に備えて、攻撃の手が少ないからね~、だから昇がやってくれてるけど、やっぱり、あの防御は抜けないか~。
ミリアはそんな事を考えながらも後ろから射撃をしてくる昇の軸線上に居ないように場所を移動するのだが、盾を持った精霊は昇の弾丸を盾で弾きながらも、ミリアへの警戒も忘れてはいなかった。本来の役割なら、たぶん、盾を持った精霊が壁となって全ての攻撃を防ぎ、その間に後ろに居る遠距離攻撃が出来る精霊が攻撃、というのが順当だろう。
だが、今回は完全に琴未と閃華に抜かれて、今では後ろを守る意味は無い。だからだろう、昇とミリアからの攻撃を完全に防ぎながらも反撃をしてくるのは。だが、ミリアも防御重視の精霊である。だから、そんな反撃なんかを簡単に喰らうわけがなかった。
つまりは拮抗状態にあるワケだ。お互いに防御重視の戦い方をしているためにお互いの攻撃がまったく通らない状態だ。だが、それも昇が考えた作戦の範囲内である。前衛の足を完全に止めて、後ろの精霊を一気に叩く……のだが、琴未達も決め手を欠いているために、後ろでも前でも拮抗状態が続いていた。
そんな時だった。突如として昇の射撃が止まると、ミリアと盾を持っている精霊はお互いの動きを止める。お互いに防御型の戦いをしていたために、先に仕掛けるという事は控えていたようだ。そのため、昇の攻撃が止まってしまうと、前で戦っていたミリアと盾を持っている精霊の動きも止まってしまったというワケである。
だが、ミリアは少し考えると昇の意図が分かったのだろう。まあ、すぐに分からなかったのはミリアらしいといえばらしいのだろう。だが意図が分かったからにはすぐに行動を起こすミリアだった。ミリアは盾を持っている精霊を警戒しながらも、一気に後ろに跳んで昇と合流するのだった。
そして珍しくミリアから話を切り出すのだった。
「それで、昇~、どうするの~?」
やはり、ミリアの口からは今後の展開についての質問が出てきた。まあ、この状況なら、それしか無いけど……ミリアだから。まあ、その辺は置いておいて、昇はミリアの質問に対して盾を持った精霊を警戒しながら答えるのだった。
「ミリア、何とかもう少し前に引きずり出して。後方との距離が空けば、その間に僕が入れる。僕も近接戦闘の武器に切り替えるから、そうすれば相手を挟んで攻撃が出来る。いくら盾が大きくても、さすがに前後で挟んだ二方向の攻撃には対処が出来ないはず。これなら消耗戦に持っていける。後は相手が遅れた瞬間に、どっちかの攻撃が通れば一撃で倒せるはずだよ。だからミリア、常に僕の動きを見ながら動いて、相手を前後から挟むように」
「うん、分かったよ~」
相手がミリアなだけに、昇も戦術の意図を細かく、詳しく、長々と説明したようだ。もちろん、その間にも二人とも盾を持った精霊への警戒は解いてはない。さすがに防御重視と言っても、こちらが隙だらけなら攻撃をしてくるのは当然だろう。だが、しっかりと警戒していれば、防御重視なだけに攻撃はしてこなかった。
昇としても相手が防御重視で慎重に動いている事をしっかりと見抜いていたのだろう。だからこそ、攻撃をして来ないとみなして、ミリアを相手に少し長く、詳しく説明をしたワケである。まあ、相手がシエラや閃華なら簡単な説明でも、しっかりと昇の意図を読んでくれるだろうけど……そこはミリアですから、それなりに昇も配慮をしたようだ。
けど、ミリアも昇が立てた作戦の意図が分かったからには行動は早かった。ミリアは一気に飛び出すと、盾を持った精霊に攻撃を仕掛ける。もちろん、こんな一直線の突撃なんて盾を持った精霊にしてみれば簡単に防げる。だからミリアの攻撃は通らないのだが、それで良いのだ。後は相手の精霊を少しずつでも前に引きずり出せば良いのだから。
だからこそ、最初は一気に突撃したミリアの動きも、すぐに先程のように防御中心の動きに変わっていた。お互いに手数は少ないものの、ミリアは相手の反撃を後ろに避けるようにしながら、少しずつ、相手の精霊を前に誘導していくのだった。
そして、その間にも昇は紫黒を近接戦闘用の形態にする。
「紫黒、レベル2、ツインブレイド」
紫黒のグリップが少し細くなると銃身が九十度回転をしてグリップの真上にまで移動、すると今度は銃身が一気に変化する。銃身は細くなると片刃になり、それから刃は一メートルぐらいまで一気に伸びた。
紫黒は今までの二丁拳銃から姿を変えて、今では二刀流と呼べるような姿になっている。それに、紫黒は拳銃形態では真っ黒であり、それはツインブレイドになっても変わらなかった。つまり、刃先から柄先まで真っ黒である。そのため、刃は独特の黒光りをしているのだった。どうやら、ただの刀になったワケではなく、しっかりと近接戦闘に適した仕掛けがしてあるようだ。
まあ、昇の能力から言っても、昇は近接戦闘には向いてない。更に相手が精霊となると確実に単独での戦闘は無理と言えるだろう。だが、今回はミリアとの共闘である。それに相手は防御重視の戦い方をしてくる。だからこそ、昇は近接戦闘で攻撃に特化しているツインブレイドを選んだのだ。
なにしろ、相手の前後から攻撃する挟撃戦なのだ。だからこそ、相手の反撃が少ないと読んだから、昇は攻撃重視のツインブレイドにしたのだ。つまり、昇まで防御重視の戦いをする必要は無い。むしろ、相手が防御重視の戦い方をしているからこそ、挟撃によっては反撃を完全に封じる事が出来る。
後は昇が言ったとおりである。挟撃によって相手が対応しきれなくなったら撃破すれば良い。だが、そんな状況を作り出した昇でも相手の動きには、慎重すぎるほどに警戒を払っていた。それは相手の属性が分っていないという不確定要素があったからだ。
そう、未だに相手が何の精霊なのか、どんな属性を持っているかが分っていないのだ。だから挟撃によって戦況を有利に出来ても、相手の出方次第では一気に戦況を戻す事が出来る。つまり、相手も挟撃を想定した能力を持っている、かもしれないという不確定要素があるのだ。だから昇は完璧とも言える作戦を立てながらも相手を警戒しているのだ。
だが、その間にもミリアが後退してきて、相手を引きずり出している。ここで、挟撃に出ないと戦況は変えられない。つまり、ここで動くしかないのだ。ここで動かなかったら、先程と同じく拮抗状態になってしまう。だからこそ、昇は不確定要素がありながらもミリアの動きを見ながら挟撃が出来る位置にまで慎重に移動する。
そう、ここで相手に気付かれて先手を打たれても不利になるだけだ。だからこそ、昇は適度な距離を取りながらも相手の後方へと移動する。そして、昇は何とか挟撃が出来る配置を取ったのだ。ここまでしたのだから、もうためらう事は出来ない、後は流れを掴むために一気に攻撃に出るしかない。だからこそ、昇は相手に何もさせないためにも一気に駆け出して、後方から攻撃を仕掛ける。
だが、相手も後方から迫ってきた昇に気付いたのだろう。ミリアの攻撃を盾で防ぎながらも、顔を少しだけ後ろに向けると片目で昇を確認すると次の行動に出た。やはり、すんなりと挟撃はさせてもらえないみたいだ。それは相手の前方に位置していたミリアがすぐに分かった。
なにしろ、相手の反撃を避けるために後退したミリアが目にした物は、盾から一気に数多く、生えてきたトゲとも言える大きな円錐の物体である。それが所狭しと盾から無数に生えている。だが、そこで終わりというワケではなかった。
今度はそのトゲが一気にミリアに向かって撃ち出されてきたのだ。まさか、このような手を持っているとは思っていなかったミリアは慌てながらも更に後退して的確な対処をする。
「アースウォール」
大地から岩盤の壁が一気にせり上がるとミリアの姿を完全に覆いつくす。そして盾から飛び出してきたトゲを弾き、アースウォールに当たらなかったトゲはミリアの横を一気に通り過ぎて行くのだった。
その後、ミリアはすぐにアースウォールを大地に戻すと、昇の攻撃を盾で受け止めている精霊の姿を目にするのだった。そう、盾を持った精霊はミリアにトゲを飛ばした後、すぐに後ろを向いて昇の攻撃を防いだのだ。
そして、そんな攻防を見ていた昇も盾に注意しながら横に移動する。昇にはあれだけの攻撃を防ぐ手段は無い。だからこそ、盾の範囲から外れるためには横に移動するしかないのだ。だが、そこで終わるほど相手も甘くはない。今度は昇に向かって剣が振るわれるが、昇は片方の刀で剣を払い除けるように防ぐと盾がこちらに向かない事を確認してから後方へと退がる。
やはり、相手も防御重視なだけあって、攻撃も慎重になっているのだろう。だから、よっぽどの隙を見せない限りは攻撃はしてこない。だが、さすがに盾から撃ち出された無数のトゲはかなり厄介だった。そして、そんな相手の行動を見てから、ミリアはやっと相手の精霊と属性を察した。
まあ、今ではラクトリーの強制授業も日課になっているのだから、以前に比べると、かなり知識が増えたようだ。まあ……その影には涙の日々があったとしても……。なんにしても、ミリアは相手の事が分かったのだ。それを昇に伝えるために昇に向かって叫ぶのだった。
「昇、こいつは荊棘の精霊、棘の属性を有してるよ~っ! 植物系の精霊だから攻撃には適してないけど、棘の属性は攻防一体が出来るんだよ~っ!」
……えっと……それは一体なんなのだろう? ミリアの言葉に思わず、そんな疑問を感じてしまった昇。まあ、ミリアの説明と今の状況からでは、ミリアが何を言いたいのかを完全に理解するのは無理があるとも言えるだろう。まあ、その前に昇は精霊に対する知識が無いと言っても良い。だからこそ、いつもはシエラや閃華が分かりやすく説明してくれるのだが、今回は二人とは別行動を取っているために理解が出来なかったのだ。
だが、棘の属性と聞いて、昇は何となくだが、少しは分かったようだ。先程の盾から生えたトゲといい、防御重視の戦い方といい、植物系の精霊と聞いて、何となくだがバラのような事に関する精霊と属性だと昇は理解したようだ。
まあ、間違ってはいないのだが、少し詳しく説明するとこうなる。
荊棘とはトゲがある低木、約二メートルぐらいの樹木の事である。茎または葉にトゲを持っている植物であり、バラを初め、トゲのある低木を荊棘という。つまり、どこかにトゲを持った、背丈が低い植物を荊棘と総称するのだ。
そして荊棘も木と言えるものである。つまり、性質としては木の精霊に近いのだ。そして、木の精霊は大地ほどではないが防御に特化している。それは木が昔から防風林や土砂崩れを防ぐ手段として用いられていたり、加工して柱や壁など、何かを防ぐ、または支える、という事に特化した精霊なのだ。
それに加工が出来ることから、属性の種類も多い。それは加工後に別の役目に使われる事から属性の種類も多くなったのだ。それだけではなく、木の精霊は針葉樹、広葉樹など、種類としても豊富である。そのため木の精霊は荊棘の精霊みたいに精霊単位で分かれる事も多い。そして、そこから分かれる属性はもっと多いのだ。
つまり、木の精霊は防御に特化した精霊だが、防御に関しては大地の精霊には劣るものの、属性の多さから様々な戦い方がある精霊といえる。木の精霊、つまり植物系の精霊と総称される精霊はそれだけ様々な精霊が居る、というワケである。
そして昇達が相手にしている荊棘の精霊も根底が木であるからこそ、木の精霊と同じような戦い方になり、現に防御重視の戦い方をしている。だが、棘の属性を有しているからこそ、先程のように盾からトゲを出せるのだ。つまり、棘の属性を使えば、攻防一体の戦い方が出来るのである。それに使い方によっては複数を相手にするのにも適している。トゲの生えた盾に下手な攻撃を加えれば、盾との距離が短いだけに先程のように飛ばしたり、伸ばしたりされると避けられないのだ。
要するに、盾にトゲが生えている状態で攻撃を入れると確実に反撃を喰らうという事である。更に厄介にさせているのが、荊棘の精霊が盾にトゲを生やした状態にしていないというところにある。
最初っからトゲが見えてれば充分に警戒が出来るし、何かあっても対処を出来る可能性が高いのだ。だが、いきなりトゲが生えてくると後手に回る状態が増えてくる。攻撃した瞬間に盾で防がれ、そのうえトゲでいきなり攻撃をされると回避する手段がほとんど無いと言える。
だからこそ昇は相手の能力が分かった瞬間に厄介だと感じ取って、戦術を切り替える事も考えた。だが、挟撃状態からの戦術変更は無理ではないが、完璧な連携と味方の思考を完全に読みきる事が必要とされる。挟撃しているだけあって、味方との間に敵を挟んでいるのだ。だから、お互いに連絡が取れない。先程のミリアみたいに叫ぶしかコミニュケーションが取れないのだ。
だからと言って、この状態からストケシアシステムを起動させているだけの余裕は無い。つまり、相手が属性を発動してきた事により、下手な攻撃が出来ないから拮抗状態に戻ってしまったワケである。
そんな状況の中で昇は、またしても拮抗状態を崩す手段を考えないといけなくなったのだ。そんな昇が荊棘の精霊を警戒しながらも思考を巡らす。
攻防一体の盾か、う~ん、かなり厄介だよね。下手に攻撃を入れれば、トゲで串刺し、穴だらけになっちゃうって事だよね。それに盾を向けられたら後退は出来ない、盾の範囲から出るしかないか。盾の面積にトゲがいっぱい生えてくるから、その範囲から出るしかない。ミリアなら後退しても防げるけど、僕の方は無理だよね。なら、どうしようか……一気に入るしかないか。
そんな結論を出すと昇はすぐに行動に移す。
「紫黒、レベル1、ツインダガー」
またしても姿を変える紫黒。だが、今度は刃が短くなっただけで大きな変化は見えなかった。そして短くなった刃も独特の黒光りを放っている。どうやら刃の特性は変わっていないようだ。大きさはナイフよりも長く、小太刀よりも短くと、懐刀と呼べる長さになっていた。
この長さならば、先程よりも間合いは一気に短くなるものの、振り回すのには適した長さと言えるだろう。昇はツインダガーを構えると少し横に移動する。そしてミリアの方に視線を向けて目が合うと昇は頷くのだった。
そんな昇の行動が合図だと察したミリアは、すぐに昇と直線上の位置に移動すると再び荊棘の精霊に向かって駆け出したのだ。そして昇も少しだけタイミングを遅らせて駆け始める。正に挟撃に入ったというワケだ。
そんな挟撃を受けながらも荊棘の精霊は先に駆け出したミリアの方へと盾を向ける。そして、すぐに盾にトゲを生やすと、全てを一気に撃ち出したのだ。さすがに前後から同時に攻撃をされると対処が出来ないから、まずはミリアの足を止めてから昇の攻撃に対処をしようと考えたのだろう。
そんな荊棘の精霊が思ったとおりに撃ち出されたトゲを防ぐためにミリアは止まり、再びアースウォールで身を守るのだった。大地の壁がせり出してきた時点でミリアの足を止めたのと同じだ。だからこそ、荊棘の精霊は振り返り、昇の攻撃に対処すべく、盾を昇に向けようとするが、驚愕するのが先だった。
なにしろ、後から駆け出した昇が、いつの間にか、ほとんど距離が空いていないところまで入ってきていたからだ。駆け出したのは、ほぼ同じタイミングだったが、二人のスピードまでは荊棘の精霊は気にしていなかったみたいだ。
ミリアは大地の精霊に防御重視の重装備である。つまり、足は遅い。それに比べて、昇はほとんど防具が無いエレメンタルジャケットにツインダガーだ。これほどの軽装備ならば出遅れてもミリアのスピードを追い抜く事は簡単な事だ。
だが、荊棘の精霊は先に駆け出したミリアが最初に仕掛けてくるだろうと、ミリアから対処をしてしまったのだ。そんな少しの時間を利用して、昇は一気に距離を詰めたのだ。そう、盾すらも向けられない程に、ほぼ零距離にまで入り込んだのだ。
ここまで近ければ盾を向ける事は出来ない。なにしろ、腕を曲げているとはいえ、身体と盾の間には若干だがスペースがある。そのわずかな空間に昇は身体を入れてきたのだ。だからこそ、荊棘の精霊が身体よりも顔を先に振り向いた瞬間には昇は目の前まで接近しており、盾を入れられるだけの空間は無かったのだ。
これで盾から発動される棘の属性は無効化された。だが、ここまで接近すると昇も攻撃が出来ないと思われるが、昇が手にしているのは懐刀である。つまり、斬るより刺す方が効果的なのだ。そして刺すという行動はほとんど腕を動かさない、そのまま腕を前に出すだけである。だからこそ、零距離に近い距離でも昇は攻撃が出来るのだ。
そんな昇が手にしていたツインダガーが荊棘の精霊を突き刺す。振り向こうとしていた時点で荊棘の精霊は昇に気付いたのである。つまり、身体が半分だけだが振り向いた時点で動きを止められたのだ。だからツインダガーは脇腹に二本、突き刺さるのだった。
脇腹から走る激痛に顔を歪ませる荊棘の精霊。だが、それだけだった。つまり、攻撃は何とか通ったものの、刃が短いツインダガーを突き刺しただけではダメージは与えられるものの、倒すまでには至らなかったのだ。だが見た目よりもダメージが大きいのも確かだった。それが近接戦闘用の紫黒に仕掛けられた効果なのだ。紫黒の近接戦闘用は刃を伸ばしたかのように無属性の力が発動されている。つまり、見た目よりも間合いが長いという事だ。
だから、ただ突き刺しただけに見えるが、実際は紫黒の刃よりも少し深くまで突き刺さっているのだ。けど、それでも倒すに至らなかったのには他の要素も関係してくる。
それが突き刺した場所だ。契約により具現化した精霊は身体の構造が人間とほぼ一緒である。つまり、急所も一緒。だが、荊棘の精霊は当然だが盾を常に前に出している。だから急所がある前面に攻撃を入れる事は出来ない。それに、反撃をさせないために一気に突き刺す必要があった。だから、突き刺す場所を選んでいる時間が無いからこそ、半分だけ振り向いた背後を的確に突き刺す事も出来なかった。
そうした意味では、最もダメージが軽い場所にしか攻撃が出来なかったのだ。そして、荊棘の精霊も、このまま黙って倒されるワケが無い。若干とはいえ、盾を持っている左手と身体の間にはスペースがある。そこに右手で持っている片手剣を滑り込ませるのには充分なスペースだった。そんな反撃に出るが、その前に昇がツインダガーを引き抜いて後退してしまった。どうやら、この反撃は昇の想定内だったようだ。
だから昇は無事に、再び距離を空ける事が出来たが、やはりというべきだろう。そう、倒すだけの決め手を欠いているのだ。先程の攻撃は通ったものの、奇襲に近い。つまり、これからは荊棘の精霊が昇に対して充分な警戒をしてくるのは当然であり、二度目の成功率は無いと言っても良いだろう。それは今までミリアが攻撃の主体だった事を示しており、次からは昇の動きも充分に警戒するという事だ。
だが、それで良いのだ。これで荊棘の精霊は確実に前後を注意深く配慮をしないといけない。けれども、挟撃をされて両方を的確に配慮をするなんて事は無理に近い。だけど、それをやらないと荊棘の精霊は自分が倒される事が分っていた。つまり、一度だけでも攻撃を通せば、荊棘の精霊は余裕が無くなるのだ。精神的に余裕が無くなれば、集中力が切れた時点で倒されるという事である。
そんな精神の消耗戦に持って行く事こそ、昇の狙いだったのだ。これで荊棘の精霊は精神的にドンドンと集中力を削られて行くが、昇達は二人だからこそ精神的に余裕があるし、お互いにフォローが出来る。つまり、戦闘ではなく精神的に追い詰める事で荊棘の精霊を集中力を消耗させる事で倒そうという狙いである。
そして、昇達は更に荊棘の精霊を追い詰めるために、すぐに次の攻撃に移るのだった。
一方、空に居るシエラは回避運動を取りながらも相手の契約者について考えていた。
具現化する能力、シャープ。エネルギーを物質に変えて操る力、こうして敵対してると、ちょっと戦い難い。しかも、ここまで矢継ぎ早に具現化されると近づくのも難しい。初めて敵対する能力だから、まだ対処法が見えてこない。
そんな事を考えながらもシエラは回避運動をしながら空を飛びまわる。シエラが相手にしているのは契約者。それもシャープの能力を持っている契約者である。決して珍しい能力ではないのだが、知識が多いシエラだが経験は少ないのだ。争奪戦の参加も今回が初めてである。今までは観戦はしていたものの、実際に契約を交わしたのは昇が初めてである。
だからこそ、初めて戦う事になったシャープを使う契約者に対して対処法を探っている状態である。シャープの能力は珍しくはないのだが、シャープを使える契約者は数が少ない方である。珍しくはないけど、実際にシャープの能力を持つ契約者と戦うのは少し珍しい、という感じである。そしてシエラも、初めて対峙したシャープの能力に対処法を考えている最中であった。
そもそもシャープの能力とは他の能力と違って属性を通さない。その代わりに、力そのものをある形に具現化が出来るのである。つまり、属性を使っていないという事だ。精霊や他の能力は属性を通して、ただの力を属性に変化させてから発動する。だが、シャープの能力は力を特定の地点に集中させてから、頭の中で描いた形に具現化、物質化と言っても良い。ただのエネルギーを思い通りの形にして操る事が出来るのだ。それが属性を使わない代わりに使われる力、具現化の力、シャープの能力である。
そんなシャープを持つ契約者が先程から何本もの剣を作り出し、それをドンドンと空にいるシエラに向かって撃ち出しているのだ。しかも、普通に飛んでくるのならシエラも回避をしながら接近が出来るけど、シャープの能力は具現化だけではなく、操作の力を含んでいる。つまり、撃ち出した全ての剣を操作して、シエラの動きに合わせて追尾させているのだ。
もちろん、シャープの能力はどんな物でも操れるワケではない。自分で具現化した物だけを操れるのだ。だから具現化した剣を操り、シエラを追尾するように操るのも簡単な事なのだ。そんな追尾してくる剣に対して、シエラは全部の剣を破壊をするしかなかった。具現化した物も力の込め具合で強度とかが変わってくる。ここまで数多くの剣を撃ち出しているのだ、つまり一本一本の強度は精霊武具でも充分に破壊が出来るというワケである。
能力的にはサモナーと似ているが、サモナーと違ってシャープは頭にしっかりとした形でイメージが出来る物を、その通りに具現化が出来るのである。サモナーは特定の種類しか召喚、この場合は具現化と言っても良いだろう、特定の種類しか出来ないが、その代わりに召喚したものに思考を与えて、自動で動かす事が出来る。
それに比べて、シャープは何でも具現化が出来るのだが、全てを自分で操らなければいけないのだ。つまり、動物的な何かを具現化しても、それを自分で操らないといけないのだ。だから複雑なものを具現化するよりも剣のような簡単にイメージが出来る物を具現化して操った方が適している。だからこそ、数多くの剣を具現化して、その全てを操り、シエラに破壊されては新たなる剣を具現化して撃ち出してくるのだ。
だから破壊は出来ても数は減らなかった。しかも、シャープの契約者は剣を的確に配置をしている。つまり、シエラを追尾する剣、自分に向かってきた時に撃ち出す剣、更に状況によって対処が出来る剣と数多くの剣を三つのグループに分けて使っているのである。
だからシエラが契約者を目指して急降下しても、今度は目の前から剣が飛んで来るワケである。それぐらいなら、スピードに特化した翼の属性で避けられるのだが、厄介なのは三つ目のグループに別けられた何本もの剣である。その剣達は、状況に対して的確に飛んで来るのである。急降下して一気に契約者に迫ろうとしても、前方から飛んで来る剣を避けている最中に別方向から剣が飛んで来るのである。
簡単に言ってしまえば遊撃弾。追尾されながらも前方から飛んで来る剣を避けても、別方向から新たなる剣の集団が飛んでくるのである。空に居るだけに上下左右、四方八方から飛んで来る遊撃弾とも言える剣の集団。さすがのシエラも前後から飛んで来る剣を避けながら、更に別方向から飛んで来る剣を避けつつ、契約者に接近をするのは無理のようだ。だからこそ、シエラは戦い難いと感じているのだ。
そんな状況に置かれたシエラだからこそ、精界の天井付近で追尾してくる剣を一つずつ破壊しながらも、すぐに追尾をする剣を具現化して撃ち出してくるシャープの契約者を何とかするために、今の状況を打破するために思考を巡らすのである。
追撃をしてくる剣を破壊し続けてもダメ、どれだけ壊しても数が減らない。それに、しっかりと切れ味があるから突き刺すには充分、そして数を作るために剣の強度は弱い。かと言って、契約者に迫ろうとしても、展開されている剣の布陣は完璧。特に死角から攻めて来る剣が避け難いから、突き進む事も出来ない。無理に進めば確実に剣に刺される。残された手は……そうだった、シャープの能力は使い勝手は良いけど、他の能力と同じように万能ってワケじゃない。後はスピードで一気にかき回せば……布陣は崩れる。
そんな結論を出したシエラが、すぐに行動に出る。迫ってきた剣の数本を破壊すると急降下を始めたのだ。だが、効果先には契約者は居ない。ただ、地面が待っているだけである。それでもシエラはスピードを落とす事無く、一気に降下して行く。
そして地面が間近に迫った時だった。シエラは九十度旋回、地面スレスレの低空飛行に切り替えた。だが、こんな手で追尾してくる剣をどうにか出来るワケではない。シャープの契約者も、その程度で操作が出来なくなるほど甘くはないのだ。だからシエラの動きに合わせて、追尾してくる剣もシエラと同じ軌道を通る。
やはり、この程度では追尾してくる剣はどうにも出来ない……のだが、シエラの狙いは別な所にあった。そして、シャープの契約者がそれに気付いた時には既に遅かったのだ。だからこそ、シャープの契約者は焦りの色を見せた。
そこでシエラが何をやったかというと、単純に低空飛行で大きく旋回しただけだ……高速で契約者の後方に回り込むように。
そう、それこそがシエラの狙いであり、シャープの弱点とも言える。つまり、こちらが死角に入り込む。契約者から見えない位置に移動しただけである。そのうえ、シエラは高速の低空飛行で飛び続けている。契約者の周りを回るようにして。
そのため、契約者は後ろを振り向かないとシエラを追尾する操作が出来ないのだが、振り向いた頃には、既にシエラは視界から消えている。そう、シエラは契約者が対処できないスピードで旋回を続けているのだ。そのため、シエラを追尾していた剣は次々とお互いにぶつかりあったり、地面に激突したり、まったく違う方向へと飛び去って行って消えたりとシエラを追尾する事が出来なくなってしまった。
それはそうだ、上空に居れば、ただ立っているだけでシエラの動きが全て見えていた。だが、地面スレスレの低空飛行、そこに翼の属性が得意としているスピードを活かしたハイスピード飛行。そのスピードでシエラは契約者の死角に入り続けている。さすがに翼の精霊に自分の周りをハイスピードで回られては目で捉えるのにも無理がある。
そして、シャープの能力は全て自分で操作をしなくてはいけない。自動追尾なんて事は出来ないのだ。だからシエラが目では捉えられないスピードで周囲を旋回されると追尾する剣の操作が出来なくなって、次々と自滅するのは当然の事だ。視覚で追いきれない者を追尾するなんて無理に決まっている。
そのため、シエラを完全に見失った契約者が焦りを見せ始めたのだ。後方からの追尾が無くなれば、シエラがいつ自分に斬りかかって来てもおかしくはない。そんな考えが生まれたからこそ契約者は焦り始めたのだ。
だからと言って、どの方向を向いてもシエラの姿を捉える事は出来ない。そこで契約者は次の手に打って出るのだった。それは、剣の全てを自分を囲むようにドーム状に展開させたのだ。確かに、これならシエラが、どの角度から攻めて来ても対処が出来る……と考えたのだろう。
だが、シエラからしてみれば相手が自分を見失った時点で既に有利な状況に立っている。だから、その程度の対抗策を展開されてもシエラは口元に笑みを浮かべながら次の手に出るのだった。やはり、この程度ではシエラと対等の立場に戻る事も出来ないようだ。
そのシエラが旋回を続けながらも、ウイングクレイモアを相手の契約者に向けると、ハイスピードで移動しながら攻撃をするのだった。
「フェザーショット」
羽ばたいていた翼が風の抵抗を受けないように広がると翼からは羽根の弾丸が撃ち出される。そして、シエラは未だにハイスピードの惰性飛行で飛び続けている。つまり、フェザーショットを撃ちつつも、数秒で十週ぐらいは出来るのだ。それだけの周回運動とフェザーショットを放てば契約者の周囲に展開されている剣の布陣を破壊するのには充分だった。
もっとも、シエラのスピードが速すぎたためか、シャープの契約者から見れば一瞬にして、剣の防御網が破壊されて、そのうえ自分の身体にまで羽根の弾丸が突き刺さったのだ。それだけの事をされれば、驚く以前に何があったのかさえも分からないだろう。だからか、シャープの契約者は驚く事さえ忘れて、防衛本能のままに次の手を出すのだった。
そう、剣の防御網を破れば、シエラは一気に契約者に向かって行けるのである。だが、そのためには、契約者の死角で一旦止まり、方向転換をしなくてはいけない。シエラとしては、そんな事は一秒も経たない間に出来るだろうが、今回はシャープの契約者が早かった。
シエラが動きを止めて反撃に出ようとした時だった。突如としてシャープの契約者を取り囲むように巨大なガトリングガンが八つも現れると四つの銃身が高速回転を始める。それを確認したシエラがすぐに低空飛行を再開させようとした時だった。ガトリングガンから銃弾が間断無く発射される。
だが、発射された弾丸はシエラが居る所とは別の所に向かって飛んで行った。だからと言って安心が出来るワケではない。ガトリングガンはそれぞれに銃口を動かしながら銃弾を放ち続けるのだった。まあ、言ってみれば乱射である。
確かに、シエラの動きが見えなければ、全方向に向かって撃つしかないだろう。だが、狙いを定めずに乱射をしているのである。だからシエラにとっては銃弾と言えども避け続けるのは簡単だった。
だが、避け続ければ、先程のスピードに達する事が出来ない。つまり、いつかは契約者に狙われる可能性があるのだ。だが、翼の精霊が有するスピードは、そんなに甘いものではない。銃口を上下左右に動かしながら乱射しても、どこかに数秒程だが銃弾が無いスペースに入り込む事が出来るのだ。そして、シエラは銃弾を避けながらも銃弾が無いスペースに身体を入れては、また次の場所へと移動を続ける。
つまり、相手の契約者がシエラに狙いを付けるのは、かなり難しいと言っても良いだろう。だからと言って、シエラが有利になっているワケではない。いくら狙いを定めていないからと言って、弾丸の雨を避け続けるのには変わりは無い。その状況下で契約者の死角から攻め込むのは困難だと言えるだろう。
それでもシャープの契約者は乱射を続け、シエラは避け続ける。もちろん、シエラは反撃を試してみたが、銃弾はともかく、銃身の方はかなりの強度を持っており、フェザーショットのような間接的な攻撃は一切、弾かれてしまった。どうやら、防衛本能だけで銃身にだけは、かなりの力を注ぎ込んだようだ。そのため、先程の剣とは違って、簡単には壊せなかった。だからと言って弾丸を撃ち落し続けても意味は無い。それこそ、動きを止めてシャープの契約者に狙ってくれと言っているようなものだ。
だから、今はこうするしかないとシエラは弾丸の雨を避けつつも、少しずつだが契約者との距離を縮めていく。もちろん、未だにシャープの契約者はシエラの姿は捉えられていない、見失ったままだ。
その状況を利用して、シエラは高速回避を続けながら契約者との距離を縮めていく。いや、正確にはシャープの契約者が作り出したガトリングガンと言える。確かにフェザーショットでは壊せなかったが、ウイングクレイモアで斬り付ければ確実に壊せるとシエラは読んだのだろう。
だからこそ、時間が掛かると分っていながらも、シエラは高速回避を続けながら、シャープの契約者に見付からないように、徐々に距離を縮めていくのだった。
という展開で昇達の方では誰も決め手を打つ事が出来ない状態が続いた。確かに全員が優位な展開に持って行っているが、誰しも決め手を欠いていた。だから未だに倒す事が出来ずに戦闘が続いていた。
そして、それはフレト達も同じだった。フレト達の方で未だに誰一人として倒す事が出来ずに戦いを続けていた。けど、それはフレトが下手な手を打ったワケではない。状況は優位だが、やっぱり決め手に欠いていたのだ。そのため、フレトの方でも昇達と同様に未だに誰も倒す事が出来てはいなかったのだ。
昇達と別れたフレト達もフレトの指示で各々の戦いを繰り広げるのだった。
はい、そんな訳で、やっと更新が出来ました……いやね、今回は何でこんなに遅れたかと言うと……モニターが逝きました。
長年に渡って使っていただけに古いんですけどね。でも、掃除をしようと画面にクリーニング液を吹き掛けて拭いたんですけどね……その時に液が画面の下にあるボタンの中に入り込んだようです。
そのため、まったくいじっていないのに、勝手にモニターの設定メニューが出たり、何かが出たりと、もの凄く見辛い状態になりました。まあ、簡単に言うと……いろいろと出てきてうっとうしいっ!! というか、画面が見えねえよっ!! いいかげんにしろっ!!
という事になりまして、そのモニターは売却処分、サブモニターを使いますが……これが小さい小さい。そのため、まともに書けない状態でした。
まあ、そんな事もありまして、半月ぐらい休筆状態だったワケなのですよ。……うん、悪くないよ、私は悪くないよっ!! だって、仕方ないじゃんっ!! モニターが逝かれては、どうする事も出来ないんだからっ!!
という事で、何とかモニターを買い替え、やっと書き終える事が出来ました……なんというか、休筆のブランクがありまして、何か……書くスピードが落ちました。
まあ、その辺の詳しい事は私のブログで確認してくださいな。
さてさて、そんな訳で、今回もバトルだけです。まあ……前回の展開からは充分に予想が出来たよね。そんな訳で昇達のバトルは拮抗状態という事で次回からはフレト側の戦いをお送りします。
まあ、フレト達の戦いも二話ぐらい使いそうですけどね。まあ、何とか、今月中に、後一話ぐらい上げられれば良い方だと思われます……というか……そういう事にしておいてっ!!!!
さあ、懇願は終わったっ!! これで何があっても大丈夫だろう。だから……石を投げるのはやめてね。まあ、今までと同じように暖かい目で見守っててくださいな、という事です。……刃物と銃火器もダメ――――っ!!!! いや、それは、確実に死ぬから、だからっ!!
……
……作者改造人間として復活中……
ふぅ~、何とか復活しました。いやはや、この感じは何度やっても慣れませんね。まあ……慣れてしまったら、その時点で人間じゃないですよね~。
という事で、戯言はここまでにしておいて、そろそろ締めます。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。
以上、やっぱり、ついでだから、キーボードも変えてみようか、とか思っている葵夢幻でした。