第百五十五話 遊ぶ時には属性の使い方に気をつけましょう。というか、属性を使うと戦闘になります
住宅街よりも少し遠くにある運動公園。周りは木々で囲まれており、体育館やランニングコース、それに多数のアスレチックとテニスコートやサッカー場。様々なスポーツ設備が揃っている公園とも言えるが、それ以上に大きな面積を有しているのが自由場だ。下には芝生があり、他は何も無い。つまり、本当にご自由に使って下さい、と言わんばかりに、ただただ広いだけの広場となっていた。
そんな広場に昇達の姿があった。さすがにテスト明けの平日という事もあり、昇たちの他には周囲に人影は見えない。更に言えば陽気も良い、つまり平日休みの昇達にとっては、かなり陽気に過ごせる時間だと言えるだろう。
それに昇達はテストから解放されたばかりだ。だから全員が羽を伸ばしたいのだろう。だからか、珍しくセリスを含めた全員が、その場に集合していた。そして、そのセリスはというと、広々と引かれたレジャーシートの上で、のんびりと咲耶が入れた紅茶を香と共に楽しんでおり、同じくレジャーシートの上でのんびりとしている閃華と他愛の無い話をしている。そして、他のメンバーはというと……。
「さあ、今日という今日は叩きのめしてやるぞ、滝下昇っ!」
ラケットを昇に向けて楽しそうに叫ぶフレト。そんな昇やフレト達の周りには他のメンバーも揃っていた。そしてフレトの片手にはバトミントン用のシャトルがあった。
事の始まりは数分前である。フレトが、せっかく広々とした敷地を自由に使えるのだから、という理由で昇に勝負を挑んだのだ。だが、いつものようにお互いの精霊を連れての勝負だと面白く無い、というフレトの提案から昇側とフレト側のメンバーを何人か入れ替えてから勝負をする事になったのだ。
そんな訳で、地面に適当に書かれた線を挟んで昇側は、昇、シエラ、半蔵、ラクトリー、というメンバーになり、フレト側は、フレト、レット、琴未、ミリア、というメンバーとなっている。さすがにいつもとは違うだけあって、やはりと言うべきかシエラと琴未は別れ、そしてミリアとラクトリーは面白いからという理由で別れたのだ。後はお互いに航空戦力を得るために翼の属性を有しているシエラとレットも別れた。という事があり、今ではそれぞれのメンバーを従えてフレトと昇は対峙しているのだった。
とは言っても、既に閃華が周囲に不認識結界を張っている。この結界は結界内の出来事を認識が出来ないようにする結界である。つまり、不認識結界の中ならば何をやってもオッケー。つまり、属性も使いたい放題というワケである。まあ、さすがに、そんな勝負にセリスは加えられないので、セリスは咲耶と閃華に挟まれながらも笑顔でフレトを応援するのだった。
そんなセリスの応援がフレトを更に燃えさせたのだろう。だからこそ、いつも以上に気合が入った言葉で、そして充分に楽しげに昇に向かって宣戦布告とも言える、先程の言葉を叩き付けたのである。
ちなみにルールだが、こうなっている。一つ、中央の線を境界線にして、相手の陣地にシャトルを落とした方が一点。二つ、不認識結界が上空十メートルの高さがあるので、それ以上の高さに行く事は禁止。三つ、不認識結界内なら、何をやっても良し。
……まあ、簡単に言えば、普段では使えない属性を使ったスポーツ……なんだろうか? まあ、そのようなものである。そんなルールが決定されていても昇はやっぱり遊び気分でいた。まあ、このメンバーなら、それなりに配慮するだろうと思っていたのだろう。けど……やっぱり、数分後には自分の認識が甘かった事を知るのだった。
まずはフレト側からのサーブとなる……のだが、フレトはやる気満々のようだ。だからこそ、昇に向かって叫びながら属性も発動させるのだった。
「さあ、喰らうが良い、滝下昇っ! ウィンドカッターブレイクサーブッ!」
「って! いきなり危険そうな名前のサーブなんですけどっ!」
昇のツッコミを無視して、フレトが放ったサーブは風の属性をまとい、シャトルの周囲に風刃を発生させながら昇に向かって一直線に放たれていた。いきなりの事で身体が動かない昇だが、向かって来るシャトルを前にして、突如としてラクトリーが昇の前に出てきた。そんなラクトリーが楽しそうに言いながら反撃を開始するのだった。
「まだまだ甘いですよ、マスター。秘奥義、岩盤ブロック」
「いや、秘奥義って!」
またしても昇のツッコミを無視されながら続くゲーム。ラクトリーはラケットを地面に付き当てると、シャトルとのタイミングを合わせて、地面の一定区域を盛り上げたのだ。そのため、フレトの放ったシャトルは、ラクトリーが作り出した岩盤の上に当たり、そのままシャトルは上に向かって打ち上げられる。
まあ、何をやっても良いというルールだからこそ、こんなブロックも有り、という事だ。そしてラクトリーは既に次の行動に出るために、盛り上げた岩盤を一気に引っ込めると言葉を放つのだった。
「今です、シエラさん」
上に打ち上げられたシャトルには既にシエラがアタックの姿勢に入っていた。どうやら、事前に、このコンビネーションのうち合わせはしていたようだ。だからこそ、ラクトリーの動きに対してシエラもすぐに動く事が出来たようだ。
そんなシエラがラケットに翼の属性を込めながら、叫ぶのと同時にラケットを一気に振り下ろす。
「絶賛開発中、メテオクラッシュッ!」
「…………」
どうやら昇はツッコム事を諦めたようだ。まあ、これだけの面子が揃っており、自由に属性を使っているのである。いちいちツッコンでいたらツッコミきれないだろう。だからこそ、昇は苦笑を浮かべると、諦めたように溜息を付いてから、自ら握っているラケットに力を流し込むのだった。どうやら、昇も諦めて、皆と同じく遊ぶ事を堪能しようと決断したようだ。
そんな昇に関わらずにゲームは進んで行く。上空から一気に打ち落とされたシャトルはもの凄い勢いでフレト陣営の地面に向かって行くのだが、その途中で阻まれる事になってしまった。
「格安販売、アタックブレイクッ!」
上空からの一撃である。だからスピードと威力が最大限に発揮されるのは地面に衝突する瞬間である。つまり、スピードが乗っていない上空では威力は半減以下になってしまうのだ。そこまで見越したレットが同じく上空からシエラのアタックを阻止、そのまま下にいる味方に向かってパスを送るのだった。
そのパスに合わせて琴未が一気に動くと飛び上がり、やっぱり属性を使っての反撃に出る。
「疾風迅雷、突撃玉砕、喰らいなさいシエラっ! スプライトブレイカーッ!」
ちなみに、決めたルールから言えば、相手の陣地に落とした方が得点である。つまり、上空に打ち上げても意味は無いのだ。それでも、やっぱり上空にいるシエラに向かって雷の属性を込めて打ち出す琴未。そんな琴未の一撃にシャトルは放電しながら一気に上空へと突き進む。
そしてシエラが琴未の一撃に対処するだろうと思われた時、思い掛けない人物が動くのだった。そう、空間の精霊である服部半蔵である。半蔵が突如として琴未が放ったシャトルの前に姿を現すと、空間に穴が空いた場所を二つ作る。そんな半蔵がやっぱり言葉を口に出すのだった。
「忍法、鏡返しっ!」
それなりに様になっている言葉を半蔵が口にすると、琴未が放ったシャトルが一つの穴に入ると、すぐにもう一方の穴から反転して飛び出してきた。さすがは空間の精霊と言ったところだろう。空間を切り裂き、入口と出口を同じ方向へと向けたのだから。
つまり入口から入ったシャトルは出口、つまりフレト陣営に向かって、そのまま飛び出してきたのである。まさしく、鏡に写ったようにシャトルを返してきた半蔵。まさか、半蔵もここまでノリノリでやるとは昇も思っていなかっただけに、さすがに半蔵の機敏さに驚いていた。
その間にも放電を続けるシャトルがフレト側に落ちてくるが、そんなシャトルに対してフレトはミリアに向かって叫ぶのだった。
「何とか打ち上げろ、ミリアッ!」
「分かったよ~、任せて~っ!」
こちらもすっかり楽しんでいるミリアが放電を続けるシャトルの軸線上に立つと、手にしているラケットを地面に叩きつけるのだった。
「一発百万円、大地の花火っ!」
その途端、ミリアの周囲にある地面から土の塊が無数に打ち上げられると、幾つかの土の塊にシャトルが当たり、すっかり雷の属性が抜けたシャトルが勢いを無くしてフレトの上に落ちてくるのである。
まさしくアタックチャンス。もちろんフレトが、このチャンスを見逃すワケがなく。シャトルが落ちてくる間に詠唱を口にする。
「蒼天を灼く業火、地平を翔ける刃、フレア&ブレイドッ! 喰らえ滝下昇っ! 天地怒涛、これが俺の一撃っ! ツインブレイクっ!」
かなり気合がこもった声と共にフレトはラケットに触れたシャトルに炎と刃の属性を込めると思いっきり昇に向かって打ち出したのだ。……何度も言うようだが、相手の陣地にシャトルを落としたら得点である。だから、相手を倒すような攻撃、もとい、アタックをしても意味は無いのだ。
だが、既に雰囲気が試合というよりも戦闘に近いものになってきている。まあ、それだけ当人達が本気で遊んでいる証拠なのかもしれない。そして、また、昇も例外ではなかった。
昇も自分に向かって放たれたフレトの一撃を跳ね返すためにラケットを少し引いて、大きく前に踏み出したのだ。そして、ラケットには既に昇が持っている特有の無属性という力の塊とも言える力が込められていた。
そんな昇が自分に向かって来る、炎の刃に包まれたシャトルに狙いを定めてからタイミングを合わせると、後は思いっきりラケットを振り抜くだけだった。そして昇も……やっぱり、叫びながらラケットを振るのだった。
「臨機応変っ! レベル1 バージョンブレイクッ! これが僕の反撃であり砲撃だっ! ブレイクフォースバスターッ!」
いつの間にか昇が握っているラケットが強固な形に変わっていた。そして、ラケットに当たったフレトの一撃が一気に消滅。更に昇の力に変換されて、既にシャトルが発光するまでの力を溜め込むと、その力を一気に放つようにラケットを振りぬくのと同時に、昇が言葉にしたように砲撃に近い形で撃ち出されたかのような勢いでシャトルはフレト達を目掛けて飛び出していくのだった。
そんな一撃を放たれたのにフレトの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。どうやら、この程度は予想の範囲内と言った感じだ。まあ、周りがこれだけ白熱してくれば、昇も感化されて熱くなる事は充分に予想が出来る事だったのだろう。だからこそ、フレトは冷静に、そして作戦通りに動き始めるのだった。
「全員、合わせろっ!」
フレトがそんな号令を味方に下すと、それぞれの返事が返ってきて、前々から指示してあった作戦通りにフレト陣営は展開して行くのである。まずは、昇の放って来たシャトルの前に立つフレトとミリア、そして、二人の後方には琴未が待機しており、更にレットが既にフレト達の前衛と後衛の琴未が居る中間の上空に位置取りをしていた。
そんなフォーメーションを組んだフレト達。そして前に出たフレトがミリアに声を掛けながら短い詠唱を口にするのだった。
「確実に止めるぞっ!」
「分ってるよ~、じゃあ行くよ~」
「あぁ、大地の防壁、我が前に立ち並べっ!」
「連続アースウォールッ!」
フレトとミリアがそれぞれのラケットを大地に付き立てて、お互いに地の属性を発動させると二人の前には大地の壁が何重にも立ち並ぶ。そのため、昇が放った砲撃に近いシャトルは何枚もの壁を貫いたために、最後の壁を貫いた時にはすっかり威力を無くしていた。
そうして昇の攻撃を凌いだフレトが口元に笑みを浮かべると勢いを無くしたシャトルを上空後方に向かって打ち上げるのだった。もちろん、その間にもミリアはしっかりと作り出した壁を全て地面に戻している。
そして、フレトが放ったシャトルはというと、今ではレットの前に来ていた。そして、そのシャトルをラケットで捉えたレットが身体を反転、頭を下にすると琴未の位置を確認しながら叫ぶのだった。
「しっかりと受け流せよっ!」
「任せなさいっ!」
レットと呼応するかのように琴未も叫ぶ。そして、レットはシャトルに翼の属性を加えて、スピードを強化すると、昇側ではなく、琴未に向かって放ったのだ。レットは爪翼の属性、つまり半分は翼の属性が使える。もちろん、スピードでは翼の属性だけを持っている者には負けるが、翼の属性が使えるからには、スピードを強化するのは簡単な事である。
そのため、レットから放たれたシャトルは翼の属性を受けているために猛スピードで琴未に向かって行くのだが、これも作戦のうちなのだろう。琴未は猛スピードで落ちてくるシャトルに狙いとタイミングを付けると、やっぱり叫びながらラケットを振るうのだった。
「一閃一殺っ! これが私達のコンビネーションッ! デルタアタ――――ック!」
シャトルに込められた翼の属性を消さないように琴未は上から下へとラケットでシャトルを受け流すのと同時に雷の属性を込める。これでシャトルには翼の属性が発するスピードと雷の属性が発するカミナリが付加された。そんな属性で強化されたシャトルを琴未は思いっきり、昇側に向かって打ち出すのだった。
先程の昇が放った程の威力は無いものの、スピードと威力と攻撃範囲はかなりの物があった。まあ、シャトルは猛スピードで突き進みながら、放電と雷を周囲にばら撒きながら突き進んでいるのである。そのため、シャトルが通過した後はすっかり焼け野原になっていた。
そんな琴未の攻撃に対処法を考える昇。スピードと放電だけなら、ラクトリーの力だけで充分に相殺が出来ただろう。けど、シャトルは雷もばら撒きながら突き進んでいるのである。だから受け止めるだけでも、かなりのダメージを受けるのは必至。フレト達のように地の属性で壁を作ったとしても、翼と雷の属性が宿ったシャトルを受け止めきれないだろう。それほどまでにシャトルが発している攻撃範囲が広いのだ。
そんな受け止める事だけでも玉砕覚悟で行かないといけないシャトルに対して、誰よりも早く動いたのがシエラだった。上空から一気に急降下して来たシエラが一番前に立つと、背中の翼を広げて自分の力を一気に解き放つのだった。
「妖魔解放っ!」
シエラの身体に黒い模様が一気に広がり、シエラは妖魔化をして大気のルーラーが使える状態になった。そんなシエラが大気を操り、シャトルの軸線上に大気を密集させる。確かに、これなら壁を何枚も作り出すよりかは効果的だった。
大気の密度が上がるという事は、それだけシャトルが受ける摩擦力も上がるという訳だ。簡単に言えば、柔らかくて長い物の中を突き進むのと同じである。そのため、シャトルには先程までのスピードは一気に衰える。そして、ここからが大気のルーラーが本領を発揮する場面だった。
なんと、先程まで放電と雷をばら撒いていた雷の属性も消えたのだ。これは空気中の電子が関係してくる。つまり、シエラは空気中にある電子すらも操り、大気を密集させたところから電子を全て取り除き、雷の属性を無効化させたのだ。
さすがはシエラと言ったところだろう。だが、急激な妖魔化に大気のルーラーを一気に操ったのである。短時間では、ここまでが限界というものだろう。だからこそ、シエラは後ろに向かって叫ぶのだった。
「後はお願いっ!」
「分かりました、半蔵っ!」
「了承っ!」
今ではすっかりノリノリになっているラクトリーと半蔵がシエラの声に応える。それから、シエラはシャトルをスルーすると後ろに任せる。そして後衛に陣取っていたラクトリーがシャトルの前方上空に向かって打ち上げるのであった。
けれども、ラクトリーは属性を込める事はしなかった。ただ、普通にパスしたようなものだ。そして、シャトルが打ち上がったところの空間が切り裂かれると半蔵が姿を現したのだった。そんな半蔵がシャトルを目の前にして空の属性をフルに発揮してラケットを振りぬくのだった。
「忍法、影写しっ!」
……先程と良い、今回と良い、それは忍法なのか? と問い掛けたくなるような言葉を発しながら空の属性を使ってシャトルを打ち出す半蔵。そして空の属性はすぐに効果を発揮した。
なんと、半蔵のラケットから打ち出されたシャトルは一瞬にして五方向、つまり五つに分かれてフレト側に向かって行ったのだ。もちろん本物は一つ、あとは空の属性で作り出されたコピー、つまり虚像、分身とも言えるものだった。
そんな半蔵の攻撃に対して、フレトは舌打ちをしながらもミリアに指示を出すのだった。半蔵の力は充分に知っていたものの、敵に回すと改めて厄介な属性を有している事を痛感するのだった。
まあ、こんなところで、そんな自覚をしてどうする。と、言いたくなるのは分かるが、当人達は至って本気であり、既に自分の実力を全て出し切って、バトミントン……と思われるゲームに熱中していたのだ。
そんなこんなで、最早スポーツとは呼べない、というか、属性を使った勝負……よりも遊びと言った方が良いのだろうか? 何にしても、昇達は楽しく? 遊びを続けるのだった。
「随分と熱中しておるようじゃのう」
その頃、セリスの傍でのんびりとしている閃華が、やっぱりのんびりとした言葉を口にしてからお菓子とお茶を口に運ぶのだった。その隣ではセリスが楽しそうに笑いながら会話を続けてくる。
「本当ですね、お兄様があそこまで楽しんでらっしゃるところは久しぶりに見ます。すっかり昇さんと仲良くなったみたいですね」
「まあ、ライバル心を抱いている面もあるみたいじゃがのう。それがお互いに良い影響を与えているんじゃろうな。まあ、結果は考慮しないとしてじゃな」
「けど、皆さんが楽しんでらっしゃって、私も楽しい気分になります」
「まあ……楽しんでる……じゃろう、な」
言葉を濁す閃華。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、不認識結界の中で行われていた遊びは遊びの域を脱して、既に戦闘行為に近いのだから。まあ、それでも、最低限のルール。つまり、武器を手にしていないだけはあって楽しそうにも……見えなくはない……と思われる。
少なくともセリスには、あれが楽しそうに見えるのだろう。だからこそ、セリスは閃華と会話をしながらも、時折は楽しそうに笑うのだった。そんなセリスを見て閃華も諦めて、というよりも考えたら負けだと思ったのだろう。ここは素直にセリスに合わせるのだった。
「何にしてもじゃ、今まではこのような機会が無かったからのう。セリス殿も今日は楽しめる時に楽しんでおいた方が良いじゃろうて」
「えぇ、そうさせてもらいます。それにしても……」
閃華には笑顔で返事をしたものの、何か気掛かりがあるのだろう。セリスは急に暗い顔になると手にしているテーィカップに入っている紅茶を見詰めながら、そして言葉を濁しながら言葉を最後まで口に出す事は出来なかった。
そんなセリスの様子を見て、閃華も察するものがあったようだ。だからこそ、閃華は少しだけ真剣な声と表情になってセリスとの会話を続ける。
「どうやら、セリス殿も今日の事は聞いているようじゃな」
「えぇ、お兄様から……それにこれからの事も。どうやらお兄様は事態を重く見ておられるようです。ですから、後で本国から私の介護と補助が出来る人間を寄こすと言ってました」
「……そうじゃな。今後の事を考えれば戦力を出し惜しみしている時ではないからのう。フレト殿も持てる限りの戦力で対抗しないと、すぐに争奪戦から落ちてしまうじゃろう。まあ、それでもセリス殿の治療には支障は無いんじゃが。フレト殿の性格を考えるとじゃな、やっぱり世話になりっぱなし、というのはプライドが許さんじゃろうて。じゃからこそ、フレト殿は昇と一緒に戦う道を選ぶじゃろうな」
「えぇ、お兄様なら、そうするでしょう。私は……そんなお兄様達の力になれない事がちょっとだけ悔しかったりもします」
セリスの立場から見れば、やっぱり自分はフレトに守れているだけの存在、と思ってしまう事があるようだ。確かに、セリスには戦うだけの力は無いし、それ以前にフレトがセリスの参戦を許すわけがなかった。
確かに、精霊と契約を交わせば能力によって肉体を強化できるし、能力を使う事で病気を克服が出来るだけの可能性はある。けど、それは可能性の話であって、決して確証があった話では無い。つまりは未知数、そんな未知数な可能性にセリスを賭けるワケには行かないのだろう。だからこそ、フレトは自分だけが戦う道を選んだのだ。そう、昇と一緒に。
けれどもセリスの気持ちも分からなくは無い閃華だった。ただ守られている、そして見ている事しか、いや、見ている事も出来ない。そんな状況だからこそ、セリスは自分が何も出来ないと感じるのも無理はない。けど、だからこそ、フレトは戦える。閃華には、その理由も分っていた。だからこそ、セリスに優しい笑みを向けながらいうのだった。
「じゃがセリス殿よ。守るものを持っている人間は強くなれる。それは昇もフレト殿も同じじゃろうて。フレト殿はセリス殿を守ると決めたからこそ、絶対に病気を完治させると誓ったからこそ強くなれんじゃ。それが守るべきものを持っている人間の強さじゃ。フレト殿はしっかりとそれを持っている。そして、その力を与えているのはセリス殿なんじゃよ」
「そう……でしょうか」
「そうじゃよ。それに……」
閃華はそこまで言いかけると、今度は閃華に意地悪な笑みを浮かべながら、はっきりとセリスに向かって言うのだった。
「それに、昔から姫君を守るのはナイトである男の務めじゃ。じゃから、しっかりと守ってもらうのも姫君であるセリス殿の役目じゃ。それに、姫を守れないナイトなどは男として失格じゃろう。じゃからこそ、フレト殿にはセリス殿を守るという事が必要なのじゃよ。じゃから、セリス殿はしっかりと守ってもらい、時にはナイトであるフレト殿を励ます事じゃな。まあ、簡単に言えば、フレト殿に守られながらもケツを叩くのがセリス殿の役目というワケじゃな」
そんな言葉で締め括った閃華が笑い出す。そんな閃華にセリスはキョトンとしてしまうが、閃華が何を言いたかったのかが分かると一緒になって笑うのだった。まあ、先程の意地悪にも似た発言と良い、すっかりとフレトで遊んでいると言える発言と良い。セリスが笑うには充分な事だった。けど、そんな閃華の発言でセリスも余計な事を考えずに、自分は必要な時に兄であるフレトを励ませば良いと、そして時には叱咤すれば良いと分かったようだった。
そんな笑い合う二人に咲耶が紅茶とお茶のおかわりを持ってきたので、素直に給仕を受ける閃華とセリス。けれども、閃華は咲耶に向かって言うのだった。
「それにしても、咲耶殿はすっかり給仕役になってしまっておるのう。それでメイド服を着ていれば一部の人間は大喜びじゃろうな」
「なんですか、その特定の人間から熱い眼差しを受ける事を確信した発言は」
「まあ、ある分野の人間に関する事じゃからな」
そんな事を言って再び笑い出す閃華。それに対して咲耶は苦笑、というよりも少し呆れて、少し困ったような顔をしていた。ちなみに、すっかり給仕役になっている咲耶だが、普段からは自分にあった洋服を、学校では制服を着ている。だから、閃華が言ったようにメイド服なんて物は一度も着た事はなかった。
まあ、確かに、咲耶も精霊という事もあり、容姿は美しいし、何よりも長くて薄い桜色をした髪が周囲から注目されるのだから。それに巫女の精霊という事もあり、ここに来た当初は巫女服を着ていたのだが、フレト達と学校に通う事が決まった時から、あまり目立たないように普通に洋服を着るようになったのだ。
それでも、やっぱり献身的な雰囲気が出ているのだろう。学校ではフレトに尽くす咲耶の姿に、フレトへの闘志が籠もった瞳が向けられるのだが、フレトはまったく、そんな事を気にする事はなかった。……やっぱりセリス一筋なのだろう。まあ、それはさて置き、咲耶が来た事でセリスは咲耶にも座るように言うと、三人でのんびりと談笑をするのだった。
「ほう、フレト殿に、そんな一面があったとはのう」
「主様は完璧主義な部分がありますから、そのような事が起こったりもします」
「ふふっ、私から見ても、そこまでする必要があるのでしょうか? と言いたいほどですね」
「名家に生まれた所為なのか、やっぱり、そういう気質を含んでおるのかのう?」
「いえ、主様のあれは趣味ですね」
「えぇ、趣味です」
「くっくっくっ、二人に、そこまで断言されてしまってはフレト殿も立つ瀬がないじゃろうな」
会話はすっかりフレトの事になっていた。まあ、咲耶とセリスにとっては大切な存在であるフレトである。だから、会話にも自然と出てきてもおかしくはないのだが、この場合は閃華が二人に合わせてると言えるだろう。
というよりも、閃華としては二人と同じく、フレトを話のタネにして楽しんでいる、と言った方が正解だと言えるだろう。だからこそ、こちらののんびり組みはまったりと談笑していながらも、未だに少し熱いと感じる気温の中で太陽の光を浴びながら会話に花を咲かせていた。
閃華達が、そんな他愛も無い会話を楽しんでいる時だった。突如として閃華が鋭い瞳でセリスから目を離すのと同時に咲耶がセリスを守るかのように前に移動しながらも、いつでもセリスを抱えて移動できる準備をしていた。
そして、そんな閃華に近づいてきたのは……スーツ姿の女性とその後ろに付き従うように、こちらに向かってくる、まるで人形のような雰囲気を出している集団だった。そして先頭を歩いている女性は閃華達に向けて笑みを浮かべているのだが、閃華は女性を笑みを見て、その奥底にあるものまでしっかりと目にするのだった。そんな閃華が素早く思考を巡らす。
さて、どうやらお着きのようじゃのう。じゃが、あの笑み……随分と冷たいものを感じるのう。あれは顔で笑っていても、裏で刃物を持つ事が出来るタイプじゃな。厄介な相手じゃという事は想像していたがのう、こやつは想像以上に頭が切れるかもしれんな。どちらにしても昇よ、楽しい時間はお終いじゃな。
そんな事を一瞬で考えた閃華が、女性からは見えない角度でモニターを取り出すと、緊急連絡と書かれているモニターに触れる。それから閃華はモニターを消す頃には女性は閃華の前に立つと、すぐに膝を曲げて閃華と目線を合わせてきた。そんな女性に向かって閃華は平静を装いながらも女性と同じく、笑みを浮かべながら話しかけるのだった。
「どうやら私達に用があるようじゃのう。じゃが、こちらとしてはのんびりとしていたい気分じゃから、席を外してはくれんかのう」
女性を目の前にして淡々とした態度で失礼な言葉を口にする閃華。そんな閃華に向かって女性の方も笑みを浮かべながら淡々とした態度で言葉を口にしてくる。
「残念だけど、そうは行かないのよ。こちらにもこちらの都合があるからね。とりあえず、あの子、滝下昇って言ったわね。その子を呼んできてくれたら手間が省けるわね」
「昇にいったい、何の用じゃ?」
「それを答える必要がある? 不認識結界と一緒に感知結界も引いてたんでしょ。なら、私達の目的も分っているわよね、だから一番最初に自己紹介をさせてもらうわ。私は冷泉垂氷、所属と目的は既に知っているでしょう。知らないと白を切っても良いけど、その時はあなた達が、その程度だったと判断してもらうわ」
「ならば知らないと言わせてもらおうかのう。そう判断してもらった方が、こちらとしては楽になるからのう」
「あらら、あなたみたいな対応が出来る精霊と契約をしているのね。まったく、ウチのバカ共にも見習わせたいぐらいだわ」
「それは、どうも、と言っておく事にしとこうかのう。それに、目当ての昇はそろそろくるじゃろうて」
「あら、本当ね。まあ、こちらとしても、それぐらいは予想していたけど」
「それはなによりじゃな。じゃったら、これ以上の会話は意味は成さないのう」
「そうね、後はターゲットと話をさせてもらうわ。あの子があなた達のリーダーなんでしょ」
「くっくっくっ、さあ、それはどうかのう。どちらかと言えば、周りから尻を叩かれている方が多いじゃろうな」
そんな言葉で締め括った閃華が、まるで現状を笑うかのように笑うのだった。そんな閃華の態度に垂氷も感じるものがあったのだろう。だから、これ以上は閃華との会話を控えて、素直に昇との会話に持ち込むために立ち上がるのだった。
そして、その昇達はというと、あらかじめ、このようになる事は計画の中に含まれていたのだろう。昇達は集結しながらも閃華達の元に戻って来ていた。もちろん、シエラは妖魔化を解いているのは言わなくても分かるものだろう。そんな昇の姿を確認したからこそ、垂氷も素直に立ち上がって、今度は昇達の方へ振り向くと、垂氷は昇に笑みを向けながら手を差し出すのだった。見た目は友好的な握手を求めたのだろうが、垂氷の意図は昇達にも分かりきっている。だからこそ、昇は垂氷の手を診ただけで取る事は無く、毅然とした態度で垂氷に向かって話しかけるのだった。
「僕はあなたに自己紹介が必要ですか?」
「はっきり言うわね。なら、はっきりと答えましょう。その必要はないわ、けど、こちらは名乗らせてもらうわ、最低限の礼儀としてね。私は冷泉垂氷、後はあなた達も知っている通りかもしれないわね」
「分かりました、なら最初に言っておきます。僕達は相容れる事が出来ない、だから僕はあなたの手は取れない。そこに何かあると疑ってしまうから。でも、甘いと思ってもらって結構です。僕は……出来る事なら無駄な戦いは避けたい、だからあなた達とも戦いたくは無い。けれども、お互いに戦いは避けられない。だから下手な馴れ合いはしない」
そんな事を言って来た昇に対して垂氷は笑みを崩さないままに言い返すのだった。
「私はあなた達とは相容れる事が出来ると思っているわよ。私の個人的な意見を言えば、私だってあなた達とは戦いたくはないわ。だから、お互いの立場から、お互いに譲歩する事で相容れる事が出来ると思ってるわよ」
「譲歩なんて出来るんですか。更に言わせてもらえば、あなたが上に向かって噛み付くような反抗的な態度を取るとは思えない。そんなあなたが上の意見を無視して、僕達と譲歩する交渉が出来るようにするとは思えない。だから、あなたに出来る事は一つだけだ。あなたは上からの命令を確実に実行、そして完了させる。あなたには、それだけしか出来ないし、他にやるべき意味も持たない。組織というのは、そういうものだし。あなたも組織に組しているからには組織の決定には逆らえない。違いますか?」
昇がそこまで言うと垂氷は手を引いて、今度は自分の顎に当てると、少しだけ思考を回転させると垂氷は溜息を付いてから言うのだった。
「あなたといい、さっき話した精霊といい、一つだけ分かったわ、厄介な相手だという事がね。どうやら、あなた達もそれなりにこちらの情報を得ているみたいね。なら、もう気が付いているでしょう。あなた達がここに集ったのは、私達の思惑があったという事にね。それに、これ見よがしに結界なんて張ってる。どう見ても、私達の思惑を読んで利用しようとしているのね。なにしろ、わざわざ私達の招待に来てくれるぐらいだからね。それぐらいの用意はしているんでしょうね」
「何の事だが、さっぱり分かりませんね。僕達が結界を張っていたのは、周囲の人達に迷惑を掛けないためと、僕達が思いっきり遊べるようにです。それ以外に意味はありませんよ。もし、あなたの言うとおりに、僕達があなた達の思惑を利用しようとしているのなら、既に悠長な話なんて出来てませんよ。もし、利用するつもりなら、僕達はありったけの戦力を投入して、あなた達が来た途端に攻撃を仕掛けていも、おかしくはないですよね」
そんな言葉を返して来た昇を垂氷は真っ直ぐに見詰める。そして、そんな垂氷が思うのだった。
厄介ね、まだ子供だからと言って甘く見ていたみたいね。少し話せば尻尾を出すと思ったんだけど、ここまで返されるとは思ってなかったわ。ここまで話して尻尾を掴ませないなんて、この子……まずは頭で戦うタイプね。そうなると、何手先まで読まれてるかなんて想像が付かないわね。まったく、ウチのバカ達にも見習わせたいぐらいだわ。けど、この手のタイプは予想を超えた時に脆いのよね。だったら、そこを突くしかないか。この戦い、どちらが相手の予想を超えた手を打てるか、そこに掛かってるわね。まあ、そうした点では、うちのバカ達が役に立つと言えるわね。
瞬時に、そんな思考を巡らす垂氷。それから垂氷は口元に笑みを浮かべると片手を静かに上げて行くのだった。
「どうやら、これ以上の会話に意味は無さそうね。お互いに思惑が分っていながら、腹の探り合いをしてる状態みたいだからね。なら、さっさとあなた達の実力を見せてもらった方が早いわ。だから……始めるとしましょうかっ!」
垂氷がそんな戦闘開始の宣言を口にするのと同時に上に掲げた指を鳴らすと、垂氷の後ろと昇の後ろから同時に同じ言葉が四人の声で発せられる。
『精界展開っ!』
昇の後ろからはシエラとラクトリーの声が聞こえるのと同時に光の柱が天に向かって伸びる。そして垂氷の後ろからも二つの光り輝く柱が天に向かって伸びると、ある地点を持って、今度は一気に拡大しながら降りてくる。そして世界は……赤く染まるのだった。
どうやら相手のどちらかが一番内側の精界を張ったのだろう。そしてもう一人も同じ位の精界を張ったようだ。もちろん、その広さに合わせてシエラとラクトリーの精界も展開させている。つまりは四重の精界が張られたワケだ。
そして精界が張られたという事は、既に戦いは避けられないという事だ。それなのに、垂氷はいつの間にか思いっきり後ろに跳んで昇達からかなりの距離を取っていた。それと同時に今まで垂氷の後ろに居た。まるで人形のような契約者と精霊が前に出てくる。合計で八人、二つのグループに別れている。まずは、この八人を倒せという事なのだろう。
そんな垂氷側とは違って昇達は、昇とフレトを囲むように陣取る。もちろん、この時は既にそれぞれ精霊武具を装備している状態となっている。つまり臨戦態勢になっているという事だ。
何にしても、初めてぶつかり合う昇達と垂氷。まずは前哨戦と言ったところだろう。それでも、この戦いは絶対に避けられないものだという事を昇は改めて肌で感じるのだった。降り掛かる火の粉は払わないといけない。火の粉が元で自分が焼けてしまっては意味が無い。だからこそ、昇も手にしている紫黒を強く握りしめると戦いへと臨むのであった。
はい、そんな訳で今回は思いっきり昇達が遊んでましたね……まあ、私もかなり遊んでましたが(笑)
何にしても、ようやく接した昇と垂氷。けど、それ以前に何かの策があるのかもしれませんね。セリスのセリフから少しだけ匂わせるものが……まあ、その辺は数話後のお楽しみって事で~。
……というか、フレト側の息って思いっきり合ってたよね。う~ん、やっぱり、琴未はシエラを、フレトは昇に対してライバル心があるからこそのデルタアタックッ!!!! だったのかな(笑)
というかミリアさん……一発百万円って、ちょっとだけリアルな値段だとは思いませんか? いや、打ち上げ花火の値段ね。まあ、実際には結構、高い値段を付けたとは思ってますけどね~。まあ、区切りが良かったから百万円にしただけで、他に意味はありませんけどね~(笑) だから遊んだのですよ。
それに比べて昇側……半蔵さん……キャラ、崩壊してね? とか思ってしまう展開でしたね~(笑) ……半蔵さんにも、いろいろとあるんですよ、そう、いろいろと。それはもう、キャラを時々、崩壊させたいぐらいの事があるんですよ。……たぶんね(笑)
まあ、そんな感じで遊びまくった今回ですが、次回からはいよいよ前哨戦とも言える戦いが始まりますね~。さてはて、どんな戦いになる事やら……ここだけの話、実は……このバトル……垂氷側のキャラ設定をまったく作って無いんだよね~(笑)
いやね、そこまで作っていたら、かなり時間を食うし、なんかめんどいから、その時の勢いでやっちゃえ~、とか思ったもので、垂氷側が率いていたキャラに関しては、まったく設定が作られていません(笑)
まあ、勢いだけで何とかしようとしているからね~(笑) まあ、何とかなるでしょうね(お気楽) という感じで、次回からのバトルは私にもどうなるかが分かりません。ちなみに、プロットでも、この場面は略しました。
という事で、本当に勢いだけの一発勝負となっております(笑) けどけど、何とかなると信じる事が大事だよね~。は~い、そこの方、今、否定的な意見を思い浮かべましたね~。だから言っておきますよ……信じるのって……大事だよね(黄昏)
さあ、言い訳は終わった。だから次回がどうなっても、何とかなりますよね。というか、何とかさせてください。お願いします(土下座) 大目に見てやってください、頑張るから、頑張ってみるから、そこはお願いします(超土下座)
よし、これで次回は何とかなるな。という、勝手な納得をしたところで、そろそろ長くなってきたので締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。
以上、三月に入ってからは調子が出ないな~。誕生月なのにね……あ~、それを考えただけでも気分が沈む葵夢幻でした。