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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
猛進跋扈編
154/166

第百五十四話 準備は整った

 都心の隣県内にある都市、それが鉄父市だ。平地に首都圏からの道路や鉄道が走っており、交通面でも便利な都市とも言えるだろう。ちなみに、都心まで行くには一時間ぐらいで行けるほど都心からは近く、交通網の充実してると言えるだろう。故に都心に比べたら規模は小さいが、それなりに高い建造物が立ち並び、周囲には住宅街が並んでいる。それぐらい発展していると言えるだろう。

 そんな鉄父市にある、とあるビルの屋上。そこには垂氷達の姿があり、まるで鉄父市を見下ろすかのように立っていた。そんな垂氷の後ろには垂氷が契約を交わした精霊達、そして紅鳶と銀翠、そして契約を交わした精霊達。更に、その後ろには生気の無い瞳をした契約者が二名、それぞれ三人ずつの精霊を連れて立っていた。

 鉄父市を見下ろしながら垂氷は後ろに居る紅鳶と銀翠に言うのだった。

「さて、今のところは何の反応が無いわね。という事は、あちらもこっちの動きを把握していないと見て良いでしょう。奇襲を掛けるには充分な状況と言えるけど、あっちの戦力も詳しい居場所も分からないのに奇襲は掛けられない。というのが現状、さて、二人とも自分の役目は分ってるわね?」

 そんな事をいつものように冷たい言い方で言葉を口にする垂氷に対して、銀翠が声を上げる前に紅鳶が拳を握り締めながら叫ぶようにいうのだった。

「任せてください、垂氷の姐さんっ! 即行でこいつらをぶっ倒してきますっ!」

「違うでしょっ!」

 言葉と共に紅鳶の腹に拳を入れる垂氷。それがよっぽど効いたのだろう、紅鳶は垂氷が拳を引いた後に膝を付き、尊敬の眼差しを垂氷に送りながら言うのだった。

「さすがは垂氷のあねさん。良い拳を、してます……」

 それ以上は言葉が出なかったようだ。それだけ垂氷の一撃が効いたのだろう。紅鳶も、それなりに身体を鍛えており、筋肉質と言える体付きなのだが、垂氷の一撃で膝を付いたという事は、垂氷の一撃が、それだけ重かった事を証明している。

 けど、どちらかと言えば垂氷は細身であり、スレンダーな体型をしている。それなのに、紅鳶に膝を付かせるほどの一撃を入れる事が出来るのだ。それだけでも垂氷の戦闘能力が高いという事が分かるというものだろう。

 そして、そんな紅鳶の隣で銀翠が疲れたように溜息を付くのだった。その一方で垂氷は既に二人に背を向けて、また鉄父市を見下ろしながら言うのだった。

「まずは、私が捨て駒で威力偵察に出るわ。あなた達の出番は、その後よ。だから今は素直に、ここで犬のように待ってなさい。最も、私もすぐに出るワケじゃないけど」

 そんな垂氷の言葉に紅鳶とは違って現状をしっかりと理解している銀翠が、やっと口を入れてきた。

「まずは相手の居場所ですか。それから仕掛けるタイミングですね。何にしても、現地調査をしないと動きようが無いですよね?」

「そうね、今も広域に精霊反応を探査してるんだけど、まったく引っ掛からないわ。エイムハイマーの情報が確かなら、この地域に居てもおかしくは無い。けど、こっちの探査に引っ掛からないって事は、あっちも広域に隠蔽結界を展開させてるって事になるわね。だから、少し時間は掛かるけど、ここで精霊反応を調査しつつ、精霊反応が集った時を狙うわ」

「相手の戦力を測るのにも、相手の精霊が集ったところで威力偵察に入るワケですね」

「そういう事、それに手元にある情報だけでも、ある程度は調査箇所を絞れるわ。後は精霊反応によっては、そこの調査に入るわよ。その時は銀翠にも手伝ってもらうわ」

「分かりました」

 垂氷の言葉に即答で了解する銀翠。その隣では、いつの間にか復活した紅鳶が元気良く、手を上げてから口を開いてきた。

「垂氷の姐さん。とりあえず俺はどうすれば?」

 そんな紅鳶の質問に垂氷は溜息を付いてから、どうでも良いという感じで言い捨てるのだった。

「ここも日本支部の施設よ、だから地下には大きな訓練場があるわ。とりあえず、そこで適当に訓練でもしてなさい。または犬のように素直に待ってなさい」

 そんな垂氷の言葉に紅鳶は瞳を輝かせて返事をするのだった。まあ、紅鳶の性格から何もせずに待っている、なんて事が出来ないと知っている垂氷だからこそ、先立って、このビルを買い取り、更には改修もしていたようだ。だからこそ、ここには、それだけの施設が揃っている。

 その事を知ったのだから、紅鳶としては、ここでも訓練で自分を鍛えられると分かった事に喜んで、その施設を使った訓練場に向かいたいのだ。だからこそ、紅鳶は契約を交わした精霊達に意気揚々と声を掛けるのだった。

「よしっ、ネシオ、オーキッド、音孤おんこ、さっそく訓練に入るぞっ!」

 そんな掛け声を掛けて下に降りようとする紅鳶達。そんな紅鳶達を垂氷は呼び止めるのだった。

「紅鳶、ちょっと待ちなさい」

「何ですか、垂氷の姐さん?」

「ちょっと手が足りないのは知ってるでしょ、だから少し音孤を借りるわよ。後は自由にしてて良いわ」

「垂氷の姐さんがそういうなら分かりました。音孤、しっかりと垂氷の姐さんに付いて行くんだぞ、分かったな」

「そんな事は分ってますよ。紅鳶さんこそ、あまり我が侭を言わないでくださいよ」

 紅鳶の後ろに立っていた男性、というよりも少年と言える容姿をしている精霊が当たり前のように返事をした後に、最後にはしっかりと紅鳶を制止する言葉を付け加えるのだった。もっとも、その言葉は紅鳶には聞こえなかったのだろう。紅鳶は音孤の返事を聞いて、音孤が付け加えた言葉を豪快に笑い飛ばすのだった。

 そんな紅鳶の態度に垂氷、銀翠、そして音孤が同時に疲れたような溜息をする。まあ、音孤が心配して付け加えた言葉を豪快に笑い飛ばされれば、音孤の苦労が垂氷達にも分かるというものだ。一方では、そんな事にまったく気付かない紅鳶は残り二人の精霊を連れて下に降りて行くのだった。

 そしてやっと静かになった屋上で垂氷は次の指示を出す。

「さて、エラストはひとまず捨て駒を下の待機所に連れて行って、残りは現地調査の説明をするわ」

 垂氷がそんな指示を出すと、すぐ後ろに立っていたエラストが了解したように頷くと、最後方に立っていた。生気の無い瞳をしている契約者と精霊達に付いて来るように言うと、そのまま引き連れて下に降りていくのだった。

 そんなエラストを見送った後、垂氷は円陣を組むかのように並びを指示してから、空中に現れたキーボードを操作すると、円陣の中央には空中に浮いた大きな円形のモニターに鉄父市の地図が表示されるのだった。

「今までの調査で分かった事はほとんど無いと言っても良いわ。けど、エイムハイマーからの情報とこちらの調査で分かった事を加えれば、これからの調査地点が分かるのよ。だから、まずはサンカミュー、それに銀翠と旗下の精霊である、テーレスと諏戸躯すとくには高校を中心に調査してもらうわ。四人とも見付からないように空からの探索をお願い。何か有るとすれば、高校が一番怪しいのは分かっている事。だから、市内にある高校を広範囲に渡って数箇所の調査、精霊反応を確認してもらうわ」

 垂氷が、そこまで説明すると銀翠が手を上げたので、垂氷は一旦説明を止めると銀翠に質問を許した。そんな銀翠に視線が集まったので、銀翠は疑問に思った事を垂氷に尋ねる。

「調査対象を高校に絞った要因が今一つ分からないので、そこを説明していただけると、こちらもしっかりとした調査が出来ます」

 そんな銀翠の質問を受けて垂氷はすぐに答えを返すのだった。

「理由は幾つか有るわ。一つは年齢、この滝下昇って子の年齢は十六、七歳、つまり高校生。二つ目には活動範囲が狭いという点が上げられるわ。銀翠が到着した後に、もう一度エイムハイマーの狂った科学者に、正確には契約を交わした精霊の方だけどね。そっちに話をしてみたのよ。そうしたら、エルクの方はしっかりと話してくれたわ。もっとも、重要な事は話さなかったけどね。それと、こちらの調査では、この滝下昇っていう契約者はほとんど、ここから動いて活動はしてないわ。たぶん、来たら迎撃というパターンが多いみたいね。つまり、ここを本拠地として迎撃しかしてない、という推測が立てられるわ。三つ目に、学校という敷地に限定してしまえば、いくらでも隠蔽の手が打てる。それに学校という場所だからこそ、外部からの調査がしずらい。つまり、手が出し辛いのよ。学校側も容易に部外者を入れたりはしないでしょうからね。だからこそ、一つや二つの学校付近で広域調査を行うのよ。それに、あなた達の能力なら相手に見付かる可能性も低い。更に学校から離れた場所で調査を行うのだから、相手に見付かる可能性はもっと低くなるわ。これが理由よ」

 垂氷は長々と一気に説明したのだが、垂氷の説明が終わると全員が頷くのだった。やはり、垂氷が調査に選んだだけあって、話の理解が早いのだろう。そんな中で確認するかのように銀翠が垂氷の説明について口を開くのだった。

「つまり航空戦力による空中からの広域調査ですね。垂氷さんが上げた四人には、いずれも飛翔、または空中に留まる事が出来る。最も、そんなところを人に見られるワケにはいかないから、どうしても空中で隠れられる場所、つまり高地での広域調査。それに高地に居るからこそ、相手には気づかれないけど、こっちは精霊反応を追えば済む。という事で良いでしょうか?」

 そんな銀翠の確認に垂氷は一度だけ頷くと、すぐに話を続けてきた。

「そう、幸いというべきでしょうね。学校付近には高層ビルは無いわ。つまり、その辺の最も高い場所を取ってしまえば、こちらはそこを地点に広域調査が出来るわ。それに、あなた達なら誰にも見られずに高所に移動できるでしょ。後は高所に移動している時には誰にも見られないように、それから広域調査だけで良いわ。こっちも下手に近づいて気取られるのは避けたいのよね。だから精霊反応が出ても絶対に近づかない事、学校に拠点を置いてる事だけでも分かれば充分なのよ」

「分かりました」

 銀翠の言葉に同意するかのように、サンカミュー、テーレス、諏戸躯も頷くのだった。これで高所からの広域調査は充分に出来るだろう。後は別の地点からの調査である。だから垂氷は話をそちらに持って行くのだった。

「後は、ここに居ないけどエラスト、それに藤姫ふじひめ、音孤の三人には駅を中心とした繁華街に行ってもらうわ。どんな状況だとしても、ここに住んでいると仮定すれば絶対に繁華街には足を運ぶはすよ。食料品から生活雑貨を扱ってる店舗を中心に広域調査をしてもらうわ。それと、三人とも常に人が多い場所に居るように。それなら例え、こちらの反応が察知されても誤魔化す事が出来るのよ。大勢の人が行き来する中で、たった一人の精霊を見つけるのなんて無理なのは分かってるわね。後は、なるべく目立たないようにね」

「分かりました~」

「了解です」

 藤姫、音孤とそれぞれに垂氷に向かって返事をするのだが、そんな返事を聞きながらも垂氷は呆れたような表情を藤姫に向けながらも、溜息を付くのだった。一方の藤姫はニコニコと楽観的な笑みを浮かべている。そんな藤姫に対して垂氷は無駄だと分っていながらも藤姫に尋ねるのだった。

「藤姫」

「何ですか~?」

「……その格好は何とかならないの? さすがに着物で人通りの中に居れば目立つでしょ?」

 藤姫にそんな事を言う垂氷。けど垂氷が言った通りなのだ。藤姫は常に着物を身に付けている。それだけではない。藤姫も銀翠と契約を交わした精霊なのだ、つまり、人間から見れば充分に目を引き付けるだけの容姿をしている。更に藤姫の黒くて長い髪が藤姫に清楚な感じを与えているのだ。つまり、男性から見れば、確実に目を引く、下手をしたらナンパされる可能性があるのだ。

 まあ、清楚過ぎて近づき難い、とも言えるのだが、藤姫はいつもニコニコと楽観的な笑みを浮かべているので、そんなに近づき難いとも言えないのだ。そのため、藤姫に単独行動をさせる事は銀翠はしていないのだ。

 けど、現状から言っても、どうしても調査に契約者だろうが、精霊だろうが、使える者は使って行かないと調査が進まないのが現状だ。だからこそ、垂氷は藤姫を単独で調査に出そうとしているのだが、藤姫の特徴から目立つ事は明らかとも言えるだろう。だからこそ、垂氷はせめて服装だけでも変えさせようとしたのだが、藤姫はニコニコと楽観的な笑みを浮かべながら、拒絶に近く、そして楽観的な言葉を口にするのだった。

「そう言われても~、これが私の私服ですからね~。どうも洋服というのは肌に合わないんですよね~。それに~、目立つからといって、必ず発見されるワケではないですよ~。なにしろ、こっちは人込みの中ですからね~。その中で私を特定するのは無理だと思いますよ~。逆に、男性が私と話していれば~、更に発見される可能性が低くなりますよ~。まさか~、男性と話している私が調査をしてるとは思われないですからね~」

 しっかりと、そしてゆっくりと自分の主張を口にする藤姫。そんな藤姫の主張を聞いて垂氷は溜息を付いてしまった。けど、藤姫の主張にも一理はあった。確かにナンパされている人物が精霊だと感づかれる可能性は低い。

 確かに精霊だから、藤姫の容姿は美しいと言えるだろう。けど、人の中にも、それぐらいの美貌を持った人も居る。更に言えば、銀翠の話では、藤姫はそのような事には慣れているから、いくらでも対処できるし、逆に利用して発見されるのを防ぐ事が出来るらしい。つまり、藤姫はナンパに慣れているから、いくらでも利用が出来るし、どんな事態になっても対処が出来る。更に言えば、確実に断る事も、相手を言葉で傷付ける事も、そして最終的には華奢な身体からは想像も出来ないほどの力で訴える事が出来る。

 まあ、つまり、最終的には絡んできた男性の腹に軽く一撃を入れるだけで気絶させる事が出来るという事だ。最終的には力技に出る事が出来るのだから、藤姫は単独でも行動が取れるのだが、それでもトラブルの元になる可能性が大きい。だからこそ、銀翠は藤姫には単独行動をさせなかったし、垂氷も藤姫に目立つ事はさせたくはないのだ。

 けど、一方の藤姫はニコニコと楽観的な笑みを浮かべながら、そんな主張をしてくるのだ。そんな藤姫の笑顔を見てると……さすがの垂氷も諦めたように息を吐くしかなかったのだ。まあ、藤姫の言葉にも一理はあるし……説得力は藤姫の顔を見てると全然無いけど、言っている事には、しっかりと筋が通っていた。だから垂氷は諦めて、話を続けるのだった。

「まあ、良いわ。それじゃあ、それぞれの担当地域と調査範囲を示すわ。各自、自分の持ち場と調査対象を中心に調査を進めてもらうわ」

 そんな言葉を言い終わると、垂氷は空中に浮いたキーボードを叩く。すると、中央にある空中に浮いている円形の大型モニター、そこに映し出された鉄父市の地図に垂氷が先行調査で調べていた、調査に適している場所に、それぞれの名前が記された青い丸とそれを中心に赤くて薄い色をした丸が広がっている。

 見て分かる通りに、青い丸がそれぞれが調査を行う地点であり、赤い丸が調査範囲という事だろう。そして、赤い丸は見事な程に鉄父市の全域に広がっていた。まあ、ところどころ隙間はあるものの、垂氷が配置した地点と調査範囲は見事に鉄父市全体に広がっている。確かに、これだけの広域調査ならば相手の事は分かるというものだろう。そして、このような指示が出来るからこそ、垂氷は日本支部では実権を握っているのだ。

 そして地図に記された、自分の名前が明記されている場所を調査に当たる各員が確認すると、垂氷は最終確認と指示に入った。

「分ってると思うけど、今回の調査は相手の本拠地、または集る場所を探るために行うわ。それだけでも相手の行動が少しは読める事は確実よ。だから重要なのは相手にこっちの気配を気取らせないように、絶対に相手にこっちの情報を渡さないように、それぞれ精霊反応が近づいて来るようなら撤退しなさい。それから、何か分かったら私に報告をしなさい。私はここ、つまり今回の作戦における拠点で待機してるから、精霊反応が出たのなら、私に報告するように。それが、今回の調査指示よ、分かったわね?」

 最後に確認するかのように、その場に居る全員に尋ねるように向けた言葉で締めた垂氷。そんな垂氷の言葉を聞いて、全員が一斉に頷くのだった。さすがに、ここまで的確且つ確実な調査地点と調査内容、更には調査地域まで指定されているのだ。そこまで示されれば、垂氷が行いたいと思っている調査が、どのようなものかは、その場に居る全員が理解できた。

 だからこそ、誰も質問をする事は無く、垂氷は全員が理解したのを確認してから口を開く。

「それじゃあ、各員。それぞれの持ち場へと行って調査を開始しなさい」

 最後には、いつものように冷たい声で調査開始を指示する垂氷。そんな言葉を聞いて、藤姫と音孤はすぐに下に続く階段へと向かって行き、高所での調査を担当する者は、それぞれに下から誰にも見られていない事を確認するとビルの屋上から飛び出して行った。

 こうして各地に散らばった日本支部の契約者と精霊達。後は、エラストにも話して、調査に行かせるだけだ。だからこそ、垂氷はエラストにも、この事を伝えるために下へと降りていくのだった。



 垂氷達が調査を開始してから数日後、たった数日だけだというのに垂氷達は、今まで掴めなかった情報をいとも簡単に手にしていた。しかも垂氷達は昇達が通っている学校まで割り出し、精霊反応についても昇とフレトの傍にいる精霊についてもある程度の事が分かった。

 そのため、今後の方針を決めるために垂氷は全員を一つの部屋に集め、今の状況と今後の方針について全員に話すのだった。そんな垂氷の後ろには空中に大型モニターが浮かんでおり、そこには鉄父市の地図が映し出されていた。

「さて、まずは分かった事から全員に話しておくわ。相手の本拠地、または自宅と思われる箇所は三つ。はずは本拠地は、この学校で間違いないわ」

 垂氷がそう言うと、後ろの地図に映し出されていた一部が拡大されて、青い点でしっかりと昇達が通っている学校が示されていた。それを見た紅鳶が喜び勇んで垂氷に向かって声を上げるのだった。

「うおぉっ! という事は垂氷の姐さん、いよいよ突撃ですねっ! 先陣は俺が行きますよっ! 良いですよね、垂氷の姐さんっ!」

 紅鳶が言った、そんな言葉に対して垂氷はというと。高速で机の引き出しを引き出すと、その中に入っていた玩具の拳銃を手にとって紅鳶に向けると素早く引き金を引くのだった。突然の事に紅鳶も驚いたのだが、紅鳶が驚いている間にも玩具の拳銃から発射された先に吸盤が付いている短い棒が紅鳶の額に張り付く。

 あまりにも素早い行動に、さすがの紅鳶も避ける事が出来なかったようだ。そして、紅鳶の額に張り付いている短い棒から、今度は紙が垂れ下がり、そこには『バカ』と書かれていた。あまりにも素早い垂氷の行動とマヌケな顔をしてる紅鳶に対して周りからは笑いを堪える声が聞こえてくるのだが、垂氷は構わずに紅鳶に向かって言うのだった。

「あなた達の出番は後だと言ったでしょ。だから今は口に縄を巻かれたワニのように黙ってなさい、そして犬のように待ってなさい。飼い主の言う事を聞けない犬は、今回の任務から外すわよ、良いわね」

「……分かりました」

 垂氷が持っている特有の冷たい声に冷たい言葉で、さすがの紅鳶も、それだけしか言葉を口にする事が出来なかった。まあ、冷たい声はいつもの事だが、さすがにここまで冷たい言葉を吐かれると、紅鳶でさえも垂氷を前にしては黙り込んでしまうようだ。それから垂氷は説明を続けるのだった。

「さて、話を続けるわよ。この三箇所には、広域に亘って結界が張られてるわ。だから学校の方は目星が付いたけど、自宅と思われる場所は特定が出来てないわ。それに、私も学校の方を調べてみたんだけど、隠蔽結界があったからには探査結界が広域に張られてると考えられるわ。つまり、一歩でも探査結界に契約者や精霊が足を踏み入れれば、確実にこっちに気付かれるわ。最も、相手も私達がここに来た、ぐらいの情報は掴んでると思うけど」

「つまり、近づく事すら難しいって事ですか?」

 銀翠が質問を口にしてきたのだが、垂氷は一度だけ頷くのだった。まあ、それだけで銀翠には質問の答えが分かったし、これ以上の質問は意味が無いと分かったのだろう。だからこそ、銀翠を含め、調査に出た者達からも質問が出る事はなかった。そして紅鳶はというと、さすがにこれ以上は垂氷を怒らせると本当に怖いという事が分っているのだろう。だからこそ、垂氷に言われた通りに黙り込んでいた。それは紅鳶と契約を交わした、二人の精霊も同じだった。

 そんな状況で話が一区切りすると、垂氷は再び説明を再開させる。

「銀翠が言ったとおりに、こちらから近づくのはリスクが大きいわ。なにしろ、これだけの隠蔽結界を張っているからには、相手にもバックアップ専門の精霊が居ると考えて良いでしょう。そんな精霊が隠蔽だけで済ますワケが無いわ。当然、攻撃に対しての対抗措置を取ってるでしょうね。それらを考慮しても、大戦力を学校に送り込む、という事は無理ね。下手をしたら他の組織に付け入る隙を与えるし、私達の評判にも大きな影響を与える。それに大人数が学校に入るのだから警察だって動いても不思議じゃない。他の組織が介入してくるだけでも厄介だというのに、警察まで敵に回すと手が付けられなくなるわ」

「そうなると、孤立したところを狙いますか?」

 垂氷の話にまたしても質問をする銀翠だが、垂氷は首を横に振ると質問の答えとなる説明を始めるのだった。

「こちらが掴んだ精霊反応は七つ。三人、二人に分かれて住宅街付近で精霊反応が消えるわ。それに時々だけど繁華街にも二人の精霊反応が出てるわ。どれがターゲットかも分っていないし、仕掛けたら確実に連絡を取られて、戦闘地点に介入する事は目に見えているわ。それに契約者は何人居るかは分っていない。まあ、大体、ターゲットの戦力は十人前後だと予測が出来るわ。それに、相手が点在している場所、住んでも場所かもしれないわね。そこも分っていないからには仕掛けようもない。下校途中を狙っても良いけど、二箇所に張られている隠蔽結界はかなり近い。つまり、帰り道はほとんど同じ、だからすぐに援軍として来るでしょうね。つまり、各個撃破は意味が無いし、実行が不可能と言っても良いでしょうね」

「なら結局、どうするんですか、垂氷の姐さん?」

 いつまでも続く説明に飽きたのだろう、紅鳶が結論を求めてきた。そんな紅鳶に対して垂氷は机に両肘を付くと、両手を組んで、その上に顔を乗せながら、紅鳶に向かって意地悪な笑みを向けながら言うのだった。

「テストや試験の後って、思いっきり遊びたいと思わない?」

 紅鳶の質問に対して、まったく脈絡の無い質問で返す垂氷。そんな垂氷の質問に対して紅鳶は嫌気が差した顔をする。まあ、紅鳶のように体育会系の人間にとってはテストとか試験というものは聞いただけで嫌気が差すのだろう。そんな紅鳶を見て、垂氷は軽く笑うと作戦を伝える。

「こちらから別ルートで調べたところによると、あの学校はテスト期間なのよ。そうなると、テストが終われば、当然、あの学校に通っている生徒達はテスト休みに遊ぶでしょうね。それも、出来るだけ大勢で、仲間が居るなら全員で」

「なるほど、そういう事ですか」

 垂氷の話を聞いてて垂氷の意図が分かったのだろう。銀翠が納得した声を上げるが、その隣に居る紅鳶はワケが分からないと言った顔で銀翠を見る。そんな紅鳶にも分かるように、今度は簡単に説明を開始する垂氷。

「つまりよ、テストから解放されたら誰だって思いっきり遊ぶでしょ。仲間が居るのなら、その全員と。だからテストが終わった休みにはターゲットも仲間を連れて一緒に遊ぶ可能性が高いのよ。後はこちらの都合が良い場所に移動するように情報を操作するだけで良いのよ。そうなれば、ターゲットは仲間の全員を連れて、その場所にやってくる。後は、そこで威力偵察、それから宣戦布告の後にあなた達に出てもらうわ。これで分かった、紅鳶?」

 紅鳶にも分かるように説明した垂氷だが、やっぱり今一つ分からなかったのだろう。そんな紅鳶に銀翠は溜息を付くと紅鳶と契約を交わした精霊である音孤と一緒に説明をするのだった。そんな事を十分ぐらい続けて、やっと紅鳶は全てを理解するのだった。

 そして全員が理解した事を確認する垂氷。そんな垂氷に対して質問する者も居ないので、垂氷は今後の作戦について詳しい説明に入る。

「さて、それじゃあ、銀翠。探査結界が張ってある二箇所に情報を流して、この近くにある運動公園に誘い込むように。もちろん、相手に気付かれるのは承知をうえよ。それでも、相手を一箇所に集める必要があるのよ、必要なら予算を使っても構わないわ。エラストは捨て駒を期日に動けるようにしておいて、他の者は待機。ここで待っているように、特に紅鳶、暇だからといって勝手に歩き回るんじゃないわよ。下手に相手の情報網にあなたが掛かると厄介なのよ。だから、待てで待っている犬のように、ここに居なさい。以上、何か質問は?」

 垂氷が、そんな方針を話すと誰からも質問が出る事は無かった。もっとも、紅鳶は不機嫌そうな顔をしたが、音孤と銀翠が、すぐに戦いが起こるし、その時は紅鳶が先陣を切って戦えると説得すると、やっと紅鳶の機嫌が一変、すぐに上機嫌になった。そんな紅鳶の後ろで銀翠と音孤は疲れたように溜息を付くのだった。

 そんな事もあり、垂氷達の方針が決せられた。後は期日に合わせて準備、実行を待つだけである。まあ、忙しいのは垂氷達と銀翠達だけだろうが、何にしても方針が決まって、実行が出来るのなら充分な前進である。

 だからこそ垂氷達は、この間に英気を養うのだった。



 垂氷達が、そんな方針が決まった翌日。テストの最終日を明日に迎えた昇達は、いつもの生徒指導室で勉強に励んでいたのだが、まあ、勉強と言っても、テスト前とテスト期間はあまり変わらず。勉強を頑張っているのは昇と琴未だけであり、ミリアはいつものようにラクトリーと共に学校のどこかにある訓練場で授業を受けている。それでも、やっと全員が一区切りついたのだろう。ミリア達が生徒指導室に戻った事を切っ掛けに最後の勉強会も終わるのだった。

「う~ん、やっと明日で終わりね」

 身体を伸ばしながら、そんな言葉を口にする琴未。まあ、琴未でなくともテストの終わりが見えてくれば、少しぐらいは安心というか気を抜くというものだ。そんな琴未達にも給仕に回る咲耶。そしてミリアはというと……机に突っ伏して、すっかり屍となっていた。

 まあ、普段から勉強に勤しんでいないのだから、一気に詰め込まれて頭が爆発したのだろう。だからミリアの頭からは煙が出ているのだが、そこには触れてはいけないと全員が分かっているからこそ、そんなミリアを無視して、今度はお茶会となるはずだったのだが、気を抜いた琴未に与凪から嫌な言葉が放たれた。

「確かにテストは終わりですけど、それ以外は、これから始まりそうですね」

「って、それ以外って何よ? こっちはやっとテストから解放されるっていうのに」

「そんな事を私に言われても困るんですよね。なにしろ敵はこちらの都合に合わせるワケではないですからね」

「つまり、アッシュタリアに動きがあったという事か?」

 与凪の言葉からすぐに事態を察したフレトが与凪に向かって確認するかのように尋ねる。一方で尋ねられた与凪は思いっきり溜息を付いてから話を続けるのだった。

「そうなんですけどね。どうも、この付近に潜んでいるようなんですけど。こちらとしても一向に足取りが掴めないんですよね。ちなみに、アッシュタリアがここに来た事は市内よりも外に引いた感知結界に引っ掛かったからなんですよね。さすがに市外に感知結界があるとは相手も思ってもいないですからね」

「まあ、線で区切られている今じゃから、その区切りを基準にしてしまうものじゃからな。じゃから市外にある市内を囲むように設置してある感知結界に引っ掛かったんじゃろ」

「確かに、それは一つの盲点だな」

 与凪に続いて閃華も説明を付け加えてきたので、フレトは与凪が作り出した罠について容易に理解が出来た。それは最も簡単であり、最も見落としまうものと言っても良いだろう。

 つまり、与凪は市内を現す地図の線に沿ってではなく、その一回り外に感知結界を引いているのだ。つまり、昇達を狙ってくるのだとしたら、確実に市内に入ったら警戒をするだろう。けど、その外だという事が相手に油断する隙を与えている。与凪はその隙に付け入って、感知結界を市外に引いているのだ。

 だからと言って、それだけで相手の全てが分かるワケではないのだ。だからこそ、与凪は少し疲れたように息を吐くと話を続けてくる。

「けど、感知結界ですから、相手の戦力までは分からないんですよね。あっ、言い忘れてましたけど、やっぱり、討伐命令の対象は滝下君で間違いないですよ。こちらは確定情報なので、侵攻してきたのがアッシュタリアだと断定が出来たんですよ」

「ちょっと質問良い?」

 手を上げて与凪の話を中断させる琴未。どうやら今までの会話で分からない事があったようだ。だからこそ、それを確認するために琴未はわざわざ、ここで質問をしてきたのだ。そのため、与凪は話すのを止めて、琴未に視線が集中すると琴未は質問を口にした。

「その感知結界って何? なんか、いろいろと結界が張られているのは分かるんだけど、何か、いろいろと種類があって、どれが何なのかが、まったく分からないのよね」

「勉強不足」

「誰かマジックを持ってない。とりあえず、シエラの額に何か書くわ」

 シエラの一言に琴未は額に怒りのマークを浮かべると、そんな事を言い出した。まあ、それはいつものように周囲が軽く笑い流す事で終わったのだ。まあ、最近では武力衝突をしていないだけに、二人とも精神的に成長した。というよりは、少しは昇を労わる気持ちが出てきたと言ったところだろう。だから、二人のやりとりは今になって、ようやく周囲が笑って流せるほどに小さいものになっていた。

 最も、今回は琴未がテスト勉強で疲れていたという事もあるだろう。だから閃華が一言だけ口を挟むと、琴未は素直に黙り込んで質問の答えを待つのだった。そんな二人のやり取りを軽く笑った与凪が結界について説明を開始する。

「まずは隠蔽結界からですね。これは、良く知ってると思うけど、学校の周囲や滝下君とフレトさんを家を探らせないために張っている結界。言葉通りに、隠蔽、つまり何かを隠す結界と思って良いわ。次に探査結界、これは結界内に足を踏み入れたら探査、つまり結界内に侵入してきた者について調べる事が出来るわ。時間にもよりますけど、相手の数、それに属性についても調べる事が出来ますね。最も、ラクトリーさんのように自分自身を隠蔽結界で包み込んでしまうと簡単に潜れるんだけど、そこまでの術者なんてほとんど居ないですからね」

「まあ、それ以前に、そもそも隠蔽結界を自分を包み込むなんていう高等技術を持っておる者は少ないじゃろ。ほれ、以前にラクトリー殿が簡単にここにも入り込んだじゃろ。それは自分自身を隠蔽結界で包めるからじゃ。じゃから、ラクトリー殿は時々、気配を誰にも悟られずに現れるんじゃよ」

「という事は、閃華も同じ事が出来るって事なの?」

 閃華の説明にそんな質問をする昇。まあ、確かに閃華もラクトリーと同じように神出鬼没な部分を見せていたし、今でも時々だが、いつの間にか現れる閃華に驚き……はしないものの、それなりに対応している。どうやら昇も神出鬼没な閃華やラクトリーに慣れてしまっているようだ。

 けれども、そんな高等技術があるのだとしたら、二人が神出鬼没な事にも理由が付くというものだ。だからこそ、昇は閃華に尋ねたのだ。そんな閃華が少し笑いながら答えを返すのだった。

「くっくっくっ、残念じゃが、私のはラクトリー殿よりは質が落ちる。じゃから、探査結界を潜るのは無理じゃな。まあ、感知結界なら潜れるじゃろうが」

 閃華が昇にそんな答えを返すと、丁度良いという感じで与凪が話を続けてきた。

「じゃあ、閃華さんが言った感知結界について説明しますね。こちらはセンサーだと考えれば簡単な事です。つまり、結界となっている線を越える事でセンサーが反応する、という訳です。まあ、さすがに契約者には反応しないですけど、精霊には反応します。さすがに精霊の数だとか、工作技術を持った精霊が気付けば、感知結界に気付いて対処が出来ますけど、結界と私の属性から言っても、それは不可能に近いでしょうね。それに感知するだけですから、相手の情報が分からないだけに、確実に相手を捉える事が出来るんですよ」

「なるほど、それで俺達の事には気付いていたが、詳しい事までは分からなかったという事か」

 それはフレト達が初めて、ここに来た時の話だろう。フレトも後から聞いた話だが、与凪が言うにはフレト達の事は気付いていたが、情報を探っている最中にフレト達から接触を図ってきたために、与凪がフレト達の情報を掴むまでの時間が無かったのだ。

 まあ、それだけフレト達が早い段階で接触を図ろうと決断したのだから、この件は決断の早さがあったために与凪も詳しい情報は掴めなかったのだ。つまり、それだけフレトの決断力は早いものだと言えるだろう。果断迅速、それがフレトの思考とも言えるのかもしれない。

 だからこそ、与凪の説明を聞いてフレトは納得したように頷くのだった。そして、一通りの説明が終わった後に、ラクトリーが補足を入れてきた。

「ちなみに、探査結界や感知結界は隠蔽結界を使って二重に使われます。これは結界の存在を相手に気付かせないためですね。もっとも、与凪さんは、そこに自らの属性である霧の属性も使って結界そのものを隠してますから、結界そのものを察する事すら難しいです。けど、絶対に出来ないワケではないんですよ。隠蔽結界は私達、つまり契約した精霊や仲間の精霊、その精霊反応さえ消してしまいますから、そこから隠蔽結界があり、その下に探査結界、または感知結界がある事は察しが付くというものなんですよ。更に相手に与凪さんのようなバックアップ専門の精霊が居ると推測は立てられますから、隠蔽結界の中には侵入者ようの対策が施されると考えるのが普通ですね。分かりましたか」

 最後には教師らしく締めるラクトリー。そんなラクトリーの話を聞いて思わず頷いてしまう昇と琴未。まあ、ここでの立場はラクトリーが昇達の副担任だ。だから、つい教師の面を出してきたラクトリーに生徒らしい反応をしてしまうのだろう。けれども、さすがにフレトはラクトリーと完全契約を交わしただけあって、反応せずに、少しだけ考えると口を開いてきた。

「つまり、敵から見れば、お前らの精霊反応がこの辺で消えている事から、こちらの居場所をある程度は確定しているが、下手に手は出せないという事か。なにしろ、隠蔽結界で外からの調査には限界がある、だからと言って、下手に足を踏み込めば探査結界に引っ掛かり、自分達の情報も渡してしまう。現状は、そんなところか?」

 フレトがそんな考えを質問に変えて与凪にぶつけると、与凪はその通りとばかりに溜息を付いてから話を続けるのだった。

「そうなんですよね。だから相手も、相当慎重に動いてる事が分かると言えますね。けど、それだけにこちらからも探索を出し辛いとも言えます。これだけ慎重に動いている相手に対して下手な探索をすれば余計な情報が漏れる可能性がありますからね。精霊王の力にセリスさんの事、その二つは絶対に隠しておかないといけないですからね。相手が、この付近に潜伏している事は確かですから、下手に近づいて余計な事に気付かれると更に厄介になります」

 そんな与凪の言葉にフレトは考え込んでしまった。確かにフレトにとっては、その二つは絶対に隠しておきたいものだ。だから下手に手を出して、その二つに気付かれてしまってはセリスの命に関わってくる。だからこそ、与凪も捜索には慎重を期してるし、自分達も下手に動くわけにはいかない。そうなってくると打つ手が無いようにフレトには思えてきた。

 相手も慎重になっているからこそ、未だに手が出せない事はフレトにも分っていた。なにしろ、学校だけでも結界だけではなく、その内部に与凪の精界、更には迎撃手段として与凪が改良した多数の機動ガーディアンが配置されている。だから結界を無視しても、すぐに与凪の精界に入り込むし、そうしたら多数の機動ガーディアンを相手にしなければいけない。

 相手も、こちらが迎撃手段を持っている事は充分に予測が付いているのだろう。だからこそ、相手も未だに手が打てずに拮抗状態になっていると言える。そこから打てる一手、フレトがそれについて考えいた。

 そんな時だった、昇が口を開いてきた。

「なら、ここは相手の手に乗って、そこを撃破しよう」

 いきなり、そんな事を言って来た昇に全員が驚きの眼差しを送る。そんな視線を受けた昇が自分の考えを皆に話すのだった。

「僕達と相手の現状を考えると、両者とも手が出せない拮抗状態と言えるでしょ。なら、相手は必ず次の手を打ってくる。僕達はワザとそれに引っ掛かったところで相手を迎撃する。出来る事なら一戦だけで相手の全戦力を叩きたいけど、前にも与凪さんが話した通りに相手はこちらの戦力を測るために仕掛けて来ると思うんだ。たぶん、僕達がそれを撃破したら、今度は本隊、つまり主力となる戦力を投入してくると思う」

「それはリスクが大き過ぎないか。最初から相手が大戦力を投入してくる可能性だってあるだろう?」

 昇の意見に自分の意見を叩き付けるフレト。確かにフレトの言っている事も最もだ。相手の戦力が分からないからには、相手が確実に昇達を倒すために大戦力を投入してくる事も考えられる。その可能性があるからこそ、与凪も下手な捜索を控えているのだ。

 けれども、昇には確信に近い理由があるようだ。それを皆に話すのだった。

「もし、相手がそれだけの大戦力を投入してきたのなら、既に攻撃を仕掛けて来てもおかしくは無いよ。数で勝負に出るんだから、戦力を分けて探索、後は相手を見つけ次第、戦力を集めて各個撃破すれば良いだけだから、ここまで慎重になる必要は無い。けど、相手もここまで慎重になってるという事は、相手も主力、最も強い所は取っておきたいんだと思うよ。だから、切り札となるカードは取って置いて、僕達を確実に倒せるだけの最小限を主力にしてるんだと思う。だから相手も慎重になってると僕は考えてるよ」

 そんな昇の考えを聞いて、それぞれに思考を巡らすと、やはり最初にフレトが口を開いてきた。

「なるほどな、確かに物量で俺達を倒そうとしてれば、探査されても数で探索に入って、俺達を見つけたら戦力を投入、それで一気に各個撃破か。物量を活かしての一気呵成な攻撃、相手にそれだけの戦力があればやるだろうな。けど、それをやらないという事は滝下昇の推測が正しいって事だろうな。けど、相手は最大組織のアッシュタリアだろう。それぐらいはやっても不思議では無いと思うぞ?」

 確かにフレトが、そこに疑問を覚えても不思議ではない。なにしろ、今では最大勢力とも言えるアッシュタリアである。だからこそ、物量を活かした策を実行してもおかしくは無い。けど、それが無いという事には理由があるのだろう。その辺を閃華が補足してきた。

「最大組織じゃからじゃろうな。たった一人の契約者を潰すのに、それだけの戦力を投入したという事実が広まればじゃな、それだけアッシュタリアの質が下がったと見なされるものじゃな。じゃから、アッシュタリアとしても物量を使った攻撃は出来ないと考えた方が良いじゃろ。エレメンタルアップが使えるとはいえ、討伐命令はたった一人、昇だけに下された命令じゃから、それを実行するのに大多数を投入となれば、アッシュタリアの評価が下がっても当然じゃろ」

「なるほど、組織が大きいからこそ、それなりの体面を保たないといけない、というワケか」

 閃華の説明に納得するフレト。確かに、その通りと言えるだろう。なにしろアッシュタリアは争奪戦においては最大の組織だ。だからこそ、他の組織を常に警戒しておかないといけない。つまり、他の組織に自分達の方が強いという事を示さないといけないのだ。

 それなのに、たった一人の契約者を倒すだけで大多数の戦力を投入した、となればアッシュタリアの質、つまり実力が無いと他の組織に判断されてしまうのだ。つまり、数だけは揃っているが実力はあまり無い。そんな風に捉えられてしまうのだ。

 もちろん、エイムハイマーも垂氷も、その事は分っている。だからこそ、垂氷は日本支部だけで今回の討伐命令を実行しようとしているし、エイムハイマーからの戦力投入はされていない。つまりエイムハイマーの目的、その一つに自分達はレア能力者を倒せるだけの実力がある、という事を示す好機とも言えるし、下手をしたら自分達の評価が下がる事になる。

 けど、今回はカイザーの勅命である。垂氷達も失敗は許されないし、もし失敗しても日本支部を切り離せば良いだけ。つまり、アッシュタリアの日本支部はアッシュタリアの中では最も弱かった。そういう事にしてしまえば良いのだ。後はエイムハイマーの方で功績を上げれば、アッシュタリアの評価が下がる事は無い。まあ、日本支部を潰された事で他の組織に付け入る隙を与えるが、切り捨てる事でエイムハイマーの面子は保たれるのだ。

 逆に言い返れば、それだけの実力を持った契約者が日本にはおり、他の組織が昇達に接触をしてくる。もちろん、最初は好意的だろうが、交渉次第では敵に成る可能性がある、または、そういう事態を作る事が出来る。後は、その隙をついて、エイムハイマーから戦力を投入して両方とも潰してしまえば、逆にアッシュタリアの評価は上がるだろう。

 つまり、今回の勅命。それはどっちに転ぼうがエイムハイマーには、あまり関係が無いし、状況によっては昇達を充分に利用できる。そこまで考えた策だからこそ、エイムハイマーはあまり日本支部に協力はしていないし、日本支部もカイザーの勅命だけあって必死になっている。

 悪辣といえば悪辣だが、昇の能力を利用した効果的な策とも言えるだろう。もちろん、当事者達には迷惑な話だが、垂氷達に勅命を拒否する権利は無いし、昇も降り掛かる火の粉は払わないといけない。

 けど、一つの誤算とも言えるべき事があるだろう。それが昇の実力とも言える。今までの経験、それに教えられた事、それらから学んだ事、それは確実に昇の実力となっているし、昇自身は気付いていないものの、評価されているところでは、評価されているのである。そして、今回も、そんな昇の実力が発揮されたかのように昇は自分が考えた作戦が実行可能かを与凪に確かめるのだった。

「何にしても、相手の動きが慎重だからこそ、こちらが隙を見せて、相手の策に乗る必要があると僕は考えてるよ。だから与凪さん、アッシュタリアが次に仕掛けて来そうな手はあります?」

 そんな質問をする昇に対して、与凪はいつもみたいに他人事のような笑みを浮かべながら話を続けるのだった。

「それなら、面白い情報がありますよ」

 そう言って、その情報を全員に聞かせる与凪。それから昇はある作戦を皆に提示する。それを聞いてフレトは口元に笑みを浮かばせながら昇に向かって言うのだった。

「テスト明けは充分に楽しめそうだな」

 そんなフレトの言葉を聞いて、昇は少しだけ呆れながらも困ったような苦笑いを浮かべながらフレトに向かって言うのだった。

「あまり無茶はしないでよ。こっちの思惑がバレたら意味が無いんだから」

「分っている、任せておけ。ついでだ、セリスも連れて行ってやるか」

「って! それは危ないんじゃ?」

「問題は無いだろう。現状から見ても、滝下昇、お前の推測が正しいだろう。なら、相手は俺達を相手にするのが精一杯だ。セリスの事までは構ってられないだろう。けど、逆にセリスが居る事で相手に疑念を抱かせる事が出来る。それに、たまにはセリスにも構ってやりたいしな」

 って、それは逆なんじゃない? フレトが発した最後の言葉に、そんな事を思ってしまった昇だが、何にしても、これで昇達の方針も決まった。後は決行を待つだけなのだが、シエラがテストの事を再び話題に出した事により、昇と琴未は気分をくじかれ、ミリアは逃走を計るものの、あっさりとラクトリーに捕まってしまった。

 そんな事もあり、昇は、とりあえずは明日のテストに集中する事に決めてから、作戦を実行に移す事に決めた。もちろん、テストに集中しなくても点数が取れるメンバーは既に動き出しているのだが……。

 何にしても、昇達と垂氷達の方針は決まった近日中に激突するのは必至。その時、どちらが優位に立っているのか、どちらも思惑が成功するのかは分からない。ただ、一つだけ言えるのは、これが始まりである事、ここから昇達も動き出さないといけないという事だけだ……どんな運命が待っていようとも。






 はい、そんな訳で二月の最後に何とか上げる事が出来ました~。……今年はうるう年だからね~。なんとか二月中に上げたけど……あまり意味は無いよね~(笑)

 さてさて、まあ、相変わらずの更新ペースですが、何とか話を進めたいと頑張っている次第でございやすよ。まあ、今回の話でお膳立ては出来ましたからね~。次回からいよいよっ! ……と思わせといて、次回はちょっと遊びます。

 ……まあ、いろいろな意味でね。その辺は次回をお待ちくださいな。というか、今更だけど、私は複数の小説を代わる代わるに同時進行してますからね~。まあ、だから更新が遅いんですけど……こればっかりはどうにもならんですたい。

 そうっ!! 夢は自分が諦めた時点で終わりなのですよっ!! だから自分が諦めない限りは終わらないのですよっ!!!! もちろん、私の人生が終わるまでっ!!!! さあ、輝け、俺の右手っ!! 煌めけ、俺の左手っ!! 我が両手は神の手っ!!!! 喰らえっ!! クライマックスゴットエンペラーキッ――――クッ!!!!

 ……手は関係無いないじゃんっ!!!!

 はい、いつものように戯言ですね。毎度の事ですけど、やはり意味はありません。まあ、相変わらず後書きは本能がおもむくままに書いてますからね~(笑)

 まあ、そんな訳で、今日で二月も終わりですね……うん、終わりだよね。それなのに……この雪は何? こっちに引っ越してきてから、ほとんど雪なんて見て無いのに。振る時は振るんだね~。……二月も終わりなのに……。

 と、まあ、如月さんが去っていく事に、ちょっとしみじみと、それから小説の進み具合に涙をしながら如月さんを見送る事になりました。弥生さんが来ても、頑張って生きたいと思っておりやす……まあ、なるべく死亡する事が無いようにしたいです。

 というか、三月って……私の誕生月なんですよね~。……なんというか、また年齢が重なるのと、現実を見ると……私の人生のほとんどは無駄だよね~、とか思ってしまう次第でございます(笑)

 まあ、その辺は現実逃避しつつ、いろいろと頑張って生きようと思っております(笑)

 という事で、いい加減に長くなってきたので、そろそろ締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。

 以上、年齢を聞かれても、やっぱり永遠の二十五歳と答え続ける葵夢幻でした。

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