第百五十三話 思惑と陰謀の交錯
「失礼します」
そんな言葉がドアの外から聞こえてくると、垂氷が居る部屋のドアが開いて、四人もの人物が入ってきた。その先頭に歩いているのが、怪童ほどでは無いが、服の上からでも分かる引き締まった肉体を持っている男性だ。その男性が、他の人物、いや、精霊と言った方が確かだろう。精霊を引き連れて垂氷が作業していた机の前に立ち、他の精霊達は男性の後ろに並んでいた。
そんな一団を見て、垂氷は作業を止めると男性に向かって言うのだった。
「やっと着いたようね」
「はい、二宮銀翠と旗下の精霊が三人。只今、日本支部に到着しました」
銀翠の言葉を聞くと垂氷は疲れたように溜息を付くと、垂氷はあくまでも平静に、そして特有の雰囲気である冷たさを持って言うのだった。
「まあ、銀翠は予定通りに到着したわね」
そんな垂氷の言葉を聞いた銀翠が仕事を果たしたと言わんばかりに、微笑を垂氷に向けながら経過報告をするのだった。けど、垂氷が先程ついた溜息が気になるのだろう。その事についても聞いてみるのだった。
「ええ、担当地域の後始末とか引継ぎとかで時間が掛かりましたが、予定通りに到着しました。それはそうと、垂氷さん。なにやら疲れているようですけど、一体何が? 今回の事が重大な任務だとは聞いてますが、その事でお疲れですか?」
垂氷は質問をしてきた銀翠から目を背けると、またしても大きく、疲れたように溜息を付いてから言うのだった。
「まあ、任務でてこずってるのもあるけど……あれの後始末をやる事になるとは思ってなかったのよね。私とした事が任務の重要性だけを考えてたから、あれの事まで気に掛ける事が出来なかったのよ。おかげで余計な仕事が増えたというわけ」
垂氷から、そんな言葉を聞くと、途端に銀翠の顔が微笑が引きつった笑みに変わった。どうやら銀翠にも垂氷が言いたい事が分かったようだ。それに、なぜ自分が選ばれたかもである。だからか、銀翠は引きつった笑みを浮かべながら垂氷に尋ねるのだった。
「えっと、まさかとは思いますけど。今回は紅鳶さんと組む事になったんですか?」
そんな銀翠の質問に垂氷は意地悪な笑みを浮かべながら答えるのだった。
「その通りよ。紅鳶も戦闘の実力だけなら、日本支部の中では五本の指に入るのよね。けど、紅鳶は頭の中が怪童さんと同じですからね。だからあなたも呼んだのよ。紅鳶を抑えられる実力を持っているとしたら、私と怪童さんを除けば、あなたしか居ないですからね。だから、今回は二人で任務に当たってもらうわ」
そんな垂氷の言葉を聞いて銀翠は苦笑いをして、その後に何もしていないのに、まるで未来の苦労が伝わってきたように垂氷と同じく、疲れたように溜息を付いたのだった。
だが、垂氷の決定である。今になって嫌とは言えないし、聞いた話では、今回の任務はカイザーからの勅命なのは銀翠も知っている。つまり、失敗は絶対に許されない任務だという事は銀翠にも分っているのだが、紅鳶と一緒となると、やっぱりいろいろと疲れる事が多いと察しが付いたのだろう。だからこそ、銀翠は疲れたように溜息を付いた後に垂氷に尋ねるのだった。
「それで、その紅鳶さんは?」
「今は地下の訓練場で怪童さんと摸擬戦……まあ、訓練してるわ。だけど、地下でバカの二人がどつき合ってると思って良いわよ。それで、こっちが紅鳶が処理をしないで放り出した仕事。という事で、よろしくね」
「……えっと、かなりの書類が山積みになっているんですけど」
垂氷が机に置いてあった書類を指し示ししていうのだが、書類の量に銀翠は思わず、そんな言葉を口にしてしまった。まあ、それも仕方ないだろう。なにしろ、垂氷が示した書類の量は高さで言えば三十センチぐらいはあるのだから。それだけの書類を見れば、銀翠でなくても、そんな事を口にしてしまうだろう。
だからか、垂氷はそんな銀翠に頷くだけで何も言わなかった。そんな垂氷を見た銀翠が疲れたように溜息を付くと、質問を口にする。まあ、分ってはいるが、一応は聞いておこうと思ったのだろう。
「紅鳶さんは、仕事を放り出して、いつからこっちに来てたんですか?」
そんな銀翠の質問に垂氷は別の仕事に取り掛かる準備をしながら答えるのだった。
「こちらが連絡を入れた翌日に着たわね。私の所に挨拶に来てからは、ずっと地下でバカ同士がどつき合いをしてるわね。おかげで仕事が溜まる溜まる、だから実際に動き出すのは、かなり先になるわね」
そんな垂氷の答えに銀翠は苦笑いですら出来ないほどに顔が引きつっていた。それでも、この書類を処理しないと次に進めない事は銀翠は良く分かっていた。だから、銀翠は後ろに居た精霊の一人に声を掛けると、紅鳶が放り出した仕事をするために、垂氷が用意したのだろうと思われる部屋の中にあった作業場所へと運ばせた。
どうやら垂氷も最初から銀翠に任せようとしていたのだろう。だからこそ、銀翠がいつ到着しても、すぐに仕事を任せる、というよりは、擦り付けるための場所を部屋の中に用意させていたようだ。銀翠も、そんな垂氷の意図が分かったからこそ、苦笑いに近い顔を引きつらせていたのだ。
そんな銀翠が諦めたように息を吐くと、聞くべき事だけは聞く事にした。
「それで垂氷さん、現状はどうなってるんですか?」
そんな銀翠の質問に今度は垂氷が溜息に近い形で息を吐く事になった。そんな垂氷が瞳を閉じて、少し怒ったような声で答えるのだった。
「はっきり言って、ほとんど情報が掴めてないわ。噂を頼って、エイムハイマーの狂った科学者にも情報を提供してもらおうとしたけど、あの科学者、最後まで知らぬ存ぜぬで通したわ。おかげで分かった事と言えば、エイムハイマーから送られた情報だけなのよ」
そう言って垂氷は銀翠に一枚の書類を渡すと、疲れたように背もたれに寄り掛かり、銀翠が書類を確認するのを待つ事にした。そして、その銀翠はというと……やはり微笑を引きつった顔をしていた。まあ、書類と言っても紙が一枚、そんな紙に対して四分の一しか文字が書かれていないのだから、銀翠がそんな反応を示すのも当然だと言えるだろう。
そんな銀翠が垂氷に恐る恐る尋ねる。
「えっと……これだけですか?」
「それだけ」
見事に即答で肯定されてしまった銀翠。もう、どんな反応をして良いのか分からない、と言った感じだ。そんな銀翠に向かって垂氷を体勢を戻すと言うのだった。
「確かに紅鳶が余計な仕事を増やした所為で遅れてはいるけど、それでも、それだけしか情報が掴めない事は確かなのよ。闇か、霧、それに電気、そのどれかの精霊がバックアップしてるのは確かね。どれも情報の隠蔽には長けてる精霊が多いのよね。少なくとも、大組織を一人でバックアップが出来るだけの精霊が付いている事は確かよ。おかげで、今のところは、それだけ。まあ、こちらの調査では何も分っていないと言っても構わないわよ」
そんな垂氷の言葉を聞いて、銀翠は真面目な顔になると書類に目を落としながら思考を巡らす。まあ、考える、という事が出来るだけでも紅鳶よりかはマシだと言えるのだろう。だからこそ、垂氷は紅鳶には何も伝えてはいないが、銀翠には現状をしっかりと伝えるのだった。
そんな銀翠が出した結論を口にする。
「そうなると……私達の出番は後になるというワケですか?」
「えぇ、その通りよ。さすがに話が早くて助かるわ」
どうやら銀翠は先程の垂氷が口にした状況から、垂氷が次に打つ手が分かったのだろう。だからこそ、そんな言葉を口にしたのだ。だからこそ、銀翠は確認のために垂氷との会話を続ける。
「現状では情報が手に入らないと仮定した上で、一当てして相手の戦力と能力を確かめるんですね。相手に情報戦に長けている精霊が付いていると分かったからには、情報戦を捨てて、実際に捨て駒で一当て、それで情報を得る。その上で、こちらから出す戦力を決める、という事で良いですか?」
「その通りよ。まったく、ウチにはバックアップ専門の精霊が居ないから、情報網は私が握ってるんだけど、実際にバックアップ専門の精霊を相手にするとなると限界があるわ。なら、まずはある程度の戦力で一当てして、情報を得るしかない。相手が有してる戦力、能力、そして実力。それが、どれぐらいか、ある程度は分からないと、こちらも無駄に戦力が減るだけよ。だから、相手の実力次第では私も含めて一気に勝負を掛けるわよ」
「なら、相手の実力次第では怪童さんと垂氷さんも動くと」
「状況によっては一気に戦力を投入して片付けるわ。相手の実力が分からないままに小出しにして、戦力を削られていくよりかは、一気に戦力を投入した方が確実よ。まあ、それも相手の実力次第だけど。だから、相手があなた達でも勝てると判断した場合はあなた達に任せるわ、その時は思いっきり暴れて良いわよ」
「それは、そうなったら楽しみですね」
やはり銀翠も多少は怪童の影響を受けているようだ。その証拠に戦闘で暴れて良いと垂氷から言われたら銀翠の顔に満足げな笑みが浮かんだ。そんな銀翠を垂氷は意地悪な笑みを浮かべながら、銀翠の後方にある物を差しながら言うのだった。
「けど、その前に紅鳶が残して行った仕事をしてもらわないとね。動き出すのは、全部の処理を終えてからよ」
そんな垂氷の言葉に銀翠は、またしても笑顔を引きつらせて言うのだった。
「あはは、頑張ります……はぁ」
やっぱり最後には溜息を付く銀翠。まあ、ここに来るまでは自分が担当していた地域の仕事を処理した後だから、まさか、ここで紅鳶の仕事までも任せられるとは思ってもいなかったのだろう。だから銀翠は溜息をついた後、垂氷が用意してあった作業用の机に向かうのだった。
それから書類の処理に当たる銀翠と、その精霊達。さすが銀翠が選んだ精霊達だけあって、事務仕事も見事にこなしている。そして銀翠も、こうした仕事には慣れているのだろう。だから、手を動かしながら垂氷に話しかけるのであった。
「それはそうと、垂氷さん。一当てするという事は宣戦布告と同じですから、私と紅鳶さんが捨て駒を率いる形になるんですか?」
先程までの話をまとめると、誰かが捨て駒を率いて昇達の戦力を測るのが垂氷の計画だが、その実行者が誰になるかまでは聞いてはいない。だから銀翠は当然、自分にその役目に付くのだと思っていたのだが、垂氷からは銀翠が予想もしてなかった言葉が口から出た。
「いえ、最初は私が捨て駒を率いて一当てするわ」
「って! 垂氷さんが直接動くんですか?」
まさか、垂氷が自ら動くとは思っていなかった銀翠が驚きの声を上げる。だが、垂氷は当たり前のように、そして、いつものように冷たく冷静な声で、その理由を答えるのだった。
「そうよ。最も、最初の戦闘では私は参戦しないから、捨て駒達を当てるつもりよ。その上で、相手の出方と戦力を見てから、今後の事を決めるわ。なにしろ、今回の件はカイザーからの勅命だから絶対に失敗は許されないわ。だから慎重に事を進めるのは当然。それに、あなた達に任せたら、真っ先に紅鳶が突っ込みそうだからね。だから、最初は銀翠、あなたも連れて行かないわ。だからバカ二号である紅鳶をお願い。それに、私の目で自ら相手の戦力を見極めたいという理由もあるわ。そのためには、私が直接に接触した方が良いのよ」
「まあ……今後の事を考えると、それが一番かもしれませんが」
そんな感想を述べる銀翠。別に垂氷の提案に異論がある訳ではない。ただ、垂氷が自ら動くだけの慎重さが必要なのか、垂氷の意図は分っても、そこまでする必要があるのかと、銀翠は少しだけ疑問に思っただけだ。
だが、最悪のケースを考えた場合は、確かに垂氷が昇達の戦力を測るのが一番良いのは確実なのだ。垂氷はそれだけの判断が出来るし、分析の能力もかなり高い。つまり、相手の強さを一番に理解が出来るのは垂氷なのだ。
けれども、垂氷が最初から動く事がかなり珍しいのだ。それは垂氷が今回の件を、かなり重要だと思っている証拠でもあり、銀翠もそれだけ重要な任務だという事がやっと分ってきたようだ。まあ、最初の連絡ではカイザーからの勅命で、今回の任務を任せたい、とだけしか聞いていなかったのだ。だから、垂氷がここまで考えているとは銀翠は予想もしていなかったのだ。
それも仕方ないだろう。なにしろ、日本支部のトップに居るのは怪童である。怪童の性格から言えば、考えるよりも動け、突撃、粉砕、勝利、その三つしかしないのも確かだった。まあ、たった、それだけで、かなりの戦果を上げてきたのだから、怪童は日本支部のトップに君臨しているのだ。だから、個人の強さで言えば、怪童が一番強いのも確かである。
けど、情報戦となるとからっきしだ。そのため、すぐ下にいる垂氷が自然とその役割を担う事になっている。つまり、怪童は日本支部の象徴であり、実権を握っているのは垂氷なのである。まあ、怪童も考えるという事をあまり……というか、しないので、自然と補佐役の垂氷が実権を握っていても不思議ではないだろう。
だからと言って、戦闘だけの契約者と精霊だけでなく、戦況をしっかりと把握して動ける契約者と精霊が居るのも確かだ。現に、銀翠などは垂氷の補佐が出来るほどの実力を持っている。そんな銀翠の能力を知っているからこそ、今回の大役について銀翠を呼び寄せる事にしたのだ。銀翠も戦闘能力だけで言えば、日本支部でも五本の指に入るだろう。それ以上に、銀翠は戦況において冷静で、的確な判断が出来る。だから、紅鳶の抑え役として呼び出されたのだ。
つまり、それら脳筋としっかりとした堅実者を的確に配置しているからこそ、日本支部は問題なく稼動が出来ているのだ。それもこれも、全て垂氷の能力が成せた業と言えるだろう。そんな垂氷が、今回に限っては最初から動くと言い出してきたのだ。だから銀翠が垂氷の言葉に疑問に近い驚きを覚えても当然だと言えるだろう。
なにしろ、カイザーの勅命でなければ、垂氷はいつものように戦闘能力が高い者と戦況を的確に判断が出来る者を組ませて、後は任せるだろう。それが垂氷が今までやってきた、やり方なのだから。それなのに、最初から垂氷が動くという事は、それだけ重要で慎重になっている事が銀翠に分かったからこそ、そんな事を感じたのだ。
そうなると、銀翠も自分に課せられた義務がどれだけ大きなものかが自然と実感が出来た。なにしろ、銀翠は日本支部で垂氷が自分の補佐にと、かなり信頼している人物であり、思考パターンも垂氷に自然と似てきた。そんな銀翠が出した結論では、垂氷が自ら動くという事は、最悪のケースを入れて数十通りの展開を予想に入れているという事だ。つまり、絶対に失敗しない事を前提に、垂氷は今後の展開を数十、または、数百といった具合に予想しているのだ。
後は、展開によって必勝への道を導き出せば良い。垂氷は、そんな風に考えているのだろうと銀翠は垂氷の意図を読みきった。そうなると、銀翠は自分の役割はというものを自然と考えていた。
やっぱり相手の実力次第……って事になりそうですね。捨て駒如きで苦戦するのなら、私と紅鳶さんで倒せるでしょう。ですが、簡単に捨て駒を倒せるようなら、相手の実力を測る事が出来ない。その場合は私と紅鳶さんだけを戦わせて、垂氷さんは相手の実力を測る可能性が大きいですね。それに今回の垂氷さんは、かなり慎重ですからね。相手の実力を見極めるまで動く事はしないでしょうね。そうなると、私が動く場合は相手が倒せると判断が出来た場合と相手の実力が完全に測れなかった場合。この二つですね。
そんな結論を出す銀翠。まあ、垂氷は何も言わないが、たぶん、銀翠が考えた事を考え付いたのだろう。銀翠から見れば、そんな結論を出さない限りは、垂氷が最初から動く理由が思い当たらない、というのが理由だろう。
まあ、垂氷の意図がそこにあるのだとして、後は自分達がどう動くかであるが、銀翠はやっぱり自分が紅鳶の暴走を抑えながら、戦闘に集中しないといけない、という結論がすぐに出たので、やっぱり疲れたように溜息を付くのだった。
それから銀翠は先程渡された書類に気になる点があったので、やっぱり手を動かしながら話し掛けるのだった。
「そういえば垂氷さん」
「なに?」
「討伐命令が下った契約者の能力がエレメンタルアップですよね。書類には契約した精霊の力を上げさせ、その力は精霊の限界をも突破させると書かれてあったんですけど、実際には、どれぐらいの力が発揮できるようになるんですか?」
そんな質問をしてきた銀翠に垂氷は作業を止めると、疲れたように椅子の背もたれに寄り掛かると、銀翠の質問に答えるのだった。
「はっきり言って未知数。まあ、実際は契約者が有している力を分け与える、と考えても良いみたいなのよね。だから契約者の力次第って事になるわ。それから、こちらでも昔の資料を当たってみたんだけど、契約者の実力次第では契約をしていない精霊にもエレメンタルアップを掛ける事が出来るみたいね」
「それって、つまり」
「そう、契約をしていない。味方の精霊まで限界以上の力を発揮させる事が出来る、という事になるのよね。さすがに味方の契約者までは、そんな事は出来ないけど、この能力は使い方次第では、自分達の力を一気に上げる事が出来るのよ」
「なんというか……卑怯っぽいですね」
そんな銀翠の感想に垂氷は姿勢を戻すと、今度は机に突っ伏すのだった。そんな垂氷が銀翠との会話を続ける。
「卑怯っぽいじゃなくて充分に卑怯って言えるわよ。使い方次第では、完全契約以上の力が出せるし、もし完全契約していたら、ただでさえ厄介な完全契約がもっと厄介になるのよ。想像しただけでも嫌になる相手なのは間違いないでしょうね」
「なんですか、その完璧を超えた超絶な能力は」
さすがの銀翠も、そんな話を聞かされれば苦笑しながら、そんな事を言うのが精一杯だった。そんな銀翠に垂氷は愚痴にも似た話を続ける。
「そのうえ、相手の戦力も分ってないのよ。卑怯な能力に戦力でも負けてたらシャレにも成らないわ。少なくとも数だけは揃えたいわね、状況によっては捨て駒も数に入れないとでしょうね。後は、やっぱり相手の能力次第ね。ウチみたいにバカばかりならともかく、戦略的にも上を行かれたら、こちらの総力を上げても勝てるかどうか分からないのよね」
「確かに、一当てすると言っても、相手の全てが分かるワケではないですからね。戦略、または戦術。それらをどう使ってくるかも見極めないといけませんね」
「そう、だから私が直接動いた方が効果的だし、今後の作戦も立てやすいわ。何にしても、あのカイザーが直々に討伐命令を出したぐらいだから、相手もそれなりの実力を持ってる、と考えた方が良いでしょう。少なくとも、カイザーが討伐命令を出した時点で楽観的には事を見る訳にはいかないわ」
「ですね。カイザーからの勅命自体が珍しいですからね。いつもならエイムハイマーの方で方針を決めて、カイザーから許可を得てから実行、というパターンですからね。それなのに今回に限ってはカイザーからの勅命、つまり、それだけの実力を持っている、と考えるのは当然ですね」
垂氷の言葉を肯定するような言葉を口にする銀翠だが、そんな銀翠の言葉を聞いた垂氷が、机から顔を横に向けると、今度は否定的な言葉を口にする。
「私も、そう考えたから慎重になってるけど……今回は自分でも慎重過ぎると思ってるのも確かなのよね。それはカイザーの勅命が何を意味しているのか、どんな意図があるのかが分からないからなのよね。まあ、だから、最悪から最善までのケースを想定して事に当たってるのよ。もしかしたら、カイザーの意図は別なところにある……とも考えられるのよね」
「別のところ? それって現段階では大した実力は無いけど、将来的には脅威になるって事ですか?」
「そう、さっきも言ったとおりに、討伐命令が下った契約者の能力は卑怯とも言えるわ。契約者の実力次第では精霊に限界を知らないほどの力を与える。言い返れば、精霊に上限が無い力を発揮させる、とも言えるのよ。つまり、どこまでも強く出来る。そんな能力を持ってる契約者が敵対心を見せたのなら、早めに潰しておいた方が良いと誰でも考えるでしょうね。もし、それだけなら、ここまで慎重にならなくても良いんだけど」
「つまり、今回の討伐命令は相手の実力を脅威に感じたからではなく。相手の能力に脅威を感じたから、早めに潰そうとも言えるんですね」
「そういう事よ」
そこまで言うと垂氷はやっと身体を起こして椅子に座りなおす。その間にも銀翠は垂氷と話をした事について考えていた。
つまり、今回の討伐命令は実力の有無に関わらずに排除を目的とも考えられるんですね。確かに、そんな契約者がアッシュタリアに敵対心を見せたら、早めに排除するにこした事はない。将来的に脅威となりうる契約者は実力を付ける前に叩いた方が確実ですからね。けど、現時点では、どれだけの実力を持っているかは分からない。下手をしたら日本支部だけでは対応しきれない実力を持っていても不思議では無いですね。なにしろ能力が能力ですからね、カイザーが、その点を考慮して討伐命令を出したとも考えられるのも確かな事です。
つまり、垂氷と銀翠の見解では、カイザーの意図がエレメンタルアップを使える昇の排除なのか、エレメンタルアップを使えるからの排除なのか、そこが垂氷と銀翠を迷わせる原因となっているのだ。
前者ならば昇達の実力がかなりあり、大戦力を投入しないと勝てない事は確実だろう。けど、後者なら、エレメンタルアップを使えるというだけで実力があるとは限らない。つまり、必要最低限の戦力を投入するだけで済むのだ。けど、この場合は下手に時間を掛けると相手に警戒される心配もあるし、相手に実力を付けるだけの時間を与えるのも確かだ。
だからこそ、垂氷と銀翠はカイザー意図が、どこにあるのかを話し合ったのだ。最も、結論らしい結論は出てはいないが、どちらにしても現状では情報不足であり、垂氷達では昇達の情報を手に入れられない事も確かだった。つまり垂氷達は情報戦では完全に負けているのだ。そんな状況だからこそ、カイザーの意図から昇達の実力を計ってみたのだが、やはり分からない事だらけだった。
そんな時だった。二人の話が終わった事を察したエラストが立ち上がると、未だに机に突っ伏して顔を横に向けている垂氷にエイムハイマーから上がってきた情報を報告するのだった。
「お疲れのところ悪いのですが、エイムハイマーからの情報です」
エラストがそれだけの言葉を口にすると垂氷はエラストの顔を見ないままに言葉を口にするのだった。
「あまり良い情報じゃない事は分ってるけど、詳細を話してみて」
どうやら垂氷には、ある程度の事は分っているようだ。それにエラストも垂氷が、そんな反応をするだろうと分っていたのだろう。短く返事をすると、すぐに上がってきた情報を垂氷に報告する。
「どうやら、今回の件が露見したようです。さすがに私達の事までは分からないでしょうが、討伐命令が下った事は既に様々な情報網に引っ掛かってるようです。それに精霊世界、つまり契約前の精霊にまで噂として流れているみたいですから、誰に討伐命令が下ったのかが知られるのは時間の問題かと」
「って! それって大問題じゃないですかっ!」
エラストの話を聞いていた銀翠が驚いたように声を上げて、思わず机を叩きながら立ち上がってしまった。まあ、銀翠がそこまで驚くのも無理はないだろう。なにしろ、エラストの報告ではカイザーの命令が自分達だけではなく、敵にも知られるのと同じなのだから。
けど、そんな銀翠とは対照的に垂氷をゆっくりと身体を起こすと、椅子に深く座ると、いつものように冷たく言うのだった。
「別に問題はないわよ。なにしろアッシュタリアは現時点においては最大の組織。それに反抗する組織も出来てるぐらいだから、情報が漏れるのは当然でしょう。それに、今回の件はカイザーからの勅命。私達でも驚いたぐらいだから、そんな勅命に関する情報が流れるのも時間の問題だったのよ。最も、故意に流している人物が居る事は分かるけど」
「故意に?」
垂氷の言っている意味が理解出来なかったのだろう。銀翠は立ち上がりながらも、垂氷の言葉を聞いて、同じ言葉を口にすると首を傾げるのだった。そんな銀翠に向かって垂氷は冷たく言い放つのだった。
「そう、討伐命令が下った契約者。名前は……滝下昇とか言ったわね。その契約者を象徴として祀り上げようとしてるのよ。だからこそ、故意に情報を流した。出来るだけ大々的にね。カイザーからの勅命で討伐命令が下った人物。それだけでも、私達に反抗しようとする者達は彼を中心に象徴としての吸引力を使って契約者や精霊を集める事が出来るわ」
「つまり、カイザーが勅命を出した。それだけでも、アッシュタリアは、その契約者を特別視しており、脅威に感じている。そんな情報や印象を流す事によって、私達に抵抗しようとする力を付けようとしてるんですね。そして、出来る事なら、その契約者を加える事で勢力拡大を謀りたい。そんなところですか」
そんな銀翠の見解を聞いて頷く垂氷。どうやら銀翠にも垂氷が言いたい事が分かったようだ。だからか、垂氷は再び疲れたように溜息を付いた後に話を続ける。
「カイザーの勅命を利用した戦略的な一手。それだけでも出遅れてる事が分かるのに、更に相手の事も分からないなんてね。最悪な事態は、その契約者がクレメイションと手を組む事にあるのよね、それだけは絶対に避けないといけないわ」
「クレメイション、私達、つまりアッシュタリアに抵抗するために組織されたレジスタンス。確かに、クレメイションが、その契約者と手を組む、または仲間に引き込めば。討伐命令が下った契約者の吸引力を使って、組織を拡大するのは確かですからね」
「けど、日本支部だけで、どこに存在しているのか分からないクレメイションも一緒に相手は出来ないのも事実よ。まあ、そこはエイムハイマーに期待する事にしましょう。けど……今回の件を大々的に情報を流しているのはクレメイションでしょうからね。なら、次は確実に、その契約者と接触するには違いないでしょう。だからこそ、迅速且つ確実に事を進めないといけないわ」
垂氷が最後には将来を睨んだように鋭い眼差しになると、そんな言葉で話を区切った。これで垂氷が杞憂している事も銀翠には充分に分かった。だからこそ、今度は黙って頷くだけだった。
二人の話を少し整理すると、昇を中心に話が進んでいると言えるだろう。
カイザーからの勅命である討伐命令。その命令に従って動くアッシュタリア。つまり、本人達以外、昇達とアッシュタリアの外から見ると分かり易いだろう。
今回の討伐命令が漏れているのはエラストの報告で確実に分かった事だ。これをアッシュタリアに敵対心を持つ者は、どう見るだろうか。なにしろカイザーからの勅命である。つまり、アッシュタリアのトップが直々に討伐命令を下したのだ。すなわち、二つの内情を知らない者にとっては、アッシュタリアのトップ。つまり、カイザーが昇の存在に脅威を感じてる、とも取れるのだ。
すなわち、昇の力に関係無く。昇に討伐命令が下された。その事実だけでも、傍から見ているアッシュタリアに対抗する契約者や精霊、または垂氷達の話に出てきたクレメイションという組織。そんな者達が昇の存在をどう見るか。その答えは簡単だ、アッシュタリアのトップが直々に討伐命令を出した。つまり、アッシュタリアのトップが意識するほどの人物、と見られてしまってもおかしくは無いだろう。
更に言えば、垂氷達も話していたように、今回の事でクレメイションが昇を仲間に引き入れる、または手を組む。そうした事により、アッシュタリアに抵抗するクレメイションは昇という存在だけで、より多くの人材や精霊を得る事が出来るのだ。
つまり、自分達にはアッシュタリアのトップが目を付けた人物が居る。それを主張するだけでも、アッシュタリアに敵対心、または敵視している人物、または組織がクレメイションと手を組んだり仲間にする可能性が大きいのだ。
アッシュタリアのトップからの討伐命令。それが下された時点で、昇の意思には関係無く、昇はアッシュタリアを打倒する象徴にされてしまう可能性が大きいのだ。更に言えば、昇が今回の討伐命令を見事に跳ね除けたのなら、その昇という存在がより一層に大きくなるのだ。それは、昇がアッシュタリアに対抗が出来るだけの実力を持っており、アッシュタリアに抵抗できるという意思を他人に植え付ける事が出来る。
つまり、今回の討伐命令は昇達だけでは無い。他の者達にも大きな影響を与えているという事だ。それだけ、カイザーの勅命が大きいという事が原因なのだが、他の者は、それを逆に理解して流す事により、カイザーの勅命による脅威ではなく、昇はカイザーからも目を付けられる存在という事にして情報や噂を流しているのだ。
どこから情報が漏れたかは分かりはしないだろう。なにしろ、アッシュタリアほどの大組織となれば、どこからの潜入者が居てもおかしくは無いし、内部にも外部に情報を漏らす者が居てもおかしくは無い。つまり、どこに誰かの陰謀が潜んでいてもおかしくは無い。それらを通じて情報が流れる術は無いだろう。
それにアッシュタリアもカイザーからの勅命という事をワザと放置している可能性も有る。自分達を倒す象徴となりうる昇達を見事に討伐する事により、自分達の力を外部に見せ付ける事が出来るのだ。ここでも昇の意思に関係無く、昇を敵の象徴に祀り上げる事により、それを討伐する事で自分達の力を示す。つまり、カイザー勅命で討伐命令を受けた者は確実に潰される。それを示し、改めて自分達の力を他の勢力に示す事が出来るのだ。
さすがに、ここまで来ると、どこまでが誰の思惑であり、誰の陰謀なのかは分かりはしない。けれども、どの勢力も、それを把握する必要は無いのだ。つまり、現状から自分達の勢力を伸ばすために力を尽くす。上手く行けば勢力は拡大するし、下手をしたら自分達が潰される。それが戦いであり、争奪戦なのだから。
垂氷も、それが分っているからこそ、現状把握と今後の展開について考えているのである。更に言えば、今回の図式は敵と自分、という簡単な図式にはなってはいない。自分達の戦いが確実に今後のアッシュタリアに影響を及ぼすし、水面下での戦いは既に始まっているのである。つまり、今回の戦いでは単純に相手を倒せば良い、というワケでは無い。この戦いの影響、各勢力の思惑、そしてカイザーの勅命が意味するもの、それぞれが交錯して複雑な図式となっているのだ。
そんな図式だ。下手をしたら他勢力の介入があってもおかしくはない。一番最悪なのは、ここで自分達が退場させられる事、つまり倒される事である。それだけもアッシュタリアの勢力が削られた事になるし、日本支部は壊滅、または廃棄に追いやられる可能性もある。つまり、垂氷達も自分達が戦い抜くためには、今回の戦いは絶対に負けられないのである。
だからこそ、垂氷はいつにもなく慎重であり、なるべく迅速に対処しようとしているのだ。そんな垂氷の意図を悟った銀翠が手早く、紅鳶が残した仕事を片付けていく。何にしても、今は他の介入を防ぐために迅速に動かなくて行けない。けど、昇達の実力も分からない。そんな状況だからこそ、迅速且つ確実が一番なのだ。だから銀翠は目の前の事に集中する事にした。次の一手を早く打つために、そして、垂氷達が素早く動けるようにと。
垂氷も垂氷で今は情報整理とエイムハイマーへの捜査協力、それに関する資料整理などをやっている。垂氷も逸早く動く事が重要だと考えている事は現状を見れば簡単に分かる事だ。だからこそ、垂氷達は話を切り上げて仕事を片付けていくのだった。
その頃、地下の訓練闘技場では。怪童と怪童と同じ髪型をした、怪童を少し細くしたような男性が拳を文字通りに、どつき合っていた。どうやら、もう一人の方が垂氷達の話に出てきた紅鳶なのだろう。
そんな紅鳶が叫びながら怪童の腹に拳を叩き込む。
「こうですか、怪童さんっ!」
一方の怪童は腹に紅鳶の拳が叩き込まれたのに、まったく効いた様子もない。どうやら腹筋だけで紅鳶の拳を受け止めたようだ。そんな怪童が叫びながら、今度は怪童が紅鳶の顔面を殴るのだった。
「まだまだ甘いぞ紅鳶っ!」
そんな怪童の一撃を顔面に受けたというのに、紅鳶は鼻血どころか少し仰け反っただけで、また叫びながら怪童に拳を叩き込み、怪童も叫びながら紅鳶に拳を叩き込むのだった。
「なら、こうです、怪童さんっ!」
「まだだ、もっと気合を入れろ紅鳶っ!」
「はいっ! 怪童さんっ!」
「来いっ! 紅鳶っ!」
「怪童さんっ!」
「紅鳶っ!」
どこの熱血番組だ、と言いたいほどに、叫びながら殴りあう怪童と紅鳶。その様は垂氷が言ったように、バカの二人がどつき合っている、という言葉が良く似合うほどだった……。
……えっと、何にしても、さまざまな思惑と陰謀が交錯する中、昇達は戦いの定めに身を投じる事になるのは確かだろう。それが、昇が……望もうと、望まないと……。
はい、最後にはしっかりとオチが付いた事で、今回はここで終わりですね。まあ、当初の予定なら、もう少し話を進めたかったんですけど……なんというか、今後の展開を考えながら書くと、どうしても長くなってしまった。そんな訳で、一話にまとめるつもりだったのですが、二話に分ける事にしました~。
運命を打ち砕けっ! 俺のシャイニングフィンガーッ!! ……はい、いつものように意味はありません。いやね、久しぶりに無意味な事を叫びたくなったのよ、これが。
ん~、最近は、あまり遊びに出て無いからな~。なんつ~か、久しぶりに、いろいろと遊びたいけど、やっぱり先立つ物がありません。……なんというか……少し大きな買い物をしちゃったからね~。おかげで次の収入が入るまで節約節約ですよ。
まあ、愚痴るのはこの辺にしといて、本編では凄い事になってますね~。というか……話を広げすぎ? とか自分でも思ってしまうけど、でもでも、実際に、こんな状況になったとしたら、やっぱり、ここまで見ないといけないのが垂氷達の役目だとも思うんですよね~。
……まあ、その他のバカは放っておいて、苦労してますね……垂氷さん。というか、そんなところが私的には気に入ってる方であるのですよ、これが。
そんな訳で、漢字の豆知識。垂氷と書いて普通なら『たるひ』よ読みます。意味はつららです。まあ、垂れる氷ですからね~。だから普通は垂氷と書いて『つらら』とは読まないのですよ。
けどけど、私的には垂氷と書いてつららと読む方がカッコイイという理由だけで、垂氷の名前が決定したワケですよ。これが。
あっ、ちなみに、『つらら』を普通に漢字変換すると『氷柱』となります。……まあ、繋がれば氷の柱だよね~。まあ、そういう理由で、あえて垂氷をつららと名付けたのですよ。
なので、そこの君っ!! 漢字が違うと思って辞書を引かないようにっ!! これはワザとだからっ!! カッコよさ重視だからっ!!!! だから辞書を仕舞いなさいっ!!!!
……と、まあ、一応、何となく、とりあえずは、その点を主張しておいた方が良いかな~、と思い付いたので、いつものように思い付きだけで垂氷に関する事を主張させてもらいました。なので……。
もちろん意味は無しっ!!!!
という事ですね。まあ、その辺のいつもの事ですからね~。まあ、戯言だと思って、適当に流してくださいな。という事で、長々と書いたと思うので、そろそろ締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更には、評価感想もお待ちしております。
以上、垂氷の資料を作ってる時に、垂氷って『つらら』と読まないんだ。と、その時になって、そんな事実に気付いた葵夢幻でした。