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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
百年河清終末編
149/166

第百四十九話 生きる

 春澄達との戦いは終わりを告げた。それぞれに思う事があったのだろう。戦いが終わった後は誰しもが口を紡ぎ、特に会話は行われなかった。それから昇は春澄の遺体を与凪に預けて、事後処理についても与凪に頼んだ。与凪も複雑な面持ちで昇が後の事を全て任された事に頷く。

 この戦いは最初から結果の分っていた戦いだ。だからこそ、昇は最後にやるべき事を……出来る事をやるために与凪に、それらの準備をしてもらっていたのだが、こうして実際に終わりを告げると全員が複雑な心境を抱いていたと言っても良いだろう。

 こうして春澄の事は全て与凪に託され、昇達も精界を崩すと、その場で解散となり、それぞれに心に抱いた思いを秘めて、帰路に付くのだった。



 昇達が自宅に付いた時には日付は変わっていた。それにアルビータとの戦いが激戦だった事もあるのだろう、シエラ達はすぐに自室へと戻り、そのまま眠りに付くのだった。そのため、滝下家は静寂が支配していた。

 そんな中で、昇だけは庭に通じている窓から足を投げ出して夜空を見上げていた。考える事、思う事は沢山ある。けど、今の昇は何を考えていいのか、何を思っていいのかも分からないほど心の中が渦巻いていた。そのため、渦の中心にある虚空が昇の心を支配しているかのように、昇はただただ夜空を見上げるのだった。

 そんな時だった。突如として横に気配を感じて、昇はそちらに目を向けると、そこには昇と同じように腰を掛けた彩香の姿があった。そんな彩香がこちらを向いている昇の頭を撫でながら優しく言うのだった。

「泣きたいのなら、泣いちゃって良いわよ。下手に溜め込むと、本当にどうして良いのか分からなくなってくるからね。だから、悲しいと思うなら泣いちゃっても構わないわよ」

 そんな彩香の言葉を聞いて、昇は確認するように返答するのだった。

「僕は……泣きたいのかな?」

 そんな昇の言葉に彩香は少しだけ困ったような顔をすると、昇の頭から手を離し、昇がしていたように夜空を見上げるのだった。まだ夜風が心地良いだけに、綺麗な星空は見えないが、多少の星が輝きを見せている。そんな夜空を見ながら彩香は言うのだった。

「今回の結末は閃華ちゃんに聞いたわ。本当に昇が言った通りになったみたいね」

「…………」

「頭では分っていても、心が受け入れられない、そんな感じみたいね」

「そう……なのかな」

 実のところは昇自身にも分ってはいないのだ。ただ、春澄とアルビータの最後を目にして、そうなる事は分っていたと理解が出来ても、心のどこかで引っ掛かるものがあるのだろう。だからこそ、昇は未だに眠りに付かずに夜空を見上げていたのだ。

 そんな昇の状態を見抜いたかのように話す彩香。けど、その言葉が本当に今の自分に合っているのかは昇自身にも分からない状態なのだ。だから彩香の言葉が正しいと、素直に受け入れられない状態になっているのは確かだった。

 そして彩香はゆっくりと言い出すのだった。まるで昇をあやすかのように。

「昇、自分の心なんて自分でも分からないものよ。それは理想と現実に差があるから。心は常に理想を目指す、でも頭で感じるのは常に現実。その両方が一致する事なんて、ほとんど無いと言えるでしょうね。でもね、現実が過酷だからと言って、理想を捨てる必要なんて無い。人は常に心に描いた理想に向かって歩みたいと思いたいからよ」

「…………」

「でも、いつの間にか、頭で理解している現実が心の理想を上回る。そんな時に、人は理想を諦めて現実を受けれる。中には、それが大人になるっていう人も居るけど、私に言わせれば、それは負け犬の遠吠え。でも、それは悪いことじゃない。理想を無くして、現実に生きないといけないのも人として当然であり、それは人としての事実であり、真実なのよ。でも……中には、そんな現実に抗い、最後の最後まで足掻く人も居るわ」

「それが……春澄ちゃんとアルビータさんだったの?」

 彩香の話を聞いて、そんな質問をする昇。けど、彩香はそんな昇に向かって無責任な笑みを浮かべながら答えるのだった。

「さあ、そんな事は知らないわよ。私は昇達を見守っていただけ、だから、実際に会った事も見た事も無い人や精霊の心なんて知らないわよ」

「でも……春澄ちゃんも、アルビータさんも、二人とも、最後の最後まで自分の信じた理想を貫いた。僕はそう思う」

「二人の生き方に昇がどう思おうが昇の勝手よ。でも、二人が抱いてた理想と現実なんて、二人にしか、ううん、二人にも分っていなかったかもしれない。そんな他人の心を勝手に決め付けるものじゃないわ」

 そんな彩香の言葉を聞くと、昇には湧き上がる思いがあったのだろう、昇は両手を思いっきり握り締めながら彩香に返答する。

「でもっ! 僕には、そうとしか思えない。二人とも最後まで自分の意思を貫いて、命の限り生きて……そして、死んで逝った。そんな二人の生き方を間違いだとは思わない。でも、二人とも強い心があったからこそ、あんな生き方が出来たんだと思う。少なくとも、僕には、そんな風に思える」

 昇の言葉に彩香は再び困ったような顔をすると、少しだけ言葉を選びながら昇に言うのだった。

「昇、私は別に昇の考えや思いを否定している訳じゃないのよ。ただ昇の考えや思いは昇だけのもの。それを他人に当てはめたり、押し付けてはいけないって事よ。だから昇の考えや思いは昇が持っていて良い。けど、その考えや思いが必ずしも二人と一緒のものだとは限らない。そう考えて欲しいのよ。人と同じ考えや目的を持つ事は出来る。でも、同じ所を目指していたとしても、それぞれに考えている事や思っている事は違うものよ。だから、昇が二人の視線に立って、二人の考えや気持ちを理解しようとしても、一から十までは理解は出来ないのよ」

「なら……どうすれば良いの?」

 彩香の話を聞いて、力が無い声で尋ねる昇。そんな昇は頭を垂れて、本当にどうして良いのか分からない、といった感じだ。彩香は優しい表情を見せると、昇の頭を軽く小突いてから答えてやるのだった。

「分からないなら足掻きなさい。そして、どんな答えでも良いから、出しなさい。そうして、昇が自分自身の心に決着を付けない限り、いつまでも迷ってばっかりよ。そして、答えを出すためなら、泣いたって、怒ったって良い。それで昇が答えを出せるのならね」

「答えって……どうしていいのかも分からないのに?」

「そう、その、どうしていいのか分からないものに対して足掻いて、答えを出しなさい。それが、生きるって事よ。生きている限り、必ず、どうしていいのか分からない壁にぶつかるわ。でもね、そんな壁に対して、どんな答えを出すのか、それとも逃げるのかでは違ってくるのよ。生きるという事は困難を目の前にする事。だから、昇は絶対に逃げないで、どんな事をしても良いから、答えを出しなさい。自分自身を、納得させる事が出来る答えをね」

「……辛いね」

 昇が呟いた言葉に彩香は何も答えなかった。彩香には、そこまで昇に分からせれば充分と思えたのだろう。そう、今、昇が直面している壁に立ち向かう事。それは、どうしようもない事だけど、その、どうしようもない事に自分なり考え、思い、答えを出す。それが、生きるという事だから。

 けど、生きるという事は困難な事ばかりじゃない。時には幸せで、肩の力を抜いて、全ての荷物を下ろすのも大事だろう。だが、現在、昇が直面している壁は絶対に逃げてはいけない壁だ。そこには妥協した考えも、答えも許されない。生きている限り、人はかならず、そんな壁にぶち当たるものだ。だからこそ、その時にはしっかりと考えて、考え抜いて、答えを出さないといけない。自分自身を納得させる答えを。

 それこそが生きる、という事だろう。そして、それは昇が言った通りに「辛い」ものなのかもしれない。でも、昇が目にした二人の生き方。昇はその事について答えを出さないといけない。自分自身が納得できるように、確実な答えを。それこそが、今の昇にとっては「生きる」という事だからだ。

 生きる、言葉にすれば凄く簡単だし、中には単純に生きている人も居るだろう。けど、そういう生き方が悪いとは誰も言えない。誰も人の生き方に口を出す権利なんてないのだから。生き方なんて事は人それぞれ、だったら単純に楽な生き方をしている人も居るだろう。けど、今の昇には、そんな生き方は許されないのだ。

 いいや、許す事が出来ない、と言った方が正確だろう。それは昇自身が、そんな生き方で自分自身を納得させる事が出来ないからだ。妥協するのも一つの手だろう。でも、一時は妥協したとしても納得が出来ずにいたら再び悩むだろう。そうして悩み続けなければいけない、生きるという事は、常に自分自身に問い掛けているのかもしれない。生きる、という事について……。

 だからと言って、常に生きる事について考える、なんて考えを押し付ける気は無い。そんな生き方は昇の生き方であり、誰しもが、そんな生き方をしなければいけないという訳ではない。一番大事なのは自分自身で生きる、という事なのだから。

 生き方なんて人それぞれ、なら、環境も状況も人それぞれ、そんな中でどんな選択をするかも人それぞれである。一番大事なのは、選択してきたものに納得が出来るか、という事である。もし、納得が出来なければ、それは心のどこかに引っ掛かり、必ずしも、また、その事について考えてしまうだろう。

 だからこそ足掻かなければいけない。どんな状況でも、どんな環境でも、どんな事態でも、自分自身が納得できるような生き方を見出すまで。一度は逃げ出した壁でも、その選択に納得が行かなければ、またしも壁に戻るだろう。結局のところ、最後は自分自身で自分自身を納得させる答えを出さなければいけない。それが……生きる、という事なのだろう。

 つまり、最終的には昇の心に対して昇自身が答えを見つけ出さなければいけない。彩香は、その事を伝えたかったのだ。今の昇は頭で理解している現実と心が感じている理想の差で悩んでいる。春澄達が、あのような生き方をしたという事と、自分自身の理想が春澄達の生き方に納得が出来ないという、かなりの難問である。

 けど、その問題に昇は答えを出さないといけない。だからこそ、彩香は泣いても良いと言ったのだ。泣く事で、怒る事で、心を整理して新たな考えに至る事も、また事実である。大事なのは、心を整理して、答えを出しやすくするという事だろう。そのために、彩香は昇の隣に座っているのだ。誰かが近くに居るだけでも、人は少しだけ心を軽く出来るのも事実だから。

 だから彩香は優しく昇を見詰めるだけで何も言わなかった。答えは……昇自身で出さないといけないのだから。

 そんな二人を夜空の星が微かに照らし出す。そして昇は……ゆっくりと口を開く。

「春澄ちゃんも、アルビータさんも……あんな生き方で満足だったのかな?」

 そんな昇の質問に彩香は優しく昇の頭を抱き寄せてから答える。

「さあ、それは、あの二人にしか分からない事よ。でも……二人を一番近くで見ていた昇なら、何か分かる事があるんじゃない。それが何なのかに気付いて、自分自身を納得させられるなら、それが昇の答えなのよ」

「僕は……もっと違う生き方が二人には出来たと、思う。でも……二人はあの生き方を選んだ。命を燃やし、命が尽きるまで戦った。その事に二人は満足していたと思うけど、僕は……二人とも、もっと違う生き方が出来たと思う」

「その言葉に昇自身が納得できれば、それが昇の答えよ。でも、その考えを二人に当てはめたり、押し付けたりしてはいけないわ。二人とも、自分自身が納得した答えを出した上で、昇達と戦ったんでしょ。あの二人には、それぞれの生き方を貫いた。それは事実だし、変えようの無い結果でもあるわ。分ってると思うけど、人は常に自分に出来る最善の選択をしてる。だから、過去の結果について、もっと最善の選択が出来たと思うのは自分を過大評価してるだけよ。後は昇が自分自身が納得できる答えを出せば良いだけ。過去の選択を振り返っても、今の結果を変える事は出来ない。けど、今の結果を踏み締めて、未来の結果に繋げる事は出来る。だから、これから何をすべきなのか、何をやれば良いのか、それは自分自身で考えて答えを出さないとなのよ」

 彩香の言葉を聞いて昇は自分自身に問い掛けてみる。過去の選択が間違いでなかったか、その選択が自分自身を納得させるものなのか。けれども、その答えは簡単に出た。

 僕は春澄ちゃん達の生き方に……否定する事が出来なかった。分ってたんだ、その時点で、僕が……春澄ちゃん達の生き方を否定できないって。それは春澄ちゃんが何も間違った事はしていない、僕が見た限りでは間違いだと言える生き方はしていなかった。だから僕は春澄ちゃん達の生き方を否定できなかった。でも……その生き方を認める事も出来なかった。だから……僕は自分自身が無力だと感じて、どうしようもない憤りを感じていた。そして今も、それについて僕は未だに迷ってる。僕は春澄ちゃんに対して自分が出来る事を精一杯にやったつもりだ。……そっか、これが僕の答えなのかな。

 そんな答えを出した昇は彩香からゆっくりと離れ、彩香も離れて行く昇を優しく見守るのだった。それから昇は、すぐ下にあったサンダルに足を入れると庭に向かって数歩だけ歩いて夜空を仰ぐのだった。それから彩香に向かってはっきりと言葉を口にした。

「僕は自分自身の行動が間違ったものだったとは考えて無いし、思っても無い。僕は、春澄ちゃん達に対して最大限に出来る事をしたと思ってる。それで、それだけで良いんだよね。僕は最初から春澄ちゃん達の生き方に納得は出来なかったけど、口を出す権利も無かったんだ。それは春澄ちゃん達のものであり、僕のものじゃないから。春澄ちゃん達が覚悟を決めて出した答えに、生き方に誰も口出しなんて出来ない。それは僕も同じ、でも、その生き方は僕の心、その中にある理想とは掛け離れていたから、だから僕は春澄ちゃん達の生き方に納得が出来なかった。でも、それは僕の心にある理想を押し付けてようとしてただけ。だから迷ってた。それは自分自身の理想通りに行かなかったから。でも、これで良いんだよね。僕の理想を春澄ちゃん達の押し付ける事は間違ってる。だから、春澄ちゃん達の生き方に対して、どう接してきたか、それが一番大事な事だったと思うから」

 そんな昇の答えを聞いて、彩香は優しい眼差しを昇の背中に向けると確認するかのように昇に尋ねる。

「そうして出た結果。その事に後悔は無い? 自分自身で納得が出来てる?」

 優しい声を出してきた彩香の質問に昇は上を向いたまま答える。

「僕はこの結果になる事を知ってた。それなのに、その結果を変える事は出来なかった。でも、僕は僕に出来る事を充分にやったと思う。たとえ過去に戻れたとしても、僕はこの結果を変える事なんて出来はしないよ。だったら、全部受け入れる。春澄ちゃん達の生き方も、自分の行動も、その全てが間違いじゃ無いって。そうして出た結果だから、後悔もしてないし……母さんの言葉で納得も出来た。だから、もう充分かなって」

「……そう」

 昇の言葉に彩香は短く答えるだけだった。そんな彩香が昇の背中を見ながら思うのだった。

 まったく、無理をしてるんだから。だから、泣きたいのなら泣いて良いって言ったのに。本当、男の子って、こういうところは頑固よね。けど、これで昇も迷う事無く、自分の道を進めるでしょ。まあ、私に出来る事はこれぐらいね。……まったく、見ているこっちの方が痛いのよね。男の子なんて産むものじゃないわね。

 そんな事を考えた彩香が軽く笑うと昇は目に涙をためながらも不思議そうな顔で彩香の方へと振り向いた。そんな彩香がなんでもない、とばかりに手を振り、リビングに上がると昇に背を向けながら言うのだった。

「あまり夜風に当たってると風邪をひくわよ。それに……まだ、終わったわけじゃないんでしょ。なら、今日はもう寝なさい。それじゃあね~」

 と、最後はいつものお気楽口調に戻って軽く手を振りながら自室へと戻る彩香。そんな彩香の姿を昇はいつの間にか笑みを浮かべながら見送っていた。それから、やっと自分が涙を流している事に気付くと涙を拭いて、再び夜空を見上げる。そして思うのだった。

 そう、まだ終わりじゃない。最後にやるべき事があるから。それを終えるまでは、まだ、終わりじゃないんだ。夜空を見上げながら、そんな事を思う昇。そう、未だに全ての事に終止符が打たれたわけではない。だからこそ、昇は最後にやるべき事をするために、今は涙を拭いて、やるべき事をやるために、最後の行動に出るために、今は身体を休めようべきだろうとリビングに戻って、窓と鍵を閉めると自室へと戻って行くのであった。



 それから数日後、春澄の葬儀が行われた。とは言っても、参列者が昇達だけだから、形だけの葬儀に近い。それでも、やる意味があると言った昇が与凪に言って用意しておいてもらったのだ。そして、春澄の葬儀には昇なりの気配りがしっかりとあったのだ。

 その人は森尾に連れられて焼香にやって来た。四十代の女性であり、春澄の写真を見るなり、泣き出してしまった。それでも焼香を済ませると、その人は涙を拭きながらも森尾に連れられて、一応、喪主となっている昇の元へと来た。それにこれは昇から森尾に頼んだ事だから、森尾は軽く紹介するだけだった。

「滝下、こちらが春澄君の介護担当をしていた長谷川さんだ。何とか間に合ってよかったよ、それじゃあな」

 それだけ言うと森尾は入口の方へと戻って行き、これからの段取りを与凪と一緒に確認するのだった。そんな森尾を横目に昇は長谷川に向かって深く頭を下げてから言うのだった。

「今回の事、心からお悔やみ申し上げます。本当なら春澄ちゃんのご両親にも来てもらいたかったのですが、あいにくと連絡が取れなかったので」

 昇が、そのような事を言うと、長谷川は充分だとばかりに頭を下げながらいうのだった。

「いえ、春澄の為に、ここまでしてもらって……私達も充分です。それに、春澄のご両親は私達からも連絡が取れません。既に春澄は孤児と言える子でしたから。それだけに、今回の事は感謝に絶えません。春澄の最後を看取って頂き、ありがとうございました」

 涙ながらに、そのような言葉と共に頭を下げる長谷川。彼女を見ていただけでも、春澄が施設で過ごしていた時に受けた優しさが昇にも分かるというものだろう。

 そう、昇はこのために春澄の葬儀をし、与凪に春澄が居た施設に前々から連絡が付くように調べてもらっていたのだ。なにしろ、昇から見れば、このような結果になる事は充分に分っていたのだ。だからこそ、春澄の最後をしっかりと見送りたく、そして、春澄に関わっていた者達に春澄の死を知らせるために、この葬儀を開いたのだ。

 そして、昇の目の前にいる長谷川こそ、春澄と多くの時間を共にした人なのだろう。昇は長谷川が心の底から悲しんでいる姿を見て、そう確信するのだった。だからこそ、昇は告げるべき事を長谷川に告げるのだった。

「春澄ちゃんが施設を抜け出した事で、さぞかし心配した事でしょう。ですが、それは春澄ちゃんが決めた、覚悟を持って挑んだ生き方だったんです。だから春澄ちゃんが施設を抜け出した事は怒らないでやってください。全ては春澄ちゃんが自分で選んで決めた、春澄ちゃんの生き方だったのですから」

「そう、ですか。それなら、よかったです。当初は誘拐や失踪なのではないのかと心配をしました。けれど、事件に巻き込まれたわけじゃない。施設を抜け出したのは、春澄の意思だったんですね」

「はい、全ては春澄ちゃんが決めた事です」

 はっきりと断言した昇の言葉に思い当たる節があるのだろう。長谷川は流れ出た涙を拭いて、泣きそうな声で昇との会話を続けるのだった。

「確かに、春澄は施設での暮らしではつまらなそうでした。いろいろと楽しい事があると分からせようとしたのですが……私の思いは春澄には届いてはいなかったんですね。施設に不満があったから、春澄は自分の意思で出て行ったんですね」

「初めは、そうだったかもしれません。ですが、最後に言ってました。施設の人にも沢山の迷惑を掛けたから、自分は早く死んでしまうが、その人達には自分の分まで生きて欲しいって。春澄ちゃんは施設での暮らしがつまらないんじゃなくて、自分の存在が迷惑になっていると思っていたみたいです。だから……最後に、そのような事を言ったのだと思います」

「迷惑だなんてっ! そんな……。そう、そんな風に思わせていたんですね。なら、はっきりと言ってあげるべきでした。春澄は……ここに居て良いんだと、ここが春澄の家だと。でも、春澄の両親を気遣って、そのような事が言えませんでした。いつかは春澄を迎えに来るのだと心のどこかで願っていたのかもしれません。だから……言ってあげられなかった」

「帰るべき場所が無い。そんな事を思ったから春澄ちゃんは施設を出たのかもしれません」

「そんな事は……無いのに」

 その言葉は確かなのだろう。春澄にはしっかりと帰るべき場所はあった。ただ気付かなかっただけだ。涙ぐむ長谷川の姿を見ていたら、そんな自分の考えが間違っていないと確信を得た。けど、それが遅い事も充分にも昇は分っていた。だからか、昇は長谷川に何て言えば良いのか迷ってしまった。そんな時だった、長谷川の方から昇に質問が来た。

「あの子が、春澄が施設を出てから、どのように暮らしてたか、詳しく教えてもらえませんか?」

「すみません、僕もそこまで詳しくは知らないんです。ただ、最後の二週間ほど……春澄ちゃんと関わって、最後を看取っただけですから」

「そう……ですか」

 さすがに争奪戦で命を落とした。なんて事は言えないし、言っても意味が無いだろう。実際にい昇は春澄が施設を抜け出して、どのような体験をしてきたかなんて、ほとんど知らないのだから。けれども、そんな昇でも長谷川に向かってはっきりと言える事があった。だからこそ、昇は、その言葉を口にする。

「確かに、僕達が春澄ちゃんと関わってきた時間は短いかもしれませんが、僕達が最も深く、春澄ちゃんと関わってきたのは事実だと思います。だからこそ、僕は長谷川さんに伝えなければいけないと思ってました」

「なんでしょう?」

 それは春澄が残した言葉。最後の我が侭、その言葉には春澄の想いが全てこもっている言葉。だからこそ、昇はそれを伝える。

「春澄ちゃんは……最後まで幸せでした。施設での暮らしも、それが幸せだった事に気付かなかっただけだと、最後になって気付いたようでした。だから、春澄ちゃんはしっかりと言ってくれました。施設の人達は優しかったから、自分の為に泣いてくれるなら、本当に嬉しい事で、本当に幸せな事だって」

 昇の言葉を聞いて泣き崩れる長谷川。そんな昇も、いつの間にか涙を流していた。思い出してしまったのだろう、春澄の最後を、春澄が最後に言った我が侭を……。

『生きて』

 その言葉に込められた春澄の想い。たった一言だけど、春澄が言った、そのたった一言だけが昇に託した言葉であり、春澄の想いが全て込められた言葉だった。だからこそ、昇は涙を流しながらも長谷川に伝える。

「だから、春澄ちゃんは……最後に……言ってくれました。僕達と、貴方達に向けられた言葉だと思います。それを伝えるために、今日、こうして会う事が出来たのだと思います。だから、しっかりと聞いてください」

 そんな昇の言葉に長谷川は涙ながらに頷くだけだった。そんな長谷川に向かって昇は涙声になりながらも、春澄が最後に残した我が侭、最後の願いを伝えるのだった。

「春澄ちゃんは最後に言ってくれました。『生きて』……と。自分は人より短い時間しか生きられないから、その分だけ僕達に、そして貴方達に生きて欲しいって。それが、春澄ちゃんが最後言った我が侭であり、最後の願いだと僕は思います」

 昇の言葉から春澄が最後に言った言葉の意味を悟ったのだろう。長谷川は更に泣き崩れて、既に言葉が出ない状態とも言えるだろう。それでも、長谷川の口が動き、そこから言葉は出なかったが、はっきりと何て言いたかったのかが昇には分かった。だからこそ昇は長谷川に向かって深々と頭下げると、長谷川の事を琴未達に託して表に出るのだった。

 泣きたいのは昇も同じだろう。だが、昇は春澄の最後に立ち会って、最後の我が侭を聞いた後に充分に泣いていた。だからこそ、今になっても泣いてはいけないと思ったようだ。だからこそ昇は、涙を飲んで、春澄が残した全てを長谷川に伝えてから一人で外に出たのだ。

 そんな昇が長谷川が言葉に出せなかった言葉を心の中で呟く。

 ありがとう。それは春澄にも言われた言葉。けど、そのたった一言に、それぞれの想いが全て詰まっており、その言葉が、どれだけ重いかを再認識する昇だった。

 感謝はもちろん、後悔や悲しみ、さまざまな想いが込められた言葉だ。そんな言葉だからこそ、いや、そんな想いがこもった言葉だからこそ、その言葉は通常で使われるのより重いのだろう。少なくとも、昇にはそんな風に感じる事が出来た。それから、昇はふと、春澄が最後に言った我が侭を口にする。

「生きて、か」

 その言葉には長谷川には伝えられない事も含まれていたのだろう。春澄が施設で暮らしてきた時間、そしてアルビータと出会ってから過ごしてきた時間。その時間は確かに他の人と比べれば短いだろう。だからこそ、人よりも多くの事を感じる事が出来た時間かもしれない。

 そんな春澄とは正反対に、アルビータは人とは比べものにならないほどの時間を過ごしてきた。その時間もやっぱり、空っぽで無為な日々だったかもしれない。アルビータから見れば、延々と流れ続ける河のように思えたのだろう。

 確かに、河の流れは絶える事無く、流れ続ける。どれだけの時間が経とうとも、河の流れが止まる事は無い。そんな河の流れみたいに続いた無為な日々。それを共有する想いがあったからこそ、アルビータは春澄と契約を交わした。そして、春澄も戦いの運命を受け入れた。

 全ては……流されるために。自分が延々に続く河の流れではなく、河の流れに乗って流れていく木の葉のように、いつかは大海に出るために、終焉を迎えるために、二人は契約を交わしたのだろう。最後に……自分達の生きた証を残して。

 それは長谷川を見るだけでも昇には充分に分かった。確かに春澄がこの世に残したのは言葉だけ。でも、その言葉を聞いて泣いてくれる人がいるのなら、春澄にとっては幸福な人生だったと言えるだろう。それに……もしかしたら、それこそが本当に春澄が望んだ、いや、確かめたかった事なのかもしれない。自分がここに居て良いのか? この世界の住人で良いのか? それを確かめたかったのかもしれない。

 それはアルビータも同じだろう。自分の存在を、自分が居るべき場所を、アルビータは作りたかったのかもしれない。でも、アルビータの存在は命の精霊であるが故に許されなかった。だからこそ、アルビータは戦いを望んだのだ。戦っている時こそ、自分がそこに存在していると自分自身で確信できるから。それが戦いの中に生きるという事であり、武人とも言えるアルビータの生き方だったのだろう。

 そして春澄も、命の活性で目が見えるようになり、世界を見る事で、自分が居たい世界を確認したかったのだ。この望みも、アルビータとの契約があってこその望みだ。だからこそ春澄は戦いの運命を受け入れても、世界を見る事を望んだ。自分の目で見て、やっと……世界が自分が居て良い場所だと安心したかったのだろう。

 二人とも、短い時間しか生きられない事は知っていた。けれども、短い時間でも良い、本当の意味で『生きる』という事をしたかったのだろう。昇は今になって二人の生き方が、そこにあるのだと改めて感じていた。

 二人とも生命的には生きていただろう。けど、生きるとは何か? その問い掛けに二人が出した答え、それが命の炎を燃やし、命尽きるまで、自分の意思を貫き、自分の願いを叶えるという事なのだろう。

 それは死を迎えるまでの短い時間でも良いから。自分が望んだ事をする、それが二人にとっては生きるという事だったのだろう。そして、その短い時間にこそ、二人とも命を削るだけの価値を見出したのだ。だから二人にとっては、その時間が、どんな宝石よりも輝き、どんな華よりも美しかったのだろう。だからこそ、二人とも命を削る事をいとわなかったのだ。

 そうして生きた二人。そんな二人の生き方を思い出して、昇は改めて思うのだった。本当の意味で生きる、という事はどんな事なのかを。そして、生きる、という事が出来るからこそ命は尊いものであり、掛け替えの無いものなのだろうと。

 そこにある命、それをどう扱おうが、その人の勝手だ。けれども、出来る事なら命を生きるために使うべきなのだろう。少なくとも昇には、そんな風に思えた。昇も生まれて十数年、まだ本当の意味での生きる、という事を考えた事が無いのかもしれない。だからこそ、昇は思うのだった。春澄が言ってくれた『生きて』という言葉が、そういう意味を含んだ言葉だという事を。

 春澄は昇にも、本当の意味で生きて欲しいと願ったのだろう。それは昇にも投げ掛けた難題かもしれない。なにしろ、昇も本当の意味での生きるという事に関しては答えを出していないのだから。

 けど、いや、だからこそ、昇は思うのだ。そうした事を考える事も生きる事なのだろうと。賑やかを通り越して騒がしい毎日だが、時には、そうした事を本気で考える事も必要なのではないのかと昇は思っていた。この忙しない世界、時には足を止めて生きる事を考えるのも重要なのかもしれない。それが……決して答えが出来ない難問でもだ。

 昇は二人の生き様と死に様を目にした。そうして……出した答えがこれなのだろう。時には答えが出せないのが答えとも言えるのだろう。それでも、昇は二人が『生きた』事を知っており、目にしてきた。だからこそ、深く感じる事が出来る。

 ただ、そこにある命。それを生きるために使おうと。

 昇がそんな結論を出してみると、不思議と昇の中から悲しみが無くなっていた。あぁ、そういう事か。と昇にもやっと分かったようだ。確かに昇は二人の生き方に納得が行かなかったし、そんな他人の生き方を受け入れるのも答えだと結論を出した。だからこそ、思えるのだ。

 あの瞬間、春澄とアルビータは……確かに生きていたと。

 昇がそんな事を思いながら晴天の青空に目を向けると、そこには二羽の鳥が飛び立って行った。これから……生きるために。






 はい、そんな訳で、やっとっ!!!! 終わった、百年河清終末編ですが、何と言うか……今回も時間が掛かったな~。ん~、文字数的にかなり行ってたのかな~? とまあ、そんなこんなもあり、ようやく百年河清終末編も終わりですっ!! わ~、パチパチ、かんぱ~い。という事で、やっと一区切りですね。

 さてさて、ちょっとだけ本文に触れてみると……何というか……哲学? 文学? ちと小難しい事を書いてしまったと思うのですが、まあ、それが今回のテーマと言えるべきものですからね~。最後の最後で、それに触れないワケにはいかないので、最後はちょっと語らせてもらいました。

 なので、本文に書いた事は私、個人の考えであり、それを押し付けたり、受け入れろとは言いません。ただ、たまには、そういう事も考えても良いかな~。という、私的な考えを書いただけです。なので、本文を読んで、ちと小難しいですが、最後はこんな形で締めさせてもらいました~。

 さてさて、そんな訳で、いよいよ次回から次編に突入ですっ!! そして、その次編とは……猛進跋扈編となります。……相変わらず変な名前を付けるものだと自分でも思いますが、まあ、その辺は読んでいただけると分かると思いますが……上げるのに、相当苦労しそうですね。ブログを読んで頂いている方には分かると思いますが……次編……登場人物がむちゃくちゃ多いですっ!! そのため、設定資料がいつもよりも増し増しに……あんな長い設定資料を作ったのは初めてだよ~。

 まあ、それだけに、次編は今までよりも、かなり長く、そして濃い内容となるかもしれませんから覚悟しておいてくださいね……主に私がっ!!!!

 いやね、もう設定資料とかプロットとかを見たくないほど、作り込んだワケですよ、これが。自分で作っておいてなんですが、少しうんざりするぐらい設定資料とプロットが凄い事になってます。そのうえ、あの方々の再登場や新たなる人達の登場により、いよいよ物語が動き始める……って、感じなんですけどね。……その方々の設定資料を見ると……改めて多いな~、とか思っちゃうんですよ。

 まあ、そんな訳で、そんな感じで猛進跋扈編が次回から始まるわけですよ。これがっ!!!! そんな訳で、次回はかなりの長さになるうと今から決まってると思われる猛進跋扈編ですがっ!! 猛進跋扈編も最後まで付き合ってくれると嬉しいです。

 と、まあ、これ以上は書いてても愚痴しか出そうもないので、そろそろ締めますね。まあ、一応、次回予告もやった事だしね。という事で。

 ここまで読んでくださり、ありがとうございます。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想もお待ちしております。

 以上、猛進跋扈編……これの読み方が分からない人には、いつものように次回に発表しますね~。と、相変わらず意味が有るのか、無いのか分からない四文字熟語を使う葵夢幻でした~。

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