第百四十八話 命尽きるまで
一撃、その一撃に自分の命、そして春澄の命を乗せてツインクテラミノアを振るうアルビータ。だが、フレト達が繰り出してくる連携攻撃は完璧とは言えないまでも、かなり苦戦するアルビータだった。それでもフレト陣営で戦っているシエラ達に痛撃を加えているのも確かだが、落とすためのトドメになる一撃を入れられないのも確かだった。
それは数の問題だけではない。アルビータが振るう渾身の一撃が入れば、シエラ達ですらも一人ずつではあるが倒す事も出来ただろう。だが、攻撃の前線となっている琴未とミリア、その後ろで自由自在に動いてみせる閃華とラクトリー。そして上空いるシエラとレットは完全にフォローに周っているために、どんな攻撃でもシエラとレットによって避けられてしまう。正確には言えば攻撃が当たる前に腕なり首なりを掴んで、攻撃が届かない場所にまで退避させる。そんなシエラ達のフォローあるために、アルビータの攻撃はなかなか当たらなかったのだが、その衝撃だけでも、それなりにダメージを与える事が出来た。
そして、そんなアルビータが一番目に厄介と感じていたのが半蔵だった。半蔵も最終局面だからこそ今まで以上の動きを見せている。空間移動のフェイント、空間投影の分身、ありとあらゆる手段でアルビータに無駄な動きをさせるのだった。だが、半蔵を無視しては半蔵から本当の攻撃が来た時に対処が出来ない。だからこそ、アルビータは緩急を付けた半蔵の動きにほんろうされながらも半蔵の動きに惑わされないようにしていたのだ。
つまり、一番前で攻撃だけに集中している琴未とミリア、その後ろで攻撃と前に居る二人のフォローやアルビータに対する牽制と攻撃をする閃華とラクトリー。そして完全に攻撃をせずにフォローに周っているシエラにレットに半蔵。これだけの連携陣形を崩すのは、さすがのアルビータも一人では無理だと感じざるえない。それでも、アルビータはしっかりと感じていた、自分の中にある春澄の命が残り少ない事を。だからこそ、アルビータは全力を尽くしてシエラ達と戦うのだった。
そんな前線での戦いを後ろで指揮しているフレト。そこでも前線以上に忙しさと戦っていた。なにしろ左右からは前線での状況とアルビータの動きに対しての情報が次々と上がってくるのだから、、フレトはそれらの情報を整理しながらも、前線で戦っているシエラ達に指示を出さなければいけない。
前線での動きが激しくなっているだけに、フレトの元へ、上がってくる情報量もかなりの量になり、それらをまとめながらも、フレトに伝える咲耶と与凪、それでも情報が整理しきれていないから、フレトは自分自身でも多少は情報整理して判断を下すのだった。
そして……前線での戦いは更に激化して行くのだった。
事がここまで至ったからこそ、もう相手の隙や動きに注意を払う必要が無い。なにしろフォローはシエラ達がやってくれているのだから。そんな状況だからこそ、琴未とミリアは周りを見ずに、ただアルビータだけを見て攻撃を繰り出して行くのだった。間断的に攻撃を繰り出してくる琴未とミリア。それでも、アルビータは琴未の方を中心に防御をしつつ反撃を狙う。さすがに、ここでは経験の差が出たのだろう。やはり、属性をまったく使わない攻撃では、琴未の方が攻撃の鋭さと威力が違ってくる。それが分っているからこそ、琴未の攻撃に注意を払いつつも力任せに反撃に出るアルビータ。
雷閃刀とハルバートを同時に受け止めると、そこから力任せに二人を弾き飛ばそうとするが、琴未は上手く勢いを殺して、後ろに飛ばされながらも自力で着地できた。だが、ミリアは完全に吹き飛ばされしまった。そんなミリアに注意を払っていたのだろう。すぐにシエラが上空から降下してミリアを受け止めると、勢いを殺してミリアにも着地させるとシエラはすぐに上空へと舞い戻る。
その間にもアルビータは近くに居る琴未に向かってツインクテラミノアを振るうのだが、それと同時に閃華とラクトリーが突撃を掛けてくる。だが、アルビータは攻撃を中断しなかった。そして琴未も攻撃を受け止められない事は分っているから、更に後方に退く。そうなると完全にアルビータの背中はガラ空きになるのだが、命の提供が与えた力なのだろう。アルビータはツインクテラミノアが地面に突き刺さると、そのまま地面を削りながら反転、後ろから突撃を掛けてきた閃華とラクトリーに、そのままツインクテラミノアを振り上げるのである。
そんなアルビータの反撃に閃華とラクトリーには土砂と衝撃波が襲い掛かるが、二人とも幾つもの戦場を戦い抜いてきた事だけはある。だから、アルビータの反撃を上手く避ける二人だが、アルビータにとっては、ここで閃華とラクトリーに向かって更に追撃を掛けたいところだが、とっさに後ろから殺気を感じて、アルビータはツインクテラミノアの片方をそちらに振るうが、両刃斧は空を斬るだけだった。
そして、先程の殺気を仕掛けた者である半蔵は既に安全圏にまで退いていた。ここはさすがと言えるだろう。アルビータにこれ以上の攻撃をさせないために、アルビータの動きを止めつつ、牽制しながら無駄な時間を使わせたのだ。だからこそ、その間に再び琴未とミリアが突撃を掛ける。
だが、このまま攻撃しても、通る可能性は低いだろう。だからこそ、琴未はあえてミリアの歩調からワンテンポだけ下げるのだった。そうすれば、ミリアが先にアルビータに到達して攻撃を仕掛ける事になる。だからこそ、ミリアは最初の一撃に全力を込めてアースシールドハルバードを振るう。
その攻撃は予想通りと言うべきか、ツインクテラミノアの片方でミリアの一撃は完全に防がれてしまった。そして、アルビータはすぐに琴未の方に注意を向ける。やはり、アルビータはこの状況では琴未が攻撃の要だという事は分っているようだ。それは琴未も充分に分っており、アルビータが自分に対して警戒している事も分っている。それでも琴未はアルビータに対して、一気に勝負に出る形で攻撃を仕掛ける。
雷閃刀の切っ先を地面に対してギリギリまで下げながら突撃を仕掛ける琴未。そんな琴未に対してアルビータはツインクテラミノアの片方を振り上げ、そのまま力任せに振り下ろそうとする……のだが。
―新螺幻刀流 嵐崩し―
アルビータがツインクテラミノアを振り上げる直前に軽く飛び上がり、膝を折る琴未。そんな琴未がアルビータがツインクテラミノアを振り下ろすのと同時に琴未が勢い良く跳び上がる。なにしろ、振り下ろしたばかりのツインクテラミノアに対して、琴未は充分に力を溜めてからツインクテラミノアに向かって跳び上がったのである。
そのため、雷閃刀とツインクテラミノアがぶつかり合うとアルビータの腕に衝撃が走る。琴未としては、このままツインクテラミノアだけをアルビータの手から弾き飛ばそうとした攻撃である。だからこそアルビータは自分の手から抜けそうなツインクテラミノアを必死になって握り締めるのだった。
さすがに振り下ろしたばかりの初動では、アルビータの攻撃も威力はほとんどなく、琴未でもツインクテラミノアを弾き飛ばせそうな程の攻撃が出来たのだ。
けれども、アルビータとしては今の状態で琴未にかまっている時間は無かった。なにしろ、琴未達の攻撃を予想して閃華とラクトリーが既に突撃を掛けているからだ。だからこそ、アルビータも自分の手から弾き飛ばされそうな片方の両刃斧を血が出るまで握り締め、もう片方の両刃斧でミリアを弾き飛ばすと、そのまま閃華達の方へと向けるのだった。
普通ならば、自分の方へ突き出された武器に対して警戒をして動きを止めるだろう。だが、閃華とラクトリーはアルビータの動きが二人の動きを封じる牽制だと分っている。だからこそ、閃華はあえて、突き出されたツインクテラミノアに突っ込んで行き、ラクトリーはミリアのフォローに入る。
琴未が時間を稼いでいる間にと、閃華は突き出されたツインクテラミノアの刃を一気に飛び越えて、更に柄を踏み台にすると、そのままアルビータの首を目掛けて方天戟を振るう。この状況にさすがのアルビータも焦ると思ったのだが、アルビータは命の活性を一瞬で出せる最大限の力を出す。
そのため、琴未に抑え付けられていた、もう片方のツインクテラミノアが琴未ごと振りかざして、迫ってくる閃華に琴未をぶつける形で、何とか閃華の突撃を防いだのだが、その直後に脇腹に痛みが走った。どうやら琴未達を対処するので精一杯だったのだろう、攻撃を入れてきたミリアには気付かなかったようだ。そして、そのミリアはというと……地面に顔を突っ込む形で動きが止まっていたのだ。
何があったのかというと、ミリアが弾き飛ばされた時、すぐにミリアのフォローに周ったラクトリーがミリアの腕を掴むと、その勢いを利用するために片足を軸にして一回転、そしてミリアをアルビータに向かって投げたのだ。
まさか、こんな事をされるとは思ってはいなかったミリアだが、ここで攻撃をすれば確実に通ると判断したようだ。なにしろ、アルビータが持っているツインクテラミノアは両方とも琴未と閃華に対して使われていたのだ。つまり、砲弾のように飛ばされたミリアを防ぐ手段は無い。だからこそミリアはアルビータの後ろを通り過ぎる前に脇腹に一閃を入れたのだ。その後はシエラが受け止めてくれるだろうと思っていたミリアだが、シエラのフォローは無く、そのまま無様に顔面から地面に着地する事になってしまったのだ。
まあ、ミリアらしいと言えばらしいが。そこ頃のシエラは既に琴未達のフォローに入っており、シエラが飛ばされてきた琴未と閃華を受け止めるだけで精一杯で、その間にレットがアルビータの直上から攻撃を入れていたのだ。そのため、誰もミリアを受け止める事は出来ず、ミリアにとっては不幸な出来事になってしまったというワケだ。
だが、いつまでも寝てられないと、ミリアが顔を上げた時にはレットは既に上空に退避するのと同時にラクトリーが再突撃を仕掛けていた。
ラクトリーもどちらかと言えば属性攻撃を得意としている精霊である。だからこそ、武器だけの戦いでは不利があると感じたからこそ、あえて大振りな攻撃は控えて、連続で刺突を放つ事にした。それでも、アルビータは時には避け、時には受け流し、ラクトリーの攻撃を凌いでいた。けれどもラクトリーが放つ刺突は素早く、アルビータは反撃に出辛い状況になっていた。
そんなラクトリーの素早い攻撃が行われている時だった。またしてもアルビータは背後に気配を感じる。だが、ラクトリーの攻撃を避けながら対処するだけの事は出来ない。だからこそアルビータは思い切った行動に出たのだ。
なんと、後ろに姿を現した半蔵に対して、そのまま体当たりをするかのように背中をぶつけてきたのだ。確かに、これならラクトリーから距離を取るのと同時に半蔵に対しても対処が出来るようだ。そして、この行動が一番功を成したのが、半蔵の虚を付く事が出来たという事だ。
もし、少しでもアルビータの判断が遅ければ半蔵から一撃を喰らいながらも、後退していただろう。だが、アルビータの判断は素早く、半蔵を背中で押し流すように後退したのだ。半蔵も、そこまでは予想できてはいなかったのだろう。それはフレトも同じであり、指示を出したは良いが、まさか、こんな反撃が来るとは思っていなかった。そのため、アルビータは後退した時には半蔵は弾き飛ばされ、ラクトリーは追撃を仕掛けるか迷ってしまった。
それはラクトリーの攻撃が時間稼ぎであり、琴未達が体勢を立て直すまでの攻撃だったからだ。そのため、アルビータへの追撃を迷ってしまったのだ。それはフレトも同じであり、ラクトリー一人でアルビータを追い詰める事は出来ないと判断を下すまで時間が掛かってしまった。それも仕方ないだろう。なにしろ、不意打ちの切り札である半蔵が、あのような形でダメージを喰らいつつ、弾き飛ばされて、更に動きを無効化されるとは思ってもみなかったからだ。
それでも、当初の目的である、琴未達が体勢を立て直す時間を得る事は出来た。ならばと、フレトは決断するのだった。
ラクトリーはクレセントアクスを構えながらも時を待ち、閃華と琴未が左右に並ぶと一斉に駆け出した。それと同時に上空からシエラとレットも、完全にアルビータの上を取り、琴未達の動きに合わせて急降下する。更には別方向からミリアも単独で突撃を開始した。
そう、同時多重攻撃。これがフレトが次に考えた作戦だった。アルビータも先程の攻撃では後ろに退がるしかなかった。つまり、今のアルビータは少しだけ動きが鈍くなっている。与凪の報告から、そんな判断を下したフレトが決断した一手である。フレトも度重なる攻撃とダメージでアルビータの動きが鈍くなったと思ったようだ。そして、その作戦が一気に前線メンバーの頭を駆け抜けると、お互いの動きをみながら同時に攻撃を仕掛けるのだった。
各々が一気にアルビータに迫った時だった。アルビータも迎撃のためにツインクテラミノアを思いっきり振り上げる。この体勢なら地面を破壊して地上戦力を足止めして、上空の攻撃に備えるのだろう。フレトはそう考えていた。それでも、ここまでの同時多重攻撃である、攻撃が通る可能性は大きかった。
そしてシエラ達が同時に距離を詰めた……その時だった。それは突然にして訪れた。
閃華の方天戟とラクトリーのクレセントアクスがアルビータの腹を突き刺し、琴未の斬撃がアルビータの右肩を斬り付け、ミリアのハルバードが右の横腹へと突き刺さる。それと同時にアルビータの背中をシエラのクレイモアとレットのトライデントが斬り裂いた。まるで今までの動きが嘘だったかのように、アルビータの動きは人形のように止まってしまったのだ。突然の事で驚きを示す前線メンバー、それはフレト達も同じだった。それから閃華の声が響く。
「みな、武器を退くんじゃっ!」
自らも方天戟をアルビータの腹から引き抜くと、ラクトリーもクレセントアクスを引き抜き、ミリアも二人同じように武器を引く。それと同時に琴未は距離を取り、シエラとレットも距離を取って着地する。そんな光景を目にしてフレトは驚きを隠せず、ただ与凪に尋ねるだけだった。
「これは……いったい、どうなってるんだ?」
そんなフレトの問い掛けに与凪は顔を伏せて何も答えなかった。その代わりに今まで使っていたモニターとキーボードを全て消し去る。それだけでも分かるというものだろう。けど、フレトには信じる事が出来ずに、咲耶の方に振り向くと、咲耶も黙って首を横に振るだけだった。そして……次の瞬間にはフレトはアルビータに向かって駆け出していた。
「マスター……」
フレトの姿を確認したラクトリーが道を空けるかのように移動すると、フレトは真っ先にアルビータの前に立つのだった。そんな時だった、突如としてアルビータがフレトに向かってツインクテラミノアを一気に振り上げる。
だが……振り上げただけで終わってしまった。後はアルビータの手から滑り落ちるように地面へと突き刺さるツインクテラミノア。それからアルビータは満足したような顔でフレトに話し掛けるのだった。
「少年……貴殿の勝ちだ」
「なっ!」
思いも寄らなかった突然の敗北宣言をするアルビータ。その事にフレトは驚き、そして納得が行かなかった。
「ふざけるなっ! こんな終わり方があってたまるかっ! 俺は……まだ、お前を倒してはいないっ! それなのに俺達の勝ちだと、そんな事があってたまるかっ!」
そんなフレトの言葉を聞いて、アルビータは今までフレト達には見せなかった、優しい微笑をフレトに向けると、満足したように天を仰ぐ。そしてアルビータは言うのだった。
「だが、主である春澄から受けた命の提供は使い果たした。最早、私に貴殿達と対等に戦うだけの力は残されてはいない。春澄の命を、そして……私の命を使い果たした時点で、少年、貴殿の勝ちは決まっていたのだ」
「それは……既に命の提供が使えないという事か」
「あぁ、私の命も、主である春澄の命も、もうすぐ終焉を迎える。それは我々が待っていた時であり、目指していた時でもあった。だから……既に命の炎が消えようとしている、私に戦うだけの力は残っては無い。だから少年、貴殿には感謝する。最後にこの時を、この戦いで命の炎を限りなく燃やして戦った、この時こそ……私が望んだ戦いだから、私は満足だ」
「だがっ! ……」
やはりフレトには納得が行かない部分があるのだろう。それはアルビータから完璧な勝利を得る事が出来なかったという事だ。それでも、アルビータは満足だと言ってくれたのだ。この最後になった戦い、アルビータにとっては勝敗などはどうでも良い事なのだ。肝心なのは自分が本気で戦えた事、命の炎を燃やして戦いつくした事、それが一番重要なのだ。
フレトにも、それが分っているのだろう。だからこそ、それ以上は何も言えなかった。いや、言いたい事は沢山あるだろう。けど、言ってはいけないと思ったのだろう。それは戦いを通してフレトも感じた、戦いの中にある矜持である。フレトもアルビータと本気で戦ったからこそ、そんなアルビータの気持ちが理解できたのかもしれない。
それは前線で戦っていたシエラ達も同じだ。今では全員、武器を引いて、二人を見守っている。その中でアルビータはフレトに向かって最後の願いを言うのだった。
「さあ、少年よ。貴殿の手で私にトドメを刺せ。私に戦いの中で消えて行くという誉をくれ、それこそが……私の、最後になる望みだ。戦いの中で生きると決めた時から決まっている終わりだ。さあ、少年よ、いや、フレトよっ! 私にトドメを刺せっ! 精霊として、戦いに生きる者として、名誉ある最後をくれっ!」
「…………」
アルビータの言葉を聞いて、フレトは、もう語る事は無いと悟ったのだろう。だからこそ、最後の行動へと出る。
「……マスターランス」
フレトの手元が光ると、その光はすぐにマスターランスの形状になり、光の中から現れたマスターランスをフレトがしっかりと握ると、光はすぐに消え、元の夜に戻っていく。そしてフレトはマスターランスをアルビータに向かって構えるのだった。
「これで終われる」
そんな声が聞こえるのと同時にフレトは思いっきりマスターランスをアルビータの胸に向かって突き刺て、そのままアルビータを貫いた。マスターランスが完全にアルビータを貫いた事により、普通ならば精霊も人間に近い形で具現化しているから血が噴出すのだが、マスターランスが貫いたところからは、淡い光の玉が少しずつ噴出していた。
これが……精霊の最後なのだな。フレトはアルビータの最後を目にして、そう感じ取った。光の玉が増えて、ドンドンと天に向かって行くにつれて、アルビータの身体は少しずつ消えて行くのだった。
「アルビータは……満足、だったのかな?」
昇の腕に抱かれ、春澄は弱弱しい声で昇に尋ねながらアルビータの最後を見ていた。そんな春澄の姿に昇は涙を流しそうになるが、涙を堪えて春澄をしっかりと抱きしめて言うのだった。
「うん、満足だったと思うよ。最後の最後まで……自分の願いを貫くために、命尽きるまで、命の炎を燃やしたんだから……だから、満足だったと思うよ」
「そっか、なら……良いかな」
弱弱しい春澄の声に昇は春澄の顔を見るが、春澄は眠そうな顔をしているが、その顔からは生気がほとんど無いと分かるほど、春澄の顔から色が消えていくように昇には見えた。そんな春澄を少しでも、なるべく長くと願いながら、春澄を抱きしめる昇。
そんな昇の頬にふと春澄の手が触れてくる。そして春澄は弱弱しい微笑で言うのだった。
「私も……満足だったよ。最後に……昇さんと、出会えて。ちょっとだけど、シエラさんや琴未さん、皆と……楽しい時間を過して、最後には昇さんからプロポーズされて。だから……私が……もう、願う事は無いかな」
「まだっ!」
少しでも抵抗したいのか、それとも自分の為なのか、春澄の為なのか、または素直な気持ちなのか、既に昇は自分の心で思っている事すら分からなかった。けど、少しでも春澄と一緒に居たい、最後の最後まで、その最後を少しでも伸ばせるなら伸ばせるだけのばしたい。だから、昇は涙を浮かべながらも春澄に微笑みながら言葉を告げる。
「まだ時間はあるよ。だから、もう少しぐらいは春澄ちゃんに付き合う事も出来るし、お願いだって聞くよ。だから、もう少しだけ、楽しい時間を過ごそうよ」
そんな昇の言葉を聞いて、春澄は昇の胸に頭を付けながらも首を横に振るのだった。
「もう時間は無いよ。アルビータが消えた今、私に、残されてる命は、火の粉程度だよ。でも……そう、言ってもらえて、嬉しいよ」
「……春澄ちゃん」
「なら、最後に我が侭を……言っちゃおうかな」
「うん、何でも聞いちゃうよっ!」
春澄の言葉に、まるで希望を見出したかに声を上げる昇。だが、昇も心でも、頭でも、分っているのだ。もう、時間が無い事を、春澄に残された時間は残り少なく、今にでも消えてしまいそうな事を。
そんな春澄が昇の温もりを確かめるように昇の手を取ると、しっかりと昇に顔を向けて、そして微笑みながら言うのだった。
「生きて」
「……えっ?」
「私は……他の人に……比べたら、短い時間しか生きられなかったけど、でも……振り返ると後悔しない一生だった。だから……昇さんには……私の分まで生きて。そして……昇さんにも……振り返っても、後悔しないような……そんな生き方を、して欲しいかな」
そんな春澄の言葉に昇は言葉で答える事が出来ず、いや、正確には春澄の言葉に肯定的な言葉で答える事が出来なかったのだろう。だからこそ、昇は春澄を思いっきり抱きしめて、春澄の言葉を一つでも聞けるように、春澄を抱き寄せて、肩に顔を乗せてあげるのだった。
そんな春澄に対して、どんな風に答えて良いのかと、迷う昇。そして、春澄は弱弱しく、昇には見えないが、少しだけ意地悪な笑みを浮かべながら言うのだった。
「これが私の……本当に、最後の我が侭。今までは……自分の事ばかり、だったけど、最後だけは……好きになった人に……大好きな人の為に……我が侭を、言いたいかな。ずっと……迷惑だけしか……かける事しか出来なかった……そんな、私が……最後に言う……我が侭は……迷惑を掛けてきた……人達に……言いたいから」
「僕は春澄ちゃんの事を迷惑だなんて思って無いよ。それはシエラ達だって同じだよ。僕達は……春澄ちゃんと友達になれた。こんな戦いをしても、友達になれたはずだよ。だから、僕達は迷惑とは思わない。ずっと……春澄ちゃんと友達だし、僕は春澄ちゃんの婚約者かな。だから」
「うん、分ってる。でも……私が、迷惑を掛けた、そんな風に……思ってるから、しょうがないよね。だから……最後の我が侭は、私が迷惑を掛けた、私を助けて、そして好きになって、くれた人に……言いたいの。それが……私が、皆に……唯一……出来る事だから」
「春澄ちゃん……」
昇はそれ以上の事は何も言えなかった。それが……本当に春澄が願っている事だと分かったから。
春澄は生まれてから、ずっと人に助けられて生きてきた。けど、そんな春澄の人生も、今、終わりを迎えようとしている。そんな終焉を見ながらも、春澄は最後に自分のためではなく、今まで自分を支えてくれた人に我が侭を言いたいのだろう。
今までは自分勝手に生きてきたけど……ありがとう、と。
それは春澄なりの感謝なのだ。それを最後の我が侭として昇に伝えたのだ。昇なら、今まで迷惑を、いや、世話になった人達に、自分が思った、最後に思う事が出来た、本当の気持ちを伝えてくれると信じたからだ。だからこそ、春澄は最後の我が侭に言ったのだ「生きて」と
たった、それだけの言葉。けど昇にとっては、とても重く、大切な言葉に思えた。だからこそ、昇も春澄に伝えなければいけない。その言葉が本当に大切で、春澄の気持ちが全てこもった言葉だったからだ。
「分かったよ、僕は……僕達は春澄ちゃんの分まで生きるよ。振り返っても後悔しない、自分の意思を貫けるように、強い気持ちを持ちながら生きてくよ。僕は、後どれくらい生きられるなんて分からないけど、だからこそ、春澄ちゃんの気持ちを受け継いで生きてくよ。それが……最後に言った春澄ちゃんの我が侭だから、聞かないワケにはいかないよね」
「……うん」
昇の答えに春澄は短く答えるだけだった。けど、その返事には春澄の気持ちが、感謝の気持ちが込められてると昇には分かった。だからこそ、昇は涙を流しながらも、しっかりと春澄を抱きしめる。最後の時まで、しっかりと春澄の温もりを感じて、ずっと覚えているために。
そんな時だった。ふと春澄の手が昇の頬に触ると、春澄は少しだけ昇から離れて、しっかりと昇を見詰める。そんな春澄の顔は、しっかりと微笑んでいた。そんな春澄の微笑を見て、昇は春澄の気持ちが分かったのだろう。だからこそ、昇もしっかりと春澄を見詰める。
そして春澄は微笑みながら、今までには無いくらい幸せそうに言うのだった。
「泣いて……くれてるんだよね……私の、ために。だから……ちょっとだけ、嬉しいな。こんな……私でも……思ってくれる人が居る、悲しんでくれる人が居る。遅いかもしれないけど……それが分かっただけでも……私は、自分が……幸せだったと……思えるよ。お父さんと……お母さんは……分からないけど……施設の人は、私に……優しかった。だから……その人達と……昇さんが……泣いてくれるなら、私は……本当に、幸せだよ。これだけは……心の底から、言える、本当の……言葉……だから」
「うん、僕だけじゃない、シエラも琴未も、春澄ちゃんの為に泣いてくれると思うよ。だって、あれだけ仲良くなったんだから、もう友達だよ。だから、春澄ちゃんは自分で思っている以上に幸せなんだよ」
そうか……僕は……それを伝えないといけなかったんだ。ここに至って、やっと自分がやるべき事に気付いた昇。だが……それをやるには遅すぎた。既に戦いの運命は終端を向かえ、春澄に残っているのは火の粉程度だけの命。そんな短い時間しか春澄には残されてはいない。だからこそ、昇は残された時間の中で出来る限りの事を春澄に伝える。
「春澄ちゃんは無為な日々を過ごしてきたんじゃない。アルビータさんと出会う前も、嬉しい事や楽しい事があったはずなんだ。分からないのなら、それに気付いていないだけ。それに気付けなかった事は悲しい事かもしれないけど、今の僕ならしっかりと言えるよ。春澄ちゃんは、本当に幸せな人生を歩んできたって。無駄な時間なんて一つも無い、迷って苦しんだかもしれない。けど、それ以上に幸せな時間を過ごしてきた。僕もそうだけど、ほとんどの人が、そんな時間に気付かないで過ごしてる。そこは春澄ちゃんも同じだよ。春澄ちゃんも気付かなかっただけで、本当に幸せな時間を過ごしてきた。これだけは僕が保障するよ」
「そう……なのかな」
「うん、そうだよ」
「だったら……嬉しいかな。私は……幸せだったんだね。そっか……そう、言われれば……そうかもしれない。でも……私は、自分で決めた……戦いの運命……その選択を、後悔するつもりはない。たとえ……私が……施設で幸せな……暮らしをしたとしても、私は……アルビータと出会って、戦いの運命を選んだ。それから……過ごしてきた……時間も、本当に……幸せだった……時間だったから」
「そうだね、僕も春澄ちゃんの選択が間違ったとは言わないよ。春澄ちゃんが幸せな暮らしをしてたとしても、アルビータさんと出会ったら同じ事をしてたかもしれないし、だから、僕は春澄ちゃんが間違ってるとは言わない。ただ、ちょっとだけ周りの事に気付けなかっただけだよ。だけど、その中で春澄ちゃんが命の限り生きた事は確かだよ。その命は人より短いかもしれないけど、春澄ちゃんが言うとおりに、その短い人生で春澄ちゃんは命の炎を燃やし、命の限り生きてきた。それは、ここにある事実だから」
「うん、ありがとう……昇さん」
突如として春澄が再び昇に寄り掛かると昇は春澄をしっかりと抱きしめる。そんな春澄がどこを見ているのかは分からないけど、しっかりと言葉を口にした。
「海が……見える」
「海?」
「うん、私が……逝くべき、帰るべき、場所なのかな。アルビータも……海に帰って逝った。河の流れが、海に流れ着くように、私も……そこに帰るのかな」
「春澄ちゃん……」
「もう……良いかな。凄く……眠い、だから……寝て良いよね。私も……アルビータが逝った、海に……逝くから。だから、もう……眠っても、良いよね」
「……うん」
本当はそんな事は言いたくは無かった、無理をしてでも春澄を起こそうかと思った、でも……それが、もう無意味だとい現実は昇の目の前にあるから。それはどんなに否定しても、拒否できない現実。春澄達が望んだ終焉、その終端が目の前に来ている。そんな状況だというのに、誰が春澄の言葉を否定できるだろうか。
それは春澄が自分で選び、アルビータと共に歩いた終焉に続く道。そのゴールが、終端が、目の前に迫ってきてる。それを前にして、もう……昇に出来る事は無い。後はただ、このまま春澄を抱きながら最後を迎えるだけ。戦いの運命に……終端を迎えるだけである。そう……ただ、それだけ。
そんな春澄が微かな声で昇に伝える。
―最後まで、ありがとう―
その瞬間、春澄の身体から力が抜け落ち、人形のように昇に倒れてくるだけである。昇はそんな春澄をしっかりと抱き寄せると春澄の顔を目にする。春澄の顔は、まるで楽しい夢を見ているみたいに眠っているようだった。けど、昇がどれだけ春澄の名前を呼んでも、どれだけ抱きしめても春澄は返事を返さない。
分っていた。この終端が来る事は分っていた。けど、何で受け入られるだろう、どうすれば、信じられるのだろう。その答えが出ないままに昇は叫ぶ。
「うああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな昇が精界内に響き渡り、戦いの運命に終端が訪れた事を告げる。
春澄もアルビータも、河の流れのように続いた日々に終わりを告げる事が出来た。途中で引っ掛かり、ただ河の流れを見るだけの日々は終末を向かえて、今、二人は河の流れに沿って大海に出たのである。どんなに途中で引っ掛かろうとも、最後には河が大海に出るかのように。
さてさて、そんな訳で……今回は何も語らずに終わりましょう。
以上、葵夢幻でした。