第百四十五話 戦いの中にある矜持
命の精霊とは特別な存在、いや、許されざる存在でもあるかもしれない。それは古代技術によって作り出された精霊王。その精霊王が生み出してきた精霊達。その精霊達も命という生命機関を有しているからこそ、精霊にとっても命は大事な物と言えるだろう。
それに精霊には繁殖能力はあるが、その本能は無い。つまり、精霊王に作り出された存在だからこそ、命を次に繋げるという本能が無いのだ。全ての精霊は精霊王から生み出されているのだから。
だが、その精霊王でさえも無尽蔵に精霊を生み出せるワケでは無い。生み出せる精霊に限りがあるからには、いや、限りがあるからこそ、精霊達は命を大事にし、死ぬという概念を持たないように不老長寿を手にした存在となった。そんな精霊達が戦う争奪戦だからこそ、精霊は死なずに、そして契約者も死なないようになっている。
全ては……命という物を尊き存在と精霊王が認識しているからである。だからこそ、争奪戦では死という概念を無視した戦いが行われているのである。精霊も契約者も……死なないと思っているからこそ全力で戦える。それは戦闘を激化させる要因となっているのかもしれないが、そんな戦いを勝ち残った者が精霊王の器、エレメンタルロードテナーに相応しいとされているからである。
なら、精霊は絶対に死なないのか。そんな疑問が湧き出たのなら否である。精霊も特定の条件下では死ぬ事もある。そのほとんどが自らの意思で死を求める事が多い。だが、そんな精霊は今まで生きてきた中で充分に役目を果たしたと感じたからこそ、自ら死を求めるのだ。精霊にとっては、それが普通だった。
なら命の精霊はどうだろう。命の精霊は特別な存在。人間にとって精霊が特別な存在と思えるように、精霊にとっても命の精霊は特別な存在なのだ。つまり、命の精霊は精霊でありながらも精霊達との共存が出来ないのである。
それは精霊も命という存在を維持する能力を持っているからだ。だからこそ、命の精霊は同じ精霊世界に居る精霊達とも触れ合う事が出来ない。それどころか、命の精霊は精霊世界に関与が出来ない。ただ見ているだけである。そう、それは精霊が人間世界を見るかのように。
特別たる命の精霊。その特別たる存在だからこそ、同じ精霊でも命の精霊は隔離されるように精霊世界から切り離され、命の精霊だけが存在できる世界を作り出してしまった。それは人間も精霊も同じく命という存在を感じる事は出来るが、見たり聞いたりする事が出来ないからだ。だからこそ、命の精霊も命という存在と同じように、人間からも精霊からも見たり聞いたりする事が出来ない存在となってしまった。
そんな隔離された世界でアルビータは一人で数え切れないぐらいの昼と夜を過ごしてきた……たった一人で。そんなアルビータも争奪戦にだけは参加が出来る事だけは知っていた。そう、争奪戦の時だけは特別な存在となっている命の精霊である、アルビータも他の精霊と同じように契約者を選び、争奪戦へと身を投じた。
初めて触れ合う精霊や人間、最初は楽しい事ばかりだった。だが、その考えはすぐに変わる事になる。それは契約者が命の精霊である、アルビータの能力を使って、不老長寿を手にしようとしたからである。
戦いの最中、相手を倒すのは当然の事。だが、争奪戦では相手を殺す事が出来ないのが普通であった。だが、アルビータと契約した契約者が発揮する能力は人を狂わすのには充分だった。命の強奪で相手が死ぬまで命を奪い、自分の命を延命させた。そして、争奪戦が終わっても、契約者は自分の命を永らえる行為を止めようとはしなかった。
争奪戦が終わっても契約者と精霊との関係は変わらない。ただ、契約者が死ぬか、契約の解除を口にしない限りは契約者と精霊は常に共にある。だからこそ、アルビータが一番最初に契約した主は争奪戦が終わっても、契約者狩りと称して契約者との戦いを続け、勝ち続けて、相手の命を奪って自分の物にして行った。
そんな事態に、当時にエレメンタルロードテナーが黙って見ているワケがなかった。当時のエレメンタルロードテナーは討伐隊と称して契約者と精霊を集めた。そんなエレメンタルロードテナーの呼び掛けに沢山の契約者と精霊が殺到する事になる。皆、分っていたのだ。次に狙われるのは自分であってもおかしくは無いという事を。
そんな状況にアルビータは悲壮感を覚えながらも、何度も契約者を説得しようとしたが、契約者の暴走を止める事は出来なかった。誰だって、相手を殺す事で自分が永遠に生きられるなら、誰だって殺す事にちゅうちょはしないだろう。そんな契約者の下にエレメンタルロードテナーが自分を殺すために討伐隊を組織した事を知る事となる。
相手はエレメンタルロードテナー、争奪戦で最も強き者であり、その配下には続々と契約者と精霊が集っているのである。故にアルビータは契約者と共に逃げ回る事になってしまった。だが、そんな逃亡生活がいつまでも続くワケがなかった。なにしろ、多くの契約者と精霊がアルビータと、その契約者を探し回っているのだから。だからアルビータ達が見付かるまで十日とも掛からなかった。
そして……エレメンタルロードテナーの手によって、最初の契約者は殺され、命を落としたのであった。それが最初の争奪戦が終わった後で行われた出来事だった。
アルビータも主たる契約者が悪い事は充分に分っていた。だからこそ、二度目の争奪戦では、決して相手を殺そうとはしない。強き志を持った者を主として選んだ。
だが、アルビータの能力は、そんな主でさえも変えてしまう。人は歳を取れば老いて行く、誰も、その運命には抗えない。だが、アルビータの能力なら、その運命に打ち勝つ事が出来る。だからこそ、二度目の主も争奪戦が終わって数十年後に同じ契約者狩りを始めてしまった。
そんな二人の契約者を見て、アルビータはやっと気付くのであった。自分自身の能力が人を変えると、どんなに立派な人間でも老いて行く、自分を目に知れば命を求めると。故に、それ以降、アルビータが争奪戦に参加する事は無かった。
その後はアルビータにとって無為な日々が続いた。まるで、流れ続ける河のように、ただ世界を見つける日々、何も出来ない日々。そんな、目的も理想も意思さえも分からなくなってしまったアルビータは、ただただ、世界を見ながら存在している。たった、それだけの存在となってしまったのだ。
そして、そんな無為な生活は長きに亘って続いた。流れ続ける大河のように、ただ、流れに身を任せ、その場に居続けた。決して流れが絶える事が無い……河のように。
なんとも楽しい時か。アルビータの中にはそんな想いが生まれていた。無為な日々は春澄との出会いで終わりを告げた。そんなアルビータにとって、最も幸福と言える時は今なのかもしれない。それだけアルビータは充実感を身に感じていた。
それは春澄の命を全て背負っているからこそ、感じる事が出来た、最高の時なのかもしれない。今までの契約者は自分の命に拘って、自らの命を永らえる事を選んできた。だが、春澄は自分の命を削り、人生という道に色鮮やかな華を添えてきた。そんな春澄の命をアルビータは感じながら、精霊としての本分。主である春澄の為に戦える、春澄の命を使っているからこそ、アルビータは最後の戦いに身が振るえるほどの充実感があったのだろう。
それでも、戦いは始まったばかりである。先程は琴未によって確実にダメージを入れられてしまったが、その事でアルビータも気付いたようだ。そう、フレト達が使っているストケシアシステムを。
かといって、ストケシアシステムを見破ったワケではない。ただ、フレトが後方に位置を取っており、戦いに参加して来ない事が妙だとアルビータは思ったのだ。なにしろフレトとアルビータは一度だけだが戦っている。だからこそ、アルビータはフレトが自ら前線に立つタイプの契約者だと思っていたが、今回の戦いでは一度も前線には出てこずに後ろで何かをしている。その事だけでも、アルビータにはいくらかの察しが付くというものだ。そんなアルビータが思考を巡らす。
あの少年は前線で自らも戦う事を基礎としていると思ったが、今回はそれをしてこず、前回以上に精霊達の動きが合っている。確実に少年が後ろで何かをしている事は確かだろう。だからこそ、精霊達もここまでの動きが出来るのだろうな。そんな精霊達に、どうやって立ち向かうか……出る答えは考えるまでもないか。私の戦いに退がるという文字は無いっ! 正面から打ち倒して行くのみっ! 正々堂々とした真っ向勝負、それこそが私の戦いだっ!
完全契約によって完全な力を出せるアルビータは身体の奥底から力を搾り出す。命の提供を使っても良いのだが、まだ戦いは始まったばかり、しかも先程は琴未のよって左肩にダメージを残す事になってしまった。これはアルビータが前回の戦いでフレト達の戦力を完全に読み違えた結果だという事をアルビータは分っていた。だからこそ、次こそはと全力を出してきたのだ。それでもダメなら、命の提供を使うだろう。だが、アルビータにとって命の提供は少しずつは使っているもの、その強大な力は勝敗を分けるほどの切り札になる。だからこそ、アルビータは命の提供を温存しておきたかったのだ。
アルビータが本気を出してきた事は、フレトにもすぐに分かった。なにしろ、アルビータからは今までに無い程の威圧感があり、放っている気合は空気も揺るがすほどだった。
今までとはまったく別人のように力を出してくるアルビータ、そんなアルビータを見てフレトの頬に一筋の汗が伝って滴り落ちる。アルビータの強さは充分に分っているつもりだったが、今回は前回の戦いと違っている。なにより、フレト達には琴未をはじめ、四人もの戦力が増えている。
その点だけを見ても、アルビータが早い段階で全力を出してくる事は充分に予想はしていた。だが、これ程の力を出してくるとはフレトも思ってはいなかった。前回の戦いでは、最後の方に命の提供と全力を出してきたアルビータに、フレト達は反撃もままならずにやられてしまった。だが、今回はそうは行かないとばかりにフレトもアルビータの威圧感に動じる事無く、堂々と後方に立って、ストケシアシステムに集中するのだった。
そして、アルビータの力を最も感じていたのが、前線で戦っているメンバー達だ。ここまで強烈な威圧感、肌が粟立つ程の力を感じていた。それだけでアルビータの強さが分かるといった感じた。そんな中でアルビータが動く前に琴未の口が動いた。
「どうやら、あちらさんは全力で来るみたいね。さっきは奇襲が上手く行ったけど、次は行かないか。それにしても、結構深く斬り付けたつもりだけど、まるでダメージが通っていないみたいね。なんか傷も塞がっているみたいだし」
そんな琴未の言葉に対してラクトリーから返事が来た。
「あの精霊は、既に精神が肉体を凌駕している状態です。なので、琴未さんが付けた傷の痛みなどは既に感じてもいないでしょう。ですが、確実にダメージを与えた事は確かです。確かに血は止まってますが、傷口までも癒したワケではありません。今は全身の力を搾り出す事によって、一時的に傷口を筋肉で締め付けているだけです」
「どうやら、そのようじゃな。なにしろ、あの体躯だからのう、琴未の雷閃刀で深く斬り付けたつもりでも、筋肉の厚さが琴未の一撃を深くは入れられなかったのじゃろう。じゃから琴未は深く斬り付けたつもりでも、実際はさほどに深手は負ってはいないという事じゃな。それにラクトリー殿の言ったとおりに精神が肉体を凌駕しておる、今では琴未が付けた傷の痛みすらも感じておらんのは確かみたいじゃな」
ラクトリーに続いて閃華がそんな事を言って来たので、琴未はやれやれという感じて溜息をついた後、雷閃刀を構えながらも口を動かす。
「それだけ一筋縄では行かない相手ってワケね。それで、そんな相手に、こちらの大将さんはどんな手を打ってくるのかな」
別に琴未はフレトの指示に対して信頼していないワケではないが、やっぱり戦い方が普段とは違い。しかも指示を出しているのが昇ではなく、フレトだからこそ、戦い方に違和感を覚えても不思議ではない。それでも、ここまで戦えるのはストケシアシステムとエレメンタルアップがあればこそだ。
この二つが無かったら、こんなにも早くにアルビータが全力を出しては来なかっただろう。それが琴未にも分っているからこそ、ちょっと皮肉って、そんな言葉を口にしたのだが、ラクトリーは、そんな琴未の言葉にも笑みを浮かべながら言うのだった。
「今回の戦い、マスターなら勝てると信じたからこそ、昇さんは戦いの全てをマスターに託したんですよ。今はマスターを信じて、こちらも全力を出すしかないでしょうね」
「それは分ってるんだけどね~、なんか」
琴未がそんな事を言い掛けた瞬間、フレトから指示が全員の頭を一気によぎってく。そして、フレトの指示を聞いた琴未が驚きの声を上げる。
「嘘っ! マジでこの手で行くの?」
思わず、そんな言葉を口にしてしまう琴未。そんな琴未に対して、閃華とラクトリーは琴未ほどではないが、驚きを苦笑いに変えて、それぞれに思った事を口にするのだった。
「この手は……賭けですね。あちらが全力を出して来たからには、こちらも全力で行かないといけない。けど、相手に命の提供があるからには、命の提供を使って体力を回復してくる可能性があります」
「じゃからこそ、こちらは少しでも体力を温存するために、この手を選んだんじゃろ。じゃが、上手く行けば、確実に大ダメージを入れ続ける事が出来るんじゃ。じゃが……逆に下手を踏めば」
「こっちが痛手をこうむるってワケね」
「まあ、そういう事じゃな。そのうえ、次の攻撃が出来ないという、おまけ付じゃ」
琴未とは正反対に閃華のお気楽な言葉で締め括った会話が終わった時だった。琴未のところに舞い降りてきたシエラが口を開く。
「あまり気が進まないけど、こんな指示が来たからには従わないといけない。だから、仕方ないと諦めた。琴未、行くから掴まって」
「シエラ、あんたの順応能力がちょっとだけ羨ましいわ」
琴未の隣で、宙に浮きながら、上から手を伸ばしてきたシエラに対して、そんな言葉を口にする琴未。そんな琴未に閃華はやれやれとばかりに溜息を付き、ラクトリーはシエラと同じく降りてきたレットの手を取ってシエラ達と動きを合わせるために今は待機している状態だ。
そんな状態にも関わらずシエラはサラッと普通の事みたいにいうのだった。
「私は昇の剣。だから昇が今回の戦いをフレトに託したのなら、私は昇が信じたフレトを信じてるだけ」
そんなシエラの言葉を聞いて、琴未は思いっきり溜息を付くとシエラの手を取るのだった。それからシエラに向かって言葉を掛ける。
「分かったわよ。私も昇を信じてるから、気持ちは分かるわよ。だからシエラ、下手を打たないでよね」
「それはこっちのセリフ、琴未こそしっかりしないと意味が無い」
「そんな事は分ってるわよ」
「ほれほれ、二人とも、そのへんにしておくんじゃな。あちらさんは既にこっちに突撃してくる構えを見せておるんじゃから」
そんな閃華の言葉にやっとシエラと琴未はアルビータに目を向けると、ツインクテラミノアを肩から後ろに回して、既に突撃体勢に入っていた。そんな状況にシエラと琴未の目が真剣なものになるとお互いに頷き、シエラはレットに視線を向けると、レットも頷いてきたので、それを合図にシエラとレットは再び空へと舞い上がるのだった。
だが、その頃にはアルビータが既に駆け出し、フレトの前に立ち塞がっている閃華の元にミリアと半蔵が合流してきた。三人、横並びになってアルビータに対して迎撃体勢を取る閃華、そんな閃華が二人に向かっていうのだった。
「良いな、ミリア。相手の一撃を完璧に受け止めるんじゃぞ。後は半蔵殿に合わせるんじゃ」
そんな閃華の言葉にミリアからは返事が無かった。まあ、正確には、既に間合いに入りかけていたアルビータに対処するためにミリアも迎撃体勢を取っており、閃華と呼吸を合わせて、同時に前に出るしかなかったからだ。
迎撃に出来た閃華とミリアにアルビータはツインクテラミノアを渾身の力を込めて一気に振り下ろす。長い刃が閃華とミリアに迫るが、二人は見事にツインクテラミノアを受け止めたのだが、それだけで精一杯であり、そのうえ受け止めた衝撃だけでダメージとなり痛みが身体を走るのと同時に二人が立っていたところを中心に地面が円形に陥没する。
それだけアルビータの一撃が凄まじい破壊力を持っていた事は分かるというものだろう。閃華もエレメンタルアップがあればこそ、受け止められた感じるほどにアルビータの一撃は重く、衝撃だけでも充分に痛みを感じた。
だが、これでアルビータの初撃を防いだ事は確かだ。渾身の一撃を放った直後だからこそ、アルビータはすぐに動く事は出来ない。そこに素早く動ける半蔵が一気に動き出した。ツインクテラミノアを受け止めた二人の間を跳び上がりならが通過すると、身体を一回転させて足を開く。そう、それこそが半蔵の目的だった。身体を一回転させた事で威力を増した踵がアルビータの両腕に振り下ろされる。
両腕を狙った、踵落としである。更に腕を狙う事で閃華達への負担を減らす効果も出ると思ったからこそ、半蔵はあえて体術で攻撃を仕掛けたのだが、アルビータの両腕は半蔵の攻撃に対してまったく動く事無く、半蔵もぶ厚いゴムを蹴ったような感覚しか得られなかった。
それだけアルビータの筋肉が硬い事を示しているのだが、半蔵が狙ったのは腕の内側にある急所だ。身軽で的確な攻撃が出来る半蔵ならではの攻撃と言えるだろう。だが、そんな半蔵の攻撃にもアルビータはダメージは元より、痛みすら感じていないようだった。
そして目の前に居る半蔵を迎撃するために、アルビータは力任せに両腕を開いて閃華とミリアを横に弾き飛ばすのだった。そして、半蔵に向かって左の両刃斧を突き上げるが、半蔵も伊達に百戦錬磨ではない。
アルビータが両腕を開いた時は半蔵は重心を前に出して、既に片方の足をアルビータの肩に掛けていた。そしてアルビータの両刃斧が半蔵に届く前に、既に膝を折っていた半蔵はアルビータの顔を蹴るのと同時に折っていた膝を一気に伸ばす。そのため、自ら後方に飛ぶのと、アルビータの顔を蹴った衝撃が一緒となり、瞬時にして半蔵の身体を後方へと移動させた。そのため、アルビータの両刃斧は空を切る事になってしまった。
それでも、半蔵はぶ厚いゴムを蹴ったような感触しか残らなかった。そして蹴られたアルビータはというと、まるで何事も無かったかのように、すぐさま半蔵に向かってツインクテラミノアの両方を半蔵に向かって振るうのだった。普通なら顔を蹴られて動きが止まるものだが、さすがはアルビータと言ったところだろう。
一方の半蔵は後方に移動したとしても、アルビータの間合いから出る事は出来なかった。そのうえ、アルビータの反撃は素早く、空中に居る半蔵に向かってツインクテラミノアが走る。そしてツインクテラミノアは見事に半蔵を切り裂いてしまった。
だが、アルビータは気を緩める事はしなかった。それはそうだ、なにしろ半蔵を切った感触が全く無いうえに、半蔵の姿が陽炎のように消えてしまったからだ。これは半蔵が完全にアルビータの攻撃を避けた事を示していた。だからこそ、アルビータはすぐにツインクテラミノアの片方で喉元をガードするように移動させると、両刃斧に刃が走った音がした。それと同じくして、半蔵から珍しく声が出た。
「虚像分身、それを見抜けなかったものの、我が反撃を防ぐとは見事」
相手に賞賛の声を出すあたり、日本の戦国時代に活躍した将としてのクセが残っているのだろう。だが、空の属性を使って自分の分身を作り出し、尚且つ、素早い空間移動でアルビータの横を取ったのは見事と言えるだろう。そして、そんな半蔵の攻撃を防いで見せたアルビータもだ。
そんな二人に通じ合う物があったのだろう、半蔵とアルビータはすれ違いながらも、お互いに笑みを浮かべている事に気付いた。それだけ、この戦いが二人にとって心躍るものになっているのは確かかもしれない。けれども、そんな事は刹那の如く、一瞬の出来事だ。アルビータは半蔵を振り払うように両刃斧を振るう。だが、その前に半蔵は空間移動で既にアルビータの間合いから出ていた。
これで全員を振り払った事は確実だが、さすがに半蔵に対して時間と取り過ぎたのはアルビータにも分っている。そのため、アルビータはすぐに左右から来る攻撃に対して迎撃体勢を取る。そう、半蔵が時間を稼いでいる間に体勢を立て直した閃華とミリアが同時に突っ込んで来たのだから、アルビータにしてみれば閃華とミリアの攻撃に対して迎撃体勢を取るのは当然の事だ。
そして閃華とミリアがそれぞれの間合いに入ると武器を振りかざす、これで二人とも、すぐに攻撃が出来る状態となった。そんな二人の攻撃に対してアルビータはするに左右を確認すると閃華とミリアが攻撃してくる軌道を見極めると、それに合わせてアルビータはツインクテラミノアを振るうのだった。
そしてお互いの武器が……ぶつかり合う事はなかった。なにしろ、閃華もミリアも武器を振りかざし、攻撃すると見せかける為である。そのため、閃華とミリアは振るわれたツインクテラミノアを避けながらも、アルビータの両脇をそれぞれ一気に駆け抜けたのである。
これもフレトの作戦であり、そんなフレトの狙いはアルビータの真上、その上空にいるレットとラクトリーである。レットは既にラクトリーの手を取って急降下して来ている。そして、重力と降下スピードが最高点に達すると、なんとラクトリーをアルビータに向かって投げるように、更にスピードを付けてラクトリーを突っ込ませたのである。
急降下によるスピードと重力によるスピード、そこにレットから投げられるように離れたのである。そのため、ラクトリーの降下スピードはかなりのものであり、アルビータに考える時間は無かった。だからか、アルビータは防衛本能のおもむくままにツインクテラミノアを上空から降下して来るラクトリーに対して十字に構えると受け止める姿勢を示した。
先程まで地上で戦っていた半蔵に閃華とミリア。その三人は既にアルビータから遠くに離れている。だからこそ、ラクトリーはためらいも無く、クレセントアクスをアルビータに向けたまま降下してくるのだ。地の精霊であるラクトリーだけに、猛スピードを生かした攻撃は出来ないのが普通と言えるだろう。だからこそ、ラクトリーはクレセントアクスをアルビータに向けたままにして、後はスピードに任せて降下するだけで精一杯だった。
まあ、翼の属性を持っている精霊なら、このスピードから更に武器を振りかざして、そこから一気に武器を振るう事で威力を増す事が出来ただろう。だが、いくらラクトリーでも、さすがにそこまでは出来ない。だからこそ、武器と一緒に落ちてくると言っても良いだろう。一つだけ特質したところを上げるなら、猛スピードでの落下である。
閃華とミリアのフェイントに対して完全に引っ掛かったアルビータに対して避けるだけの時間は無い。だからこそ、落下してくるラクトリーを受け止める感じで、攻撃を防ぐしか手は残っていなかった。そんなアルビータにラクトリーは猛スピードで急降下、そしてクレセントアクスとツインクテラミノアがぶつかり合う。
それと同時に武器がぶつかり合った事により空気が弾け、ラクトリーが急降下した威力を示すかのようにアルビータを中心に周りの地面が大きく陥没する。そして次には一気に弾けた空気が戻るかのように、アルビータとラクトリーの元へ烈風となって二人の動きを完全に封じる。
普通なら急降下してきたラクトリーの攻撃を受け止める事すら出来ないだろう。けれども、アルビータは見事に、それをやってのけたのだ。これが本気になった、全力全開のアルビータが持っている力なのだろう。
無の属性という特質な属性を持っているからこそ、アルビータは武器だけの戦いが出来る体型を選んだのだ。故にアルビータの敵となった精霊や契約者は属性を使うことが出来ず、武器に頼る戦い方をしなくてはいけない。つまり、アルビータは無の属性を持っているというだけで相手の属性を完全に封じ込めている。そんなアルビータが次も求める強さは決まっているだろう。それは武器同士の戦いでも相手を倒せる力強さである。
故に、猛スピードの急降下で威力を増しているラクトリーの攻撃を見事に受け止める事が出来たのだ。この力強さこそがアルビータの持っている力の真髄と言えるだろう。けれども、今回ばかりはフレトの方が一手だけ先んじてた。
ラクトリーの攻撃を防ぎ、その衝撃よって破壊され、烈風によって動きが取れなかった二人だが、上に居たラクトリーはしっかりとその姿を確認していた。そう、アルビータの死角から急降下してきたシエラと琴未の姿を。
上空に居たシエラはいつでもアルビータの死角に行けるように常に移動していたのだ。そして、フレトの合図と共にレットが急降下すると、シエラはワザと遅れて急降下を始めた。だが、真下は地面である。それでも、シエラは急降下をし続ける。そして、地面から数メートルのところで九十度旋回、そのまま低空飛行でアルビータに突っ込んできたのである。
そんな二人の姿を確認したラクトリーが落下の衝撃が無くなるとアルビータの反撃をさせないかのように素早く、ツインクテラミノアの柄に足を掛けると大きく、シエラ達の軌道上から外れる位置に飛び上がると、上空で旋回したレットが再びラクトリーの手を取って、そのまま一気にアルビータの間合いから高速回避を実行する。
そしてアルビータがシエラ達に気付いた時には、既にシエラが手を離して、琴未が地面に足を付けて地面を削るように突っ込んでくる姿を見た時だった。まあ、気付いたというより、琴未が気合のこもった声を上げたからこそ、アルビータはそちらに振り返ると、既にハイスピードで琴未が突っ込んで来ていた。
「りゃああああぁぁぁぁっ!」
そんな琴未が雷閃刀の切っ先と両足で地面を削りながら、ある程度のスピードを殺した時だった。シエラもそこまで計算して手を離すタイミングを取ったみたいであり、琴未が技を放つ時にはしっかりと相手を捉えられるスピードになっており、琴未にもしっかりと技を放つタイミングが取る事が出来た。
そこまでの連携を見せてきたからこそ、アルビータが振り返った時には、既に琴未は技を放つ事が出来た。
―新螺幻刀流 奥義 地・脈・抜・刀 改―
今まで地面に突き刺していた雷閃刀を振り上げると、切っ先に溜まっていた力が解放されるのと同時にシエラによってもたらされたハイスピードがより加わった力も解放されて、その斬撃は最早、斬撃だけではなく、無属性の力と雷閃刀の斬撃をより強大なものに変えてしまっていた。
無属性の力が光を放ち、地面からアルビータに向かって襲い掛かり、琴未の雷閃刀も巨大な斬撃となりアルビータの左足から一気に切り上げる。琴未が放った斬撃はアルビータが身にまとっている左足と重厚な鎧を斬り裂き、その傷は左胸にまで及んでいる。
地上の戦いに集中させておきながら、上空からの二段攻撃。これこそが、フレトの賭けとも言える作戦であった。なにしろ、少しでもタイミングを間違えればアルビータに避けられてしまって、次に繋げる事が出来ない。そのうえ、決め手となるのはシエラと琴未という、いつもはいがみあっている二人である。それだけに、最後の決め手には不安要素もあっただろう。
だが、閃華だけは、そんなに心配はしていないようだった。なにしろ、二人とも飽きる事無くて、いがみあっては対立から戦闘になる二人である。だからこそ、二人ともお互いの力をしっかりと分かり合っている。だからシエラから見れば、このタイミングで琴未を離せば上手く行く事も分っていたし、琴未もこのタイミングでシエラが手を離す事が簡単に予想できた。
対立し合っている二人だけに、お互いの力量をしっかりと把握できたからこその決め手とも言えるだろう。もちろん、フレトもその点には気付いていた。それに事前に与凪に相談していたからこそ、フレトは賭けとも言える手を打つ事に決めたのだ。それだけ、与凪からの情報は確かであり、自分が持っている判断が正しいという認識があったからこそ、フレトはこの手を選んだのだ。
そして賭けに勝ったフレト達。けれども、それで倒せるとは誰も思ってはいない。だからこそ、次に備えるためにシエラはアルビータの横を勢いのままに通り過ぎた琴未を回収するかのように手を伸ばすと、再び琴未の手を取って上空へと舞い上がる。
確実に大ダメージを入れた事のより、フレトは精霊達を下げさせるとアルビータの様子を伺う事にした。あのまま追撃を入れてもよかったのだが、手負いの狼ほど恐ろしいもの無い。アルビータも大きな傷を負った事により、防衛本能に任せて追撃を叩きのめされる可能性があったからだ。なにしろ相手は強大な威力を放ってくるアルビータである。下手な追撃は逆に自分達を追い込んでしまうとフレトが考えても不思議ではなかった。
いや、むしろ、その判断が正しいと言えるだろう。アルビータ自身、立ってはいるものの、琴未によって傷を負ったのだが、あまりにも瞬時の出来事だったために、アルビータには痛みを感じるまで時間が掛かった。
そんなアルビータが左足を伸ばし、右足を屈して、膝を地面に付ける。それと同時にアルビータの身体が倒れそうになるが、その前にアルビータはツインクテラミノアを地面に突き刺して、寄り掛かる形で体勢を保っていた。
そんなアルビータが呆然とした瞳で左足からの傷を見る。そんな状態が数秒ほど続き、アルビータは動きを止めていた。フレトとしては、それが逆に恐ろしく、アルビータに攻撃をする指示を出せなかった。
一方のアルビータは傷口から血が地面に一滴、滴り落ちると大きく笑い出した。そんなアルビータが心の底から歓喜しながら思う。
そうっ! これだっ! 今までの戦いで傷を負う事はあったが、全ては浅手、私に深手どころか傷を負わせる事が出来る契約者も精霊も居なかった。だが、今の私は深手を負って、あろう事にか膝を屈している。そう、この者達が初めて私に膝を屈させたのだっ! なんと心地良い、この痛みすらも歓喜に感じる。そうだっ! 少年、それで良いのだっ!
突如として笑い出したアルビータに対してフレト達の全員が不思議そうな顔をしている。だがアルビータは心の底より歓喜していた。なにしろアルビータが有している無の属性は精霊や契約者の戦い方を無条件で封じているのと同じだ。だからこそ、今までの戦いで精霊や契約者はアルビータに傷を負わせる事が出来ても、膝を屈するほどの深手を与える事が出来た者は居なかったのだ。
つまり、無の属性が相手の攻撃を制してしまい。今までの相手は慣れていない、属性を使わない戦いを余儀なくされたのだ。それは過去の争奪戦でも同じ、アルビータにここまでの傷を負わせる事は、どの契約者も精霊も出来なかった事だ。
だが、フレト達は初めてアルビータに膝を屈させた。つまり、アルビータにとって、今のフレト達は今まで戦ってきた精霊や契約者とは比べ者にならないぐらいに強い事が嬉しかったのだ。それこそが、ここまでの強敵と戦う事がアルビータの願いだったのだ。それをフレト達がやってのけた。アルビータにとってここまで嬉しい事は無いだろう。そして……本当の全力を出せる相手だと判断するのが妥当だと思わせたのも初めてだろう。
だからこそ、アルビータは傷ついた左足を庇いながらも、立ち上がると再びフレト達に向き合うとツインクテラミノアを構えるのだった。そんなアルビータにフレトは声を上げた。
「あそこまでの傷を負いながらも、まだ戦うのか。勝負は付いたと思ったんだが、あいつの闘志は未だに消えていない。そこまで戦いを望むのか」
そんなフレトの言葉に隣に居た咲耶が珍しく私情を込めながら言葉を発してきた。
「そこまでして、この戦いに戦う意味があると感じたのでしょう。主様にプライドがあるように、あの精霊にも、この戦いに矜持があるのでしょう。その矜持がある限り、あの精霊は何度も立ち上がってくる事でしょう。何となく気持ちが分かるような気がします。昇様はこの戦いに華を添えてくれと言いました。あの精霊にとって、この戦いは、それだけ特別な戦いだという事です。主様がセリス様を思うように、私が主様を慕うように、あの精霊もこの戦いに望む物があるのでしょう」
珍しく多弁な咲耶にフレトは考えさせられる事になってしまった。
咲耶にここまで言わせるとはな。あの精霊は戦いの中に、俺達が背負っている物と同じ物を持っているのかもしれないな。だとしたら……なおさら負ける訳にはいかないっ! もう、前回の屈辱とか、再戦とかいう気持ちは俺の中から無くなった。今、俺の中にあるのはただ一つ、堂々と戦い、あいつに勝つ事だっ! この気持ちが咲耶の言っていた戦いの中にある矜持というやつか。だとしたら、なんか……心地良いな。戦いの中でこんな気持ちになったのは初めてだ。
そんな事を思ったフレトが鼻で笑う。それは誰を笑ったワケではない、自分自身を笑っただけの事だ。フレト自身も、闘いの中でここまで清清しい気持ちになるとは思ってもみなかったからだ。だからこそ、そんな自分がおかしいとも思ったし、昇がフレトに戦いを任せた理由がやっと分かったようだ。
そう、昇には分かっていたのだ。アルビータが、こうした戦いを望み、戦いの中で生きた事を実感するのと同時に、こうした戦いの中で終わる事を望んでいると。だから昇はフレトに戦いを任せたとも言えるだろ。
もちろん、春澄の事も関係しているが、昇は自分が戦うと、どうしても甘さが出ると思ったからだ。手を抜くわけではない、どうしても相手に感情移入をしてしまい、戦いに対して、ここまでの矜持を持たせる事が出来ないと思ったからだ。だからこそ、昇は今回の戦いをフレトに全て任せた。フレトなら、アルビータの望む戦いをしてくれると信じたから。
そして、現にフレトはストケシアシステムを完璧に使いこなし、アルビータに膝を屈指させた。それだけでも大成果と言えるだろう。だが、アルビータの終焉を飾るにはまだまだ不足だった。それをフレトが感じたのは立ち上がってきたアルビータを改めて見た時だった。
アルビータからは先程までの威圧的な雰囲気が消えており、周りの空気も静かなほど穏やかだった。先程のアルビータと例えるなら、洪水時の激流といえるだろう。だが、今のアルビータは穏やかな清流。先程までとは正反対なアルビータの姿にフレトは見ただけで分かった。
ここからが、アルビータの本領が発揮される時であり、次からは戦いが更に激化し、今までとは違って厳しいものになると。
はい、そんな訳で激化してきた戦いですが、今のところはフレト達が優位に戦いを進めていてるようですね~。けど、アルビータも、このまま黙ってやられるわけが無い。むしろ、今までに今回ほどのギリギリな戦いをした事がないアルビータだけであって、次は何をしてくるのかがわかりませんね~。
とまあ、次回予告を軽くしたところで……胃が重い。なんつ~か、最近なんですけど、何か胃が重いというか、胸焼けがするというか、胃が詰まってる感じがするんですよね~。……そんなにストレスは感じて無いと思うんだけどな~。別の原因があるようですね~。
まあ、そんな事は置いておいて、まだまだ続くラストバトルですよ~。そして、まだ上がってない次編のプロット、いや~、書こうとはしてるんだけどね。ちょっと短編が書きたくなって、そっちにはまったく手を付けてないんだよね~。
まったく、次編だけでも新登場の人や精霊がかなりの人数になるのに、そのうえ、あの方々も再登場ですよ。そして少しずつ見えてくる……あの組織。更には別な組織も出てきて、最後の方は凄い事になりそうですね~。
まあ、次編はいろいろと考えてた事を形にしようとしたら……ついつい、思いっきり長くなりそうな話になってきた。という感じですかね~。というか……次編だけで純情不倶戴天編の二倍ぐらいの話数を使いそうだな~。まあ、そんな次編のプロットを作りつつ、百年河清終末編も終わりにしたいですね~。というか……このペースだと今年中に終わらないよね~(笑)
まあ、来年の頭ぐらいには百年河清終末編も終わりにしたいですね。それにしても……一編が終わるのに約一年ぐらい掛かってる。まあ、一話の密度もさることながら、話数も使ってるからね~。そりゃあ、長くなるわ。
そんな訳で、出来れば今年中に終わらせたい百年河清終末編ですが、未だに、後何話で終わるという予定が立たない状況(笑) なんというか、結構行き当たりバッタリでやってるからね~。予定なんて無いのも同じなんですよ、これが(笑)
と、まあ、今後の予定にはならない予定を話した事で書く事も無くなってきたので、そろそろ締めますね~。
以上、アニメ、たまゆら……なんか、話が進むたびに深いな~、と思う事が多かったり、何となく、その気持ちや感じが分かったりする部分が結構、創作意欲を掻き立てるんですけど、なかなか実際には動く事が出来ない、葵夢幻でした。