第百四十四話 終焉の開幕
まったく人気が無い夜の公園。休日の夜というのもあるのだろうが、与凪が早めに来て、この公園に人が入ってこないように細工をしたようだ。そのため、夜の公園には昇達と春澄とアルビータの姿しかなかった。
そんな対峙する両陣営から閃華とアルビータが前に歩み出ると、同時に手を上げて、同じ言葉と力を放つ。
『精界展開っ!』
光の柱がドーム状に展開すると精霊と契約者以外の生物を消し去り、精霊世界が展開される。そしてアルビータの精界は公園を完全に包み込んだところで止まり、閃華の精界はそれよりも少し広い範囲を覆ってから止まった。
そのため、公園内は普段の色をしており、何色にも染まる事は無かった。無色の精界はフレトから話を聞いているために、昇達も驚きはしないが、ちょっとだけ違和感を覚えていた。さすがに今まで色の付いた精界内で戦ってきただけに、初めて体験する無色の精界に精界内とは思えない違和感を覚えるのも不思議では無いだろう。
そんな戦場の準備が整うと閃華もアルビータも元の場所に下がり、その代わりに昇と春澄が前に出て来た。それから春澄はゆっくりと瞳を開けると、しっかりと昇の姿を瞳に写す。それから春澄は嬉しそうに笑みを浮かべながら昇と言葉を交わすのだった。
「こうして、昇さんの姿を見るのは初めてですけど。やっぱり……想像していたように優しそうな人に見えますね。特に顔立ちが優しく見えます」
「う~ん、僕自身は自分の顔がちょっと幼いように思えるんだけど、そう言われると、喜んで良いのか、ガッカリして良いのか、迷うね」
そんな昇の言葉に春澄は本当に楽しそうに笑うのだった。
「あははっ、でも、顔付きが悪くて近づき難い顔立ちよりはマシだと思いますよ」
「それは確かに。僕も春澄ちゃんの瞳を始めて見るけど、優しい瞳をしていると思うよ。春澄ちゃんの優しさが瞳に出てると思うけど」
「あ、ありがとうございます。なんか……そんな事は初めて言われたんですけど、ちょっと照れますね」
「僕も顔付きを褒められて照れてるけどね」
そんな会話をして微笑みを交わす昇と春澄。それから二人はお互いに見詰め合い、お互いの心境を読んでいるように思えるが、二人とも優しい瞳でお互いを見ているために、緊張の走る雰囲気にはならず、優しい空気が二人を包んでいるように見える。それだけ、お互いの事が分っており、今更になって相手の心内を探ろうという下心が無いからだろう。
二人の間にあったのは、お互いを思う、優しさかもしれない。少なくとも昇はそうであって欲しいと思うのであった。
それから春澄が瞳を閉じると、昇も瞳を閉じる。そして何かの合図があったかのように同時に瞳を開くと、今までの優しさは消え失せており、お互いに真剣で鋭い眼差しとなっていた。
完全に戦闘のスイッチが入った春澄から言葉を口にする。
「あまりアルビータを待たせるのはあれですから、そろそろ始めましょうか」
「そうだね、僕達が言葉を交わす時間はまだあるから、始めようか、最初で最後の……本気の戦いを」
「えぇ、アルビータが満足できる終焉を迎えるために、全力を尽くしてください」
「言われなくても分ってるよ。それじゃあ、始めようか」
そんな会話をした後に昇と春澄はお互いの陣営へと戻って行く。それから昇達は円陣を組むと昇から話し始める。
「今回の戦いは……本当に全部、皆に任せちゃったけど。皆なら勝てると信じてるよ。だから……僕を信じて全力で戦って欲しい。僕は僕自身の戦いに挑むつもりだから。だから……戦闘の方は任せるよ」
そんな昇の言葉に全員が頷き、シエラと琴未、そして最後にフレトが返事を返す。
「私は昇の剣となる事を決めた。だから、どんな時でも昇を信じてる、昇を信じて戦う。それが私の決めた私の戦いだから」
「こっちは大丈夫よ。まあ、確かにいろいろと不に落ちない事もあるけど、昇が私達を信じてくれるなら、私達も昇を信じるわよ。だから、私達は全力で戦う事が出来るんだから、ね」
「まあ、そういう事だ。戦闘の方は俺に任せておけ、ここ数日の特訓でも得られた物は多い。後は全力を尽くして戦うだけだ。だからお前は俺達の心配をするな、自分がやるべき事をやれば良い。それがお前のやる事だからな」
そんな返事に皆が昇に向かって微笑みを見せてくれる。そんな皆に向かって昇は一度だけ頷くと、はっきりとした言葉で返すのだった。
「うん、ありがとう」
お互いの信頼が形なった。少なくとも昇には、そんな風に思えていた。そんな時だった、戦闘の補佐役として同行していた与凪から言葉が出る。
「それよりも、そろそろ準備しないとですよ。あまり待たせるのもあれですから」
「うん、そうだね」
昇がそんな返事を返すと片手を円陣の中央に差し出す。そんな昇の手にシエラ、琴未と次々に手を重ねて行き、全員の手が集ると昇は瞳を閉じて精神を集中させる。それから昇は、昇にだけ感じ取れる足元に開いた黒い歪に意識を沈めるのだった。
そんな真っ黒な空間に降り立った昇の精神は暗闇の向こうから伸びてきた、赤い紐と白い紐を片手で詰む。合計で十本にもなった紐の束だけに、片手で掴むだけで精一杯な程の束になってしまった。それでも、昇は掴んだ紐を離す事無く、今度は沈んだ意識を浮上させると目を覚ましたように瞳を開いた。それから全員を見回すと、皆が頷いたので、昇も頷くと、昇にだけ感じる事が出来る、手にした紐の感触に力を一気に流し込む。
「エレメンタルアップ!」
昇が発した言葉の後に精霊達だけではなく、フレトまで自分の中から別の力が自分の力となって、ドンドンと湧き出る力を感じていた。これがエレメンタルアップを掛けられた時の感触なのだろうと、フレトは湧き出る力に感心するのと同時に、自分が負けた事に少しだけ分かったような気がした。
エレメンタルアップによって全員の力が限界突破を果たすと、今度は切り札であるシステムを起動させる。
「ストケシアシステム、起動」
昇がそんな言葉を呟くと全員の頭にストケシアシステムの力が駆け抜ける。それから昇は更に言葉を続け、力を渡すのだった。
「管理者権限移譲、フレト=グラシアス」
昇がそんな言葉を呟いた後に、与凪はすぐに目の前にモニターを映し出すと、ストケシアシステムの状況を確認して報告するように言うのだった。
「ストケシアシステムの管理者権限、フレトさんへの移譲を開始。システムとのシンクロ率、オールグリーン。ストケシアシステムの管理者権限の移譲が完了しました。これでストケシアシステムは完全にフレトさんが扱えます」
そんな準備が完了して、全員が昇から手を離して行く。それから精霊達は各々の精霊武具を身にまとい、武器を手にする。それはフレトも同じであり、戦闘には参加しないものの、アルマセットで完全に武装をしている。そんなフレトが与凪と咲耶の補佐でストケシアシステムの最終調整を完了させると、フレトは昇に向かって頷き、その行為で自然と皆の視線が昇に集まる。
そんな視線を受けて、昇は皆に向かって言うのだった。
「今回の戦いは敵を倒すためじゃない。アルビータさんの終焉を飾るために、全力で戦う事に意味がある。だから……皆には、いつものように、アルビータさんを倒すつもりで戦って欲しい。僕には……こうやって皆に頼む事しか出来ないけど。だから、僕は僕自身が出来る事を精一杯やるつもりだよ。それしか……僕が出来る事は無いから。そのために……今回の戦いを皆に任せるのは僕の我が侭かもしれないけど……けど……だから信じたい、皆の戦いが、僕の考えが、間違ってないと。だから……信じてる、そして……ごめん」
そんな言葉で締め括ると琴未が軽く手を振りながら言ってくるのだった。
「別に謝らなくても良いわよ。まあ、今回の事は完全に蚊帳の外にさせられた気分だけど、それでも、私は信じてるから。昇なら……最良の結果を出せるって」
「琴未……」
琴未の言葉に昇は少しだけ安らぎを感じる事が出来た。そして、そんな琴未に続くかのようにミリアが元気良く、手を上げると、元気一杯に言うのだった。
「はいは~い。大丈夫だよ、昇。昇が考えてる事や、何を考えれば良いのか、まったく分からなくて考えなかったけど。私は昇を信じて精一杯に戦うよ」
ミリア……その言葉は嬉しいんだけど……もう少し考えて発言した方が良いと思うよ。昇がそんな事を思っている間にも、いつの間にかミリアの後ろに移動していたラクトリーがミリアの頭を片手で鷲掴みにする。それから、黒いオーラを出しながらいうのだった。
「ミ~リ~ア~、確かに今回の事情は複雑ですけど、少しは昇さんや皆さんの気持ちを考えるようにしなさいと教えたつもりですけど、いつの間に、この頭から、その事が抜け落ちたんでしょうかね」
「痛いっ! 痛いっ! 痛いっ! 痛いっ! ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! お師匠様~、今の言葉はしっかりと覚えますから、だから許してくださいっ!」
どうやらラクトリーはミリアの頭を力一杯に握り締めているようだ。そのため、ミリアは半泣きになりながらも、そんな言葉を口して謝るが、ラクトリーの怒りは収まらずに、そのままミリアを引き寄せて個人指導という名のミリアにとっては地獄の説教が始まるのだった。
そんな光景に昇が苦笑いしていると、ふと手に温もりを感じた。昇がそちらに目を向けると、いつの間にかシエラが昇の手を取っていた。そんなシエラが昇に向かって言うのだった。
「私は、どんな状況でも、どんな状態でも、昇の事を信じてる。だから、今回の事は深くは聞かない。それだけ……昇を信じてるから。だから……私は昇の為に精一杯、戦う事が出来る。それが、昇の剣として昇の傍に居る事を決めた私の正直な気持ちだから」
「うん、ありがとう、シエラ」
「だから、その信頼の証として」
「止めんかっ!」
昇の唇に自らの唇を近づけようとしたシエラとの間に琴未が割り込み、二人を引き剥がす。こんな状況でも、しっかりと役得を得ようとするシエラ、そして、そんなシエラの企みを完全に粉砕する琴未。こんな状況でも、いつもの二人に昇は半分程、苦笑いしながら、残りの半分は安心して二人を見ていると。
「こうなったら、先に琴未を精界から追い出す」
「それはこっちのセリフよ、先にシエラから叩きのめす」
あの~、お二人共、武器を向ける相手を間違えてますよ~。まったくもって、いつも通りの展開を繰り広げる二人に昇の苦笑いすら引きつっていた。そんな二人を仲裁するために、閃華がやれやれといった感じで昇の横を通り過ぎて行くと、今度はフレトが昇の所にやってきた。
「まったく、お前らのところは相変わらず賑やかだな。こんな状況だというのに」
「はっきりと言われると耳が痛いです」
「ふっ、それは自業自得だな」
フレトの言葉にしょげる昇にフレトは鼻で笑いながら、当然だと言わんばかりの言葉を口にした後に、話を変えてきた。
「それよりも、こっちの準備は完全に完了したぞ。いつでも戦闘状態に入れるんだが……お前達が来ればの話だがな」
そんなフレトの言葉に昇は溜息を付くと、フレトに「ごめん」と告げてから、シエラ達を呼びに行き、再び全員を集合させるのだった。そして、再び集った一同に向かって昇は真剣な声で言うのだった。
「それじゃあ、皆、後は任せたよ。僕には皆を信じる事しか出来ないけど、信じてるから、皆が僕を信じてくれたように、僕も皆を信じてるから」
そんな言葉を口にする昇に全員から微笑が向けられる。その中で一人だけ、少し呆れたような声で返事をする者が居た。それがフレトだった。
「そんな事は今更になって言われなくても分っている。だから、ここは俺達に任せて、お前はお前のやるべき事をやって来い」
そんなフレトの言葉を聞いて、昇は少しだけ涙が流れそうになるが。少しだけ出てきた涙を拭うと全員に向かって言うのだった。
「うん、じゃあ、行ってくるね」
そんな昇の言葉に全員が頷いて昇を見送るのだった。そして昇は再び皆から離れて前に出ると、春澄も昇に合わせるかのように前に歩み出た。それから春澄が言うのだった。
「随分と賑やかだったですね。遠くから見てたけど、凄く……楽しそうでした」
そんな春澄の言葉に昇は何て答えれば良いのか迷っていた。それでも、何とか言葉を口にする。
「うん、まあ、賑やかなのは、いつもの事だからね。楽しそうに見えても、その、ちょっとだけ大変かな」
そんな言葉を口にすると春澄は軽く笑ってから微笑みながら、昇に向かって言葉を返すのだった。
「それこそが自業自得ですよ」
うっ、まさか春澄ちゃんからも同じ事を言われるとは思ってなかったよ。春澄の言葉にそんな事を思ってしまった昇。まあ、年下の春澄から、昇が楽しいが、苦労している事を見抜かれていたのだから、昇としては複雑な心境になっても不思議ではないだろう。
それでも、昇は気分を切り替えるために大きく深呼吸を一回だけすると春澄に向かって片手を伸ばす。
「それじゃあ、行こうか。春澄ちゃんの終焉まで、しっかりとエスコートするよ」
そんな昇の言葉を聞いて、春澄は驚きながらも照れたような顔をする。それから、昇の手を取ろうとするが、その前に真剣な言葉で昇に告げるのだった。
「さっき、命の提供で私に残っていた命の全てをアルビータに注いできました。だから……アルビータが命尽きる時、私の命も尽きます。その時まで、一緒に居てくれますよね?」
「当然だよ」
即答する昇に春澄は嬉しそうに微笑みながらも、微笑みの中に照れている自分を感じているのだった。それから春澄は昇の手を取ると、戦場の舞台となる場所から一番遠くにあるベンチまでエスコートしてもらって、二人して、そこに腰を下ろすと、既にフレトとアルビータが前に出て言葉を交わしているのだった。
昇達が戦場の舞台から降りて行くと、フレトはすぐに前に歩み出た。そんなフレトを見たアルビータもフレトに合わせるかのように前に歩み出るのだった。そして二人はお互いに睨み合うように対峙する。そして、言葉を発してきたのはフレトからだった。
「この前は随分と世話になったからな、今日はそのお返しにやってきた。あの滝下昇はお前の終焉に華を飾ってくれと言ってたが、俺はそんな気は無い。全力でお前を叩き潰すだけだ」
そんなフレトの言葉にアルビータは少し嬉しそうに笑みをこぼすと、フレトに向かって言うのだった。
「少年、それでこそ戦士の言葉だ。私は……ずっと、その言葉を待っていたのかもしれない。貴殿のその言葉に対して、私も最大限の力で答えよう」
アルビータの言葉にフレトも思わず、嬉しそうに笑みをこぼすと、両腕を組んではっきりと告げる。
「なら結構。だが、この前と違ってこっちは数も、そして、そちらの情報も持っている。そんな状況でもお前は俺達に勝てると思っているのか、いや、思っているのだろうな」
「もちろんだ、少年。戦うからには勝つ事を考えるのは当然。私としても負けて終焉を飾る気は無い。貴殿を打ち倒して終焉を飾るつもりだ」
「残念だが、お前の終焉は地に伏せたものにしてもらおうか。お前には完全契約と命の提供があるだろうが、俺には数の有利と切り札がある。それを駆使してお前を倒す。必ずお前を地に落としてやる」
「良い言葉だ、少年。それでこそ、最後に選んだ甲斐があったというものだ。最後に戦士、いや、勇者の言葉を聞けてよかった。では、そろそろ始めようではないか。終焉の戦いを」
「望むところだ。貴様の終焉、俺達の勝利という華で飾ってやるよ」
「ならば……来るが良いっ!」
「もちろんだっ!」
事がここに至れば言葉は不要とばかりにアルビータは己の武器であるツインクテラミノアを構えるのと同時に、フレトは後ろに跳ぶのと同時に地面に向かって風を放つ。その風の反動でフレトは大きく後ろに跳ぶと、そんなフレトの代わりとばかりに琴未と閃華が前に出る。その二人の両脇を固めているのがミリアとラクトリーだ。そしてシエラとレットは既に宙に舞い上がっている。そしてフレトのすぐ前には半蔵と、既に陣形が組み上がっていた。どうやらフレトがアルビータと離している間に与凪と咲耶が陣形を組み立てていたようだ。
そんな陣形の最後方に下がったフレトの目の前に、すぐにストケシアシステムの操作ボールとモニターが並ぶ。これでお互いに戦闘準備が整ったのと同じだ。後はどちらから仕掛けるかである。
フレトはすぐにストケシアシステムをコントロールするボールに両手を乗せると、自分達の配置とアルビータの位置を確認する。それからフレトは琴未と閃華に戦闘開始の先陣として進めようとするが、意外にもアルビータの方が先に動いて、攻撃を仕掛けてきたのである。
先の戦いでは防戦が多かったアルビータだけに、フレトにとっても、まさかアルビータが最初から攻勢に出てくるとは予想外だった。それでも、フレトはすぐにアルビータの動きに対応するためにストケシアシステムを駆使する。
その頃、先陣である琴未と閃華は迫ってくるアルビータにフレトの指示を待っていた。琴未としては、敵が迫ってきたからには、自ら出るつもりだったのだが、意外にもミリアとラクトリーが琴未と閃華の両脇を駆け抜けると、アースシールドハルバードとアースブレイククレセントアクスが振るわれる事になった。
ミリアとラクトリーの攻撃にアルビータもツインクテラミノアで防ぎ、そのまま弾き飛ばそうとしたが、ぶつかり合った武器同士はお互いに動きを止めてしまった。正確にはアルビータの強烈な一撃をミリアとラクトリーが完全に相殺して動きを止めたと言えるだろう。
これには、さすがのアルビータも驚きを示した。アルビータも多少とはいえ、命の提供で攻撃の威力を上げているのだが、その攻撃をミリアとラクトリーは完璧に受け止めてしまったのだから。前回の戦いでは、とても考えられない事だ。けれどもアルビータには察しが付いたようだ。そんなアルビータが思う。
まさか……エレメンタルアップの能力かっ! それしか考えられないか、こちらの地の精霊は前回の戦いでは私の攻撃を受け止める事が出来なかった。今でも命の提供で強化されている私の一撃を完璧に受け止めたのだ。それだけしか考えられないか。
アルビータが素早く、そんな思考を巡らすが、それ以上の事を考える事が出来なかった。いや、正確には考えている時間が無かったのだ。ミリアとラクトリーがアルビータの攻撃を受け止めている間に琴未と閃華が一気に前に出てきて、アルビータは出てきた琴未達に対処しなければいけないからだ。
だが、アルビータの両手は己の精霊武具であるツインクテラミノアで塞がっている。この状況から琴未と閃華が繰り出してくる斬撃と刺突を交わすのは出来ないだろう。少なくとも、フレトは、これでアルビータにダメージを与えられると思っていた。
だが、アルビータはそれほど甘い敵ではなかった。アルビータは手にしているツインクテラミノアを精一杯に押し出す。そうなると受け止めているミリアとラクトリーは押し出されてくるツインクテラミノアを受け止めるだけで精一杯になる。つまり、これでミリアとラクトリーの動きを封じたのも同じだ。だが、アルビータの反撃はここから始まるのだった。
なんと、アルビータは押し出したツインクテラミノアを軸に跳び上がり、そのまま両足で琴未と閃華を蹴飛ばしてしまったのだ。そう、これこそがアルビータの狙いだったのだ。ツインクテラミノアを思いっきり突き出されてしまえば、ミリアもラクトリーも受け止めるだけで精一杯になる。つまり動く事が出来ずに、その場に釘付けになったのも同じだ。
そんな二人とは正反対にアルビータは特定の方向になら動く事が出来た。それがツインクテラミノアを軸にした円周運動である。つまり、ミリアとラクトリーがツインクテラミノアを支えてくれたからこそ、アルビータはそこを軸に円周運動、反時計周りに動く事が出来たのだ。琴未も閃華もアルビータが飛び上がって、蹴りを放ってくるなんて予想外どころか予想も出来なかったために、なんとか精霊武具でアルビータの蹴りを防いだものの、蹴り飛ばされてしまったのだ。
けど、だからと言ってフレト達の攻撃が終わったワケでは無い。突如としてアルビータの後ろに姿を現した半蔵がアルビータの背中を空斬小太刀で斬り付ける。その攻撃は見事にアルビータの背中を斬り付けたものの、アルビータの防具と筋肉に阻まれて、ほんの浅手に終わる事になってしまった。どうやらアルビータには多少のダメージを覚悟したからこそ、半蔵の攻撃には対処しなかったのだろう。
半蔵もフレトも一撃必殺でアルビータに攻撃をしたかったのだが、それだと、どうしてもアルビータの反撃範囲に飛び込まないといけない。だからこそ、フレトは半蔵が最も得意としている空間移動を利用した一撃必殺を諦めて、確実にダメージを与える攻撃を選んだのだ。
それにフレトとしても、数が揃っているだけに、無理に攻め立てる理由は無い。ここは数の有利を利用して、小さくてもダメージを蓄積させた方が確実に勝機を掴める事が分っていた。だからこそ、半蔵には確実にダメージを与えされる攻撃を選んだのだ。
その一方でアルビータは半蔵の攻撃を受けながらも、大した傷ではない事が分っていたのだろう。傷を無視して着地すると、今度はそのまま身体を回転させる。なにしろ、アルビータの精霊武具であるツインクテラミノアは未だにミリアとラクトリーに押さえ込まれたままだ、その二人を振り払うのと同時に半蔵を退かせるために、アルビータは着地した衝撃を利用して、多少回転しながら着地、そのまま一気に身体を回して、ツインクテラミノアを防いでいるミリアとラクトリーごと振るって、そのまま二人を弾き飛ばしてしまったのだ。
これでミリアとラクトリーは距離を取られて、少しの間は攻撃が出来ないとアルビータは考えて、次の手を考えるが、アルビータが考えているほど、今のフレトは甘くはなかったのだ。
今まで空中に居た、シエラとレットが、そのまま二人のフォローに入り、二人を受け止めるようにいなすと、そのまま空中で回転して、再びミリアとラクトリーをアルビータに向かった投げ付けてきたのだ。これも、二人が勢い良く、弾き飛ばされたために、シエラもレットも二人を受け止めるのではなく、勢いを利用して、地に足を付けないまま二人の体を掴むと、その場で一回転して、アルビータに投げ付けて、二人に突撃させるという荒技に出てきたのだ。
けれども、アルビータは二人の突撃に慌てる事はなかった。なにしろ、二人とも大地の精霊。そんな二人が投げられるように突撃してくるだけである。だから、二人の直線上から移動すれば二人の突撃を避けるのは簡単だった。そのため、アルビータはすぐに横に向かって一気に移動するとミリアとラクトリーがお互いに激突する形となってしまった。
けれども、この二人は伊達に師弟関係をしているワケではないし、フレトもそんな事は計算済みだった。ミリアとラクトリーは武器を持っていない手をお互いの方向に向かって突き出すと、二人は激突すると思いきや、すれ違い、その瞬間にお互いの腕を組むと勢いを殺すように空中で何度か回転しながら地面に足を付けるのだった。
そう、こんな荒技がアルビータに通じるとはフレトも考えては無い。そのため、シエラとレットはお互いにアルビータを挟む形で、二人が進む直線上の真ん中に空間が出来るように投げ付けたのだ。そのため、二人は空中で腕を組む事が出来て、そのまま回転して勢いを殺し、着地したというわけだ。
けれども、これで行動直後のシエラ、レット、ミリア、ラクトリー、そして半蔵と、すぐに動ける者が制限された。これで少しは楽になると思いたいアルビータだが、敵にまだ動ける者が居るのを察している。だからこそ、アルビータはすぐに、その二人に対して迎撃体勢を取る。
そしてぶつかり合う、ツインクテラミノアと龍水方天戟と雷閃刀。そう、アルビータの移動先を計算に入れていたフレトはすぐにアルビータに追撃が出来るように琴未と閃華を配置していていたのだ。
だが、ここでアルビータにとっては計算外の事が起きた。確かにツインクテラミノアで閃華の龍水方天戟は受け止めたが、琴未の雷閃刀を受け止めた感触がなかったのだ。そのため、アルビータの視線がすぐに琴未に向くと、琴未には地面に膝を付いて、雷閃刀を振り抜いたような格好をしていた。
その琴未の姿に疑問を抱くアルビータ。そんなアルビータに向かって閃華が言うのだった。
「ここは公園じゃから噴水ぐらいしか水場が無かったからのう。じゃから、その程度が精一杯じゃったんじゃよ」
そんな閃華の言葉を聞いたアルビータが琴未を凝視すると、琴未の姿はすぐに全身が水となって地面へと落ちて行った。
「虚像水映」
そう、先程のアルビータに攻撃をしてきたのは閃華が水で作り出した琴未の姿なのである。そして本物の琴未はというと、先程の荒技とも言える突撃でアルビータの移動先が制限されているために、その死角に移動する事も簡単な事である。そのため、アルビータの対応が大きく遅れる事になる。
―新螺幻刀流 飛翔乱舞―
アルビータの死角から飛び出してきた琴未が勢いを利用して、アルビータの横を通り過ぎるのと同時に一閃を斬り込むと、琴未はすぐに着地して別方向へ跳んで、再びアルビータに一閃を斬り込んだ。
この技は相手の死角から死角へと跳びながら斬り付ける技である。そのため、アルビータもすぐには琴未の姿を捉える事が出来なかった。これで琴未が有利に攻撃が出来ているようにも見えるが、なにしろ、ツインクテラミノアの片方は閃華が抑えているために、琴未も跳ぶ方向が制限されてしまっているのである。
だが、アルビータとしても琴未の攻撃だけに気を取られていては、閃華の攻撃を受ける事は分っている。だから、琴未の攻撃は最初から五回だけはアルビータを斬り付ける事は出来たが、それだけ見れば、アルビータも技の軌道が分かるようになったのだろう。徐々に琴未の攻撃を防いで行き、攻撃が十回目に達すると完全に片方のツインクテラミノアで防がれてしまった。
琴未はそれでも数回ほど攻撃を入れるが、完全に防がれたために攻撃手段を変えるために一旦退くしかないと判断を下すしかなかった。それはフレトも同じであり、琴未と閃華に一旦下がるように指示を出す。
だが、アルビータも間合いに入っている琴未と閃華を、そう簡単に逃がすともフレトには思えなかった。けど、ここでフレトもアルビータをも驚かす行為を琴未はやってのけたのである。
琴未は一旦退くフリをすると、当然のようにアルビータのツインクテラミノアが琴未に攻撃を入れるために振るわれる。だが、琴未はその瞬間を待っていたかのように、後ろに傾けた身体を一気に前に持ち出すと、斜め下に振るわれたツインクテラミノアの攻撃を紙一重で避ける。それから、一気に前へ出て、ツインクテラミノアの柄に足を掛けると、そのまま上に跳んだのである。
―新螺幻刀流 乗り刀返し斬り―
本来なら相手の武器を琴未の体重と踏み込んだ勢いで封じるのだが、さすがはアルビータといったところだろう。琴未がツインクテラミノアの柄に思いっきり踏み込んでも、ツインクテラミノアの動きを封じるどころか、動きを制限する事すら出来なかった。それでも琴未にとっては充分だった。
アルビータの上を取った琴未が、そのまま重力と雷閃刀の重さを利用して、落下しながら一気にアルビータに斬り込む。まさか、こんな反撃があるとは思わなかったアルビータの左肩を琴未の雷閃刀が斬り裂く。
そのためにアルビータには激痛が走り、集中が乱れる。その間に琴未と閃華は一気にアルビータの間合いから出てしまったのだ。琴未に下がるように指示したフレトだが、まさか、こんな手段を使って後退するとは、フレト自身も考えられなかった事でもあり、驚いているのはアルビータだけではなくフレトも同じだ。
けれども、確実にダメージを与えた事には変わり無い。フレトは思いも掛けなかった琴未が発した攻撃が通った事に驚きの声を上げるのだった。
「下がれとは言ったが、まさか、こんなダメージのおまけを付けてくれるとはな。普段では騒がしいだけの女だと思っていたけど、意外とやるものだな」
そんなフレトの言葉が思考が繋がっている琴未にも聞こえたのだろう。琴未から『騒がしくて悪かったわね』という文句が来た。そして、フレトの隣に居る与凪はそんなやり取りに笑いながらも自分の考えをフレトに話す。
「ふふふっ、まあ、琴未は元々、新螺幻刀流という日本の剣術を習っていたですからね。閃華さんと契約をする前でも、琴未に木刀を持たせれば、その辺の悪ぶってる人は簡単に叩きのめしてましたよ」
「それが今の攻撃と何の関係があるんだ?」
与凪の言いたい事が分からないフレトが率直に与凪に尋ねると、与凪は軽く微笑みながらフレトに説明するのだった。
「つまりですね。契約をする前から剣術を身体に叩き込んでいた琴未だからこそ、属性に頼らない攻撃も得意というワケです。だから、この中で最も属性に頼らない攻撃が出来るのは琴未なんですよ。この戦い、そんな琴未をどう使うかが鍵になってくるかもしれませんね、というのが私の意見です」
「なるほどな。確かに契約をする前から、ある程度の強さを持っていれば、無理に属性に頼る事もしないという事か」
「そうですね。だから琴未も最初は剣術と属性攻撃を別けて使ってましたけど、今では両方の特性を生かした攻撃が出来てます。でも、そんな琴未だからこそ、属性に頼らなくても充分に戦えるというわけですね。閃華さんも、その辺の事は分ってますから。だから自分に注意を引き付けて、琴未が充分に攻撃を出来る状況を作ったというわけですね」
「俺は二人で攻撃しろと指示しただけだが、そんなアレンジを加えてくるとはな。やはり滝下昇のようには行かないか」
そんな事を口にしたフレトに対して与凪とは逆側にいる咲耶が口を開いてきた。
「主様、琴未様と昇様は幼馴染と聞いております。そんな二人だからこそ、分かる物があるのでしょう。それに主様と昇様は違います。主様は主様の戦い方をすれば良いと思います」
「……その通りだな。俺は滝下昇ではない、フレト=グラシアスだ。だから滝下昇の真似なんてする必要も無いし、してはいけないんだな。俺は俺の戦い方を貫くまでだ」
そんなフレトの頼もしい言葉に咲耶は微笑を向け、与凪は少し楽しそうに言うのだった。
「その通りですね。さて、戦いはこれから本番ですよ。それでは、フレトさんの戦いぶりをじっくりと拝見する事にしましょうか」
そんな言葉を口にしてきた与凪にフレトは訝しげな目で与凪を見ながら言うのだった。
「なんというか、自分だけは蚊帳の外で他人事のようにいうんだな」
そんなフレトの言葉に与凪は楽しそうに答える。
「いえいえ、そんな事はありませんよ。決して、楽しんで補佐や見物をしているワケじゃないですよ」
絶対に嘘だろ。というか、見物とはっきりと言ったな。なんだか……滝下昇の苦労が少しだけ分かったような気がするのは気のせいだろうか。与凪の言葉に思わず、そんな事を思ってしまったフレト。そんなフレトの横では、本当に楽しげに与凪がキーボードを叩きながら情報整理をしている。そんな与凪を見て、フレトは思いっきり息を吐くと、気分を切り替える。
なにしろ……戦いの幕は上がったばかりなのだから。
はい、そんな訳で、長かった、百年河清終末編もいよいよラストバトルに突入しました~。それにしても、最後は美味しい所を琴未が持って行ったな~。普段は目立たないだけに、ここで大活躍かな。
でもでも、アルビータも、これだけの数を前にして、ダメージは喰らっているものの、その奮闘ぶりは見事ですね~。まあ、全力前回のアルビータになったら、どうなるのかは分かりませんからね~。
という訳で、数話ほどバトルが続きますっ!! まあ、途中でちょっとずつ回想やら、昇達の会話やらを入れて行く、つもりですから。バトルだけではない。というのが、今後の展開になりそうですね~。
まあ……次話については現段階でだとまったく考えて無いんだけどね(笑) まあ、それはそれで何とかなるでしょう。
それにしても……疲れた~、気が乗らない、誰か甘やかして~。というのが今の私の気分です。そんな訳で、甘やかしてくれる人を大募集です(笑) 出来る事なら金銭的にっ!!(笑) それと優しさをくださいっ!! それで満足しますからっ!! というか、それぐらいやってもらっても良いよね? それぐらいなら許されるよね?
……えっ、ダメ。んっ、とりあえず、宇宙に行って反省して来い? って!! いつの間にか私がロケットにワイヤーで縛り付けられているんですけどっ!! というか大気圏はどうするのっ!! 熱いよ、凄く熱いと思うよ。……えっ、我慢で乗り切れ、行きも帰りも……あ~、帰りも大気圏に突入して落っこちていくんですね~。って、そんな事がっ!!
……作者発射……
……作者帰還……いろいろと修復中……
赤かった、地中が赤かったよ~。というか成層圏を突き抜けなかった事は大問題だと思うけど。えっ? 私だからオッケ~。
……そうですか~。
という事で、そろそろ戯言にも飽きてきたので、締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださり、ありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に、評価感想をお待ちしております。
以上、気付けば一一月……今年中に百年河清終末編は終わらないかな、とか思ってしまった、葵夢幻でした。