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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
百年河清終末編
142/166

第百四十二話 月夜の下で……

 昇が春澄達と戦う事を宣言してから数時間後、昇達は既に帰宅しており、さすがに驚き疲れたというか、騒ぎ疲れたというか、どちらにしても全員が、すぐに自室へと戻っていった。そのため、昇が居るリビングには昇しかおらず、昇は明かりも点けないでで庭に通じているリビングの窓から足を投げ出して、月夜の空を見上げながら考え事をしていた。

 これで……良かったのかな? もしかしたら別の道があるかもしれない……そう考えるのは自分を過大評価しているって、母さんが言ってたっけ。人は、その場面で最適な選択をしている。後になって、それが間違ってると思っても、その時にそれが考えられなかったのだから、それが自分の限界だって。だから……これが僕の限界なのかな?

 そんな事を考えながら思いっきり溜息を付く昇。それから両手を組んで膝に置くと、その上に頭を置く。それから再び思考を巡らす昇だった。

 僕は……春澄ちゃんを止める事が出来なかった。だからこそ、春澄ちゃんが望んだ戦いを挑んだんだ。それしか……ないと思ったから。でも……もしかしたら、戦いを止めて、春澄ちゃんの命を長くする方法があるかもしれない。けど……春澄ちゃんは、そんな事を望んでないから、だから僕達に叩き付けてきた挑戦状を受ける事にした。そんな挑戦を受けたからこそ、僕は戦うしかないと判断したけど、もしかしたら別の道が……って! 考えがループしてるっ!

 昇は再び深い溜息を付くと、もう一度、天を仰ぐように夜空を見上げるが、突如としてカンッという良い音が鳴って、昇のおでこに痛みが走るのだった。そのため、昇は痛みが走ったおでこを擦りながら振り返ると、そこには彩香と閃華の姿があった。しかも、彩香の手には空になったと思われる缶ビールが潰された形になっており、閃華は一升瓶を片手に、もう片方には杯を持っていた。そんな二人を見て、昇は呆れた視線を送りながら尋ねる。

「母さん、いきなり人の頭で空になった缶を潰さないでよ。それに閃華まで居るなんて、いったい、二人して何の用なの?」

 そんな事を尋ねてきた昇を無視するかのように彩香は昇の横に立つと夜空に目を向ける。それから閃華に向かって言うのだった。

「ほらほら、やっぱり良い月が出てるじゃない。こんな時は月見酒に限るわよね」

 そんな事を言い出した彩香に昇は少し睨むような視線を送ると閃華が少し笑いながら、昇に向かって事情を説明するのだった。

「昇よ、私らも大した用ではない。ただのう、奥方が今夜は月が良い形で出てると言い出したのでな。それで今晩は月見酒にしようという事になっただけじゃよ」

 つまり、月を酒の肴にしようって事ですか。風流で良いですね。今まで悩んでいた昇が、そんな皮肉を視線に込めて彩香に送ると、彩香もそんな昇に気付いたのだろう。昇に酔った笑みを浮かべると、そのまま昇の横に座るのだった。そして、そんな彩香を見ていた閃華も、彩香との間に酒の肴を置いて、二人と同じく、窓から足を投げ出して、月を見ながら杯に注いだ酒を少しだけ呑むのだった。

 そんな状況に呆れたように溜息を付く昇。そんな昇を見て、彩香は鋭い一言を放ってきた。

「どうやら、我が息子は未だに悩んでいるようね。まったく、女の子を口説くのも良いけど、限度って物を覚えなさいよね」

「まったくじゃな」

「二人して、人が真剣に悩んでいる事に茶々を入れないでくれるかな」

 二人の言葉に文句を口にする昇。まあ、今まで真剣に悩んでいたのに、酔っ払いの二人に絡まれたら、誰だって文句を言いたくなるだろう。それでも、彩香は缶ビールを呑みながら、昇に優しい眼差しを向けると、今度は優しい口調で話し掛けてきた。

「それで、今度は何で悩んでるわけ?」

 そんな質問をしてくる彩香。さすがに昇が先程まで悩んでいた事を話すには、争奪戦を含めて精霊の事も話さなければいけない。けれども、昇としても、何となく察しつが付いていたのだろう。だからこそ、昇は彩香に質問を質問で返す。

「それよりも母さん、僕達がやってる事をどこまで知ってるの? 閃華が一緒に居るからには、それなりの話を聞いてると思うけど」

 そんな事を言って来た昇に対して、彩香は思い出すような仕草をした後に、昇の質問に答えてきた。

「全部よ、海から帰ってきてから数日かな? 閃華ちゃんが全て話してくれたのは」

「って、閃華~」

「別に構わんじゃろ。事は日に日に大きくなっておる。いつまでも奥方に全てを隠しておくのは無理というものじゃよ。それならば、全て話した方が良いと思ってのう。酒の肴として、いろいろと話したもんじゃ」

 ……えっと、それは良いの? そんな事を思ってしまった昇。やはり、昇としては戦いという危険な行為を行っているだけに、彩香に心配を掛けないように隠しておきたかのだが、やっぱり彩香が何かを察してくるのは時間の問題だっただろうと昇は思った。だから、閃華を責める言葉は出さなかった。その代わりに昇は彩香に尋ねる。

「母さんは……争奪戦で戦ってる僕達を止めようとはしないの?」

「しないわよ」

「即答ですかっ!」

 あまりにもあっさりと答えてきた彩香に昇は思わず突っ込みを入れてしまった。そんな昇に彩香は楽しげな視線を送り、閃華は笑い出すのを抑えているようだ。そして、彩香が再び優しい目と声に戻るとはっきりと言って来た。

「昇が戦いを嫌がっているのなら、母さんはどんな手を使っても昇達を止めるわよ。でも、この戦いは昇自身が自分で戦うと決めた事でしょ。なら、母さんからいう事は何もないわよ。昇が自分自身の考えで覚悟を決めて、それで戦いに挑んでいるのなら、それは母さんが口を出す事じゃ無いのよ。昇の人生だもの、昇が真剣に考えて、覚悟を決めてやる事に口をだす権利は母さんにも無いわよ。だって、それは昇の人生だからね」

「うん……そう、だね」

 そんな彩香の言葉を聞いた昇が思う。やっぱりというか、さすがに母さんには敵わないな。それから昇が彩香に尋ねる。

「母さんは……間違ってると思っていても、何かをやった事がある? 後悔するかもしれないと分っていても……何かをやった事がある?」

 そんな事を尋ねて昇は顔を彩香の方へと向けた。そんな昇に対して彩香は呆れたを通り越したような視線で右手を昇のおでこに出すと、そのままデコピンを昇に喰らわせるのだった。

 あまりにも予想外な事だったので、昇はデコピンの勢いで後ろに仰け反るが、すぐに元の体勢に戻って、再び痛みが走った、おでこを擦るのだった。そんな昇に対して、彩香は缶ビールをあおると、数口ほどビールを喉に流し込んでから、肴を口にしてから昇の質問に答えてきた。

「まったく、この子は。最近では勝ちが続いてたから、すっかり慢心してるみたいね。閃華ちゃんはどう思う?」

「まあ、確かに、そうかもしれんのう。昇は今までの戦いで敗退した事は一回しか無いからのう。慢心しても不思議ではないじゃろう」

「うんうん、そうよね。そろそろ痛めつけた方が昇の為になるかもしれないわね」

「って! 二人して意味が分からない会話を続けないでよ」

 二人の会話にそんな文句を挟む昇。そして、そんな文句を言って来た昇を見て、彩香と閃華の二人は一斉に溜息を付くのだった。って! なんで僕が呆れられるの! 二人の反応を見て、そんな事を思った昇。そんな昇の頭に片手を置いてきた彩香が優しい声で話し掛ける。

「昇、どんなに努力しても、どれだけ必死になっても、出来ない事はあるものよ。そんな、どうしようない事を目の前にして、自分の行動が間違ってるとか、後悔しそうとか思ってもしかたないのよ。だって、どうにもならない事だからね」

「そうじゃな、いくら頑張っても、どうにもならない事はどうにもならん。ならば……足掻くしかないじゃろう。どうにもならない事を目の前にして、必死に足掻くしかないんじゃよ。その結果として、悔やむ事があれば悔やめば良い、間違ったと思うなら、次に備えれば良いんじゃよ」

「そうね、どうにもならない事を目の前にしたら、必死に足掻くしかないわね。少しでも良い方向へ持って行くためにね。でも、どうにもならない事だから、結果は変わらない。大事なのは、どうにもならない事に対して、どんな事をしたかよ。どうにもならない事に対しての行動こそが自分を成長させてくれるのよ」

「じゃな。じゃから昇よ、そろそろ私と奥方に全て話したらどうじゃ。話したからといって、なにも変わらんかもしれんがのう。少しだけなら、昇の背負っている物を持つ事が出来るじゃろうて。それに安心せい、琴未達には言わんからのう。ここで昇の本心を知ってしまったら、琴未達の士気に関わってくるじゃろう。じゃから、せめて私と奥方には話したらどうじゃ。話すという事だけでも状況が整理を出来るしのう、それに……少しだけ気が楽になるというものじゃ」

「そう……なのかな?」

 二人の話を聞いて、そんな返事をする昇。どうやら未だに昇には全てを話して良いものか、どうか、迷う点があるみたいだ。けれども、話し相手が彩香と閃華なら話しても良いかと昇は思っている。

 二人とも人の話を聞いてないようで、しっかりと聞いてるし、的確な助言をしてくれる。そんな二人が持っている長所を知っているからこそ、昇はそんな事を思ったりもした。だからだろう、昇は月夜を見上げながら考え込むと、彩香と閃華は昇が口を開くのを待つように黙り込んだ。そして昇は決断を下す、全てを二人に話してみよと……。



「なるほどのう、今回の戦いで昇が戦わないと言ったのは、そんな事を考えておったからじゃな」

「うん、僕としては戦う事よりも……春澄ちゃんの気持ちを最優先にしたいと思ったから。だから、僕が春澄ちゃんに出来る、最大限の事として、その選択をした。でも……それで本当に良かったのかって、未だに悩んでる。分かりきった結末に納得できずに、憤りを感じてる。僕は……僕に出来るのは、その程度の事しかないのかな?」

「その通りよ」

「また即答っ!」

 全てを話し終えて、自分が思った質問を口した昇に対して、再び彩香は即答する。またしても彩香の素早い反応に昇も再び突っ込みを入れてしまったほどだ。まあ、それはそれとして、彩香は昇の質問に答えると、一気にビール缶を空にすると、次の缶を開けてから昇に話し掛ける。

「昇、強い決意で自分を固めてしまった人は強いのよ。昇達だって、そうでしょう。それぞれに強い決意で自分を固めてる。そんな人達に何を言っても無駄な事は、自分の周りを見れば分かるでしょ」

 確かに……そうかもしれない。彩香の言葉にそんな事を思う昇。それから自分達の事を思い出している。シエラは妖魔の件からは自分の全てをさらけ出し、今でも昇の剣となって戦う決意を固めてる。そんなシエラとは対称的に、琴未は自分の為に戦っている。少しでも昇の力になって昇を振り向かせるために。そのために琴未は強い決意で昇の傍に居る事を決めた。ミリアは、ああ見えても、時々さといところがある。だからミリアは昇の本質を見抜き、昇になら全てを託せられると思ったからこそ、昇の盾となる事を選んだ。まあ、ミリアは細かい事を考えないから、そんな自分に気付いてはいないだろうが。それでも、ミリアはいつでも昇の言った事を全て信じてる。それだけの信頼を昇に向けているのだ。その信頼は、どんな決意よりも硬い物がある。つまり、ミリアは信頼という形で強い決意を固めているのだ。

 そして閃華はというと……うとい昇には分からない部分が多すぎるのだろう。だからこそ、昇はどんな決意を持っているのかと思いながら閃華を見詰めると、閃華もそんな昇の視線が示す意味に気付いたのだろう。軽く笑いながら答えてきた。

「くっくっくっ、そもそも私が契約を交わしたのは琴未じゃぞ。昇はそんな琴未の主となったのじゃから、私が一番に考えるのは琴未の事じゃ。じゃからこそ、琴未の想いを成就させるためなら、どんな事でもすると決めておる。それだけは誰に何を言われても変える気にはならんのじゃよ」

 ……まあ、確かに分かりますけど……閃華さん、時々、やり過ぎている事に気付いてますか? それともワザとですか? 閃華の言葉を聞いて、そんな事を思ってしまった昇。それが顔に出ていたのだろう。彩香と閃華は二人揃って昇を笑うのだった。そんな二人に拗ねたような視線を向ける昇。そんな昇の視線を受けてしかたないという形で彩香と閃華はそれぞれに酒を喉に流し込むと、話を本題に切り替えてきた。そして彩香は昇に向かってはっきりと言うのだった。

「昇、昇だって誰かに言われたからといって、自分の信念を変える事は無いでしょう。だから、その子も同じなのよ。だからこそ、自分の命よりも、命を犠牲にして人生に意義を見出す道を選んだ。それは昇には納得ができない事かもしれないけど、その子は充分に思い、考えて、そして結論を出した事なのよ。そんな人の意見に、人生に誰が口を出せるというの」

 そんな彩香の言葉に意気消沈する昇。確かにそうだ、先程、昇が彩香に自分達を止めないの? と聞いたけど、彩香は止めないと言って来た。それは昇が自分で考えて、充分に思い悩んでから決めた道だからだ。そんな人の人生に息子とはいえ、口を出す権利は無いと彩香ははっきりと告げた。

 だから昇は思うのだろう。家族とか、友達とか、親戚とか、そういった人達から何を言われても、自分で決めた強い意志を誰も文句を言える権利を持ってない。たとえ、それが間違った事だったとしても、強い意志で固めた自分の道は、自分の人生は誰にも文句を言えない自分だけの物だから。

 昇がそんな事を思っていると、今度は閃華が昇に話しの続きをしてきた。

「それに昇よ、春澄殿は人の命を奪う事より、自分の命を削る生き方を選んだんじゃ。確かに命の強奪を使えば、春澄殿は長く生きられたじゃろう。じゃが、春澄殿は人の命を奪う事より、自分の命を削る事を選んだんじゃ。自分の命を賭ける……言葉にするのは簡単じゃが、実行するのは、どんな事よりも難しいものじゃよ。じゃが、春澄殿は自分の命を賭けて、戦う道を選び、自分の人生に華を添えたのじゃ。そんな春澄殿の意見を誰が変えられるんじゃ、今からでも人の命を奪うほどに命を奪えと誰が言えるんじゃ。春澄殿は……それをやりたくないからこそ、自分の命を削る選択をしたんじゃ。そんな春澄殿の道を、今から変えるのは無理というものじゃろうな、なにしろ……春澄殿に人を殺すほど命を奪えてと言えないからのう」

「ッ!」

 閃華の言葉に胸に刺さるものがあったのだろう。昇は驚きを示すと、すぐに何かを考えるかのように思考を巡らす。そんな昇は閃華が最後に言葉にした事を考える。

 そうだ、今から春澄ちゃんを助けるという事は……人を殺してまで命を奪えって事なんだ。そんな事……春澄ちゃんに出来るわけが無いし、春澄ちゃんが望むわけが無い。それだったら、自分の命を差し出す、春澄ちゃんはそういう子じゃないかっ! そんな春澄ちゃんを今から助ける手段なんてありはしない。なにしろ……春澄ちゃんの命は尽きかけているんだから。なら……僕に出来る事は……やっぱり一つだけなのかな。

 昇はそんな事を思うと、凄く悲しくなり、いつの間にか涙を流していた。昇自身も、その事に気付いたのは彩香に抱き寄せられてからだった。それから自分が流した涙を拭くが、涙は止まりはしなかった。そんな昇に彩香は優しい声で言うのだった。

「まったく、強情ね。悲しかったら泣いても良いのよ、どうにもならない事なんて、悲しい事だらけなんだから」

「そんなん……じゃ、ない」

 彩香の言葉を否定する昇。確かに悲しい事は確かだ。だが、昇は悲しくて泣いているとは思っていなかった。昇は悲しい出来事を目の前にして、何も出来ない自分が悔しくて泣いているのだから。そんな昇の心境を見抜いたかのように、彩香は閃華に視線を移すと、閃華は頷いて冷蔵庫から、いつも昇が飲んでいるジュースをコップに注ぐと戻って来た。

 それから彩香は昇を離すと、未だに涙を拭っている昇の頭を撫でてやり、閃華は昇の隣にジュースを置くと、再び座っていた場所に戻って、杯を手にする。それから閃華は昇に話しかけるのだった。

「昇よ、確かに今までの私達はそれぞれに努力して、昇が一生懸命に考え、努力する事で、どんな困難にも打ち勝ってきた。だがのう、どんなに一生懸命に頑張っても、どんなに努力しても、どうにもならん事は沢山あるものじゃ。じゃから、私は今回の事でも昇は最大限に考え、努力して出した結論しては間違って無いと思えるんじゃ。じゃが、今回はそんな努力に結果を出せないだけじゃ。昇よ、そんなどうしようもない事に対して、まだやるべき事があるのじゃろ。じゃから、今はそれを成す事に精一杯になれば良い」

 そんな閃華の言葉に続いて彩香も昇に言葉を投げ掛ける。

「そうね。今回は昇と出会うのが遅すぎた、そうやって割り切るしかないわね。だから昇、どうしようもない事、しかも、その子が強い決意で自分を固めちゃってるから、今更になって何かが出来るとは思わないわ。そうやって、どうにもならない事を認めるのも強さよ。どうにもなら無い事を認めて、その上で何を成すか、それが一番大事な事だと思うわよ」

 そんな言葉を昇に投げ掛けた彩香も昇の頭から手を離すと、置いてあった缶ビールに手を伸ばすと中身を少しだけ呑む。そして、そんな二人の言葉を聞いて、昇は二人の言葉をよく考えてみる。

 どうしようもない事か……確かに、今の状況では僕に状況を変えるだけの力は無い。それは、どうしようもない事だからなのかな。なら……認めるしかないよね。僕が何も出来ない事を、春澄ちゃんに対して……自分が思った理想を押し付ける事が出来ない事を。……そっか、母さん達が慢心してたというのも事実かもしれない。僕は……僕が最大限に頑張れば、春澄ちゃんの考えを変えて、春澄ちゃんの人生を有意義に、充実させた道に変える事が出来ると思ってた。けど、それが出来ないと感じたからこそ、僕は自分が無力だと感じた。

 そう、それが昇が思い悩んでいた事だったのだ。昇は春澄が選んだ人生の道を変えて欲しかったのだ。たとえ盲目でも、自分達と同じ考えを持った人は沢山居る。自分なら春澄を充分に幸せで有意義な人生に変える事が出来る。そう思っていたけど、昇はやっと気付いたようだ。それができない事に、いや、そんな事が出来ると思っていた自分が慢心していた事にだ。

 確かに、昇達は今までの戦いでは艱難辛苦を乗り越えてきた。だからこそ、今回の事でも春澄に対して、春澄の生き方を変える、自分の命を削るんじゃなくて、もっと生きながらにして楽しい事が沢山あると示したかった。自分なら、春澄が進んでいる道を変えて、生きながらに幸せに出来ると思っていた。けど、二人の言葉を聞いて、それが自分の慢心だと昇はやっと気付いたようだ。

 本当は昇のも分っていたのだろう。けど、認めたくはなかったのだ。自分なら、それだけの事が出来ると、今までの戦いで、それだけの事してきた自分だからこそ、今度も自分が思い描いた未来になるという事を。

 でも……現実は時として過酷となる。いや、現実は常に過酷なのだ。そんな過酷な現実を乗り越え、打ち破って、昇達は進んできた。いや、それは昇達だけではない、皆そうなのだ。過酷な現実を目の前にして、人はそれを乗り越えようと努力する。人はそうやって成長して行くのだろう。そして……その成長は人生が終わるまで続く。人生終わるまで勉強とは良く言ったものだ。人は生きている限り、常に過酷な現実を目の前にしながら努力し、勉強して強くなっていくのだ。

 だが、そんな過酷な現実をいつでも、誰でも、必ず乗り越える事が出来るわけではない。むしろ、過酷な現実に打ちのめされる事が多いだろう。けど、それは悪い事ではない、過酷な現実に負ける事も必要な事なのだろう。だからこそ、人は目の前の道だけでなく、他の道に行く事が出来る。それが間違えであれ、正しくもあれ、人は道を進む事が出来る。そうやって人は人生という道を歩いて行くのかもしれない。それでも、過酷な現実に挑もうとしていたのが、今までの昇であり、過酷な現実こそが、どうしようない事なのだ。

 昇は、今まで生きてきた中で、歩いてきた人生という道で、初めて乗り越える事も、打ち破る事も出来ない壁にぶつかったのだ。そして、その壁は……どうしようもない事なのだろう。それこそが過酷な現実であり、昇は初めて、どうしようもない事に打ち負かされたのだ。

 だからこそ、昇は自分の無力さを嘆いていたのだが、それが間違えだと気付いたのだ。どうしようもない事を乗り越えるんじゃない、どうしようもない事に対して何かを成す事に意味があるのだと。

 確かに、それでは壁を乗り越えたとか、打ち破ったとか言えないだろう。けど、それで良いのだ。誰しも生きていれば、どうしようもない事がある。その壁に対して無理に乗り越えようとしなくて良いのだ。人生という道に立ちはだかる壁に対して、避けて通っても良い、脇道から迂回しても良い。それが、どうしようない事に対して、何を成すかである。

 その事にやっと気付いた昇は、やっと閃華が自分の脇に置いてくれていたジュースに気付き、それを手に取る。そして、そんな昇を見ていた彩香は缶ビールを月に向かって、高々と上げてから話を別方向で再開させてきた。

「さて、辛気臭い話はここで終わり。ほらほら、二人とも月を見なさい、綺麗な満月よ。綺麗な満月を見て楽しまないのは損よ、月に対する冒涜よ、だから今は綺麗な満月を見て、心を清めなさい。秋の満月は綺麗よ」

 そう言った後に、一気に缶ビールを空ける彩香。閃華もそれにならうかのように杯に月を写すと、それを一気に飲み干すのだった。そんな酔っ払い二人に、昇は呆れた視線を向けながら言うのだった。

「って、僕の悩みは満月以下なの」

 思わず、そんな事を言ってしまった昇。そんな昇の言葉を聞いた二人から文句が出る。

「昇よ、そういうのを風情が無いと言うんじゃぞ」

「そうそう、春の桜、夏の夜風、秋の満月、冬の雪、これらを満喫できないと、人生の半分は損をしているものよ。まったく、すっかり頭が固くなって、今はそういった風情を感じなさい」

 まさか、二人から、そんな文句が出た事に自分が失言をした事に気付いた昇。なにしろ、相手は酔っ払いだ。失言をしたら下手に絡まれるのは当然とも言えるだろう。特に彩香には……。

 その彩香が乱暴に昇の首に手を回すと、そのまま引っ張る。おかげで、昇が手にしていたジュースが危うくこぼれそうになってしまった。そんな彩香が、満月を見ながら言うのだった。

「ほらほら、昇も見なさい。これだけ綺麗な満月を見れる事なんて、滅多に無いんだから。だから、今だけは全部忘れて、満月を堪能しなさい」

 彩香にそう言われて、昇は思いっきり溜息を付くと、ここで彩香に逆らったら、もっと酷くなると思い、昇も天を仰ぐと、そこには確かに綺麗な満月が静かな輝きを放っていた。まるで、全てを包み込むような優しい輝きを。

 そんな満月を見て、昇は思わず口にする。

「……綺麗」

「でしょ~」

 昇の言葉に勝ち誇った口調で笑みを浮かべる彩香はやっと昇を解放した。それから、彩香は満足したかのように、窓から出した足を振りながら、昇に言うのだった。

「ほらほら、昇も飲みなさいよ。お酒でなくても、月を肴にして何かを飲むのは良い事よ」

「……そうだね」

 彩香に促されてジュースを一気に飲んでからにする昇。その途端に閃華が立ち上がると、空になった昇のコップを取り上げると「今日ぐらいは私が注いでやるぞ」というと、再びキッチンに戻った閃華が、再びジュースを注いでくると、また昇に手渡し、それから再び座ると、彩香から杯に酌をしてもらい、閃華は月の写った杯を半分ほど一気に飲むのだった。それから、閃華は何かを思い出したかのように杯を置くと昇に差し出してきた。

「ジュースだけではあれじゃろう。これも肴にして味わうと良いじゃろうて」

 そんな事を言って、閃華が差し出してきたのは、今まで彩香と閃華がつまみとして置いてあったお菓子や、肴だった。どうやら、閃華はキッチンに戻ったついでに皿まで用意しており、それに昇の分を取り分けたようだった。

 それを受け取った昇は自分の横に置くと、再び満月を見上げながら呟くように言葉を口にするのだった。

「月が……こんなに綺麗だと思ったのは初めてかもしれない。今まで月を見るために見上げた事が無かったし……今までの僕には、そんな事を感じる余裕が無かったのかもしれない」

 そんな昇の呟きを彩香が会話に変える。

「まあ、昇が子供だったという事ね。でも、こうして風情が分かるようになったのなら、少しは大人になったのかもね」

「別に言われるほど子供だったワケじゃないし」

 彩香の言葉に思わず、そんな言葉を返してしまった昇。そんな昇に彩香は笑みを浮かべながら話を続けるのだった。

「なら、今は全てを忘れて風情を満喫しなさい。そうした心の切り替えが出来るのも大事な事なのよ。目の前に一生懸命だけでなく、時には立ち止まって、周りを見て、上を見なさい。そこには今まで気付かなかったものが沢山あるはずよ。そうしたものを感じる事が出来れば、それは少しずつ成長している証拠よ」

「周りを見てみる……か」

 昇には、何となくだが、彩香の言っている意味が分かったような気がする。それは、この綺麗な満月の下に居たからこそ、分かる事なのかもしれない。少なくとも、昇には、そんな風に思えた。

 そして、そんな昇の心境を見抜いたかのように閃華が会話に参加してくるのだった。

「この国には、独特の自然が織り成す風情を楽しむ傾向があるからのう。それは四季が豊かな、この国ならではの風習じゃな」

「そういえば、閃華は中国の出身で、すぐに日本に来たんだっけ?」

「いや、見聞を広めに最初は西方を周った。そこには、この国とは違い、造形物を楽しむ傾向が豊かだったからのう。まあ、今で言うヨーロッパ地方の事じゃな。それもそれなりに味があるものじゃが、私はこの国のように四季を楽しむ方が気に入っておる」

「なんで?」

「くっくっくっ、何を楽しむかなんて、人それぞれじゃろうて。私はこの国の風情が好きだからこそ、好きだと言っただけじゃぞ」

「そうそう、人の好みなんて、人それぞれよ。でも……日本に生まれたからには、自分の国ある風情は知っておくものよ。そうすれば、他国の風情がよりいっそう分かるというものよ」

「そんなものなの?」

「うむ、奥方の言う通りじゃな」

 話の方向はすっかり変わり、今では雑談をする昇達。そして、いつの間にか昇の頭が少しずつ白くなり、昇は気分上々に彩香達と話していた。満月の優しい光の下で、昇は何かが分かった気がした。それは言葉に出来ない事かもしれないけど、昇は今の自分に悪い気はしなかった。そして……時間は過ぎて行く。



「やれやれ、寝ちゃったわね」

「ふむ、少しガス抜きをしてやろうと思ったからのう。大分薄めて注いだんじゃが、効果はあったようじゃのう」

「さすが閃華ちゃんね」

 そんな事を言って親指を立てて、閃華に差し出す彩香。そんな、彩香の仕草に閃華は今まで隠していた物を取り出す。それは一升瓶であり、しかも焼酎と書かれていた。その瓶を持ち上げて満面の笑みを浮かべる閃華。どうやら閃華は昇のジュースに少しずつ焼酎を混ぜて、昇に飲ませていたようだ。そんな閃華に答えるように彩香も満面の笑みを浮かべると、すっかり空になっている、今まで昇が飲んでいたコップを取り寄せると、コップを脇に置いて、新たなる缶ビールを開けると、隣で寝息を立てている昇の頭を優しく撫でながら、閃華との会話を続けてきた。

「明日……悪酔いになってなければ良いんだけどね」

「くっくっくっ、なにそろジュースでかなり薄く割ってしまったからのう。気付かれないだけに、どれだけの量を飲んだかも私にも分からんじゃが、まあ、たぶん、大丈夫じゃろ」

「まあ、そうなったら、そうなったで楽しいけどね」

「くっくっくっ、奥方も相変わらずご子息には厳しいものじゃのう」

「あらあら、せめて愛のムチと言って欲しいわね」

 そんな事を言って笑い出す彩香と閃華。そんな二人の笑い声に反応するかのように声を上げる昇だが、起きる気配は無かった。だからだろう、彩香は立ち上がると、掛け布団を昇に掛けてやり、またしても缶ビールを手にした。それから閃華との会話を続けるのだった。

「まあ、閃華ちゃん。後で昇を部屋で寝かせてやってね」

「うむ、分っておる。精霊は人間よりも身体能力が高いからのう、昇一人を運ぶぐらいは簡単な事じゃて」

「……それにしても、ある意味では最悪の展開よね」

「春澄殿の事じゃな。確かに……そう言えるかもしれんのう」

 それから二人は一口ずつ酒を呑むと会話を続ける。今まで優しい光を放っていた、月に叢雲が少し掛かった光の下で。

「昇から見れば、結果が分ってる、しかも、その結果が最悪なものだと分っているだけに。昇としても思い詰めていたんでしょうね」

「そうじゃな、今回の一件で昇だけが全てを知っておった、昇の気持ちを聞いた今では、昇の気持ちも分らなくはないんじゃが、どうしようもない事も確かじゃからのう。それだけに、今回は私達も何も昇にしてやれんのも確かじゃな」

「何も出来ないのは私も同じね。それにしても……さっきは、ああ言ったけど、やっぱり辛い部分があるわね」

 そんな言葉を口にして昇に少し悲しげだが、優しい顔で昇の笑顔を見る彩香。そんな彩香に閃華は酒を口にすると、当たり前のように言うのだった。

「奥方とて人の親、子を想うのは当然の事じゃろう。確かに……今回の結末は最悪なものじゃ、じゃが、奥方には、それを見守る義務がある。昇がどんな事になっても……見守らないといけないんじゃな」

 そんな閃華の言葉に彩香は軽く息を吐いてからいうのだった。

「まったく、その通りよね。今回は……見ている方も痛いわね。でも、昇がそれだけしか出来ないのなら、見守りましょう。どんなに痛くてもね」

「くっくっくっ、さすが奥方じゃのう。時代が時代なら女傑となっていた事じゃろうて」

「残念だけど、そうは成ってないわね。なにしろ、私は自分で前に出るより、息子や夫の尻を叩いている方が似合ってるもの」

 そんな彩香の言葉に思いっきり笑い出す、閃華と彩香。どうやら彩香も自分で言ったけど、思いっきり当てはまっているので、自分でも笑えるほどおかしいと思ってしまったようだ。そんな二人の笑い声に昇は気付く事無く、眠り続ける。なので、二人とも今では昇を気にする事はしなかった。

 まあ、知らない間に酒を呑まされていたのだから、呑み慣れていない昇がダウンしても、そう簡単には起きない事は確かだろう。だからこそ、二人は昇を気にする事無く、話を続ける。

「まあ、何にしても、閃華ちゃんには私の分まで昇の尻を叩いてやってね」

「大丈夫じゃよ、昇はしっかりと成長しておる。尻を叩かなくても、自分で進めるじゃろうて」

「そっか、まったく、男の子なんて産むもんじゃないわね。勝手に成長して、どっかに行っちゃうんだから」

「くっくっくっ、まあ、男なんて、そんなもんじゃろうて。……と、酒が切れてしまったのう」

「あ~、こっちも、これが最後だったわ」

 そんな事を言って、立ち上がる彩香と閃華。それから彩香は身体を伸ばし、閃華は首をほぐしてから言うのだった。

「じゃあ、後片付けは私がやっておくから、閃華ちゃんは昇をお願いね」

「うむ、心得た」

 そう言って、それぞれの作業を始める二人。閃華は昇を背負ってリビングを後にし、彩香は手馴れた手付きで、今まで呑んでいたり、食べていた物の後片付けをすぐに終わらせた。そんな彩香が、リビングの窓を閉めてから、カーテンを閉めようとするが、もう一度だけ、月を見上げると、満月は叢雲によって、濁った輝きを放っていた。

「月に叢雲か……本当に風情が無いわね。まるで……これからの事を示してるようね」

 そんな事を呟いた彩香が溜息を付く。そして、そんな彩香が思うのだった。

 確かに、昇が行く道には叢雲が掛かってるかもね。でもね、昇。たとえ月に叢雲が掛かっていても、月は輝いているのよ、優しく、静かに。だから昇、今は月の光に成りなさい。優しく、静かに……その子を見送れるように。

 それから彩香はカーテンを閉めると、月夜の下で行われた事は全て終えるのだった。






 さてさて、そんな訳で昇にも何かが見えてきたようですね。というよりも、皆さんは、閃華の真似をして未成年に酒を呑ませたりしないでくださいね~。

 ……まあ、高校時代から酒で宴会を開いていた私が言える事ではないですけどね~(笑)

 いや、だって、あの頃の年代って、酒やタバコに興味を示すものじゃない。いやいや、私はやってないですよ、うん、本当にやってないよ~。まあ、その辺は皆さんの想像に任せる事にしましょう。

 それよりもっ!!!! 皆さんは日本の四季を満喫してますか~。ちなみに、私は冬の雪が一番好きですね。しかも、何の雑音もしない静かな中で降る雪が最高です。

 そんな田舎の旅館に泊まって、雪の音を聞きながら、美味しいお酒を呑む。う~ん、これほどの贅沢は無いですよね~。私の地元では、しょっちゅうじゃないですけど、時々雪が降ってたので、しかも真夜中に起きると、雪が降り積もる音が聞こえて、その自然の音を聞いてるだけでも、充分に風情があるものです。

 そんな訳で、私もいつかは雪の音を聞きながら、酒が呑める旅行に行きたいものですね~。

 と、まあ、自分の希望を書いたところで、書く事も無くなったので、そろそろ締めますね~。

 以上、田舎に引っ越して、四季の風情を楽しみたいという気持ちと、都心近くに引っ越して、いろいろと便利な生活を営みたいと、両極端な思いで悩んでいる葵夢幻でした。

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