第百三十五話 伝説の再来
アルビータと機動ガーディアン達の戦いを見ても、アルビータには、かなりの戦闘能力が備わっている事はフレト達も充分に承知している。だからこそ、下手に防戦に回るワケにはいかなかった。なにしろ、相手が機動ガーディアンだからこそアルビータも本気ではなかっただろう。そんなアルビータが本気を出せば、フレト達は苦戦をする事は必須なのは変わり無い。
だからこそ、フレトは少し奇策とも言える作戦に打って出たのだ。だが、そのためには、まずはアルビータの相手をしなくてはいけない。だからこそ、フレト達が一斉に地面に降り立つのと同時にレットは背中の翼を広げると低空飛行のままアルビータに突っ込んで行ったのだ。
まずは、こちらから仕掛けてから自分達のペースに持って行こうとしているのだ。そうでもしないと、あそこまでの力を見せたアルビータに対して防戦一方になってしまう可能性が高いからだ。だからフレト達は戦いの流れを自分達のペースに持って行くために、ここは攻勢に出る事にしたようだ。
だが、アルビータはそんなフレト達の思惑すらも気に留めないような素振りで、突撃してきたレットと刃を交える。さすがに空中からの攻撃に対してはアルビータも機動ガーディアンのようには行かないのだろう。
それは上から攻撃しているという点もある。単純に言えば、上から攻撃する方が有利なのだ。相手よりも高い目線から、真上という、最も防御がやり辛い場所に攻撃が出来る。だからこそ、昔の戦でも騎乗して戦った方が有利とも言われている。最も、時と場合によるが、騎兵は槍衾のような戦術に弱かったりもする。
だが、上空からの攻撃は相手が地に足を付けてる限りは有利な点だとも言えるだろう。そのうえ、レットは爪翼の属性。半分は翼の属性を有しているからこそ、上空からの攻撃には慣れているのだ。そのうえ、爪の属性によってレットのテルノアルテトライデントは刃の切れ味が上がっている。だから、レットのトライデントに少しでも切り裂かれたら、かなりのダメージになる事は必然と言えるだろう。
だが、アルビータのツインクテラミノアは完全にレットの攻撃を防いでいた。それどころか、まるでレットの攻撃が有している属性を無視するかのように、反撃も加えてきたのである。そのため、レットもアルビータのツインクテラミノアを防ぎながらも、打ち合う形になって行った。
その状態は拮抗しているとも言えるだろうが、決して、そうでは無い。なにしろ、相手の上を取った時点でレットは有利な位置から攻撃できるし、翼の属性なら空中を自由に移動できる。そんなレットを相手にアルビータは、ほとんど動く事無く、二つの大きな両刃斧を振るうだけでレットの攻撃を防いでいるのである。それだけでも、アルビータの戦闘能力が高い事を示すのには充分だろう。
なにしろ、ツインクテラミノアはアルビータの身長ほどあると思われる、長い柄の先に柄の半分ぐらいはあろうと思われる斧の刃が柄の左右に付いている両刃斧である。それは一本だけでも、かなりの重量だろう。だがアルビータはそんな両刃斧を二本、つまり左右で一本ずつの両刃斧を片手で振るっているのだ。それだけを見れば威力重視の攻撃をしてくる事は分かるが、アルビータはレットに負けないスピードでツインクテラミノアを振るっているのだ。
普通、ここまでの大きな武器ならば、スピードを落として、一撃必殺を狙うの普通だろう。だが、アルビータはそんな事を気にせずにツインクテラミノアを振るってくる。それに武器の特性を見ればツインクテラミノアの重量がかなりある事も分かるだろう。そんなアルビータの攻撃を受けているレットはトライデントから伝わってくる衝撃も、とてつもないほどの衝撃を伝えていた。それでも、レットがアルビータと対等に渡り合ってるのは、やはり上を取ったという点が大きいだろう。
なにしろ、危なくなればレットはツインクテラミノアの範囲外である上空まで移動すれば簡単に避けられる。実際にレットはここまで打ち合っている中で、何度か上空に逃げては、すぐに反撃に出ている。だからこそ、二人の戦いは拮抗しているようにみえながらも、レットは有利とはいえない状態になっていた。
それは今まで二人の戦いを静観していたフレトとラクトリーにも良く分っていた。そんな二人の戦いを見ながらフレトは横に居るラクトリーに話し掛ける。
「やはり、レットだけでは分が悪いか」
「マスター、それは最初から分かっていた事です。あまりレットを苛めては可哀相ですよ」
「別に苛めているつもりはないんだがな、それで半蔵の方はどうだ」
「すでに準備が整っているかと」
「よしっ! なら俺達も参戦するぞ」
「はっ」
フレトの言葉に気合を込めた返事をするラクトリー。そんな二人が攻撃態勢に入る。フレトはマスターロッドを向けて、ラクトリーはアースブレイククレセントアクスを地面に突き刺す。そしてフレトは詠唱を開始する。
「吹き抜く風よ、我が前に集り、巨大な渦と化して敵を滅せよっ!」
フレトは風のシューター。だから風の属性を持っているから、風を扱う時には詠唱はいらないのだが、フレトはアルビータをかなりの強敵と見ているのだろう。だからこそ、確実にダメージを与えるために、わざわざ詠唱を加えて風のシュータだけでは出せない威力を出すために詠唱を入れてきたのだ。
そんなフレトの詠唱が終わるのと同時に、マスターロッドの先からは小さな竜巻が生まれると、それはすぐにフレトの身長ぐらいまで成長し、アルビータに向かって放たれた。そこに追い討ちを掛けるかのようにラクトリーが更なる力を加える。
「アーススピア」
竜巻の直線状に地面から大地の槍が突き出す。だが、アーススピアは攻撃を重視した技であり、槍の強度までは確保していない。つまり、フレトが生み出した竜巻はラクトリーが出した、アーススピアを砕いて、飲み込み、竜巻の中に無数の大地の槍が渦巻く凶悪な状態へと変化したのだ。さすがにこれを避けるのは、困難だろう。なにしろアルビータは現在、レットと拮抗した戦闘状態とも言える。
レットならギリギリまでアルビータと戦いながらフレト達が放った攻撃を避けるのは簡単だ。だが、アルビータはフレト達の攻撃に気付きながらも、目の前に居るレットの攻撃を防ぎながら、どうにかしなくてはいけない。つまり、アルビータが置かれている状況は限りなく、回避不能な状態とも言えるだろう。
それはそうだ、なにしろ、この状況を作り出すために、フレトはレットに突撃を仕掛けさせたのだ。後はアルビータの足を止めて、そこに最大級の技をぶつける。これだけでも、弱い精霊なら確実に倒せるだろう。それぐらい、フレト達の攻撃は完璧だ。だからこそ、フレトも倒せなくてもダメージを与えられると思っていた。
そして、フレトの竜巻がレットとアルビータに迫り、レットはギリギリまでアルビータの足止めをすると上空へと回避した。一方のアルビータはまったく動く事無く、直前にまで迫った竜巻に顔を向ける。
よしっ! フレトだけでなく、上空から見ていたレットも攻撃が入った事を確信しただろう。だが、ここから驚くべき事が起こるとは思いも寄らなかった事だ。
アルビータは向かってくる、大地の槍を交えた竜巻を目にしながらも、まったく動かなかった。それどころか、ツインクテラミノアを構える事をしないで下から一気に切り上げて。そんなアルビータのそっけない攻撃がフレト達が作り出した竜巻を切り裂き、そのまま消滅させてしまったのだ。
「なにっ!」
「これはっ!」
「どうなってんだよ」
そんな光景を見ていたフレト、レット、ラクトリーがそれぞれに驚きを示した。だが、フレトには、そんなに驚いている時間は無かった。なにしろ、フレトの攻撃を消滅させたアルビータがフレトに向かって行くからだ。
そんな光景を目の当たりにしたレットはすぐにアルビータを追い、ラクトリーはフレトの前に立つと、再びクレセントアクスを地面に突き刺す。
「アースウォール」
一瞬にしてフレト達の前に大地の壁がアルビータに立ちはだかる。だが、またしても、それは起こった。
大地の精霊は強固な防御と苛烈な破壊を主な力としている。だから、ラクトリーが作り出したアースウォールは強固であり、そう簡単に壊す事は出来ないはずだ。いくら相手が威力重視の相手でも、ラクトリーほどの力を持った者が防御を主体とした技を出してきたのだ。だからこそ、アルビータの攻撃は完全に防げるはずだった。
だが、またしても、ラクトリーのアースウォールはアルビータの放った一振りの攻撃によって簡単に切り裂き、消滅してしまった。
先程の竜巻といい、アースウォールといい、両者とも簡単に攻撃で消滅させたり、破壊できる物ではない。何より、フレト達の放った竜巻を切り裂いて消滅させるなんて、余程の威力がある一撃を放たなければいけない。けれども、アルビータはたった一振りで消滅させてしまったのだ。そして、今度のアースウォールといい、どちらも、そう簡単に消滅させる事が出来る物ではないはずだ。
だが、アルビータが消滅させた事は確かな事であり、だからこそ、アルビータは今度こそ、フレトに向かって攻撃を仕掛けようとした。だが、そこにはすでにフレトの姿は無かった。そう、先程のラクトリーが作り出したアースウォールはこのために作ったのだ。
ラクトリーはアースウォールを作り出した直後にフレトの手を取ると、タイミングを見て、一気に横に移動したのである。つまり、ラクトリーが作り出したアースウォールはアルビータの攻撃を防ぐためではなく、フレトを守るための目晦ましだったのだ。そのため、フレトはアルビータと接触する事無く、何とか難を逃れたが、肝心のアルビータは無傷である。
そんなアルビータを相手にフレトは思った事を口にする。
「なんだ……あれは? こちらの攻撃を相殺したワケでもなく、逸らしたワケでもない。完全に……消滅させた。いったい、どうなってるんだ、ラクトリー?」
フレトにはワケが分からなかったのだろう。いや、正確には攻撃の手応えから、そういう結論に至ったのだ。フレトにはアルビータの攻撃を感じなかった、つまり、アルビータがフレトの作り出した竜巻に攻撃した感触をフレトは得なかったのだ。そう、それは、フレトが口にしたように……消滅させられた感触を得ていたのだ。
そんな事が出来るのか、分からない。だから、フレトは一番の知識精霊であるラクトリーに尋ねるが、そのラクトリーも驚いたような顔で固まっていた。
そんな二人に向かってアルビータは追撃の姿勢を見せるが、レットが間に割って入り、アルビータを牽制しながらフレトの元へ後退していった。さすがのアルビータも警戒されている事を察したのか、その場での追撃を諦めて、改めてツインクテラミノアを構え直した。
アルビータとしては、ここで更なる追撃に入っても良かったのだが、フレト達に何かしらの策があると見抜いたのだろう。なにしろ、実際に戦闘状態に入ってからは半蔵が姿を消しているからだ。半蔵の能力はアルビータ達には、まだ不明なだけにアルビータは安全策を取って、追撃を控えたに過ぎない。
だからこそ、両陣営は睨み合う形になってしまったが、アルビータには余裕がありそうだ。そんなアルビータとは正反対にレットは舌打ちをして、確実に自分達が危なかった事を察し、そしてラクトリーは驚きの表情のまま、フレトに告げるのだった。
「マスター、どうやら私達は……伝説の再来を目にしているようです」
「伝説の……再来だと」
「はい、あれは正しく無の属性。そして、無の属性が使えるのは……命の精霊だけなのです」
「命の精霊だと?」
確かに命の精霊ついては与凪から話が出ていたが、運が悪いというべきか、タイミングが悪かったのか、フレトは命の精霊について話していた場所に居なかったのである。ラクトリーも良くある噂程度にしか思っていなかったために、フレトには話していなかった。それがまさか、ここで裏目に出るとは思っていなかった。つまり、フレトは命の精霊と言われても、それが、どんな、伝説であり、どんな力を持っているのかを知らないのだ。
だがラクトリーとレットは違うようだ。ラクトリーはともかく、レットも伝説の精霊については噂話として、それなりの知識を得ているようだ。だからこそ、レットがラクトリーに確認するかのように尋ねる。
「おいおい、ラクトリーよ。命の精霊について、俺もちょっとは知っているが、あれが本当に命の精霊なのかよ?」
そんなレットの質問にラクトリーもすらすらと答える。
「間違いないでしょうね。なによりも無の属性が使えるのは命の精霊だけ、他の精霊に無の属性が出たなんて聞いた事が無いです。それに、近頃は命の精霊が出たという噂が広まっているようでしたからね。その噂が本当で、目の当たりにするなんて私も思ってませんでした」
「なんてこった。まさか、こんな形で伝説を目にするとはな。それで、俺達は伝説の精霊を相手にどうやって戦えば良いんだ?」
そんなレットの質問にラクトリーはフレトの顔を見る。どうやらラクトリーがこれから言う事はフレトにもしっかりと聞いておいて欲しいという意思表示だろう。だからこそ、フレトも一回だけ頷く。それを見たラクトリーは、軽く微笑むと無の属性について一気に話す。
「無の属性は属性を無効にする属性です。つまり属性を使った攻撃や防御は全て無効化、消滅させられます。ですから属性を使った攻撃は出来ません。ですが、レットのように移動に属性を使うのまでは無効化出来ません。要するに、属性を使った攻撃を全て無効化出来るのが、無の属性です。そうなると……こちらの手段が限られてきます。どうしますか、マスター?」
「随分と卑怯な属性だな」
「それだけなら、まだ楽なんですけど」
「まだ何かあるのか?」
ラクトリーに手早く質問するフレト。フレトも感じているのだろう、アルビータがこちらの準備が整う前に仕掛けてくるほどの殺気を放っている事を。つまり、いつ戦いが再会されても不思議では無いという事だ。だからこそ、ラクトリーも手早くフレトに説明する。
「簡単に言えば、命の精霊と契約した者は必ず同じ能力を得るんです。その効果は昇さんのエレメンタルアップとほぼ同じ。だから、先程の強さは納得できるという物でしょう」
「ほぼ同じというのは、どういう」
フレトが言い終わる前にレットが横から口を挟んできた。どうやら、既にお喋りをしている時間は無いという事だ。なにしろ、いつまで経っても半蔵は姿を現さない、その事がアルビータを牽制させていたのだが、この状態で奇襲を掛けてこない、という事は別の目的があると判断したのだろう。だからこそ、アルビータはフレト達の戦いを優先させようとしているのだ。
そんな状況を把握したフレトが頭の中で情報をまとめる。
つまりだ、あいつの戦闘能力は滝下昇と同様にエレメンタルアップと同じで、戦闘能力の底上げをしているというわけか。しかも、凶悪な事に無の属性という厄介な物まで持っているとはな。そうなると、こちらは属性攻撃を封じられたのと同様だ。ならば……相手に合わせて戦うしかないな。
フレトは素早く、そのようは判断を下すとラクトリーとレットに向かって指示を出す。
「レット、なるべく上空から仕掛けて死角を作れ。そこに俺とラクトリーが切り込んでく。属性が通じないのなら、武器で直接攻撃をするだけだ」
そんなフレトの言葉にラクトリーは不安げな声で異論を口にする。
「ですが、マスターまでも前に出なくても良いのではないでしょうか」
ラクトリーの不安も分からなくもない。なにしろフレトは基本的に属性を使っての遠距離攻撃を元に戦っているのだ。そんなフレトが前に出る事にラクトリーが不安を覚えてもおかしくはないだろう。だが、フレトには、しっかりとした考えがあるのだろう。ラクトリーに向かって笑みを浮かべるとはっきりと自分が考え、訓練してきた事を告げる。
「心配するな。滝下昇との戦いで分かった事だが、俺も遠距離だけの攻撃ではやられる可能性が高くなる。ならば答えは簡単だ、近接戦闘の技術を身に付ければ良いだけだ。そうすれば、こちらにとっても戦略の幅が広がって勝算が高くなるのは間違いはないだろう」
「……マスター」
「しっかり見ていろ、これがマスターロッドのもう一つの姿だ」
そういうとフレトはマスターロットをアルビータに向けた。その事に両陣営に緊張が走る。けれどもアルビータは動きはしなかった。先程の戦いで察したのだろう。やはりフレト達は生半可な相手では無いという事を。だからこそ、アルビータはフレトを警戒しながら成り行きを見守る事にしたようだ。
そんなアルビータをあざ笑うかのようにフレトはマスターロッドに力を注ぐと、攻撃ではなく変化へと力を持って行く。そして、フレトは新たなる武器の名前を高らかに叫ぶのだった。
「マスターランスっ!」
その途端にマスターロッドは光を放ち、光に包まれながら形状を変える。そして、光が消えるとフレトの手にはマスターロッドとは、まったく違う。フレトの身長ほどはあるであろう突撃槍が握られていた。
フレトらしくマスターランスには派手だから、気品がある装飾が刻まれており、しかも手をしっかり保護が出来るほどの内部空間が空いていた。簡単に例えるなら、開きかけの傘を想像してもらえれば良いだろう。そんな形をしているマスターランスを手に、フレトは笑みを浮かべると、そんなフレトの横にラクトリーがクレセントアクスを構える。それからフレトはラクトリーとレットに指示を出す。
「二人とも属性を含んだ攻撃をするな、そんな物に意味は無い。だからこそ、武器だけを頼りに攻撃を仕掛けろ。レットは上空から、ラクトリーは俺の動きに合わせて、同時多重攻撃を仕掛けるぞ」
「はい、マスター」
「分かりました」
フレトの指示を了解したように返事をするラクトリーとレット。そんな二人の返事を聞いて、フレトは満足そうに頷くとアルビータに鋭い眼差しを向ける。どうやらアルビータから仕掛けてくる様子は無いようだ。
アルビータもそれなりに考えているのだろう。だからアルビータも察しているはずだ、自分の属性がフレト達に知られた事を。だからこそ、アルビータはフレト達の出方を窺うのだった。なにより数ではフレト達の方が勝っているのだ。だから下手に突っ込んで行くと、フレト達に囲まれる事は必須。だが、こうして出方を窺っていれば、フレト達に囲まれる前に攻撃を仕掛けて、包囲を免れる事が出来る。だからこそ、アルビータからは仕掛けてこないのだ、とフレトは考えているだろう。
だからこそ、ここは素早く動かなくてはいけなかった。なにしろ、数の有利を活かすためにはアルビータを包囲するのが一番だ。だが、逆に言えば各個撃破の機会を与える事にもなる。
つまり、フレト達が先に包囲陣を完成させるか、それともアルビータが誰か一人でも撃破して、もしくは突破すれば数の有利を減らす事が出来る。要するに、どちらが己の思惑通りに事を進められるか、この場合は、その時間こそが敵とも言えるだろう。
その事はフレトが分っているからこそ、拮抗状態が続いたのだ。だが、フレト側が完全に準備が出来たからには、もう拮抗状態を保つ必要は無い。フレトから見れば、一気に包囲撃破した方が勝算が高いからだ。だからこそ、フレトは攻撃の合図を出す。
「行くぞ、散開っ!」
フレトの言葉と同時に一気に上空に舞い上がるレット、それと同時にラクトリーは右へと走り、フレトはラクトリーとは反対側の左へと走り出した。これでアルビータは三人を同時に相手にしなくては行けない。だが、アルビータはまるで、それを望んでいるかのように口元に笑みを浮かべると、その場から動かずにツインクテラミノアを構えるのだった。
それはフレトとしては予想外だった。フレトはてっきり、アルビータは誰か一人に攻撃を集中して来ると思っていたが、今のアルビータを見る限りでは、まるで攻撃して来いと言わんばかりだ。
……罠か? フレトは、それも考えたが、アルビータの戦闘能力と少し話しただけだが、ある程度の性格分析から罠の可能性は低いと判断した。そうなると出せる答えは一つだけである。そう、アルビータはフレト達の攻撃を完全に防ぎながら反撃に出ようとしているのだ。
先程、ラクトリーから契約者の能力について説明してくれた事が重要な判断材料になる。なにしろ、契約者である春澄は昇とほとんど同様なエレメンタルアップに似た能力を持っているのだから、アルビータも限界を超えて、力を発揮できるからこそ、フレト達を相手に出来ると判断したのだろう。
だが、フレトには、まだ引っ掛かる点が残っているように思えた。けれども、今は攻撃を重視しようと、フレトは目で二人に合図を出すと、三方に散ったフレト達が一気にアルビータに向かって突っ込んで行く。
レットは完全に真上から、ラクトリーはやや後ろをとり、アルビータの右後方から、そしてフレトは、さすがに身体能力まではエレメンタルのように上げる事は出来ないのだろう。だからこそ、精霊に合わせて動ける訳がなかった。だからアルビータの左前方という位置取りで、三人は一気にアルビータに向かって突っ込む。
更に言えば、ラクトリーなどはワザと地の属性を発動させようとフェイント掛け、フレトも何かしらの詠唱を口にしていた。それが何を意味しているのか分からないが、アルビータの注意をある程度、フレトから逸らす事が出来た。だからこそ、三人は足並みを揃えて一気にアルビータに攻撃を仕掛ける。
上空からはレットがトライデントで斬り裂くように振るい、後方からはラクトリーがクレセントアクスを横一線に薙ぎ払おうとし、斜め前からはフレトがマスターランスを連続で突き出せるように、しっかりとマスターランスを握り締めながらタイミングを計る。
……今だっ! 三人が同時に同じ事を思っただろう。それだけに三人が攻撃に出たタイミングはピッタリと言えるほど正確な物だった。三方向からの同時多重攻撃である、さすがのアルビータも今度ばかりは避けるだろうと、それにフレトはワザと前を少しだけ空けてアルビータに逃げ道を作っていた。そうする事でフレトはアルビータの逃げる方向を知る事で戦況の流れを一気に自分の方へ持っていこうとしたのだ。
だが……流れを持って行ったのはアルビータで、驚かされたのはフレト達だった。
「なっ!」
「こんなっ!」
「おいおい、そんなのありかよ」
アルビータは片方の両刃斧でレットとラクトリーの攻撃を正確に受け止めて、点で攻撃するフレトのマスターランスも、アルビータはもう片方の両刃斧で確実にマスターランスの先端を受け止めていた。つまり、アルビータは三方からの同時多重攻撃を見事に防いで見せたのだ。
確かにアルビータの行動には驚かされているばかりフレト達だったが、フレトも思考を素早く切り替えてきたのだろう。二人に向かって叫ぶ。
「手を止めるなっ! このまま一気に押し込むぞっ!」
そんなフレトの指示を聞いてレットとラクトリーはすぐに次の攻撃に移る。その間にもフレトはわざわざアルビータの真正面に立ち、アルビータの逃げ道を完全に塞ぐ。そんなフレトがマスターランスを一気に突き出す。それでも、アルビータはフレトのマスターランスを片方だけの両刃斧だけで防ぎ、残りの一本はレットとラクトリーの対処に向けている。
それにはフレトなりに、マスターランスに仕掛けを施してあるからだ。フレトは詠唱を使う事で他の属性を使う事が出来る。それはマスターロッドだけでなく、このマスターランスも同じだ。そこで重要になってくるのが……攻撃の早さだ。つまり、フレトはマスターランスに翼の属性を付加させているのだ。だからこそ、アルビータはフレトだけに一本の両刃斧を使う事になってしまったのだ。
フレトもダメージの大小は無視して、とにかくダメージを与える事を重視したのだろう。だからこそ、フレトは翼の属性をマスターランスに付加させたのだ。そして翼の属性を付けたマスターランスが放つ、刺突の速さはマスターランスを自ら握っているフレトですら、何とか見えるほど早いものだった。
だが、傍から見ていれば、とてもじゃないがフレトの攻撃は見えた物ではないだろう。それなのにフレトには、何のか見えるのは、フレトが翼の属性を付加させた時点で、翼の属性であるスピードに適応させるために、瞳を重点的に身体にも属性の力が宿っているからだ。
だからこそ、フレトは翼の精霊と同等……とまでは行かないが、かなりのスピードで攻撃する事が出来た。それにフレトのマスターランスは形状から言って、突く事に重点を置き、横に斬り裂くとか、そうした事には向いてはいない。つまり、攻撃を刺突だけに絞る事によって、単純ではあるが、手数が多い攻撃を繰り出す事が出来るのだ。そこに翼の属性を加えたのである。だからこそ、アルビータはフレトの攻撃だけを防ぐために片方の手を使わざる得なかったといえるだろう。
そこにレットとラクトリーも攻撃しているのだからアルビータとしては防ぐだけで精一杯だろう。ちなみにレットが使っている爪翼の属性は翼の属性を含んでいるが、それは移動用のためであり、攻撃は爪の属性を使っている。だからフレトのように素早い攻撃を繰り出す事は出来なかった。それでも、ラクトリーと共に攻撃をしているのだから、手数で言えば二人を合わせてもフレトには負けていないだろう。
それにラクトリーは地の精霊では破壊型と言えるだろう。だから武器だけの攻撃でも、かなりの威力はあるはずだ。そこに爪の属性は効かないとはいえ、切れ味はしっかりとある武器で攻撃されているのだから、アルビータは追い詰められても不思議ではなかった。
だが、そんな三方多重攻撃にもアルビータは動じる事無く、反撃の機会を窺っているようだった。そんなアルビータに気付いたのだろう。フレトは攻撃の手を緩める事無く、言葉で揺すりを掛けてみる事にした。
「はんっ! 俺達の攻撃を受けながらも涼しい顔をしているな。だが……それで良いと思っているのか。お前が思っているほど、俺は甘くは無いし、弱くも無いぞ。それに……こちらは全戦力を投入したワケではないからな。お前の契約者、どう見ても戦闘向きでは無いだろう。それに戦う力も無いと見たが、それでもお前は涼しい顔をしていられるかな」
そう、実はフレトの狙いは、そこにあったのだ。つまりアルビータを足止めしているウチに春澄を一撃で片付けようというのが、フレトの考えた作戦だった。だからこそ、今は三人がかりでアルビータの相手をしている。
そしてフレトは自分の言葉にアルビータが動揺を見せると思っていただろう。だが、そんなフレトの期待を裏切るかのように、アルビータは未だに涼しい顔をしながら、攻撃を防ぎつつ、フレトに言葉を返す。
「残念だが、春澄を狙っても無駄だ。確かに春澄は戦闘能力は無い。だが、戦えない事が不利なるとは限らないぞ。それに……春澄は少し面白い能力を持っているからな、どんな精霊が相手でも、どれだけの人数を投入しても、春澄を仕留める事は不可能だろう」
「それは、どういう意味だ?」
フレトが尋ねると未だにマスターランスが凄まじいスピードで突き出されている中でアルビータはフレトの方に顔を向けて、口元に笑みを浮かべるのだった。それからアルビータは更に言葉を続ける。
「そのままの意味だよ、少年。さて、そろそろ私も反撃に移らせてもらうとするか。いい加減に防衛だけも飽きてきたのでな。さあ、少年よ、精々足掻いてもらおうかっ!」
アルビータがそう叫んだ瞬間、三人の目からアルビータは消えた。いや、正確には消えたように見えただけだ。つまりアルビータの動きを目では追いきれなかったのだ。けれでも、気配や空気の流れから相手の位置を察するのも戦いにおてい重要な事であり、ラクトリーもその事に気を配り、すぐにアルビータの位置を特定すると叫ぶ。
「下ですっ!」
フレトとレットがそこに目を向けると、身を屈めて、すでに次の攻撃態勢に入っているアルビータの姿を捉えた。そのため、フレトは考える暇も無く、防衛本能に従ってマスターランスを盾代わりにする。その間にもレットは上空に逃れ、ラクトリーもアルビータからの反撃に備える。
そして次の瞬間にはフレトは何かがもの凄い勢いでマスターランスに当たった事を感じるのと同時に自分が吹き飛ばされた事を悟った。確かに追い詰めるはずのフレト達だったが、たった一度の攻撃で、こうも簡単に形勢が崩されるとは思ってもいなかっただろう。
だからと言って、フレト達が不利になった訳ではなかった。確かにフレトは吹き飛ばされてしまったが、ラクトリーはしっかりとアルビータの反撃を受け止めていた。さすがは大地の精霊でミリアの師匠と言えるだろう。防御に関しても高い能力を持っているのは確かな事だ。
ラクトリーがアルビータの反撃を防いでるウチに、すでにアルビータの攻撃を避けたレットが攻撃を仕掛け始めたが、そんなレットの攻撃も、もう一本の両刃斧、先程までフレトの攻撃を防いでいた方で、今度はレットの反撃を軽々と受け流す。
そんな形勢を見て、フレトもすぐに立ち上がると、マスターランスに付加した翼の属性を駆使し、初動から猛スピードでアルビータに向かって突っ込んで行く。さすがに今度は両方の斧が塞がってるからには、フレトの攻撃を防ぐのは無理だろう。少なくとも、フレトは、そう思っていた。
だが、アルビータは突っ込んでくるフレトの姿を確認するとんでもない行動に出た。まずはレットのテルノアルテトライデント、その最大の特徴と言える爪のような三本の刃に両刃斧を突っ込むと、そのまま絡み付かせる。それから未だにアルビータの攻撃を受け止めていたラクトリーをクレセントアクスごとラクトリーを持ち上げてしまった。
「がぁぁぁぁっ!」
それから気合の掛け声と同時にツインクテラミノアを一気にフレトの方に向かって一気に振り出す。その間の時間は五秒も無いだろう、それだけの短時間でアルビータは力任せにレットとラクトリーを突っ込んできたフレトの方に投げ付けてきたのだ。
まさか、今になって、こんな力技を使ってくると思っていなかったフレトは仕方なく急停止、マスターランスの姿からロッドの姿に戻すと、風を操って二人を受け止めると、何とか無事に二人を受け止める事が出来た。その事で一安心するフレト、だが、その油断こそが致命的な油断とも言えるだろう。
フレトが後ろに気配を感じて振り向いた時には、ツインクテラミノアの一本がフレトの身体に食い込む。もっとも、かなり身近に迫っての攻撃である。柄で殴ったというよりも拳を叩き込んだといった方が近いかもしれない。
だが、アルビータ行動はそこで終わりではない。フレトを吹き飛ばしたアルビータはそのまま、未だに空中に居るレットとラクトリーに追撃を掛けるようにツインクテラミノアを叩きつける。だが、ここでアルビータは不可解な行動を取った。さすがにあのタイミングなら斧の刃を叩きつけて大ダメージを与える事が出来ただろうう。だが、アルビータは斧の刃ではなく、刃が無い腹で、それぞれ一本ずつレットとラクトリーを同時に地面へと叩き付けたのだ。
そのため、レットとラクトリーは思いっきり地面に叩き付けられた反動で、再び宙に舞い上がり、その後にまた地面を二転、三転しながらフレトが転がっている地点の近くで止まるのだった。
確かにフレト達はアルビータの強さをしっかりと確認したつもりだった。それでも勝てるという勝機があったと思ったからこそ、戦いを挑んだのだが、フレト達は大きな計算違いをしていた。それは……アルビータの強さが、フレト達の計算以上に強いという点だ。まさか、フレト達もアルビータがここまで強いとは思ってはいなかっただろう。
それでも、まだ勝負が決まったワケではない。なにしろフレト達もダメージを喰らったものの、フレトは一回だけ崩れかけたが、今ではしっかりと立っている。それに続くかのようにレットとラクトリーも立ち上がろうとしていた。そんなフレト達を見て、アルビータは嬉しそうに口元に笑みを浮かべるのだった。
一方、そんなフレト達の戦いを遠くで見ていた春澄は粘っているフレト達に感心していた。
「へぇ~、アルビータを相手にあそこまで追い詰めたんだ、おかげでちょっと大目に注がないといけなかったよ。うんうん、さすが昇さんのお友達だよね~、そう簡単にはいかないか。でも、残り少ないと言っても、この戦いに決着を付けるだけの余裕はあるんだよね~。それに……戦いが終わったらフレトさん達からも少し貰っておこうかな~。そうすれば、今の戦いでも少しは遊べるよね」
誰に言うわけではなく、独り言のように話し続ける春澄。そんな春澄の背後に黒い切れ目が静かに、気配を消しながら現れるのだった。
はい、そんな訳で……一ヶ月以上死んでましたっ!!! いや~、なんといいましょうか。ほら、この時期って酷いじゃん……五月病……って、既に七月やねんってっ!!! そっか~、じゃあ、七月病だね。そういう問題じゃないだろっ!!!
という事で何となく一人漫才をしてしまいました。いや、何となくね。もちろん、いつものように意味は無いっ!!! それこそが私の後書きにおける美学だからっ!!! ……まったく意味が無い、美学だよね~、いや、私が言うのもなんですけどね……きゃはっ!
さてさて、やっと本格的なバトルが始まったのですが……次回はあの人がかなりの活躍を見せるでしょう。まあ、それは次回のお楽しみって事で。
まあ、次もなるべく早めに上げるつもりなんですけどね。いや、ちょっと……プライベートな都合でいろいろとあり、気力もすっかり死んでて、すでに腐食してました。
だがっ!!! こんな危機を脱すべく、ヤクを強くしてもらいました。へっへっへっ、これだけ強いヤクなら……いちころですで、旦那。……いや、普通の薬ですけどね。しっかりと薬局で処方されているやつです。
まあ、そんな訳で薬の効果に期待しつつ、何とか次を早めに上げて、ペースも上げて行きたいと思っております。……というか、毎回同じ事を言ってるけど……一向に進歩がないな。まあ、そこは……そうっ!!! 日進月歩という事で(意味 歩みは遅くても着実に進んでいる *注意 この意味は作者の妄想であり、決して辞書をひいて訴えないでください。敗訴のショックで北国へと旅立ってしまいます)
という事で、そろそろ戯言も終わりにして、次の作品に取りかかろうかと思いますので、締めますね~。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、今年は待たされる年なのかな、と半年を過ぎた時点で、そんな事を感じた葵夢幻でした~。