第百三十二話 悩める夜
最初はそんな風に思ってました。普通の人は、ううん、この世で多くの人は目が見える事が普通なのに。それなのに、なんで私だけが目が見えないのかって。私以外の大勢対数に値する人は普通に目が見えているのに……私だけが目が見えないなんて……なんか……ずるいって思いました。
だって、そうじゃないですか。私以外にも目が見えない人は居ます。でも……私の周りには……私の世界には普通に目が見えている人ばかりでした。だから羨ましかったし、悔しいとも思いました。その人達は目が見える事が普通だからこそ、私の介護が出来る。私に優しく出来る、私に適切な接し方をしてくれる。でも……誰も私の本心までは分からなかった。
……恨んでたんです。私を捨てた両親なんてどうでもよかった、ただ……私の面倒を見てくれていた施設の人達が、普通に目が見えている人が普通に物を見ているのを恨んだんです。最初は悔しくて悔しくて、そして羨ましくってしかたなかった。そんな私の感情はいつの間にか悔しさや憧れを超えて憎しみに変わっていったんです。どうにもなら無い……世界に向けて。
目が見えない私が目が見える人を恨んでも仕方ない事は分ってました。だから……私は世界を恨みました。私に暗闇しか与えてくれなかった世界を……いつの間にか恨んでました。だから何度も思ったんですよ。こんな世界……壊れてしまえば良いって。
でも……どんなに世界を恨んでも世界は変わらない。目の見えない私には何の力も無い。自分の無力さに歯痒さを感じてました。確かに私の周りに居た人は私に優しくしてくれたかもしれない。でも……私が欲しかったのは人の優しさじゃない。自分の目で世界を見る事だったから、だから……世界を恨むしかなかったんです。
しょうがないじゃないですか、だって……他に、この感情をぶつける場所が無かったんですから。だから私は世界を恨み続けました。それでも……何も変わらない日々、無為に過ごす日々、そんな日々が、またしても私の心を変化させました。
幼かった頃は世界を恨む事で目が見えない事実を紛らわせる事が出来ました。でも……成長するにつれて受け入れ始めたんです。目が見えない世界を……だから……少しずつ、自然に私の中から消えていきました。世界を恨むという感情が。
それからは無為の日々が続きました。ある時に何となく悟ったんですよね。私には何の力も無い、ただ、こうやって周りの人達に支えられながら一生を終えていくんだって。
それは終わりと同じでした。だって、これから向かう目標も無い、進むべき道も無い。文字通りに希望も夢も無かったんですよ。そんな日々を送りながら分からなくなってきました。自分が生きているのか、死んでいるのか。
だから変な事まで考えました。これは誰かの夢であり、私はその夢に出てくる登場人物の一人に過ぎないとか、ここは違う世界で本当の自分は別の場所で、この世界を見ているとか。どれもこれも途方も無い、現実から逃げるための手段に過ぎませんでした。ただ……そう思った方が楽だったから。そう思わないと……本当に自分が生きているのかが分からなかったから。
だから今の私にはしっかりと分かるんです。あの時の私は確かに生きてた。でも……同時に死んでたんです。夢も希望も目標も無い、ただ無為に過ごしていく日々。そこに、どれだけの意味があるんでしょうね。たぶん、意味なんて無いです。ただ生きてる、その事実がそこにあるだけで他には何も意味が無い。本当に……意味が無い人生とは、そういう事なんだと思いました。
そんな時でした。私達は出会ったんです、そう、アルビータと。そしてアルビータも言いました。自分も生きている意味が分からないと。アルビータも私と一緒だったんです。夢も希望も目標も無い人生。そんな人生をアルビータも送っていたんです。
そして、アルビータが言ったんです「私はあなたに夢や希望を、ましてや生きる意味を与える事は出来ない。けど……望む終わりを与える事は出来る。あなたの望む終わりを、私達は手を携える事で迎える事が出来る。その終わりこそ、私も望んでいる終わりなのだから」そんなアルビータの言葉を聞いて決意しました。
夢も希望も、そして生きる意味すら持ってない私だけど、ううん、私だから。意味のある終わりを迎える事が出来る。私は……意味の無い人生よりも意味のある終わりを選んだんです。だから私はアルビータと一緒に旅に出る事にしました。意味のある終わり、私が望む終焉を探すために。
ふふっ、まるで、間違ってるって言いたそうな顔ですね。でも……これだけは誰に何と言われようとも、昇さんに何を言われても止めるつもりはありません。例えるのなら、これは禁断の果実かもしれませんね。それを口にすれば全てが終わる、でも、その甘味な味は無為な日々よりかはずっと良い。私はそう考えてます。
私の行動も考えも、世間一般から見れば間違ってるかもしれません。でも……私は正しいと思ってます。それは私の世界が、それを正しいと認識したから。だから私は自分が間違っているとは思いません。
今まで暗闇と微かな人の温もりしかなかった世界。その世界がアルビータとの出会いで大いに広がった。その先に待つ物が終焉でっても、私は喜んで終焉に向かって歩いていける。そう、アルビータと出会った事で私の世界は一変したんです。
だから今の私は昔みたいに無為に日々を過ごしてはいない。確かに今の私にも夢や希望はありませんけど……目標は出来ました。私が望む終焉に向かうという目標が。その為に旅に出て、終焉に向かって歩き続けてきました。確かに困難な事も多かったですけど、後悔はしてないです、確かに終わりは終焉かもしれないけど……その途中で得る物が多かったからです。
それに……少し考えてみれば、私の考えも間違ってないと思いますよ。皆、終焉に向かって歩き続けているんです。その途中に夢や希望があるだけ、あるいは困難や挫折もあるかもしれません。でも……人は終焉に向かって歩き続ける。そうは思いませんか?
ふふふっ、分からないって顔をしてますね。でも、考えてみれば、これは自然の摂理じゃないんですか。人はいつかは死ぬ、つまりは終焉を迎える。つまり人が最後のゴールは終焉、死だと私は思ってます。
だから人は死に向かって、終焉に向かって歩き続ける。夢や希望なんて、その途中にある幸福や不幸に過ぎません。最後に待っているのは……死という名のゴール、終焉です。だから私が終焉を目指して歩いていくのは当然と言えるんじゃないですか? だって……生きているからには終焉が絶対に訪れるのだから。
春澄が自分の考えを語り終えると疲れたかのように大きく息を吐いて、それから、いつものように昇が買ってきてくれていたジュースを口にして一息付いていた。そんな春澄とは正反対に昇はどう反応して良いのか迷っていた。
確かに春澄が言っている事には説得力がある。それは人の最後は死、終焉という事実は絶対だからだ。だから昇は春澄に対して反論も肯定する言葉も口にする事は出来なかった。
春澄の言っている事が絶対的な事実だとしても、昇としては、いや、人としては受け入れたくは無い。そんな感情が昇の中には生まれていたからだ。だから昇は春澄に対して、どんな反応を反せば良いのか迷って戸惑うばかりだ。
そんな昇を気配を感じ取ったのだろう。春澄はジュース缶を口から離すと昇に向けて言葉を放ってくる。
「確かに私は終焉に向かって歩き続けてます。でも……今を楽しむ事を忘れてませんよ」
そんな言葉を掛けてきた春澄の方へと顔を向ける昇。そこには、いつもの春澄が浮かべている笑顔があった。だからこそ昇は余計に分からなくなってしまった。春澄は間違いなく、終焉、つまり死ぬ事を前提に歩き続けている。それが何なのかは昇には分からないが、昇には終焉が近づいていると知りながらも、そんな笑みを浮かべられる春澄が分からなかったのだ。
そんな春澄が言葉を付け加えてきた。
「前にも同じような事を話しましたよね。その時は、今のように深くまで話さなかったけど……昇さんは少ない私の言葉から私の事を理解しようとしてくれた。それが嬉しかったのは事実です。でも……私は自分の考えを変える気はありません。答えは簡単です、私には……それしかなかったからです。だから私は後悔もしないし、別の道も探さない。ただ終焉に向かって歩いて行く。そう決めてますし、それがアルビータとの約束でもありますから」
そんな春澄の言葉を聞いて昇はやっと理解した。何で春澄の事が気になったのか、なんで春澄を気に掛けるようになったのか。それは昇と一緒だったからだ。昇は自然と感じ取ったのだろう。春澄から感じる硬い決意と信じた道を進む決意の雰囲気を。それは昇も同じだ、昇は自分が望んだ未来を作るためなら硬い決意で争奪戦で戦う事をいとわない、自分が信じた道を突き進む事にちゅうちょはしない。そんな二人の共通点を昇は自然と感じ取ったからこそ、春澄の事を気に掛けたのだろう。
だが、それは昇にとっては初めての経験だった。考えも価値観も違う、けど同じように固い決意と信じた道を突き進んでいる。考えや価値観に対して明らかに違うと言えれば物であれば、昇は春澄の言葉を否定できただろう。だが、春澄の考えは昇ですらも否定する事が出来ないほどの真実であり。春澄は昇と同様に自分の考えを硬く信じ、己の道を突き進もうとしている。そんな春澄をどうやって止めれば良いのか、もしくは止めなくても良いのか。昇は困惑するばかりだ。
そんな昇が必死になって春澄の言葉を否定しようとするが、否定できなかった。確かに春澄が言ったとおりに人は終焉に向かって歩き続けている。それは自然の摂理であり、そこに向かっている春澄は当然とも言えるだろう。けれども、何かが間違っている。昇は、そう感じたからこそ、春澄の言葉を否定したかったが、やはり何の言葉も出す事が出来ずに黙り込むだけだった。
そんな時だった、突如として昇はほっぺたに手の感触を感じると、そのまま引っ張られて、すぐに離された。
突然の事で驚きながらも手の感触を感じた方、つまり春澄の方へ向かって困惑した表情を浮かべながら、軽く引っ張られた自分の頬撫でる。一方の春澄は先程以上に笑い声を上げていた。その事が昇を困惑させるだけだったが、春澄は一息付くと昇に向かって、はっきりと宣言した。
「さっきも言ったように、私は今を楽しむ事を忘れてないよ。だから、昇さんにも今を楽しんで欲しいな。悩んだり考え込んだりするのは後でも出来るでしょ。でも、二人で一緒に居る時間は限られてるんだから、二人で一緒に居る時だけは今を楽しもうよ」
「……そうだね」
春澄の言葉にすんなりと肯定する昇。今度も昇は春澄が言ったとおりだと感じたからだ。確かに春澄の言った言葉に対しては後で悩む事も考える事も出来る。けど、春澄と楽しい時間を過ごすのには、春澄と一緒に居られる時しかない。だからこそ昇は一旦、春澄の言葉を忘れる事にした。そう、春澄との今を楽しむために。
「なんだか……今日は春澄ちゃんに教えられてばっかりだな~」
「これでも人生経験は豊富なんだよ」
「なんか、そう言われると僕よりも年上に感じるな」
「う~、それは女の子に対して失礼だよ~」
怒ったように頬を膨らます春澄に対して昇は「ごめんごめん」と言いながら優しく頭を撫でてやるのだった。そう、昇も思考を切り替えてきたのだ。今は春澄の覚悟や考えについて思い悩む時じゃない。今は……春澄との時間を楽しむべきだと。
滝下家、午後十時。昇の帰りが遅くなってからというもの、各自翌日に備えて、この時間帯にはそれぞれの部屋に戻って、様々な画策をしているのだった。だからリビングは真っ暗だが、庭に通じる窓は開かれていた。時折、夏の終わりを告げる風がレースのカーテンを揺らすが、そんな風さえも気にする事無く、昇は足を庭に出しながら考え事をしていた。
人は終焉に向かって歩き続ける……か。う~ん、確かにそうかもしれないけど……なんだろう、この違和感は? 確かに春澄ちゃんが言ったとおりに人は最後には死ぬ。それは自然の摂理であり、誰もが死に向かっている事は確かだ。でも……それだけで片付けて良い事なのかな? 春澄ちゃんが間違っているとは思えない。ううん、逆に正しいとも思える。でも……なんだろう。僕は……春澄ちゃんを止めたいと思っているのかな? それとも……その逆? ……なんか……ますます分からなくなってきたな~。
すっかり迷走してしまっている昇。そんな昇頭に対して急に冷たい物が乗っけられると、昇は驚いたように頭を激しく手で払うと、後ろを振り向いた。そこにはビール缶を手にした昇の母である彩香が立っていた。
「どうやら、かなり迷っているようだね、我が息子君」
「なんだ、母さんか、驚かせないでよ」
「おっ、驚くって事は、かなり迷ってる事みたいだね~」
うっ、こういう時だけ鋭いな~。昇がそんな事を感じていると彩香は昇の隣に座って、ビールを軽く飲むと、意地悪な顔で昇に向かって話しかけてきた。
「まあ、確かに今の状態じゃ、シエラちゃん達に相談する事も出来ないわよね~。まあ、これも自業自得、そこに更に問題を持ち込むとは、我が息子ならが呆れた女たらしね」
「って、僕が女の子の事で悩んでるって言った覚えは無いよ」
「じゃあシエラちゃん達に相談してみれば?」
「…………」
「やっぱり女の子が絡んでるんでしょ。しかも厄介な問題を持ってる、だから一人で、こんな場所で悩んでた。そんなところかな~」
「人の行動を分析しないでくれる」
そんな突っ込みを入れる昇に対して彩香は大いに笑うだけだが、笑った後に微笑みながらも少しだけ真剣みを出した顔で話を続けてきた。
「しかたないわね。母さんが聞いてあげるから、とりあえず全部話しちゃいなさい」
うっ、そう来たか。でも……母さんに、そう言われると絶対に断れないんだよな~。どうやら昇は完全に彩香から、そういう風に教育されてきたらしい。だからこそ、昇は春澄の事を隠しながらも春澄の考えや、固い決意を持って、自分が信じている道を進んでいる事を全て話した。
彩香もそんな昇の話を微笑みながらも真剣に聞いてやった。もちろん、途中で何度もビールを口にしているが、そんなに酔ったところは見せなかった。むしろ母親として、いや、それ以上の優しさと真剣さで昇の話を聞いてやるのだった。
昇としても彩香がビールを飲んでいても、自分の話をしっかりと聞いてくれてる事は充分に分っている。伊達に親子はやっていないという事だろう。
そして全てを話し終わった昇が一息付くために冷蔵庫から缶ジュースを取に行って、元の位置に座ると彩香から話を切り出してきた。
「世界か……随分と面白い表現をする子ね」
「いや、そういう事じゃなくて」
「いいから黙って聞きなさい。昇にとって世界はどれぐらいの広さ?」
「へっ?」
いきなり質問をされて昇はすっとんきょうな声を上げるが、すぐに答えた。
「そりゃあ、今のところは地球全体じゃないかな? 宇宙開発も進んでるけど、未だに宇宙は遠い存在と言えるし。あっ、精霊精界も世界の一つかな?」
そんな昇の答えを聞いて笑い出す彩香。昇はそんな彩香を思いっきり睨みつけるのだった。まあ、昇にしては真剣に答えただけに笑われたのが悔しいのだろう。そんな昇の視線に気付いたのだろう。彩香は笑うのを止めるとビールを一口飲んでから話を続けてきた。
「昇の世界は随分と広いのね。それじゃあ昇、この地球上で起こっている事を全部説明できる? 精霊世界も昇の世界なら精霊世界の事も説明できる?」
「そんなの無理に決まってるじゃないか。だって、僕だって世界の全てを知ってるわけじゃないし、精霊世界に精通しているわけじゃない」
「じゃあ、昇の世界はどんなの?」
「…………」
彩香の質問に答えられずに沈黙で返す昇。まあ、それもしかたないだろう。なにしろ昇は質問の意味がしっかりと分かっていなかったのだから。いや、昇は世界が何を指しているのかも分っていないのだ。
そんな昇から目を離して、夜空を見上げる彩香はこんな事を言いだした。
「確かに、世界は昇が言ったとおりに広大な台地と海がある。でも、人はそんな大きな世界を抱えられる大きくは無いのよ。精々、自分を中心とした世界しか分からないのよ。まあ、極端な例を上げると、こことは反対側の国で戦争してても、私は知りませ~んって事かしらね」
「……つまり世界は自分を中心に構成されてるって事?」
「その答えは50点、半分の答えよ。世界っていうのは、昇が言ったとおりに人類の全て関わっている世界と自分を中心にした世界の二つがあるって事よ。そしてほとんどの人が自分を中心とした世界の中で生きてる。当然ね、一人の力なんてちっぽけな物で人類全てに関わる何かに干渉する砂粒みたいな物だからね。だから人は自分を中心とした世界で生きてるのよ」
彩香の言葉を整理してみる昇。これも昇が幼い頃よりの習慣だ。彩香はいつも遠回しな言い方をする。だからこそ、彩香の言葉は考えて理解しないと頭に入らないのだ。昇は幼い頃から、そんな彩香のやり方を知っているからこそ、今度も彩香の言葉が意味している事を自然と考えるのだった。
彩香が言うには世界は二つあるという事だ。
一つは人類全てが関わっている世界。一般的に世界と言われれば誰しもが想像しても良いと言うべき世界だろう。今のところは地球圏に留まっているが、宇宙開発が行われてるからには、そのうち宇宙も世界に組み込まれてもおかしくは無い。そこで、一つだけ気になるであろう精霊世界だが。こちらは隣接世界とはいえ、人間世界とはまったく切り離された世界だ。だから一つの世界という訳には行かないだろう。言うとすれば別世界、それが精霊世界と言えるだろう。
もう一つが自分を中心とした世界。正確には自分を中心に関わっている世界の事だ。そこで昇は自分を中心に考えてみる事にした。昇は父親は海外だが、母親とは同じ屋根の下で一緒に暮らしている。そこにシエラ達も加わり、滝下家は賑やかになった。更にフレト達という仲間や与凪との関係も入れれば、小さいが、そこには世界が生まれる。それが昇の世界であり、もう一つの世界である。つまり、広大な世界の中で自分と関わりがあるものだけで構成される小さな世界が生まれる。それがもう一つの世界なのだ。
昇はそんな風に理解すると彩香との会話を続ける。
「つまり自分を中心に関わっている人や空間だけで構成される世界。そっか、確かに世界は広大で全てに関与する事は出来ないけど、自分が関与しているだけの小さい物も世界なんだ」
「まあ、そんなところかしらね」
正解とは言わないものの、昇の言葉を肯定した彩香は再び昇の方に顔を向けると、先程の同じく微笑みと少しの真剣さが入り混じった表情で会話を続けてきた。
「その世界は価値観とか、常識とか、いろいろな言われ方をするけど……世界である事には間違いはないのよ。そんな人の世界に干渉して、気が合えば友達になれるし、あるいは敵になるかもしれない。昇も、その子も、それぞれに世界を持ってる。だから間違っていると思っていても、何も考えずに間違ってるって言うのは間違ってるのよ」
「んっ? 間違っている事を間違ってるって指摘するのは良い事じゃないの?」
「人の話はしっかりと聞きなさい。私は何も考えずに間違ってると言うなと言ってるの。その子の行動が間違っているのだとしたら、何で間違ったのか、本当に間違っているのか、間違ってはいないけど考えを変えさせたいのか。そういう事を考えてから言えと言ってるのよ」
「そんな事は分ってるよ。だから今日は何も言わなかった。でも……何かが引っ掛かるから迷ってるんだよ」
「まあ、それは合格点ね」
つまり昇が取った行動は正しいと彩香は判断したのだろう。昇も彩香がそういう時には自分は間違った行動は取っていないと確信が出来た。問題なのは、その次に当たる部分だろう。それについて彩香から話を切り出してきた。
「人は終焉に向かって歩いてる、それには私も同意見ね。人である限り、死という最後が待っているのは確かなんだから」
「……でも、それはなんだか違う気がする」
彩香の言葉に否定的な言葉で返す昇。春澄と離している時にも、何かが違うと感じたが、あの時はやはり言うべきではなかったのだろう。あの時に言わなかったからこそ、昇はあの後で春澄と楽しい時間を過ごす事が出来たし、今ではこうやって彩香に相談している。だからこそ、昇は思った事をそのまま口に出したのだ。
彩香としても、昇が思った事を口にした事で満足げに頷いてから話を続けるのだった。
「確かに昇の気持ちも分かるわよ。今の昇は自分の考えとその子の考えが違っている部分が分っていないだけ。昇はその子の言葉を聞いても否定できなかったでしょ。それは、その子の考えに同意したけど、賛同は出来なかったという事よ」
「……ごめん、母さん、それは意味が分からない」
「少しは国語の勉強をしなさい。確かに同意には賛同と同じ意味もあるわよ。けど、この場合はね、昇はその子の考えに同じような考えを持てたけど、その考えを認めて賛成した訳じゃない。って事よ。つまり昇とその子は考えは同じでも、賛成するか、否定するかで違ってるって訳よ。分かった」
「うん」
彩香の言葉に短く答える昇。まあ、これで自分が勉強不足なのを実感したのと同時にシエラ達に知られたら、どうなる事かと不安の種も出来たことだが、今は春澄の考えで賛成できなった事が大事だと、昇はそこに重点を置いて彩香に相談の言葉を放つ。
「母さんの言っている通りかもしれない。でも……僕はなんで、その子の考えに賛成できなかったのかが分からないんだ。確かに、その子の考え、その子の世界は正しいかもしれない。でも……賛成は出来ない。その理由が分からないんだ」
「やれやれ、どうやら最近は忙しすぎて変な癖が出来たみたいね」
「へっ、どういう事?」
「いい、昇。人は計算や考えだけで動く生き物じゃないのよ。時には感情を爆発させて動く場合もあるのよ。つまり、全ての考えに、理論的な理由があるわけじゃないのよ。もっと単純で、もっと簡単な理由で、その考えに達したのかもしれないじゃない」
……つまり、僕が否定したいのは頭で考える事じゃない、心で感じる事……って事なのかな? でも……それって何だろう? 彩香の言葉を聞いて、そんな事を考え出す昇。まあ、確かに彩香の言うとおりなのだからしかたないだろう。
人が小さな世界、つまり自分の世界を構成する時には理論的な考えだけではなく、感情的な部分が含まれていてもおかしくは無いのだ。けれども昇は争奪戦の戦いで戦略を活かしてきたから感情的な部分を思考に組み込む事を忘れていたようだ。
なにしろ争奪戦の戦略では相手の行動やら攻撃には計算や経験のといったパターンがある。昇はそれを計算に入れて戦略や作戦を立てる事が多い。というか、それしかやって来なかったのだ。だからこそ、今回のように感情的な部分を入れて、相手の事を考えるという事をすっかり忘れていたのだ。
しかも、争奪戦で戦略や作戦を計算で立てる癖が付いてしまったのだろう。だから彩香に言われても、すぐに答えが出せない昇だった。そんな昇に対して呆れたように溜息を付くと、昇の頬を軽く何度も突付きながら微笑を絶やさぬままに話を続けてきた。
「まったく、しょうがないわね。今回だけサービスして上げるわよ。昇、確かに人は終焉に向かって歩いているかもしれない。でもね、自然と歩くのと、自分の意思で歩いていくのは、まったく違う事なのよ。これだけ言えば、何が違うのかが分かるでしょ」
すっかり彩香の玩具にされた昇は、それでも彩香の言葉をしっかりと受け止めて答えを模索する。う~ん、つまり……そうかっ! 僕達は確かに終焉に向かって歩いてる。でも、それは自然な成り行きなんだ。でも……春澄ちゃんは違う。自分の意思で終わりに向かってる。そう、まるで死ぬ事を覚悟したように。だから僕は春澄ちゃんを止めたいと思った。……けど……どうやって止めれば良いんだろう。
やっと胸の支えが取れた気分の昇だが、再び春澄の事で頭を悩ます事になり、いつまでも頬を突付いてくる彩香の指がうっとうしくなり、軽く弾くのだった。一方の彩香は指を弾かれた事により、昇が何かしらの答えを出した事を察したのだろう。だから素直に引っ込もうとしたが、昇が未だに悩んでいる事を察すると昇に向かって話しかけるのだった。
「やれやれ、どうやら、かなり厄介な事を持ってきたようね。まだ話す事がある?」
そんな事を尋ねてきた彩香に昇は顔を向けると彩香は満足そうに一度だけ瞳を閉じて頷くのだった。
「ううん、たぶん……これは僕が自分で答えを出さないといけない事だと思うから。だから……必死になって足掻く事にするよ」
「そう、じゃあ、必死になって足掻きなさい。自分が望む未来の為にね」
それだけを言うと彩香は立ち上がって自分の部屋に向かおうとしたが、途中で昇が呼び止めてきたので、彩香は足を止めて振り返り昇の言葉を待った。そして昇はこんな言葉を口にするのだった。
「ねえ、母さん。どんなに足掻いても……自分が望んだ未来に出来なかったら……どうしたら良いんだろう?」
そんな質問をしてきた昇に彩香は瞳を閉じて優しげな表情になる。そして、そっと昇に向かって答えてやるのだった。
「誰だって自分が望んだ未来にしようと足掻いてる。でも……成功できる人の方が少ないのよ。だからこそ、失敗しても出来る限りの事をする。それが足掻くって事よ。一番大事なのは自分が望んだ未来を築く事じゃない。自分が望んだ未来の為に足掻く事よ」
「……そっか」
「そうよ、じゃあ、私は寝るわね」
それだけを言い残して彩香は自分の部屋へと戻っていった。半分呆れて、半分は悲しげな表情をしたまま。たぶん、彩香には分っていたのだろう。正確には勘に近いかもしれない。昇が……失敗ではないが、自分が望んだ未来を築けない事に。
時間が日付が変わるちょっと前になると、さすがに外の風も寒くなってきたのだろう。昇は自分の部屋に戻ろうとしたが、たぶん、ずっと待っていたのだろう。琴未が少し寒そうにしながら部屋の前で昇を待っていた。
「えっと……琴未?」
琴未の姿を見掛けた、というか明らかに昇を待っているように見えたものだから、昇もとりあえず琴未に声を掛けた。その琴未が昇の方に顔を向けてくる。その表情には怒ったり、不機嫌な表情はしていなかった。至って普通、昇にはそんな感じに思える琴未が返事を返してきた。
「とりあえず話があるから、部屋に入って良い?」
「うん、良いけど」
昼間とは打って変わって、平穏な雰囲気を出している琴未に昇は二つ返事で入室を許可した。まあ、昇に言わせれば部屋で待っててもらっても構わなかったのだけれど。琴未には、それなりに抵抗があったのだろう、だからシエラのように不法侵入なんて真似は出来なかった。だから昇が帰ってくるまで待っていたのだ。まさか、こんなにも待たされるとは琴未も思ってなかったろうが、それでも琴未としては、どうしても確かめたい事があったのだろう。だから昇を待っていたのだ。
そして二人は昇の部屋に入ると設置してあるテーブルを挟むように慣れた位置に座ると、琴未はしっかりと用意してあったのだろう。いつの間にかポットと湯飲みを取り出すとお茶を入れて昇と自分の前に置いて、琴未は少し冷めたお茶をゆっくりと口にする。
「えっと、琴未?」
琴未の訪問理由が分からない昇はとりあえず琴未に問い掛けてみる。そして問い掛けられた琴未は湯飲みをテーブルに戻すと、真剣な眼差しで昇に問い掛けてきた。
「ねえ、昇。いつまで……続けるつもりなの?」
いきなりそんな事を尋ねてきた琴未に昇は内心で焦りを感じていた。昇としては春澄を良く知らないうちに、シエラ達に会わせれば、在らぬ誤解を受ける事が確実なのは分っている。だからこそ、今までシエラ達から逃げては春澄と会っていたのだ。けれども、そろそろ限界が近いと悟ったからこそ、昇は春澄をシエラ達に紹介しようと今日は誘ったのだ。まあ……断られたけど。
けれども昇としてはしっかりとシエラ達にも春澄を紹介するつもりだったからこそ、あえて逃げてたし、誰にも何も言わなかった。下手なタイミングで何か言えばシエラ達が変な誤解をする事は間違い無いのだから。
だから昇としては琴未の質問に対して何て答えようと考えてると、琴未は大きく溜息を付いてから口を開いてきた。
「昇、私達は昇が女の子と密会している事も、その事を隠そうとしている事も知ってる」
「うっ」
しっかりと見抜かれていた事をはっきりと言われて言葉が昇の胸に突き刺さる。だが、琴未からは意外な言葉が次には出されてきた。
「それに昇には下心が無い事や、その子の事を放っておけない事も私は分ってる。だから、その点について昇を疑ってる訳じゃない」
「琴未……」
「けどさ……私達の事も考えてる。私は昇が好きだってはっきりと伝えたはずよ。その気持ちは今でも変わってない。だからさ……不安なのよ。昇が私の知らない女の子と会っている事が、その子とどんな話をしてるとか、気になるのよ……自分でも嫉妬深いって分ってる。でもさ……こういう気持ちって……私じゃなくても抑えられないのよ……どうしようないぐらい」
「…………」
琴未から本音を聞かされて沈黙する昇。確かに琴未の気持ちも、シエラ達の気持ちも昇は分っているつもりだ。けれども、それ以上に春澄が気になるのも確かだ。だからこそ、昇はなんで春澄が気になるのかを確かめるために、シエラ達から逃げて春澄と会っていたのだ。
確かに昇の気持ちに春澄に対しての下心は無い。普通なら有っても良いものだが、この朴念仁は、そんな気持ちを一つも持っていなかった。だからこそ、今もこうして琴未と普通に話が出来ているのだろう。もちろん、琴未から本音を聞かされて戸惑っているのは確かだが、昇も琴未の気持ちに応えるために言葉を返す。
「僕はしっかりと琴未達の事も考えてるつもりだよ。でも……それ以上に気になるんだよ。それは好きって感情じゃない。なんていうかな~、えっと~」
「放っておけない、でしょ」
昇が言葉に詰まっていると、まるで代弁するかのように琴未が言葉を放ってきて、昇もそれだとばかりに頷くのだった。それから昇は琴未達と春澄の事を思いながら話し始める。
「だから、その時が来れば琴未達にも紹介するつもりだったんだよ。でもさ、今のタイミングで紹介すると変な誤解を生みそうだったから。だから、紹介できるタイミングを見てから、紹介するつもりだったんだよ」
「…………まったく」
少し長い沈黙の後に溜息交じりの言葉を発する琴未。昇としては、まさかそんな反応をされるとは思っていなかったので、困惑するばかりだ。なにしろ昇としては真面目に話したつもりだったのだから、それを溜息交じりの一言で返されるとは昇としては拍子抜けを通り越して困惑するばかりだった。
そんな昇を見て、琴未は湯飲みを手にしながら軽く笑ってから言葉を口にする。
「昔から、そういうところは変わってないわよね。変なところでおせっかいを焼いたり、一人でいたい時にはずっと隣で座ってるし、人の気持ちを分かってそうで分ってなかったりするところも変わってない」
「なんか……そういう言い方をされると僕が成長してないように聞こえるんだけど」
「そうは言ってないわよ。ただ……昇が持ってる、そういう良いところは昔と同じって言いたいだけ」
「やっぱり、成長していないって聞こえるよ」
昇が不貞腐れたようにそんな事を言うと、琴未は軽く笑うと湯飲みを一気に空にして、空っぽになった湯飲みを片手で軽く揺らしながら話を続けてきた。
「昇が成長して無いとは言ってないわよ。ただ……昔から変わってない所があるって言ってるだけよ」
「そう言われると喜んで良いのか、怒って良いのか、まったく分からないんだけど」
昇の言葉を聞いて思わず笑ってしまう琴未。そんな琴未を見てて、いつの間にか昇の表情も和らいでいた。そして琴未が昔を振り返るように、少し遠い目をしながら話を続けてきた。
「昇は昔からそうだった。私が強がっても、本心を見抜いたようにずっと傍に居てくれた。一人にしてと言っても、ずっと傍に居てくれた。その時の本音は確かに誰かに傍に居て欲しかったのよ。昇はまるで、その事を知っているかのように傍に居てくれた。それに私がどんなに強情で強がっても、私の事を理解しようとしてくれた。強がって嘘を付いても、すぐに嘘だってバレた。だから……私は昇に泣き付く事しか出来なかった。そうやって、昇はいつの間にか人の中で大きな存在になってる。それは私だけじゃない、たぶん……シエラや……閃華でさえも感じてる事だと思う」
「自分では、そんなに大層な事をしてるつもりは無いんだけどね」
「別に大層な事をしなくても良いのよ。寂しい時、悲しい時、そんな一人では居たく無い時に傍にいてくれる。それだけで、そうやって私を理解してくれた事が私は嬉しかった。だから……いつの間にか私は昇の事が好きになってた」
「…………」
「けど、私はこんな性格だからね、閃華が後押ししてくれなかったら、この思いはずっと伝えられなかったかもしれない。だから私は……今でも昇の事が好きで居られるし、この思いを遂げたいと思うからシエラとも張り合える。それが今の私であり、私達だと思う」
「……えっと、結論としては琴未は何を言いに来たの?」
耐え切れなくなった昇が、とうとうその質問をしてきた。昇としては琴未の訪問理由がまったく分からないのだ。だから、そんな疑問を抱いても不思議では無い。けれども琴未は訪問理由を話さずに昔話をするばかりだった。だから昇は思い切って、その質問をしたのだが、琴未はすぐに答える事無く、もう話す事は無いとばかりに湯飲みを片付けるのだった。
そんな琴未の行動を呆然と見守る昇。そして琴未がお茶を片付けて部屋を出て行くときだった。開いたドアから振り返って、片手で拳銃の形を作ると昇を撃つ真似をした。そして琴未は軽く微笑みながら言うのだった。
「乙女を甘く見てると痛い目をみるって事よ」
すでに日頃から痛い目に遭っているのですが、そんな言葉が思わず出かけたが、今の琴未にはそんな言葉を言う気分ではなかった。ただ一つだけ昇にも分かった事は……琴未達もいよいよ本格的に動き出す、という事だけだった。
どうやら昇が望んだように、ゆっくりとタイミングをまって春澄を紹介するのは無理みたいだ。それは今の琴未と先程の琴未が口にした言葉を思い出せば、昇でもしっかりと理解できた。だからか、昇は琴未の言葉に苦笑いをするだけで精一杯だった。
そんな昇の反応に満足したのだろう。琴未は「おやすみ」とだけ告げると昇の部屋を跡にした。そんな琴未を見て、昇の苦笑いは更に苦い物になっていた。どうやら昇にもしっかりと分かったのだろう。明日は今まで以上に琴未達が手強いという事と今でも琴未達の気持ちが変わっていないどころか強くなっているという事を。
後者はともかく前者は大問題である。だからこそ、昇はすぐにベットに倒れ込むと明日の対策を考えるが、どうしても春澄の事を考えてしまっていた。そんな思考を巡らしているうちに日付は変わり、昇は考える事を放棄して寝る事にした。
もう、こうなったら、やれるだけやるだけだ。そんな事を思う昇……開き直ったというかなりゆきに身を任せるというか。どちらにしても、今は睡眠を優先させようと昇は部屋の電気を消して、睡魔に身を委ねるのだった。
……えっと……とりあえず……すいませんでしたっ!!!!!!
はい、なんで冒頭で謝ったかというと……実はずっと間違えていた事がありました。それは昇の母親である彩香の名前です。最初の方はしっかりと彩香と書いていたのですが……途中で「彩香」と「綾香」が入り混じってしまいました。正しくは「彩香」ですので、たぶん、読み返すと名前が入り混じっているのが分かると思います。
……いや、だってさ、なんていうか……彩香の出番ってすくないじゃん。だから……つい……なんというか……はっきり言うと……名前を間違えましたっ!!!
え~、そんな訳で、今まで読んできて違和感を感じてた方、すいませんでした。そして修正ですが……はっきり言って量が多くて、どこで間違えてるかも、こちらでは把握が出来ないので修正はしません。
まあ、次からはしっかりと確かめて、二度とこのような事態が起きないようにしますので、今回は勘弁してくださいっ!!!
(土下座)
さて、謝罪が終わったところで、そろそろ後書きを始めましょうか。まあ、ほとんど書く事は無いんだけどね(笑)なんか、後書きの欄はとりあえず何かを書きたくならない、もの凄くくだらない事でも(笑)
それにしても……何となく思ったんだけど……本編と私の後書きって本当に温度差があるよね~。本編では真面目な事を書いているのに、後書きはほんとにくだらい事ばかりですよね~。
まあ、中には連絡事項なんかも入ってますけど、とりあえずいろいろな事に使われている私の後書きですね。
……ほら、今回も後書きについて語ってしまった。まあ、私の後書きなんて、ほとんど意味が無いから良いんだけどね(笑)
っと、そんな訳で長くなってきたので、そろそろ締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、未だに完全回復していない葵夢幻でした。誰かっ! ベホマ、かケアルガを掛けてください。それが無理ならアルテマで良いです。……って、それだと私は完全に死ぬじゃんっ!!! と最後にくだらない事を書いてみました~。