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エレメンタルロードテナー  作者: 葵 嵐雪
百年河清終末編
128/166

第百二十八話 伝説の精霊

 滝下昇はいつもの登下校する道とはまったく違う、道とも呼べない生い茂った草を掻き分けながら走り続けていた。なんで昇がこんな事をしているかというと、全ての始まりは今朝から始まっていた。

 昨日の事があるからこそ、昇はシエラ達が不機嫌で再び痛い視線や雰囲気を味わいながら登校するのだろうと思っていたのだが、昇の予想は外れて、意外な事にいつものように昇を中心にいつものように騒がしげに登校したのである。

 昇にはその事が不自然でならなかった。昨日の夜はあんなにも不機嫌だったのに、今日になって、まるで何事も無かったかのようにシエラ達は振舞ってきたのである。だからこそ昇も気付いたのだ。これは……何かあると。

 だからこそ、昇は余計に準備だけを怠らなかったのである。すでに逃走経路は把握済み、タイミングも何とか作ろうと準備をしてきた。後は放課後になるのを待って決行、そして春澄との待ち合わせの場所に向かうだけだ。そんな事を考えながら登校した昇であった。

 そして、授業が全て終わり、ホームルームの時間となると森尾とラクトリーが教室に入ってきて、連絡事項を伝えてくる。そんな森尾の話を聞き流しながら、昇は着々と準備をする。そして森尾がホームルームの終わりを告げた時だった。

 普段ならシエラ達の方から昇を誘って帰路に付いたり、いつもの生徒指導室でのんびりしたりするのだが、その日の昇はシエラ達が何かを企んでいる事を察したからこそ、シエラ達が動き出す前に一気に行動に出るのだった。

 森尾がホームルームの終わりを宣言するのと同時に昇は机の下に隠してあった爆竹に火をつけると、なるべく人が無い、前の方へと見付からないように投げる。そんな事をすれば、当然のように数秒後には爆竹は大きな音をだしながら破裂を繰り返して、クラス中がパニックにもなり、その後に誰しもが呆然とするだろうという昇の計算だ。だからこそ、昇はそのような大胆な手に出たのだ。

 そして昇の思惑通りに爆竹が一気に破裂し、大きな音を撒き散らし、少量の煙を上げる。いきなりの事にクラスの誰もが爆竹の音に驚いて、隠れたり、驚いたり、または呆然としたりしている。

 そんな誰しもが爆竹に反応を示しているうちに昇は荷物を持つと、一気に教室の出入り口へと走り。爆竹の音が止まないうちに教室から飛び出したのだった。そこからはシエラ達との競争になると昇は考えていたのだろう。だからこそ昇の行動はもの凄く早かった。

 廊下を一気に駆け抜けて、階段を数段飛ばしで一気に駆け上り、そして昇が到達したのは、いつも与凪が使っている生徒指導室である。昇は部屋の扉を開けるとすぐに入り、ドアを再び閉めたのである。

 この生徒指導室の扉は与凪が作り出した精界の出入り口でもある。だから今は昇だけが与凪の精界に入っている状態だ。

 それから昇はすぐにアルマセットを行い、紫黒と八咫烏という名のエレメンタルウェポンとエレメンタルジャケットを身にまとう。

 こうして準備が出来た昇は生徒指導室の窓を開けると、霧の精霊である与凪が作り出した精界、つまりグレーに染まった校庭が広がっていた。だから、校庭には誰一人として人影は無いし、与凪達が未だに来る気配は無い。だからこそ、昇は今のうちと窓から一気に校庭に跳び下りる。

 さすがに昇もいくつもの戦いと修羅場を掻い潜って来ただけの事はあるのだろう。今となっては、この程度の事などは簡単に出来るようになっていた。それから昇は一気に校庭を駆け抜けると運動部の部室棟に辿り着く。

 そこは与凪が作り出した精界の端であり、部室棟の後ろは林となっており、誰もがそこには行かないような場所である。だからこそ昇はそこを選んだのだ。

 昇は部室棟の後ろに回りこむと、すぐそこには生い茂った背の高い草があり、与凪が作り出した精界の端もあった。そして昇は紫黒を構えて、引き金に指を掛ける。なにしろ、与凪が学校に作った精界は隠れ家的な意味が大きいために、普段なら内側からは破壊が不可能とも言われている精界だが、ここの精界は隠す事を優先しているために内側からでも破壊が可能なのだ。

 それでも昇は紫黒に最小限の力だけを注ぎ込むと引き金を引く。なにしろ昇としては学校から脱出すれば良いだけだから、無駄に爆発や大きな音を立てる事だけは避けたかった。だから紫黒から撃ち出された力は与凪の精界を昇が通れるだけのスペースだけ破壊されて、他に爆発も大きな音も出なかった。そして昇は普段の制服姿に戻ると、そこから学校を脱出して、今現在、こうして林の中を駆けているわけである。

 そんな昇が草を掻き分けながら思う。今日は上手く行ったけど、明日からはこうは行かないよね。う~ん、春澄ちゃんの事だから、また明日もって言いそうだからな~。まあ、僕も春澄ちゃんと話をしてみたいし……しばらくはシエラ達から逃げ続けないとかな~。そんな事を思いながら、明日の逃走経路を考える昇はやっと林を抜け出して、春澄が待っている公園へと向かうのであった。



 一方、その頃、シエラ達はというといつもの生徒指導室に居た。そこには珍しくフレトの姿がなかった。どうやら爆竹の騒ぎがフレト達の教室にも伝わっており、フレトにはそれが昇の仕業で、未だに面倒な事になっていると察したのだろう。だからフレトは生徒指導室に顔を出す事無く、咲耶を共にさっさと帰宅したのである。

 だから今の生徒指導室にはシエラ達と与凪、そしてラクトリーの姿があった。そんな中で琴未が少し怒ったような表情をしながら、少し怒りながら発言を開始するのだった。

「あんなのを仕込んでくるなんて、昇も昇よっ! そんなに私達と一緒に居たくないわけっ!」

 シエラ達の計画なら昇の邪魔をしながらも、昇をワザと逃がすつもりだったのだが、まかさここまで手際良く、昇が逃げるとは誰も予測していなかったのだろう。だからこそ、琴未の怒りゲージは上がっていたのだった。

 そんな琴未をなだめるかのように閃華が口を開く。

「確かに今回は昇に一杯食わされたが琴未よ、そんなに怒る事はないじゃろ。昇とて本気で私達を嫌っておる訳では無いのじゃからな」

 そんな閃華の発言を聞いて琴未は閃華を軽く睨み付けながら、質問をしてきた。

「どうして閃華は、そんな風にはっきりと断言できるのよ?」

 明らかに不機嫌な気分を出しつつ、閃華に突っ掛かるように質問する琴未。どうやら閃華が口にした言葉がいまいち納得できないようだ。閃華はそんな琴未に溜息交じりの笑みを向けながら質問の答えを返してきた。

「そもそも琴未よ、昇が本当に私達の事を嫌っておるのなら、契約を解除すれば良いだけじゃ。そうすれば私を含めて精霊は人間世界に居られなくなるんじゃからな。それに琴未に対してもはっきりと近づくなと言ってくるはずじゃ。それが無いという事は、昇は本心から私達を嫌っている訳ではない。何か理由があって私達が逃げておる、そう考える事が出来るじゃうがな」

「ま、まあ、確かにそうだけど……納得行かないっ!」

 閃華の言っている事は正しいと琴未は理解したようだが、理解したからと言っても心が頭と同じように理解で収まるかといえば、それはまた別問題である。頭で納得しても心では納得が行かない事なんて、いくらでもある物だ。今の琴未もまた、その一つに過ぎない。

 そんな琴未の言葉を聞いて閃華は呆れたように息を吐くばかりだ。そんな時だ、与凪から琴未に向かって話し掛けてきた。

「琴未、どうやら滝下君は一旦、この部屋から私の精界に入って、精界を破壊して学校の外に出た見たよ。ほら、ここの精界が破壊されてる。まあ、今は自己修復の最中だけど」

 そう言って与凪は空中に浮かんだモニターを琴未にも見せる。モニターには学校の地図が示されており、与凪が指差した点には何かしらの文字が出ていた。与凪が使っているだけに、使われている言語が精霊の標準語で琴未には読めない文字だった。それでも与凪がそう言っているのだから、これはそういう意味だと琴未は勝手に理解すると、それを踏まえて発言する。

「じゃあ、明日はそこに先回りしてれば良いのね」

「単純」

 琴未の発言に明らかに琴未をバカにしたような発言をするシエラ。そんなシエラに対して琴未突っ掛かりに行くが、何とか閃華がなだめると与凪がシエラの代わりに説明を始めてきた。

「まあ、滝下君の事だから、一度使った逃走経路は二度とは使わないでしょうね。それに私が学校全体を監視できると言っても、それは私がここに居る時だけだからね。ここに先回りされると私でも滝下君を追いきれないわよ。それに学校の構造から、精界を破壊しても見付からない逃走出来る経路は数え切れないぐらいあるのよ。まあ、後は靴と上履きを常に持ち歩いていれば、いくらでも私の監視を掻い潜って逃げ出す事なんて可能でしょうね」

 つまり昇が学校から脱出するには与凪が学校を監視できる、この生徒指導室に来る前より早く学校から出てしまえば、与凪は昇がどこへ逃げたかは追う事が出来ないというわけだ。それに昇の戦略は今までの戦闘を思い出してもらえば分かるとおりに、かなり高度な戦略技術を持っている。

 だから昇の戦略を上回らない限りは昇の逃走を防ぐ事は難しいと言えるだろう。その事を丁寧に琴未に説明する与凪。その琴未の隣で閃華が時々補足説明を加えてきたので、琴未もやっとシエラが言いたい事を理解したようだ。それでも単純と言われた事が癪だったのだろう、だからこそ、琴未はシエラに対して話しかける。

「さ~て、それじゃあ、昇に出し抜かれたのに呑気にお茶を飲んでいるシエラの意見を聞こうじゃないの」

 思いっきり嫌味を込めて琴未はシエラが考えている事を尋ねる。いや、最早尋ねるという領域を超えているだろう。なにしろ琴未は思いっきり上からものを言っているのだから。

 そんな琴未の嫌味すらもシエラは無視して湯飲みを置くと、シエラは泣きながら作業しているミリアを指差した。なにしろ昨日の話し合いでミリアが昇を追跡出来るようにすると決まってしまったのだ。だからミリアはラクトリーから厳しい指摘と指導を泣きながらやっているのだ。

 そんなミリアを見て琴未は再びシエラに向かって、怒ったかのように、いや、確実に怒っているように話しかける。

「それじゃあ、なに、ミリアが作ってる追跡装置が完成するまで、このまま手をこまねいていろっていうのっ! シエラはそれで良いわけっ!」

 はっきりと思った事を口にしてくる琴未に対してシエラは冷静だった。いや、冷静を通り越して、何もかもを見通していると思わせるほどの冷静さと冷徹さを出してた。もちろん、琴未もそんなシエラの雰囲気を察しているが、シエラが出してくる冷気以上の冷たさを自らが出している炎以上の熱さで相殺しているのだ。

 そんな二人だからこそ、対照的な態度を取ってはいるものの、お互いに考えている事は同じなのは言うまでも無いだろう。だからシエラは琴未の言葉を聞いて言い返す。

「残念だけど、確実に昇を追い詰める方法はあれしかない。確かに今日は出し抜かれたけど、明日からは、そうはいかない。そのための方法がある」

「へぇ~、それじゃあ、その方法というのを聞かせてもらおうじゃない」

 シエラの言葉に胸を張って返答する琴未。やはり対照的な二人なだけにお互いの態度が癪に思える時があるのだろう。だからこそ琴未は威張ったような言い方でシエラに言い返すのだった。一方のシエラも冷静さと冷徹さを溶かす事無く、琴未に冷たく不機嫌さが籠もった瞳を向けるとはっきりと口にするのだった。

「人海戦術」

「……はぁ?」

 シエラが口にした言葉に琴未は間の抜けた声を出した。確かに人手が多ければ多いほど、昇を追い詰める事は簡単に出来るだろう。だからと言って、そう簡単に大勢の人を集めるのは不可能だ。琴未もそれが分っているからこそ、シエラの言葉に間の抜けた声で答えたのだ。

 それから琴未はまるでシエラをバカにするかのように肩をすくめるとはっきりとシエラに向かって言うのである。

「人海戦術って、これだけの人数でどうやって決行しようっていうのよ。無理にフレト達を巻き込んでも、絶対的に数が足りないじゃない。それなのにシエラはどうやって数を補うつもりなのよ」

 確かに琴未の言うとおりである。人海戦術は文字通りに人を海のように大勢集めて、相手を追い詰める戦術である。シエラ達は与凪やフレト達を無理に巻き込んでも十人揃えられるか、どうかだ。

 だからこそ琴未はシエラをバカにしたような物言いで言葉を吐いたのだが、シエラにはすでに準備が出来ているのだろう。シエラは与凪の方に顔を向けると、そのまま与凪に話しかける。

「与凪、私が言った物を準備してくれた?」

 そんな言葉を聞いて琴未と閃華の視線が自然と与凪に向く。ミリアはラクトリーの厳しい指導でそれどころではないようだ。そして視線が集まった与凪は呆れたようにシエラに向かって話を続けるのだった。

「まあ、確かに頼まれた数は用意しましたけど、もしかして、このために準備してたんですか?」

 そんな与凪の問い掛けにシエラは首を振ってきて。

「正確には、いざという時のために防御陣を取るために前々から頼んでた。でも、今回は人海戦術を行うために使う」

「なるほど、確かに私の精界は弱いですからね。一気にここが攻められたら、すぐに落ちるのは目に見えてますね。だから前々から私に用意するように言っておいたんですか」

「って、二人だけで話を進めないで説明しなさいよねっ!」

 今まで黙っていた琴未が耐えかねて叫んできた。琴未の心境としては一刻も早く、昇を追い詰める方法を聞きたいほど心がはやっているのだ。そんな琴未が二人の話が終わるのを待つわけがなかった。

 横から琴未に乱入されてシエラは溜息を付くと湯飲みを置いて、代わりに空中にキーボードとモニターを出すと、ある物を表示させた。それを琴未に示すようにモニターを琴未に向ける。琴未の横に居る閃華もモニターを見て感想を述べる。

「なるほどのう、確かにここにも精霊王の力を制御するための装置があるわけじゃからのう。確かにこれなら守りが薄いここでも、しっかりと守れるというわけじゃな」

 そんな閃華の感想を聞いて琴未もモニターをしっかりと見るが、琴未には良く分かっていないようだ。なにしろ示されたモニターには人形みたいな物に精霊文字で、細部の情報が書かれているのだから琴未に読めるわけがなかった。そんな琴未が閃華に尋ねる。

「って、閃華、なんなのよ、これ」

「おぉ、済まんかったのう琴未。琴未には精霊文字が読めんのじゃったな。じゃが、これは琴未も良く知っておる物じゃぞ」

「えっ?」

 自分も知っていると言われて記憶を辿る琴未。確かに閃華に言われてみれば、モニターに写っている人形みたいな物には微かに見覚えがあった。正確には、それに似たのを、どこかで見たような記憶があると言えるだろう。

 そんな琴未が記憶を引き寄せ、モニターに写っている物と似た物を記憶から手繰り寄せると一つの物が琴未の頭に思い浮かんだ。だから琴未はモニターに写っているのが、何なのかが分かると両手を打って理解した事を示したのだ。そんな琴未が思わず口にする。

「もしかして、これって……」

「どうやら分かったようじゃのう」

 琴未の態度を見てシエラが与凪に用意させていた物が何なのかを理解したと解釈する閃華。そんな閃華が琴未に向けて笑みを浮かべる。そんな閃華の笑みを見て琴未も笑みを浮かべるのだった。閃華もシエラが考えた作戦が有効だと思えたからこそ、琴未に向かって笑みを浮かべ。琴未も閃華と同じように考え、少し癪だがこの方法なら昇を追い詰める事が出来ると判断したからこそ笑みを浮かべたのだ。

 そんな二人を見ながらもシエラは用意していた物の数を与凪に確認する。

「それで与凪、全部で何体用意できた?」

 シエラの質問に与凪はキーボードを操作して、すぐに使えるだけの数を確認すると、その数をシエラ達に伝えるのだった。

「すぐに使えるのは300ちょっとですね。確かにこれだけの数なら学校中に配置できますし、私が自ら手を加えた改良型ですから。少し小さいけど高性能ですよ」

「分かった、なら、すぐに使えるやつだけをこっちに寄こして」

 そんな言葉と共に与凪も珍しく笑みを浮かべる。どうやら与凪が用意している物は今でも作られ続けているらしい。更に与凪がそれに手を加えて性能を上げたのだろう。だからこそ、与凪は自ら作ったそれが自慢でもあるし、それに対して昇がどう対処してくるのかが楽しみなのだ。やっぱり、最後は他人事のような心境になるのは与凪らしいと言えるだろう。

 そしてシエラは与凪が用意した物を確認するかのように、それに関する情報と管理権を渡されるとモニターに向かいながら、空中に浮かんでいるキーボードを叩くのであった。

 シエラが何かを始めた時だった。与凪が何かを思い出したかのように手を叩いて話題を切り替えてきた。

「そうそう、いつもの噂話が今になって、しかも日本に限って広まっているみたいですよ」

 いきなりそんな事を言い出す与凪に対して琴未は首を傾げるだけだった。さすがに精霊ではない琴未がいつもの噂話と言われても何の事だか、まったく検討が付かないのは当たり前だ。そんな琴未とは対称的に閃華とシエラには何の事だか分かったようだが、シエラはあまり興味持たなかったのか、いったん湯飲みを手にするとお茶を一口飲んで作業を続ける。一方の閃華は溜息をついた後に与凪との会話を続けるのだった。

「まあ、あの噂話は争奪戦がある度に、どこかで広まっておるからのう。今になって出てきてもおかしいとも思えんのじゃが」

「ふっふっふっ、それが閃華さん、今度の噂話はちょっと違うんですよ」

「ほぉ、何が違うと言うんじゃ?」

「実はですね。伝説にあるとおりの力を持った精霊が出てきたと、最近では噂になってて、これは伝説の再来とまで今では噂が広まっているんですよ。ここまで広まるからには、具体的にその精霊と戦った契約者や精霊が居るみたいなんです」

「なるほどのう、確かに具体的な事が起きれば噂に信憑性が増すという物じゃが。今までも、そのような展開だったが、結末が実は違ってたという例が数え切れないぐらいあるじゃろ。じゃから今回もそんな結末じゃろうな。まあ、確かに伝説の精霊が出てきたのなら、それはそれで面白いといえるがのう」

「って、さっきから二人で何を話してるのよっ! 私にも具体的に教えてよね」

 すっかり二人の話から置いてけ堀を喰らった琴未が耐えかねて、そんな抗議の声を上げてきた。そんな琴未の言葉を聞いて閃華も与凪も、やっと琴未には何の事だか分からない事を思い出して琴未対して軽く誤ってから、与凪の口から伝説の精霊について語り始めるのだった。

「その精霊は伝説の精霊って言われてるの。本来ならエネルギーの結晶体である精霊、そのエネルギーは人の信仰心や確立した論理。それに本来から自然界に存在している物、それらの物から自然と流れ出る力。まあ、私達は精霊力とも言ってるけどね。つまり精霊の元になる力は常に何かから流れ出てるの。だから人間には、その存在が確認できなくても、精霊には確認できる存在が多くあるのよ。でも、そんな精霊でも存在を確認できない、そんな精霊が昔から伝説として伝わっているのよ」

「つまり精霊でも確認できない精霊が居るって事?」

「まあ、そういう事ね」

 どうやら琴未には理解できたようだが、話が複雑なので少し整理する事にしよう。

 まず、精霊という存在は与凪が言ったとおりの存在だ。何かから常に流れ出ている精霊力、それが集って精霊が誕生する。だから精霊は自然界だけでは無い、人間界にあるもの、人間が生み出した論理や倫理、あるいは信仰心、そうした物から生まれてくる。だからこそ、精霊は精霊を精霊だと確認する事が出来るのだ。なにしろ同じような存在だからこそ、相手も同じような存在だと確認しているのだ。

 だが人間はどうだろう、倫理や論理なら文字で表現できる物なら人間にも確認できるだろう。けれども信仰心みたいに人間の目には見えない物はどうだろう? 確かにその人の心には何かに対する信仰心があるかもしれない。けれども人間の目には確認できない、それは当たり前だ、人間は他人の心までは見えないし、聞こえないのだから。

 だが精霊は違う。精霊は人間の心に信仰心があるのだとしたら、それらが放つ精霊力が集まって必ず精霊となる。つまり精霊は何の精霊かを見る事で、人間には見れない物を見る事が出来るのだ。

 簡単な例を上げるとしたら、昇達が海で戦った竜胆を思い出してもらいたい。竜胆は高温の精霊で焦熱の属性を持つという、人間が発見して生み出した理論から生み出された精霊だ。人間はその存在を文字で確認できるが、逆に言えば文字でしか確認できないのだ。

 逆に精霊は、その精霊が存在する事で、そうした理論や倫理、そして信仰心などを確認できる。つまり、人の心が持っている精霊力で生み出された精霊を確認する事で、人の心にある信仰心があると確認出来るのだ。

 だが何事にも例外と言うものがある。それが与凪達が話していた伝説の精霊である。だから、話の流れは自然と伝説の精霊に向かって行くのだった。

「それで、その伝説の精霊ってのは何の精霊なの?」

「命の精霊」

 今まで黙っていたシエラが琴未の質問に対して、たった一言で返してきた。そんなシエラに琴未は更なる説明をするように突っ掛かろうとするが、その前に閃華が口を開いてきたので琴未がシエラに突っ掛かる機会が無くなってしまった。そのため、琴未はしかたなく閃華の言葉に耳を傾ける。

「命の精霊が争奪戦に参加してきたのは過去に二回、しかも争奪戦が始まってからの最初の二回だけなんじゃ。それに精霊世界でも普段から命の精霊を見た者はおらんのじゃ。じゃが、過去の争奪戦には二回も姿を現しておる。つまり争奪戦の時にだけ確認ができる精霊、そんな特殊な精霊じゃからこそ、命の精霊は伝説の精霊と言われておるんじゃよ」

「同じ精霊なら精霊世界で、その存在を他の精霊に見られても不思議では無いし、精霊なら精霊の姿を確認出きるのが普通の事なのよ。人間が人間を見て、相手が人間だと確認するように普通の事なのよ。でも、命の精霊だけは別なの。命の精霊は精霊世界では、私達精霊でも姿を見る事も出来ないのに、争奪戦にはしっかりと精霊として参加して来ている。そんな過去があったから、今でも命の精霊は伝説の精霊と呼ばれてるの。もっとも、命の精霊が現れたっていう争奪戦が、開かれるようになってから最初の二回だけ、その後の争奪戦で実際に命の精霊を見た者は居ないから、今では伝説の精霊と呼ばれてるし、争奪戦が始まる度に、この手の噂が流れてもおかしくはないのよ」

 閃華の説明に、長い補足説明を付け加えてきた与凪。そんな二人の説明を聞いて琴未も命の精霊が伝説の精霊と言われる理由が理解でたように二人に向かって頷く。それでも琴未の頭には疑問に思う事が生まれたのだろう。琴未はその事を尋ねてみる。

「そもそも、何で、そんな噂話が争奪戦の度に流れるわけ? それに命の精霊が確認できない理由が何か有るの?」

「琴未よ、そう一気に質問されても、こっちが困るだけなんじゃが。まあ、一つ一つ説明して行くとするかのう。まずは争奪戦の度に命の精霊が現れたという噂じゃが、これは与凪に説明してもらった方が早いじゃろ」

 閃華が説明を完全に与凪に任せてしまったので、与凪は閃華に呆れた笑みを一度向けると、スムーズに説明をするためか、目の前に置かれてある紅茶を一口。それで喉を潤してから琴未に向かって説明を開始した。

「精霊でも争奪戦でさまざまなタイプが居るのは琴未も分かるよね。私みたいにバックアップ専門の精霊とか。そういう精霊がお互いに情報を交換するのも珍しくは無いのよ。お互いに情報を提供する事で情報が貰える。そして貰った情報次第では、自分達が一気に有利になる事もある。だから精霊がお互いに情報を交換するのは当たり前の事なの、情報に関してはギブアンドテイクが当然になっているのよ。そんな情報交換をしているうちに、どこからか、争奪戦が始まると必ず命の精霊が現れたって情報が最低でも一回は流れる物なのよ。もっとも、私の知る限りでは本当に命の精霊が現れた例は無いけどね。だから、今回も噂話として広まってるって言ったのよ。私達も今では、その程度しか見ていないんだけど、今回はちょっと具体的な話が多くてね。だからちょっとだけ信憑性が増して、噂が広まってるのよ。まあ、大抵のオチは決まってるけどね」

「オチって何よ?」

 琴未の質問に対して与凪はすぐには答えなかった。さすがに一気に説明したからだろう、少しだけ乾いた口を潤すために目の前にあるティーカップに手を伸ばす。そうして与凪が紅茶を飲んでいる間に、しかたないとばかりに閃華が続きを説明するために琴未に話し掛けて、説明を続ける。

「琴未よ、そもそも争奪戦は大体150年前後の周期で行われておるんじゃ。それはエレメンタルロードテナーとなった者が死んで、その亡骸が完全に無くなる前に争奪戦は行われるんじゃよ。その周期が大体150年なんじゃ。争奪戦は新たなる精霊王の器、エレメンタルロードテナーを決めるための戦いじゃ。じゃから以前のエレメンタルロードテナーが完全に消滅する前に始められて、完全に消滅した時点で最高の力を持っていた者がエレメンタルロードテナーとなるんじゃ。そうする事で精霊王が消える事無く、精霊王の力が地球を、人間世界と精霊世界を支えてくれているんじゃ」

「その説明は前にも聞いたわよ」

 閃華の説明にそんな事を言ってくる琴未。閃華はそんな琴未に焦るなとばかりに溜息を付くと説明を続けるのだった。

「ここで大事なのは150年という年月なんじゃ。それだけの時間があれば人間は大いに進歩する場合もある。それに自然界に大きな異変や新たなるものが誕生する場合もある。つまりじゃ、それだけの時間があれば、新たなる精霊が誕生していてもおかしくは無いんじゃよ。それが大体のオチじゃな」

「そう言われても、いまいち飲み込めないわよ」

 どうやら閃華の説明だけでは琴未は理解できてはいなかったようだ。そんな琴未に対して肩をすくめて見せる閃華。これは琴未の頭が悪いわけでも、覚える要領が悪いわけでもない。なにしろ琴未は人間である。だから精霊世界での情報や事情にはうとくて当然だ。なにしろ文化どころか世界が違うのだから。

 精霊世界は人間世界との隣接世界だが、精霊世界では独自の文化と発展をしている。それに精霊世界から人間世界を観察したり出来るが、干渉する事は出来ない。つまり精霊は人間世界に関しても事情や情報を持っていてもおかしくは無いのだ。

 だが逆に人間は精霊と接するまでは精霊の事なんて、まったく知らずに生きているのだ。琴未もまた、その一人だった。つまり今まで精霊世界との接点が無かった人間の琴未だからこそ、事細かく、砕いて説明しないと人間には理解できない部分が多いのだ。そして琴未も例外無く、そんな精霊世界での事情を細かく聞かないと理解できないと示したのだ。

 閃華も琴未の要領が悪い訳ではないと分ってはいるが、自分では常識と思っている物を人に事細かく、砕いて説明するのは疲れるようようだ。だからこそ閃華は肩をすくめて見せたのだ。

 そんな閃華と入れ替えに与凪が説明の続きをしてきてくれた。

「琴未、人間が新たに確立した理論や考え、または憧れ。それから自然界での変化、そんな事が起こると、それを切っ掛けに新たなる精霊が生まれるのは珍しくは無いのよ。そうした精霊が争奪戦に参加してくると、今まで見た事が無い精霊だからって噂になる事が多くて。なにしろ新たなる精霊だから、新しい属性を有している事もあるのよ。そんな見た事も聞いた事も無い精霊と戦ったら、誰だって驚くでしょ。そんな話が広まって、いつの間にか新たに誕生した精霊が伝説の精霊として噂されるって事なのよ。つまり、伝説の精霊だと言われてたけど、実は新たに誕生した精霊でした。それがいつものオチなのよね」

「随分とまあ、お約束というか、ありがちというか」

 二人の説明を聞いて琴未もやっと理解できたようだ。まあ、これだけ詳しく説明してもらえれば誰でも理解しやすいだろう。けれども琴未の質問はこれで終わりという訳ではなかった。だからこそ、琴未は立て続けに二人に対して質問するのだった。

「それで、噂になるのは分かったけど。なんで命の精霊は精霊世界では誰も確認していないの?」

 新たに、そのような質問をしてきた琴未対して閃華と与凪の二人はお互いに顔を見合わせて肩をすくめるのだった。どうやら二人とも説明をするのに疲れたらしい。まあ、これだけ立て続けに精霊世界では常識と言える事を説明させられてきたのだ。二人が疲れを示してもおかくはない。

 それに琴未の隣に座っているシエラは琴未に対して説明する気は無いのだろう。だから今までも会話を無視して、目の前のキーボードを操作しながらモニターと睨めっこをしている。そんな状況に琴未がどうしようかと思っていると、今までテーブルから離れたところでミリアを指導していたラクトリーがお茶を手にテーブルに付いて来た。それからラクトリーはお茶を一口飲むと琴未に対して質問をする。

「琴未さんは、命というのを何だと思っています?」

 いきなりラクトリーから、そんな説明をされて琴未は腕を組んで考え込む。けれども、琴未はすぐに降参を示すかのようにラクトリーに向かって手を振ってきた。それを見て軽く笑ったラクトリーは話を続けてくる。

「精霊世界では命を存在するための力だと考えられているのです。人間も動植物も、そして物も、存在するためには命という力を使っていると考えられているのです。それは物理的に見えるものだけではなく。人の心にある信仰心、または確立された理論。それらが誕生した時点で、それには命が宿り、存在が出来ると精霊世界では考えられているのです。これは精霊が目に見える物からだけではなく、人の心や理論からも精霊が誕生するから、そう考えられるようになったのです。つまり、命とは存在するための力。命が尽きるとは、存在する力をなくした時。つまり、世界に存在出来ない事を示しているのです」

「それって、死んだって事ですか?」

 ラクトリーが副担任で先生をやっている所為もあるのだろう。琴未はついつい、いつもの調子で生徒が教師に質問をするように質問をしてしまった。まあ、ラクトリーがここで教鞭を取っているのだから、それは普通の事なのだが、やはり精霊である閃華や与凪から見ると、どこかに違和感があって少しだけ笑いそうになったようだ。

 そんな二人に構う事無く、ラクトリーは琴未対して説明を続ける。

「そうとも言えるし、そうとも言えません。そもそも死ぬというのは動物に使われる言葉なのですよ。人間もそうですが、猫なんかの動物も死ぬと表現されます。これを植物にしてみると枯れるとか言われます。物質に関してはいろいろと言われますね。朽ちる、壊れる、消える、どれも存在が消滅する意味を示しています。そうした存在の消滅を命が尽きると私達も言っています。つまり死ぬという言葉は動物に適用される言葉であって、他にも命が尽きる言葉が存在するという事なのですよ。だから一概に死ぬとは言えないのです」

「そっか、死ぬっていう言葉は動物にしか使われないですよね」

「えぇ、その通りです。だからこそ命とは存在する力であって、命があるからこそ、全ての物に命が宿り、そこから精霊が誕生するのです。この考えは、この国、つまり日本の神道に考えが似てますね。全ての物に命が宿り、神が宿る。八百万の神と似たような考えですから、琴未さんには理解しやすいでしょう。それからミリア、113番目と127番目と131番目の計算が間違ってます。やり直しなさい」

「はうっ!」

 どうやらラクトリーは琴未に説明しながらも、しっかりとミリアの作業も見ているようだ。さすがはミリアの師匠だけあって、誰かに物を教えなれているのだろう。だから琴未に説明しながらもミリアの作業もしっかりと監視しているラクトリーだった。

 一方のミリアはラクトリーに間違いを指摘されて、泣きながら間違っている場所を修正するために計算をし直すのだった。なにしろミリアが作っている装置もそうだが、精霊達が新たに作り出している道具は計算式を大量に使って作り出される物が多い。そこは人間が作り出した機械と似ている物があるだろう。

 たとえるのならパソコンである。これは0と1、二つの電圧を幾つも並べて、複雑な計算式を形成する事でさまざまなアプリケーションを作り出している。どうやら精霊達は人間が計算を重ねる事でさまざまな物を作り出す、という技術をかなり前から発見して開発をしていたのだろう。だからこそ、今では人間では真似する事が出来ない技術も持っているようである。

 まあ、そんな作業をしているミリアを監視ながらもラクトリーは琴未とのやり取りを続ける。

「さて、それでは命に関して理解した所で話を戻しましょうか。琴未さん、そもそも命とは目に見える物ですか?」

 そんな質問をしてくるラクトリーに琴未は少し驚きながらも答えるのだった。なにしろ、そこだけは人間にも同じぐらい常識的な物だから、常識的な質問をされて琴未は少し驚いたようだ。それでも琴未はしっかりとラクトリーに向かって答えを返す。

「見えません。少なくとも私の知る限りでは人間には命は見えません。精霊に関しては命が見えているかは知りませんが」

 はっきりと答えを返した琴未にラクトリーは満足げに頷きながら、自ら持ってきた紅茶を少し喉に流し込むと話を続けてきた。

「さすがは琴未さんですね、はっきりとした良い解答です。少しはミリアも見習いなさい」

「うぅ、は~い」

 既に泣いているミリアは、まさかここでもラクトリーからとばっちりを受けるとは思っていなかったのだろう。更に泣きながら返事をするのだった。そんなミリアの返事を聞いて、ラクトリーは軽く笑うと琴未に顔を向けて話を続けてきた。

「精霊に関しても命が見える精霊なんて居ません。それは精霊が存在しているからです。だからこそ、精霊にも命というのは見えないのです。つまり命とは見えない力、そう決まっていると精霊達も考えています。けれども命は存在する、確認する事は出来ないけど存在しているのです。それは精霊も自分が存在している事で命という力が存在しているのを確認しているからです」

「つまり命が見えないのは精霊も命、存在する力を使っているから見えないという訳ですか?」

「ええ、その通りです」

 琴未の質問に満足げに頷きながら答えるラクトリー。どうやらラクトリーにとって琴未はミリア以上に優秀な生徒と言えるような存在に感じたのだろう。だからこそ、ラクトリーは琴未に足して、そのような態度を見せたのだ。これがミリアなら未だに首を傾げていたところだろう。

 ここで二人の会話を少し整理してみよう。

 命とは存在する力。だがその力は人間にも精霊にも見えないし、聞こえない。ただ自分が、そしてその他の人間や精霊が存在する事で命という存在する力を確認する事が出来るのだ。

 だが、それは間接的に命という物を確認しているだけであって、直接的に命という存在する力を確認する事は出来ない。それは人間も精霊も同じである。

 先程、命の精霊という言葉が出てきたからには、精霊には命が直接的に見える物だと勘違いしそうだが、精霊にも命を直接的に感じる事は出来ない。そこは人間と同じと言えるだろう。

 けれども命、存在する力は確実に存在している。見えなくても、聞こえなくても、そして触れる事が出来なくても、命は存在している。人間も精霊も命があるからこそ、存在しているのであり、命があるからこそ、命が直接的に感じられないのだ。つまり、誰もが存在する力を見る事も出来ないし、感じる事が出来ないのだ。それが命というものである。

 精霊が考えている命の定義が終わったところでラクトリーは命の精霊について説明を開始してきた。

「さて、琴未さん。命が何なのかが分かったところで、一つだけ質問です。あなたは命、存在する力を失いたいですか?」

「自殺志願者じゃないですから、絶対にそんな事は思いません」

 琴未の解答にラクトリーは軽く笑うと説明を続けてきた。さすがに解答に自殺志願者なんて言葉が入ればラクトリーでさえも、少しは笑ってしまうのだろう。それでも、ラクトリーは教師の態度を崩さずに講義を続けるように話を続けてきた。

「そう、誰もが命を失いたくない。それは人間も精霊も同じです。最も、精霊には寿命は無いですから。充分に生きた精霊は争奪戦で完全契約をして、契約者と共に命を失う事を望む者も出てきます。まあ、私達の事ですね。私も充分に存在しましたから、そろそろ後継者であるミリアを完璧に鍛え上げてから消えようと思ってます。っと、話がずれましたね。つまり命を失いたくない、特に人間に関しては、その欲望が強いです。ですから、古来より不老不死の研究やら儀式が行われてきたのです。もっとも、それらの行為を自殺行為にしか見えないのですが、昔の人間はそれで永遠の命を手に入れようとしたのです。つまり命という存在の力を永遠に望むという人間の心。それがあるからこそ、命の精霊は誕生したと言われています」

「その言い方だと、まるで確証が無いように聞こえますけど?」

 ラクトリーの言葉に違和感を感じたのだろう。琴未は思ったままを口にすると、ラクトリーはまた琴未に笑みを向けながら話を続けてきた。

「良い質問ですね。確かにその通りです。先程、お二人が説明したように精霊にも命の精霊が精霊世界では見えないし、出会った者も居ないのです。つまり精霊世界でも命の精霊を確認した者は居ない。けれども、争奪戦では命の精霊を確認している。だからこそ、命の精霊は伝説の精霊と言われているのです。まあ、最も、これに関しては私は私なりの答えを出したつもりですけど、それを実証する術がありません。たぶん、私と同じ事を考えた精霊も実証出来ないからこそ、今でも命の精霊を確認する事が出来ないのです」

 そんなラクトリーの言葉を聞いて琴未は少し考え込むと、琴未にしては珍しく答えが浮かんできた。まあ、琴未は普段から成績が下位という訳ではない。ただ精霊世界という異文化だからこそ、知らない事が多いだけだ。

 そして答えが出た琴未がラクトリーに対して答え合わせをする。

「命、存在する力は見えない力。そんな力から生まれた精霊だからこそ、人間にも精霊にも直接的に見る事も確認する事も出来なかった……じゃない、今でも確認する事が出来ない。それは精霊も人間と同様に命を持っているから。自分が存在するために見えない力を使っているからこそ、その力から生まれた精霊も見る事も確認する事も出来ない、そういう事ですか?」

「さすが琴未さんですね、見事に合格点です」

 そんな事を言って微笑みを向けてくるラクトリーに琴未も嬉しそうに拳を握り締める。どうやら琴未の解答が合格点にまで達していた事が琴未には嬉しかったのだろう。

 だから、ここで琴未の解答に関して少し整理しようと思う。

 命という物は人間にも精霊にも宿っている。だが、命という存在する力は誰に目にも見えないし、直接的に干渉する事が出来ない。まるで精霊が人間世界を確認しながらも人間世界に干渉できないように。

 そんな命を精霊も宿しているからこそ、命に対する人間の執着心から生まれた命の精霊を精霊も見る事が出来ないのだ。なにしろ、命という見えない力を精霊も使っているからである。元々、見えないものから生まれた精霊だからこそ、同じ精霊であっても見えないし、その存在を確認する事が出来ないのだ。

 だが、そんな命の精霊を確認する手段が一つだけあった。それが契約者との契約である。争奪戦が始まれば精霊は人間と契約をして人間世界に干渉出来る身体を得る事が出来る。正確には具現化といえるのだが、どちらにしても人間世界に存在できるようになるのである。

 それは命の精霊も同じである。なにしろ普段は精霊にも存在が確認できない命の精霊でも、争奪戦で契約をすれば人間世界に存在する事が出来る存在になるのである。だからこそ、精霊世界では確認できなかった命の精霊が、争奪戦でしか確認が出来なかったからこそ伝説の精霊と呼ぶようになったのだ。

 それに命の精霊が過去に二回しか、争奪戦に参加していない事も伝説と言われるようになった要因とも言えるだろう。なんにしても、命の精霊とは、そのような精霊なのである。

 やっと命の精霊に関して理解した琴未はいっぺんに理解する事が多かった所為で頭をフル回転させた疲れたのだろう。疲れたように座り直すと、目の前に置いてある日本茶に手を伸ばすと、それを一気に飲み干してから、普段の口調で会話を始めた。

「それにしても、精霊世界にも伝説なんてあったんてね。私としては、そこがちょっと驚きだわ」

 そんな事を言った琴未に閃華が当たり前のような口調で会話に参加してきた。

「まあ、精霊世界は人間世界と同様に長い歴史があるからのう。そのような伝説が残っておっても不思議では無いんじゃよ」

 そこに与凪まで、再び会話に参加する。

「まあ、精霊世界にも精霊文化とも言えるのがあるからね。精霊は文化を持つ種族と言っても良いのよ。ただ元を正せば、古代の人間に大元を作られただけで、後は精霊達が自分達で自分達の文化を作ってきたんだから。だから伝説の一つや二つ、あってもおかしくはないのよ」

「なんというか、精霊も人間とあまり変わらないんなじゃない、とか思えてきた」

 与凪の言葉にそんな言葉を返す琴未に部屋に中に軽く笑い声が立ち上る。

「まあ、確かに、そんなに変わらんのかもしれんのう。人間も精霊ものう」

「そうですね、精霊も人間には気付かれていないだけで、隣接世界で独自の文化を気付きましたが、人間世界からの影響は大きくありますからね。なにしろ隣接世界ですから、どうしても影響を受けて、似たような文化が生まれるし、伝説だって残るのかもしれません」

 閃華の言葉にそんな言葉で締めくくるラクトリーにシエラとミリア以外の全員が頷くのだった。

 確かにラクトリーが言ったとおりに人間世界と精霊世界は隣接しており、精霊世界は人間世界が見えているだけに、人間世界の影響を受けていてもおかしくは無かった。それだけに、人間世界と同様に伝説などが残っていてもおかしくは無い。

 だが、所詮は伝説は伝説である。与凪が大きく身体を伸ばしながら、今回の事について話を続けてきた。

「まあ、今広まっている伝説の精霊も、たぶんいつもと同じオチだと思いますけど。けど……本当に伝説の再来だった面白いですね」

「くっくっく、まあ、確かにのう。じゃが、そう簡単に伝説の精霊にお目に掛かれるものでは無いからのう。あまり期待はせぬが、下手にこちらに干渉されてもマズイからのう。その辺の監視だけはしっかりとしておかんとじゃな」

「その辺は大丈夫でしょう。与凪さんの監視網は町全体に張り巡らされている訳ですし。精霊が来たら、すぐに分かるでしょう。最も、本当に伝説の精霊が来ていたら、監視網に引っ掛からなくても不思議では無いですからね。なにしろ伝説ですから、精霊反応があるのかも分かりません。伝説だけに、何があっても不思議では無いですからね」

「……えっと、ラクトリーさん、少し怖い事を言わないでください。さすがに私が作った監視網が役に立たなかったら怖いですよ」

 そんな与凪の言葉に閃華達の笑い声が部屋に溢れる。そんな時だった、突如として琴未が立ち上がると、時計を見ながら口を開く。

「って! もうこんな時間じゃない。しまった~、今日は買い物をして帰らないと夕食を作れないのよね。なにしろ、ウチには大食らいが居るから」

 琴未のそんな言葉に全員の視線がミリアに集中する。そのミリアはというと今にも泣きそうな表情で琴未を見詰めるのだった。それからミリアは駄々をこねるように言い出す。

「ご飯抜きじゃヤダ~っ! ご飯っ! ご飯っ!」

 ミリアがこうなっては、今のミリアに、これ以上の作業をさせる事は出来ないだろうと。しょうがなく琴未はミリアにご飯の為に帰ると告げる。それがミリアには天使のささやきに聞こえたのだろう。ミリアは元気良く返事を返すと、素早く作業を終わらせるのだった。

 そんなミリアを見て呆れながらも微笑むラクトリー。なにしろミリアが作業を終わらせるための作業が今までに比べると、比べものにならないぐらい速かったからだ。つまり、ミリアが本気で作業に取り掛かれば、これだけの効率で作業が進むのだが、ミリアの性格からなかなかそうはいかない。

 だがミリアの撤収作業を見ていればミリアが有している能力が分かるという物だ。その能力の高さからラクトリーは呆れならが微笑むしかなったのだ。それでもミリアが確実に成長している事は確かだから、その性格から力が出せていないのが現状である。それでもミリアが成長している事には変わりからラクトリーは微笑んだのだ。

 そんなミリアの撤収作業が終わる頃には、何かをしていたシエラの作業も終わったのだろう。シエラもすでに帰り支度をしており、ついでに買い物リストを確認していた。後は与凪と閃華が全員が使ってたティーカップやら湯飲みやらを手際良く片付けて、この日は解散となった。

 そう……誰もがシエラの仕込んだ罠に気付かないままに。そして琴未達は夕暮れの町へと向かって行くのだった。






 はい、そんな訳で……なんか、かなりの密度でお送りした今回のエレメですが……たぶん、総文字数が今までは最大といえる程の数になっているのではないのかと思えるぐらいの密度となってしまいました。

 まあ、今回は説明が多かったですからね~。というか、大半が説明で終わってしまってます。まあ、この説明で、これからの展開が少しだけ読める人がいるでしょうけど、実はまだまだ隠された事がありますので、そこも楽しみにしながら次をお待ちくださいな。

 さてさて、今回は琴未達の話になりましたね~。まあ、シエラが何かを仕込んでいたようですけど、それが出てくるのは……まあ、そのうち出てきますよ。そんなシエラの罠を掻い潜りながらも昇は春澄に会うために、シエラ達と対峙しないといけないんですからね~。

 ……昇よ、身から出たサビとはいえ……大変だね~。今回は上手く脱出できたようだけど、次は大変みたいだね~。なにしろ、あのシエラが何かを仕込んでたんだから、昇はそれをどう掻い潜るか、それともシエラの罠に落ちてしまうのか。そこはこれからのお楽しみという事で~。

 まあ、そんな感じの次回予告でした。まあ、次回はこの辺の話じゃないけどね(笑)

 次回は並行時間で昇へと視点が切り替わります。再び春澄と出会う昇。そんな昇は春澄から何を感じるのか、そして春澄はいったい何を企んでいるのか。その辺を少しずつ出せたらな~、とか思っております。

 まあ、しっかりとした次回予告が終わったところで、次に行きますか。

 さてさて、百年河清終末編も始まったばかりですが……書く側としては、そろそろ次も考えておいた方が良いかな~、とか思っております。……まだ、百年河清終末編が始まったばかりなのにね~(涙)

 まあ、次はいよいよ、あの方を出そうと思っております。そう、以前行ったアンケートで、あまり目立っていないのに、何故か人気があったあの人ですっ! しかも、そこに更なる登場人物の再来で戦力を強化して、再び昇達と出会う事になるでしょう。

 そこから、いよいよエレメも本格的に始動しようかと思っております(……思いっきりスロースタートだな)まあ、今までの事を振り返りつつも、新たなる人物や精霊が出てくることでしょうね。まあ、設定が決まっているところは決まっているんだけど、決まっていないところは未だに白紙にもなってないです(笑)

 まあ、そんな訳で百年河清終末編が始まったばかりですが、そろそろ次も考えとかないとだな~、と次のプロットを頭の中だけでも作り始めようかとしている今日この頃です。つまり……未だに次の事は考えているけど、何もしていないって事ですね(笑)

 まあ、百年河清終末編も始まったばかりですし、ゆっくりと次の話も練って行きたいと思っております。

 とまあ、そんな感じで話が尽きたところで締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、次編の話をしておきながらも、次回の話を具体的にまったく考えてはいなかった葵夢幻でした。

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