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第百二十二話 ただいま

 フレト対アンブル、契約者同士の戦いは未だに続いていた。フレトは攻撃を自らが有している風の属性に絞って攻撃しているため、フレトの攻撃は苛烈を極めた。だがアンブルも氷の盾でフレトの攻撃を全て防いでいるのも、また事実だった。

 そんな戦況の中でフレトは焦りを感じていた。

 くそっ! 威力よりも発動時間を優先させた攻撃を連続して出しているのに一発も入らないだと。まさかここまで防御に徹するとは思っていなかったが……思っていた以上にやっかいな能力のようだな、シールダーの能力は。だが、防御に徹しているために反撃も出来ないのだろう。ならっ! ここは一気に攻め続けるっ!

 フレトは自らの能力である風のシューターを活かして攻撃をしていた。フレトのマスターロッドは他の属性を使う力を持っているが、その代償として他の属性を操るためには詠唱時間が掛かる。

 フレトは、その詠唱時間がアンブルに盾を作る隙を与えているのだと考え、攻撃方法を自らの能力である風のシューターに絞って攻撃していた。確かにフレトの能力なら詠唱無しで風の属性を操り、打ち出すことが出来る。それだけにアンブルに盾を作る隙を与えず、また集中的に攻撃する事でアンブルの盾を砕こうとしたのだが。アンブルもシールダーとしての能力が高いのだろう、フレトが打ち出してきた攻撃を全て氷の盾で防いでいた。

 もちろん、フレトも工夫も無しに攻撃を仕掛けている訳ではない。フェイントや囮、そのうえ上下左右、いろいろな方法を取って攻撃をしているが、未だに傷一つ付けることが出来ずに、全て氷の盾に防がれてしまっていた。

 それでもフレトが攻撃を選択したのは、これまでの戦いでアンブルがほとんど反撃してこなかったからだ。確かに戦いを見ればフレトの攻撃は通っていないものの、アンブルもフレトの攻撃を防ぐだけで精一杯に見えていたのも、また事実だった。

 だからこそフレトは更に風を操ってアンブルに攻撃を仕掛けるが、どの攻撃も全てアンブルの盾に弾かれて一度もアンブルに届きはしなかった。

 それでも攻撃に徹しようとするフレト。アンブルは盾の隙間から、そんなフレトを見て軽く笑みを浮かべた。それがフレトにも見えたのだろう、フレトはアンブルからの反撃を警戒して攻撃を中断させる。そんなフレトにアンブルはわざわざ自分の前に展開してある盾の隙間を広げてきて、自らの姿をフレトに晒す。

 そんなアンブルにフレトは反撃を入れられる前に攻撃しようとするが、その前にアンブルの口が開いた。

「いやいや、妖魔如きのために、ここまで戦われるとはご立派ですね。私にはあなた達がそこまでして戦う理由なんて分かりもしませんね。あんな妖魔如きに、そこまでする価値があるとは思いませんが?」

「お前、なんかに、わ……ッ!」

 アンブルの言葉に反論しようとしたフレトだが、思ったように言葉が出ない事で、やっと自分が置かれた状況を理解した。

 くそっ! やられたっ! あいつの目的は最初からこれだったのか。俺とした事が滝下昇達に乗せられて冷静さを失っていたか。

 そう、アンブルが今まで反撃を控えてたのも、フレトが冷静さを失っていた事を見抜いていたからだ。だからこそアンブルは防御に徹して待つ事にした……フレトの体力が落ちるのを。

 フレトも言葉を口に出そうとした事で、やっと自分の息が荒くなっている事に気付いた。そしてフレトの体力が落ちた今こそがアンブルにとっては反撃する好機となってしまっている。

 つまりアンブルは最初からフレトの体力を消耗させるために防御に徹して、フレトに苛烈な攻撃をさせ続けたのだ。フレトも自分の体力が落ちている事を実感するのと同時にアンブルの狙いにも気が付いた。

 あいつは最初から俺の体力が落ちるのを待っていた。いや、シールダーの能力を考えると、ワザと防御に徹して、相手の体力が落ちたところを反撃した方が確実に仕留められる。……くっ! 俺がもう少し冷静だったら、すぐにその事に気付けていたはずだ。……悔しいがこの中で一番冷静だったのは、あいつだったという事か。

 荒い息をしながら、急に身体が重くなったと感じたフレトはアンブルを睨みつける。一方のアンブルはフレトが思惑通りに動いてくれたために、余裕を感じたのだろう、アンブルはフレトに向かって微笑みかけるのだった。

 そんなアンブルに向かってフレトは一気に息を飲み込むと短く叫ぶ。

「これがお前の狙いかっ!」

 言葉を発した後にむせそうな呼吸を無理矢理押さえ込んで、再び息を荒げるフレト。そんなフレトにアンブルは少しだけ楽しげに話しかける。

「ええ、そうですよ。私にはあなた達が、そこまで怒る理由は分かりませんが、あなたが冷静さを失っていた事にはすぐに気付きました。なので、あなたが考えた通り、ワザと持久戦に持って行った訳ですよ」

 よくもぬけぬけと自分の手を話すものだな……だが、俺があいつの思惑にはまった事も事実だ。くそっ! まさか、こんな屈辱を受けるとはな。アンブルの言葉を聞いて、そんな事を思いながらアンブルを睨み付けるフレト。

 それもしかたないだろう。なにしろ今まで優勢に進めてきた戦いの全てがアンブルの思惑通りに進んでいた事に気付いたのだ。まんまとアンブルの手の上で踊っていた事に気付いたフレトにとって、今の状況は屈辱でしかなかった。

 そんなフレトの姿をあざ笑うかのように、アンブルは氷の盾を操り始めると再び自分の前に氷の盾を展開させる。今度は今までの防御を目的とした密集した盾ではなく、確実に攻撃を目論んだ展開のさせ方をしている。

 アンブルの前方に展開した四つの盾は、まるでフレトを囲むように展開されたからだ。これで盾から一斉に攻撃されれば、今のフレトでは逃げる事も出来ないとアンブルは考えたようだ。そんなアンブルが微笑みながらフレトに告げる。

「さて、それでは、そろそろ終わりにしましょうか。あなたもお疲れのようだし、すぐに私の手で楽にして差し上げますよ」

 アンブルとしては最終宣告のつもりだったのだろう。だが、フレトにとってはアンブルの言葉はフレトの逆鱗を撫でるのと同じだった。

 ふざけるなっ! こんな所で終わる俺では無いっ! そんな心の叫びに、気合だけで重い体を動かし、搾り出した精神力で風の属性を発動させる。そんなフレトの姿にアンブルは一瞬だけ驚きの表情を見せるが、すぐに微笑を浮かべるのだった。

 すっかり体力が落ちたフレトにこれ以上の戦いは出来ないとアンブルは考えているのだろう。だがフレトの闘志は未だに消える事無く、すぐに行動に出して見せた。

 フレトは自分の両脇に一瞬にして風を集中させると、その風を回転させてドリルのような破壊力を与えると、すぐに打ち出した。これにはアンブルも再び驚きを示した。まさか、ここに来てまでフレトが攻撃を仕掛けて来るとは思っていなかったのだろう。だから一瞬だけ、行動が遅れたのだが、フレトの攻撃はアンブルの前に密集した盾によって阻まれてしまった。

 フレトの体力が万全なら、そのまま風を回転させて盾の破壊を試みるだろうが、今の体力では風を打ち出すだけで精一杯のようだ。フレトの打ち出した、二つの風はアンブルの盾に阻まれるとすぐに四散してしまった。

 それでもフレトはアンブルにマスターロッドを向けて、未だに戦う意思を示していた。そんなフレトにアンブルは微笑むと、再び盾を攻撃態勢に展開させてからフレトに向かって話しかけてきた。

「いやいや、これは驚きですね。まさか未だに、そんな力が残っているとは。どうやら……あなたは確実に仕留めておかないといけないようですね」

 そんなアンブルの言葉を聞いて、フレトは未だに整っていない呼吸のままアンブルに言葉を返す。

「別に驚く事でも無いだろう。お前が喋っている間に俺の体力が少しは回復してもおかしはないのだから。それに……俺がこの程度で倒れると思ったら大間違いだっ!」

 フレトの言葉を聞いてアンブルは盾を攻撃態勢から再び防御主体に展開させる。どうやらフレトの反撃がアンブルに警戒心を植えつけたようだ。

 そんなアンブルに向かってフレトは笑みを浮かべると話を続けるのだった。

「またお得意の防御戦法か。だが次からはしっかりと防御しておくんだな、次はそんな頬の傷では済まないぞ」

 そんなフレトの言葉にアンブルは驚きを示すと自分自身の頬を確かめる。そして、右手の指先に血が付いているのを目にして、更に驚くのだった。

「いったい……いつの間に」

「俺がいつも全力で攻撃するは限らないって事だ」

「……そういう事ですか」

 どうやらフレトの言葉を聞いて、フレトが何をやったのかが分かったようだ。フレトが攻撃を行った瞬間、ほんの少しだけだったがアンブルは盾を密集する時間が送れた。つまり、それだけアンブルはフレトの行動に驚き、動きに出たのだが。アンブルにとっては、よほど予想外だったのだろう。密集した盾にも繊細さが欠けていた。

 つまり、ほんの少しだが、完全に盾を密集させる事が出来なかったのだ。フレトも自分がここで攻撃すれば、油断しているアンブルは必ず動きに支障をきたすと考えた。だからこそ、先程二つの風を操った、すぐ後に小さな風刃を盾の隙間を通してアンブルの頬を傷つけたのだ。

 つまり最初の攻撃はアンブルが油断していると予想しての囮。フレトの狙いはそこにあったのだ。微かとはいえフレトの攻撃が通ったのだ。アンブルとしては更に警戒心を強めるのだった。

 だが現実はアンブルが思っていたように、フレトにとっては不利な状況だった。なにしろ先程まで苛烈を極める攻撃をし続けていたのだ。だからフレトの体力が一気に落ちても不思議ではない。むしろ、ここに来て攻撃できた事が運が良く、フレトにとっては次の手段が残されていないほど体力は消耗していた。

 だから先程の攻撃も、今こうして立っているのもフレトの意地が起こした行動とも言えるだろう。だがフレトの体力が限界に来ている事だけは事実であり、ここでアンブルからの攻撃を受けたら、それを避けられるかも分からないほど、フレトは自分の身体が思った以上に動かない事を実感していた。

 けれどもアンブルは慎重な性格なのだろう。ここまで来て、確実にフレトを仕留める手段を考えていた。フレトの望みと言えば、アンブルが考えている間だけでも、動けるまで体力が回復するための時間を稼ぐ事と言えるだろう。だからフレトは、それ以上の攻撃をする事もなく。ただアンブルの出方を窺うかのように見せかけた。そうする事で更にアンブルに警戒させようというのだろう。

 だが二人の思惑を超えた動きがいきなり起きた。

 突如として後方に殺気を感じたアンブルがすぐに自分の後ろに氷の盾を生み出す。フレトをかなり警戒していた為か、アンブルの作り出した盾は先程と同様に強固で精密な物だった。

 だが、そんなアンブルの盾も相手によっては完璧な防御を取れるとは言えないのだ。それは、アンブルの盾を全て破壊すると、アンブルの横を一気に駆け抜けてフレトの前に立つ。その姿にフレトは思わず声を上げるのだった。

「ラクトリーッ!」

 いきなり飛び込んで来たラクトリーの姿にフレトもアンブルも驚いていた。そんなラクトリーがフレトに向かって微笑むと、すぐにアンブルに向かってアースブレイククレセントアクスを向けて鋭い言葉と眼差しを投げ掛ける。

「残念でしょうけど、あなた達の負けが決定しました。これ以上の戦闘を望むというのなら、今度は私が相手をしますよ」

 そんなラクトリーの言葉にアンブルはすぐに自分の身を守る盾を作り出すとラクトリーの動きに警戒しながら戦場の状況を確かめる。

「……おやっ、そういう事でしたか。私とした事が少年との戦いに夢中になって、すっかり目的を忘れてましたよ」

 そう言うとアンブルは先程作り出した盾を消し去るとフレトに向かって微笑みながら話しかけてきた。

「どうやら、その通りみたいですね。さすがにこれ以上、そちらに戦力が増えると私達は確実に倒されるでしょう。だから……ここは退かせてもらいましょう」

 そんなアンブルの言葉を聞いてもフレトには何の事だか分からなかった。そんなフレトにラクトリーがクレセントアクスを構えたまま報告をしてきた。

「昇さん達が相手の契約者を倒しました。すでに契約者の反応が消えています、それに契約者が連れていた精霊達の反応もです。これは昇さん達の勝利を意味してると考えて良いでしょう」

 そんなラクトリーの言葉を聞いてフレトは軽く笑うと、ラクトリーと同様に攻撃の姿勢を示す。どうやらフレトにも戦場の状況が理解できたようだ。

「なるほどな、そういう事か。だったら……尚更お前をここで倒さないと俺の気が済まないな」

 そんなフレトの言葉を聞いたアンブルが微笑みを消して首を横に振ってきた。

「残念ですが少年。ローシェンナさんが倒されたという事は、私の戦う理由が無くなったのと同じなのですよ。だからここで戦いを続ける意味は無いのです。だから退かせてもらいますね」

「ふざけるなっ! このままお前達を逃がすと思っているのか」

 アンブルの言葉を聞いて叫ぶフレト。そんなフレトに向かってアンブルは再び微笑むとサラッと言ってのけるのだった。

「もちろん思ってませんよ。ですが少年、私はローシェンナさんをアッシュタリアに勧誘しに来たのです。そのローシェンナさんがやられたという事は……私の目的が無くなったのと同じ。それに、その程度の力しか持っていなかったという事でしょう。まあ、こんな所でやられるような契約者なら捨て駒程度にしか、なりませんけどね」

「それはお前の理由だろう。俺にはお前と戦う理由と決着を付けなければいけない理由が在る」

「おやおや、そんなに私の手の上で踊っていた事がお気に召しませんでしたか」

「貴様っ!」

 どうやら図星だったのだろう。アンブルの言葉を聞いたフレトは言葉と共に風の弾丸を打ち出す。打ち出された風の弾丸はそのままアンブルに向かって行き……そのままアンブルを貫いて、アンブルは砕け散るのだった。

「なっ!」

「……やられました、マスターッ! いつの間にか自分の前に氷のスクリーンを作って、自分の姿だけを写していたようです。反応はすでに消失、レットと半蔵が戦っていた精霊達も退いたようです。今から精霊の反応を追えば追い付ける可能性があります、どうしますか、マスター?」

 ラクトリーの早口報告を聞いたフレトはマスターロッドを強く握り締め、奥歯を噛み締めた後にラクトリーに告げた。

「いや、追わなくて良い。こちらも引き上げるからレットと半蔵を戻せ」

「分かりました」

 フレトの本心を言えば、今からでも追って雌雄を決したいところだろう。だがフレトはアンブルとの戦いで冷静さが欠けている事を思い知った。そして今の状況を冷静に判断した結果がフレトに追わなくて良いという言葉を言わせたのだろう。

 なにしろラクトリー達だけならともかく、フレトの体力は限界に来ている。それだけ後先考えずに戦っていたのだから、今からアンブル達を追っても、すぐにフレトの体力が尽きて動けなくなるだろう。フレトはそう結論を出したからこそ、アンブル達の追撃を諦めたのだ。

 だが、それだけではない。最後の最後でまたしてもアンブルにまんまと逃げられるという失態を犯している。その事がフレトに今の状態で戦っても勝てない事を思い知らされたのだ。悪知恵といえば聞こえは悪いが、戦略では確実にアンブルはフレトの上を行っている。

 つまり今回の戦いでフレトが一気に不利になったのも、フレトの冷静さが欠けていただけではない。戦略的にアンブルがフレトの上を行っていたのだ。だからこそ、こうも簡単にアンブルに逃げられてしまったし、今から追ったとしてもアンブルの戦略を破らない限りは勝機は無い。そしてフレトは自分にはアンブルの戦略を破るだけの力が無い事を思い知ったのである。

 だからこそフレトはアンブルの追撃を諦めざるえなかった。そんなフレトが今回の戦いを振り返ってみる。

 さっきの戦いは完全に俺の失態だ。あそこでラクトリーが飛び込んで来なかったら……俺はやられていたかもしれん。……だが、一つだけ収穫があった。そこだけは、あのアンブルとかいう契約者に感謝するとしよう。俺は……思い上がっていたんだ。精霊達との完全契約という思い上がり、それがあるから最初から有利だと、確実に勝てると。だが、どんなに優れた力でも使いこなせないと意味は無い。今回の戦い……俺は完全契約をした精霊達を上手く使いこなせなかった。だから負けそうになったんだ。ふっ……今に思えば俺が滝下昇に負けたのも、そこかもしれないな。

 いつもの平常心以上に冷静な視線で今回の戦いを振り返るフレト。今までのフレトなら、自らのプライドを重視して、ここまで自分の弱点を見詰めようとはしなかっただろう。だが、今回の戦いで自分の弱点を直視したフレトはプライドを良い方向に向ける事が出来たようだ。

 つまり、フレトは負けそうになった事実がフレトのプライドを傷つけ。今度はそのプライドが今まで見ようとはしなかった自らの弱点を見るように、いや、克服して次こそは絶対にアンブルを倒す。という意地を生ませる事になったのだ。

 今までは完全契約という有利な条件を頼りに、絶対に負けないという自信とプライドがあったからこそ、フレトは自らの弱点に気付く事無く、昇達に負けた理由も本気で考えようとはしなかった。

 だが先程の戦いを得てフレトのプライドは別の方向へと向いたのだ。完全契約という有利な条件だけを誇るのではなく、完全契約という力を完璧に使いこなして完全な勝利を得る。そんな風にフレトの考えを変える結果となったのだ。

 プライドが高いフレトにしては今回の戦いで、今後はかなり成長する事だろう。だが今はそれよりも考える事があるとフレトはラクトリーに話しかける。

「とりあえず戦いには勝った訳だが……滝下昇達の方は大丈夫なのか?」

 そんな事をラクトリーに尋ねるフレト。だがフレトが昇達を心配するのも無理は無い。確かに先程はシエラが妖魔であっても気にしない、そんな事実をシエラに伝えたわけだが。戦いが終わって、全員が冷静になった今でも昇達がちゃんと和解しあえているかがフレトには心配だったのだ。

 なにしろ精霊が妖魔を差別するのは精霊の常識だとフレトは知っている。いくら戦いが始まる前は気分に任せた部分もあるだろう。こうして戦いが終わった後に冷静になってもシエラがしっかりと昇達の、そして自分達の仲間に戻ってくるのかがフレトには少し心配だったのだ。

 そんなフレトにラクトリーは微笑みながら答えてきた。

「はっきり申しまして、それだけは分かりません。ですが……信じましょう、昇さん達の絆を、今は信じる事しか出来ません」

 そんな答えを返してきたラクトリーにフレトは顔を向けると真剣な面持ちで話を続ける。

「ラクトリーは信じてるんだな。あいつらの……絆を」

「はい」

 フレトの言葉にラクトリーは微笑みながら、しっかりと返事を返してきた。そんなラクトリーを見てフレトはラクトリーから視線を外すと、まるで独り言のように口を開いてきた。

「絆……か。少しだけ癪だが……俺も滝下昇を少しだけ見習うとするかな」

 そんな言葉を口にして軽く笑い出すフレト。そんなフレトを見てラクトリーはワケが分からないとばかりに首を傾げるのだった。そこに丁度、レットと半蔵が戻ってきたので、フレトは契約を交わした精霊達の顔を一度だけ見回すと、マントをひるがえして精霊達に背を向ける。

「では戻るとするか、行くぞ」

『はっ』

 フレトの言葉に一斉に返事を返す精霊達。そしてフレトはすぐに歩き出したのだが、数歩だけ歩くと足を止めた。その事に精霊達はフレトがまだ何か言う事があるのではないのかと耳を傾けるが、意外な事にフレトは振り返ると精霊達に向かって微笑んだ。

「それと言い忘れていたが……今回の戦いでは皆ご苦労だった、これからも頼むぞ」

 それだけを言うとフレトはすぐにきびすを返して再び歩き始めた。今までは戦いが終わっても、そんな事を言った事が無いフレトなだけにラクトリーとレットは顔を見合わせて、思わずお互いに首を傾げてしまった。そんな二人とは違って半蔵だけが、すぐに「御意」とだけ返事を返してフレトの後ろを歩き始める。

 そんな二人の後を慌てて追うラクトリーとレット。ラクトリーもレットも半蔵にフレトが発した言葉の意味を尋ねようとしたが、半蔵の性格を考えるとまともな答えが返ってくるとは思えなかったので止める事にした。

 けれどもラクトリーとレットはお互いに顔を見合わせて微笑むのであった。二人ともフレトの本意は分からなかったようだが、フレトの言葉が嬉しいと感じた事は確かだったようだ。

 そんなフレト達が昇達と合流するために、今は黙って昇達の元へ向かっているのだった。



 フレト達が昇達と合流すると、すぐにフレトは……呆れた顔をした。そんなフレトの横で苦笑いしている昇。そしてお互いの精霊達はというと、何故だか昇達の後ろでレジャーシートひいてお茶をしていた閃華とミリアに合流して、今では呑気に目の前の光景を目にしながらもお茶を味わうのであった。

 そして、そんな昇達の目の前で行われている光景とは……シエラと琴未の本気を出した戦いだった。そんな二人の戦いを見ながら昇は二人の言葉に心の中で反論していた。まあ、昇に本心を口に出すだけの勇気が無いのだろう。それもしかたない、もし口に出してしまえば……地獄がまっているだけなのだから。

 そんな昇の心境を知らないまま、二人の戦いは続いていた。

「シエラッ! いつもいつも人が居ない事を良い事に昇とイチャつくんじゃないっ!」

 えっと、琴未さん、僕は別にイチャついている、つもりは無いんですけど。

「相手の隙を突くのは戦術においても、戦略においても基本。だから隙を見せる方が悪い。もっとも……琴未如きが本当の力を解放した私に勝てるとは思えないけど」

 ……シエラさん、すっかり妖魔である事を気にしなくなりましたね~。まあ、それは良い事なんですけど……こんなところで本気の力を出さないでくださいっ!

「ふっ、大気のユーレーだかラーラーだか知らないけど、その程度の力が私に通じると思ったら大間違いよっ!」

 琴未さん、大気のルーラーです。というか……本当に琴未には大気のルーラーが効いてないっ!

「確かに風の鎧や大気を切り裂けるほどの雷閃刀が誇る力は認めてあげる。でも……私が出せる力はそれだけじゃないっ!」

 あの~、シエラさん。このまま行くと本当に収拾が付かないので、その出せる力を出さないでください。

 昇がそんな事を思いつつも、二人の戦いは激化の一途を辿っていくばかりだった。そんな二人の戦いを見て思わず溜息を付く昇。そんな昇にフレトは呆れた顔を向けて話しかけるのだった。

「戦いが始まる前にお前達の絆が復活した事は感じたが……それが、なんで、こんな事態になってるんだ?」

 そんなフレトの質問に昇はバツが悪そうに顔を背けるのだった。

「いや、その、何ていうか。今までシエラが苦しんだから、その、つい」

「つまり、戦いが終わって、お前の同情を利用して甘えてきたシエラを拒む事が出来ず。その場面を琴未に見られたから、こんな戦いが始まったと、そんなところか」

 うっ、フレト……いつの間に、そんな推理力を? というか、何でそんな簡単に、この事態が想像できたんですか? 昇がそんな事を考えているとフレトは軽く笑ってみせる。

「ふっ、いつものお前達を見ていれば、そんな事ぐらいは簡単に推測が付く」

「って! 人の心まで読まないでっ!」

 そんな二人の会話が聞こえていたのだろう。後ろでのほほんとしていた精霊達から笑い声が聞こえてきたので、昇の顔は一気に真っ赤になって行く。そんな昇を見てフレトも微笑むと昇との会話を続けるのだった。

「それにしても……まさかここまで簡単にいつも通りの光景を目にする事になるとはな。お前達の事を心配していた自分が愚かだったとつくづく思い知ったよ」

 そこまで言いますか。フレトの言葉に心の中で突っ込みを入れる昇。けれども、昇もすぐに顔に軽く笑みを浮かべるとフレトの方を向いてきた。

「ごめん、フレト。今回の事は僕達の問題なのに、こんなにも巻き込んじゃって。でも……ありがとう」

 そんな昇の言葉にフレトも軽く笑みを浮かべた顔を昇に向けるのだった。

「なに、お前に負けて、お前から受けた恩に比べれば安いものだ。それに……お前達と戦う事で俺も得る物が多い事に気付いた。だから礼など言わなくても言い」

「えっと……得る物って何?」

 フレトの言葉を聞いて昇は思わず、そんな質問をしてしまうが、昇の質問にフレトは軽く笑うと一言で返すだけだった。

「お前が気にする事ではない」

 ……ん~、まあ、フレトがそう言うのなら無理に聞かない方が良いのかな? フレトの返答にそんな事を思う昇。そんなフレトが昇から視線を外すと独り言のように呟く。

「まったく困ったものだな。だが……今は少しだけ羨ましいと感じるのも確かだな」

「えっ、なんて言ったの?」

 フレトの声が小さかったのだろう。フレトの言葉は二人の戦いが出す激音に掻き消されて、昇には微かに聞こえるだけだった。そんな昇にフレトは背を向けると、今度ははっきりと言葉を口にする。

「何でもない。俺もまだまだ未熟だという事だ」

 そんなフレトの言葉を聞いて首を傾げる昇。その間にフレトは広いレジャーシートに腰を下ろすと、ラクトリーから差し出された紅茶を楽しみながら、お茶菓子に手を伸ばすのだった。そんなフレトを見て、昇は未だに戦いを続けている二人に目を向けて、一度だけ微笑むとフレトと同様にお茶会に混ざるのであった。



「そろそろ終わりのようじゃな。まあ、今回は全力で戦った後じゃったからのう。いつもより終わるのが早いようじゃ」

 閃華がそんな言葉を口にすると全員の視線が先程まで戦いを繰り広げていたシエラと琴未に集中する。二人とも荒い息をしており、すっかり戦うだけの体力が残っていないようだ。まあ、あれだけの戦いを繰り広げた後に喧嘩をしたのだから、終わるのも早いのだろう。

 そして二人の戦いが終わる事を見越した閃華とラクトリーが片付けに入り、昇達もカップのお茶を空にしてからレジャーシートを降りる。そして最後までお茶菓子を楽しもうとしていたミリアもラクトリーによって弾き出されると閃華が一気にレジャーシートを片付けて、お茶会は終わりを告げた。

 その頃にはすっかり疲れ果てたシエラと琴未が昇達の方へ向かって歩いて来ていた。琴未は未だに文句を言っているが、シエラは無言で歩いてきている。そして、そんな二人を迎え入れようとする昇達だが、琴未はすんなりと昇達の輪に入るがシエラだけは途中で立ち止まって、顔を伏せて手を持て余すかのように動かしている。

 そんなシエラに向かって琴未が何かを言おうとするが、すぐに昇が止めた。そしてシエラに言葉を向けたかったのは琴未だけではなかったのだろう。ミリアを始め、全員が何かを言おうとしたが一番最初に口を開こうとした琴未が昇に止められてしまったものだから、全員が黙ってシエラを見守るのだった。

 シエラも何度か声を出そうとするが、その度に言葉が出ずに再び黙り込むのだ。それでも昇は何も言わないし、誰かに何も言わせなかった。そんな昇の姿を見て、シエラも覚悟を決めるかのように強く拳を握ると、やっと声に出して話し始めた。

「あ、あの、その……今回の事で、その、皆に迷惑を掛けて……ごめんなさい。その、えっと……私は、自分自身の思い込みで……その、皆に絶対に拒絶されると……思ってたから。だから、その……耐えられない、というか……拒まれると思い込んでたというか。だから……その……逃げ出して、その事が……また迷惑を掛けて……だから、本当なら許されない事なのに、でも、それなのに、こんなにも……だから、その……ありがとう、って言うの変だけど。それ以外に、言葉が見付からないから、それだけしか言えないから。他に……なんて言って良いのか……わからないから、だから、その……」

「あ――――っ! もうっ! イライラするっ!」

 いつまでも、もどかし話を続けるシエラに耐えられなくなったのだろう。琴未がシエラの言葉を遮って思いっきり叫ぶ。その叫びにシエラも思わずビックリした表情を浮かべ、そんな琴未の後ろでは閃華が軽く笑ってるし、昇は目を瞑って和やかな顔をしていた。

 それから琴未はシエラを人差し指で思いっきり指差す。

「今回の事はシエラが全面的に悪い事も皆が迷惑した事も全員が分っているから今更言う事は無いのよっ! それに迷惑を掛けたバツとして当分の間はシエラが食事を作るという罰があるでしょ。だったらっ! シエラがいう事は一言だけでしょっ!」

 自分の言いたい事を思いっきり叫んですっきりしたのだろう。琴未はやっとシエラに向けて軽く微笑んで見せる。そんな琴未に続くかのように今度は閃華が口を開いてきた。

「まあ、今回に限っては琴未の言う事が正しいようじゃのう。それに……私個人の意見としても琴未の意見に賛成じゃ。じゃからシエラよ、難しく考える事は無いんじゃよ。この場は最も簡単で、最も望んでいる言葉を口にすれば良いのじゃ」

「そうだよ、シエラ~。今回の事でシエラの事を怒ってるのは誰も居ないよ~」

 閃華に続いてミリアもそんな言葉をシエラに向ける。そして、そんなミリアの頭を撫でながら今度はラクトリーが口を開いてきた。

「シエラさん、確かに精霊と妖魔の問題を考えればシエラさんの不安や逃げ出したいという気持ちも分かります。ですが、今でも不安や逃げ出したいという気持ちがありますか? 確かに妖魔の問題が解決した訳ではありません。ですが、シエラさんの問題は解決したと私は理解してますよ。そして、私達も昇さん達と同じ気持ちですよ、そうですよね、マスター」

 ラクトリーがフレトに話題を振ってきたので、フレトは溜息を付くと話し始めた。

「まあ、そうかもな。それに、迷惑を掛けたという点を上げるなら、俺達の方がお前達のシエラよりも迷惑を掛けていると言えるぞ。なにしろセリスの事では大分助けてもらっている。その前にお前達と戦った時もお前達には迷惑だったろ。だから今更俺達に迷惑を掛けても、俺達は何とも思わん。なにしろ今回の事とは比べようが無いぐらい迷惑を掛けているのだからな。そうだろう、滝下昇」

 まるで厄介事を押し付けるかのように昇に話を振るフレト。そんなフレトの言葉を聞いて昇は笑みを浮かべて口を開く。

「別に僕はフレト達の事も迷惑だとは思ってないよ。僕はただ……うん、自分のわがままを通そうとして、自分が望んだ未来を築こうとしている。だから僕がシエラに帰って来て欲しい、そんな望みも僕のわがままかもしれない。でも、今は皆が同じ事を思っているのなら。僕は自分のわがままを通したい。だから……シエラ」

 昇はそう言ってシエラに向かって手を伸ばすが、シエラは差し出された手を取るのに戸惑っていた。どうやら未だにシエラはちゅうちょしているようだ。

「……でも」

 やはりシエラの中には未だに不安があるのだろう。だから素直に昇の手を取れないのだろう。そんなシエラを見かねて、いや、この場合は痺れを切らした琴未が昇の肩に腕を置いてシエラに話しかける。

「でもじゃないわよ。だったら、その涙はなんだって言うの。というか、自分が泣いてる事にも気付かないなんてマヌケ過ぎるわよ」

「えっ?」

 琴未に言われてシエラは自分の目に手を当てると、そこには確かに涙で溢れており、頬には涙が流れ続けている事を始めて知った。だからシエラは慌てて涙を拭うが、シエラの涙は一向に止まる気配は無かった。そんなシエラに琴未は更に言葉を続ける。

「いい加減に素直になりなさいよね。あ~、それとも昇が私に取られたから悔し涙なの」

「…………」

 琴未の言葉に黙り込むシエラ。そんなシエラが顔を伏せると思いっきり涙を拭いて、やっと流れ続けた涙を止めると琴未に顔を向ける。

「もしかしたら……天変地異が起こったら、そんな事がありえるかもしれない」

「はいはい、さっきまで泣いてたやつに言われても全然悔しくありませんよ~」

 そんな琴未の言葉を聞いて思わず笑い出す昇。そんな昇の笑い声に釣られてミリアまでも笑い出し、最後は全員が笑い声を上げた。もちろん、シエラを含めて。

 そんな笑い声が止むと、再び視線がシエラに集まる。そしてシエラは今まで誰にも見せた事が無い。いや、今までは出来なかった。最上級の笑顔で皆に向かって一言だけ告げる。

「ただいま」

 そんなシエラの言葉を聞いて全員が一斉に同じ言葉を口にした。

『おかえり』







 え~っと、そんな訳で随分とお待たせした更新なのですが……いやね、ちょっとしたプライベートな事で前回のエレメを上げてからというもの……死んでました。特に十月下旬から一一月上旬に掛けては酷い物でしてね。小説を書くどころか、PCの電源すら入れられなかったのですよ……これがっ!!!

 まあ、そんな訳でして、更新が遅れましたが、これからは頑張って行こうかと思います。……えっ、その言い訳には飽きた。……そがん事を言わんといてくだせえっ!!! だって、だって……これしか言い訳が思いつかないんだもん(ハート)

 ……えっと、まあ、そんな訳でして、今回はかなり更新期間が空いてしまいました。次からは頑張って行こうと思っております。……いや、本当だよ。本当に頑張ろうとしてるよ……ただ……気持ちと結果が追い付いてないだけですよ。

 そんな訳で……気持ちでは頑張ろうとしてるのだから、そこだけは認めてくださいなっ!!! えっ、何? その疑いの眼差しは……。いや、気持ちはあるから、そこはあるから、だから信じて――――――っ!

 さてさて……毎度の事ですが、言い訳と戯言はここいら辺にしときましょうか。

 えっと、そんな訳で白キ翼編も残り数話となりました。まあ、たぶん……後二話ぐらいかな~。それぐらいで白キ翼編も終わりとなります。

 ……毎度の事ながら、今回もかなりの量になりましたね~。まあ、今回はシエラの伏線を一気に使いましたからね~。そう言った意味では、量が増してもしかたないでしょう。というか、一応シエラがこの作品ではメインヒロインです。……だよね?

 えっと、まあ、当初の設定はそうだったんですよ……今ではすっかり影が薄くなりましたが、作成開始当初はそういう設定だったんです。……まあ、過去の事はこれぐらいにして未来の事を話しましょう。

 そんな訳ですでに次のプロットが上がっているので、次に関しては心配ないっ!!! 私がっ!!! まあ、そんな訳で少しだけ次回に関して宣伝すると……昇が地獄を見ます。……これって……毎度の事やん(笑)

 まあ、そんな訳で次回ぐらいの後書きにでも、なんで地獄になるかをほんの少しだけ宣伝しようかと思っております。

 さてさて、長くなってきたので、そろそろ終わりにしますね。……というか、最近の後書きは少しはっちゃけ度が少なくなってきてるな。よしっ!!! どっかで巫女成分を補充してきて、次回の後書きは少しでもはっちゃけるようにしますっ!!! という事で締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、思い返してみれば、最近では巫女成分を補充するより、プリキュアにハマっていた葵夢幻でした。

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