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第百二十話 アレッタの本心

 思ったより傷は深いか……まあ、あんな避け方をすれば当然よね。アレッタの背中から未だに流れ続けている血と痛みが傷の深さを物語っていた。そして、それだけの傷を負ったのだからアレッタもそう長い事は戦えない事を自負していた。

 ……そうなると……次が最後か。まあ、しかたないか。シエラがあれだけの力を隠してたんだもの、それに契約者のエレメンタルアップ……いや、契約者達との絆かな。あんな物を見せ付けられれば私の敗北なんて最初から分かってた事なのに……でもシエラ、私は最後まで戦うわよ。もちろん私のためでもあるけど……それ以上に……シエラのためにもね。そんな事を思いながらアレッタは残った力を全て搾り出すかのように翼の属性をスカイダンスツヴァイハンダーに注ぎ込むのだった。

 そんなアレッタを見守りながらシエラも大気のルーラーを使って大気を操り、罠を完成させようとしていた。けれどもシエラには不可解な事が一つだけあった。それは、今度の一撃こそ、この戦いに決着を付ける事になるのはシエラも分っていたからだ。それが分っていながら、確実に劣勢なアレッタが笑みを浮かべていたのだ。それは争奪戦が始まってからは見せたことが無い、シエラがアレッタの前から逃げる前までは見せていた懐かしい笑顔。

 そんなアレッタの笑顔にシエラは戸惑いはしたものの、動揺まではしなかった。つまりシエラはアレッタの笑顔に何かしらの意味がある事は分っていたが、それが何であっても看破するだけの余裕があるという事だ。それだけ妖魔化したシエラの力は強いし、今ではエレメンタルアップでかなり力が上がっている事を示していた。

 そんなシエラを前にしてアレッタは笑顔を浮かべているのだ。シエラには、その意味が分からなかった。ただ分っている事は……次の一撃こそが、この戦いに決着を付けるという事だけだった。だからこそシエラは大気のルーラーを発動させながらも、セラフィスモードが発動されているウイングクレイモアを水平に構える。どうやらシエラはトーテンタンツを警戒してか、一番隙無く、最もスピードを活かせる突きを選択したようだ。確かに、これならスピード次第ではアレッタのトーテンタンツを突破して、アレッタにウイングクレイモアを突き立てることが出来るだろう。

 けれどもアレッタも深手を負ったからと言って、そうそう負けるつもりは気はしなかった。だからこそ、アレッタはここで最後の手段とも言える。アレッタが使える技の中で最大の威力とスピードを生み出す技を選択する。それこそがアレッタにとっては正に最後の手段とも言える技なのだろう。

 それを証明するかのようにアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーに翼の属性が注ぎ込まれるたびに、スカイダンスツヴァイハンダーは白い光を輝かせていき、その輝きを強くしていくのだった。

 そんなアレッタの行動を今は見守るシエラ。どうやらシエラから仕掛ける気は無いようだ。それはそうだ。なにしろシエラは既に大気のルーラーで罠を張っている。ここで動くよりかはアレッタが罠に掛かったところを狙った方が確実に仕留められるだろう。だからこそシエラは今の時点で動くつもりは無かった。

 アレッタもまったく動こうとはしないシエラに、シエラが何かしらの手段を講じている事は分っている。分っていても、アレッタは先手を取る事にした。……そうする事でしかアレッタの願いは叶わないからだ。その事はアレッタだけが良く分かっている。だからこそ、今まで誰にも打ち明けず、シエラにも悟られないようにしていたのだ。

 そんなアレッタが握っているスカイダンスツヴァイハンダーの輝きが最高潮に達する。

「コローニデトーテンタンツッ!」

 コローニデトーテンタンツ、死の舞踏において終幕を意味する。つまりこれこそがトーテンタンツの最終奥義とも言える物だろう。

 アレッタはその場から動く事無く、一秒の間に数十、いや、数百もスカイダンスツヴァイハンダーを振るう。もちろん、アレッタとシエラの間はかなりの距離が空いており、とても刀身が届く距離では無いのだが、アレッタが振るった剣閃に沿って風の刃である風刃が形成されると共に風刃に翼の属性が宿る。

 その事によって風刃はとてつもないスピードで標的に向かって無数に放たれる。なにしろ一秒に数百もの風刃である。一秒の間にそれだけの数を出すだけでも凄いというのに、風刃に翼の属性が加わる事によって、猛スピードで標的に向かっていくのである。数と良い、スピードと良い、確かにこれだけの技ならアレッタの最終攻撃に相応しいだろう。……けれどもそれが普通に放つ事が出来ればの話である。

 スカイダンスツヴァイハンダーが……重い。いや、何かに邪魔されて数が撃てない。いったい何が……そういう事か、シエラ……やってくれたわね。そんな事を思いながらもアレッタはコローニデトーテンタンツを放ち続ける。

 一方のシエラはアレッタが自分の罠に掛かった事を実感すると背中の翼を羽ばたかせてコローニデトーテンタンツに向かって突撃する。本来のコローニデトーテンタンツは避けるスペースが無いほどに、数多くの風刃を放ち、それを猛スピードで相手にぶつける技だが。

 今のアレッタが放っているコローニデトーテンタンツは充分に避けるだけのスペースがある。それに今のシエラには自分の背中に生えた翼とエレメンタルアップがある。だから数が少なくなったコローニデトーテンタンツが発生させた風刃を避けながら突進する事なんて簡単なことだった。

 そう、これこそがシエラの仕掛けた罠なのだ。シエラはアレッタの最終攻撃がどんな技かは知らない。だがスカイダンスツヴァイハンダーの特性を考えれば充分に推測できるという物だ。それはつまり、切り替えしによる連撃、威力ではなく手数で攻めて来るのは充分に分っていた。

 それだけ分かれば後は簡単だ。なにしろアレッタの手数を少なくすれば良いのだから。その発想だけなら簡単だろう。だがアレッタの手数を少なくするというのは難問である。けれども今のシエラにはその難問を簡単に解決するだけの能力を持っていた。

 そう、大気のルーラーである。シエラは先程アレッタの翼周辺にある空気の密度を薄くする事によってアレッタの翼を使えないようにした。今度は逆の事をしたのである。

 つまりシエラはスカイダンスツヴァイハンダーの周囲にある空気の密度を濃くしたのだ。これによって普通では感じ難い空気の摩擦力を強く感じる事になったわけである。剣を振るうにしても、振るうのと同時に空気を押しのけているわけである。その空気を押しのける時に発生するのが空気の摩擦力である。

 普通の状態なら何も感じる事は無いだろう。だが空気の密度を思いっきり濃くしたらどうだろう。それは剣を振るった時に押しのける空気の量が増すという事であり、その時に生じる摩擦力も強くなるという事だ。

 つまりシエラは大気のルーラーによってスカイダンスツヴァイハンダーに強い摩擦力を与える事に成功したのだ。そのため、本来なら素早いスピードで振れるはずのスカイダンスツヴァイハンダーなのに、空気の摩擦力が大きくなったために、いつもスピードで振る事が出来ず、どうしても動きが遅くなってしまう。動きが遅くなるという事は、それだけ切り替えしが遅くなり、手数が少なくなるという事だ。

 そのため本来なら避けるスペースを与えずに猛スピードの風刃をぶつけるはずのコローニデトーテンタンツなのだが、シエラの画策により、シエラが突撃出来るだけのスペースを作ってしまったのである。後はスピードだが、セラフィスモードとエレメンタルアップを発動させているシエラにとってはコローニデトーテンタンツのスピードなど警戒しなくても充分に避けきる事が出来るだけのスピードだった。

 それはコローニデトーテンタンツのスピードが遅いわけではない。なにしろ風刃に翼の属性を付加させてスピードを上げているのである。そのスピードは充分過ぎるほど早いのだが、今のシエラを相手にしては、それほその脅威にはならないというだけの話である。

 だからシエラがコローニデトーテンタンツを避けながら、猛スーピドで突撃する事が可能になったのだ。

 そんな状態でもアレッタはコローニデトーテンタンツを放ち続ける。もちろんシエラが突撃してくるのを、しっかりと目にしながら。それでもアレッタが攻撃を止めないのは、これが最後の勝負だと分っているからだ。だからこそ勝負が付くまでコローニデトーテンタンツを止める事はしなかった。

 一方のシエラは、すでにアレッタにトドメの一撃を加える事しか頭に無かった。だからこそコローニデトーテンタンツを避けながらも、ウイングクレイモアをいつでも突き出せる構えで突撃していく。

 そしていよいよ、シエラがアレッタの眼前まで迫るとシエラはアレッタがスカイダンスツヴァイハンダーを切り替えす前に、一気にウイングクレイモアを突き出した。そして……ウイングクレイモアはアレッタの腹を見事に貫いたのだった。

 あまりもあっけない最後にシエラの瞳にはウイングクレイモアが突き刺さった瞬間がスローモーションのように写った。アレッタの身体を突き進むウイングクレイモア、それと同時にアレッタの身体から血飛沫が弾け飛び、シエラの顔にも付着する。そしてウイングクレイモアが完全にアレッタを突き刺さると、アレッタは衝撃で後ろに仰け反るが、すぐにシエラの方に倒れこんできた。

 先程までの勝負とは打って変わってのあっけない幕切れである。それどころかシエラはアレッタが最後の攻撃を自分の意思で止めるのをしっかりと目にしており、アレッタがまるで待っていたかのように優しい瞳でシエラの攻撃を受けるのを目にしていた。そう、まるでアレッタがシエラにトドメを刺してもらいたいように。

 その事がシエラを動揺させるのと同時に混乱させていた。争奪戦で一番最初に会ったときには敵意を剥き出しにしていたアレッタが、最後にはまるでシエラを受け入れるかのように、シエラの攻撃を受けたのである。だからシエラにはアレッタが何で最後は抵抗せずに攻撃を受け入れたのかが不思議でならなかった。

 そんなシエラの攻撃を受けたアレッタの手からスカイダンスツヴァイハンダーが滑り落ちるとアレッタは空いた腕でシエラを優しく抱きしめる。その懐かしい感触にシエラは自然と涙が流れ落ちるのを感じた。そんなシエラにアレッタは優しくささやく。

「最初の予定とは違っちゃたけど、目的を果たせたから充分かな?」

「目的? 予定?」

 アレッタの言葉にシエラは混乱するばかりだ。そんなシエラの髪を優しく撫でながらアレッタは話を続ける。

「そう、予定。最初はシエラを倒してから……シエラを私達の仲間にするはずだったのよ」

「仲間……なんのために?」

 予想外の言葉にシエラはますます混乱するばかりだ。一方のアレッタは更にシエラを強く抱きしめるとシエラの耳元で呟く。

「そんなの決まってるじゃない。シエラを……受け入れるためよ」

「ッ!」

 まさかの言葉にシエラは口を開くが言葉が出ない。まさかアレッタがシエラを仲間にするためにシエラを倒そうとしてたなんて予想外どころか発想も出来なかった事だ。けれどもシエラはこれでアレッタが行ってきた行動をやっと理解できた。

 そもそも争奪戦で負けた精霊は一定期間を置けば別の契約者と契約が出来る。一方の契約者は負ける。つまり己の中にある精霊王の器を破壊されれば、もう二度と争奪戦に参加できない。

 つまりアレッタは昇達を倒す事により、昇達との絆を断ち切るのと同時に再び自分がシエラとの絆を築いていこうと、そんな目的をもってたからこそシエラが昇達と仲良くしているのが気に食わなかったし、昇達の中を裂くためにシエラが妖魔である事を知らしめたのだ。

 そう、アレッタが昇達と出会ってからは全てシエラの為に戦ってきたのだ。その事にやっと気付いたシエラの手が自然とウイングクレイモアから離れる。もちろん抱き合っている状態だからウイングクレイモアがアレッタの身体から抜ける事は無いが、それでも空いた手でシエラはアレッタを抱きしめるのだった。

「ごめん……ごめんなさい」

「別にシエラが謝る事じゃないけど……謝ってくれて、ありがとう」

 そんなアレッタの言葉にシエラは流れ続ける涙を気にする事無く、強く、そう強くアレッタを抱きしめるのだった。そしてアレッタもそんなシエラを優しく抱きしめ続けるのだった。

 そうしている内にシエラの頭には一つの疑問が浮かんだのだろう。未だに涙が流れている顔を上げてアレッタの顔を見上げると、その事を尋ねてみる。

「アレッタの目的は私を仲間にして、受け入れて、また昔みたいに仲良くすることだったんだね。だったら、何で最初からそう言わなかったの?」

 そんなシエラの質問を受けてアレッタは意地悪な笑みを浮かべて見せる。その笑みも昔のアレッタと変わりない、懐かしい意地悪な笑みだった。そんなアレッタが当然のような口調で話し始める。

「だって、やっとシエラを見つけたら……あの契約者達と仲良くやってるようじゃない。そんな光景を見たら、いくら私だって頭に来るのよ。だから絶対に私の本音は話してやらないって決めてたの、だって自分から話したら何か悔しいじゃない」

 ……えっと、そんな事で? シエラが少し呆れたような顔でアレッタを見詰めていると、今度は意地悪な笑みから優しい笑みに変わると、口調も優しくなり言葉を続けてきた。

「それに……今度こそはシエラにも私の事を理解して欲しかったのよ。昔は妖魔である事を気にしてて私の事を理解しようともしなかった。だから……私が妖魔であるシエラを受け入れるから……シエラにも私の事を受け入れて理解して欲しかったのよ」

「……アレッ、タ」

 アレッタの言葉に感無量と言ったところだろう。シエラはまともに返事が出来ずに、今にも泣き出しそうだ。

 それはそうだ、なにしろシエラはアレッタの前から逃げ出した。何の説明も責任を果たさないままに。だからこそシエラにしてみればアレッタに嫌われる理由はあっても受け入れてくれる理由は無いと思っていた。

 だが実際はアレッタはシエラが妖魔だと分ってもシエラを受け入れていた。けれども今のシエラを見てアレッタの心境は少しだけ変化を見せた。シエラを取り戻すために、昇を、そしてシエラを追い詰めて再びシエラを取り戻そうとアレッタは本音を隠してシエラと戦ってきたのだ。

 アレッタとしてはシエラに自分の事を理解して欲しいという気持ちと、倒した後に全てを話すのでも、どちらでもよかったのだ。一番肝心な部分は昇達とシエラを引き剥がす事だったのだから。そうやって昇達の関係を修復不可能にしてから本音を話せばシエラが戻ってくるとアレッタは信じていたからこそ、あそこまで闘ったとも言えるだろう。

 だが、そんなアレッタの計画にも一つだけ狂いが生じる事になってしまった、それが昇達だ。普通の精霊や契約者なら妖魔とはよっぽどの事情が無い限りは契約なんてしないだろう。もし契約していても、妖魔だと分かった時点で契約を破棄すると思っていた。けれども昇達はシエラが妖魔である事をまったく気にせずに、とまでは言えないだろうが。昇がまったく気にせずにシエラの事を気に掛けたものだから、他の誰にも口を出す事が出来ず。皆も自然とシエラを受け入れていたようだ。

 そう、アレッタの計画で一つだけの誤算は昇だったのだ。昇が妖魔の事を知っても、シエラとの絆を重視したからこそ、ミリアや閃華のような精霊ですらも自然とシエラの事を受け入れたのだ。

 それはフレト達も同じだろう。昇は世間の常識とも言える差別を思いっきり無視してシエラの事を受け入れて、必死にシエラを探している昇を見ていたからこそ。世間の差別よりも今まで築き上げた絆が重要なのだと気付かされたようだ。

 つまりシエラを受け入れる切っ掛けを作ったのは昇なのだ。もちろん本人にはそんな自覚は無いだろう。けれども昇の懸命な気持ちと行動が皆から妖魔を差別するという認識を薄くし、最後にはなくしてしまったのだろう。

 だからこそ今では皆で戦う事が出来る。シエラの為に戦ってくれている。その事だけがアレッタにとっては一つだけの誤算だった。

 そうなるとアレッタに残された手段は一つだけしかなかった。シエラのその事を確かめるように言葉を口にする。

「じゃあ、アレッタは……今の戦いが始まった時から私に負けるつもりだったの?」

 そんなシエラの言葉にアレッタは軽く笑って見せるが、その笑顔も少し儚げで今にも泣き出しそうだ。

「あんなのを見せられたら……私が入る余地が無いじゃない。だって……あんなの……ずるいよ……本当は、本当は……私がしたかったのにっ!」

 アレッタはシエラに思いっきり抱き付くと、今まで堪えていた物を全て吐き出すかのように泣きながら話を続けてきた。

「シエラ……シエラッ! なんであの時に逃げたのよっ! それは私だって驚いたけど、私にだってシエラを受け入れることが出来たっ! ずっと一緒に居る事が出来たっ! ……なのに……ずるいよ。なんでシエラは私の傍にいないの、なんで……私はシエラの仲間に入れないの……そんなの、そんなのずるいよっ!」

「……アレッタ」

 アレッタの本音をやっと理解できたシエラはアレッタに掛ける言葉が見付からなかった。だから、その代用としてシエラはアレッタを思いっきり抱きしめる。せめて最後に……自分の温もりを残すかのように。

 そんなシエラが静かにアレッタに向けて言葉を放つ。

「ごめん、アレッタ。あの時に私が逃げ出したから、だからアレッタを苦しめる事になった」

「シエラ」

 突然、優しく話し始めたシエラにアレッタは涙で濡れている顔を向けると、シエラはアレッタに微笑を向けるのだった。そして今度は瞳を閉じて静かに語り始めるシエラ。

「そう、全ては私の責任。私が勝手に受け入れてくれないと先走ったからアレッタにも迷惑を掛けた。でも……それでもっ! アレッタが私を受け入れてくれるなら、アレッタは私の仲間だよ。今は一緒に居られないけど……次は一緒に居られる、ずっと傍に居る事が出来る。そこだけは約束するよ」

「……シエラッ!」

 シエラの言葉を聞いてアレッタはシエラの温もりを確かめるように抱きしめると、そのまま頬を寄せ合い、お互いの温もりを確かめてからアレッタが呟く。

「じゃあ、次からは……もう私もシエラの仲間だよね。それは変わらないよね」

 そんなアレッタの言葉にシエラは瞳を閉じて首を横に振った。

「アレッタはもう私の仲間だよ。それに、これは私から言う言葉だよ。今までごめんなさい、そして受け入れてくれてありがとう。だから……もう既にアレッタは私の仲間だよっ!」

「シエラッ!」

 シエラの言葉に再び泣き出して抱き付くアレッタ。シエラもそんなアレッタの温もりを憶えるかのようにアレッタを強く、そして優しく抱きしめるのだった。

 そんなシエラが心に思う。そっか……アレッタは最初から私を受け入れてくれてたんだ。でも……私と昇達の関係を見たからこそ、アレッタは敵意を剥き出しにして戦いを挑んできた。全ては……私の為に。やっぱり……全ての原因は私にあったんだね。ごめんねアレッタ、私のせいでくるめて。でも、もう大丈夫だよ。もうアレッタは仲間だし、今度会った時には仲良く出来るから……昔どおりに。だから……心配しないでアレッタ。

 そんな事を思うシエラ。どうやらシエラもやっとアレッタの全てを理解したのだろう。人間界の言葉にこんな言葉がある『可愛さ余って憎さ百倍』アレッタの心境はまさに、こんな感じだったのだろう。

 争奪戦が始まってからアレッタはずっとシエラを探していた。今度こそはしっかりと受け入れようと、昔のような絆を取り戻そうと。そんな時にシエラと仲良くしている昇達を見たのである。アレッタとしてはシエラを取り戻したい、という気持ちより、まずは昇達の仲を引き裂きたいと思ってしまったのだろう。

 だからこそアレッタはシエラの正体を昇達に明かしたし、一人なったシエラにトドメを刺そうとして、それから仲間にしようとした。そんなアレッタの気持ちをやっと全て理解したシエラ。そんなシエラの表情は曇り一つなく、女神のような優しさ溢れた微笑でアレッタを優しく包み込むように抱きしめるのだった。



 沢山の時間と戦いをへて、やっと分かり合えた二人の顔には後悔どころか笑顔が浮かんでいた。それだけ分かり合えた喜びが大きかったのだろう。

 けれども……この戦いには決着を付けないとならなくて、すでに勝敗は決していた。後はシエラがアレッタにトドメを刺すだけだ。そう、これが、二人にとってはしばしの別れ、次はいつ会う事に出来るか分からない別れなのである。

 それでも二人は既に泣いてはいなかった。それどころか二人とも晴れやかな顔をしていた。それだけ二人は戦い、傷つけ合いながらも、やっとお互いの事が理解できたのだから、もう二人にとって悔いが残る事は無いのだろう。

 だからこそシエラはためらう事無く、アレッタに真剣だけど、どこか優しげな顔を向けてウイングクレイモアをしっかりと握ると口を開く。

「じゃあ、行くよ」

「えぇ、思いっきりやっちゃって良いわよ」

 そんなアレッタの言葉を聞いてシエラはアレッタに突き刺さっているウイングクレイモアを少しずつ引き出していく。さすがに全部抜くとアレッタは既に飛べない状態だから、ウイングクレイモアの刀身を三分の一ほどアレッタに刺したところでシエラはウイングクレイモアを引き抜くのを止めた。

 さすがのアレッタもウイングクレイモアを引き抜いている時には苦痛の顔を浮かべていたが、それが終わると一息ついて、笑顔をシエラに向けてきた。そんなアレッタの笑顔を見てシエラは一度だけ頷くとウイングクレイモアに生えている六枚の翼を思いっきり広げるとウイングクレイモアと翼に属性の力を一気に流し込む。

 アレッタの目の前で白い輝きを放つウイングクレイモアと六枚の白キ翼。そして白キ翼はシエラの背中にも生えている。その翼もこれからはあまり黒く染まる事は無いだろう。なにしろ昇達がシエラを受け入れてくれたのだから。妖魔であるシエラを受け入れてくれたのだから。だからアレッタはシエラを昇に任せても良いといつの間にか思っていた。だからこそ、シエラの背中に生えている白キ翼を今では安心して見る事が出来ていた。

 そんなアレッタが安心した事をシエラも察したのだろう。だから、これからも心配ないという意味を込めてシエラはアレッタに向けて一度だけ微笑んで見せる。そんなシエラの微笑みに満足げに頷くアレッタ。もう、今の二人には言葉はいらないのだろう。既に言葉が無くてもお互いに理解しあえるほどの絆を再び築いたのだから。

 そんな事をしているうちにウイングクレイモアと翼に溜まった翼の属性は最高潮に達していた。だからこそシエラは最後にアレッタに向けて言葉を送る。

「それじゃあね、アレッタ。次に会うのはいつになるか分からないけど。また……一緒に遊ぼう」

 まるで子供の約束みたいな事を最後に付け加えるシエラ。それで良いのだ、アレッタの性格からして最後に湿っぽいのは似合わないとシエラは分っているから、だからシエラは最後にあのような言葉を付け加えたのだ。もちろんアレッタもそんなシエラの気持ちを分っている。だからこんな言葉をシエラに送るのだった。

「そうね、まだまだシエラを連れて行きたい場所が沢山有るから、次に会った時にはいろいろと引っ張りまわして上げるわよ。だからシエラ……今を大事にしなさい。争奪戦が終わって、シエラが精霊世界に返ってきても、必ず見つけ出してあげるから。だから私の心配はしないで、今は自分を大事にしてくれる契約者と仲間の心配をしてあげなさいね。私との約束は、その後でいいから」

 最後まで明るい口調で言葉を送るアレッタにシエラは思わず涙を流しそうになるが、何とか堪えた。ここで泣いてしまっては笑顔でアレッタを送る事が出来ない。もし泣いてしまえばアレッタを心配させる事になる。それが分っているからこそ、シエラは少しだけ崩れた微笑を向けるのだった。

 そんなシエラを見てアレッタは一度だけ天を仰ぐと、シエラに向けて最後の微笑を向けてきた。

「さて、このまま話しててもラチが空かないわよ。だからシエラ……もう、終わりにしましょう」

 そんなアレッタの言葉にシエラは言葉ではなく、何度か頷くだけだった。もし声を出してしまえば自分が泣きそうなのがアレッタに悟られると思ったからだろう。だからこそ頷くだけにして、後はウイングクレイモアをしっかりと握ると六枚の翼が大きく広がり、力が一点に収束されていく。

 そんな光景を見ながらもアレッタは微笑を崩さなかった。だからこそ、シエラも微笑んでいるつもりだったが、いつの間にか涙が流れていた。けど今の状態で決して泣く事は出来なかった。なにしろ自分の手でアレッタを送らないといけないのだから。だからこそ、泣く事無く、涙を拭く事もなく、今はアレッタを送る事に集中していた。

 そんなシエラを見てアレッタは微笑みながらも、少し呆れたように息を吐く。そんなアレッタの姿すらシエラの目には涙でにじんで良く見えなかった。けれどもこれからやる事だけはしっかりと分かっていた。だからこそ、今はその事に集中する。

 そして一点に収束された力は放たれるのだった。

「セラフィス……ブレイカーッ!」

 ウイングクレイモアと六枚の翼が一気に白い輝きを増すと、一点に収束された力がアレッタに向けて放たれた。

 白い力に包まれて自分の身体が崩壊して行く中でもアレッタはシエラの事を見続けていた。そんな中でも思う事はシエラの事だった。

 まったく、最後まで強情なんだから。もう少し素直になって、泣いちゃっても良かったんだよシエラ。それにしても……まさか私以外にシエラを受け入れてくれる契約者や精霊が現れるなんてね。おかげで私の役目を取られちゃったけど……よかったねシエラ。ちゃんと受け入れてくれる存在が出来て。だからシエラ、シエラはもう一人じゃない。もう隠す事なんて、無いんだよ。だからシエラ、安心して。今ではあなたの契約者があなたを受け入れてくれる。その次には私が必ずあなたを受け入れるから。だからシエラ……それまで元気でね。

 最後にそんな事を思ったアレッタは白い光に包まれて、最後には人間世界から姿を消す事になった。白い光の中でアレッタが何を思ったのかはシエラには分からない。けど……シエラはアレッタとの戦いで何か大切な物をもらったような気がしていた。ただ……そんな気がしていただけだった。

 そんな時だった。突如として上から一枚の羽が落ちてきた。それはシエラやアレッタと同じ白キ翼の羽。一点の曇りも無い、白キ羽。シエラは手を伸ばして、その羽を手の上に乗せるように受け止めると、突如して頭の中にアレッタの声が聞こえたような気がした。

『もう、心配ないよ。シエラ』

 そんなアレッタの声が聞こえたような気がした。そして次の瞬間にはシエラは羽を抱きしめると思いっきり泣き出していた。けれどもシエラの中に後悔の念は一つも無い、ただ……アレッタと別れる事になったのが寂しいから泣いただけである。

 その一枚の羽はアレッタから送られた最後のメッセージかもしれないとシエラは思う事にした。たとえそれが幻聴だったとしても、シエラはそう思う事にした。そう思っていれば……いつまでもアレッタを傍に感じる事が出来ると思ったから。

 だからこそシエラは白キ羽を抱きしめながら思いっきり泣き続ける。そのうち白キ羽が少しずつ消えていくが、それでもシエラは泣き続けた。今のシエラには思いっきり泣き続ける事で次に進めるのだから。



 やっと心が落ち着いて涙を拭うシエラ。ウイングクレイモアをしっかりと握ると地上の様子を窺うのだった。

 鳥が……二匹。あのサモナーが新たに召還した鳥。それに二人がかりで昇達が戦っている。琴美と閃華、昇とミリアがそれぞれの鳥を相手にしてる。それにあのサモナー……相当消耗している。どうやら無理して、もう一匹召還したみたい。

 地上の様子を見て、そこまで推測するシエラ。どうやらアレッタと戦いながらも、少しではあるが地上の様子を時々見ていたようだ。もちろん次に備えてだが、そんなところがシエラらしいと言えるだろう。だからこそシエラは次の一手を考える。

 ミリアが参戦してるって事は、もう相手に精霊は残ってない。あのアッシュタリアの戦力は完全にフレト達が押さえ込んでる。なら、鳥一匹ぐらいならミリアでも相手は出来るか。それに……そんなに時間は掛からないはずだから。

 そんな推測を立てるシエラ。どうやらシエラの頭には既に次の作戦が思い浮かんでいるようだ。だからこそ、ここは一気に攻めるために昇の元へ向かって急降下を開始するのだった。

 大気のルーラーを駆使して、なるべく高速で急降下するシエラ。そんなシエラが目指すのは昇とミリアが相手にしてる。ローシェンナが新たに召還した燕の巨鳥がいる場所だ。そこを目指して急降下すると、シエラはウイングクレイモアを燕に向けると六枚の翼を思いっきり広げる。

 そして昇とミリアが一度退くタイミングを見て技を発動させるのだった。

「フルフェザーショット」

 昇とミリアが燕から遠のいた時に、真上から奇襲を掛けるシエラ。まさか燕も真上から来るとは思ってなかったのだろう。シエラの攻撃を受けて地上へと叩き付けられる。そんな奇襲に驚いたのはローシェンナと燕だけではない。昇とミリアも驚きを示し、上空から降りてくる背中に白キ翼を生やしたシエラの姿を確認すると昇とミリアは合流して、ミリアは思いっきり笑顔を浮かべながら、昇は優しげな笑顔をしながら降りてくるシエラを迎え入れるのだった。

「遅くなって、ごめん」

 真っ先にそんな言葉を言うシエラにミリアは言葉よりも行動に出ていた。シエラが降りてくるなり、思いっきりシエラに抱き付くミリア。どうやらシエラが帰って来てくれた事がよっぽど嬉しいようだ。

 一方の昇はシエラの姿に見蕩れていた。確かにシエラは姿は妖魔化して、いつもの姿とは変わっている。防具という防具は一切付けておらず、全てが布服のような物を着ているだけだ。それ以上に目を引いたのはシエラが始めて昇達の前で見せる本物の白キ翼。背中に生えた、一点の曇りも無い白キ翼だった。

 そんな白キ翼を見ながらも昇はシエラの雰囲気すらも変わった事に気付いた。今までよりも優しげな、そんな雰囲気を出していた。それはまさしく、今のシエラを象徴しているかのような雰囲気であり、女神のような姿をしてるシエラにとってはピッタリの雰囲気と言えるだろう。だからこそ昇はシエラに見蕩れていたのである。

 だが今は戦闘中である。シエラはすぐにミリアを引き剥がすと、すぐに昇の元へやってきた。いつもとは違う姿をしているシエラに思わずドキッとしてしまう昇だが、今は戦闘中だと自分自身に言い聞かせて平静を装う。どうやら昇にはシエラの体中に刻まれている黒い紋様など取るに足らない物のようだ。

 そんな昇にシエラは現状を告げる。

「ミリアが一人の精霊を倒してくれた。私もさっきアレッタを倒した。だから今の相手には精霊が居ない状態。ここでサモナーの能力を無理に相手をする事は無い。だから……」

 そんな切り出しからシエラは自分の作戦を昇に伝えると、昇はやっと真剣な顔になり、シエラの話を聞いて、それがどんな物かを確実に理解する。そして昇はミリアに顔を向けるのだった。

「どお、ミリア、行けそう」

「大丈夫だよ昇~、それぐらいの事なら今の私には楽勝だよ~」

 昇の言葉にそんな返事を返すミリア。そんなミリアを見て、昇はシエラを顔を見合わせるとお互いに頷くのだった。

 そして、これからシエラが提案してきた作戦を持って、この戦いに幕を引く事をストケシアシステムで全員に伝える昇。そんな昇が送った思考にそれぞれ返事を返してくる皆の声を聞いて昇は頷くのだった。

 そして昇はシエラの顔を真っ直ぐに見据える。

「じゃあ、行こう」

 こうしてローシェンナ達との戦いに幕を引くための戦いが始まるのだった。







 さてさて、やっと上げる事が出来ました。エレメの百二十話……なんか丁度キリが良いですね。何がキリが良いかというと、もちろん……お祝い事をするためですっ!

 そんな訳で、このエレメも……三周年を迎える事になりましたっ!!! わ~、パチパチ。いやはや、こうして無事に三周年を迎える事が出来て、なによりです。というか……とうとう三周年を迎えちゃったよ。いったい、何時になったら、このエレメは終わりを迎えるのでしょう。

 もう一周年の時に宣言したとおりに五周年以上も続きそうな勢いですね。……まあ、更新ペースはここでは気にしないでください。

 そんな訳で、皆様の支えと、いろいろな意見を頂き、こうして三周年を迎える事が出来ました。これからも……本当に五周年以上を目指して頑張って行こうかと思います。

 ……そんな宣言をしてよかったのだろうかと後悔してますが、ここはやっぱり期待に応えようと頑張って行こうかと思います。

 そんな訳で三周年を迎える事になったエレメをこれからもよろしくお願いします。

 さてさて、三周年のお祝いが終わったところで、今回は少しだけ本文に触れますね。今回の話でアレッタの本心が明らかになったわけですけど、これで今までアレッタがどんな気持ちで戦ってきたのかを察してもらえれば、私としては上手く書けたのだと思います。

 というか、私的には今回は上手く書けたと思うのですけど……如何でしょうか? やっぱり感動が薄かったりしますかね~。今回は少しだけ感動させようという意図を組み込んで書いたつもりですが……上手く書けてますかね。まあ、これで何人かが感動してくれれば、今の私にとっては大成功といえるでしょうね。

 ……いやいや、そこまで私は自分の腕を過信してませんよ。

 そんな訳でアレッタの本心、そしてその本心を知ったシエラ。更には絆を取り戻した二人に、祝福をしてくれる人が居るなら幸いです。

 さてさて、長くなって来たので、そろそろ締めましょうか。

 ではではここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、三周年の間、応援してくれた人はありがとう~っ! と心の底から叫んでみた葵夢幻でした。

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