第百十九話 大気のルーラー
女神を想像させる純白の服を着て、背中からは一点の黒も無い白キ翼を生やしており、それと同時に邪神を想像させるような黒い紋様がシエラの身体には刻まれていた。いや、まるで隠していた物を明らかにするように黒い紋様は姿を現した。
そんなシエラの姿を見て呆然とするアレッタ。確かにアレッタはシエラが妖魔だという事を知っていた。けど、それは背中にある翼に黒い染みのような部分があったから純粋な精霊ではないから妖魔だと分かっただけであり、本当に妖魔の力を発揮したシエラの姿を見るのはこれが始めてだ。だからだろう、シエラを良く知っているはずのアレッタですら呆然とするのは。
そんなアレッタを見る事無く、完全に妖魔の姿になったのだろう。シエラの髪を浮き上がらせるように吹いていた黒い風は収まり、今では背中の白キ翼を羽ばたかせて宙に浮いている。そんなシエラがゆっくりと瞳を開くとアレッタは再び驚く事になる。
なにしろシエラの瞳が紅色に変化していたからだ。いつものシエラは黒い瞳をしている。けれども今、アレッタの前に居るシエラは紅い色をした瞳でアレッタを見詰めている。体中に現れた黒い紋様といい、紅い瞳といい、今のシエラは精霊とはかけ離れた妖魔の姿そのものだった。いや、この姿こそシエラが今まで隠してきた本当の姿、妖魔の姿なのだ。
完全に妖魔の姿となったシエラを見てアレッタは言葉を発する事も、何か行動を起こす事も出来なかった。それほどアレッタにとっては始めて見る妖魔の姿、しかもシエラが今まで隠してきた本当の姿を見て動揺しているようだ。
そんなアレッタとは正反対にシエラはゆっくりとウイングクレイモアを持ち上げると、アレッタに切っ先を向ける。そしてシエラはアレッタに向けて言葉を投げ掛けるのだった。
「これが……昇達にも……そして、アレッタにも隠し続けてきた本当の姿。私が今まで忌み嫌っていた私の……本当の力と……本当の姿。……でも、今は違うっ! 昇が、皆が本当の私を受け入れてくれた。だから私はこの姿を今では嫌ったりはしない。そしてアレッタ……アレッタだからこそ……本当の姿を一番最初に見て欲しかった。それが……」
それ以上の言葉が言えなくて黙り込むシエラ。そんなシエラを不思議な顔で見守るアレッタ。とても戦場とは思えない光景が広がっていた。
けど、今のシエラとアレッタは敵同士で戦わないといけないのだが、だからと言って今のシエラにはアレッタを攻撃に攻撃をする気にはなれなかった。なにしろアレッタに、いや、妖魔の姿を晒したのはこれが初めてだ。それだけにシエラには分かる、アレッタが自分を見て動揺しているのを。もちろん、それは戦場において最大の隙とも言えるだろうが、過去の絆がシエラに攻撃をする事をためらわせていた。
シエラは自分が妖魔である事から他の精霊との繋がりに一線を引いていた。でも、アレッタはそんな事を気にしないでシエラと対等に接してくれた。シエラにとってアレッタは今でも大事な絆を持った友達なのだ。
だからこそシエラはアレッタに本当の姿を見せる事にまったくちゅうちょしなかった。いや、アレッタだからこそ、この戦いで本当の姿を見せておきたかったのだろう。それがアレッタの前から逃げ出したシエラに出来る精一杯の事なのだから。
そんなシエラの言葉を聞いてアレッタはやっと自分を取り戻した。そしていつの間にか自分の中からシエラに対する怒りが消えている事に気付いた。そして、怒りとは逆の感情が湧き出している事にも気付いた。そう、アレッタは嬉しかったのだ。シエラが本当の姿を一番最初に自分に見せた事が。
だからこそアレッタの表情は自然と和らぎ、口元に軽い笑みを浮かべながらシエラに向かって言葉を返してきた。
「……そう、なんか……なんかね。やっと、超えられたような気がするよ、今までシエラが私に対して引いていた一線を……やっと……越えられたような気がする」
「……アレッタ」
静かなアレッタの言葉にシエラは違和感を持ち始めた。なにしろ先程までアレッタからは怒りにも似た感情のような物を感じていたのだが、シエラが本当の姿をアレッタに見せた途端にアレッタからは、そんな感情を感じるどころか、昔を思い出すような懐かしい気分がしたからだ。
それが何なのかはシエラには、まだ分からない。だが今はアレッタとの戦闘中である。だからアレッタに対して気を抜く事は出来なかった。だからと言って今のアレッタを攻撃する気にもなれなかった。なにしろ今のアレッタは……あまりにも無防備だったから。
アレッタは戦闘中だというのに、そんな事をすっかり忘れたかのように闘志が消えている。それどころかアレッタは涙すら流していた。そんな無防備のアレッタに攻撃を仕掛けるなんてシエラには出来る訳が無い。だからこそシエラは今のアレッタに戸惑うばかりだ。
シエラがすっかり戸惑っている内にアレッタは心の整理が付いたのだろう。涙を拭くと再びスカイダンスツヴァイハンダーを構えてシエラに鋭い瞳を向けてくる。だがシエラはそんなアレッタの瞳からも変化が生じている事に気が付いた。
確かに先程まで戦っていたアレッタの瞳も鋭かった。けれども今のシエラが写っているアレッタの瞳は鋭いものの、瞳の奥には優しさのような物をシエラは見つけたからだ。
それは先程までのアレッタを見ていれば、まるで別人になったような変化だ。まあ、シエラも姿がすっかりと変わって外見だけは別人のようだが、アレッタは中身が別人のように変化した。しかも、その雰囲気はシエラが知っているアレッタの雰囲気そのものだった。
そんなアレッタの変化にシエラは思わず言葉を投げ掛けてしまう。
「……アレッタ、どうしたの?」
アレッタの変化に思わず、そんな質問をしてしまったシエラ。一方のアレッタはそんな質問を受けて一瞬だけ驚きの表情を浮かべると笑い出した。その笑いは先程までとはまったく違い。笑いの奥にまったく悪意が無い、純粋たる笑いだった。
そんなアレッタに首を傾げるシエラ。どうやらシエラにはアレッタがどうして無邪気にも似た笑いを続けているのかが、まったく分からないと言った感じだ。
そんなアレッタが笑いを封じ込めるように、涙目になった目を拭くと再びシエラに向かって話を続けてきた。
「シエラ……そういう所は昔から変わらないよね。まあ、今のシエラに私の気持ちを分って貰いたいとは思わないわよ。もし、そんな事になったら思いっきり悔しいからね。だからシエラ……私の気持ちが知りたかったら私に勝つ事ね」
言葉が終わるのと同時に再びスカイダンスツヴァイハンダーを構えるアレッタ。そんなアレッタにシエラも言葉を返すのだった。
「もちろん勝たせてもらう。今の……今の私は負ける訳にはいかない。受け入れてくれた皆のためにも、そして……」
やっぱり最後の言葉は出せないシエラ。そしてアレッタに謝るためにもとはシエラは言えなかった。だがそんなシエラを驚かせる言葉をアレッタが返してきたのだ。
「そして私に謝るためにでしょ」
「なっ! なんで」
まさかアレッタの口からシエラの本心が飛び出してくるとはシエラ自身も思ってもみたかった事であり、シエラは驚きを隠せなかった。そんなシエラとは正反対にアレッタは意地悪な笑みを浮かべると話を続けてきた。
「本当に……そういう所は昔から変わってないわよね。シエラ、一つだけ教えてあげるわよ。私はシエラの心を知ってる、それは私がシエラの心を知りたいと思ったから。でも、シエラは私の心を知らない、それはシエラが私の心を知りたいと思わなかったから。ただ……そう、ただそれだけの違いよ」
「どういう意味?」
「言葉どおりの意味よ。私はシエラの心が分かるけど、シエラには私の心が分からない。それだけの事よ。そして……だからこそ戦うのよシエラ。戦う事が……今の私達がやるべき事なんだからね」
「……言われるまでも無い」
アレッタが言った言葉の意味をシエラには分からなかったが、アレッタが再び戦う意思を示し、その瞳に闘志を戻したからには戦わない訳にはいかないとシエラもウイングクレイモアを構える。そんなシエラを見てアレッタは口元に笑みを浮かべると一気に行動に出てきた。
「行くわよっ!」
宣言と共にシエラに向かって突撃してくるアレッタ。そんなアレッタに対してシエラはウイングクレイモアを構えているものの、まったく動こうとはしなかった。どうやらここでアレッタを迎え撃つつもりなのだろう。
だがアレッタは先程発動させたトーテンタンツを解除していない。つまりアレッタの戦闘能力は落ちていない。先程と変わりなく、距離が縮まれば怒涛のような連撃を繰り出してくるのは目に見えている。
そんな事はシエラは分っているはずなのにシエラは動こうとはしない。つまりシエラにはトーテンタンツに対抗出来る手段があるのだろうとアレッタは判断した。だが、それでもアレッタは突撃を止める事はしなかった。
シエラ、どうやら私のトーテンタンツに対抗出来る手を持ってるみたいだけど、私はもう油断も手加減もしないわよ。ここからは本気で決着を付けるわっ! そんな決意と共にシエラに向かって背中の翼を羽ばたかせながら一気に距離を詰めてくるアレッタ。
そしてついにシエラはスカイダンスツヴァイハンダーの間合いに入る。後はアレッタがスカイダンスツヴァイハンダーを振るいだせば一瞬の内に数百という斬撃がシエラを襲うだろう。それは二人の戦いを見ていれば誰でも分かる事だ。戦っているシエラなら誰よりもそんな事は分っている。それでもシエラは動こうとはしなかった。
アレッタはまったく動こうとはしないシエラに疑念を感じながらも、ついにスカイダンスツヴァイハンダーを振るい始め、トーテンタンツの真髄を発揮する。この一撃を皮切りに怒涛の連撃を繰り出そうと一気に決めようとするアレッタ。
「なっ!」
だがアレッタが驚く結果となってしまった。なにしろ連撃の皮切りとなる最初の一撃。その一撃はもちろんシエラを斬り裂くつもりで深く斬り付けた斬撃だ。その斬撃がシエラに届く前に止まっているのだから。
もちろんアレッタの意思で止めた訳ではない。何かによって阻まれたのだ。だがシエラはウイングクレイモアを構えたままで、まったく動いていない。だからアレッタには何がスカイダンスツヴァイハンダーを阻んだのかが、まったく分からなかった。
いったい何が? シエラに何かが起こっている事はアレッタにも予想が付く、だがそれが何かまでは分からないし、シエラもアレッタに考える時間を与える訳が無かった。
スカイダンスツヴァイハンダーの一撃を完璧に防いだ事を皮切りに、一気に反撃に出るシエラはすぐにウイングクレイモアを振るいだす。セラフィスモードに今までに無いほどのエレメンタルアップの上乗せである。そんな一撃を喰らってしまえばアレッタは一撃で落とされる事は目に見えている。だからアレッタはしかたなく、シエラの一撃を避けるために距離を取るのだった。
その後に当然シエラの追撃があるものだと思っていたアレッタだが、シエラはアレッタを追撃する事無く、再びウイングクレイモアを構えるだけだった。そんなシエラを見てアレッタもスカイダンスツヴァイハンダーを構えると口を開く。
「随分と余裕ね、どうやって私の一撃を防いだかは分からないけど、まだシエラが勝ったわけじゃないのよ」
追撃してくる事無く、余裕を見せるシエラにちょっとだけ悔しかったのだろう。アレッタはそんな言葉をシエラに投げ掛けた。そしてシエラもそんなアレッタの言葉に返事を返すのだった。
「さっきも言ったけど勝たせてもらう、私は負ける訳にはいかないから。それと私からも言える事が一つだけある。アレッタ……アレッタも昔から変わってない。特に知識に欠けるところは」
そんなシエラの言葉を受けてアレッタは顔をしかめる。どうやらシエラが言った事は的を射ていたようだ。つまり、アレッタにはシエラほどの知識が無い。だからシエラが何をしているのかが分からないとシエラはアレッタに向かって宣言したものだから、アレッタが顔をしかめても当然と言えるだろう。
そんなシエラにアレッタは不機嫌な顔で言葉を返すのだった。
「だったら、昔みたいに説明してよね」
随分と勝手な言い分だ。なにしろ戦っている相手に自分の力を自分で説明しろと言っているのだから。もちろんシエラはそんな愚かな真似はしない……相手がアレッタ以外なら。
そう、驚いた事にシエラは自らの力について説明を始めてしまったのだ。敵であるアレッタに向かって。
「アレッタは私が妖魔である事を知っておきながら、妖魔に関してはまったくしらないみたい。だから教えてあげる。妖魔は精霊と人間のハーフであり精霊に近い存在。だから契約をすれば妖魔は契約者と同様に個人の能力を発動できるようになる。つまり、精霊でありながら契約者の能力も使える。だから精霊からは忌み嫌われた。そんな力を持った者を同類とは認めたくないから。精霊から見れば精霊の力だけでなく、契約者の能力まで使えるようになるなんて卑怯以外のなにものでもないから」
「それって……つまりシエラも翼の属性だけじゃなくて、契約者と同様に何かの能力を発動出来るようになったって事?」
そんなアレッタの解答にシエラは黙って首を縦に振るのだった。そんなシエラを見てアレッタが叫ぶ。
「そんなの卑怯じゃないのよっ!」
「……だから妖魔は精霊から嫌われた」
「あぁ~、なるほど、そんな歴史があったからか」
どうやらアレッタは妖魔が精霊から差別されている存在だと知ってはいたものの、何で差別されているかまでは知らなかったようだ。まあ、ほとんどの精霊がそうなのだろう、なにしろ精霊社会では妖魔は差別する物という常識が生まれている。だからその根源まで知る者はあまり居ないのだ。だからアレッタが妖魔の能力について知らなくても不思議ではなかった。
けれども今、一番問題にしないといけないのはシエラの能力についてである。なにしろ、まったく動く事無くスカイダンスツヴァイハンダーを受け止めたのだ。それだけでも、かなりの力を持っている能力だという事が分かる。
だからこそ、アレッタは契約者が発動する能力でシエラが使った能力について考えてみるが、アレッタが知る限りでは、契約者の能力でそんな事が出来る能力はまったく思いつかなかった。防御したという面についてシールダーの能力を思い浮かべてみたものの、シールダーの能力は必ず盾を形成する。それが光や闇や風といった物理的に掴めない物でも、物理的に防御する力を与える盾を形成する能力だ。
だが先程の攻撃でシエラが盾を作り出した形跡は無い。そうなるとアレッタにはシエラが使った能力が何なのかがまったく分からなくなってしまった。
能力が分からないうちは下手に攻撃する事も出来ない。なにしろシエラは妖魔、能力の他に翼の精霊でもあるのだ。そのスピードを持ってすれば下手に攻撃して、その能力によって動きを遅らせる事になってしまうとシエラのウイングクレイモアが襲ってくるのは目に見えている。だからアレッタは遠巻きにシエラを観察するのだが、何が起こっているのかがまったく分からなかった。
そんなアレッタを見飽きたのだろう。シエラが自ら口を開いてきた。
「じゃあ、もう少しだけ私の能力を見せてあげる」
シエラの言葉に警戒するかのようにスカイダンスツヴァイハンダーを構えて、何が起こっても対応できるように背中の翼を大きく広げる。これでいつでも高速移動出来るからだ。
だがシエラの能力はアレッタの予想をはるかに上回っており、思いもよらない形で発動されたのだった。
「なっ!」
突如としてアレッタの後ろからシエラに向かって突風、いや風の塊がアレッタを押し出すかのようにシエラの元へ運んで行く。下手に翼を広げていただけに、アレッタはいきなり現れた風の塊を思いっきり翼に受けてしまって、心を落ち着かせて平常心に戻った頃にはシエラが目の前でウイングクレイモアを振り上げていた。
慌てて横に高速移動するアレッタ。そんなアレッタが居た場所をウイングクレイモアが通過して行く。そうなるとシエラは無防備である、そんな隙をアレッタが見逃すはずが無い。ここぞとばかりにスカイダンスツヴァイハンダーを振るうが、またしても刃がシエラの身体に届く前に阻まれてしまった。
くっ、また……って、これって……まさか……風の流れっ! どうやらやっとアレッタは気付いたようだ。今までシエラの身体を守っていた物、それは風の流れ、言い返れば風の壁とも言えるだろう。
風の流れと聞いてもピンとは来ないだろう。なにしろ風が流れているだけでアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーを受け止められるとは思えないのが普通だからだ。だが、風の密度とスピードを変化させたらどうだろう。風は圧縮されればされるほど流れるスピードが速くなる。そして速ければ速いほど、その威力は凄まじく、弾く力が強くなるのだ。
身近なところでドライヤーを思い浮かべてもらおう。良く実験などで見る光景だが、ドライヤーから発生する風の上にボールを乗せて浮かべるという光景を見た事があるだろう。ドライヤーの風速を弱にするとボールはそんなに浮かばず、風速を強にするとボールが弾かれるほどの風が発生する。つまり空気の流れが狭くて速いほど、物を弾く力が大きくなる。シエラはそれを利用したのだ。
つまりシエラは自分とスカイダンスツヴァイハンダーの間に高圧縮した空気を狭い範囲で一定方向に高速で流したからこそ、スカイダンスツヴァイハンダーはシエラに届く事無く、高速で流れ続ける空気に阻まれたのだ。それこそが風の壁である。
だが、そうなるとアレッタには一つの疑問が浮かんだ。確かに風の属性に関した能力は幾つもあるが、シエラのように風の壁を作ったり、アレッタを押し出すような風の塊を発生させたりする能力は無いはずだ。それに能力を応用出来ると言っても限度がある。ここまでの事が出来る能力などは、まず無いはずだ。だからこそ、アレッタは攻撃を中断して再びシエラから距離を取ると首を傾げることになってしまった。
そんなアレッタを見てシエラは軽く笑うと片手でウイングクレイモアをアレッタに向けると口を開いてきた。
「不思議……って顔をしてる」
「当たり前でしょ、妖魔が契約者の能力を使えるってのは分かったけど、シエラが使ってる能力なんて聞いた事も見た事も無いわよっ!」
あまりにもシエラがもったいぶってるからだろう、アレッタは少し怒り気味で返事を返すのだった。そんなアレッタの返事にシエラは軽く笑うとアレッタにまったく鋭さの無い、いつもの無機質だが優しさを秘めた瞳を向けると話を続けてきた。
「契約者の中にレアな能力があるように、妖魔には妖魔にしか発動しない能力がある」
「つまりシエラもレア能力持ちって事?」
それがもし本当ならあまり知りたくない事実だが、シエラがそこまで話したからには聞かない訳にはいかないとアレッタは尋ねるとシエラは頷いてきた。そんなシエラを見てアレッタは思いっきり溜息を付くと、シエラは軽く笑って自分の能力を自ら明かす。
「そう、私の能力は大気のルーラー。私の能力が届く範囲の大気は私の支配下になる」
「ルーラー、つまり支配者って訳ね。それで納得したわ、つまりシエラの力が届く範囲の大気は全てシエラの支配下、自由に操れるって事だからね。だから風の壁を作ったり、私を押し出すような空気の流れを作り出せたって事か。空気、いや、大気を自由に操れるって、風のシュータやエレメンタルに比べると、かなり卑怯じゃない」
「せめてレア能力と言って欲しい」
「そんな要望なんて知るかっ!」
あまりもの事実に逆ギレ、いや、叫んでしまったアレッタ。それはそうだろう、なにしろ大気のルーラーはその名の通りに大気の支配者。つまり空気や風を自由自在に操る事が出来るのだから。だから風のシュータやエレメンタルでは出来ないような事まで簡単にやってのけるのだ。だからアレッタが叫びたい気持ちも分からなくは無い。
だがこれこそがシエラが有している妖魔の能力であり、妖魔にしか発動しない能力なのだ。
やっとシエラの能力について理解したアレッタは何とかして対抗策を考える。だがシエラは自分の力が及ぶ限りの大気を自由に操ってくるのだ。そのうえ、自分を守るために常に自分の周りには風の壁を張り巡らせているのだろう。さしずめ風の鎧と言ったところだろう。それがある限りはアレッタの攻撃は届かないのだから、アレッタは対抗策に悩むばかりだ。
そんなアレッタをシエラは少しの間だけ、いつもの瞳で見詰めていた。そんなシエラがアレッタについて思う。アレッタ……確かにアレッタが言ったとおりかもしれない。私は自分が妖魔である事に必死になってアレッタの事を知ろうとはしなかった。でも……アレッタはずっと私の事を気に掛けて、ずっと私の事を理解しようとしてくれていた。やっぱり……私はずるい、私はそんなアレッタに甘えてただけなんだから。だからアレッタ……終わりにしよう。私の責任に、私の贖罪に、決着を付けよう。そうしたら私も……アレッタの事を理解できるかな?
そんな疑問で思いに終止符を打つとシエラはウイングクレイモアを持ち替えるように構え直すと再び闘志に満ちた瞳をアレッタに向けて口を開くのだった。
「私の能力はこれで全部説明した。だから、そろそろ再開させよう」
戦闘再開を口にしたシエラに対してアレッタは苦笑いしながら答えてきた。
「えっと、まだ対抗策が思い浮かばないから、もう少しだけ考えてて良い?」
「ダメ」
アレッタの提案を一蹴するシエラ。そんなシエラにアレッタは軽く笑うとスカイダンスツヴァイハンダーを構えて、真剣な表情へと戻る。どうやらアレッタは対抗策は思い浮かばないものの、このまま戦闘を避ける事だけはしたくないようだ。なにしろこの戦いに決着を付けない限りは二人とも因縁を断ち切れないのだから。
そんなアレッタがシエラを鋭い眼差しで見詰めながら話を続けてきた。
「相変わらずケチね。まあ、いいわ。なにしろこれは摸擬戦じゃなくて本当の戦いなんだから。相手の都合に合わせる理由なんて無いわよね。まあ、いいわ……シエラ、それじゃあ、そろそろ決着を付けましょうか。お互いに最後の手段を出してきた事だし」
「そのつもり」
「じゃあ……行くわよ」
「……うん」
お互いに武器を構えながら出だしのタイミングを計るシエラとアレッタ。どうやら二人とも、今度こそは決着を付けるつもりらしい。いや、二人とも最後の手段を出してきたからこそ決着が付くのだろう。それが分っているからこそ、シエラもアレッタも慎重になる。
だがアレッタには未だにシエラの能力に対抗する手段が思い浮かばない。それどころかシエラの能力は翼の属性を有している者にとって最悪な物だという事に気付いていないらしい。だからこそシエラは罠を仕掛けるために自ら動く事にした。
シエラを後押しするかのように一陣の風が吹くと、シエラは背中の翼を思いっきり広げて一気にアレッタに向かって突っ込んで行く。さすが大気のルーラーだけあって、追い風を起こす事ぐらいは簡単な事だ。しかもシエラは背中の翼を思いっきり広げている。だから今までに見せたことが無いぐらい猛スピードでアレッタに突っ込んで行くのだった。
一方のアレッタはここまで早いスピードでシエラが突っ込んで来るとは思っていなかったのだろう。シエラの動きに驚きながらも、その場を動かずにスカイダンスツヴァイハンダーを後ろ気味に構える。どうやらシエラが突っ込んできたらトーテンタンツで一気に仕留めようと言うのだろう。
確かにシエラには風の鎧がある。だからと言って風の鎧が絶対的な防御力を持っているわけではない。どちらかというと風の鎧は相手の攻撃を受け止めているのでは無い、受け流しているのだ。だから、その流れよりも早い一撃を一度でも入れる事が出来れば風の鎧を突破する事が出来るだろう。それがアレッタの考え出した対抗策だった。
そんなアレッタの対抗策に気付かないままにシエラは一気に突っ込んで行く。そしてお互いの距離が一気に縮まると、アレッタはスカイダンスツヴァイハンダーを振るうが、今度は風の鎧に阻まれるどころか、シエラがいきなり目の前から居なくなった事により、スカイダンスツヴァイハンダーは空を斬る事になってしまった。
そんな状況に慌てて周囲を探るアレッタ。だがアレッタがシエラを見つけた時にはすでに遅かった。アレッタが下を見た時には、シエラは回転しながら急上昇して来ていた。どうやらシエラは背中の翼を思いっきり広げていた事を良い事に、アレッタの攻撃が当たる寸前に大気を操って下降気流を起こしたようだ。
つまり下に向かって急激に流れ始めた風を思いっきり広げた翼で受け止めたのだ。その行為によりシエラ自身の身体は風の力により、一瞬にして急降下したのだ。そして今度は上昇気流を起こして、そこに回転を加える事で更に加速してアレッタに迫ったのだ。
一瞬でそんな事をやってきたシエラにアレッタは背中の翼を羽ばたかせて、その場からの離脱を計るが、何故だか急速移動が出来ない。それどころか上手く飛べないのだ。そんな状況に慌てるアレッタに向かってシエラの一撃が振るわれる。
回転を止めて加速速度を一定にしたシエラがアレッタの背後を狙って下から急上昇する。けれどもアレッタは急に上手く飛べなくなった状況に慌てているのはシエラの目にも映った。だからこそ、この一撃が最後だと決めて渾身の力をウイングクレイモアに込める。
そしてアレッタが間合いに入ると一気に振り上げるのだった。これでアレッタにトドメとも言える深手を負わせる事が出来ただろう。少なくともシエラはそう思ったし、確かな手応えがあったのも確かだ。だがシエラにとって驚くべき事態が起きた。
「フェザーシュート」
突如として放たれた羽の弾丸。シエラはその事に驚きながらもウイングクレイモアの周囲に風を展開させて広範囲を打撃出来るようにするとフェザーシュートを全て叩き落した。それからシエラは確かめるように羽が放たれた方向に目を向けると、そこには翼を血で濡らしたアレッタの姿があった。
「どうやって?」
まさか、あの状況から攻撃を避けて反撃まで仕掛けてくるとは思っていなかったシエラは思わず口に出してしまう。そんなシエラの問い掛けにアレッタは口元の笑みを浮かべながらも答えを返してくるのだった。
「さすが卑怯な能力である大気のルーラーだけはあるわね。まさか翼の周囲にある大気を薄くするとは思ってもいなかったわ。けどシエラ、シエラが攻撃した瞬間こそ、私にとってはシエラの攻撃を避けるチャンスだったのよ」
「……そういう事」
どうやらアレッタが何をしたのかがシエラには分かったようだ。分かったからこそアレッタの心がシエラには少しだけ理解する事が出来た。アレッタは……傷を負う事を覚悟した上で私の攻撃を利用して避けた。アレッタ、今の私ならアレッタの気持ちが少しだけ分かる。アレッタはもう私に勝つ気は無い。ただ戦いを続けたいだけ。なんでアレッタが戦いを続けたいのかは分からないけど、この戦いが終われば分かる……よね、アレッタ。
そんな事を思ったシエラは再びウイングクレイモアを構えて、大気のルーラーを使って大気を操るのだった。
ちなみに先程の展開を説明すると、まずシエラがアレッタの周囲、特に翼の周囲にある大気を限りなく薄くしたのだ。さすがに真空状態にまで持って行くと悟られると思ったのだろう。だが薄くするだけならアレッタも気付かなかったようだ。
そもそも翼とは羽ばたかせて空気を押し出す事により浮力を得るのだ。まあ、翼の精霊はある程度は自由に空を飛べるが、どうしても速度が必要な時は翼を使う必要がある。だが先程のアレッタの状態を思い浮かべてみると理由が分かるだろう。
そう、アレッタの翼には高速移動に欠かせない、羽ばたくための空気が限りなく無くなっていたのだ。つまりいくら翼を羽ばたかせても移動するための空気が無いのだから移動できるわけが無い。だからアレッタは翼を使っての高速移動が出来なかったのだ。どんな大きな翼でも、羽ばたいて掴める空気の量が少なければ飛べないと同じである。シエラはそんな罠をすでに用意してからアレッタに突っ込んで行ったのだ。
そしてアレッタはシエラが迫って、やっとその事に気付くと避ける事を断念した。だからと言って負けを覚悟したわけではない。アレッタはとんでもない方法で避ける事にしたのだ。それがシエラの攻撃に合わせた反発である。
シエラはアレッタの後ろから攻撃した。だからアレッタは後ろから来るシエラに対してスカイダンスツヴァイハンダーで防御する事も出来ないのだ。なにしろ高速移動が出来ないのだから、その場で旋回する事すら困難な状態だったからだ。
そこでアレッタはシエラのウイングクレイモアが自分の身体に食い込むのと同時に自らウイングクレイモアに倒れこむ形で突っ込んで行ったのだ。もちろん、そんな事をすれば傷が深くなるだけだが、それは最初だけ。シエラがウイングクレイモアを振り抜くためにはアレッタの身体からウイングクレイモアを引かなければいけなかった。
つまりアレッタは一番最初の斬り始めで、自らの背中を一番深く傷つけて、後はシエラがウイングクレイモアを振り抜くために、少しずつ引いて切り上げるのと同時に倒した身体を今度は前に持って行ったのだ。
要するにアレッタはシエラの攻撃に対して一番最初に深手を負う事によって、その後の傷を皆無に近い状態に持って行ったのだ。まさかシエラもアレッタがそんな事をするとは思っていなかったから普通にウイングクレイモアを振り抜いてしまった。それが結果的にだが、その普通の攻撃がアレッタの傷を最小限に留める結果となってしまったのだ。
だからと言ってアレッタの傷が決して浅いわけではない。なにしろシエラがウイングクレイモアを振りぬく前に傷を一番深い所に持って行ったのだから、深手を負った事には変わりない。それでもアレッタはシエラがしっかりとした手応えを感じた事に油断してるだろうと反撃をしてきた。
そんなアレッタの行為を見ただけでも、アレッタの戦意が無くなっていない事を示していた。なんにしても、そんな攻防を一瞬の内にやってのけた翼の精霊同士の戦いはまだまだ続きそうだが、シエラが完全に有利にある中でシエラは少しだけ複雑な心境だった。
アレッタ……さっきの一撃は完璧にトドメとなる一撃だった。それなのに、そこまでして戦いを続ける理由。私には……それが分からない。でも……もう逃げないと決めたから、皆のためにも負けられないから。だからアレッタ、そんな状態でも手加減しない。本当はもう戦う事を止めたいけど、もう逃げるわけにはいかないから。今度こそは逃げずに向き合うよ……アレッタ。
発動された大気のルーラーによってシエラが完全に有利な中でもアレッタから闘志が消える事はなく。まるで何かを望むようにシエラとの戦闘の意思を示し続けた。シエラにはそんなアレッタの気持ちが分からなかった。
だがシエラは複雑な心境ながらも迷いはなかった。それはもう逃げないと決めたから、一度アレッタの前から逃げ出して、今度も逃げ出したくは無いから、そんな思いがシエラから迷いを消していた。いや、生み出す事すらさせなかった。それほどまでにシエラは今のアレッタを全力で戦い、全力で理解しようとしていた。
そんなシエラの気持ちが分かるのか、分からないのか。アレッタの顔にはいつの間にか笑みが浮かんでいた。それが何か対抗策が浮かんだ笑みなのか、それとも別の意味があるのかシエラには判断が付かなかった。
けど、そんなアレッタの笑みはシエラにとってはとても心地良いものだった。シエラ自身もなんでそんな風に感じたのかは分からないが、今は戦闘を重視すべきだとウイングクレイモアを握り締める。
そしてアレッタもシエラに対抗する意思を示すかのようにスカイダンスツヴァイハンダーを残った力で奮い立たせるかのように握り締めてシエラに向けるのだった。まるで、シエラに昔のアレッタを思い起こさせるように。
はい、そんな訳でシエラ対アレッタの戦いも佳境に入ってきました。たぶん、次回で決着が付くことでしょう。そして語られるアレッタの本心、それはシエラに対する大切な物だった。
……という次回予告はこの辺にしておいて、話を少し変えましょうか。
というかですね、最近は少しだけ心配なんですよ。なにしろ一気に一話を書いている訳では無いですから、どうしても繋ぎ目では無いですが、中断して書き続けるという作業になってしまうわけです。
だからこそ思うんですよ。これって……しっかりと書けてる? しっかりと繋がって読める? 内容がちぐはぐになってない? こればっかりは書いている本人には分からないものなんですよ。
そんな訳でお願いで~す。最近になって読み辛くなったと感じた人は遠慮無く言ってくださいね。その際にどこら辺が読み辛くなったか言ってもらえると助かります。
まあ、なんというか、最近になって少し自分の作品に自信が無くなったというか……まあ、以前ほど自信を持って書けなくなった。という感じですかね~。まあ、そんな訳で、その手の助言があると助かります。こちらからお願いするのは、どうかと思いますが、エレメを良くするためにも、その手の助言をお願いします。(ペコリ)
さてさて、相変わらずの更新速度ですが……それについては勘弁してーっ!!! なにしろ連載を二本やってますからね~……どうしても更新が遅れてくる。というかですね、少しだけ言い訳をさせてもらいますと、別連載も月に二話ほど書いてるんですよ。つまり合計すると月に四話は書いてる計算になるんですよっ!!! なので、決してサボってるわけでは無いですよ~。ただ別連載があるから更新が遅れてるだけですよ。だからそこは目を瞑ってっ!!! お願いっ!!!
……はい、いつもの言い訳が終わったところで思いました。そろそろ……このネタも飽きてきたな。そろそろ次のネタでも考えるかな(笑)
まあ、次回の後書きは内容が決まっているので、その次からのネタでも無駄に考えてみる事にしましょうって事で締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、白キ翼編のラストバトル……後数話使うな、とか思った葵夢幻でした。いや、だって、意外とシエラ戦が長くなったんだもん。