第百十八話 妖魔シエラ
おかしい? シエラとの戦闘を始めて何回か打ち合ったアレッタはシエラに違和感を覚えていた。それはそうだろう、なにしろ先程までシエラは自分の命を戦闘能力に変えてアレッタ達と戦っていたのだから。そんなシエラが今では普通どころか戦闘能力をかなり上げてアレッタと戦っているのだから。
シエラが急上昇したからこそ、その行為がシエラからの挑戦状と受け取ったアレッタも急上昇してシエラとの一騎打ちに出たのだが、まさか瀕死に近い状態だったシエラがここまで回復をしているどころか、かなりのパワーアップをして戦っているのだからアレッタはすぐに違和感と同時に驚きもした。
どんな手段を使ったのかはアレッタには分からないが、今戦っているシエラは先程まで戦っていたシエラとは比べものが無いほど強くなっている。攻撃力はもちろん、翼の属性にとって最大の特徴であるスピードでも微かにアレッタが劣っている。更には反射速度もシエラはアレッタの上を行っていた。
つまりシエラは全体的な戦闘能力で完全にアレッタの上を行っていたのである。それは先程の瀕死だったシエラを目にしたアレッタには信じられない光景であり、驚きに値するだけの動きをシエラは見せていた。だからこそアレッタは驚きながらもシエラと対等な戦いをしていたのだ。
確かに戦闘能力は完全にシエラの方が上を行っているだろう。だが先程までの戦いで負ったダメージや生命力の消費は庇いきれない部分があるようだ。シエラの動きは少しだけ鈍く、攻撃に少しだけキレがなかった。だからこそアレッタは何とかシエラと対等に戦う事が出来ているのだ。
けれどもアレッタはそれ以上に怒りに近い感情を抱いていた。その根源が何かはシエラには分からないけど、アレッタがシエラに対して、そのような感情を抱いている事は何となくだがシエラも感じていた。だからこそシエラも油断する事無くアレッタと刃を交えている。
そんな二人の戦いは、まずお互いのスピードを利用しての一撃離脱戦術を駆使した戦いから始まった。その時点でアレッタはシエラが異常なほどに回復している事に気付き、心にも寸分の隙が無い事を悟っていた。アレッタにも分かったのだろう、今のシエラにはまったく迷いが無いという事を。
そんな事はシエラと何回か刃を交えればアレッタにも分かるほど、シエラは先程とはまったく違い。シエラの瞳にはしっかりとした生気と闘志がみなぎっていた。それは先程まで死んだような目をしていたシエラとは思えないほど迫力がある瞳になっている。だからこそアレッタは気付く事が出来たのだ。
そんなシエラを相手に動きを良く見ていると完全に契約者の能力。つまり昇のエレメンタルアップが掛かっている事は間違いないだろうとアレッタは判断した。そうでもしなければ戦い続きのシエラがここまでの動きを見せることなんて不可能だとアレッタは思ったからだ。
そんなアレッタの推測も間違いではなかった。確かにシエラはエレメンタルアップの応用で生命力を回復させたが、本調子で戦えるほど体調が整っていない。それどころか連戦で疲労がかなり溜まっており、普通ならここまでの戦いは出来なかっただろう。
だが昇がシエラに家族だと言ってくれた、一緒に居る事が当然だと言ってくれた。それだけでシエラの心からは完全に迷いが消えた。それだけではない、そこに琴未達まで迎えに来てくれたのだ。
自分が原因で皆に迷惑を掛けた事が分っているシエラだけに、そんな皆の行為が嬉しくて、優しかった。だからこそシエラは目の前の戦闘に集中する事にした。ここでアレッタとの因縁に決着を付ける事こそ、シエラが皆の行為に報いる手段なのだから。それが分っているからこそ、シエラは最後の力を振り絞るかのようにアレッタと刃を交えている。それがシエラに出来る唯一の事だからこそ、シエラはエレメンタルアップの力を借りながらも全力でアレッタに向かって行っているのだ。
そんな事を知らないアレッタはシエラの変化に驚きながらも悔しさが込み上げてきた。だからこそ今のシエラを叩きのめしたいという気持ちが更に強くなっていくのだった。
そんな二人の戦いに変化が見え始めた。先程の一撃離脱はあくまでもアレッタとシエラがお互いに相手の今現在に至る戦闘能力を測るためのもの、つまりは腹の探り合いである。つまり相手の力量さえ把握してしまえば一撃離脱の戦術にこだわる必要は無い。
だからこそアレッタは一撃離脱から、そのまま離脱しようとしたシエラの後ろを取るように急旋回すると完全にシエラの後ろを取って飛んでいる。確かにその位置なら、どんな攻撃でも当たるだろう。それが分っているからこそ、アレッタはシエラの後ろを取ったのだ。
そんなアレッタがスカイダンスツヴァイハンダーをシエラに向ける。
「フェザーシュートッ!」
スカイダンスツヴァイハンダーから羽が数枚生み出されると、それは弾丸となりシエラに向かって放たれた。フェザーシュートの攻撃速度は速く、そのうえ弾丸の数が十には達していないものの、数が多いのは確かだ。
そんなアレッタの攻撃にシエラは左手を後ろに向けると、シエラの左腕から白い光を放つ光球が八つ出てきた。
「ポインターシールド、八つっ!」
白い輝きを放つ光球がシエラの後ろで八角形の形で並ぶと光球同士が光の線で結ばれて、線が完全に繋がった時に八つの光球は八角形の半透明で白いシールドとなっており、完璧にアレッタの攻撃を防いだ。
普段ならミリアと組んで防御をミリアに任せるシエラだが、やはり一対一になると、こうした防御技も使わざる得ない時があるのだろう。だがシエラはそれを切っ掛けにアレッタと同様に急速に反転するとアレッタに向けて飛行を開始する。
こちらに向かってくるシエラにアレッタは動揺は見せなかった。シエラなら、そうした行動をしてくるだろうとアレッタは予測していたからである。だから向かってくるシエラにタイミングを合わせるためにスカイダンスツヴァイハンダーを構える。
一方のシエラもアレッタが冷静に対処してくると予測していたのだろう。冷静にスカイダンスツヴァイハンダーを構えてきたアレッタに向かってシエラもウイングクレイモアを構える。そして両者は猛スピードで激突する。
金属音というよりかは爆音に近い音を立てて、ぶつかり合うウイングクレイモアとスカイダンスツヴァイハンダー。ここまで派手にぶつかり合ったのである。こうなると誰しも次はこのまま力比べになると思うだろう。だがアレッタは意外な事に自らスカイダンスツヴァイハンダーを退いてシエラの体勢を崩そうとする。
そしてすぐにアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーを振るいだす。そう、この切り替えしと、空中で反撃をする時の速さこそスカイダンスツヴァイハンダーの真髄なのである。
一方のシエラが持っているウイングクレイモアは威力重視の武器であり、素早い切り替えしがどうしてもスカイダンスツヴァイハンダーよりも劣る。それは別の属性を相手にするなら充分に早い切り替えしが出来ただろう。だが同じ翼の属性同士となると、どうしても威力重視のウイングクレイモアは少しだけせめぎ合いからの攻撃への切り替えしが遅くなる。
その点だけで言えばアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーは翼の精霊が持っている中でも切り替えしが最も早い武器だと言えるだろう。だからこそアレッタは猛スピードでぶつかり合っても、すぐに退いて切り替えし反撃に打って出たのだ。
だがアレッタがシエラの事を詳しく知っていたように、シエラもアレッタの事を詳しく知っている。だからこそスカイダンスツヴァイハンダーが繰り出す攻撃がどのようなものかは分っている。そこでシエラはアレッタが反撃に転じる前に防御に出た。
「ポインターシールド、四つっ!」
シエラの腕から先程のように白い光球が出ると、今度は四角形の盾を形成する。このポインターシールドは点の数によって盾の強度が決まってくる。つまり点が多ければ強度の強い盾が作れるのだが、どんな力も弱点が無いわけじゃない。ポインターシールドは点を増やそうとすればするほど時間が掛かるのだ。
だからシエラはアレッタの反撃を予想しながらも最低限の段階で防御できる盾を作り出したのだ。
だがアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーの真髄を見せるのはここからだった。
アレッタもシエラが盾を作り出した事はすぐに察した。けれどもアレッタは構わずにスカイダンスツヴァイハンダーを振るう。その一撃はシエラの予想通りにポインターシールドによって防がれたのだが、アレッタの攻撃はそれで終わりではなかった。
アレッタはシエラのポインターシールドを斬り付けると、すぐに切り替えして再びスカイダンスツヴァイハンダーを振るう。そう、切り替えしを利用しての連撃。それこそがスカイダンスツヴァイハンダーの真髄なのだ。
それはシエラのも分っていたことだ。だが、まさかここまで早い連撃を繰り出されるとはシエラも思ってもいなかった。どうやらアレッタの事を甘く見すぎていたのか、それともエレメンタルアップの力を過信しすぎていたのか分からないが、このままではポインターシールドが保たれない事は確かな事だ。
つまりシエラはポインターシールドが保たれている間に次の手を考えなければいけない。けれどもアレッタの連撃はシエラが思っている以上に早いもので、数秒の内に数十回もの斬撃を入れられてしまった。さすがにそこまでの連撃をされると即興で作り出した盾が持つはずが無く。アレッタの百回に近い数の攻撃でポインターシールドは見事に砕かれてしまった。
だが、そこはシエラである。ポインターシールドを砕かれるのを黙って見ている訳が無かった。シエラはポインターシールドを砕いて少しだけ油断しているアレッタの隙を付いて反撃に転じる。だが、このまま反撃してもアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーを前にしては分が悪いのは確かだ。
だからこそシエラはしっかりとその点を抑えるための手段に出る。
「フェザーバイントッ!」
ウイングクレイモアから放たれた数枚の羽はそのまま巨大化してスカイダンスツヴァイハンダーに巻き付く。そう、これこそがシエラが短時間に考え出した手段だ。アレッタのスカイダンスツヴァイハンダーが切り替えしが早く、連撃を得意としているのなら、その連撃を封じる手段を講じれば良い。つまりフェザーバインドでスカイダンスツヴァイハンダーの切り替えし速度を少しでも落とそうというのだ。
それにフェザーバインドは本来、相手の動きを封じるために使う技だ。それを武器に使ったのだから、そう簡単にフェザーバインドを破る事が出来ない。まあ、第三者の協力でフェザーバインドを攻撃すれば簡単に外せるけど、シエラ達の戦場は精界上空ギリギリの行動である。つまり飛べる属性が無い限りはアレッタに増援はありえない。
それはシエラも同じだが、シエラには昇が居る、昇のエレメンタルアップがある。だからこそいつでも繋がっている事を感じる事が出来る。その事こそがシエラに更なる戦う力を与えるのだ。そんな繋がりを実感できているからこそ、シエラはいつも以上の力を出して戦っているのだ。
そして、その戦い方こそシエラの戦い方であり、いつものシエラである。つまりシエラの戦い方を見る限りは心配は無いという事だ。それどころか昇がシエラ達の戦いを観戦で来ていたなら昇は安心してシエラを見守っていられただろう。それぐらいシエラの戦い方は本来の姿を取り戻している。
その証拠としてシエラが放ったフェザーバインドはスカイダンスツヴァイハンダーに絡みつくとアレッタは苦い顔をした。どうやらフェザーバインドの効果でスカイダンスツヴァイハンダーを今までのように振るえなくなった事に気付いたようだ。それどころか、いつも持っているスカイダンスツヴァイハンダーがいつもよりも重く感じた。
つまりフェザーバインドの効果によりスカイダンスツヴァイハンダーは先程のような切り替えしが出来なくなったというわけだ。これでシエラにとって不利な点が一つ消えた事になる。そのうえシエラはアレッタとの決着を付けるために全力を出している。だからここでシエラが遠慮をする理由は無い。
フェザーバインドの効果が効いている内に一気に攻勢に出るシエラ。切り替えしは本来のスカイダンスツヴァイハンダーに及ばないものの、シエラのウイングクレイモアにも充分な翼の属性が宿っている。つまり動きが鈍くなったスカイダンスツヴァイハンダーとも対等に、いや、威力重視のウイングクレイモアがあるからシエラは一気にアレッタを追い詰める事が出来る。少なくともシエラはそう思っていた。
けれどもアレッタの中にある意地では無いが、何か感情的なものがアレッタを突き動かしているのだろう。フェザーバインドで括られたスカイダンスツヴァイハンダーを駆使いて、威力のあるウイングクレイモアの攻撃を上手く捌いて見せた。
つまりシエラがここぞとばかりに攻撃を仕掛けても、アレッタは重いとも感じるスカイダンスツヴァイハンダーを上手く操り、ウイングクレイモアの攻撃を受け止める事無く、上手く受け流してシエラの攻撃を避け続けているのだ。
スカイダンスツヴァイハンダーが本来の力を発揮出来るなら、受け流してからすぐに反撃に転じる事も出来ただろう。けれどもシエラはそれをさせないためにスカイダンスツヴァイハンダーにフェザーバインドを掛けたのだ。だからアレッタには反撃に転じる好機がなかった。
そんなアレッタを相手にシエラはウイングクレイモアを振るい続ける。けれども空中での機動性は未だにスカイダンスツヴァイハンダーの方が上回っているのだろう。シエラの攻撃は当たる事無く、アレッタに上手く捌かれていた。そんな状況にシエラは決意する。
まさかアレッタがここまでやってくるとは……予想外。なら、しかたないか。今は昇のエレメンタルアップがあるし、全力を出しても充分に持つ。それに、それで決められなかったら最後の手段を出せば良いだけ。そんな決断を下すとシエラは一旦アレッタから距離を取った。
もちろんその隙にアレッタからの反撃も充分に考えられたが、アレッタはスカイダンスツヴァイハンダーに巻き付いたフェザーバインドをどうにかする方を優先させたようだ。
シエラが距離を取ってきたという事はシエラが何かをしようとしている事はアレッタにも充分に分っている。だが今の状態でシエラが更なる力を出してきたら対応できないだろうとアレッタはフェザーバインドを解除する方を優先させたのだ。
シエラもアレッタならそうすると思ったからこそ、一気に距離を取って力を集中させるのだ。それは自分自身の力と昇から流れ込んでくる力。それにシエラは流れ込んでくる力の中に皆の気持ちが宿っているような気がしていた。帰ってきても良い、そんな言葉が聞こえそうな皆の気持ちを受け取ったようなシエラは一気に力を解放する。
「発動、セラフィスモード」
シエラのウイングクレイモアが白く光り輝くと刀身から新たなる翼が生えてくる。そして最初は少しずつ、姿を現してきた白き翼は飛ぶが如く、その姿を一気に広げると羽が舞い落ちる中でウイングクレイモアに新たなる翼が四枚生えた。
どうやらシエラは全力であるセラフィスモードで一気に決着を付けようというのだろう。確かにセラフィスモードならシエラの全体的なスピードを飛躍的に上げる事が出来る。つまり攻撃の切り替えし、攻撃のキレでもアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーに負けないほどのスピードを発揮する事が出来るのだ。
シエラがセラフィスモードを発動させている間にアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーに出来る限りの力を流し込んで内側からフェザーバインドを破壊していた。これで五分の勝負になるだろう。少なくともアレッタはそう思っていた。
だが昇が今回使ってきたエレメンタルアップは今までに無いほどの力を発揮している。その影響はもちろんシエラにも出ており、シエラは発動したセラフィスモードが今までに無いぐらい力を放出している事にすぐに気付いた。
これで勝てる、アレッタ……もう終わりにしよう。昇のエレメンタルアップにシエラにとって最大級の形態ともいえるセラフィスモードである。今のシエラにはアレッタに負ける気はしなかった。
一方のアレッタはシエラがセラフィスモードを発動させてきた事に驚きを示していた。先程の戦いでシエラを消耗させた事は確かだ。それなのに先程よりも強い力を放つセラフィスモードを発動させてきたのだアレッタが驚いても不思議ではない。
そんなシエラを相手にアレッタが、どう戦おうか思案している間にもシエラは一気に攻勢に出た。
アレッタの目でも微かに追いきれるスピードで一気にアレッタの後ろを取ったシエラはすでにウイングクレイモアを振り上げている。シエラが後ろを取った事でアレッタにはシエラがどんな攻撃に出てくるのかが分っていた。それだけシエラとアレッタとの絆も深かったのだ。つまりお互いの手の内は分っている。だからこそアレッタも振り向くのと同時に振り下ろされたウイングクレイモアを上手く受け流して、そのままシエラに反撃を入れようとする。
もちろんウイングクレイモアを受け流した直後の反撃である。まともな攻撃が出来るはずは無い。せいぜいかすり傷でも与えれば良い方だろう。それでもアレッタが反撃に転じたのはシエラへの牽制が含まれているからだ。
ここでシエラが先手を取ったからには、次の攻撃に出る前に微かなダメージしか与えられない攻撃しか出来なくとも反撃しておいた方が、シエラは次の攻撃に出にくいだろうとアレッタは判断したからだ。
だがそんなアレッタの思惑は外れる事になった。アレッタのスカイダンスツヴァイハンダーはウイングクレイモアを受け流すと、そのままシエラの肩を目掛けて斬撃を入れようとする。けれどもセラフィスモードを発動させたシエラなら、その程度の攻撃なら距離を置くことで避けられるだろう。だがシエラはあえてアレッタの反撃を受ける事にした。
シエラにも分っているのだ。アレッタはこの状態で相手に深いダメージを与える攻撃をしてこないと、だからこそ微かな傷を負ってでもシエラは次の手を繰り出すために、あえてアレッタの反撃を避けなかったのだ。
そしてアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーはシエラの右肩を軽く斬り裂く。それと同時に微かに血が吹き飛ぶが、アレッタは自分の反撃が当たった事に驚くのと同時に脅威を感じていた。
シエラがわざとアレッタの反撃を避けなかった事はすぐに分かったからだ。そうなると次に怖いのはシエラからの攻撃である。なにしろアレッタは攻撃をした直後、今の状態からスカイダンスツヴァイハンダーを引き戻して、シエラが繰り出す次の攻撃に備えるだけの時間は無い。もちろんシエラもアレッタにそんな時間は与えない。
振り下ろしたウイングクレイモアの翼を全て一気に羽ばたかせると、振り下ろしたウイングクレイモアは急停止、それから急上昇を始めた。もちろん、その先にはアレッタがいる。この体勢ならアレッタのスピードを駆使しても避けるのは不可能だろう。
だが、ここでシエラには予想外な事が起きた。いきなり腹部に痛みを感じるのと同時にアレッタが自分から遠のいて行くのを目にしたからだ。どうやらアレッタは自分のスピードでは避けられないと感じ取ったのだろう。だから咄嗟にシエラを蹴る事で自分の身体をウイングクレイモアの軌道から外れる位置に持って行ったのである。
強引とも言えるアレッタの行動が功をそうしてウイングクレイモアはアレッタに直撃する事は無かった。けれどもウイングクレイモアの切っ先はアレッタに届いたようで、ウイングクレイモアが振り抜かれるのと同時にアレッタが身に付けている胸の防具は切り裂かれ、更に下の衣服まで切り裂いたようで、服の切れ間からアレッタの白い素肌が微かに見える。
けれども、それだけであり、シエラのウイングクレイモアはアレッタの肌すらも斬り裂く事が出来なかったみたいだ。逆に言えば巨大なウイングクレイモアだからこそ、アレッタの防具と衣服を斬り裂く事が出来たのだろう。
なんにしてもアレッタが追い詰められているのは確かである。まさかシエラがこのような攻撃方法をしてくるとは思ってもいなかったからだ。いや、本気になったシエラがここまで強いとは思っても見たかったと言った方が正解だろう。
昔の事になるがアレッタとシエラは模擬戦で戦った事はあるが、シエラがここまで本気になった事は一度たりとも無かった。シエラはいつでも冷静に状況を分析して、自分が攻撃を受けないように反撃する事を優先していたからである。それがまさか、攻撃を受ける事を覚悟しながらも反撃してくるなんてアレッタには予想も出来なかった事だ。
けれどもアレッタにとって幸いな事が一つだけあった。それはシエラを蹴飛ばした時の事だ。ウイングクレイモアを完全に避けきる事は出来なかったが、体格差のおかげでシエラを少しだけ遠くに蹴飛ばし距離を置く事が出来たからだ。
つまりシエラを蹴飛ばしたおかげでアレッタは何とかウイングクレイモアの間合いから出る事が出来たのである。ちなみに、こんな攻防を二人は数秒の内にやってのけたのだ。そこは翼の精霊同士、さすがのスピード戦と言えるだろう。
一度開けた距離を良い事にアレッタは更に後退してシエラとの距離を開ける。そしてシエラが体勢を立て直した頃にはアレッタは充分にシエラから距離を取る事に成功しており、シエラも追撃を諦めるしかなかった。
そんな状況で、いや、そんな状況だからこそアレッタは思う。
このままだと負ける。シエラが強い事は充分に知っているつもりだった……けど、今のシエラは私が知っているシエラよりも何倍も強い。そんなシエラを相手に……どうやって戦えば……。どうやらアレッタも記憶のシエラよりも強い今のシエラに戸惑っているようだ。だからこそアレッタも決断せざる得なかった。
……使うしか……ないかな。本当ならシエラを相手に使いたくは無かったんだけど、今のシエラが本気で向かってくるなら、私もそんなシエラを受け止めるために本気を出す義務がある。それが、ううん、もうこなったら、それしか……贖罪の道は無いっ! そんな決断をするとアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーを構えると一気に翼の属性を流し込む。
そんなアレッタを見てシエラはアレッタが本気を出してきた事を感じていた。確かに模擬戦でシエラは本気を出す事はなかった。それはアレッタも同じであり、お互いに摸擬戦を遊びのようなものだと捉えていたからだ。だからこそお互いの本気などは知りもしなかった。
つまりこれからアレッタがやって来る事はシエラにとっては未知の領域。それでもシエラはアレッタの隙を付こうとせずに待つ事にした。シエラも充分に分っているのだ、アレッタの前から逃げ出した卑怯な自分。そんな自分が許される事が無いと、アレッタは自分を許さないと、だからこそシエラは全力を出してくるアレッタに全力で戦う事が唯一の謝罪である事を。
シエラと琴美のやり取りを見ても分かる通りにシエラも意外に生き方が不器用なのだ。それは妖魔である自分が受け入れられないと知っているから、自然と生き方が不器用になってしまったのだろう。だからシエラはアレッタに素直に謝れなかった、いや、謝り方を知らなかった。だからこそシエラに出来る唯一の謝罪はアレッタと本気で戦う事。それこそがシエラの謝罪なのである。
つまりシエラはお互いに戦う事で、傷つけ合うことで分かり合う事しか知らなかったのだ……昇と出会う前までは。昇と契約をしてからというものシエラはいろいろな事を昇から教えてもらった。琴美とは最終的に武器を交える事になったとしても、その前に舌戦で理解しあうという事を憶えた。ミリアと知り合った事でシエラは自分の生き方が硬い事を理解した。そして閃華と話し合うことで、話し合いでも充分に相手と理解できる事をしった。それら全てがシエラが昇と契約してから得たものである。
そして昇からは繋がりを、言葉を使わなくても一緒にいるだけで理解しあえるだけの絆を築ける事を知った。だからこそ今のシエラは強いのである。そして、そんなシエラが未だに不器用な相手こそがアレッタなのだ。アレッタとは未だに戦う事でしか理解しあう事が出来ない。それが分っているからこそ、アレッタが本気を出すまで待つ事にしたシエラだった。
そんなシエラの心境を分からないままにアレッタは充分な力をスカイダンスツヴァイハンダーに注ぎこみ、後は発動させるだけである。アレッタはシエラを睨みつけると力を一気に解き放つ。
「発動、トーテンタンツ」
加速度を増して増幅される翼の属性。たぶん、これこそがアレッタの最終手段なのだろう。トーテンタンツは死の舞踏を意味しており、死生観を表していると言われている。その程度の知識はシエラも持っていたが、アレッタがそこにどんなアレンジを加えてくるかまでは、まったく予想が付かなかった。
そんなシエラにアレッタは一気に突撃を掛ける。突撃スピードは先程とあまり変わりない、そうなると別な箇所が強化されてくるのだろうとシエラは予想しながらもウイングクレイモアを構える。
そして距離が一気に詰まるとアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーを振るい始める。けれども今のシエラはセラフィスモードにエレメンタルアップが掛かっている。そんな単純な攻撃を避けるのは動作も無いことだ。
だが次の瞬間にはシエラは驚く事になる。なにしろシエラすらも気が付かない内に、いつの間にか右腕を微かに斬られていたのである。その事実にシエラは驚きならも、アレッタの力を確かめるために後退するが、アレッタはシエラと密着して放れようとはしない。その間にもシエラの身体には傷が増えてく。
そういう事か。アレッタの攻撃を何度か喰らったシエラはようやくアレッタが何をして来たのかが分かった。スカイダンスツヴァイハンダーの真髄は切り返しの速さによる連撃である。つまりアレッタはそこを強化して来たのだ。
シエラの目でも微かに追えるスカイダンスツヴァイハンダーの剣閃。そのおかげで致命的な傷を負う事は無いが、少しでも油断すればシエラの身体はスカイダンスツヴァイハンダーに切り刻まれているだろう。それほどまでに早い連撃をアレッタは繰り出してきたのだ。
さすがのシエラもこの連撃にはどうする事も出来なかった。なにしろアレッタの繰り出す連撃が速過ぎて、まったく反撃をする余地が無い。それどころか避ける事だけで精一杯だというのに微かだが攻撃を喰らっている。そんな中でもシエラは思考を巡らす。
これが……アレッタの本気。これだけの連撃を喰らえば一瞬で死ぬ。まさしく死の舞踏といったところ。そんな感想を抱くシエラ。どうやらシエラには、まだ余裕はあるみたいだ。
けれども反撃の手段が見付からない。どうにかしてアレッタが繰り出す連撃を止めない限りはシエラに反撃をする時間が無いのだ。それほどまでにアレッタは素早い連撃を繰り出している。数秒に数十、いや、数百とも思える連撃を繰り出してきているのだ。そんな連撃を避けるだけでも精一杯だというのに、連撃と止めて反撃に転じるのは、相当難しいだろう。
だがそれをやらなければシエラに勝ち目は無い。だからシエラはアレッタの連撃を止めようと剣閃から次の攻撃を見極めようとするが、どうしてもアレッタの連撃が速過ぎて攻撃を受け止めることが出来ない。そんな状況にシエラはある決断を下す。
アレッタの本気がここまで強いなんて……しかたないか……もう、使うしかない。うん……もう大丈夫、昇が、皆が受け入れてくれたから、私に恐れる物なんて無い。だから……私はっ!
シエラは決断を下すと後退を止めて、突撃に切り替える。セラフィスモードを発動中のシエラだ。後退から突撃に切り替えるまでの時間はコンマ数秒だろう。だがアレッタの繰り出す連撃に飛び込むのような自殺行為とも思えるシエラの行動にアレッタは驚くのと同時に苦い顔をした。それはシエラがトーテンタンツの的確な対処方法を取ってきたからだ。
シエラはトーテンタンツを避けながらの反撃を無理だと判断した。そうなるとどうしても高速の連撃であるトーテンタンツを止めるしかない。けれども下手にウイングクレイモアで受け止めれば、流されて攻撃を受けるのは先程の行動で分っている。だからこそシエラは突撃という手段に出たのだ。
トーテンタンツは確かに高速の連撃で下手に飛び込めば切り刻まれるのは目に見えている。だが、トーテンタンツにも劣らないスピードで飛び込んだらどうだろう。シエラの身体には確かにスカイダンスツヴァイハンダーが食い込む事になる。
ここで重要なのは武器の長さである。確かにトーテンタンツは高速の連撃で今のシエラでさえも避ける事が精一杯だったろう。だが使っている武器はスカイダンスツヴァイハンダーには変わりない。つまり剣の鍔元だと何も切り裂けないと同じで、密着されてしまえば刃元はシエラの身体に食い込むものの、斬り裂く事はできないのだ。
そもそも剣や刀という物は刀身で切るものであり、懐に入られる、つまり密着させられると刀身を相手の身体に当てる事が出来ずに、斬り裂くことが出来ないのだ。しかもスカイダンスツヴァイハンダーはウイングクレイモアに匹敵するほどの長さを持っている。その分だけに密着させられると通常の剣よりも振り辛く、無用の長物になってしまう。
同じ長さの武器を持っているからこそ、シエラはそこに気付けたのかもしれない。つまりシエラも密着させられるとウイングクレイモアを振るう事が出来ない。
要するに突撃を掛けて一気に距離を詰めて密着状態に持って行ったシエラだが、それではお互いに武器を振るう事が出来ないのである。けれどもこれでアレッタのトーテンタンツを止める事が出来たのは確かである。それにシエラには、そこから更なる手段があるのだろう。シエラは身体に食い込んだスカイダンスツヴァイハンダーの痛みを無視するかのようにアレッタに目を向けると口を開いてきた。
「アレッタ、確かに私が妖魔だという事を知っていたのはアレッタだけ……でも、私の……本当の姿を知っている者は誰も居ない。今の時点だけど」
「なっ、ど、どういう意味よ」
密着状態でお互いに武器を使えない事はアレッタにも充分に分っている。それにスカイダンスツヴァイハンダーがシエラの身体に食い込んでいる分だけアレッタが有利なのだ。これでシエラが退けば、そのまま切り裂けるし。押し出してくれば、アレッタが退いて、これでもシエラを斬り裂くことが出来る。でもシエラは、その両方ともせずに話しかけてくるだけだ。その事にアレッタは戸惑いを隠せなかった。
そんなアレッタにシエラは軽く笑うと瞳を向ける。アレッタにはそんなシエラの瞳が不気味でしょうがなかった。それはシエラが不敵な笑みを浮かべている訳でも無いし、余裕の笑みを出しているわけでもない。ただ普通に笑みを出しているだけだ。だからこそアレッタはそんなシエラに恐怖心に近い何かを憶えたのだろう。
そんなアレッタにシエラは普通の笑みを浮かべながら話を続ける。
「だから……見せてあげる。一番最初に、アレッタに見せてあげる。私の……本当の姿。妖魔である私が隠してきた本当の姿を」
「なにをっ!」
アレッタが何かを言い終る前にアレッタは何かの力に吹き飛ばされる形でシエラから離れる事になった。さっきまでの密着状態を維持していればアレッタに有利だったのに、シエラが行った何かしらの力によってアレッタはシエラから離されて吹き飛ばされてしまったのだ。
シエラが何をやったのかはアレッタにはまったく分からなかった。だが今のシエラに再び攻撃を再開させる気にもならなかった。それはシエラが不思議な力を放っていたからだ。
シエラの身体から発せられる黒い力は風のようにシエラの髪を全て持ち上げる。それと同時にシエラの精霊武具である防具が全て消え去り、衣服だけになった。そんなシエラの衣服も姿を変えており、シエラの服は背中が大きく開いた、真っ白なローブに近い服装になっていた。
それからシエラは自ら嫌っていた妖魔の証である背中の翼を自らの意思で生やすとアレッタに目を向けて話しかけてきた。
「これが……本当の私、本来あるべき私の姿」
シエラがそう言うと背中の翼は一気に開かれて、浮き上がった髪で翼の根元にある黒い部分もしっかりと見える。だがアレッタが驚くのは、その後に起きた出来事である。
黒い風に吹かれて真っ白な服を着ているシエラの翼がゆっくりとではあるが、少しずつ根元の黒い部分が消えて行き、白くなって行く。まるで体の中に入り込むように翼の根元にあった黒い部分は消えて行き、最後にはシエラの翼は真っ白な純白な翼へと変化した。
その姿だけを見れば天使どころか女神を想像するぐらい美しいものだった。だからこそアレッタも思わず見蕩れてしまった。けれどもシエラが女神の印象を与えていたのはその瞬間だけだった。
シエラの身体に少しずつ黒い紋様が刺青のように浮き上がってきたのである。その紋様は禍々(まがまが)しく、とてもではないが女神のイメージとはかけ離れた物だ。そんな物がシエラの身体に刻まれていくのである。まるで女神と邪神を掛け合わせたような、そんな矛盾的なイメージを抱かせるような刻印のようなものがシエラの身体に刻まれた。
それが無ければ女神のように見え、それだけを見れば邪悪な存在に見える。それこそがシエラが隠してきた本当の姿であり、本来あるべき力なのだ。そう、これこそが妖魔シエラの本当の姿なのだ。
はい、そんな訳で……なんとか八月中に上がったっ!!! いや~、一時は八月中のアップは無理かなとも思ったんですよ。けど、無事に上がってよかったです。
まあ、前話の後書きでも活動報告でも書いたとおりに更新のペースは落ちました。それでも、なんとか書き続けている状態ですね。まあ、次話はなるべく早く上がると思います。
……なにしろ……エレメ次編のプロットがやっと上がったからっ!!!
いやはや……長かった。これってプロット? って疑いたくなるほど長かった。それぐらいプロットに時間を掛けてしまいましたが、ようやくプロットも上がったので、これから白キ翼編に集中できます。……まあ、断罪咎も同時進行でやっているので、そんなに早くは更新できませんが、なるべく早く更新するつもりです。
まあ、九月も二話ぐらい上げられれば良いかな~。という感じですかね。それに断罪咎の四章も上げるつもりなので……実質四話ほど書いているのと同じですね。
まあ、それでも断罪が終わるまでなので、しばしのご辛抱を……まあ、断罪咎もいつ終わるか分からないけどね(笑)
さてさて、少しだけ本文に触れますか。最後でいよいよ見せた妖魔化したシエラ。あの姿こそ妖魔シエラの本当の姿なんですね~。というか、イメージが天使を通り越して女神になりましたからね~。……絵にすると大変な事になりそうだな~。
まあ、実際に描いてくれる絵師さんが居ないんですけどね~。いやね、いろいろなところに挿絵を書いてくれる絵師さんを探しているんですけど……さすがに、これだけ長いエレメだと、いろいろと変更されている点が多いのか。読むだけでも大変なのかまったく見付かりません。まあ、そんな訳で挿絵は絶望的ですね。
まあ、私はしかたないと諦めてますけどね。こればっかりは人脈がまったくない自分にはどうする事も出来ないですから(笑)
さてさて、なんか長くなってきたので今回はこの辺で締めますか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、なんで今年の夏は暑さが続くんだっ!!! 私もPCもダウン寸前じゃないかっ!!! と叫んでみた葵夢幻でした。