第百十七話 怒涛の閃華
─昇琴流 天昇雷撃斬─
琴未は全身に雷をまとわせると、雷と共に上空に居る鷲に急上昇を行った。なにしろ琴未は雷をまとって跳び上がったのだ。その上昇速度は雷並みで、一瞬の移動速度でなら翼の属性すらも上回る速度で鷲に向かって上昇していくと、そのまま雷をまとった身体と雷閃刀で鷲に向かって斬撃を繰り出す。
けれども琴未が相手にしている鷲もローシェンナがエレメンタルアップ対策で作り出した鷲だ。だから琴未の一撃ぐらい避ける事は簡単だった……とローシェンナは思っていただろう。そして現に琴未の一撃を鷲は避けているのだから。
だが昇は全員に思いっきり力を送り込んで、今までに無いぐらいのエレメンタルアップを見せているのだ。だから琴未の一撃は何とか避ける事が出来ても、その余波までは避け切れる事が出来なかった。
なにしろ琴未が使った技は対シエラ用、つまり対空用に作り出した技だ。だから避けられた時の事も考えてしっかりと手は打ってある。確かに琴未の雷閃刀は鷲にかすりもせずに空を斬ったが、それや刃の部分だけである。
なにしろ今の琴未はエレメンタルアップと技の効果で自分自身の身体と雷閃刀に巨大なほどの電撃を溜め込んでいる。それを雷閃刀を振るうのと同時に解き放ったのだ。振るわれた雷閃刀から放たれた雷は四方八方に飛び散るどころか、まるで雷のボールでも出来たかのように琴未を中心に雷撃が飛び交う。
さすがにそんな中を鷲が全ての攻撃を避けきれる訳が無かった。なにしろ雷撃の威力が強すぎて最早、雷と呼べないぐらいの雷撃が琴未を中心に展開されているのだ。それは電気が飛び交う電球の中に鷲を投げ込んだぐらい、琴未の攻撃は相手に避ける隙を与えなかった。
一方の琴未は放電しながらもゆっくりと地面へと降りてくる。さすがにこれだけの電撃を発したのだ。地球の磁場と反作用を起こして重力を軽減しているようだ。それほどまでに高電圧の広範囲攻撃を行ったのだから琴未に隙が出来てもおかしくは無い。だが未だに光り輝く電撃の中にいる琴未に対して、同じく電撃の中に居る鷲は琴未に反撃どころか動く事さえままならなかった。
そんな琴未の雷撃がやっと収まると、鷲はすぐに翼を羽ばたかせて琴未から距離を取るために上昇しようとするが、そんな鷲に昇の放った砲撃が直撃して、今度こそ鷲は地面へと落とされた。
どうやら琴未の攻撃が相当効いているようで鷲は地面に落ちても、ぎこちない動作で再び飛び立とうとしている。未だに琴未の雷撃によるダメージが残っているのは確実だろう。
けれども鷲にここまでのダメージを与えられたのは琴未の技がそれだけ威力を持っているからではない。確かに琴未の放った技は通常の状態でもある程度の範囲攻撃をして相手からの反撃を許さないだろう。けれども、ここまで鷲にダメージを与えられたのは、やはり昇のエレメンタルアップによるものだ。それほどまでに昇のエレメンタルアップは琴未のみならず全員に向かって計り知れない限界突破をさせていたのだ。
そんな昇達の戦いを脇目に閃華は自分に突進してきた鷹を簡単に避けると今の状況について冷静に頭を回転させる。
琴未の戦いを見ている限りでは、昇は相当頭に来ておるようじゃのう。なにしろここまで強いエレメンタルアップを体感するのは久しぶりじゃからのう。それを四人全員に行い、なおかつ自分自身も戦闘に参加しておるんじゃ。今は感情に任せて暴れたいんじゃろうな、昇も、琴未も……まあ、人の事は言えんみたいじゃがな。
どうやら閃華も今は感情に任せて暴れたいのは確かなようだ。それはそうだろう、なにしろシエラが居なくなってからというもの、一番苦労したのは閃華なのだから。それは閃華が自分の役目をしっかりと知っており、それを忠実に行ってきたからだ。
昇や琴未は自分自身の感情を抑えながらシエラを探し回っただけだ。けれども、そんな事をしていればいつかは昇達の感情が爆発してしまう。だから閃華は昇達の感情が爆発しないように、時にはなだめたり、気を使ったりと全員の間に入って中和役をやっていたのだ。そのおかげで昇達の感情が爆発する事無く、無事にシエラを見つけられる事が出来たのだ。
もし、閃華がそんな役目をしていなければ、昇達は今頃には内輪揉めをしていてもおかしくは無い。閃華が気を使って全員の間に入って中和させたからこそ、全員が理性を優先させて仲間同士での喧嘩をする事は無かったのだ。
だから今までの事で一番気を使っていたのは閃華と言えるだろう。なにしろ爆発しそうな昇を上手く押さえ込んだり、シエラに夢中な昇を見た琴未を慰めたり、時にはミリア達の手伝いをして上手く昇達に情報を伝えたりとシエラが居ない時間で一番苦労したのは閃華とも言えるだろう。
だからこそ閃華もここまでのエレメンタルアップが掛かっている状態だ。今までの苦労と気分を払拭させるためにも、今は大暴れしたいのだと閃華はしっかりと己の心が分っていた。分っておきながらも閃華はそんな気持ちを封じ込める事無く、今は目の前の敵に向かって全力を出すのだった。
鷹にとって最大の特徴と言えるのは、その狩猟能力だろう。つまり、それだけ敵を的確に攻撃する事が出来て、確実に仕留めるだけの攻撃力を持っているという事だ。しかも閃華が相手にしているのはローシェンナの力をたっぷりと注ぎこまれて召喚された鷹である。その狩猟能力もはるかに上がっており、戦闘能力を上げてきたと言っても良いだろう。
そんな鷹が地面を上手く利用しながら、足で地面を蹴って猛スピードで閃華へと突撃してくる。もちろん、そんな単純な攻撃は閃華にとって簡単に避けられるものだが、鷹が本領を発揮してくるのは、ここからである。
鷹の突撃を閃華が避けると、鷹はすぐに足で地面を蹴って飛んでいた方向を急転換。そうする事で閃華の反撃を防ぐのと同時に再び突撃できる状態に持って行っているのだ。
閃華もエレメンタルアップで反応速度が上がっており、鷹の突撃を止める事も可能だが、一度でも鷹の突撃を止めてしまえば、今度は閃華の方が手が出せない。なにしろ龍水方天戟で鷹を受け止めるわけである。そこまでは良いだろう。だが鷹には突撃を止められても、その後に足の爪を使った攻撃を仕掛ける事が出来る。一方の閃華は龍水方天戟で鷹を受け止めていないといけないから自由に龍水方天戟を振るう事が出来ない。
もちろん、受け止めるのではなく弾いてしまえば良いのだが、鷹の突撃スピードを見るかにして閃華がエレメンタルアップで限界突破しているとしても、鷹の突撃を弾く事は難しいだろう。だからこそ、閃華はあえて今は反撃に移る事無く、鷹を観察しながら反撃の手段を考えているのだ。
ふむ、ここまでのスピードと威力があるとはのう。これでは下手にこちらから手を出すと逆効果じゃな。じゃからといって、このままというわけにもいかんしのう。さて、どうしたものかのう。随分と呑気に思考を巡らす閃華。それだけエレメンタルアップの影響で閃華に余裕を与えているのだろう。
そんな閃華が鷹の攻撃を避けると、ふとあるものを目にする。
……うむ、あれは使えそうじゃのうお。ちと派手じゃが、ここは思いっきり暴れたいからのう。あれを使うとするかのう。そんな判断を下すと閃華は鷹の突撃を避けるとある方向へと一気に駆け出した。
閃華は水の精霊であり、そんなにスピードには特化していないのだが、エレメンタルアップの影響を受けているのだろう。鷹でも簡単に追い付けないほどのスピードで一気に駆け抜ける。そして閃華が移動した場所、つまり移した戦場は……川の中だった。
確かに川の中なら鷹も先程のように器用な攻撃を繰り出せないだろう。そのうえ閃華は水の精霊である。だから水辺があるなら、力を最大限に発揮できるというわけだ。だからこそ閃華は戦場を川の中に移しても不思議ではなかった。
そんな閃華が龍水方天戟を川に差し込むと水の属性を一気に川に流し込む。
「龍水舞闘陣、八俣ノ大蛇陣っ!」
閃華が叫ぶのと同時に龍水方天戟に巻き付いていた水龍が放れるのと同時に閃華の周りに七つの水柱が上がった。そして、その全てが龍水方天戟から放れた水龍と同じ姿、同じ大きさとなって閃華の周りを威嚇するように舞い踊る。その姿は閃華が八匹に水龍に守られているようにも見える。けれども、どの水龍もそれぞれの意思で動いており、鷹が攻撃してくれば各個に対応するだろう。
つまりこの技も龍水舞闘陣と同じように全ての水龍が自動的に攻撃や防御をしてくれるのだ。もちろん閃華自身がコントロールする事も可能である。川の水を利用した龍水舞闘陣の強化版と言えるだろう。
さすがに八匹の水龍が閃華を守るように旋回しているのだ。その姿を見てさすがの鷹も不用意に攻撃が出来なくなってしまった。もし下手に攻撃したら八匹の水龍に八つ裂きにされるのは目に見えている。それは鷹を召喚したローシェンナも良く分かっている事であり、ここは鷹に様子を窺いながら反撃をするように命じるのだった。
そんな防御姿勢を見せる鷹とは違って閃華は攻撃的に出た。ここで大暴れしたいのは閃華も同じだ。それにエレメンタルアップと八匹の水龍である。形勢はどう見ても閃華が絶対的に有利である。だから閃華としては防衛に出る理由が無い。ここは一気に攻勢に持っていった方が一気に決められるのは閃華でなくても分かる事だろう。
だから閃華は四匹の水龍を先行させると自分自身も一匹の水龍に乗って鷹に向かって一気に突撃を掛ける。八匹の水龍だけでもやっかいだというのに、そのうえ一匹の上には閃華が乗っているのだ。そんな閃華の猛攻はどんな攻撃よりも派手で威力があるのは見なくても想像が出来るだろう。
そんな閃華の猛攻として先行した四匹の水龍が鷹に向かって、それぞれ爪と牙を付き立ててくる。だが鷹もエレメンタルアップ対策として召喚された、つまりローシェンナの力が最大限にまで注ぎこまれた鷹だ。だから先行してきた四匹の水龍が繰り出してきた攻撃はなんとか避けて見せた。問題は次の攻撃だろう。
なにしろ閃華は八匹の水龍を同時に攻撃させているのではなく、しっかりと時間差を付けて攻撃しているのである。それは一見すると非効率みたいなやり方に見えるが、このやり方こそが相手に反撃の隙を与えない最大限の効果を発揮する攻撃方法だという事を閃華はしっかりと理解している。
つまりは猫が獲物を甚振るが如く。閃華は徐々に鷹にダメージを蓄積させて落とそうと目論んでいるのだろう。
そんな閃華の猛攻は当然のようにローシェンナの目にも映る。確かに召喚した鷲は昇と琴未が二人掛りで攻撃してくるからには手を抜く事は出来ない。だが、それ以上に閃華は派手で威力のある攻撃を繰り出してきたのだ。
そこでローシェンナは選択を迫られていた。なにしろ召還した時に最大限の力を注ぎこんだのは良いが、その分だけ二匹同時にも自由自在に操るのは難しかった。なにしろ召喚だけでかなりの力を消耗しているのだから。その後の戦闘で召喚した鳥をコントロールするだけの力はあまり残されていなかったからだ。
そのうえ一匹は昇と琴未の二人を相手にしなくてはいけない。そしてもう一匹は閃華からの猛攻を受けている。つまり今の状況ではどちらの戦いも手が抜けないし、ローシェンナが召喚した鳥をコントロールしないと落とされる可能性が高い。
いくら召喚した鳥が自分の意思で行動すると言っても、その戦闘思考には限界がある。つまり鳥並みの頭しかもっていないのである。だからサモナーの能力は重要な戦闘では自分自身で召還したものをコントロールする必要な時があるのだ。
一見すると便利に見えるサモナーの能力だが、こうした弱点があるのも確かな事である。どんな能力も弱点が無いというわけではないのだ。それは昇のエレメンタルアップも同じであり、昇は今回の事でエレメンタルアップの弱点を知り、なおかつ発動条件である繋がりがどれだけ大事かを学んだ事だろう。
話を元に戻すとローシェンナは昇と琴未、そして閃華。そのどちらかの戦いに集中して鳥をコントロールした方が勝率が高くなると考えたようだ。確かに今のローシェンナでは昇達を相手に二匹の鳥を自由自在にコントロールして戦えるだけの力は残ってはいない。それほどまでに昇達は猛攻を掛けてきているのだ。
だからローシェンナはどちらかのコントロールを切って、一方にコントロールを集中させて相手を倒した後で、そのコントロールした鳥でもう一方を倒した方が勝率が上がると考えたようだ。つまり一匹を自動で動かして時間稼ぎをし、その間にコントロールしている方で相手を倒して、そのままもう一方を倒そうと考えたのだ。
確かにこの方法なら今現在のローシェンナが発揮できる力を最大限に活用できるだろう。だが逆言えば、この方法しかローシェンナには残されていないともいえる。それほどまでにローシェンナ追い詰められているのだ。
その事を実感しながらも、改めてエレメンタルアップの能力が発揮する恐ろしさを実感するローシェンナだった。そんなローシェンナは標的を閃華へと定めた。
確かに閃華の猛攻は派手で高威力だが、今のうちに叩いてしまえば後で楽になると考えたのだろう。ローシェンナにそう判断させるほど閃華の攻撃は苛烈を極めていた。そしてローシェンナは鷲のコントロールを切って自動的に攻撃させると、鷹にコントロールを集中してきた。
そんなローシェンナの動きを閃華はすぐに察する事が出来た。なにしろいきなり鷹の動きが鋭くなったのだ。だからローシェンナがまずは閃華から叩いてくる事は容易に想像できる事だ。
そんなローシェンナの行動に閃華は軽く笑みを浮かべる。どうやらローシェンナも気付かなかったようだ。そう、自分自身に攻撃を集中させる、それこそが閃華の狙いだったのだ。
確かにエレメンタルアップで琴未はかなりの力を発揮しているが、それでも最大限の力で召喚された鷲を相手にするのは少しだけ梃子摺るだろう。昇も先程のシエラとの戦闘で力を消耗している。それを察したからこそ、閃華は自分に攻撃を集中させるようにあえて派手な技を出してきたのだ。
……まあ、閃華の本心だけを言えば暴れたかった。というのもあるかもしれないが、戦況を見て閃華が取った手段が一番有効だと判断したのも、そんな感情だけで判断したのではなく、しっかりと現状を見て判断したところも閃華らしいといえるだろう。
なんにしても、これで閃華が相手にしている鷹が更に力をつけた事には間違いは無い。そんな鷹を相手に閃華は三匹ずつの水龍を二組。自分が乗っている水龍ともう一匹の水龍で一組。合計で三つの組に分けて猛攻を続ける事にした。
なにしろ水龍を戦闘の頭数に入れれば九対一である。数の上では圧倒的に閃華が有利なのだ。かと言って戦略的に閃華が圧倒的に有利とは言えない。なにしろ八匹の水龍を動かしているのだ。閃華も八匹の水龍を自分の意思でコントロールする事は出来ない。簡単な命令を下す事しか出来ないのだ。
その点だけはサモナーの能力と似ているだろうが、戦場は川の上、閃華は水の精霊、そのうえ川の水を利用して作り上げた水龍と閃華に掛かっているエレメンタルアップ。もともと閃華は戦闘能力が高いが、これだけの好条件が揃えば閃華も負ける要素どころか勝利を確信していた。後はどうやって鷹にトドメを刺すかである。
三組に分かれた水龍が一撃離脱を繰り返して着実に鷹にダメージを蓄積させていく。もちろん、鷹も反撃しようと行動するのだが、なにしろ閃華が呼び出した水龍は数が多い。その分だけ、どれか一匹に攻撃が当たる可能性が高いが、その間に別の水龍からの攻撃が来る可能性の方が大いに高かった。
だからだろう、ローシェンナは鷹を操りながら水龍と閃華が繰り出してくる攻撃を避けるが、なにしろあれだけの数である。確実に避ける事は不可能だ。だからこそ鷹に少しずつではあるがダメージが蓄積されていく。
そして蓄積されたダメージは……必ず動きに出る。わずかだが鷹の動きが鈍くなった事を感じ取った閃華はここで戦術を変えて来た。今まで三組に分けていた水龍を一箇所にまとめると全てを支配下、コントロールできるようにしたのである。やはりここでもエレメンタルアップの効果が最大限に出ているようだ。だからこそ、閃華は詳細とまではいかないが、八匹全ての水龍をコントロールする事が出来るようだ。
そんな閃華が一匹ずつ時間差を付けて鷹に向かって突撃を掛ける。さすがに八匹の水龍を細かく動かす事は出来ない。だから大まかなコントロールだけだが、今の閃華にとってはそれだけで充分だ。だから水龍が突撃する時の動きが少しだけ荒くても閃華の攻撃には何にも支障は出なかった。
閃華を乗せている一匹の水龍以外が時間差を付けて鷹に向かって突撃する。もちろん、鷹もローシェンナのコントロール化にあるからには単純な突撃を避けるには充分だった。むしろ先程のように一撃離脱を繰り返されるよりは少しは楽だ。
そんな戦術を何で閃華が選んだのかローシェンナは疑問に思いながらもローシェンナは鷹をコントロールして無傷で水龍の攻撃を避けている。そんな光景を閃華は上昇した一匹の水龍に乗りながら観察していた。
ふむ、どうやら思っていた以上に集中力が落ちたわけでは無いようじゃのう。どうやら閃華はローシェンナの集中力では、この程度の突撃でも充分にダメージを与えられると思っていたようだ。だがローシェンナも高い能力を持つサモナーである。だからこそコントロールする集中力も充分に高く、この程度の事ではあまり衰えないのだろう。閃華はその事を感じ取りながらも次なる手段を考える。
どうやらもう少し追い詰めないといけないようじゃのう。じゃがあまり時間を掛けると昇のエレメンタルアップに支障が出てもおかしくは無いからのう。ここは早めに決めるとするかのう。確かに昇は先程シエラとの戦闘で体力と精神力を消費している。そこに最大限のエレメンタルアップである。だから閃華は今の状況が長く続けば昇への負担が大きくなるばかりか、下手をするとエレメンタルアップが解ける危険性を感じてた。昇の消耗も閃華はしっかりと考えていたわけである。
だが今現在の最大限に掛けられているエレメンタルアップを出し惜しみするのは愚の骨頂である。全員が思いっきり暴れている中で閃華一人が自重する必要は無い。つまり閃華もここは容赦する事無く、一気に決めてしまっても構わないと判断したようだ。
それはそうだ。なにしろ戦況は昇のエレメンタルアップで昇達が大いに有利なのである。だからエレメンタルアップが切れないうちに勝敗を決してしまった方が昇達にとっては有益なのだ。
それが分っているからこそ閃華は再び戦術を変えてきた。そしてそんな閃華が思う。
さて、ここまでのエレメンタルアップで力が増しておるんじゃ。私も遠慮する事はないじゃろう。じゃから……久々にやろうとするかのう。そんな事を考えると閃華は楽しそうに笑みを浮かべた。なにしろ勝が見えている勝ち戦だ。そのうえ思いっきり暴れられるのだから閃華も自然と笑みを浮かべても不思議では無いだろう。そんな閃華が再び水龍を一箇所に集めると閃華を守るように水龍を舞い踊らせている。
そんな光景を見てローシェンナは選択を迫られていた。確かに閃華の力は圧倒的で鷹一匹ではどうする事も出来ないだろう。だからと言って、これ以上の召喚は出来ない。それほどの力はローシェンナに残されていないのだから。
これは決して鷹が弱いわけではない。閃華の力がエレメンタルアップで圧倒的に上がって、鷹の戦闘能力を一気に上回ってしまったからだ。まさか閃華がここまでの力を出してくるとは思っていなかったからこそローシェンナは迷っていた。
このまま閃華との戦闘を諦めて昇達を先に叩くか、それともここで何としても閃華を叩くか。どちらにしても困難なのは目に見えている。それに今の時点で鷹のコントロールを切ってしまえば次の攻撃で閃華に落とされる事は確実だろう。だからこそローシェンナは選択を迫られていたのだ。
閃華の準備が整わないうちに鷹を突撃させて閃華の攻撃を未然に防ぐか、それとも閃華の攻撃を避け切って反撃に出るか。どちらにしても分の悪い賭けなのは確実である。なにしろ閃華の戦闘能力は先程の戦闘で嫌というほど見せ付けられたのだ。そんな閃華に勝つためには、どうしても分の悪い賭けに出るしかないとローシェンナは理解せざる得なかった。
だがローシェンナが思っていたよりも閃華は圧倒的に力を増していた。なにしろローシェンナが迷っている間にすでに準備を終えて、いつでも攻撃が出来るようにしてしまったのだから。そんな事に気付きもしないローシェンナに閃華はためらう事無く一気に攻撃に出る。閃華としては相手が決断を下すまで待つ理由が無いから当然だろう。
そんな閃華が一気に水の属性を有している力を一気に放つと、閃華を乗せている水龍を中心に他の水龍が閃華を囲むかのように、まるで時計状に並ぶ。そして閃華は一気に攻撃に出る。
「龍水舞闘陣 八俣ノ大蛇陣……水球の陣っ!」
閃華を囲んでいた七匹の水龍が一気に飛び出すと、それに続くかのように閃華を乗せている水龍も後を負うかのように飛び出していった。そして七匹の水龍はそのまま鷹に突撃するかのように見えたが、意外な事に七匹の水龍は鷹へ攻撃する事は無く、まるで鷹を閉じ込めるかのように鷹の周りを固める。そこに閃華を乗せた水龍が飛び込んでいった。
「なっ、なんですのっ! あれはっ!」
思わず驚きの声を上げるローシェンナ。それはそうだろう、地上に居るローシェンナから見れば召喚した鷹が八匹の水龍によって閉じ込められる。いや、まるで水で出来た球状の檻に閉じ込められたように見えたのだから。
そんな状況にローシェンナが戸惑っているうちに閃華の猛攻が始まる。なにしろ八匹の水龍が上下左右、どちらを見ても、まるで逃がしはしないように取り囲んでいるのである。だから鷹に逃げ場がある訳が無い。そんな鷹が戸惑うように飛んでいると、水龍の一匹が攻撃を仕掛けてきた。
もちろん、いくら逃げ場が無いと言っても避けるぐらいのスペースは残されている。だから一匹ぐらいが攻撃して来ても避ける事は出来る。だが、閃華が見せた猛攻はこれからが本番である。
最初の一匹を皮切りに水龍は球状の檻、水球の檻を崩す事無く次々と攻撃を仕掛ける。時には時間差を付けて、時には同時に、そんな攻撃を繰り返していったのである。
そんな閃華の猛攻に鷹も最初は避けていたが、なにしろ水球の檻に閉じ込められて自由に動く事は出来ない。だから最初の一撃を喰らうまではそんなに時間を要しなかった。最初の一撃を鷹に喰らわせると水龍はまるで弱った獲物に喰らい付くかのように次々とその牙と爪を突き立てては放れていった。
なにしろローシェンナの鷹は閃華が作り出した水球の檻に閉じ込められている状態である。そこに一撃でも攻撃を喰らってしまえば、もう反撃どころか動く事もままならず、水龍が繰り出してくる攻撃を喰らい続けるしかない。それほどまでに水球陣は強力な陣形と言えるだろう。
閃華が繰り出した水球陣は相手を閉じ込めるだけの技ではない。八匹の水龍で相手を閉じ込めるのと同時に相手の自由を奪い、そこに攻撃を仕掛けるのである。もちろん閉じ込められた相手は動ける範囲が限られているからには自由に動く事は出来ない。そこに八匹の水龍と閃華が攻撃をしてくるのである。
一撃でも喰らってしまえば、その時点で動きが止まってしまって次の攻撃に備える事は不可能だ。つまり水球陣とは最初の一撃さえ喰らわせて、相手の動きが止まったところに次々と攻撃を加える。相手の動きを封じ込めるのと同時に怒涛の攻撃を仕掛ける事が出来る技なのだ。
もちろん、こんな技を閃華も自由自在に使えるというわけではない。今回は条件が揃っていたからこそ発動できた技だ。その一つとして龍水舞闘陣 八俣ノ大蛇陣を既に発動させている事が絶対条件である。なにしろ水球陣を完成させるためには八匹の水龍が必要だ。だから水場を利用して八俣ノ大蛇陣を発動させている事が絶対条件となってくる。
もう一つは、やはりエレメンタルアップである。なにしろ八匹の水龍にこれだけの攻撃性能を持たせるのであるから、閃華自身の限界突破が必須条件となってくる。
今回はこの二つが揃ったからこそ、龍水舞闘陣 八俣ノ大蛇陣 水球の陣を発動できた訳だ。そして、その効果は先程も説明したとおりに相手の動きを封じてから怒涛の攻撃である。そんな閃華の攻撃にローシェンナはどうする事も出来ずに、ただやられて行く鷹を見守るしかなかった。
すでに鷹は水球の陣で相当のダメージを喰らっており、動く事もままならないだろう。そんな鷹に対して閃華は攻撃を緩める事無く、とことんまで鷹を追い詰めていく。
すでに自らの力で飛ぶことすら出来なくなった鷹を押し上げるように下からの攻撃を続ける水龍の攻撃に鷹は成すがままになっている。そんな鷹に残った水龍が次々と攻撃を仕掛け、そこに閃華も自ら龍水方天戟を振るって鷹にダメージを与えていく。最早、鷹は虫の息と言っても良いだろう。それほどまでに閃華の攻撃は苛烈を極めていた。
そんな状況にローシェンナは呆然とするばかりだ、そんなローシェンナとは反対に閃華はそろそろ次の事を考えていた。
くっくっくっ、随分とスッキリするものじゃのう。まあ、これほど甚振ったのじゃから当然じゃろうな。さて、思いっきり暴れさせてもらったからのう……そろそろ終幕といくかのうっ!
閃華は龍水舞闘陣 八俣ノ大蛇陣 水球の陣を解くと一匹の水龍に乗りながら他の水龍と共に上昇していく。そして今まで散々甚振られた鷹はというと、すでに羽ばたく力が残っていないのか、力なく重力にしたがって落ちていくだけである。閃華はそんな鷹に向かって龍水方天戟を向けると更に水の属性を発動させる。
それと同時に一気に巨大化していく八匹の水龍。そして閃華は一気に力を解き放つ。
「龍神激 八俣ノ大蛇っ!」
巨大化した八匹の水龍が閃華の示した鷹に向かって同時に突撃していく。龍神激は一匹だけでもそれなりの水量を有しているというのに、今回は八匹も同時に鷹に向かって突っ込んでいくのである。しかも鷹にはすでに動くだけの力は残されていない。つまり今の鷹に閃華の攻撃を避ける事は不可能である。
そんな鷹に向かって閃華は上空から地面に向かって龍神激 八俣ノ大蛇を放ったのである。鷹にもローシェンナにもどうする事も出来ないだろう。
そして巨大化した八匹の水龍は鷹を飲み込むとそのまま地面へと突撃していった。それと同時に閃華が作り出していた龍水舞闘陣も解けて、まるで雨が降っているかのように水龍が突撃した地面には水が降り注ぐ。
龍神激 八俣ノ大蛇を直撃して、そのまま地面に叩きつけられたのである。鷹は確実に落ちた事は確実だろう。そんな事を思いながらも閃華は未だに龍神激の影響で水が降り注いでいる地面へと舞い降りた。
そんな光景を遠くで見ていたローシェンナは驚きを隠せないといった感じで呆然としていた。それは閃華の攻撃が凄まじいだけではない、サモナーの能力を持つものだけにしか分からない感覚。つまり召喚したものが倒されて消された感覚を憶えたからである。つまりローシェンナが召喚した鷹は閃華によって完膚なきまで倒されえたのである。それが分かるだけにローシェンナは驚きを隠せなかった。なにしろローシェンナは負けるとは思っていなかったからだ。もちろんローシェンナがそう思うにも理由があった。ローシェンナは驚きと共に自然とその理由を含めて目の前の事実を受け入れないような思いを抱いていた。
そんな……まさか……前回のエレメンタルアップはここまで強力ではありませんでしたわ。それに、アレッタの話では能力者は消耗しているはずですのに、なのに……なのに、なぜここまで強力な力を、エレメンタルアップを発動させる事が出来ますのっ! 契約者が消耗しているからこそ、私達に勝算がありましたのに、なぜここまでの力が出せますの? なぜそこまで戦えるんですのっ!
自らの思惑と目の前の現実とのギャップに混乱するかのように取り乱すローシェンナ。そんなローシェンナの前に閃華はゆっくりとその姿を現した。
閃華の姿を見たローシェンナは驚くのと同時に数歩退がる。なにしろサモナーの能力は召還したものが戦闘能力を持っており、サモナー自身は戦闘能力を持っていないからだ。つまりここで閃華に攻撃されたらローシェンナはその時点で敗北が決定するのである。だからローシェンナに残された道は、どうにかして閃華から逃げて、残った鷲をどうにかする事だった。だからこそローシェンナは動揺しながらも閃華から逃げようとするが、閃華は龍水方天戟を肩に担いで決してローシェンナに向けようとしなかった。
それどころか笑顔でローシェンナに話しかける閃華だった。
「残念じゃったのう。そなたらには勝算があったのかもしれぬが、今回の敗因はそなたら自身が招いた事じゃ。素直に敗北を受け入れる事じゃな……とは言っても、今回は全員が勝敗を付けん限りは決着が付かんじゃろう」
そんな事を笑顔で話し掛けてくる閃華にローシェンナは疑念を覚えていた。確かにここで閃華がローシェンナを倒せば、その時点で勝敗は決する。それなのに閃華からは既に闘志が消えていた。つまり閃華はすでに戦う気を失っていたと言っても良いだろう。だからこそローシェンナはそんな閃華に疑念を抱きながら言葉を返すのだった。
「な、なぜ私を倒さないんですの?」
ローシェンナには他にも聞きたい事が沢山あった。けれども今の時点ではこれが一番の疑問であり、動揺しているローシェンナはその事を聞くだけで精一杯だったのだ。そんなローシェンナの質問に閃華は笑顔を崩す事無く答えてきた。
「ふむ、確かにここで私がそなたを倒しても良いのじゃが。それじゃと他の皆が納得せんからのう。じゃから今回は完膚なきまで、つまり全滅するまで叩かせてもらうというわけじゃ」
「なぜ……そこまで?」
閃華の言葉にローシェンナは思わず、そんな言葉で聞き返してしまった。そんなローシェンナに対して閃華は初めて笑顔を崩して真面目な顔をするとローシェンナの言葉に答えてきた。
「なぜ……じゃと? 決まっておるじゃろう。そなたらはシエラをあそこまで追い込んだんじゃ。その事は私も含めて皆の逆鱗に触れるのと同じじゃ。じゃからこそ、今回はそこまで戦うまでじゃよ」
「そ、そんな理由で。あんな妖魔如きに」
ローシェンナとしては特に意味を込めた言葉では無かったのだろうが、ローシェンナの言葉に閃華は思わず睨み付けながら言葉を返す。
「そなたらにとっては妖魔如きじゃろうがなっ! 私達にとってはシエラは大事な仲間じゃ。たとえ私の大事な存在の恋敵であっても、昇が、皆が仲間じゃと思っている者をここまで痛めつけられて黙っておられるほど……私達もお人良しでは無いんじゃよっ!」
そんな閃華の言葉にローシェンナは腰を抜かしたかのように尻餅を付く。それだけ閃華の言葉に迫力があったのだろう。
閃華もローシェンナの言葉に思わず今までの思いが弾けたに過ぎない。確かにシエラは閃華にとって大事な存在、つまり琴未の恋敵には違いない。けれどもそれと同時に共に戦う仲間なのだ。そんなシエラを侮辱されたような言葉を聞いて閃華も黙ってはいられなかったのだろう。特に今回はシエラの所為で散々ひっかき回されたのだ。閃華が一番苦労しただけにローシェンナの言葉に思わずそんな言葉を返してしまったのだろう。
そして、そんな言葉を発した閃華もすぐに自分が熱くなっている事に気付き、一回だけ大きく深呼吸すると再び軽く笑みを浮かべてローシェンナに目を向けた。
「さて、私の戦いは終わったからのう。ここで観戦していても良いんじゃが、そなたにとっては私が居ては迷惑じゃろうからのう。ここは別の戦いに援軍に行こうとするかのう。まあ、すでに勝敗は決しておるがのう。まだまだ終わりという訳では無いみたいじゃからな」
そんな閃華の言葉を聞いてローシェンナは未だに立ち上がれないまでも、プライドを傷つけられたと思ったのだろう。それに戦いが終わったと言っても閃華に鷹を倒されただけである。まだローシェンナ達が完全に敗北したワケでは無い。だからこそローシェンナは背を向けた閃華に向けて言葉を放つ。
「まだ負けた訳ではありませんわっ! あなたが私を倒さないのなら、アレッタやエリンがあなた達をやっつけて私の増援に来る可能性だってありますわよっ!」
そんな言葉を聞いて閃華はローシェンナに顔を半分だけ見せるように振り替えると、ある方向に視線を送った。そんな閃華を見て、ローシェンナも閃華が見ている方向へと視線を向けると次の瞬間にはそちらから眩い光が放たれた。
そんな光を見て閃華は笑みを浮かべてローシェンナは動揺する。そして閃華はそのままの体勢でローシェンナに向かって話しかけるのだった。
「どうやらあっちも決着が付いたようじゃのう。能力者のそなたなら自分の精霊がどうなったか分かるじゃろ。まあ、勝敗は聞かずとも分かりそうなものじゃがのう」
そんな閃華の言葉が聞こえないかのようにローシェンナの顔は驚きで満ちていた。そう……閃華達が見ていた方角はミリアとエリンが戦っていた場所だ。そして煌々とした眩い光と共にローシェンナは感じる物があった。だからこそ呆然とそちらに目を向けるだけだった。正しくローシェンナにとっては信じられないといったところだろう。
閃華はそんなローシェンナの顔をちらっと見ると視線を上に移した。
「さて、後はそなただけじゃぞ……シエラ」
閃華が見ている先にはシエラとアレッタとの戦いが繰り広げられているはずである。ここからでは良く見えないが、閃華はシエラの勝利を信じていた。いや、信じたかった。そしてもう一度、あの時間が戻ってくるのを心待ちにしていた。
そしてもう……こんな事が起こらない事を祈るのだった。
あ~、やっと更新が出来ましたっ!!! ……随分とお待たせしたみたいで申し訳ないです。
まあ、活動報告を読んでいる人や私のブログを見ている人はご存知かと思いますけど、七月の中ごろからプライベートな事でゴタゴタがありまして、小説を書いている時間がまったく取れない、という事態に陥ったのですよ。
まあ、八月に入って、やっと落ち着いて来たので活動を再開したのですが……まだゴタゴタが片付いたわけでは無いので、今までの更新スピードを維持するというのは不可能かと思います。そこはご了承ください。
……いやね、私にもいろいろとあるわけですよ。まあ、私もこれで飯を食っているわけでは無いですからね~。どうしても生活に支障が出るゴタゴタが起きると、そっちに集中しないといけない訳ですね。まあ、そんな訳で更新スピードが落ちる事だけは、ここに宣言させてもらいますね。
……まあ、連載を二本も抱えている私の自業自得と言えなくも無いけど……ここまで来ちゃったらもう引き返せないのよっ!!! そこは分ってっ!!! えっ、無理……分かった。……ならっ!!! 介錯をっ! 介錯を―――っ!!! ここで自決して果ててやるっ!!!
……はい、久しぶりなんで戯言をやりましたが、今回はここで終わりです。
あっ、ついでに宣伝。私のホームページ『冬馬大社』に電撃大賞で落選した作品を上げました~。良ければ読んでもらって感想をください。次の参考にしたいので~。私のホームページには作者紹介のページから飛べるようにしてありますので、そちらから行っても良いし、『冬馬大社』で検索しても出てくると思いますので、よければ読んでやってください。あっPC専用で作ってあるから携帯だと見辛いかもしれません。
さてさて、久しぶりの更新だったのでいろいろと書いてしまいましたが、ここいらで締めるとしましょうか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、やっぱり小説を書いている時が一番落ち着くわ、と改めて思った葵夢幻でした。