第百十四話 繋がり、再び
……えっ、なんで……どうして? そんな事を思うシエラ。自然と握っているウイングクレイモアが震える。そのウイングクレイモアはというと、昇の肩に届く前、つまり顔の真横にあるのだ。
思い掛けない事態にシエラは戸惑いを隠せなかった。シエラは昇の攻撃を受けて消えるはずだった。それなのに……シエラは昇の前で宙に浮きながら震える手でウイングクレイモアを握り締めている。シエラは何でこんな事になったのかが、まったく分からなかった。
一方の昇はシエラに銃口は向けているものの、先程まで発動していたヘブンズブレイカーの輝きはすっかり消えていた。だが昇はヘブンズブレイカーを撃ってはいない。もし、撃っていたら確実にシエラは消えているからだ。それでもシエラは消えずに、今もなお昇の目の前に居るという事は……そう、昇はヘブンズブレイカーを撃つ事無く、掛け声だけでヘブンズブレイカーをキャンセルしたのだ。
だからヘブンズブレイカーは放たれる事無く、シエラも自分が消えると思ったから昇への攻撃を途中で止めたのだ。そんな状態に戸惑うシエラ、それはそうだろう、何しろシエラは先程まで消えるつもりで戦っていたのだから。だから昇に最後のトドメを刺してもらうために、最後まで戦い抜いたのだ。
それなのに最後の最後で昇が攻撃をキャンセルする行動はシエラにとっては、とてもではないが想像が出来ない事だった。
けれども昇は違う。昇はシエラを連れ戻すために、そして繋いだ手を二度と離さない為にシエラと戦っていたのだ。だから昇の目的はシエラを倒す事ではない、シエラを連れ戻す事だ。そのために戦う事が必要だったから昇は戦っていたに過ぎない。そして昇はその戦いの中にこそシエラを連れ戻すチャンスを見出そうとして、見事にそのチャンスをしっかりと掴んだのだ。
昇は紫黒を降ろすと、そのまま仕舞いこみ。空いた片手でシエラの手をしっかりと掴んで、もう片方の腕でしっかりとシエラを抱きしめた。
「な、なんで?」
思い掛けない事態に混乱するばかりのシエラ。それはそうだろう、シエラとしては消えて終わりにするつもりだったのが、今ではしっかりと昇の腕に抱かれているのだから。今までの思考と今の状況がまったく相反する物なのでシエラは混乱するばかりだ。
けれども昇は、もう二度と離さないぐらい強くシエラを抱きしめると、シエラの耳元に口を持って行くとはっきりとシエラに告げた。
「ごめん、シエラ。僕の所為で余計に苦しめる事になっちゃって。でも、大丈夫だよ。だから安心して聞いて欲しい。僕がこれから言う……本当の気持ちとシエラに聞かれた答えを」
その言葉を聞いたシエラは咄嗟に昇から離れようともがくが、昇はシエラが暴れれば暴れるほどを強く抱きしめて、決してシエラを離そうとしなかった。
どうやらシエラは今でも昇の気持ちを聞くのが怖いのだろう。だからこそ、こんな状況になっても咄嗟に逃げ出そうとしてしまう。それほどまでに、以前に自分が妖魔だと知られた時に受けた仕打ちがシエラにとってはトラウマになっていたのだ。だからこそ、自分が妖魔だと知られるのをシエラは一番怖がっていたし、知られたら思わず逃げ出したくなってしまうのだろう。
けれども昇はシエラがどんなに暴れようと決して離す事無く、強く抱きしめ続けた。昇も分っているのだ。今のシエラにとってはどんな事よりも、まずは安心させる温もりが大事だという事を、そうする事でシエラを落ち着けようと昇はシエラを強く抱きしめ続ける。
そうしているうちにシエラ自身もどうして良いのか分からなくなってきたのだろう。暴れる事を突然止めると自然と手からウイングクレイモアが落ちて地面に突き刺さった。シエラも昇に抱きしめられているうちに自然と悟ったのかもしれない。このまま全て昇に任せてしまった方が楽になれると。だからこそシエラは涙を流しながら、昇にもたれ掛かるように寄り添うと、しっかりと昇の腕に抱かれた。
そんなシエラに昇はやっと笑顔になると優しい口調で話し始める。
「さっきは僕の言い方が悪かったね。ごめん、けど、これから言う事は僕が思っている本当の気持ちだし、皆もきっと同じだから安心して聞いて欲しいんだ」
そんな事を言われてシエラもやっと顔を上げると、未だに涙を流している瞳で昇を見詰めると一度だけ頷いた。そんなシエラに昇は優しい笑みを向けると本当に伝えたい事を伝え始める。
「シエラは自分が必要とされる事に理由を見出そうとしていたみたいだけど、僕から言わせてもらえば……そんな事に意味は無いんだ。必要だから傍にいて欲しいとか、必要無くなったから居なくなっても構わないとか、僕達はそんな関係じゃないと思う。僕達は……そう、家族だと思うから」
「家族?」
昇の言葉に思わずオウム返しで言葉を返すシエラ。まさか昇からそのような言葉が出てくるとは思っても見なかった事だし、シエラには家族という言葉が何を意味しているのかが、まったく理解できていなかった。
そんなシエラに昇は笑みを絶やす事無く伝え続ける。
「そう、家族。一緒に居るのが当たり前だから一緒に居る。僕はそれが家族だと思う。だからシエラが傍に居るのに理由なんて要らないんだ。だって……一緒に居るのが当たり前だから。だから理由なんて関係無い、これからも家族として、ずっと一緒に居て欲しい。これが僕がシエラに伝えたかった本当の気持ちだよ」
昇が伝えたかった事を全て伝え終わるとシエラは未だに呆然とした顔をしていた。シエラにしてみれば自分が妖魔だからこそ、昇の傍に居る理由を求め続けたのだ。だが、こうして昇の本心を聞いた今では……とても心地良く、何処までも昇の優しさが広がっているようだった。
一方の昇はシエラが黙り続けている事で戸惑いを感じていた。もしかしたら自分の言いたい事が伝わっていないという不安が急に込み上げてきた。
確かに昇の気持ちはシエラに伝わっているのだが、シエラが昇の言葉を受け入れるには、あまりにも急すぎてシエラはすぐに全てを理解する事が出来ずに呆然としているのだ。
「えっと、シエラ?」
そんなシエラに言葉を掛けてもシエラは言葉を返す事は無かった。いや、正確に言えば未だに呆然としているシエラは昇の言葉に何て返事をすれば良いのかが未だに分っていないのだ。
そんなシエラを見て昇はふと以前の事を思い出す。そういえば、海に行ったときにシエラが温もりと繋がりを証明して欲しいって、言ったことがあったっけ。……って事は……あれしかないのか。まあ、僕としても嫌なわけじゃないけど、さすがに恥かしいというか……ええいっ! 今のシエラにはこうやって伝えるしかないか。うん、この方法で行こうっ!
そんな決意を勝手にした昇は意を決するとシエラを更に抱き寄せて顔を近づけた。
「えっ?」
突然の事でシエラも声を上げる。シエラも呆然としていても昇の顔がいきなり急接近すれば驚きもするし、戸惑いもするものだ。それにいつもは攻めているシエラだけに、今回のような急転回には驚きを隠せないようだ。
そして昇はゆっくりとシエラに顔を近づけると、優しく唇を重ねる。突然のキスにシエラは驚きを隠せない表情になるが、すぐに瞳を閉じて安らかな顔になる。そうしてシエラは身体も心も昇に預けて、今はしっかりと唇から感じる昇からの繋がりを優しく握り締めていた。
そんな繋がりを確かめるようなキスを続ける二人。そして充分に繋がりを確かめたのだろう、自然と二人は唇を離し、シエラは昇を見上げる。そんなシエラの瞳からは涙は流れ続けていたが、その表情は先程までの悲哀ではなく、すっかり安心した優しい微笑みに変わっていた。
シエラの表情を見てやっと昇は一安心して心に思う。よかった、これでシエラを連れ戻す事が出来たかな。……もう、離しちゃいけないよね。この繋がりを、掴んでいるこの手を……。そんな事を思った昇も自然と微笑を浮かべていた。
そんな昇の微笑を見続けながらシエラが始めて口を開いた。
「昇……ごめん。私が早とちりしたから、戦う事になって。昇の言葉を最後まできちんと聞いてたら戦う事なんて無かったのに」
そんなシエラの言葉を受けて昇は首を横に振った。
「あれは僕の言い方が悪かったんだ。もっとしっかりとシエラに伝える事をしっかりと伝えていれば、あんな事にはならなかったんだ。それに……これでシエラは僕達の元に戻ってきてくれるんでしょ、なら問題ないよ」
「昇……」
昇の言葉にしっかりとした安心感を感じるシエラ。けれどもシエラはどうしても確かめなければいけない事がある。それを確かめるまではシエラは昇達の元へは戻れないのだ。だからこそ、今度こそはとシエラはその事を昇に尋ねる。
「昇……私は妖魔という精霊とは違った存在。それでも……それでも受け入れてくれるの? 今まで同じように接してくれるの? また……あの生活に戻れるの?」
そんな質問を連続でしてくるシエラに昇は微笑みながら頷いた。そんな昇の返答を受け取りながらもシエラは昇から顔を逸らした。やはり自分が妖魔であるという事実を受け入れてくれるという昇が信頼できない部分があるのだろう。
それは昇との繋がりに問題がある訳ではない。シエラが昔に受けた精霊達からの差別が未だにシエラの心に残っており、シエラも未だにそのトラウマを拭い去る事が出来ていないからだ。だから自然とシエラは昇から顔を逸らせてしまった。
そんなシエラを見て、昇はシエラの手を取っている手を離すと、その手でシエラを強制的にこちらに向かせた。そして昇はもう一度シエラとキスをする。
今度はシエラも最初から昇を受け入れる事が出来ており、素直に昇からのキスを受け入れた。そして昇もシエラとのキスを続ける。シエラのトラウマが消え去るまでは行かなくとも、昇達との繋がりが実感できるまで、二人はキスを続けた。
「少しは落ち着いた?」
昇がそうシエラに尋ねるとさすがのシエラも少し恥かしいと思うところがあったのだろう。顔を赤らめながら昇から顔を逸らして返事をする。
「うん……昇……ありがとう」
「別にお礼を言われる事はしてないよ。それに僕の言い方が悪くてシエラと戦う事になったんだし、それに戦わないと僕達は本当の意味で分かり合えなかったのかもしれないし」
「そうじゃなくて……」
未だに顔を逸らして真っ赤になっているシエラに対して昇は首を傾げた。
シエラは昇が繋がりを証明する為にキスしてくれた事にお礼を言ったつもりだったのだが、昇にはそれがちゃんと伝わっていないのだろう。まあ、朴念仁の昇がそんなシエラの気持ちに気付く事も無く。別の意味を示す言葉を返してしまったのだからシエラは困るばかりだ。
そんな状況にシエラはどうしたら良いものかと考えると、急に全身の力が抜けてその場に座り込む。そんなシエラを慌てて支える昇。シエラは昇の腕の中で微笑みながら口を開いた。
「さすがに無理をしすぎたみたい。それにこんな風に昇が受け止めるとは思ってなかったから、だから思いっきり無茶をした」
「思いっきり無茶って、そういえば……さっきのシエラってエレメンタルアップを使ってないのにセラフィスモードを維持できてたよね?」
そんな疑問をぶつける昇にシエラは全て説明した。自分の生命力を削って戦闘能力に変えて戦っていた事。それから最後には昇の攻撃で世界から消えようとしていた事を全て昇に話した。一方でそんな話を聞いた昇は驚きを隠せなかった。
そんな戦い方をしてたんだっ! というか、精霊ってそんな事も出来るんだね~。って! 今はそんな事に感心している場合じゃないか。う~ん、確かにさっきの戦いでシエラの調子が変だとは感じてたけど、まさか僕にトドメを刺して欲しいとまで思っていたなんて……僕達はそこまでシエラを追い込んでたんだ。そんな事を思った昇。
正確には違うのだが、シエラをここまで追い込んだのはアレッタの言葉であり、昇との戦いはアレッタの言葉を受けたシエラが最後の決断として取った行動に過ぎない。けれどもまさか、こんな形で二人の戦いが終わりを迎えようなんて誰にも想像がつかなっただろう。そう、昇以外の人物は。
そもそも昇はシエラを連れ戻すために、しかたなく戦っていたのだ。だからこそ、自分がシエラにトドメを刺すか、シエラが自分にトドメを刺すか、どちらにしても最終局面でこそ昇はシエラを連れ戻す機会は無いと思ったからこそ、あそこまで戦ったのだ。
まあ、シエラが予想外に強すぎたという事もあるが、昇もまさかシエラがそこまでやっていた事などは想像も付かなかった事だからしかたない。それにシエラは暴走状態にあったと言ってもいいだろう。そんな状況だからこそ昇は最終局面に全てを賭けたのだ。
そして見事に昇が賭けに勝ったのだが、シエラからの話を聞いては昇は驚くばかりだ。そしてシエラの話からシエラの生命力がかなり弱っている事を昇は察する事が出来た。だからこそ、昇は今の自分に出来る事を考える。
要するにシエラの生命力を回復させれば良いんだよね……あっ、そうだ。自分の生命力を戦闘能力に加える事が出来るなら、その逆も出来るんじゃないかな? そんな事を思いついた昇はシエラに尋ねてみる。
「ねえシエラ。シエラは自分の生命力を戦闘能力に上乗せして戦ってたんだよね?」
「うん」
確認するかのような昇の言葉にシエラは首を傾げながらも頷いて見せた。そんなシエラに昇は更に質問をする。
「なら、戦闘能力を生命力に上乗せする事も出来るの?」
「それも出来る。けど……なんでそんな……あっ」
やっと昇が何を言いたいのかが分かったのだろう。シエラは声を上げると頷いて見せた。そんなシエラを見て昇も頷きを返す。
「じゃあ、行くよ」
「分かった」
昇がそんな事を言うとシエラはすぐに返事を返した。そして昇は精神を集中させるとシエラから赤い紐が伸びてきて昇はその紐をしっかりと握り締める。それは昇にしか見えない紐であり、それがあるという事はシエラが再び昇達との繋がりを復旧させた証拠でもある。
そして昇は赤い紐に力を流し込む準備をすると一気に発動させる。
「エレメンタルアップッ!」
赤い紐を通して昇の力が一気にシエラに流れ込む。
「んっ」
一気に流れ込んだ力にシエラは思わず声を上げてしまう。けれども今はやらなければいけない事があるから、まずはそちらを優先させるシエラ。それは……エレメンタルアップで上がった戦闘能力を生命力に変換する事だ。
そう、シエラの生命力は限界を迎えていた。けれどもエレメンタルアップなら昇の力が続く限りシエラに限界を超えた力を与える事が出来る。つまり本来なら戦闘能力として使う力を今は生命力を回復させるために使っているのだ。これもエレメンタルアップならではの使い方と言えるだろう。
まあ、その前にシエラのように自分の生命力を戦闘能力に上乗せして戦う精霊なんて酔狂な精霊は居ないだろう。今回はシエラが追い詰められた事によって、そんな戦い方をしたに過ぎない。シエラも本来ならそんな戦い方はしない。なにしろ生命力が尽きれば消える。つまり死ぬのと同じだ。そんな戦い方を好んでやる者は居ないのだ。
けれども今回の戦いではシエラがそんな戦い方をしたからこそ、昇はエレメンタルアップを使ってシエラの生命力を回復させる方法を思い付いたのだ。そんなエレメンタルアップが功をそうしてきたのか、シエラの生命力は徐々に回復して行き、昇はかなりの力をシエラに流し込むと、やっと回復してきたのか、シエラはもう大丈夫とばかりに立ち上がると、身体の状態を確かめてみる。
確かにエレメンタルアップのおかげで大分生命力を回復する事が出来た。だが、それだけではなかった。昇がかなりの力を送ってくれたおかげか、今では戦闘すらも行えるほどダメージも回復しており、シエラはウイングクレイモアを手に持つと軽く振るってみた。
どうやら今すぐ戦闘を行っても支障が無いぐらいにシエラは回復したらしい。だからこそ、シエラは再びウイングクレイモアを地面に突き刺すと昇の元へやってきた。
「ありがとう、昇」
「うん、もう大丈夫だね」
そんな昇の言葉にシエラは首を横に振ってきた。そんなシエラに昇は勝手に、シエラは万全な状態まで回復してないと思い込んだ。だからこそ昇はシエラに尋ねる。
「まだ力が足りなかった?」
そんな事を尋ねた昇に対してシエラは首を横に振ってきた。なら、何の支障があるんだろう? 勝手にそんな事を考える昇。そんな昇にシエラは話を続ける。
「足りないのは力じゃない」
「えっ? じゃあ何が足りないの」
「そんなの決まってる……」
言葉を途中で切って、なおかつ顔を赤らめ逸らせてモジモジとした仕草をするシエラ。普通ならここまですればシエラが何を求めているかが分かるものだろう。だが相手は昇である。シエラがそんな態度を取っても首を傾げるだけで、検討ハズレな事を言い出す。
「あっ、まだ傷が痛むとか?」
そんな昇の言葉に思わずこけるシエラ。確かにシエラも昇が鈍い事は承知の上だが、まさかここまでとは思っていなかったようだ。そんなシエラが疲れたように昇に向かって倒れ込むと、昇は慌ててシエラを受け止めて、シエラは昇の胸に顔を埋めるのだった。
「えっと、シエラ?」
シエラの態度に戸惑う昇。そんな昇に構う事無く、シエラは潤んだ瞳で昇を見上げて見詰める。
「足りないのは繋がり、繋がっているという証拠が欲しい。だ・か・ら」
そんな事を言って瞳を閉じて顔を突き出してくるシエラ。そんなシエラに昇は思う。
……シエラさん、すっかりいつも通りですね~。けど、まあ、これでよかったのかな。
そんな事を思った昇はシエラとキスをする。そのキスは軽く短い物だった。そのためか、キスが終わるとシエラは不満げな顔で昇に不満をぶつける。
「それだけ?」
「いや、実は何かあった場合に備えて琴未達に増援を頼んであるんだ。だからそろそろ琴未達が到着するから。だからそろそろ終わりにしたいかなと、そんな事を思っただけで」
「それなら琴未達に見せ付けるようにキスして」
いや、あの~、シエラさん。そんな事をしたら地獄を見ますよ……僕がっ! そんな言い訳染みた事を思う昇。確かに昇もシエラとキスをするのが嫌な訳ではない。さすがに今日は何度もキスをしているし、昇にとっては何度しても未だにキスする事に抵抗があるのだろう。まあ、ただたんに恥かしいだけかもしれないが、琴未達に増援を頼んでいるのも本当だし、そろそろ到着してもおかしくない頃合だ。だから昇の言い訳も丸々嘘という訳ではない。
けれどもシエラとしては納得が行かないのだろう。いや、シエラとしては、このチャンスを充分に活かしたいのだろう。だからこそ、ここぞとばかりに攻めようとするが、昇もこの手の攻めにすっかり慣れてきたのだろう。シエラが言葉を発する前に自分から話しを切り出してきた。
「そういえば、さっきの精霊達。一旦退くって言ってたじゃない。もしかしたら、今度は全員揃って来るかもしれないから。ここは僕達も琴未達と早く合流して体勢を立て直した方が良いと思うんだ」
「……分かった」
シエラの返事でようやく一安心する昇。だが昇の言った事もあながち間違いでは無い。アレッタは確かに『一旦退く』とシエラに向かって叫んでいたのだ。どうやらアレッタとの戦いもまだ終わってはいないようだ。シエラもそう感じたからこそ、ここは素直に昇の言葉に従うのだった。
「じゃあ、精界を崩す」
「うん、お願いするよ」
しかたないという顔でシエラは諦めて片手を天に向かって挙げると世界にヒビか入り、徐々に崩れ始めていった。
「……これはっ!」
「……先手を取られてた」
それは精界が半分ほど崩壊した時だった。通常なら人間世界が現れてくるのだが、崩れた精界から現れたのは肌色のような柑子色に染まった世界だった。どうやらシエラが張った精界の外に新たなる精界が張られていたようだ。そして柑子色の精界を張る精霊は昇達の中には居ない。となれば、考えられる事はただ一つ、アレッタ達が合流して再び戻ってきたのだろう。
そう認識した昇とシエラはすぐに戦闘体勢に入る。そして辺りを警戒する二人だが、そんな二人に奇襲を掛ける事無く、高飛車な笑い声と共にローシェンナ達が川の向こう側から一気にこっちに飛び移って来た。
「ようやく見つけ出してよ妖魔。アレッタがあなたに執着するものだから、私達も随分と苦労する破目になってしまいましたわ。ですが、これで終わりですわね。丁度良く契約者も居る事ですし、そっちは人数も揃ってないようですし、更にはこっちには増援もありましてよっ!」
「増援?」
ローシェンナの言葉に昇は首を傾げる。そんな昇に向かってシエラが尋ねる。
「そういえば昇」
「どうしたのシエラ?」
「というか……あれって誰だっけ?」
シエラの一言で昇のみならずローシェンナ達までも一斉にこけた。そして逸早くローシェンナは立ち直るとシエラに向かって叫ぶ。
「私の事を憶えてないってどういう事ですのっ! そっちが紳士的に挨拶してきたからこっちもしっかりと挨拶を返したじゃありませんかっ! それを憶えてないってどういう事ですのっ!」
そんな文句を言うローシェンナ。そんな文句を聞いている間に昇は何かを思いだしたのだろう。手を叩いてシエラに説明を開始した。
「そういえば前の時はシエラはすぐに、あのアレッタと戦闘を始めたからローシェンナさんの事は知らないんだっけ」
「うん、アレッタが余計な事を言おうとしたから」
「余計な事とは随分な言い方ね、シエラ。私はシエラの仲間達にシエラの本当はどんな存在かを教えてあげたんじゃない」
ローシェンナを押しのけて、そんな事を言ってくるアレッタ。そんなアレッタをシエラは先程とはまったく違った。昇達が知っているシエラの表情で話を続ける。
「それが余計な事。でも……今では感謝してる。おかげで私が妖魔だという事を打ち明ける機会が出来た」
「なっ! シエラ……」
シエラの変化に気付いたのだろう。アレッタは戸惑いの表情を見せた。
アレッタとしてはシエラを追い詰めるだけ追い詰めたつもりだったのだ。それも昇達との関係が修復できないぐらいまで。だがアレッタには一つだけ誤算があった。それが昇という存在だ。
確かに普段の昇は影が薄くてシエラ達に振り回されてばっかりで、戦闘でも目立って活躍する事も無い。だからアレッタとしてはレア能力持ちとしか認識していなかった。
けれども昇の真髄はその中身にある。どんな状況でも決して諦める事無く、自分が信じた未来に突き進む力と決意。そんな中身があるからこそ、昇は今までの戦いも勝ち抜いてこれたし、今回もシエラを連れ戻す事が出来たのだ。そしてそんな昇だからこそ、シエラは傍に居たいと思ったのは確かな事だろう。
昇がそこまで影響力がある契約者だと思ってなかったアレッタにとっては、今の事態はもの凄い誤算だ。そしていつもの状態に戻ったシエラは、そんな好機を逃すはずが無かった。
「残念だったね、アレッタ、思い通りにならなくて。でも、私は感謝してる、おかげで自分が妖魔であっても昇が受け入れてくれる事が分かったから、その切っ掛けを作ってくれてありがとう」
随分と凄い皮肉を言うシエラ。まあ、アレッタにあれだけやられたのだからシエラもそれぐらいやり返さないと気が済まないのだろう。
一方の言われたアレッタは悔しそうに瞳を閉じながら、拳を強く握り締めて震えている。それほどまでにアレッタにとっては許せない誤算だったのだろう。けれども、それも一時の事でアレッタはすぐに冷静さを取り戻したように見えた。
いや、それだけでは無い。アレッタは何故か哀愁のような雰囲気を出しており、開いた瞳には少しだけ悲しみと、少しだけの優しさが写っていた。けれどもそんなアレッタの瞳に気付いたのは昇だけで、シエラはそこまでは気付いてはいないようだ。精々アレッタが平常心を取り戻したと感じ取っただけだ。
そんなアレッタを押しのけてローシェンナが前に出る。
「そこの妖魔っ! しかたないですから、もう一度だけ自己紹介してあげますわよ。私の名はローシェンナ、最高級のサモナーですわ」
自信満々に言ってくるローシェンナに対してシエラの反応は冷たいものだった。
「そう、それなら何とかなりそう」
「何ですってっ!」
いきなりとんでもない発言をするシエラ。どうやらシエラにはこれだけの人数を前にしても充分に相手に出来る自身があるようだ。そんなシエラとは対称的に昇は少し心配げにシエラに話し掛けた。なにしろシエラはアレッタとシェル、そして昇と戦いが続いているのだから昇が心配するのも当然だ。
「シエラ、大丈夫なの?」
そんな事を尋ねてきた昇にシエラは笑顔を見せて来た。
「大丈夫、昇が私を受け入れてくれたから。家族だって言ってくれたから。だから……私も本当の姿で戦える」
「本当の姿?」
昇が聞き返すとシエラは微笑んで見せた。
「そう、本当の姿。だから……今の私にはあの程度は相手じゃない」
随分と大言壮語な事を言うシエラに昇は微笑んで見せた。シエラがそこまで言うのなら、何かしらの手があるのだろうと昇はシエラを信じる事にした。だが事態というのは急変する物である。
「随分と言ってくださいますね。なら、更に数が増えても充分に応戦できるという事ですかね」
いきなり昇達の後ろからそんな声を聞こえると、昇が振り返るとそこには見たことも無い男と少女が二人立っていた。そして男は帽子を取ると丁寧に昇に向かって挨拶をしてくる。
「お初にお目に掛かります、エレメンタルアップの少年。私はアンブル=リックネットと申します。そしてこちらが私と契約をした精霊。そちらの妖魔には一度お目に掛かってますね。こちらがシェル。そしてもう一人がコーラルと申します」
そんなアンブルの自己紹介に昇は警戒を緩める事無く。二人の精霊に目を向ける。その間にシエラはシェルについて話して来た。なにしろシェルとは先程戦っているのだ。だからシエラはシェルに関しては情報を持っていた。
「あのシェルとかいう精霊は俊足の精霊で縮地の属性を持ってる。だから地上でのスピード戦では確実に不利。だから気をつけて」
「分かった」
短く返事を返した昇はシェルに目を向けてみる。確かに足が速そうな綺麗な足をしている。だから誰もが目を引く足を持っているのは確かなようだ。それに少し幼い容姿をしているとしても精霊には違いない。それにシエラが地上でのスピード戦では確実に不利だと断言したぐらいだ。だからシェルもシエラと同じように地上ではスピードに自信があるのだろうと昇は判断した。
それから昇はコーラルという精霊に目を向ける。こちらは一見すると普通の少年のように見えるが微かな胸の膨らみから少女であることが分るが、先程のアンブルが言った言葉どおりならコーラルも精霊である事には違いない。そのうえコーラルに関してはシエラも見るのが始めてだ。だからどんな精霊で、どんな属性かも想像が付かなかった。
そのうえコーラルは人形のように無表情であり、まるで何事にも興味を示していないようだった。それほどまでに表情は人形に近かった。確かにシエラも普段は無表情だが、コーラルはそれ以上に無表情で感情という物が一切無いと思わせるぐらいの表情をしていた。
そして最後に昇はアンブルに目を向ける。アンブルは長身の青年で印象としてはさわやかな印象を受けるだろう、契約者で無ければ。それほどまでにアンブルは紳士的な笑みを崩す事無く、昇達の動向を見守っているようだった。そしてアンブルは昇の視線に気付いたのだろう、更に言葉を付け加えてきた。
「そうそう、言い忘れてました。私はアッシュタリアに属する契約者であって、そこのローシェンナさんを勧誘に来たんですよ。ですが、ローシェンナさんはあなた達を倒さないと気が済まないというので、こうやってお手伝いをしに来たわけです」
「アッシュタリアだってっ!」
さすがに昇もアッシュタリアという言葉に驚きを示した。アッシュタリアといえば以前にも昇達はアッシュタリアのエルクという精霊と激戦を行っているのだ。それだけに昇はいつかアッシュタリアのエルクと決着を付けるつもりだったが、ここでもアッシュタリアと関わるとは思いもよらなかった事だ。
そして昇の反応からアンブルは何かを悟ったように言葉を放った。
「おやおや、どうやらアッシュタリアの説明は不要なようですね。まあ、今では一番大きな組織となってますから、このような辺ぴな所に住んでいる契約者が知っていても不思議では無いのですが、説明する手間が省けただけでも楽になるというものです」
挑発に似たアンブルの言葉にも昇は冷静さを欠く事無く、状況を確認すると静かにシエラに尋ねる。
「数が増えちゃったけど、行けそう?」
「アレッタ達だけなら、何とかなったけど。あっちまで来られるとキツイ。だから昇」
「分かった、何とかしてあのアンブルとか言った人達は抑えるよ。その間にシエラはローシェンナさん達を叩いて」
「分かった」
そんな密談をしている昇とシエラ。けれどもアンブルにとってはそんな密談をしても無駄だと思っているのだろう。今までと表情を変える事無く、冷静に昇に向かって話しかける。
「相談しても無駄ですよ。いくら妖魔と言っても、これだけの数に対してまともに戦える訳が無い。契約者のエレメンタルアップを使ったとしてもですね。さあ、時間が勿体無いですから、そろそろ始めましょうか」
アンブルのその言葉に一斉に戦闘体勢に入るローシェンナ達とアンブルの精霊達。そんな両陣に挟まれながら昇とシエラはお互いに背中を預けあいながらも、どうにかして打開策を見出そうとしている。
そして戦いが始まろうとした時だった。
「ちょーっとまったーっ!」
突如として土手の上から声が響くと全員の視線が一斉にそちらに向かう。
「昇、お待たせ、加勢に来たわよ」
どうやら先程の声は琴未が発したもののようだ。だがそこに現れたのは琴未だけではない。
「ふんっ、滝下昇、随分と不利な状況のようだな。だが安心しろ、なにしろ俺が来たんだからな」
「琴未っ! フレトっ!」
突如として姿を現した琴未とフレト。そして二人の周りにはしっかりとミリアと閃華。そしてレットと半蔵とラクトリーまでもが加勢に駆けつけてくれた。そんな状況に昇達もやっと明るい笑みをあらわにするのと同時にローシェンナ達は敵の加勢に苦虫を噛み砕いたような顔をしている。
そんな中で琴未が一歩前に出ると全員に向かって叫ぶ。
「さあ、これで数の上でも私達が有利よ。どうやら観念するのはそっちの方ねっ! ……でも、その前に」
琴未は突如として声のトーンを落とすとシエラを睨みつけて叫びながら土手を一気に駆け下りる。
「シエラ―――ッ!」
琴未は土手から一気に跳び上がるとシエラに向かって行き、着地と同時に思いっきりビンタを喰らわすのだった。いきなりの行動にシエラもワケが分からずに叩かれた頬を片手で押さえながら琴未を呆然と見ている。
一方の琴未はそれだけは済まないのか、シエラを思いっきり指差すと更に叫び続ける。
「あんたねっ! なにいきなり居なくなってるのよっ! 残されたこっちの身にもなってみなさいよねっ! シエラが居なくなった所為で私が一人であれだけの人数分をまかなえる食事を作らなくちゃいけなくなったのよっ! だからシエラ、帰って来たら当分は一人で食事を作りなさいよね、そうして私の苦労を少しは分かるといいわっ!」
いきなりそんな文句を言ってくる琴未にシエラは未だに呆然としている。そんなシエラに琴未は未だに怒りが収まらないのだろう。シエラに向かって更に叫び続ける。
「シエラッ! 歯を噛み締めなさいっ!」
「えっ?」
突然そんな事を言い出した琴未に対してシエラは戸惑うばかりだが、そんなシエラに構う事無く、琴未は拳を思いっきり握り締めるとシエラに向かって思いっきり叩き付けた。どうやらビンタだけでは物足りなかったようだ。
一方のシエラは歯を噛み締める前に殴られたものだから、倒れはしなかったものの、さすがに仰け反って慌てた昇に支えてもらった。そして殴った琴未とはいうと、やっとスッキリしたのか晴れやかな表情を見せた。
「やっぱり思いっきり叩かないとダメね。どうもビンタだけだとスッキリしなかったわ」
そんな感想を漏らす琴未に対して、やっと自分で立つ事が出来たシエラは抗議する。
「というか、なんで私が殴られないといけないの?」
そんな事を言うシエラに対して、琴未は再び怒りの目になるとシエラに向かって思いっきり人差し指を突き出してきた。
「いきなり私達の前から居なくなったシエラが百パーセント悪いからに決まってるでしょっ! 私達がどんな思いでシエラを探してたと思うのよっ! それだけシエラの行動は私達に迷惑を掛けたのよっ! だから殴られて当然でしょっ! というか、もう一回殴るわ」
「それは嫌」
シエラがそんな返事を返すと琴未はやっといつもの表情に戻り、突き出していた指を引っ込ませたが、今度は変わりに両手を腰に当てて偉そうな姿勢になる。
「なら、その代償として昇とのデート権は私の物ね。もちろん異論なんて認めないわよ。今回に限ってはシエラが全面的に悪いんだから。さあ、反論できるものなら反論してみなさいよ」
「……ふっ、デートで済むならどうぞ。さっきの私達に比べればそれぐらいは大目に見てあげる」
「って! シエラッ! いったい昇に何をしたのよっ! 素直に言いなさいよねっ!」
「素直に言っても良いけど、言うと琴未が半狂乱になる」
「どういう意味よっ! 詳しく説明しなさいよね、詳しくっ!」
「ほれほれ、琴未よ。それぐらいにしておくんじゃな。最早、誰も二人のテンションに付いて来れては無いぞ。それに詳しい説明なら後でも充分に出来るじゃろ」
しかたなく仲介に入った閃華がそんな事を言ってくると琴未は改めて辺りを見回す。閃華の後ろにはミリア達を始め、フレト達もすでに降りて来ており、すっかり呆れた顔をしていた。そしてローシェンナ達は事態が飲み込めていないのか、それともどうやって介入すれば良いのか、すっかり置いてけぼりを喰らっていた。
そんな状況に琴未は思いっきり溜息を付くとシエラに向かって手を差し伸べて来た。そんな琴未の行動にシエラも握手するものだと思って手を差し伸べるが、琴未はシエラの手を思いっきり叩いて一言だけ口にする。
「おかえり」
そんな言葉を聞いたシエラは仕返しとばかりに琴未の手を思いっきり叩くと同じく一言だけ口にした。
「ただいま」
そしてシエラと琴未はお互いに鋭い笑みを交わす。そんな光景を見て閃華は思わず溜息を付いた。それは琴未もそうだが今回に限ってはシエラも随分と不器用だと感じたからだ。
つまり先程までの琴未が言った文句も思いっきり殴ったのもシエラが妖魔である事は関係ない。ただ突然居なくなった事への怒りであって、琴未もシエラが妖魔であっても今までどおりに受け入れるという感情表現に過ぎないのだ。
けれども二人の場合だとどうしても不器用になってしまうのだろう。だから琴未もこんな形でしかシエラに安心感を与える事が出来ないし、シエラも琴未がそう接してきてくれた事で琴未も自分を受け入れてくれたのだと安心する事が出来た。
つまりこれこそが、琴未がシエラが妖魔であっても関係無い。自分達の仲間だという事を表現したのと同じである。だからこそシエラもいつものように琴未と接する事が出来たのだ。そしてシエラが妖魔であっても関係無いのは琴未だけではなかった。
「シエラ~」
琴未とのやり取りが終わるとミリアがシエラに向かって抱き付いてきた。いや、ミリアだからほとんど体当たりに近いものだがあるだろう。けれどもミリアはそれは体当たりだとは思っていない。ただ純粋にシエラに抱きついただけである。そんなミリアをシエラは何とか、よろける事無く支える事が出来た。
そしてミリアは半分泣きそうな顔でシエラを見上げてきた。
「ごめんね、シエラ~。私がちゃんと妖魔について説明できてなかったから、だから誤解させるような事をしちゃったみたいで、だからごめんね~」
どうやらミリアはシエラが失踪した原因の半分は自分にあると思っていたようだ。そんなミリアにシエラは優しげな微笑を向けるとミリアを引き剥がして、その頭を優しく撫でた。
「大丈夫、ミリアの所為じゃないから。全ての原因は……私にあるから。だからミリアが気にすることは無い」
「じゃあ、またご飯を作ってくれる?」
「うん」
「じゃあ、またお師匠様からかくまってくれる?」
「こっちの条件を飲むのなら」
「じゃあ、ついでに宿題もやってくれる?」
「それは自分でやりなさい」
「そうですよミリア~」
「お師匠様っ!」
つい調子に乗ったミリアはラクトリーに連行されて、そのまま簡易式のお仕置きを受けている。その間に入れ替わりで閃華がシエラの元へやってきた。
「すまんかったのう。私達の配慮が足りない所為で、こんな事になってしまったようじゃ」
そんな閃華の言葉にシエラは首を横に振る。
「全ては私のわがまま。だから閃華達が気にする必要は無い」
「そう言ってもらうと助かるというものじゃな。それでシエラよ、全ては丸く収まったのか?」
そんな閃華の質問にシエラは嬉しそうに首を縦に振って短く答えた。
「うん、もう大丈夫」
「そうか、ならもう心配する必要は無いようじゃな。これからも普段どおりで構わないんじゃな」
「うん、お願い」
「うむ、分かった」
短い会話だが、それだけでもシエラにはしっかりと分かった。ミリアも閃華も琴未と同様にシエラの事を心配し、そしてまた受け入れてくれた事を。その証拠に琴未はいつものようにシエラに睨みを効かせているし、ミリアはいつものようにラクトリーからお仕置きを受けているし、閃華はいつものように軽く笑みを浮かべている。それだけでもシエラには戻ってきたという実感が沸いてきたというものだ。
それだけ最初の琴未が放った言葉が効いていたのだろう。いや、この場合は琴未の行動こそがシエラにとっては一番ありがたかった。
なにしろシエラは勝手に出て行った事に罪悪感を憶えていた。それなのにこうやって戻ってこれたのは一番最初に琴未が殴ってくれたからだろう。琴未が皆の代わりに殴ってくれる事でシエラは今までの罪悪感を一気に払拭する事ができた。だからこそ、シエラはいつものようにミリアとも閃華とも接する事が出来たのだ。
そしてその琴未はというとシエラに思いっきり文句を言って少しはスッキリしたのだろうが、完全にスッキリした訳では無い。なにしろ今回の原因を作ったのはアレッタなのだから、琴未としてはローシェンナ達をここで叩きのめさない限り、琴未の怒りが収まる事は無かった。
そんな琴未がローシェンナ達に向かって叫ぶ。
「さあ、こっちの用は済んだわよっ! 今度はあんた達をぶっとばしてあげるわっ!」
思いっきり宣戦布告をする琴未に置いてけぼりを喰らっていたローシェンナ達はやっと我に返って琴未に向かって言い返してきた。
「随分と待たせてくれまわしたわね。おかげで寝てしまうところでしたわ。それで妖魔との三文芝居は終わりかしら?」
ローシェンナとしても自分達を無視して勝手に盛り上がった昇達に呆然としながらも、無視されていた事に今頃になって腹が立ってきたのだろう。挑発的な言葉を返してくるが、今の琴未にはそんな挑発などは取るに足らない事だった。
「それは悪かったわね。それに寝てくれても構わなかったのよ。その間に叩きのめしてあげたんだから。あ~、寝てくれなくて残念ね」
「なんですってっ!」
琴未の挑発にまんまと乗るローシェンナ。まあ、ローシェンナの性格から言えば、そのような挑発に乗りやすい事は確かだろう。けど琴未はそこまで計算してローシェンナを挑発したワケではない。未だにシエラに対する怒りが収まっていないから、その捌け口としてローシェンナに皮肉を交えて挑発したに過ぎない。
そしてその挑発はもう一人のアンブルにまで届いていた。
「随分と言ってくれますね。確かにそちらにも増援が来たようですけど、それで私達に勝てると思ったら大間違いですよ」
そんなアンブルの言葉に琴未が言い返そうとするが、その前にフレト達がアンブルと向き合うとフレトがアンブルに向かって言葉を返した。
「もちろん勝てると思ってるぞ。それと……あっちには因縁がありそうだからな。お前の相手は俺が直々にやってやろう」
「ほう、それはそれは」
そんな事を言って来たフレトにアンブルはそこそこな返事を返す。さすがにアンブルの方が冷静なようで、フレトの挑発にも乗る事無く冷静に言葉を返してきた。
そのような状況に昇はフレトに向かって話しかける。
「フレト」
「大丈夫だ、こっちは任せておけ。あのアンブルという契約者と精霊二人は確実に抑えておく。まあ、倒してしまうかもしれないがな」
「けどあの契約者、アッシュタリアからの使者だから」
「それぐらいはさっきの会話で察しが付いてるから心配するな。それからアッシュタリアに付いても情報ぐらいは持っているから安心しろ」
そんな事を言うフレトに昇は頷いて見せた。フレトは実際にアッシュタリアの契約者と戦った事は無いのだが、アッシュタリアは今では一番大きな組織だ。だからラクトリーの情報網でフレト達もそれなりの情報を持っていてもおかしくはなかった。そのうえ半蔵を昇に付かせていたのだから、その半蔵からアンブルがアッシュタリアだという事を聞いていたのだろう。だからこそ、昇は安心して後ろをフレト達に任せる事にした。
「じゃあ、フレト。そっちは任せたよ」
「あぁ、そっちもしっかりとやれよ。この戦いで今回の件を全て終わらすぞ」
「うん、ありがとう」
フレトの頼もしい言葉に昇は嬉しそうに頷いてみせると、昇とフレトはお互いの敵へと目を向けて、そして陣形を整える。それはローシェンナ達も同じでいつでも戦えるようにそれぞれの武器を構えるのだった。
そんな中でシエラはしっかりと感じていた。また……再びこの場所に戻ってきたという実感を。一度は逃げ出した場所だけど、またこうやって自分の周りに仲間が居てくれる。その事だけでシエラは充分過ぎるほどの充実感を感じていた。そんなシエラが思う。
……また……こうして、いつもの仲間に囲まれて戦う事になる。今回の事は……私が悪いのに、私が逃げ出したから、確かめる勇気が無かったから、皆に心配を掛けたのに、また……こうして受け入れてくれた。だから……今度こそは決着を付ける。アレッタ……あなたとの責任にも……。
シエラはアレッタをしっかりと見詰めていた。そしてアレッタもしっかりとシエラを見詰め返していた。どうやらアレッタも感じ取ったようだ。シエラが再び安息の場所を手に入れた事を、だからこそアレッタは許せずに怒りが沸きあがってきた。
そんなアレッタの怒りにシエラは気付かないままに、戦いの幕は上がるのだった。
はい、そんな訳で……すまん琴未。確かに美味しい所を持って行ったんだが、思っていた以上に盛り上がらなかったな。琴未よ……不憫でなりませんっ!
さてさて、そんな戯言はさておき、今回のエレメは少し密度が多くなってしまいました。……いや、だって、思っていた以上にシエラさんが粘ってきた物だから。ついつい琴未達が登場するのが遅くなってしまって、そんな訳でこんな密度と文字数とページ数になってしまいました……てへっ。
はい、いつものように適当に誤魔化したところで次に行ってみましょうか。さてさて、ついに白キ翼編もラストバトルに突入です。今回の戦いで全てを終わらせるつもりですので、ご承知を。更には……実はシエラにはまだ何かが、まあ、ヒントは本文にあるので、その時を楽しみにしていてくださいね。
さてさて、話は変わりますが。このエレメ……遂に百万字を突破しましたっ!!! 正確には前話で百万字を突破したんですけどね。投稿するまで文字数が確認できなかったので、今回ご報告する事になりました~。
そんな訳で、ついでにこんなにも長い話を書き続けているバカ、げほっ、げほっ、いや、書き続けている人がどれぐらい居るのかをちょっとだけ調べてみました。まあ、そんな奴は居ないだろうな、と最初は思ってたんですけど……以外に居たな……百万字を突破して書いてる作者って。
中には私より早く、更に話数を少なくして百万字を突破している方も……どれだけ一話の密度が濃いんだよ。それにどれだけ早く書いてるんだよ。とか思ってしまいましたけどね。
まあ、何にしても……祝・百万字突破!!!
という事で一応お祝いしておきましょうか。そんな訳で、これからも二百万字、はたまた一千万字を目指して書いていきたいと思っております。……というか、そこまで続くのか、このエレメは……。
まあ、何にしても次の話はすでにプロットを書いている段階に入っているので、何とか六月中に仕上げて、七月には新編突入と行きたいですね。……まあ、その前に六月中に白キ翼編が終わるかどうかが疑問ですけどね。
さてさて、そんな訳でいろいろと書き終ったところで、そろそろ締めましょうか。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、近距離用の眼鏡を購入してから、すっかり調子が良くなった葵夢幻でした。……まあ、いつまで調子が良い時期が続くか分かりませんけどね。