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第百七話 さよなら

「それにしてもあれよね」

 生徒指導室で行われた妖魔についての会議も終わり、昇達は帰宅の途へついていたのだが、その道すがらに琴未が口を開いてきた。

「シエラにあんな秘密があったのも驚きだけど、精霊にもそんな問題があったという事も驚きよね」

「妖魔の事じゃな」

 閃華が返してきた言葉に琴未は頷いて見せた。数ヶ月前までは普通の人間だった琴未にとっては精霊と妖魔の問題は縁遠いものであり、シエラが妖魔である事実を知った今でもこれと言った実感は持つ事が出来なかった。

 確かに精霊世界では長い問題となっているだろうが、今まで普通の人間として暮らしてきた琴未にとっては縁もゆかりの無い話に思えて当然だ。けれども現実はそうではない。シエラが妖魔という事実は現実な物であり、琴未を含めて昇達はその問題に立ち向かわなければいけなかった。

 けれども実感が沸かないのは琴未だけではなかった。昇としてもシエラが妖魔だとしても決して他の精霊みたいに軽蔑する気持ちになれないし、閃華達のように動揺する事も無かった。それだけ二人にはシエラが妖魔という事実を知っても心が揺らぐ事はなかった。いや、正確には昇の心だけは揺れていた。それはシエラが妖魔である事にではなく、シエラが妖魔という事実を隠してきた事についてた。

 シエラがどこかで自分達とは一線を引いているのは薄々ではあるが昇も気が付いていた。けれども何も出来なかった。その事に昇の心は揺れているのである。それはシエラとしても自分が妖魔であるという引け目から昇に全てを伝えられなかった事も要因としてはあるだろう。けれども昇としてはそんなシエラの心に気付けなかった自分を責めるしか、向かい場所の無い憤りをぶつけるしかなかった。

 そんな昇の心が沈んでいるのに気付かないまま、いや、もしかしたら気付いていたかもしれないが琴未は会話を続けてきた。

「そうだけどね。私にはいまいち良く分からないのよね。シエラが妖魔という存在だからとって差別する気にはなれないのよね」

「まあ、琴未は今まで普通の人間として暮らしてきたんじゃ。そこいら辺の意味がわからずともしかたないじゃろ。じゃが精霊にとっては大問題なんじゃよ。間近に妖魔が居たという事はのう」

「そういう物なのかしらね」

 閃華の言葉に大きく身体を伸ばしながら答える琴未。どうやら琴未にとってはシエラが妖魔であろうがなかろうが大した問題では無いようだ。けれども閃華達のように精霊にとっては大問題のようだ。そんな閃華に同調するかのようにミリアも話しに加わってきた。

「そもそも妖魔という存在自体が卑怯なんだよ~。どっち付かずだし、それに契約者の能力も使えるし。しかも中には妖魔独自の能力が発生する事だってあるんだよ~」

「どっち付かずは精霊が妖魔を受け入れなかったからじゃない。それに妖魔独自の能力ってなによ?」

 ミリアの言葉にそんな反論をしながら閃華に向かって質問をする琴未。どうやらこの場合では閃華が明確な答えをくれる事はすでに琴未も充分に学習しているようだ。そんな質問をされて閃華はなるべく軽い口調で答えてきた。

「つまり人間の契約者では決して発動しない能力の事じゃよ。それは妖魔じゃからこそ発動する能力でもあり、妖魔じゃからこそ使える能力というわけじゃ」

「つまり妖魔独自の力って事?」

「そういう事だよ~」

 琴未の出した答えに笑顔で答えるミリア。そんな三人の会話を聞き流しながら昇は黙って歩き続けている。どうやら昇は別の事で頭が一杯になっているようだ。そんな昇に気付いているのだろう。だからミリアも琴未も無理に昇を会話に引っ張ってくるようなマネはしなかった。

 けれども女の子が揃えば自然とお喋りは続くものであり、琴未達も例外無くそのまま話を続けるのだった。

「それで精霊である閃華とミリアは、シエラが妖魔と知ったからにはどうするわけ?」

 つまりこれからどういう風に接するかを尋ねたいのだろう。琴未としてはそれが一番気に掛かるようだ。そんな琴未の質問にミリアは笑顔で答える。

「別に何もしないよ。だってシエラはシエラだし、お師匠様から逃げる時にはまた庇ってもらうんだ~」

 そんな事を言ってくるミリアに琴未は笑い出した。どうやらミリアはラクトリーから逃げる時に時折シエラに庇ってもらっていたようだ。だからこそミリアはミリアなりにシエラを友達と理解しているのだろう。まあ、ミリアのことだからただ単にシエラが居ないとずっとラクトリーの強制授業から逃げる事が出来ないからそんな事を言ったのだろうが、そんなミリアの頭を撫でながら閃華が続いて答えてきた。

「そうじゃな、それが一番良いかもしれんな。確かに精霊的な立場で言えば妖魔であるシエラは排除すべき対象なのかもしれん。じゃが私的な立場から言えばシエラはもう仲間じゃ。私としても今更シエラが妖魔じゃからと言って阻害する気にはなれん事は確かじゃな」

「そっか」

 二人の言葉を聞いて琴未は短く返事を返すだけだった。そんな琴未の顔から少しだけ安堵した表情を見せたのを閃華は見逃さなかった。どうやら琴未も琴未なりにシエラの事を心配していたのだろう。けれども今更そんな事を言うのは、琴未にとってはとても恥かしい事であり、素直になりきれていない部分だと閃華は感じていた。

 だからこそ閃華も同じ質問を琴未にぶつけてみる。

「それで琴未はどうするんじゃ? シエラが妖魔じゃと知った今ではのう」

「そうね……」

 質問された琴未はすぐに答えずに考える仕草をする。そして答えが出たのか、空いている手で強く拳を作りそれを二人に見せた。

「とりあえずシエラが元気になったら思いっきり殴る」

「なんでそんな結論が出るんじゃ?」

 琴未の答えに呆れながらも質問を返す閃華。そしてミリアも何で殴るのという疑問を顔に出しながら琴未を見ていると、琴未は拳を思いっきり前に突き出した。

「だって前の戦いはシエラが暴走しなければ確実に勝ててたのよ。それに今までそんな事を秘密にしていたのも頭に来るし、今では寝込むような傷を負ったような事になったのも頭に来る。だからシエラが動けるようになったら思いっきり殴るのよ」

 そんな事を言った琴未は真剣な眼差しで二人を見詰めた。どうやら琴未は本気でシエラを殴る気らしい。そんな琴未に閃華は素直になれんものじゃのう、と感じならが笑い。ミリアはやっぱり意味が分かっていないのか首を傾げるのだった。

「まあ、それが琴未らしいのかもしれんのう」

 琴未の答えにそんな感想を漏らす閃華。閃華の言葉がよっぽど不満だったのか、琴未は閃華に向かって突っかかってきた。

「ちょっと閃華、それってどういう意味よ」

「言葉どおりの意味じゃが。でも困った事に琴未のそういった部分ではシエラに退けを取る事になりかねんぞ」

「それってどういう意味よ」

「琴未が争奪戦が始まるまで昇に告白できなかったのと同じ意味じゃよ」

「ちょ、それとこれとは関係無いでしょ!」

 閃華の言葉に怒り出す琴未。そんな二人に巻き込まれないようにミリアはさっさと昇のところに避難していた。そして閃華は琴未をからかうかのように昇の周りを逃げ回り、そんな閃華を琴未は叫びながら追いかけるのだった。

 閃華としては琴未を心配しての言葉だったのだが、今の琴未にとっては余計な一言だった事は確実だ。

 もし琴未が恋愛が上手であればシエラの心配などはせずに、今の昇を励ましていただろう。そうする事で昇の心を少しでも自分に近づけさせようとしていたはずだ。けれども琴未はそこまで恋愛は上手くは無い。それどころか昇と同じで下手な部類に入るだろう。だからこそ琴未はシエラの心配をしてしまい。シエラを出し抜いて悩んでいる昇に優しく接するという事が出来ないのだろう。

 そんな抜け駆けのような事が出来ないからこそ閃華は琴未を心配して、あのような言葉を発したのだが、それは琴未にとっては余計なお世話であり、気を紛らわせるには最適の言葉だったのかもしれない。閃華がそこまで気にしてその言葉を放ったどうかまでは分らないが、琴未の心にあった精霊と妖魔に対する確執に対する不安は一時的であれ晴れた事は確かな事だ。

 そんな琴未達を見ていて昇も少しだけ微笑を見せた。昇も会話には参加しなかったものの、しっかりと話の内容は聞いていた。だからこそ昇は安心する事が出来たし、今の状況が嬉しいと感じることが出来た。

 もし琴未達までシエラを妖魔として差別するような事になれば、誰がシエラを受け入れてくれるのだろう。そうなれば自分だけしかシエラを受け入れる事が出来ないのではないのかと心配していたのだが、それは昇の杞憂で終わった。

 確かにミリアと閃華は精霊であり、妖魔との確執を知っている。それでもシエラを仲間として友達として受け入れてくれると言ってくれた。それは他の精霊にしてみれば異端と呼べる行為かもしれない。

 けれども昇達が今までの戦いと時間の中で築き上げてきた絆は本物であり、今更精霊と妖魔との確執という壁で砕けるほど昇達の絆は弱くは無いという事を実証した事になる。だからこそ昇は未だに追いかけっこをしている琴未と閃華に微笑み、避難してきたミリアの頭を優しく撫でる事が出来た。

 そんな昇に気付いたのだろう。閃華は急停止すると後ろから突っ込んできた琴未を受け止めると昇の方へと顔を向ける。そんな閃華を見て琴未も昇の方へと顔を向けると、そこには先程まで沈んだ表情を見せていた昇とは違った表情をした昇がいた。

「それで昇よ、これからどうするつもりじゃ?」

 柔らいた表情になった昇に問い掛ける閃華。そんな閃華に向かって昇ははっきりと告げた。

「僕はシエラに言ってあげないといけない言葉がある。今まではその事を言えなかったけど、今度こそはちゃんとその事を告げるよ」

「そうか、そうじゃな」

 昇の言葉に短く答える閃華。どうやらそれ以上の言葉は必要無いと感じたようだ。そんな光景を見ていた琴未は急に今までの物事がバカらしくなり、再び身体を大きく伸ばすと歩き出した。そんな琴未に釣られるように昇達は再び家に向かって歩き出した。

「あっ」

 そしてすぐに琴未は声を上げると振り返って、そのまま後ろ向きに歩きながら話し掛けてきた。

「そういえばシエラの事ですっかり忘れてたけど、さっきの契約者。今度こそは探し出して叩き潰してやらないと。特にあのアレッタとかいう精霊には絶対に一発殴るわ」

 そんな事を言い出した琴未。どうやらシエラの事が心配無いと分かったからには、今度はローシェンナ達にその矛先が向かったらしい。そんな琴未に同意するかのようにミリアも騒ぎ出す。

「それなら私も手伝うよ~。今度こそあの精霊を倒したいし、私もその翼の精霊にも思いっきりぶん殴ってやりたいよ~」

 どうやらミリアも琴未と同意見のようだ。二人ともシエラを落とて屈辱を与えたアレッタの事が許せないようだ。だからこそ二人とも今度こそはと屈辱戦に燃えるのだった。そんな二人を見て閃華は静かに昇に話し掛けてきた。

「どうやら二人にとって精霊と妖魔の壁は関係無いようじゃのう」

 そんな閃華の言葉に昇は微笑みながら訂正を加えてきた。

「それを言うなら僕達にとってだと思うよ」

「……そうじゃのう」

 昇の言葉に閃華は言葉と微笑で返すと、後ろ向きで歩いていた所為か、転びそうになった琴未の元へ急いで向かって受け止める閃華。そんな光景をミリアは琴未を笑い、笑われた琴未は怒ってミリアの頭を叩くのだった。

 そんないつものような光景に昇は安心するのと同じく、もう一つの事を心に思う。

 精霊と妖魔の確執。それは二つの種族にとっては重要な問題なのかもしれないけど、僕達にとってはまったく関係ない問題だ。なにしろシエラは……すでに僕達の仲間なんだから。……う~ん、なんだろう。シエラを仲間と思うとちょっと違うような気がするな? じゃあ仲間じゃなかったらなんだろう? 友達……じゃないよね。う~ん、なんかもっと適切な言葉があると思うんだけどな~。

 そんな事を考える昇。けれどもいくら考えても、その適切な言葉が浮かんでくる事は無かった。そのうちに思いつくだろうと昇は考える事を止めるといつものような光景を静かに楽しんでいた。



 その頃、フレト達はすでに完成した豪邸とも言える自分の家へと帰っていた。その一室でフレトは精霊達とお茶会を開いていたのだが、その空気はとても陽気と呼べるものではなく、その逆のような雰囲気が漂っていた。

 そんな中でフレトは精霊達に向かって口を開く。

「妖魔については分ったが、大事なのは今後の事だ。滝下昇はこれからもあの契約者と戦うと宣言したが、お前達は妖魔についてどう思っている」

 どうやらフレトも昇達の事を心配してそのような発言をしたのだろう。なにしろセリスが精霊王の力を使って治療を受けられるのは昇達の戦いがあったおかげであり、昇が切り開いてくれた道があったからこそ、フレトは昇を友として接する事が出来るのだから。だからフレトとしても妖魔の問題は捨て置けない問題となっていた。

 だからこそフレトは率直に精霊達に意見を求めたのだ。そんなフレトの言葉に真っ先に言葉を返してきたのがラクトリーだ。

「マスター、今回の件に関しましてはマスターが出来る事はあまりにも少ないでしょう。なにしろ今回の件で問われているのは昇さん達の絆なのですから。私達に出来る事はあまり無いと思われます」

 つまりは妖魔に関する問題を解決するのは昇の役目であって、フレトにはフレトがやらなければいけない問題があるという事をラクトリーは言いたかったのだろう。けれどもその答えはフレトが望んだ物とはまったく違った物だ。フレトとしてはラクトリー達が妖魔に対してどんな感情を抱いているのかを問いただしたかったのだ。それによってこれからはシエラとの接し方を考えないとフレトは感じていたからだ。だからこそフレトはもう一度同じ事を問い掛ける。

「そうではない、お前達が妖魔に対してどう思っているかを聞いているんだ」

『…………』

 そんなフレトの問い掛けにすぐに答える事が出来ない精霊達。それは精霊という立場とフレトの従者としての立場との葛藤にさいなまれているからにすぎない。

 そんな時だった。突如として扉が開くとセリスが部屋へと入ってきた。そしてすぐにフレトの傍に行くと咲耶が入れた紅茶に手をつける事無くフレトに向かって話しかける。

「お兄様、あまり精霊達をいじめては可哀想ですよ」

「いや、いじめているわけでは無いぞ」

 まさかセリスからそんな反撃が来るとは思っていなかったフレトは思わず動揺してしまう。そんなフレトをセリスは軽く笑うと紅茶を一口飲んで話を続けてきた。

「お兄様、今回の事は私も全て聞かせてもらいました。だからこそ、誰もお兄様の問に答える事が出来ないんですよ」

「んっ、それはどういう意味だ?」

 セリスはまるで精霊達の言葉を代弁するかのように話を続けてきた。

「精霊達はお兄様と完全契約を交わしています。それはつまりお兄様に全てを賭けて忠誠を誓うのと同じ事です。つまりお兄様が白い物でも黒と言えば精霊達も黒だというようなものです。そんな精霊達に向かって今回の意見を求めるのはいじめているのと同じですよ」

 そんなセリスの言葉にフレトは背もたれにもたれ掛かると言葉の意味を考えてみる。

 ……なるほどな、確かにセリスの言うとおりだな。こんな意見を求めた俺が悪かったのだな。そんな事を思うフレトは気分直し紅茶を口にする。そんなフレトの姿を見て精霊達は安堵したかのような表情を浮かべていた。そしてラクトリーはセリスに向かって頭を下げるとセリスは最上級の微笑で返してきた。セリスとしてもフレトが自分の問い掛けが、いかに理不尽な事に気付いてもらえた事に安心していた。

 つまりはこういう事だ。ラクトリー達はフレトに対して完全契約という忠誠を誓っている。だからこそフレトの命令は絶対であり、フレトが自分の立場を危うくしない限りは忠言など逆らった行動に出る事は出来ないのだ。

 それはラクトリー達の中にも妖魔に対する差別は存在している。それは長い年月を生きてきたラクトリー達だからこそ妖魔との確執は良く分かっているのだろう。けれどもそれを素直に口に出してしまえばシエラの立場を無くし、フレトの怒りを買うのも当然といえるだろう。なにしろフレトが妖魔を差別するのは良くないことだと認識しているのは精霊達も知っているからだ。

 そこに素直に妖魔に対する差別を口にするのはフレトの反感を買うのと同時に忠誠を裏切る事にも繋がる。だからこそ誰しもが口を開かなかったのだ。その事にやっと気付いたフレトはそれ以上は精霊達に問い掛けるようにはしなかった。それはラクトリー達が妖魔との確執を実感していると認識したからだ。そしてその認識は間違った物ではないのも確かだった。

 だからと言ってフレトとしてもこの問題を放置する気にはなれなかったのだろう。別の質問を精霊達にぶつける事にした。

「精霊と妖魔の確執を無くす事は出来ないのか?」

 そんな質問をするフレトにラクトリーはすぐに首を横に振ってきた。

「マスター、先程も申し上げましたが妖魔という存在は数が少ないのです。そのうえ妖魔は徒党を組んでも、妖魔をまとめる事が出来た妖魔は存在しなかったのです。私達精霊は精霊王の意思で物事を決定しますが、妖魔にはそのような存在はいないのです」

「つまり話し合おうにもそれぞれの代表者がいないという事か」

「はい、そういう事です。妖魔の存在自体が希少であり、今の時勢ではシエラさんのように自分が妖魔である事を隠して振舞っている妖魔が多くいます。そんな妖魔達をまとめるのは不可能でしょう。それに争奪戦の最中では精霊王の意思も弱まって精霊達は各自の判断で物事を判断するのです。そのような状態で精霊と妖魔の確執を無くすのは不可能という物です」

 つまりは精霊側も精霊王の力が弱まる争奪戦では精霊を取りまとめる存在がいなくなり、精霊達の意見をまとめる者が居ない状態となる。妖魔の方でも妖魔を束ねる存在が居ない限りは妖魔を取りまとめて精霊に意見をぶつけるなんて事は不可能だ。

 要するに現状では話し合いも何も出来たものではない。そんな状況下で精霊と妖魔の確執を無くすのは不可能というべきだろう。だからこそラクトリーも諦めた表情でそのように言葉をまとめたのだった。

 その言葉を聞いたフレトは再び背もたれに寄り掛かり大きく溜息を付いた。

「……滝下昇、やつには大きな借りがある。今回の事でその借りが返せると思ったのだがな」

 そんな事を呟くフレトにラクトリーは半分微笑みながら言葉を返してきた。

「今回ばかりは昇さん達に任せるしかないでしょう。ですからマスターはマスターが出来るだけの助けをするべきです。昇さん達への借りは分割して少しずつ返すようにしましょう。その頃にはセリス様も完治しておりますよ」

「……そうだな」

 短く答えるフレト。まあフレトとしては少し複雑な心境なのは確かなのだろう。昇への借りを返したいのが半分。精霊と妖魔の問題を解決したい気持ちが半分。どうやらフレトもフレトなりにこの問題を直視していた事だけは確かなようだ。

 けれども長い時間を掛けて築かれた精霊と妖魔の壁はフレトの力だけはとても崩せない事を実感させられるばかりだった。それが分っているだけにフレトは心配と焦りが交錯する中で自分が出来る事を考えるのだった。

 そんな時だった。フレトは自分の手が暖かいものに包まれている事を感じるとそちらに目を向ける。そこにはフレトの手を握ったセリスの姿があった。

「お兄様、もしお兄様に全ての問題を解決する力があったらお兄様は世界を征服しているしている事でしょう。けれどもお兄様にはそこまでの力が無いから、今のこの時があるのです」

「それはそうだな」

「だからお兄様はしっかりと自分の力を見極めて自分のやるべき事をすべきなのがお兄様のやるべき事です。ですから自分の力量とやるべき事を量り掛けて、自分が出来る事をなさってください」

「あぁ」

 そんな言葉を掛けてくれたセリスの手をしっかりと握り返すフレト。そして自分がまだ力不足なのをしっかりとフレトは実感した。もしセリスの言葉がなかったらフレトは今頃精霊達との押し問答のすえに間違った道を進んでいたのかもしれない。だがセリスの言葉がしっかりとフレトの胸に刻み込まれたからこそ、フレトはその言葉をしっかりと理解する事が出来た。

 それはフレトの事をしっかりと理解しているセリスだからこそ言える言葉であって、そんなセリスを理解しようとしたからこそフレトも理解できた事だ。だからこそフレトはそんなセリスに感謝すべく思いっきり包容しようとするが、セリスはいつものように車椅子では出来ないような器用な動きでフレトの包容を回避した。

 そんな光景にいつしか精霊達の顔付きも自然と緩んでいた。そして精霊達は改めて実感した。やはりフレトにはセリスが必要なのだと、そしてフレトはいつまで経ってもセリスから離れる事が出来ないシスコンだという事に。



「さ~て、今晩の夕食は何にしようかな」

 昇達は家のすぐ近くまで帰ってくると琴未がそんな言葉を発した。なにしろ今の滝下家はシエラと琴未が厨房を握っているのだ。けれどもシエラは怪我の為にとてもじゃないが動ける状態ではない。そうなると琴未だけで夕食を作らなければいけなくなる。まあ、昇の母である彩香が手伝っても良いのだが、最近ではすっかりシエラ達に任せるようになってしまってからはすっかり炊事には手を抜くようになってしまった。

 そのうえ滝下家は精霊達の同居により大人数だ。それだけの食事を琴未だけで作るとなると出来るだけ手の掛からない料理にしたいと考えたようで、琴未はそんな言葉と共に昇達に夕食のリクエストを聞いたのだろう。

 そんな琴未の呟きにミリアが真っ先にリクエストを出してくる。

「ゴージャスデラックスピザ豪華八枚重ね南極海風!」

 それってどんなピザっ! というか南極海風ってなにっ!

 昇がそんな突っ込みを入れる前に琴未は素早くミリアの頭を引っ叩く。

「そんな意味の分からない料理は自分で作りなさいよね」

「う~、ケチ~」

 自分のリクエストが即興で却下された事に膨れるミリア。まあ、その前にどんなピザなのかも想像できないようなリクエストだ。そんな物を琴未が作れるはずも無く、作りたくも無かった。だから再び夕食の事で悩みだす琴未に閃華からリクエストが出た。

「カレーで良いのではないか。なにしろ琴未一人で作るんじゃから、それが一番楽じゃろう」

「そうね、そうしようかしら」

 閃華のリクエストにすんなりと同意を示した琴未。確かにカレーならそんなに手間も掛からない上に大人数をまかなえる。それにシエラが食べられる物をついでに作るのだから、なおさら手間の掛からないカレーなら琴未も楽に作れるだろう。

 こうして今晩の夕食が決まると琴未はカレーの具材を何にしようかな、と呟いている間に昇達は家に到着して玄関を潜る。

『ただいま~』

 帰宅を告げる昇達に対して綾香はリビングから「おかえり」といつものように返事を返してきた。綾香にはシエラが負傷した事は詳しくは伝えていない昇だった。まさか剣で突き刺されたなんて言えるわけが無かった。だから昇は綾香にシエラは風邪で寝込んでるから看病をよろしくと伝えただけで今日は学校に行ったのだ。

 だからこそ昇は真っ先にリビングへと向かうと綾香にシエラの様子を尋ねる。そんな昇に対して綾香は笑顔で心配要らないわよと気楽な様子で返してきた。

 けれども綾香はシエラの看病で部屋に入ってシエラの様子を見ている。服を着ているから怪我をしている事が悟られないとしても、あのシエラが落ち込んでいる様子はただ事では無いと綾香は感じ取っていた。だからこそ昇にはいつもの調子で心配無いと告げたのだ。

 もし、これから何かが起こってもそれは昇自身の力で解決しないといけない問題だと綾香は肌で感じたからだ。綾香は昇から争奪戦や精霊の事などは一切聞いていない。だから昇としては綾香が何も知らないと思っているのだろう。けれども綾香も伊達に昇の母親をやってはいなかった。昇が話してくれないのならと綾香は話してくれそうな精霊にカマを掛けて真実を知る事になった。そう、全てを知ったうえで綾香は知らないフリを続けている。

 それは綾香がそうした方が一番良いと判断したからだ。昇は争奪戦を通して自分の力で道を切り開いて行くと決めた。だからこそ綾香には何も話さずに自分達の力だけで争奪戦を勝ち抜こうとしていた。そう昇が決めたからこそ、綾香は見守っていこうと決めたのだ。

 そんな綾香だ。当然のようにシエラの不調が怪我だけではなく心に傷を負っている事もしっかりと見抜いていた。けれども綾香はシエラに対してもいつものように振舞った。見守ると決めたからには綾香は決して自分から手を出す事はしない。それがどんな結果を生もうとも昇達を見守るという綾香の覚悟なのかもしれない。

 そんな綾香の心に気付かないままに昇は綾香にシエラの様子を尋ねた。そんな昇に対して綾香はいつものようにお気楽な態度で答えるのだった。

「ん~、まだ具合が悪いみたいね。今は部屋で寝てるから起こさないようにね」

 そんな事を昇に告げる綾香。けれども昇としてはシエラの様子が気になってしかたないのだろう。昇はシエラの部屋に向かおうとし、琴未達もそんな昇に続いてシエラの部屋へと向かった。どうやらシエラの様子が気になるのは昇だけではないようだ。

 そんな琴未達に何も言わないままに昇はシエラの部屋に付くとノックを数回するが中からは返事が無い。その事で昇は琴未達の方へ顔を向けるが、琴未も首を傾げるばかりで返事は返さなかった。そんな二人を見かねて閃華が「未だに寝ておるんじゃろう」とそんな言葉を告げてくる。

 だがそうなるとこのままそっとしておくか、様子だけでも見るかで迷いだす昇。シエラが未だに寝ているのだとしたら起こすのは身体に悪いだろうと昇は迷っているのだがシエラは精霊である。

 確かに深手を負ってはいるが、それが原因で傷が悪化したり、死んだりすることは無い。なにしろ精霊は人間とは違うのだから。だからだろうミリアが勝手に部屋に向かって「シエラ入るよ~」と告げて勝手にドアを開けたのは。

 そんなミリアを慌てて止める琴未だが、開けてしまったものはしかたないと昇は入る事だけを伝えてからシエラの部屋に入ると風を感じた。

 ……シエラ?

 シエラの部屋に設置してある窓は全開になっており、入ってくる風でカーテンが大きく揺れている。まさか綾香が暑いからと言って部屋の窓を全開にするとは思えない。そんな事をするぐらいならエアコンのスイッチを押すだけで充分なはずだ。けれども部屋の窓は全開になっており、窓からは夕焼けの赤い色が差し込んでいる。

 そんな部屋に虚しさを憶えた昇はシエラが寝ているはずのベットに目を向けるが、そこにシエラの姿は無かった。昇はすぐに閃華の方へと顔を向けると閃華はすぐに頷いてくれた。どうやら昇が言いたい事が分ったようだ。そんな昇の意思を受けてシエラを探すために部屋を後にして他の部屋へと向かう閃華。

 一方昇達はシエラの部屋に足を踏み入れると勝手に部屋の中を見て回る。ミリアはベットを確認するかのように覗き込むし、琴未はシエラが机として利用していた場所へと向かった。

 ……シエラは……居るよね? そんな事を考える昇。確かにシエラの部屋はあまり物が無く、殺風景な印象を受けるが、今は更に何かが足りていないような、殺風景どころかまるで白紙のような印象を昇に与えていた。

 そんな時だった。琴未が突如として叫ぶと昇を呼び寄せた。

「昇っ! ちょっとこれっ!」

 琴未は机に設置してあるスタンドに明かりを灯すと一枚の紙を昇に見せるかのように指差した。慌てた様子の琴未に釣られるかのように昇も素早くそこに行くと紙に向かって視線を落とす。そしてその紙には一言、シエラの文字でこう書かれていた。


 さよなら


 バンッと思いっきり机を叩く音が部屋に響いた。その音を発した主は昇だ。どうやら昇は何かを考える前に感情だけで何かを察して思いっきり机を叩いたらしい。そんな昇は混乱しそうな頭で必死にシエラが残した言葉の意味を考える。

 シエラ……さよならってどういう事っ! 僕達はシエラの事を拒絶してはいないんだよ。それなのに僕達から遠ざかるって、さよならってどういう事だよっ! これからシエラに……伝えなきゃ、言わないといけない事があるっているのにっ!

 昇が顔を伏せながらそんな事を考えていると慌てた様子で閃華が戻って来た。

「ダメじゃ、何処にもおらん」

 閃華はこの家にある全ての部屋を探したがシエラを見つけることが出来なかった。そんな閃華に琴未は呼び寄せると閃華にも手にしたシエラの言葉が書かれた紙を見せた。その紙を見てさすがの閃華も驚きを隠せずに驚愕している。そんな閃華の隣で意味が分からないといった感じで首を傾げているミリア。どうやらミリアには状況がつかめていないようだ。

 そんなミリア達を放っておいて昇は早足で部屋を出ようとするが、すぐに閃華に腕を掴まれて足を止める事になった。

「何処に行くつもりじゃ昇。今の状況ではシエラが何処にいるのか、まったく分らんのじゃぞ」

 そんな言葉を発してくる閃華に向かって昇は鋭い表情を向けると掴まれている腕を無理矢理振り解いた。

「何処だっていいっ! シエラが居そうなところを片っ端から探してくる」

「冷静になるんじゃ昇、こんな状況で動き回ったところで」

 そこで閃華の言葉は途切れた。それは琴未が閃華の腕を取ってそれ以上は言わないようにと視線で訴えてきたからだ。そんな琴未に困惑の表情を見せる閃華。その間に昇はさっさと部屋を後にしてしまい、あっという間に家を飛び出していった。

 そんな状況に呆然とする閃華達。それでも閃華は優しく琴未の手をどかせると顔を琴未に向けた。

「どうして昇を行かせたんじゃ?」

 率直に尋ねてくる閃華に琴未は申し訳なさそうな顔で答えた。

「今の昇が冷静じゃない事は私も分ってる。でも……今の昇を止める事は絶対に出来ないわよ。昇はシエラの事で自分を責めてたから、そんな負い目があるからこそ昇は私が止めたって必ずシエラを探しに行くわよ」

 そんな琴未の目からは涙が流れていた。それはシエラに対する嫉妬から来ていた物だが、シエラに対する心配する心が無くなった訳ではない。ただ、この状況で昇が自分よりもシエラの事を優先した事に琴未は悲しくもなり、少し安心したりと複雑な感情を抱いていた。

 そんな琴未を見てすぐに閃華も琴未の心を見抜いたのだろう。閃華は静かに琴未を抱き寄せて、そのままゆっくりと琴未の頭を抱きしめた。

「すまなかったのう」

「閃華が、悪いんじゃ、無いわよ。全部、シエラが、悪いんだから。だから、だから、帰ってきたら絶対に」

 それ以上は言葉に出来ないのだろう。琴未は閃華に抱かれながら思いっきり泣き始めた。昇への想いとシエラに対する心配。この二つの感情で一番苦しかったのは琴未かもしれないと閃華はこの時にやっと気付く事が出来た。琴未はそんな葛藤の中でも昇に心配をかけまいと必死になっていつもの自分で居たのだ。

「まったく、優しすぎるのも難点じゃな」

 閃華はそんな琴未を優しく抱きしめながら、そんな言葉を呟いた。そんな閃華の袖をミリアはこっそりと引っ張ってきたので閃華は琴未を抱きしめる形でその場に座り込み、ミリアが話しやすい姿勢を取った。

 そんなミリアが琴未に聞こえないように話を切り出してきた。

「私はちょっとお師匠様のところに行ってくるよ。何か分かるかもしれないし」

「うむ、そうしてくれるか」

「うん、じゃあ行ってくるね」

 ミリアはそれだけ告げると静かに部屋を後にした。そして琴未はせきを切ったかのように泣き出した。今まで溜めていた複雑な思いを全て吐き出すように琴未は閃華に抱かれて泣き続ける。

 そんな琴未を優しく包み込む閃華は琴未の事を思いながらもこれからの事を考えていた。それと同時にいつもがこれからは崩壊していくのではないのかという不安にも駆られていた。

 そのいつもこそ昇達がある本来の姿であって、昇が望んでいる本当の姿かもしれない。けれども今となってはそれが崩壊しかけている。そんな状況の中で閃華はこれからどうしたら良いものかと思い悩むのと同時にいつものが変化するのが当たり前の事だとも思っていた。

 人も精霊もずっといつもではいられないのだから……。







 さてさて、今回は最後の最後で急転回を告げたエレメは如何でしたでしょうか。これにより楽しんで頂けたなら幸いです。

 まあ、今回の白キ翼編は最初っからシリアスな展開で行こうと思ってましたけど……まさか琴未がここまでやってくれるとは思っていませんでした。もしかしたらシエラが妖魔だということが分って、昇とシエラの間で一番苦しんでいたのは琴未なのかもしれませんね。そんな事を思う今日この頃です。

 さてさて、そんな訳で白キ翼編もそろそろ中盤に差し掛かってきたところなので、そろそろ次を考えないとな~、とは思っているんですけどね。どうも次の話しが上手くまとまらない今日この頃です。う~ん、時期的にそろそろ頭の中では次の話を組み立てないといけないんですけどね~。どうも上手くまとまりません。

 まあ、次回は次回でとある事を企んでいるのでその所為かもしれませんね。なんにしても、これから頑張って次の話も作っていこうかと思ってます。

 ……まあ、その前にしっかりと白キ翼編を終わらせないとですけどね~。そんな訳でこれからのエレメにも是非とも期待を~、という事で締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、本気でゴージャスデラックスピザ豪華八枚重ね南極海風を想像してみたけど、やっぱりどんなピザなのか想像できなかった葵夢幻でした。

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