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第百六話 妖魔

「死産のようだね」

 違う、私はここに居る!

 シエラの目の前には自分を生んでくれた両親と産婆らしき人物が暗い顔で、その部屋に集まっていた。母親は汗だくで泣いているかのようだったが、父親は暗い顔で時折シエラの方を向いてはすぐに視線を逸らせた。

 ……私は……いったい……何? そんな疑問が突然シエラの頭に生まれるのと同時に精霊として必要な知識が一気に流れ込んできた。怒涛のように頭の中に流れ込んでくる知識の数々、それは人間として生きるためではなく、精霊として生きるのに必要な知識だった。そしてその中には妖魔の事も当然含まれていた。

 そんな知識の流れが止まるとシエラは自分の身体を見る。身体はしっかりと触れる事が出来るし、そこに存在している事も分っている。だがシエラが母親に触れようとすると触れる事が出来ずにシエラの手は母親の身体を突き抜けて、その下にある床に触れた。

 これが……精霊……ううん、私は……妖魔なんだ。先程の知識と目の前の現実がシエラにそんな事を実感させられる。そして父親が時折シエラに目を向ける理由もはっきりと分った。それはシエラが妖魔であるからに過ぎない。だからこそ父親はシエラの存在を認めようとはしなかった。だからシエラの事を見て見ぬフリを続けているのだ。

 そんな状況に耐えかねたシエラは背中の翼を広げるとそのまま一気に舞い上がり、その場所を後にした。そう、自分が人間として人間として生きていくはずだった場所を。

 まるで逃げるかのように上昇を続けるシエラ。その先には真っ暗な暗闇が広がっており、その暗闇を進めば進むほどシエラの意識は自然と暗黒へと沈んでいくのだった。



 昇達は一旦学校へ戻るとシエラをいつもの生徒指導室へ連れて行き、与凪はシエラの容態を見て適切な治療を施した。そういう施設も兼ね備えているという事は、ここは完全に与凪の私室と言えるような場所になっているのかもしれない。けれどもこんな状況では与凪がそうしてくれてた事が大いに助かった。なにしろこうしてシエラの治療を適切に行えたのだから。

 そんな与凪の治療が終わると与凪は昇に向かって「後は安静にしてれば三日ぐらいで完治しますよ」そんな言葉を掛けてきたので昇達はほっと胸を撫で下ろした。

 それから昇は再びシエラを背負うと帰宅の途へと付いた。まさかシエラをこのまま生徒指導室に寝かせ続けるわけにも行かず。ひとまずシエラの部屋に寝かせてから、未だに意識を取り戻していないシエラを残して昇は学校の生徒指導室に戻って来た。

 生徒指導室には未だに暗い雰囲気が残っていた。特に閃華とラクトリーは深刻そうな顔をしており、そんな二人を琴未とフレトは問い詰める事はしなかった。全ては全員が揃ってから話した方が手っ取り早いと判断したからこそ、昇が戻ってくるまで聞きたい事を聞かずにいたのだ。

 そして昇がいつもの席に付くと昇達を始め、フレトの方には咲耶が居なくなり、代わりに半蔵の姿があった。どうやら妖魔に関しては半蔵の方が良く分かっているのだろう。だからこそフレトは咲耶と半蔵の役割を入れ替えたようだ。

 そんな状況で真っ先に口を開いたのは与凪だった。最初は溜息から入った与凪の言葉は次の言葉から会話が始まった。

「まさかシエラさんが妖魔だったとは、それなら自分の口から何かを言えるわけがありませんよね」

「そうじゃな、自分から妖魔じゃと名乗るような酔狂な奴はおらんじゃろう」

「そうですね、自分が妖魔だと知られたらどのような目に遭うか、それはシエラさん自身が一番良く分かっているはずですから」

 与凪の言葉を皮切りにそんな会話をする閃華とラクトリー。そんな精霊達とは違って昇達のような人間は首を傾げるばかりだ。そんな状況にフレトは痺れを切らしたのか、ラクトリーに向かって言葉を放った。

「ラクトリー、そろそろ妖魔について説明したらどうだ」

「あっ、すいませんマスター、これは気付かずに」

 どうやらシエラが妖魔であった事はラクトリーにもよっぽど予想外だった事であり、すっかり昇達への説明を忘れてしまっていたようだ。

 そしてラクトリーは改めて昇達の方へ顔を向けると真剣な眼差しで話し始めた。

「妖魔についての簡単な説明は先程ミリアが仰ったとおりです。それはお分かりいただけましたよね」

「妖魔は人間と精霊のハーフで、本来なら人間として生まれてくるはずだが精霊として生まれてしまった存在だという事だろ」

 ラクトリーの言葉にそんな答えを返すフレト。そんなフレトに同意するかのように昇と琴未も首を縦に振った。それを確認したラクトリーは首を縦に振ると話を続ける。

「ええ、その通りです。ですが……そうですね……」

 それからどうやって説明したものかと言葉を詰まらせるラクトリー。そんなラクトリーに変わって与凪が口を開いてきた。

「皆さん、コウモリの話って知ってますか?」

「コウモリ?」

 いきなりそんな話題を振られて首を傾げる昇。そんな昇を見て与凪は話を続けてきた。

「コウモリは動物ですけど、翼を持っているために自由に空を飛ぶ事が出来ます。けどコウモリは空を飛べるという理由で地上に生きる動物からは阻害されてました。だから空を飛ぶ事から鳥類の仲間になる事にしましたが、コウモリは鳥類とも生態が違う事から鳥達からも阻害される事になってしまいました。そんなお話しです」

「あぁ、そういえば昔にそんな話を聞いた事があるわね」

 与凪の話を聞いて記憶を呼び起こす琴未。それは昇も同じだった。あぁ、確かに昔に……幼稚園の頃だったかな? そんなような話を聞いたような覚えがある。どうやら昇もこの話を知っているようだ。

 この話はコウモリが自分が動物であるからと言って動物の仲間に入れてもらうとするが、空を自由に飛べるという理由からコウモリは動物じゃないと仲間に入れてもらうことが出来なかった。それなら空を飛んでいる鳥の仲間に入れてもらおうと鳥達のところに行くが、鳥にも習性の違いからコウモリは鳥じゃないと言われてしまい。結局は鳥の仲間にも入れてもらえなかったという話だ。

 そんな話を思い出して昇はなんで与凪がそんな話を切り出したのか分らないようだが、フレトには何となく察しが付いたようだ。だからフレトは少し机に乗り出すと与凪の方に向いて話し出した。

「つまり妖魔とはコウモリのようなものか。人間でもなければ精霊でも無い。どちらからも仲間に入れてもらえずに孤立している存在という事か」

「さすがフレトさんですね、飲み込みが早くて助かります」

「フレト、どういう事?」

 フレトの答えにそんな感想を述べる与凪に対して昇はフレトに説明を求めてきた。どうやら昇にはいまいち飲み込め無かったようだ。そんな昇に対してフレトは言葉を整理してから話しだしてきた。

「要するに妖魔という存在を人間とか精霊というくくりでまとめようとするから分らなくなるんだ。妖魔は人間でも精霊でも無い、妖魔という第三の種族なんだ。そう考えれば妖魔の立場が分りやすくなるだろ」

 えっと……つまり、妖魔は人間としても精霊としても認知されず。妖魔とした独立した存在だという事なのかな? そんな結論を出す昇。

 確かに昇が出した結論どおりなのだ。与凪の説明から導き出される答えは、妖魔は人間でも精霊でも無い。妖魔という種族なのだ。

 だがそれがどんな問題を引き起こすのかまでは分らなかった昇はその事を言葉にして質問に変えた。

「でも、妖魔だからと言ってそれが何で問題になってくる訳? シエラとしてもなんで妖魔である事を隠しておかないといけないの?」

 そんな質問を精霊達に向かってぶつける昇。そんな昇の質問に対してラクトリーは口を開かなかった。それはシエラは昇と契約を交わした昇達の仲間であり、真実を伝えるなら昇達の方からが良いと判断したからだ。

 だからこそラクトリーは閃華を見詰めると、閃華は諦めたかのように溜息を付くと昇に向かって顔を向けてきた。

「昇よ、普通の人間は精霊王の器を持った者が精霊と契約を交わさない限り、精霊という存在を知る術は無いんじゃ。そこは分かっておるじゃろ。じゃから通常の人間が妖魔の存在を知る術は無いんじゃ」

「うん、それは分ってるけど……となると精霊の方に問題があるの?」

「そういう事じゃな」

 閃華はそれだけを言うと、どう説明したものか迷っている素振りを見せた。そんな閃華の姿を見て驚きを隠せない昇。まさか閃華がそのような姿を見せるとは、今まで一緒に暮らしてきた中では一度も無かった事だ。だからこそ昇は驚き、琴未も動揺を隠せなかったようだ。

 そんな閃華の姿を見てお互いに視線を交わす昇と琴未は同時に首を傾げた。それから昇は何か話しかけようとしたが止めた。ここで余計な話をして閃華を混乱させるよりかは、今は閃華が自分の心を整理するのを待った方が良いと思ったからだ。

 そして閃華は意を決したかのように話し始めた。

「つまりじゃな、精霊は妖魔を自分達と同じ存在ではないと、自分達の仲間では無いと判断したんじゃ」

「それって……」

「そうじゃ、妖魔は精霊達から自分達の存在を拒否されたんじゃ。それからじゃよ、人間と精霊の間に生まれた精霊に近い存在を妖魔と呼ぶようになったのはじゃな」

「なんでっ!」

 昇は思わず自分の中に生まれた怒りの感情と共に立ち上がると思いっきり机を叩いた。

「それって、ただ単に生まれ方が違うってだけじゃないかっ! それなのに区別されるのっ!」

 感情のままに叫ぶ昇。そんな昇の叫びに閃華は苦い顔をしてミリアは普段は見せない昇の怒った姿にラクトリーの影に隠れるかのように半分だけ顔を出して昇の方を見ている。

 そんな昇に向かって閃華は未だに言い辛そうに言葉を続けた。

「じゃが妖魔という存在が確立されてからは精霊と妖魔は区別せざる得なかったんじゃ。そうしなければ精霊という存在自体があやふやになってしまうからのう。精霊は精霊王から生み出された存在であり、精霊王から生み出された事にプライドをもっておるからのう」

「でもっ! その存在は精霊に近いんでしょ。なら精霊と同一視しても問題は無いじゃないかっ!」

「精霊にも享持という物があるんじゃっ! 自分達が精霊王から生み出された存在に権利とプライドを持っておるんじゃっ! そこに人間から生まれた精霊を受け入れる事は自分達の存在をおとしめるとの同じだと感じても不思議は無いんじゃよっ!」

 昇に同調するからのように閃華の声も自然と荒くなっていく。閃華としては自分が落ち着いているつもりなのだが、妖魔に関する問題は精霊にとってそう簡単に受け入れる事が出来ない問題らしく。どうしてもいつもは冷静な閃華も熱くなってしまうようだ。

 そんな昇と閃華のやり取りが更に続く。

「でも精霊に近い存在なんでしょ!」

「近いだけで同じ存在では無いんじゃっ! そんな存在がいきなり現れてきて、それを仲間だとすぐに受け入れる事が出来ると思っておるのかっ! 確かに例外として受け入れようとした精霊もおった事は確かじゃ、じゃが大多数の精霊が妖魔という存在として区別したんじゃっ! 今となってはその波を止める事は到底不可能なんじゃよっ!」

「ならシエラは……これからも精霊と区別されながら生きていかないといけないって事っ!」

「そういうことじゃな」

「そんなの変だよっ! 絶対に間違ってるよっ!」

「ならどうすれば良いというのじゃっ! 今更この壁を壊すことなんて到底不可能なんじゃぞっ! なにしろ精霊と妖魔が長い時間を経て建てられた壁なんじゃ、今更精霊と妖魔を同一視しろと言われても無理なんじゃっ!」

「でもシエラはっ!」

「いい加減にしろっ!」

 机を思いっきり叩いて叫んだフレトに昇と閃華の怒鳴り合いに近い会話が一時的に中断される。そしてフレトは思いっきり溜息を付いて昇に話しかけてきた。

「滝下昇、先程自分が言った言葉を思い出してみろ。その言葉を振り返って自分が冷静に話していると思えるか」

「……それは」

 フレトに言われてやっと昇は気付いたようだ。自分が何の考えも無しに感情のままに閃華に向かって怒鳴りつけていた事に。その事に気付いた昇は崩れるように再び椅子に座ると頭を抱え込んだ。

 そんな昇を見てラクトリーは閃華に話しかける。

「閃華さん」

 だが閃華はすぐに片手をラクトリーの前に差し出すと、それから先の言葉を止めた。

「言いたい事は分っておる。じゃから何も言わんでくれ」

 そんな閃華の言葉に頷くラクトリー。そうして部屋の中には暗い雰囲気が立ち込めて、誰しもが言葉を発する事がなくなってしまった。そんな静寂がしばらく続くとフレトはラクトリーにお茶のお代わりを入れさせると溜息交じりで言葉を発した。

「しかしなんだな、精霊の世界にも人間の世界と同様に差別という物があったんだな」

「差別?」

 フレトの言葉に昇はちょっとだけ顔を上げて同じ言葉を返してきた。そんな昇に向かってフレトはなるべく真剣な顔付きにならないように注意しながら話を続けた。

「考えてみればそうだろう。今だって人種差別は問題になっているぐらいだ。精霊世界にもそのような問題を抱えていても不思議では無いだろう」

「…………」

 そんなフレトの言葉に沈黙で返す昇。どうやら昇は先程のやり取りで一気に気力を消費してしまったようで、今はとても喋るような気分では無いようだ。そんな昇の代わりにラクトリーが口を開いてきた。

「確かにマスターの言う通りかもしれませんね。精霊が妖魔を差別するのは長い年月を経てすっかり精霊世界に根付いてしまったものですから、今更ここでどんな言い合いをしても解消されるものではありませんね」

 つまり精霊が妖魔を格下として見るのは今に始まった事ではなく。昔から根付いている問題というわけだ。

 精霊としては自分達が精霊王から直接命をうけたまわったという誇りがある。だからこそ人間と間に生まれた妖魔を格下に見る傾向が高いのだ。なにしろ精霊と妖魔では精霊の方が明らかに精霊王に近い存在だからだ。つまり精霊は妖魔よりも優れた存在である。精霊にはそんな考えが根付いているのだ。だからこそ、そういった差別が生まれるのだろう。

 ラクトリーの言葉からそんな事を感じた昇はやり場の無い感情をどうすれば良いのか迷っていると今まで口を開かなかった半蔵が喋り始めた。

「だが妖魔もただ虐げられている訳ではなかった」

「そういえば、そうじゃったのう」

「そうでしたね」

 半蔵の言葉に心当たりがある閃華とラクトリーは半蔵の言葉に同意するかのように言葉を発した。そしてやっぱり言葉の意味が分らない人間達は昇を除いて首を傾げるのだった。それからフレトは半蔵の方へと顔を向けた。

「どういう意味だ半蔵、詳しく話してみろ」

「御意。確かに妖魔は精霊から軽く見られて受け入れらる事がございませんでした。ならばと妖魔達は自分達で徒党を組んで争奪戦で精霊達に戦いを挑む事がこれまでも数え切れないぐらいございました」

「妖魔達も黙って虐げられている事に我慢がならなかったのでしょう。だからこそ妖魔は争奪戦で相手の精霊を倒すたびに自分が妖魔である事を告げるようになってきたのです。さしずめ妖魔達の反撃といったところでしょうか。争奪戦なら精霊に近い妖魔も戦いに参加できますから、そこで日頃から溜まっていた精霊達の屈辱を晴らすようになってきたのです」

 半蔵の説明にそんな補足を加えるラクトリー。つまり妖魔にとっては争奪戦は日頃の屈辱を晴らす絶好の機会であり、その度に徒党を組んで契約者と共に精霊達に戦いを挑む事も普通に行われていた時があったそうだ。

 そんなラクトリーの補足に続いて半蔵は更に話を続けてきた。

「けれども、その反撃が更に精霊と妖魔の間に壁を作る結果となってしまったのです」

「んっ、どういう事だ?」

 半蔵の言葉に何かしらの意味があると察したフレトは半蔵に、その事を詳しく話すように促し、半蔵も頷いていつもと変わらない口調で話を続けてきた。そこら辺が半蔵らしいところと言えるだろう。こんな状況でも冷静でいられるのだから、伊達に戦国時代を生き抜いた精霊では無いということだ。

 そんな半蔵がゆっくりと口を開く。

「精霊と妖魔の戦いで分った事が二つあるのです」

「その二つとは?」

 ゆっくりと話す半蔵に早く話すように促すような言動をするフレト。半蔵としては一気に説明してフレトを混乱させまいとした気遣いなのだが、今のフレトにはそれ以上に妖魔に対する知識を求める意識が強いのだろう。

 そんなフレトを確認しながらも半蔵は話すペースを変える事無く話を続けた。

「まず一つは妖魔は身体のどこかに精霊と違った部分があるのです。昔の争奪戦では倒した精霊にその違いを見せて、お前を倒したのは妖魔だと悟らせたようです。そうする事で精霊に最大限の屈辱を与えて契約の強制解除を行っていたのです」

「つまりシエラの翼にあった黒い部分が妖魔である証拠だって事?」

 半蔵の説明にそんな質問をしてきた琴未。やはり半蔵の話で閃華達がシエラの翼を見て驚いたのが未だに気になっていたようだ。そんな琴未に半蔵は黙って首を縦に振る。そんな半蔵をフォローするかのように今度は閃華が口を開いてきた。

「そもそも翼の精霊というのはじゃな、背中に生やした翼でハイスピードを生み出すのが一般的じゃったんじゃ。そして、背中の翼が真っ白なのも翼の精霊じゃという証拠みたいなものなんじゃ。じゃがどんな事にも例外という物がある、シエラのウイングクレイモアを見て私はそれがシエラの戦闘スタイルとして一番適しているから背中の翼を使わないと思っておったんじゃが、まさか妖魔である事を隠す為に背中の翼を使わなかったとは思いもよらんかった事じゃ」

 そんな説明をした閃華の言葉を昇は頭の中で整理し始めた。

 つまり、本来なら翼の精霊はアレッタのように背中の翼を使って空中戦を繰り広げるのを得意としている。そして武器に翼の属性を宿す事で更に攻撃の鋭さを上げている。だからこそ翼の精霊に空中戦で敵う属性はほとんど無いと言われているのだ。そして翼の精霊はその特徴をアピールするかのように背中から生えている翼は真っ白なのだ。

 けれどもシエラはウイングクレイモアの翼で背中の翼も兼ね備えた戦い方をしていた。それはシエラが自分が妖魔である事を隠す為に生み出した戦い方であり、シエラの体格から見てもまったく違和感を感じさせない戦い方だったからこそ、今まで誰もシエラの闘いを見て違和感を覚えるものはいなかったのだ。

 それはシエラの小さな体格と巨大なウイングクレイモアに関係がある。一見にすると不釣合いのように思えるが、シエラは自分の体格が小さい事を生かしてウイングクレイモアの性能を最大限に引き出していたのだ。それは巨大なウイングクレイモアを振るう事で、その反動とも言える衝撃がシエラの身体に負担を掛ける。シエラはその負担をあえて受け止めて、そのまま逃がすように身体を動かしていたからこそ、ウイングクレイモアを振るう事が出来ていたのだ。

 つまりシエラは舵取りの役目をしていたとも言える。振るったウイングクレイモアは勝手に突き進み、普通なら反動で身体の自由が奪われてウイングクレイモアに振り回されるだけだろう。けれどもシエラはウイングクレイモアの翼と体重移動を使って、自由自在にウイングクレイモアを振り回していたのだ。それは体格が小さく、なおかつ体重が少ないシエラだからこそ出来た戦い方だ。

 その戦い方があまりにも理に適っていたために誰もシエラの戦い方に疑問を抱かなかったのだ。閃華ですら気付かなかったほどだ。シエラはこの戦い方を身に付けるためによっぽどの努力をしたんだろうなと昇はそんな事を思っているとフレトが話を続けてきた。

「それで半蔵、そのもう一つとは」

「はっ、それは……妖魔には精霊には無い力を持っていたのです」

「んっ、それはどういう事だ?」

 半蔵の言葉に思わず首を傾げるフレト。それは琴未も同じでどういう意味だか、すぐには理解できないようだ。まあ、半蔵も必要最低限の言葉しか発していないので理解できなくても不思議では無いだろう。

 そんな半蔵の言葉を付け足すように今度はラクトリーが補足をしてきた。

「そのもう一つの力というのが……契約者が有するはずの能力なのです」

「それはつまり……」

「はい、マスターのご想像通りです。妖魔とは人間と精霊のハーフ。だからこそ精霊の戦闘能力と属性、それと契約者の能力。この二つを兼ね備える事が出来るのです。もっとも、契約者の能力は人間と契約をしないと発揮されませんけどね」

 その言葉にフレトは息を呑み、琴未は首を傾げた。どうやら琴未にはいまいちラクトリーの言葉が理解できなかったようだ。

 そんな琴未に向かって閃華が言葉を発する。

「つまりはこういうことじゃ琴未。妖魔は契約者と同様に契約をした時点でそれまで隠れていた能力を引き出して使う事が出来るんじゃ。琴未が私と契約するまで隠れていたエレメンタルが引き出されたようにじゃな。妖魔は契約を行った時点で自分の属性以外に契約者の能力というもう一つの力が使えるようになるんじゃよ」

「……って、それってかなり卑怯じゃないっ!」

 閃華の言葉を聞いてやっと事態を理解できた琴未。つまりはこういう事だ。

 妖魔は契約をする前なら通常の精霊とは変わりない。だが争奪戦で人間と交わした瞬間から能力者の能力を引き出して使用する事が出来る。その能力がエレメンタルなら通常の戦闘力が重ね掛けになって二倍になる。それに琴未も知っている仮契約、シューター、サモナー、それらの能力も使えるようになるわけだ。

 その時点で妖魔は精霊の戦闘能力を遥かに凌ぐ存在となってしまった。だからこそ精霊はそんな力を持っている妖魔を忌み嫌うようになり、精霊と妖魔の間には復旧できない壁が存在してしまったのだ。

 それはそうだろう。通常の精霊世界では格下として見ていた存在が契約を交わした途端に自分達を凌ぐ存在となってしまったのだから、精霊としてはそんな妖魔の力を恐れると共に排除するようになってきた。

 そして精霊達はそんな妖魔の存在を区別するために、妖しい魔物の意味を持つ妖魔という名前で差別を付ける事になったのだ。確かに精霊から見れば契約を交わした途端にパワーアップする妖魔は畏怖の対象でしかなかったのだろう。

 そんな事実を聞かされて驚きを隠せない人間達。まさか妖魔にそのような力があるとは思いもよらなかった事だ。だが、そんな話を聞かされて琴未は同時に疑問が浮かんできたようだ。

「でも、それだけの力があるなら妖魔の方が主導権を握っても不思議は無いんじゃない?」

 確かに琴未の言うとおりである。争奪戦では卑怯とも言える力を得る事が出来る妖魔だ。そんな妖魔が精霊と取って代わって主導権を手にしてもおかしくは無い。

 けれども琴未の言葉を聞いた閃華は首を横に振ってきた。

「琴未よ、そもそも妖魔という存在はごく稀にしか生まれないんじゃ。人間と精霊のハーフのほとんどが人間の子供として生まれてくるんじゃ。そのうえ人間と精霊のハーフですら珍しいと言うのに、その中の一握りが妖魔として生まれてくるんじゃ。現在に存在している妖魔の数がどれほどのものか簡単に想像が付くというものじゃろ」

「つまり妖魔という存在がいること事態が奇跡に近い確立で存在しているって事?」

「まあ、そういう事じゃな」

 琴未の言葉を肯定する閃華。確かに琴未が言った通りに妖魔が生まれてくる存在はかなり奇跡に近い確立といえるだろう。

 なにしろ人間と精霊のハーフですら、かなりの低確率でしか生まれてこない。それは精霊が人間に出会う事が出来るのは争奪戦が行われている時だけだからだ。そんな短期間で生まれるカップルなどたかが知れている。そこから与凪達のように上手く行って、更に子供まで授かるにはかなり数が下がるだろう。その下がった数字の中からかなりの低確率の割合で妖魔が生まれてくるのだ。

 だから妖魔が多数存在するという事がありえないのだ。つまりシエラの存在自体が奇跡であり、その奇跡ゆえにシエラは妖魔である事を隠さなくてはいけなかったのだ。

 その事を琴未が理解したと感じた閃華は話を続けてきた。

「それほどまでに妖魔は数が少ない。たとえ単独では強い力を持っていたとしても、圧倒的に多数を占める精霊から権力を奪う事なんて出来るわけがないんじゃ。それどころか争奪戦で妖魔は完全に精霊に喧嘩を売ってしまったからのう。その勝敗は非を見るより明らかじゃ」

 つまり一度は徒党を組んで精霊達に戦いを挑んだ妖魔達も圧倒的に数で勝っている精霊達に打ち勝つ事は出来なかったというわけだ。まあ、精霊としては地方反乱ぐらいにしか思えなかっただろうが、この事で妖魔が精霊から嫌われる要因が高まってしまったという事だ。

 そんな話を聞かされて琴未は言葉を失ってしまった。もう何て言ったら良いのか分らなくなったようだ。それはそうだろう、こんな話を聞かされて琴未の気持ちも複雑な物になってしまったのだから。

 精霊が妖魔を嫌う理由も良く分かる。なにしろ精霊世界では精霊は妖魔を格下存在としかみていなかったのだ。それなのに争奪戦では卑怯とも思われる契約者の能力が使えるのだから。だからと言って妖魔を軽蔑する気にもならず、逆に同情の念すら覚えるほどだ。いったいどちらが正しいのかが分ったものではない。

 それはフレトも同じ気持ちのようだ。だからこそラクトリー達が動揺したのも良く分かった。だからと言ってこんな問題をフレトは自分達の力で解決できるとは思ってなかった。

 なにしろ精霊と妖魔の問題は長い年月を掛けて築き上げられた高い壁だ。そんな壁をフレトは自分の力だけで取り払えるような事が出来るとは思ってはいなかった。

 そんな琴未やフレトとは違って昇だけは違う事を考えていた。それどころか怒りすら覚えるほどだ。けれどもその怒りは決して精霊と妖魔との壁に対する物ではなかった。

 ……なんで……なんで話してくれなかったんだよ、シエラ。……いいや、違う。なんで僕はそんなシエラの気持ちに気付いてやれなかったんだっ! 気付く機会はつい最近にあったじゃないかっ!

 それは夏休みが終わってすぐにシエラがいつもとは違った反応を示した時だろう。昇としてはその時にしっかりとシエラに言葉を伝えられていなかった事に凄く後悔していた。もし、自分があの時にしっかりとシエラを見て、言葉を伝えていたのなら、こんな事にはならなかっただろうと昇は自分自身を責めるかのように締め付けられている胸を抑えようともせずに頭を抱えていた。

 そんな昇の頭にはやっぱりシエラの事が横切る。その度に昇は湧き上がる感情に胸を締め付けられるのだった。

 確かにシエラは僕の事を好きだと言ってくれた。でも……絶対に僕の意思に反するような行動はしなかった。それどころか、シエラは僕の傍にいるだけで良いと言ってた。その時に気付いてあげなきゃいけなかったんだっ! シエラが抱えている秘密に、言ってあげなきゃいけない言葉があったんだっ!

 そんな事を考える度に昇は胸を締め付けられるような苦痛を感じていた。そんな時だった。突如として昇の袖が引っ張られたので、昇はひとまず思考を停止させて、そちらに目を向けるとそこには心配そうな顔をしているミリアが居た。

 そんなミリアが意を決したような顔をで言葉を昇に投げ掛けてきた。

「昇、妖魔に関する問題は私達にはどうする事も出来ないけど……けどっ! シエラに関することなら昇にも、ううん、昇にしか出来ない事があるはずだよっ! だから……助けてあげて、シエラを……シエラは……私がこっちに来て一番最初に出来た友達だからっ!」

「ミリア……」

 思い掛けないミリアの言葉に昇は少しだけ救われたような気持ちになった。昇はミリアの頭を優しく撫でてやるとラクトリーがミリアの後ろから肩に手を置いてきた。

「成長しましたね、ミリア」

 そんな言葉を優しく掛けるラクトリー。それからラクトリーは昇に顔を向けると先程までとは違って真剣で、どこか心配げな顔で話しかけてきた。

「昇さん、妖魔に関して言える事は全て話しました。これからどう動くか、どう判断するかは昇さん次第です。ですから、どうか……良き未来を」

 そんな言葉で締めくくったラクトリー。それはラクトリーなりにも昇とシエラの関係を心配しての言動なのだろう。そんなラクトリーに同調するかのようにフレトも勢い良く立ち上がると思いっきり昇を指差した。

「そうだぞ滝下昇。確かに妖魔に関する問題はどうする事もできないかもしれない。だがお前だけにしか出来ない事が必ずあるはずだ。お前にはそれを果たす責任がある。俺達に勝った責任を果たすためにもなっ!」

「……フレト」

 そんなフレトの言葉に昇は少しだけ勇気を貰ったような気がした。最後の一言は余計な気がするが、そこがフレトらしくて昇にはとても頼もしく感じていた。

 そんなフレト達の言葉を聞いて昇はやっと顔を上げて、皆の顔を見回した。そして足りない物があるのを確実に感じると昇はゆっくりと立ち上がる。そしてゆっくりと話し始めた。

「……まだ……何をするべきか分っていないけど。だけどっ! これだけは誓うよ、これ以上の後悔は絶対に重ねない。だから……皆の力も貸して欲しい」

 改めてそんな言葉を発した昇に真っ先に返事を返してきたのはフレトだった。

「まあ、セリスの事もあるからな。こちらも協力を惜しむつもりは無い」

「マスター、今更照れなくても良いと思いますよ」

「うるさいぞラクトリー。半蔵、お前は見失った契約者達を追え、相手の居所だけも分っていればいくらでも手が打てるからな」

「御意」

 ラクトリーの言葉に照れるかのように顔を背けたフレトは半蔵にそんな命令を与えると、半蔵はすぐにその任務に取り掛かるためにその場から姿を消した。それでもフレトは先程言った言葉が今になって恥かしくなってきたのだろう。昇に向かって背中を向けるのだった。

 そんな光景に今まで黙っていた与凪が軽く笑うと口を開いてきた。

「結局はいつものように滝下君に重要な選択を迫る結果になっちゃったわね」

「ええ、そうですね」

 はっきりとそんな言葉を発した昇に与凪は更に笑みを浮かべて話を続けてきた。

「いつもならこんな役目を嫌う滝下君にしては随分とやる気みたいね」

「当然ですよ。なにしろ……シエラの事が関わっているんですから」

 そんな昇の言葉を聞いて与凪は思いっきり背もたれに寄り掛かり、大きく身体を伸ばしてから言葉を発してきた。

「なら、私も頑張らないとね」

「与凪さん?」

 いつもとは違った反応を見せた与凪に昇は少し調子を狂わされたように呼びかける。そうすると与凪は満面の笑みを浮かべて昇の顔を見詰めてきた。

「助けてあげるんでしょ、シエラさんの事を」

「……はいっ!」

「だから私もいつも以上にサポートをしてあげますよ。それが私に出来る事ですからね。私に出来る事は何でも言ってくださいね」

「あっ、えっと、ありがとうございます……でいいのかな?」

「別にお礼なんていいのよ。言ったでしょ、それが私の役目だって」

 そんな言葉と共に笑みを向けて来る与凪に昇は少しだけ優しさを貰ったような気がした。

 なんにしても、これからはシエラを、いや、シエラの心を癒すために戦わないといけない。その事だけを考えて事を進めていかないと事態は深刻になっていく。それだけは防がないといけないと昇は意を決したかのように強く拳を握り締める。

 だが、その時は誰も知らなかった。事態は既に深刻になり始めている事を……。







 え~、そんな訳で今回は妖魔の説明だけで終わってしまったエレメは如何でしたでしょうか。まあ、今回の話だけではまとめきれていない部分もあったので、その他の事は次回という事で~。

 さてさて、そんな訳で明らかになり始めたシエラの秘密ですが、結構複雑な設定にしたために理解しずらいですかね。まあ、私としてはなるべく分りやすく説明したつもりですが、ちょっと分り辛い部分があったと思いますが、そこは昇も混乱していたという事で理解してもらえるとありがたいです。

 まあ、なんにしてもやっと妖魔に関しての説明が終わって本筋に戻る事が出来ますね~。まあ、後一話ほどちょっと挟みますけどね。その後に待っている展開が……いったいどうなるんでしょうね。

 まあ、思いもがけないバトルはもう少し先だという事だけは確かなようです。そんな訳で今後の展開をお楽しみに~。という事でそろそろ締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、そういえば今月は友達が結婚するんだよね。まあ、私には未だに縁遠いはなしですが、すでに諦めの境地に達している葵夢幻でした。

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