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第百四話 シエラ暴走

 戦闘開始直後から一気に上空に舞い上がって行ったシエラとアレッタ。二人ともお互いの武器を交じ合わせながら精界のギリギリまで上昇すると、そこからスピードを生かした一撃離脱の攻撃を互いに行っている。

 二人がこんな戦術を行っているのは、それが翼の精霊にとって最も適した戦闘方法だからである。上空からのハイスピードでの一撃離脱。その攻撃は相手に反撃を許す事無く、確実にダメージを与える事が出来るからだ。

 けれども今回は二人とも翼の精霊である。だから同じ戦術を取れば戦術の効果は無いのと等しいのだが、シエラはそれでも不利な事を感じていた。

 さすがはアレッタ……あの時からまったく変わってない。やっぱり翼の属性を最大限に使いこなしている。そんな事を思うシエラ。

 確かにアレッタは背中に生えた翼だけでなく、武器にまで宿した翼の属性によってシエラよりも鋭い攻撃を仕掛けてきている。それは背中の翼で全体的なスピードを上げて、武器の属性によって攻撃のスピードを上げているからだ。

 それに対してシエラは全体的なスピードも攻撃のスピードも全てウイングクレイモアに委ねている。だからこそ攻撃に関してだけはどうしてもアレッタに一歩だけ遅れる点が出てくる。

 けれどもシエラも翼の精霊である。だからアレッタと同じようなやり方をすれば対等に戦えるものの、それだけはシエラにとって耐え難い苦痛であり、決してやりたくない事であった。

 そんな状況での戦闘である。シエラはアレッタのスピードに何とか付いていくが、アレッタにはまだ余裕があるようでシエラほど真剣な眼差しはしていなかった。それどころか未だにシエラを蔑む視線を送っている。この二人の間に何があったのかは未だに分ってはいないが、アレッタが確実にシエラを軽蔑しているのは確かなようだ。

 そんな一撃離脱の攻撃を繰り返した来たシエラとアレッタだが、アレッタから戦術を変えてきた。全体的なスピードで言えばアレッタの方が確実に上だ。だからこそ戦局を変えやすいのもアレッタなのは確かだ。

 そんなアレッタは今までと同じ通りシエラの真正面から一気に突っ込んでくる。お互いにハイスピードを得意としている精霊だけに、相手の横や後ろを取るとなると攻撃どころではなくなり、お互いに手詰まりになってしまう。だからこそ、シエラもアレッタもお互いに真正面から一撃を入れて一瞬で離脱するという戦術を取っていたわけだ。

 けれども今回行ったアレッタの攻撃はそのままシエラに離脱の機会を与えずに、その場でシエラを足止めした。もちろん、そんな事をすればアレッタの動きも止まってしまい。二人は空中で武器を交じ合わせながら膠着状態に入っていく。

 そんな力比べのような状態の中でアレッタはシエラに向かって言葉を投げ掛けてきた。

「さっきの様子から見ると、やっぱり隠しているようね」

「…………」

 そんなアレッタの言葉にシエラは沈黙で返すと、シエラは膠着状態を脱しようと試みるが、アレッタの巧みな操作により、その場から抜け出す事が出来なかった。

 これこそがアレッタの精霊武具、スカイダンスツヴァイハンダーの効果なのだ。空中でも舞い踊るかのように武器の威力を自由自在に操作できる。つまりシエラがどんな行動を取ってもそれに対応できる能力がすでに武器に備わっているのだ。

 そんなアレッタの精霊武具とは反対にシエラのウイングクレイモアはスピードで威力を増して力押しで押し切るタイプである。つまりアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーのように武器を巧みに操る事が出来ないのだ。

 そんな二つの武器がぶつかり合っているのである。ここはシエラが一気に力を入れて押し切るか、退く事をしない限り、シエラからこの膠着状態を脱出する手段は無いと言うわけだ。けれどもそんな無理な手段を使えばシエラは確実にアレッタの攻撃を受けてしまう。だからこそシエラは黙ってアレッタの言葉を聞くのだった。

「まあ、その姿を見れば察しが付くけどね。やっぱり言えないよね」

 そんな言葉と共にアレッタは明らかに悪意に満ちた笑みを浮かべる。その笑みはやっぱりシエラを見下している視線をしており、笑っている口元からはアレッタにはまだ余裕がある事をシエラに告げていた。

 そんなアレッタの言葉にシエラは言葉で返してきた。

「もうアレッタとは関係ない。だからそんな事を言われる筋合いは無い」

「関係ないだって、よくもまあ、そんな言が言えたものよね。この嘘吐き」

「嘘は……吐いてない」

 言葉を少しだけ濁して口にするシエラに対してアレッタは笑みを消すと真剣な眼差しへと変わったが、その視線からは軽蔑が消える事は無かった。

「そうだね、確かに嘘は吐いてなかったわよね。でも……騙してたのは事実でしょ」

「違う、騙してたわけじゃ」

 はっきりと最後まで否定できないシエラに対してアレッタの表情は更にキツクなっていく。

「あれを騙してたと言わないで何を騙してたっていうのよっ!」

 アレッタはそう叫ぶとスカイダンスツヴァイハンダーを巧みに操り、シエラの体勢を一気に崩して一撃を入れようとするが、その前にシエラはアレッタが動いた事を好機として一気にその場から後退した。

 やっぱり……分っていても。そんな事を思ったシエラは自分の胸が締め付けられるように感じていた。最初からシエラには分っていたのだ。アレッタの心情も、アレッタの言葉がどれだけ自分に影響を与えるかを。だからこそシエラは戦闘が始まってからアレッタと言葉を交わすのをためらっていた。けれども先程のように強行策で言葉を掛けられるとシエラは苦痛の念を感じざるにはいられなかった。

 ……昇。シエラはこんな時に、いや、こんな時だからこそ昇の事を強く思う。それは昇の言葉がシエラの世界を変えてくれたから、昇と契約を交わしたからこそ今の生活があるのだから。昇の事を思うだけで、それだけの事を思い出すシエラは再びウイングクレイモアを構える事が出来た。

 シエラにとっても、ここでアレッタに負ける訳には行かないのだ。それは昇だけではない、琴未達も昇の為に戦っている。戦っている仲間がいる。だからこそシエラも戦うためにウイングクレイモアを構えてアレッタの攻撃に備えるのだった。

 そんなシエラとは正反対にアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーを構える事無く顔を伏せている。その身体は小刻みに震えているように見えるが、アレッタはすぐに大声で笑い出した。

 そんなアレッタに対してシエラは一気に突っ込んで行く。身体を前に出してウイングクレイモアの翼を羽ばたかせて推進力を一気に増していく。そんなシエラの攻撃にアレッタは笑いを止めるとスカイダンスツヴァイハンダーを構える事無く、両手を垂らしたままシエラに視線を向ける。

 そしてウイングクレイモアの間合いにアレッタが入るとシエラは横一線に一気に振るう。けれども振られたウイングクレイモアは途中でアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーにより、下からの攻撃より軌道を逸らされてしまった。

 このような展開は戦闘が始まってから何度も行われており、両者はその度に一気にスピードを上げてお互いに距離を一気に開けたのだが、今回からはシエラが一気に攻勢に出た。

 上に弾かれたウイングクレイモアの翼を大きく羽ばたかせると、そのまま上がる勢いを止めると振り下ろすだけの推進力を得て、一気に振り下ろす。

 そんなシエラの攻撃をアレッタは舞うかのように一回転して避けるとそのまま反撃に出る。今度はシエラに向かって横に振られてくるスカイダンスツヴァイハンダー。そんなアレッタの攻撃をシエラはギリギリの距離まで後退すると、シエラの眼前をツヴァイハンダーが通過していく。

 アレッタの攻撃を紙一重でかわしたシエラはすぐに反撃に出る。シエラはウイングクレイモアを振り下ろした衝撃を使って、そのまま自分の体ごと降下させるとすぐにクレイモアを振り上げる。もちろん直上はアレッタが攻撃をした後だ。

 けれどもアレッタは背中の翼を羽ばたかせるとこちらも紙一重でシエラのウイングクレイモアを避けると真下にいるシエラに向かってスカイダンスツヴァイハンダーを突き出してきた。

 だがスカイダンスツヴァイハンダーはシエラの真横を通過する。アレッタの反撃を予測していたシエラは事前にアレッタの真下から少しだけ身体をずらしていたのだ。そうなると今度は自分の番とばかりにシエラはウイングクレイモアごと急上昇する。確かにこの攻撃ならアレッタに攻撃を入れるのと同時に、そのまま上昇すれば反撃を避ける事も出来る。

 なのだがアレッタは予想外の動きを見せた。シエラが急上昇してくる事に対してアレッタも急上昇してウイングクレイモアの間合いに入らなかったのである。そして機を見るとアレッタは急降下に切り替えてスカイダンスツヴァイハンダーを一気に振り下ろす。

 これにはシエラも方向転換を余儀されなくなった。

 そんな近距離でのハイスピード戦を繰り返していくシエラとアレッタ。そんな中でシエラはやはり不利を感じざるには得られなかった。

 なにしろ急激な方向転換、鋭利な武器の切り替えし。この二つにとってシエラは圧倒的に不利なのだから。それでもシエラは距離を開けようとはしなかった。それはシエラとしてもアレッタをウイングクレイモアの間合いから出さないようにしていたからだ。

 確かに武器を操るテクニックスピードではシエラは圧倒的に不利だ。けれどもウイングクレイモアは重量があるだけに当てるだけでアレッタを落とす事が出来る。つまり一撃でアレッタを落とす事が出来るのだ。だからこそシエラは近距離でのハイスピード戦を繰り広げているのだが、普段見慣れている者が見れば、それはシエラらしくない戦い方と思うだろう。

 いつもなら沈静零着に自分に有利な戦術を取るシエラだが、今回に限っては明きからに無理をしているのが分る。それは本来のシエラならアレッタを相手にアレッタが有利としか見えない近距離でのハイスピード戦を繰り広げているからだ。

 シエラの利点を最大限に生かすなら距離を開けて一撃離脱の戦術が一番アレッタを苦しめる事が出来ただろう。なにしろ距離を一気に進むだけに一撃の威力も増すからだ。それなのに一撃の威力を殺してでも近距離戦に出たのは明らかにシエラらしくない。

 それはシエラ自身も分っていた。分っているが、こうせざる得ない事も充分に理解していた。

 早くアレッタを倒さないと。そんな事を心のどこかで思っているシエラ。つまりシエラは焦っているのだ。だからこそこんな無茶な戦い方をしている。

 そこには二人の因果関係が関係あるのだろうが、今は戦闘中であり、シエラも明らかにいつもとは違う。それに昇達もそれぞれの戦いを繰り広げている上に、ここは精界ギリギリの上空で誰の言葉も届かないし、援軍すらも無い。そんな状況でシエラの焦りは増すばかりだ。

 一方のアレッタはそんなシエラの心境を完全に見抜いていた。そこにはやはりアレッタだけが知っているシエラがあり、そんなシエラを知っているからこそシエラが焦っている事を見抜く事には充分だった。

 だからこそアレッタに更なる余裕が生まれる結果となってしまった。

「やっぱりあの時からまったく変わってないようね。騙して騙しとおそうとして、今だってそうしてるんでしょ。それはそうでしょうね。あんな事を自分の口から言える訳がないものね」

 そんな言葉を投げ掛けるアレッタ。どうやらシエラが焦った影響でアレッタに会話をするだけの余裕を与えてしまったようだ。一方のシエラはそんなアレッタの言葉に苦い顔をして胸の奥を傷めていた。それでも言葉を返すだけの余裕が無いシエラはハイスピードで振るわれてきたスカイダンスツヴァイハンダーをかわしてウイングクレイモアを振るうので精一杯だ。

 とてもじゃないが言葉を返せるだけの余裕が無い。だからこそシエラは戦闘に集中しながらもアレッタの言葉を聞くしかなかった。

「今の気分はどうシエラ? 人の事を騙して仲間のフリをしながら生活をしていくのは楽しい? 人を騙して契約を交わしたのがそんなに楽しい?」

 更に言葉を投げ掛けてくるアレッタ。そんなアレッタの言葉に対してシエラは違うと叫びたかったのだが、今の状況がそれを許さない。少しでも気を抜けば確実にアレッタの攻撃がシエラを捉えるのだから。だからこそシエラは何も言えないままに戦闘を続ける。

 そんなシエラとは逆にアレッタは更に余裕が生まれてくる事を感じていた。なにしろアレッタの言葉にシエラの心は揺り動かされ、その動きは少しずつではあるがキレが無くなってきている。つまりは少しずつシエラの動きが鈍くなっているのだ。そんなシエラの心情を察したアレッタだからこそ更に言葉を投げ掛けてくる。

「でもシエラ、本当は分ってるんでしょ。本当の事がバレれば今の場所には居られない、全てを失う事になる。それが怖いから騙してるんでしょ」

 そんな言葉を投げ掛けてきたアレッタにシエラは大きくウイングクレイモアを振るうが、近距離でそんな大降りの攻撃が当たるわけが無い。なおかつアレッタもシエラと同様に翼の精霊である。だから空中でのスピードにはかなりの自信がある。そんなアレッタだと分っていながらもシエラはそんな攻撃を繰り出したという事はかなりアレッタの言葉がシエラの心を揺り動かすどころかえぐり突いているのだろう。

 ますます攻撃が荒くなっていくシエラを見てアレッタは笑みを浮かべると、トドメとばかりに大きな声で言葉を発する。

「そうだよねシエラ! だから騙し続けてるんでしょ! どんなに思っても、どんなに信頼しても、最後には拒絶される事が分ってるんだからね! 私がそうだったように、今の仲間にも本当の事がバレれば……私のようになる事が分りきってるんだからね!」

「アレッタッ!」

 アレッタの言葉に我慢が出来なくなったシエラは更に距離を詰めて、ウイングクレイモアが確実に当たる間合いまで一気に迫る。そんなシエラの行動にアレッタは笑みを浮かべると背中を翼を羽ばたかせる。

 近接戦闘でのゼロ距離攻撃。それがシエラが仕掛けてきた攻撃だが、その動きはアレッタの目から見ればかなり荒く。次にどのような動きに出てくるか簡単に予想が出来るものだった。

 だからこそアレッタはあえて動く事無く、シエラの接近を許す。そして二人の距離がほぼ無くなるとシエラはウイングクレイモアの翼を大きく広げた。

「フルフェザーショットッ!」

 大きく広げられた翼から数え切れないぐらいの羽が弾丸となってアレッタを撃ち抜こうと一気に放たれる。けれどもシエラがフルフェザーショットを放つ一瞬前にはアレッタはすでにシエラの眼前から姿を消していた。

 さすがは翼の精霊と言ったところだろう。シエラがフルフェザーショットを放つ頃にはアレッタはスピードをフルに生かしてシエラの横を取っていた。

 一方のシエラは技を放ったばかりでまったく身動きが取れない。そんなシエラに向かってアレッタはスカイダンスツヴァイハンダーをシエラの脇腹を目指して一気に振るう。

 さすがに不意を衝かれたとしてもシエラも翼の精霊でスピードには自信がある。だからこそ無理矢理体勢を横に倒してアレッタの攻撃を回避しようとするが、さすがに技を放っている最中だけあって、そんなに鋭い動きが出来るわけが無く。スカイダンスツヴァイハンダーはシエラの脇腹を斬り裂く。その証拠としてアレッタが斬り裂いた場所からは血が一気に吹き出るのと同時にシエラに激痛を与えていた。

 そんな状態でもシエラはすぐにフルフェザーショットを中断させると、ウイングクレイモアの翼を羽ばたかせてアレッタから退く。

 そんな攻防を一瞬の内に繰り広げた辺りが翼の精霊たる象徴といえる戦いなのだろう。

 シエラはアレッタから距離を置くことに成功したが、そのままアレッタが追撃に出てくると思っていた。けれどもアレッタは攻撃した場所から動く事無く。シエラに向けて笑みと言葉を向けてきた。

「分ってると思うけど、さっきの攻撃はワザと浅く攻撃したのよ。このままシエラを倒して契約の強制解除なんて事になったら面白くなくなるからね。だからシエラ、本当にシエラを倒す時はシエラの正体を皆に教えた時よ」

 そんなアレッタの言葉にシエラは苦い顔をする。それと同時に自分が焦って攻撃していた事にやっと気付かされた。なにしろアレッタの言葉から察すると手加減して戦ってると言っているようなものだ。そんな言葉を聞いてシエラはやっと冷静さを取り戻す機会を得たのだ。

 そしてアレッタもシエラが冷静さを取り戻した事に気付いていた。なにしろ普段は表情をあまり表に出さないシエラだが、アレッタと戦っていた時には明きからに焦りの色が少しだけ出ていたからだ。シエラを知らない人物ならそんな事には気付きはしないだろうが、アレッタにはそんなシエラの微妙な表情の変化さえも分っていた。

 だからこそ圧倒的に有利だと感じたアレッタは最大限の屈辱をシエラに与えた後にトドメを刺そうと決めて、その事をシエラに告げてきたのだ。それはシエラにとっては死刑宣告にも似た言葉に聞こえただろう。だからこそ今までの興奮が冷めるのと同時に冷静さを取り戻す事が出来たのだ。

 そんな時だった。ストケシアシステムを伝わってミリアからエレメンタルアップの救援要請がシエラの元へも届いた。

 確かに今の状況から言ってシエラは圧倒的に不利だ。だからここは昇のエレメンタルアップで一気に状況を逆転させたいのだが、先程の言葉がシエラの胸を締め付けていた。アレッタが放った言葉の数々、それは全て本当であり、全て事実だと分っているからこそシエラの心は大きく揺れ動き、昇と築いてきた絆にも影響を与える事になってしまっていた。



 昇はエレメンタルアップを発動させるために精神を集中させた途端、昇にだけしか見えない三本の赤い紐が一気に昇の元へ伸びてきた。

 えっ、なんで? 普段のエレメンタルアップを発動させた時とは違う事に昇は驚きを隠す事が出来なかった。なにしろ普段は四本の赤い紐が昇の元へ伸びてくるのだが、今回に限っては三本だけしかない。

 エレメンタルアップを発動させる条件は今の時点では一つだけとなっている。それは昇と精霊達の絆。信頼と置き換えても良いだろう。つまりお互いに信頼し合い、強い絆を築く事でエレメンタルアップを発動させる事が出来るのだ。

 だから昇としては普段の生活からもシエラ達との生活を大事にしている。だからこそ強力なエレメンタルアップを発動させる事が出来るのだ。

 けれども今回ばかりはそうでは無いようだ。伸びてきた三本の紐、その先には琴未、閃華、ミリアの居場所から伸びてきている。それは三人との絆がしっかりと築かれている証拠だ。けれども今回に限っては上空にいるシエラからは、いつものように赤い紐は伸びてこない。その事に昇は驚くのと同時に嫌な予感を憶えた。

 それでも現状が拮抗しているからには、ここで三人だけでもエレメンタルアップで状況を有利に持って行った方が良いだろうと、昇はシエラの事を気に掛けながらも紐に力を流し込む。

「エレメンタルアップ」

 昇の能力であるエレメンタルアップにより一気に力の限界点を超える琴未達。けれども今回のエレメンタルアップは琴未と閃華を重点的に力を送った昇だった。

 そして昇はすぐにストケシアシステムで琴未と閃華に向けてメッセージを送る。

(琴未、閃華、何とか目の前にいる敵を素早く倒して。どうもシエラの様子がおかしい。僕はシエラのフォローに回りたいからお願い)

 そんな昇のメッセージに閃華はすぐに了解の合図を送ってきて、琴未も文句を交えながら返事を返してきた。これでローシェンナが呼び出した鳥達は片付ける事が出来るだろう。それにミリアの方も決着は付かなくても有利に戦えるのは確かだ。

 そのうえエリンがローシェンナからかなり離れたために、すぐに救援に向かうという行動は取れない。そのうえミリアがいるのだからエリンはミリアに任せておいても問題は無いだろう。

 だから一番の問題は上空にいるシエラであり、目の前で驚いているローシェンナに昇の意識が向けられる事は無かった。

 ローシェンナが驚くのも無理は無い。なにしろ相手にしている琴未と閃華の力が目で見てもはっきりと分かるほど力が増しているのだ。だから本気になったローシェンナが召喚した鳥達もエレメンタルアップで力を増した琴未達の敵にはなりはしなかった。

 琴未も閃華も昇の指示通りに、目の前の鳥を一気に倒すと昇に合流する。そんな状況に焦ったローシェンナはもう一体だけ鷹の巨鳥を召喚する。どうやらローシェンナもこれ以上、召喚を続けるだけの力は残ってはいないようだ。

 そんな状況に昇はローシェンナとの戦いを琴未達に任せると昇は少しでもシエラのフォローが出来るようにと戦場から離脱するだけの距離を開けて上を見上げた。



 そんな地上での出来事は上空にいるアレッタにも伝わっていた。

「なに、あの能力……まさか、あれって……エレメンタルアップッ!」

 さすがのアレッタも昇の能力には驚いているようだ。そんなアレッタとは間逆にシエラは冷静を通り越して冷たいような表情をしていた。

 昇……ごめん。今の私は昇を受け入れる事が出来ない。昇を……心の底から信頼する事が出来ない。でも! 本当は信じたい、ずっと信じていたい……でも、それが無理なのは私が一番良く分っている。あの時の言葉が本当であると信じたいと思うのと同時に昇も私の傍から居なくなると思っている私がいる。ねえ、昇……私は……どうしたらいいの?

 そんな事を考えるシエラは地上の状況を把握しながらも両手を力無く下げて、顔も伏せている。どうやらアレッタの言葉がよっぽどシエラの心を掻き乱したようだ。

 だからこそシエラにはエレメンタルアップが掛からなかったのだ。いや、正確にはシエラから昇との絆を拒絶した。だからこそシエラにだけエレメンタルアップの効果が現れる事が無かった。

 地上の状況を見ていたアレッタだが、すぐにシエラに目を向けてきた。昇の能力がエレメンタルアップなら、その効果がシエラに現れても不思議ではない。そうなるとアレッタは圧倒的に不利になるどころか倒されても不思議では無いと危機を感じたからだ。

 けれどもアレッタが見たシエラは地上の琴未達のように力が増した気配は一向に無く。それどころか逆に弱った感じを受けた。

 そんなシエラを見てアレッタは笑い出す。

「シエラ、やっぱりそうなんだ。見捨てられたんだ、私がシエラを見捨てたように、今の仲間にも見捨てられたんだ」

 楽しげにそんな言葉を発するアレッタ。そんなアレッタに対してシエラは力のない声で言葉を返してきた。

「それは違う。今は……私が拒絶した。だから、昇が私を見捨てた訳じゃない」

「でもエレメンタルアップの効果はシエラには現れてない。やっぱり分ってるんでしょ、本当の事が知られたら見捨てられるって、だから拒絶したんでしょ」

 そんなアレッタの言葉は今までどおりシエラの心を掻き乱そうとした言葉だったが、今回に限ってはシエラの心が揺り動かされる事は無かった。それどころかシエラは更に冷静になったかのように静かにウイングクレイモアをアレッタに向けた。

「その通り」

 そしてシエラは初めてアレッタの言葉を肯定した。それはアレッタにとっても驚きであり、シエラにとっては覚悟だったのかもしれない。

 そんなシエラは顔を上げる事無く言葉を続ける。

「私は昇の剣になるために傍に居る。けど……私が必要ないなら昇の傍に居る資格は無い。アレッタの言ったとおり、本当の事が分れば昇は私を必要としない。昇に必要とされない私は……何の意味も無い」

「良く分かってるじゃない」

 シエラの言葉にアレッタは満足げな笑みを浮かべてシエラの言葉を肯定する。だがその直後に顔を上げたシエラの表情は今までと違って鋭いものとなっていた。そしてシエラはしっかりとアレッタを見詰めて宣言する。

「だからっ! 私の本当を知っているアレッタをここで倒す! もう……それしか私が昇の傍に居る理由が無いから」

 最後の言葉だけ小さく発するとシエラはウイングクレイモアに力を一気に流し込んだ。

「発動 セラフィスモード」

 ウイングクレイモアは白い光を発するとシエラが流し込んだ力が翼の形となり、ウイングクレイモアに新たなる翼を生み出させる。けれども新たに生えた翼はしっかりと形作る事が無く、しっかりとした翼の形を保つ事が出来なかった。それは今まで使っていた翼も同じで、合計で六枚になった翼はどれもしっかりとした翼の形を保てなかった。

 そんなシエラの姿を見てアレッタは悪意に満ちた笑みを浮かべると言葉を放つ。

「シエラ、随分と無様な姿だね」

 そんな感想を口にするアレッタだが、そんな事はシエラが一番良く分かっていた。

 シエラの切り札といえるセラフィスモードはエレメンタルアップが掛かっている事が最低条件だ。そのエレメンタルアップを拒絶したシエラが発動させたセラフィスモードがしっかりとした形で発動してない事は当のシエラが一番良く分っている。だからアレッタに無様だと言われても何の感情も沸いては来なかった。

 自分の言葉にまったく反応を示さないシエラにアレッタは急に気を引き締めた。確かにシエラのセラフィスモードはしっかりとした形で発動はしていないが、これがシエラの本気だという事はしっかりとアレッタにも分った。

 つまりはアレッタも気を抜いたらやられる。そうシエラの雰囲気から悟ったようだ。けれどもアレッタが有利な事には変わりない。なにしろシエラは先程、脇腹に浅いとはいえダメージを負っている。だからこそシエラの動きはそんなに鋭くはならないと予想するアレッタは心の片隅でシエラを見下していた。

 そんなシエラに向かってスカイダンスツヴァイハンダーを構えるアレッタ。本気になったシエラだけにアレッタも言葉を発する余裕は無いと感じたのだろう。そんなアレッタの視界からシエラが一瞬にして姿を消す。

 そしてすぐに後ろから大きな音がしたのを聞いたアレッタは、すぐさま後ろに振り向くのと同時にツヴァイハンダーを反射的に振り抜く。

 その瞬間に鳴り響く剣戟音。どうやらシエラのウイングクレイモアとアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーがぶつかりあったようだ。けれどもアレッタがシエラの姿を捉えようと視線を合わせようとした時には、シエラの姿はすでに無く。今度も後ろから何かにぶつかるような音がしたので、そちらを振り向くとそこにはシエラの姿があった。

 そんなシエラは何事も無かったかのように再びアレッタに向かってウイングクレイモアを向けるが、その身体にはアレッタには覚えが無いダメージが確実に存在していた。

 それはシエラがセラフィスモードを完全に制御できない事による。シエラは自分に最も有利な一撃離脱の戦術を取ったのだが、制御できないセラフィスモードではうまく止まったり、切り返す事が出来ない。そのため音速まで速度を上げてしまったシエラは音の壁にぶつかってしまったのだ。

 音の壁とは空気が圧縮されて生じる抵抗力であり、一定の圧力にまで圧縮された空気が爆発した衝撃波ともいえるものだ。つまりシエラのスピードは音速まで達した事により、シエラの身体に掛かっていた空気の圧力が一気に爆発してシエラの身体にダメージを与えたのだ。それこそが音の壁である。

 けれどもシエラはその音の壁をも利用した。制御できなほどのスピードまで達する事が出来るセラフィスモード。そうなると止まるだけでも困難になる。だがシエラは自ら音の壁にぶつかる事により急停止と急発進を同時に行えるようにしたのだ。

 正にその戦術は諸刃の剣とも言える戦術だった。けれども昇のエレメンタルアップを拒絶したシエラにとっては最早これしかアレッタを倒せる手段が残されていないのも事実だった。

 そしてそんな戦術を取られたアレッタもシエラの動きに翻弄されるしかなかった。さすがにスピードが自慢である翼の精霊であっても、音速に近いスピードで動かれてはシエラの姿を追うのがやっとで、とてもではないが反撃なんて出来るものではなかった。

 だから防戦一方のアレッタに対してシエラは猛攻撃を繰り返す。自らの身体にダメージを蓄積させながらアレッタをドンドンと追い詰めていく。

 そしてそんな攻防はシエラを優勢に運ばれていくと誰もが思っていただろう。けれどもアレッタの眼差しから闘志が消える事は無く。まるで何かの機会を窺っているようにも思えた。

 そんなアレッタの眼差しはシエラも気が付いていた。気が付いてもなおシエラは攻撃の手を緩めようとはしなかった。それは今の時点で攻撃を緩めてしまえばアレッタに反撃のチャンスを与えるのと同じだからだ。だからこそシエラは攻め続けなければいけなかった。

 けれども今のシエラが取っている戦術から言って攻め続けるという事は自分にもダメージを与え続けるのと同じであり、こうなってくるとどちらが先に根負けするかで勝負が決まってくるようにシエラは思っていた。

 そう思っていたからこそシエラはこんな戦術を取ったのかもしれない。それはシエラには絶対にアレッタを倒さないといけない理由がある。絶対に負けられない理由があるからこそ、絶対の自信を持って持久策に打って出たのだろう。シエラとしては絶対に根負けしないだけの覚悟を自覚していたからこその手段だった。

 けれどもそんな戦術を続けていればシエラの動きが少しずつではあるが鈍ってくるのは明らかである。そしてアレッタはその瞬間を待っていたかのように一気に動き出してきた。

 それはシエラが一瞬だけ音の壁から反転する時だった。その衝撃でほんの少しだけ動きが止まってしまったのだ。かと言って何秒も止まっていた訳ではない。それはほんの刹那の瞬間だけだった。

 けれどもアレッタもハイスピードを得意としている翼の精霊である。その刹那の瞬間さえあれば反撃に転じる事が出来る。

 そんなアレッタの行動に気付かないままにシエラは再び突撃を掛けて驚愕する。なにしろ今までアレッタはシエラの姿を捉えるのに完全に遅れを取っていたのだが、今回に限ってはすでにシエラの方を向いており、スカイダンスツヴァイハンダーを突き出す形で構えている。

 そしてシエラの突撃に合わせてアレッタもシエラに向かって突撃する。両者の距離は一瞬で縮まり、シエラのウイングクレイモアはアレッタの肩を切り裂いていた。

 だがアレッタがウイングクレイモアの間合い以上に接近して密接していたため、シエラのウイングクレイモアはアレッタの肩を傷つけただけで、その刃はほんの少ししかアレッタの肩を斬り付けるだけに過ぎなかった。

 なにしろシエラとアレッタの身体は密着しており、ほとんど二人の間に距離は無い。だからウイングクレイモアはその大きさゆえにその程度のダメージしかアレッタに与える事が出来なかったのだ。

 そんな状態で密着しているシエラとアレッタ。そしてアレッタは自らの口をシエラの耳に近づけるとささやく。

「これで終わりね、シエラ」

 そう言われたシエラの瞳は大きく見開いており、身体が動くどころか瞬きすらしなかった。シエラがそんな状態になったとしても不思議は無い。なにしろアレッタのスカイダンスツヴァイハンダーはシエラの腹を突き抜けて、シエラの真っ白で長い髪から真っ赤に染まった刀身を突き出しているのだから。

 シエラに刃を突き刺す事に成功したアレッタ。そこにはアレッタが待っていた機会を充分に生かした戦略が練られていたからだ。

 シエラの攻撃は自らもダメージが負う諸刃の剣とも言える攻撃だ。そんな攻撃を続けていればいずれはシエラに隙が出来るはずだとアレッタは考えていた。そんな考えを持っていたからこそ、下手な反撃に出ないで防御に専念していたのだ。

 そしてシエラが一瞬だけ動きを止めた刹那の瞬間をアレッタは反撃の好機だと瞬時に悟った。なにしろ今まで後手後手に回り、シエラの動きを追いきれなかったアレッタだが、その瞬間だけはしっかりとシエラの姿を捉えることが出来たからだ。

 後はシエラに向かって突っ込んでいくだけ。それだけでよかったのだ。なにしろシエラは方向転換を音の壁に自らの身体をぶつける事で行っていた。つまりは音の壁にぶつからない限りはシエラは真っ直ぐにしか進めないという事だ。

 アレッタはそこに勝機を見出したのだ。真っ直ぐに進めないと分っているからにはシエラの攻撃は限られてくる。更に自分から突き進む事でシエラがウイングクレイモアを振るっても、刃が身体に切り込む前にシエラに密着する事が出来る。そうすればウイングクレイモアを振るう事が出来ずに、シエラは動きを止めるしかない。

 それと同時に突き出したスカイダンスツヴァイハンダーでシエラの腹を突き刺したというわけだ。つまりアレッタは自ら距離を縮める事によってシエラの攻撃を途中で止める事に成功し、なおかつシエラに決定的なダメージを与える事が出来たのだ。

 そんな予想外の事態にシエラは自分の身体に冷たい物が貫いているのを感じならも、驚愕よりも絶望が先にシエラの心を過ぎった。

 ……そんな、こんな事が……昇、どうしよう……助けて。シエラの視界は少しずつぼやけていき、思考も少しずつ周らなくなってくる。それだけアレッタから喰らったダメージが致命的なのを示していた。それでもシエラは沈みそうな意識だけは何とか保っていた。

 そんなシエラに向かってアレッタは更にささやく。

「シエラ、まだ気を失っちゃダメよ。なにしろこれから……本当の事をシエラの仲間達に教えてあげないとなんだから」

 ……ダメ……それだけは。抵抗しようにもすでに身体は動きはしない。今までの攻撃で蓄積されたダメージにアレッタから致命的なダメージを負わされたのだ。シエラの身体はすでに限界を超えて痛覚すらも薄れさせる程だった。

 そして意識と共に体中から力が抜けていくのを感じたシエラは、最早ウイングクレイモアを持っている事すら出来なくなり、ゆっくりとシエラの手からウイングクレイモアが地上へと落ちていく。

 そんな光景を見たアレッタはシエラの身体からスカイダンスツヴァイハンダーを一気に引き抜く。

 すでに飛ぶ事が出来ないシエラはそのまま仰け反るかのように地面に向かって落下していく。そんなシエラの瞳に地上にいる昇の姿が写った。

 昇の姿を見てシエラは昇に尋ねたくなった。

 昇は、私が必要……と。







 さてさて、そんな訳でお送りしたエレメですが、今回の話は予想外の結末だったのではないのでしょうか? なにしろシエラがやられちゃってましたからね~。

 だが!!! これで終わりではない。シエラにとって本当の試練はこれからなのかもしれませんね。つまり今回の事は序章に過ぎないという事です。う~ん、これからのエレメはどうなってしまうんでしょうね~。

 ……いや、大丈夫だから、ちゃんと続きは考えてあるから、というか今回だけはしっかりとプロットも全部上げたから。だから……疑惑の視線を向けないでーーーっ!!!

 さてさて、今回はかなり更新期間が空いてしまいましたが、少しだけ言い訳をさせてもらうと……どうしてもやっておかない事があったんです! ……それだけ!!!

 まあ、私なりに忙しかったという事で納得してください。お願いします。

 だが、私とて無駄に時間を費やしていた訳ではない! 今まで抱えていた用事は全て済ませた。まだ結果は出てないけど、当分はやる事がない! つまり!!! 当分はエレメの更新に集中できるという事です。……まあ、花粉の影響が出なければですけどね。

 それから同時進行している断罪の日、その解答編についても書いている状況なのでさすがに頻繁に更新するという事は出来ませんが、これからはエレメの更新ペースを上げて行きたいと思っております。

 さてさて、なんか無駄に長くなったような気がするのでここいらで締めますね。

 ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。

 以上、少しずつではあるが調子を取り戻してきたと思い込んでいる葵夢幻でした。

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