第百二話 鳥のサモナー
シエラにアレッタと呼ばれた精霊は笑みを浮かべると途端に鋭い眼差しへと変わってシエラを刺すように視線を向けてきた。
「本当に久しぶりね、シエラ」
話しかけられたシエラはまるで何かを恐れているかのように一歩だけ後ずさりをするとアレッタとの会話を続ける。
「どうして……アレッタがここに?」
そんな質問にアレッタは急に笑い出すと今度は更に鋭い眼差しをシエラに向けてくる。
「どうしてここに? それはこっちのセリフでしょシエラ。まさかあなた風情が人間と契約をして争奪戦に参加してくるなんて思ってもみなかったからね。そしてよくもまあ、もう一度私の前にその顔を出す事が出来た物ね」
「なんだと!」
アレッタの言葉は明らかにシエラを見下した言い方をしており、その言葉はシエラではなく昇に火をつけてしまったらしい。だからシエラの代わりに昇が怒りをあらわにする。
「シエラと君の間に何があったかは知らないけど……シエラがそんな風に言われる筋合いは無い!」
はっきりとそう宣言する昇に対して、昇の言葉を聞いたアレッタは再び笑い出した。そしてアレッタは笑いを止めると昇に向かって微笑んでくる。
「やっぱり何も知らないんだシエラの事。それはそうでしょうね、私もその事を知らないでシエラと行動を一緒にしていた時があるんだから。そうね、私は君と同じ被害者なのよ」
「どういう意味?」
アレッタの言葉が理解できなかった昇はアレッタを威嚇したまま聞き返す。そんな昇に対してアレッタは態度を崩すどころか逆に微笑を強くして話を続ける。
「シエラはあなた達に隠している事があるのよ。だから誰とも親密な関係になろうとはしない。そう、それはシエラが」
「アレッタ!」
アレッタの言葉を遮りシエラが一気に駆け出すとウイングクレイモアを取り出して精霊武具を身にまとう。
そんな素早い行動をまるで予期していたかのようにアレッタもすぐに精霊武具を召喚する。
「スカイダンスツヴァイハンダー<空を舞い踊る両手剣>」
アレッタが取り出した武器は両手剣だが、その刃の長さと大きさはウイングクレイモアにも引けを取らない。ただウイングクレイモアに比べると刃の幅が少なくなっており、空中で振るうにしても振るいやすい形状となっている。
更にアレッタの防具もシエラと同様に軽装備であり、動きやすさを重視している。そして防具の色までもが真っ白であり、更には背中から翼を生やしている。その姿はまさしく天使そのものと言っても良いほどだ。
そんなアレッタも向かってくるシエラに合わせて一気に駆け出すと、シエラとアレッタはお互いに刃をまじあわせる。それから二人とも上昇しながらお互いに武器を振るい、何度もの剣戟音を響かせながら一気に上空へと舞い上がっていった。
「何があったかは知りませんが、アレッタにも困ったものですわね」
そんな光景に相手の契約者がそんな言葉を発してきた。どうやらこの事態は相手にも予測不可能な事態であり、まさかあの二人が先陣を切って戦い始めるとは、その場に居る誰もが思ってもいなかった事だ。
それは昇達も同じであり、最初は突然飛び出していったシエラに気を取られていたが、相手の言葉でまだ対戦相手が地上にもいる事を思い出し、昇はシエラの事を心配しながらも相手の契約者と話し始める。
「いきなりこんな事態になってあれですけど、僕の名前は滝下昇。あなた方に恨みは無いですけど、ここに居られると迷惑なので倒させてもらいます」
律儀に名乗りを上げる昇に対して相手の契約者は少しだけ昇に微笑を向けてきた。
「どうやら礼儀だけは知っておられるようですわね。ならば私も名乗るといたしましょう。私はローシェンナ=ハーベスト。そしてこっちがもう一人の精霊」
「エリンだよ~」
ローシェンナの言葉を遮って今まで黙っていたもう一人の精霊が元気に良く昇達に名乗ってきた。
エリンと名乗った精霊は真っ赤で長い髪を腰まで伸ばしており、外見年齢は昇よりも少し下のように見えるが、ミリアと同じような陽気を通り越した雰囲気をかもし出しており、更に幼い印象を昇達に与えていた。
そんなエリンがローシェンナに向かって話し始めた。
「ねえねえ、とりあえずこいつらをぶっとばせば良いんだよね?」
そんな事を尋ねてきたエリンにローシェンナは笑みを向けてはっきりと言葉を口にする。
「ええ、そうですわよ。手加減無用、全力全開で叩きのめしてあげなさい。それが争奪戦で戦いを仕掛けられた者の義務ですわ」
ローシェンナの言葉に昇は少しだけ苦い顔をする。それは昇としては戦う事は不本意に思っていたからだ。
確かにセリスの治療をするために今の状況で精霊王の力に気付かれてしまうのはまずい。だからと言って話し合いだけで解決する問題では無い事は昇にも充分に分っている。つまりは戦いは避けられない事は頭では理解していたものの、実際に戦いが始まるとどうしてもそんな気持ちが少しだけ出てしまうのだろう。
それに戦端を切ったシエラの事も気に掛かっているのは確かだ。シエラに何があったかは知らないが、この状況でシエラ一人だけを上空で戦わせるのは危険だと昇は感じていた。だからこそ昇も戦いを火蓋をなるべく早く落とそうとしていた。
だから昇はローシェンナの言葉を否定はせず、それどころか肯定に挑発を交えて言葉を放つのだった。
「そうだね、この状況では僕達が圧倒的に有利な事が確かだから、さっそく倒させてもらいますね」
そんな昇の言葉がエリンに火を付けたのか、エリンは前に踏み出すと思いっきり楽しげに自分の精霊武具を呼び出した。
「エルターレフレイル<噴火する打撃鉄球>」
エリンの右手が赤く輝くとそれは長い棒へと変化する。けれどもただの棒ではなく、棒の先端には鎖が付いており、その鎖は鉄球に繋がっているという独特の形状をしている。
そして身にまとった精霊武具はミリアと同じような西洋式の甲冑のようだが、ミリアのように全身を甲冑に覆われているのではなく、ミリアの半分ほどしか甲冑を身にまとっていない。しかもその甲冑の色は真っ赤であり、まるで相手を威嚇するどころかそのまま飲み込んでしまいそうな雰囲気をかもし出していた。
そんなエリンが精霊武具を身にまとった事で昇陣営からも琴未達が前に出る。
「武久琴未、押して行くわよ!」
「閃華、そなたに恨みはないんじゃが、これも定めじゃ」
「ミリア、さあ、一気に行っちゃうよ~」
琴未達も短く名乗りを上げると自分達の精霊武具を取り出して身にまとう。そんな琴未達の準備が終わった頃には、戦闘準備が出来ていないのは昇とローシェンナだけになる。そんな状態に昇も自分の武器を取り出そうとするが、ローシェンナはまったくそんな素振りを見せるどころか余裕すら出して昇達の動きを窺っているようだ。そんなローシェンナが昇に向かって話しかけてきた。
「あら、あなたは武器を持たなくて良いのですか?」
意外なほどの質問だ。その質問をしたローシェンナは武器を出すどころか戦う素振りすら見せない。そんなローシェンナに戸惑いながらも、昇は自分の武器を具現化させる。
「アルマセット」
エレメンタルウェポンである昇の二丁拳銃である紫黒が昇の手に握られ、その身体にはエレメンタルジャケットの黒いコートの八咫烏が身にまとわれた。
そんな昇の姿を見てもローシェンナは戦闘準備をするどころか、余裕を見せるように手にしている派手な扇子で自分を扇いでいる。
「そちらこそ、そのままでいいんですか?」
いつまで経っても戦う意思を見せないローシェンナに昇は思わず、そんな問い掛けをしてしまう。そして問われたローシェンナは扇子を閉じると昇を指し示してきた。
「ええ、こちらはすでに戦闘準備は整っていてよ」
そんなローシェンナの言葉に首を傾げる昇。どうみてもこのままローシェンナが戦えるとは昇には思えなかったのだが、そんな昇に閃華は警告を発してきた。
「昇よ、あのローシェンナという契約者の能力は未だに分かっておらん。仕掛けるのなら今のうちじゃぞ」
ローシェンナのあの余裕は何かしらの能力を未だに温存しているためと閃華は推測して、昇に先手を打たせようとそのような警告を発してきたのだ。昇もそんな閃華の警告をすぐに理解すると行動に出る。
「ストケシアシステム起動。相互リンク発動」
昇がそんな言葉を口にするとストケシアシステムが発動されてお互いに言葉を口にする事無く、意思伝達が出来るよう何なる。つまりはわざわざ指示を口に出さなくても昇の指示は全員へと繋がるという事だ。
ストケシアシステムの起動を確認した昇はすぐに全員に向かって指示をだす。
(ミリアはあのエリンという精霊の相手をして、なにも無理して倒す必要は無いから、フレト達が来るか、僕達が相手の契約者を倒すまでの時間稼ぎでいいから。そして僕と琴未と閃華で一気に相手の契約者に畳み掛ける。そしてシエラはそのまま上空で戦闘を続けてて、こっちに敵を降ろさないで)
そんな指示をストケシアシステムで一気に全員に伝える昇。けれども昇はすぐに違和感を感じる事になる。
それはフレト達との戦いで使った時とはまったく違った違和感。昇の指示にすぐに返事を返してきたミリアに琴未に閃華だが、シエラだけが返事を返す事無く沈黙を守っている。
確かに戦闘が激化していれば返事は返せないということがあってもおかしくは無いが、このストケシアシステムは心に思った事をそのまま伝えるシステムである。だから戦闘が激化していたとしても返事ぐらいは返す事が出来るのは簡単なはずだ。
けれどもシエラが沈黙を守っているという事は他に気に掛けていることがあるのか、それとも昇の指示を無視しているのか、どちらにしてもシエラからの返答が無い事に昇はシエラが心配になったが、シエラとアレッタはかなりの高度で戦闘を続行している。このままではとても昇が手出して出来る状況では無い事は確かだ。
そんな状況が昇に更る心配を抱かせるのだが、それでも目の前に居るローシェンナさえ倒せば全てが終わるとここは割り切って、真っ直ぐにローシェンナを見据えた。
ローシェンナはそんな昇の視線を戦闘開始の合図と受け取ったのだろう。エリンに攻撃をさせるように言って来た。
「じゃあ、一気にいっちゃうよ!」
「それはこっちのセリフだよ~」
元気の良いエリンの掛け声に、これまた元気の良いミリアの掛け声が重なり、ミリアとエリンは同時に駆け出した。
それを合図に琴未と閃華も一気にローシェンナに迫ろうとするが、自分に迫ってくる琴未と閃華の姿を見てローシェンナは軽く笑みを浮かべると指を鳴らして叫ぶ。
「アークイラ、アストーレ、ロンディネ。さあ、出ていらっしゃい」
そんな言葉が響き渡るとローシェンナの前には三つの魔法陣が展開される。その魔法陣から鷲、鷹、燕の姿があわられたのだが、どの鳥も通常のサイズとは異なっており。その大きさは軽くローシェンナの三倍ぐらいはあった。
つまりはこの三匹の鳥は巨鳥といえる部類の鳥と言えるだろう。本来はそんな鳥は存在しないのだが、これがローシェンナの能力だとしたらまったく不思議は無いと閃華は驚きもせずに昇と琴未にその場に立ち止まるように言葉に出した。
「閃華、なんなのよ、あれ!」
琴未はいきなり現れた三匹の巨鳥に驚いているようだ。そんな琴未に向かって閃華は自分の考えを伝える。
「これがあのローシェンナという契約者の能力じゃろう」
「その能力っていったい何?」
琴未が聞き返すと閃華は振り向きもせずに真っ直ぐに三匹の鳥を見詰めながら答えてきた。
「これがサモナーの能力じゃよ」
「サモナー?」
聞きなれない言葉に首を傾げる琴未。そんな事になっているだろうと思っている閃華は説明を続けてきた。
「サモナーの能力とは特定の種類に値するものを、その場に召還する事が出来るんじゃ。その大きさや能力は契約者の力によるんじゃがのう。あれほどの巨鳥を三匹も召喚するとは、思っていたよりも能力が高い契約者のようじゃのう」
そんな閃華の言葉がローシェンナにも届いたのか、ローシェンナは更に胸を張って自分の能力を自慢するかのように言葉を放ってきた。
「その通りですわ。私の能力は鳥のサモナー。数多いサモナーの中でもこれほどの力を持っているのは私ぐらいのものですわよ」
よほど自分の能力に自信があるのか、ローシェンナが先程から出していた余裕はこの能力によほどの自身があるからだろうと昇は判断して、改めて召喚された巨鳥に目を向けるが、その大きさを実感するだけでも驚きだというのに、その能力が契約者の力によって上げられてるとなるとやっかいな相手には違いなかった。
なにしろローシェンナを倒すには、まず召喚された三匹の巨鳥を倒さないといけない。たとえ倒したとしてもローシェンナに力の余裕があるのだとしたら、また召喚されて数が元に戻る事になる。
けれどもそれは逆に言えばローシェンナの力がどれだけのものかを示しているのも同じだった。
召喚した巨鳥は三匹。それは昇達の数に合わせたと言えばそうなのかもしれない。けれどもローシェンナにまだまだ余裕があれももう数匹呼び出して、数的に有利に持って行く事も可能だ。
つまりはローシェンナが同時に召喚できる数は三匹まで。もちろん、能力を落とせばもっと召喚できる可能性を持ってはいるが、今現在目の前に居る三匹の巨鳥がローシェンナが出せる力だの最大限である可能性が高いという事になる。
要するに目の前にいる三匹さえ倒す事が出来ればローシェンナの力を大きく削ぐ事が出来るのは確実だった。そしてローシェンナの力を推測する限り、これぐらいの力を有した鳥はそうそう何匹も召喚できないと判断した昇は目の前に居る巨鳥を倒す事に全力で挑む事に決めた。
その理由としては、たとえ昇達の一撃がローシェンナに届かなくても、昇達にはフレトという後詰がある。だから今ここでローシェンナの力を大きく削ってしまえば後から来るフレト達に敵うはずが無い。つまりは目の前の巨鳥を倒す事で勝利に大きく突き進めるというわけだ。
そんな判断を下した昇はストケシアシステムを使って琴未と閃華に指示をだす。
(琴未は鷲を、閃華は鷹を狙って、僕が燕を落とすから。とにかくあの三匹さえ倒してしまえば相手の契約者には戦う力は残らないと思う。だからあの三匹を倒した後に一気に叩く)
そんな昇の指示に琴未と閃華はすぐに返事を返してきて、すぐに自分の目的となる敵に向かって駆け出していった。
そんな昇達の動きに合わせたかのように鷲と鷹はそれぞれ特有の鳴き声を大きく上げると、一気に羽ばたいて昇達の方へと飛び立ってきた。どうやらローシェンナは攻撃はこの二匹だけにして、残っている燕を自分の護衛に付けるつもりのようだ。
それならそれで構わないと昇は先程指示した目標を倒すように琴未と閃華に指示を送り、自分はローシェンナに向かって突き進み。そんな昇の前に巨大な燕が行く手を阻むように昇に向かって飛んできた。
そんな燕の突撃をかわす昇。けれども燕はすぐに旋回するとまたしても昇に向かって突撃をかけてくる。そのスピードはかなり早く、昇が体勢を立て直すとすぐに次の攻撃が来るという感じだ。
さすがに燕だけに旋回能力には長けているようだ。昇がそんな燕を相手にどう戦おうか考えている間にも、離れたところでは鷹を相手に閃華が奮闘していた。
閃華は鷹の爪を避けると立ち並ぶ商店街の一店舗を一気に駆け上がり、その屋上へと舞い降りる。けれども閃華がそこの辿り着いたすぐ後には鷹も一気に商店街の店舗の隙間を飛び回り、一気に上昇して閃華を追ってきた。
さすがに鷹だけの事はあるようじゃのう。これだけの障害物が有っても、それだけのスピードで飛べるんじゃからのう。そんな事を思う閃華。これも鷹が有している能力が強化されている証拠だろうと判断したようだ。
確かに鷹は森の中でも木々の間をスピードを落とす事無く飛ぶ事が出来る。それは鷹の飛翔能力のみならず鷹の障害物を避けながら、そして時にはその障害物を利用して上手く飛ぶ事が出来る。
そんな能力をこんな商店街の店舗で見せ付けられたのだ。閃華がそんな事を思ってもしかたがない。だからこそ、閃華は障害物が少ない屋上へと出たのだ。
確かにここなら鷹が持っている飛翔能力は関係無い。けれども障害物が無いだけに鷹にとっても閃華が狙い易い獲物になった事には変わりない。
だからこそ鷹は躊躇する事無く閃華に向かって飛び立ち、その鋭い爪を閃華に向かって突き立てる。
そんな鷹の攻撃に閃華はなるべく体勢を低くするとタイミングを計る。確かに鷹の攻撃力やその狙いの精度から言って確実に鷹の爪は閃華を捕らえるだろう。けれどもそれは逆に言えば閃華からすれば確実に自分を狙ってくる事が分っているということだ。
だから後は狙いを定めて反撃を入れるだけである。そう判断した閃華は龍水方天戟を背負う形で構えると鷹の攻撃に合わせて龍水方天戟を振るう。
けれども龍水方天戟が鷹に当たる事は無かった。なにしろ鷹は閃華の間合いに入る寸前に急ブレーキを掛けるかのように翼を広げると、そのまま身体を横に倒して急旋回してしまったからだ。
それから鷹は屋上の床を蹴ると再び急旋回して再び閃華に向かって突き進んでくる。今度も足の爪を前面に出して確実に閃華に爪を突き立てるつもりだ。
閃華としても鷹の能力が強化されている事は予測していたが、まさかここまでの動きをしてくるとは思ってもいなかった。
「やるものじゃな」
それでも閃華は冷静に事態に対処する。まず龍水方天戟を床に突き立てると、その上に飛び乗り、そのまま龍水方天戟を掴んだまま跳び上がる。もちろんそんな事をすれば高くは跳べるはずが無く、閃華は大した高さに跳び上がりはしなかったものの、鷹の攻撃を避けるにはギリギリの高度まで跳ぶ事が出来た。
けれども閃華の行動はこれで終わりではない。鷹の攻撃を避けるのと同時に閃華は身体を一回転させると、そのまま勢いに任せて龍水方天戟を振るう。
そして龍水方天戟の切っ先は見事に鷹の背中にその傷跡を残す事に成功した。
傷を負ったことで鷹は大きな鳴き声をその場で上げると共に翼を羽ばたかせて、その場から動く事が出来ない。別に飛べなくなったわけではない。傷を受けた事により、鷹の動きが一瞬だけ止まっただけだ。
そんな瞬間を閃華が見逃すはずも無く。閃華は着地するとすぐに鷹に向かって駆け出す。先程の攻撃が浅手だっただけに、今度は確実にダメージを与えておきたいと閃華は考えていた。だからこそ閃華は一気に鷹との距離を詰めるが、予想外な事に閃華は鷹に届く前にその場から身を退かなくてはならなくなってしまった。
なにしろ鷹がその場で急反転するのと同時に大きな翼を広げで閃華を弾き飛ばそうとしたからだ。閃華はそんな鷹の反撃に逸早く察すると、すぐにその場に踏み止まり、一気に後ろに跳んだという訳だ。
けれども予想外に引き起こした鷹の反撃に閃華にある推測を立てる結果となってしまった。
なるほどのう、どうやら召喚した鳥達は自分達の意思だけで動いているようでは無いようじゃな。そんな推測を立てる閃華。
閃華がそんな推測を立てたのには先程の鷹が行った反撃が元となっている。もし鷹が自分の意思だけで動いているのだとした。あの場合は確実に閃華の攻撃が入っているか、もしくはその場から退いて閃華から距離を取っていただろう。
けれども鷹はあえて反撃という手段に出てきた。それは閃華は鷹の真後ろと確実に鷹から見て死角からの攻撃だ。だからそんな閃華の攻撃に合わせて反撃などは鷹に出来るはずが無い。そうなると鷹とは別の視点で見ている者が居ると推測してもおかしくは無い。
もちろん、その視点の持ち主こそ召喚者でもあり契約者でもあるローシェンナだろう。ここからは閃華の推測になるが、ローシェンナは全ての鳥を別の視点から自由に見る事が出来る。つまりは別の視点から見ながら鳥を操っている可能性があるという事だ。
それはつまり鳥の死角からの攻撃でも下手をすれば反撃にあうという事だ。閃華はストケシアシステムを使って自分の推測を昇と琴未へと伝える。けれども琴未に関してはすでに遅かったようで、通信では「もうちょっと早く行って欲しかったわ」という返事が返ってきた。
その琴未はというと相手にしている鷲の一撃に先程吹き飛ばされてしまったところだ。
琴未は閃華と違って屋上へは登らずに障害物が多い路地を選んで戦っていた。そんな琴未に向かって鷲は鷹と同じく爪で攻撃してくるが琴未はあえてその攻撃を避けようとはしなかった。
迫ってくる鷲の爪。琴未はその爪の間合いとタイミングを合わせると、一気に駆け出て鷲との距離を一気に縮める。
そんな琴未に確実に標準を合わせている鷲も琴未を確実に捉えているらしく、多少の軌道修正しながら一気に迫る。
そして鷲の爪が琴未を捉える瞬間。琴未は一気に身を屈めて、そのままスライディングするかのように地面を滑っていく。これで鷲の爪を避けるのと同時に反撃に出る事が出来る。なにしろ琴未は鳥の死角である足元を完全に確保したのだから。
そして琴未は雷閃刀を鷲に向かって突き立てようとした時だった。突如として鷲の片足が地面を掴むと、もう片方の足が下にもぐりこんだ琴未を思いっきり蹴飛ばしてきた。
まさかの反撃に琴未はなす術もなく蹴り飛ばされてしまった。琴未としては完全に鳥の死角をついたつもりだったが、まさかこんな反撃が来るとは思ってもみなかった事であり、琴未は蹴り飛ばされながらも空中で体勢を立て直すと何とか無事に着地する事が出来た。
そこにストケシアシステムを使って閃華の推測した言葉が入ってきたという訳だ。琴未としてはもう少し早く、その事に気付いていればそんな攻撃はしなかっただろうし、先程の攻撃も防ぐ事が出来ただろう。
けれども今更そんな事を言ってもしかたないと琴未は閃華の推測を聞いてどう戦おうか考えを巡らす。どうやら鳥だからと言って甘く見ない事は確かなようだ。それを踏まえて琴未は新たに戦術を組み立てていく。
雷華一輪刺突は攻撃範囲は広けど射程は短いのよね。かと言って雷撃閃や雷神閃を撃ってもあのスピードなら当てるのは難しいわよね。そうなるとやっぱり……私の間合いに引きずり込んでの一撃必殺、これしかないわよね。そんな戦術を組み立てていく琴未。
確かに琴未は遠距離の攻撃をほとんど持っておらず、その攻撃は近距離に高威力という攻撃方法が多い。そのため、こういった空を飛ぶ相手や遠距離攻撃をしてくる相手には少し梃子摺る傾向がある。
それでも苦手意識を持っていないのは何度もシエラとの喧嘩で空を飛ぶ相手に慣れてしまっているからだろう。だから目の前の鷲を前にしても決して負けるとは思っていなかった。
だからこそ琴未は自ら進んで駆け出して一気に間合いを詰める。けれども相手も鷲とは言え完全に独立して動いている訳ではない。ローシェンナが多少なりとも遠隔操作しているのは閃華の推測で分りきっている。だからこそ琴未は自分から動いたのだ。
そうなると当然のように鷲は空に羽ばたき琴未の雷閃刀が届かない場所にまで舞い上がる。それを待っていたかのように琴未は一気に雷閃刀を突き出す。
─昇琴流 雷華一輪刺突─
鷲にしてみれば思い掛けない遠距離攻撃だ。琴未の放った雷華一輪刺突は雷の花となって広範囲に雷をばら撒くが、それを悟った鷲は雷の花を避けるように空を翔ける。
そんな鷲の目の前に突如として琴未が姿を現した。そう、先程の攻撃は鷲の行動を制限するだけでなく、飛んで行く方向を見定めてその先回りをするために放った遠距離攻撃だ。
この場合でもしも鷲が高度を上げて雷華一輪刺突を避けてきたとしても、その時は雷撃閃の餌食となるだけだ。つまり鷲は完全に琴未の術中にはまってしまったという訳だ。
琴未も地面からどこかの店舗をなしている壁を蹴って跳び上がると一気に鷲の前に突き進む。そして完全に不意を付かれた鷲にうろたえる隙を与える事無く、琴未は一気に畳み掛ける。
─昇琴流 天雷斬─
跳び上がったときにすでに雷閃刀を肩に乗せて八双の構えを取っていた琴未は鷲が間合いに入ると雷閃刀を一気に振り下ろすのと同時に怒涛の雷を一緒に鷲にぶつけてくる。
さすがにこの攻撃には鷲も剣撃と雷撃のダメージを負ったためか、鷲は大きな声で鳴き声を上げると雷を振り払うかのように大きく翼を広げた。
そのため天雷斬の威力の雷も拡散されて鷲はようやく天雷斬の攻撃から脱出する事が出来たが、琴未の攻撃で確実にダメージを負った事は確かだ。けれども鷲はその程度のダメージなどはまったく気にしていないかのように再び鳴き声を上げると、翼を羽ばたかせて琴未に向けてその嘴を突き出してきた。
どうやら天雷斬だけでは完全に倒す事が出来なかったようだ。
それだけ鷲を召喚したローシェンナの能力が高い事を示しているが、こうもしぶといとは琴未は思ってもいなかった。確かに先程の攻撃はかなりの高ダメージを与えたのは確かだが、鷲はそんなダメージを気にする事無く、嘴を突き出して突っ込んでくる。
琴未はそんな鷲の突撃を避けながらも思う。まさかここまでしぶといとは思ってもいなかったわね。確かに時間が経てば私達に増援があるのは確かだけど、私としてはこの鷲ぐらいは倒しておきたいのよね。
琴未はそんな事を考えながらも次の戦術を練るのだった。
その頃、ローシェンナの目の前では燕を目の前に昇は完全に苦戦していた。それは燕の動きが速くて昇の弾丸が当たらないという事と隙を付いてローシェンナを攻撃しても必ず燕が昇の攻撃を防ぐという事で、まったくダメージが与えられていない事に昇は少しだけ焦りを感じていた。
あの燕……相当防御力を強化してあるんだ。だから並みの弾丸じゃあ通じないし、かと言ってローシェンナさんを攻撃しようとしても防がれるんだよね。そんな事を考えながら次の手も同時に考える昇は燕への攻撃を続行しながら思考を巡らす。
紫黒のシリンダーを高速回転させながら、まるでマシンガンのような連射を繰り出してはいるものの一発も燕には当たりはしなかった。それだけ燕の旋回能力に昇が翻弄されている事になる。かと言って隙を見てローシェンナに銃口を向けたとしても、すぐに燕がフォローに入って昇の攻撃を完全に防いでしまった。
どうやら防御力だけではなく、そのスピードや旋回能力もかなり上がっているようだ。だからこそローシェンナは自分を守る盾として燕を自分の元へ残して置いたのだろう。
そう昇は考えるとあの燕は相当やっかいな相手である事を自覚せざる得なかった。なにしろ攻撃が当たらないどころか、当たったとしても大してダメージを与えられる訳ではない。そうなると新たな攻撃方法が必要となってくる。
それでも燕がローシェンナの防御を優先しているためか、あまり攻撃に転じてくる事が無かったために昇には対抗策を考えるだけの余裕が生まれていた。
さて、どうしようかな。普通に攻撃していただけじゃ通じないからダメだよね。そうなってくると……一発勝負の砲撃に賭けてみるしかないかな。そんな考えを巡らす昇。
昇がそんな考えを持ったのには一つの理由がある。それは燕がローシェンナの防御を重視しており、あまり攻撃に積極性が無いということだ。つまりは多少のリスクを負った高威力の攻撃の方がこの場合は相手にダメージを与える事が出来る。昇はそう判断したのだ。
そして昇はそんな自分の考えが正しいのか確かめるために一気に勝負に出る。
ローシェンナを守るかのように旋回を続けていた燕が昇の気が緩んだ隙を感じ取って、昇に向かって一気に滑降してくる。そんな燕の攻撃を昇は余裕でかわすとすぐに振り返り燕に照準を合わせて通常弾をマシンガンのような連射で繰り出すが、いくら燕の行き先を予想して打ち出しても燕の方がスピードが早いために一発も当たりはしなかった。
けれどもそれでよかったのだ。昇の狙いは燕をローシェンナから少しでも遠ざける事にある。そして燕は完全に昇の弾丸が届かないところまで移動すると旋回して戻ろうとするが、昇はその瞬間を見逃す事無く、一気に振り返ってローシェンナに銃口を向ける。
それから一気に力を紫黒に溜めていくと、背中に燕が迫ってくる気配を感じながらも昇は振り返らずにローシェンナに銃口を向け続ける。
そして一気に引き金を引き絞る。
「フォースブレイカーッ!」
銃口の先に光球が生み出されると、そこから高圧縮された力が砲撃となって打ち出される。そんな昇の砲撃は一直線にローシェンナに向かっていき、フォースブレイカーが通り過ぎるたびに周辺の物が破壊されていく。それだけフォースブレイカーの威力が高い事を証明していた。
そしてフォースブレイカーはローシェンナの眼前で何かに激突して爆発を巻き起こした。
さて、これで直撃したのは確かだよね。後は……これで倒せるかどうかだよね。そんな事を考える昇。確かに昇は攻撃が当たった手応えを感じていたが、それがローシェンナを倒した事に直結しない事は分りきっていた。
それでもローシェンナに向かってフォースブレイカーを放ったのは昇の策略がそこに隠されていたからだ。いや、正確には昇の観察力がそのような結果をもたらすだろうと予測させて、その策略を生み出す結果となったのだ。
そんな策略の成否がフォースブレイカーの爆発によって発生してた煙が晴れていく事ではっきりとしてくる。
薄くなっていく煙の向こうで昇ははっきりと目にする事が出来た。それはローシェンナの前に巨大な影が存在している事だ。
どうやら上手く行ったみたいだけど、どれだけのダメージを与える事が出来たのかな? 薄くなっていく煙の向こうに巨大な燕の姿を確認する昇。そんな燕の身体にはフォースブレイカーの後がくっきりと残っており、その痛みを和らげるためか燕は甲高い鳴き声を上げた。
そんな燕の鳴き声を聞きながらも昇は自分の予想が当たった事に残念がっていた。
う~ん、やっぱり燕には当たったけど……さすがに倒すまでには至らなかったか。どうやらこの結果は昇が充分に予想できた出来事のようだ。
なにしろ燕がローシェンナを守る盾だという事は分りきっている。だから燕は昇を攻撃するよりもローシェンナを守る事を優先する。だからこそ燕の隙を付いて高威力のフォースブレイカーをローシェンナに叩き込もうとすれば自然と燕がローシェンナの前に立ちはだかり、フォースブレイカーからローシェンナを守ろうとするのは当然の結果だ。
昇としてはこれで燕を倒す事が出来ればよかったのだが、さすがにそこまでは上手く行かずに昇が予想したどおりに燕にはダメージは与えたものの、倒すまでには至らなかった。
けれどもローシェンナとしては、ここまで昇達が強いとは思っては居なかったのだろう。それに昇がこんな手段に出てくる事も予想できなかったようで驚きの表情をすぐに怒りの表情に変えるとローシェンナは昇に向かって言葉を放ってきた。
「よくもやってくださいましたね。ここまでの侮辱は初めてですわっ!」
「いや、侮辱って」
これは戦いだから侮辱も何も無いと昇は言葉を続けようとしたのだが、ローシェンナにしてみればここまでの苦戦を強いられている事がローシェンナのプライドを傷つけた事なり、侮辱と感じているのだろう。
だからこそ昇の言葉を遮ってローシェンナは話を強行する。
「ですが、あなた達の力が今のところは勝っているのは事実のようですから、それは認めましょう……けどっ! これこそが私の本当の力でしてよっ!」
どうやら昇達の奮闘がローシェンナに本気の火を付けてしまったのだろう。ローシェンナは力を解放するかのように両手を広げると召喚された鳥達が光に包まれる。
その光に包まれた鳥達はまるで卵からかえる雛のように光を突き崩すと新たなる姿を現した。それは鳥としての形状は変わってはいないが、体のいたるところに鎧のような物を身に付けている。どうやらこれで鳥達の能力が上がったことには変わりないようだ。
その変化に驚きの通信を送ってくる琴未。
(ちょっと、これってどうなってるのよ)
そんな琴未の通信は昇を通じて全員に伝わっていく。だからそんな琴未の驚きに閃華は琴未に冷静になるように忠告を発する。
(落ち着くんじゃ琴未。どうやら鳥達の能力が上がった事は確かなようじゃな。攻撃力もスピードも上がっておるじゃろうな。じゃから琴未に昇よ、充分に気を付けて戦うんじゃぞ)
そんな思考会話が一瞬にして行われると琴未も昇も目の前の鳥が大いにパワーアップした事を感じ取る。どうやらこれが鳥のサモナーとしてのローシェンナが有している最大の力なのだろう。だからこそ昇と琴未は一層気を引き締める。
そんな時だった。昇達が戦っている場所からかなり離れた地点で、まるで噴火が起きているかのように二つの炎が天に向かって吹き上がり、地面を大きく揺らしていた。
さてさて、そんな訳で白キ翼編での初回バトルが開始された訳ですが……本当ならミリアの戦いも今回の話に組み込む予定だったのですが、ついつい昇達の方に集中してしまい。そんな訳で本来なら一話にまとめる予定だった話を二つに分ける事にしました~。
……いや、まあ、なんというか……こういうところは成長していませんね~。まあ、これもエレメの醍醐味だと勝手に思い込んでください!!! というか、そういうことにしといて!!!
さてさて、そんな訳で次回予告も少し入れたところでそろそろ締めますね。まあ、今回はあまり語る事が思いつかなかったので……。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、ケチってはいけないところでケチってしまった事を悔いている葵夢幻でした。