第百一話 妥協点は慣れて探せ
「さすがに嫌になってくるわね」
琴未は歩きながらも溜息混じりにそんな言葉を呟いた。琴未がそんな言葉を呟く状態になったとしてもしかたないだろう。なにしろ与凪から契約者が侵入したという情報を貰ってからというもの、ここ数日は契約者を探して町中を歩き回っているが一向に契約者が見付かる気配が無い。
そんな状況で琴未のみならず昇までも少しだけ嫌気が刺してきたのは確かだ。そんな中で最も早く根を上げたのはミリアだという事は言わなくても分かる事だろう。
なにしろミリアは初日はともかく二日目からはぶつぶつと文句を言いながら町中を歩き回るが、ラクトリーが傍に居るからには逃げる事も敵わず。こうして昇達と一緒に町中を歩き回っている。
まあ、事態の重要性はラクトリーから徹底的に聞かされているのでミリア自身、大っぴらに文句を言う事は無いが、時々途方も無い行動に出る事もしばしばある。その度にシエラと琴未に叱られながらも昇達は契約者を探すためにこうして町中を歩き回っている。
丁度今は川岸を捜索中でこれから繁華街へと向かう予定になっている。
すぐ傍から聞こえてくる川のせせらぎでさえ、うっとうしいと思うほどの気温の中を昇達は汗水を垂らしながら歩き回っているのだ。だから昇のみならず琴未までもが嫌気をさしてそんな事を言い出しても不思議ではなかった。
その途中で琴未はある事に気付いて後ろを振り向くと精霊である三人を見詰める。そんな琴未に気付いた昇も同じように三人を見詰めるが、琴未が何を気にしているか分らずに首を傾げると直接尋ねる事にした。
「琴未、どうかしたの?」
昇に尋ねられて琴未は明らかに暑くて嫌気が刺している事を思いっきり表情に出した顔を昇に向けてきた。
「昇、今日も暑くない?」
「暑いよ」
そんな質問をしてくる琴未に昇はすぐに同意した。なにしろ夏休みが終わってもカレンダーは未だに九月の上旬である。だから未だに夏の余韻どころか真夏のような気温の中を昇達は歩き回っているのだ。昇としても暑くてしかたないのは確かだった。
琴未はそんな昇の答えに満足したかのように頷くと後ろに居る精霊である三人を指差した。
「この炎天下を私達と同様に歩き回っているのに、なんであんた達は汗一つ掻いてないのよ!」
いきなりそんな事を叫ぶ琴未。そんな琴未の言葉に昇はシエラ達に視線を戻すと、確かに琴未が指摘したとおりにシエラ達は汗一つ掻かずに平然とした顔で歩いていた。
そんな琴未の突っ込みに閃華は何かを思いついたかのように手を叩くと、琴未の突っ込みに答えてきた。
「琴未よ、前にも行ったと思うんじゃが精霊は人間とはまったく違った存在なんじゃぞ。それに属性を使った戦闘を兼ねておるからのう。これぐらいの気温差はまったく気にならんのじゃよ」
つまり精霊にはこの程度の寒暖差はまったく気にならないということだ。けれども制限無しに気にならないわけではない。
海での戦いを思い出してもらえれば分ると思うが、竜胆のように高温の精霊が操る焦熱の属性や風鏡のように冷の属性など。気温や温度に関する属性は多数存在する。だからこそ精霊自身もそうした属性に対応するために、多少の寒暖差はまったく気にするどころか、感じなくなっているのだ。
これも属性に対する精霊が進化した証明とも言えるべきものだろう。
琴未はそんな閃華の説明を理解すると更に不快感を顔に出した。そして静かに呟く。
「……私も雷閃刀を出してみようかな」
えっと、琴未、ここでエレメンタルの力を使うのは止めておいた方が良いと思いますよ~。
琴未の独り言にそんな事を思って琴未に行為を止める昇。確かにエレメタルの能力を使えば琴未の身体は精霊へと近づき、シエラ達のように多少の寒暖差を感じる事がなくなるだろう。
けれども雷閃刀を出すという事は自然に精霊武具である琴未の巫女服も自動的に着用する事になる。さすがに雷閃刀を持って、そのうえ巫女服で街中を歩く琴未の隣を昇も歩きたいとは思わなかったようだ。
昇に止められて暑さに耐え切れない琴未はスカートをパタパタとさせると少しでも風を起こして涼を得ようとするが、この炎天下では無駄な抵抗でもあるし、それよりも女の子にとってはとても行儀が悪いと言えるだろう。
そんな琴未の姿に見かねた閃華が溜息を付いた。
「やれやれしかたいのう」
閃華はそう言うと立ち止まり、瞳を閉じて精神を集中させると大気中にある水分を操る。そして湿気とも呼ばれる水分で渦を作ると、その渦が昇と琴未を巻き込み、渦の中へと二人を入れた。
「どうじゃ、これで少しは涼しくなったじゃろ」
「あ~、確かにこれは涼しいわね~」
一気に涼しくなった事で琴未の顔からやっと不機嫌さが消えて清涼感を体中で感じる。けれどもその隣で昇は一人で身体を抱えていた。
「えっと、閃華、僕のところだけやけに寒くない?」
そんな質問をしてきた昇に閃華は首を傾げる。閃華としては昇と琴未の二人に涼を取らせるために水を操って目では見えない水の渦で二人に涼を取らせたのだが、昇にはそれ以上の力が加わっているようだ。
そんな昇の言葉にシエラが口を開いてきた。
「ごめん昇、強すぎたから弱くする」
シエラがそう言うと閃華と同じように精神を集中させると昇に加わっていた力を弱める。
「あ~、なんかかなり涼しいんだけど」
そんな昇の言葉に琴未は見えない水の渦から出るとシエラに詰め寄る。
「シエラ、あんた何をやってるのよ」
シエラの言葉から察して閃華が水の渦を作るのと同時にシエラが何かをやった事は明白である。だからこそ琴未はシエラに詰め寄るのだが、シエラはそんな琴未の視線を交わしながらしれっとした態度で答える。
「私は少しだけ風を操っただけ」
「それがどうして昇だけが更に涼しくなる展開になるのよ」
「……知りたい?」
「当たり前でしょ」
琴未としては事の次第を究明してシエラをとっちめたいと考えているのだろうが、シエラの思考はそんな琴未の考えを更に凌駕する物だった。
「じゃあ今日一日、昇とデートさせてくれたら教えてあげる。もちろん最後はキスで終わり」
「って、何を勝手な事を言ってるのよ! いいから早く教えなさいよ!」
琴未は再び炎天下に戻った事で更に頭に血が上ってヒートアップする。そんな琴未の隣で閃華は何かに気が付いたかのように手を叩いた。
「なるほど、そういうことじゃったか」
「どうしたの閃華、何か分かったの?」
琴未の問い掛けに頷く閃華、その隣でシエラは琴未に気付かれないように舌打ちをするのだった。そんなシエラに気付かないまま閃華は説明へと入っていく。
「つまりはこういう事じゃ。私がやった水の操作で大気中の水分に流れを与えて熱を吸収しやすくしたんじゃ。それを昇と琴未にぶつけて二人に涼を取らせたんじゃが、シエラはそこに風を操って冷風を作ったというわけじゃ」
要するにシエラは閃華が都合良く水を操ってくれたのを利用して、自らの属性を使って冷風を作り出して昇にぶつけて更に昇だけに涼を取らせていたというわけだ。翼の属性はただ単に空を飛ぶだけでなく、少しだけだが風を操る事が出来るのだ。
そして水というのは流れているだけで周囲の熱を吸収して冷やす事が出来る。流れている川の近くに行くと涼しく感じるのはそこに水があるからではなく、水が流れているからこそ熱を吸収して冷やす事が出来るのだ。
閃華はそれを利用して湿気に流れを加える事で川の流れと近い効果を昇と琴未にぶつけたのだ。けれどもシエラはそれを利用した。閃華の作った水の渦で冷やされた大気に更に流れを作って、それを昇にぶつけて冷却効果を倍増させたのだ。
シエラとしては、その事を後で報告して自分に都合の良い展開に繋げようとしたのだが、風の流れが強すぎた所為で、こんなにも早く事が露見してしまった。
けれどもそこはシエラである。その事を利用して昇とのデートを公認させようとしたのだが、それが分って引き下がる琴未ではなかった。
未だにヒートアップしている琴未に向かってシエラが口を開く。
「デートを認めるなら琴未にもやってあげる」
「結構よ!」
シエラの申し出をきっぱりと断ると琴未は再び閃華が作り出した水の渦へと入って行き、再び涼を取る。そこには何故かミリアの姿もあり昇と一緒に涼んでいた。
琴未はそんなミリアを外へと放り出すと、このまま契約者を探すと言い出し、閃華はやれやれとばかりに溜息を付き、シエラは再び舌打ちをすると昇達は再び歩き出した。
川沿いから住宅街へと入ると琴未が再び口を開き始めた。
「それにしても、その契約者は未だに見付からないの?」
そんな言葉を閃華に向かってぶつけてきた。その言葉を受けて閃華は制服のポケットからおもむろに携帯電話を取り出すと開いて何かを確認するかのように画面を見詰める。
もちろん精霊が携帯電話を持てるはずも無く、これは与凪が作った物だ。精霊を探し出す手段は幾つもあるにしろ。それが変わった風貌をしていれば周りからの注目を集めてしまうだろう。だからこそ与凪はこの時代に合った。何処にでもあるようなものを精霊を探すレーダーの形にしたのだ。
確かに携帯電話を見詰めている閃華の姿はまったく違和感が無く。とても精霊を探しているとは誰一人とは思えないだろう。まあ、その前に閃華が精霊だと気付く者は居ないだろうが。
それはともかく、閃華が確認するからにはこの辺りには精霊が居ないと琴未に告げると、琴未は疲れたように肩を落とした。そんな琴未の姿を見て昇も疲れたように息を吐く。二人とも疲れてきている事は確かなようだ。
そんな二人の姿を見てシエラは自然と昇の手を取って歩き出す。
「じゃあ行こう昇」
えっと、何処にですかシエラさん?
いきなりの行動に戸惑う昇。当然そんな事をすれば黙っていない琴未が二人の前に立ち塞がる。
「シエラ、いったい何をしてるのよ」
「昇が疲れたみたいだから、この先にある繁華街で休憩する。もちろん二人っきりで」
「そんな事が許されるワケが無いでしょ!」
シエラを思いっきり指差しながら断言する琴未。まあ、琴未としてはそんな事は絶対に許されない事だ。だからこそ、ここは断固として二人の前に立ち塞がる。そんな琴未に向かってシエラは口を開いた。
「なら、このまま休憩無しで契約者を探し続ける?」
「……まあ、それは……ちょっとね」
琴未としても疲れてきているのは同じだ。だからここは休憩を兼ねてどこかでお茶をしたい気分でもある。もちろん昇と二人っきりでだ。だからこそ琴未はシエラの質問に言葉を濁すしかなかった。そんな琴未にここぞとばかりに追撃を掛けてくるシエラ。
「確かに事態から考えて急いだ方が良いのは確か、けれども肝心な時に動けないようでは本末転倒。だからこそ、ここは一旦休憩を兼ねて昇とデートする」
「休憩は良くてもデートは却下よ!」
シエラの言葉に即座に突っ込みを入れてくる琴未。さすがは琴未といったところだろう、もうシエラの口車には早々簡単に乗らなくなっている。まあ、最初っからそうだったかもしれないが、今ではすっかり翻弄される事無く、しっかりと言い返せるようになっているのは確かだろう。
そんなシエラと琴未の言い争いに収集が付かないと感じた閃華が仲裁に入ってきた。
「ほれほれ、二人ともそこまでにしておくんじゃな」
「だって閃華」
琴未としてはまだまだ不満が残っているのだろう。それはシエラも同じなようで未だに二人とも頃合を見ては睨み合いを続けている。もちろん、すっかり疲れきっている昇を放って置いてだ。
閃華はそんな昇を指差して言葉を口にする。
「確かにここいらで休憩を入れた方が良いかもしれんのう。ほれ、昇もすっかり疲れきっているじゃろ」
閃華に指摘されてやっと昇に目を向けるシエラと琴未。昇は二人に挟まれてすっかり疲れきった顔をしていた事にやっと気付いたようだ。
そんな昇を見て二人の間に暗黙の停戦協定が結ばれたのだろう。ここはしたないと二人とも昇から少し距離を取る。やっと解放された昇はこの時に一息ついた。
あ~、やっと終わってくれたよ。それよりも……疲れた。
いつものように二人のいさかいにすっかり巻き込まれた昇は疲れたように思いっきり息を吐き出した。毎度の事とはいえ何度経験してもこれに関しては慣れるという事が出来ない昇だった。
そこで昇達は休憩を兼ねて繁華街へと足を向けた。そこは時間時というのもあり、沢山の人で賑わっていたが、昇はシエラ達に手を引かれる形でオシャレな洋菓子店へと足を踏み入れた。
そこは昇一人では決して入る事が出来ないような店だ。店の雰囲気もさることながら、お客も全て女子高生や主婦などが多い。つまりは女性に人気があるお店である事は確かだ。
そんな店だからこそ昇が足を踏み入れることに戸惑っていたのは昔の事であり、最近ではシエラ達に連れられてこういう店にも抵抗無く入れるようにもなっていた。
その店はカフェも兼ねており、ショーケースの向こうには、その場で食事が出来るスペースが設けられていた。
空いている席に腰を掛ける昇達。女性陣が甘い物を注文する中で昇一人がアイスコーヒーだけを注文した。これも経験からして今後の展開を読んでいるからだろう。
それから数分後には注文したケーキなどが到着した。ミリアの前には特大のパフェが置かれている。まあ、ミリアの事だからそれぐらいは一人で簡単に片付けてしまうのもいつもの光景となっている。
そして昇はアイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れて掻き回すと、少しだけコーヒーを喉に流し込んで潤した。
そんな昇の目の前に突如としてケーキの切れ端がホークに刺さって二つ差し出されてきた。
あ~、やっぱりこうなりますよね~。
そんな光景を遠い目で見詰める昇。もちろんケーキを差し出してきたのはシエラと琴未だ。二人ともお約束のアーンをやりたいのだろう。そんな事は昇には分っているからこそ、ここは再びアイスコーヒーで喉を潤して準備をする。その間にもシエラと琴未は睨み合いながらも言葉を交わす。
「これはいったい何の真似なのかしらね、シエラ」
「琴未こそ……邪魔」
「はっきりと言ったわね!」
シエラの言葉にいきり立つ琴未。そんな瞬間を見逃さない昇はここぞとばかりに行動に出る。
今だ! はっきりとそう感じると昇は口を大きく開けて二人が差し出してきたケーキを一気に両方ともほうばる。さすがに二人とも昇にケーキを食べさせないとばかりにせめぎ合っていたばかりに、二人が差し出したケーキはお互いに邪魔をする形で接近しており、昇が大きく口を開けば両方とも口の中に入れられる距離にまで縮まっていた。
『あっ』
昇の行動にシエラと琴未は二人同時に声を上げる。まさか昇がこんな行動に出るとは二人とも予想が出来ていなかったのだろう。そんな光景を見ていた閃華が隣で笑い声を上げる。
「くっくっくっ、昇も二人の扱い方を憶えてきたようじゃのう」
「まあ、何度もこんな光景を目の当たりにしてるからね」
「なるほどのう、慣れで妥協点を探り当てた訳じゃな」
そんな会話をする昇と閃華。当然二人の会話はシエラと琴未の耳にも入り、二人ともしかたないという感じで自分の前にあるケーキを口に入れながら呟く。
「これは、新たな作戦を考えないと」
「今度こそは、今度こそは絶対になんとかしないとよね」
あの~、シエラさん、琴未さん、そこまで真剣に考えられるとこっちが困るんですけど。そんな昇の気持ちも知らないでシエラと琴未は新たな作戦を考えると閃華が再び笑いかけてきた。
「どうやら悩みの種は尽きないようじゃな」
閃華さん……楽しそうですね。そんな事を言って来た閃華を昇は睨みつけていると閃華は意外な行動を取ってきた。なんと自らのケーキを丁度良い大きさに切るとホークに尽くさして昇の前に差し出してきたのだ。そして一言。
「もう一つぐらい悩みの種を増やしてみるのはどうじゃ?」
「心の底から遠慮させてください」
昇が呟いた素直な言葉に閃華は笑うと差し出してきたケーキを自分の口へと運んだ。それからやっぱり呟くのだった。
「やはり琴未のためにも新たな策が必要じゃな」
……閃華さん、また何かを企むんですか? そんな疑問を口に出すのを恐れた昇は何も聞かなかった事にしてケーキで甘くなった口をアイスコーヒーで丁度良く配分するのだった。
そんなやり取りが行われている中でミリア一人だけが特大のパフェを食べ尽くし、追加注文をしていた。
昇達が店を後にすると丁度、閃華のポケットから携帯電話の着信音が鳴り響いた。もちろん閃華が携帯電話などを持っているはずも無く、与凪から貰った精霊の反応を示すレーダーだ。その携帯電話式のレーダーが鳴り響いて、閃華は素早く携帯電話を開いた。
「見つけたぞ、どうやらこちらに向かってくるようじゃ」
「って、そんな事を言われても」
昇は辺りを見回すが、ここは繁華街であり、この時間帯は人で大いに賑わっている。そんな中で精霊だけを見た目だけで判断するのは不可能だ。けれどもレーダーが反応していると言う事は、この人込みの中に精霊が居る事は間違いない。
後はどうやってその精霊を特定するかだが……。
「どうする昇、さすがにこの人込みだと私達でも精霊を見つけ出すのは不可能」
そんな事を言ってくるシエラ。人通りが少なければレーダーに頼らずとも相手が精霊かどうかシエラ達のように精霊なら相手の事が分かる。それは精霊が発する特有の力を精霊なら感じる事が出来るからだ。つまり精霊同士なら相手が精霊である事を見分けることが出来る。
けれどもこれほどの人込みだ。相手に直接接触でもしない限りシエラ達でも、誰が精霊かなんて分かりはしない。
それにレーダーもそこまで細かく表示されている訳ではない。さすがにこんな人込みの中で的確に精霊を探し当てるレーダーなどは与凪でも作る事は出来ないのだ。
それはレーダーが精霊の反応だけを示す事しか出来ないからだ。さすがに人間の反応までレーダーに組み込むだけの物は作る事が出来ないうえ、たとえ作れたとしてもこんな人込みの中では人間の反応と入り混じって精霊を特定する事が出来ない。
「どうするんじゃ昇、こんな状況では相手を特定するのは不可能じゃぞ」
閃華もシエラと同じ意見を述べる。どうやら閃華もこの状況に少しは焦りを感じているようだ。確かに精霊がこの人込みに紛れ込んでいるのは確かであり、昇達はすぐにその精霊達を見つけ出さないといけない。
けれどもレーダーもシエラ達の感覚も当てにならないとなると打つ手が無い。そんな状況だからこそ閃華も少し焦り、判断を昇に委ねてきた。
状況が状況なだけにこのまま精霊の反応を追って人込みが少ない場所まで跡を付けるという手段が昇の頭を過ぎるが、それだと少し間違えれば再びレーダーの範囲外に出られてしまう可能性がある。昇はそう判断すると、その手を使うわけには行かなかった。
そうなると……どうしてもここで見つけ出さないと、また歩き回って探さないといけないし、僕達としてもそれだけは避けたし、それに精霊王の力があるから早く見つけ出さないとやっかいな事になりかねない。
通り過ぎていく人々を見ながら昇は思考を巡らす。そんな時だった、昇の頭に昔の事が思い出される。それはあまり思い出したくないことだが、閃いてしまった物はしかたなく、現状ではその手段に出るのが一番良いと昇は判断した。
「皆、とりあえず人気が無い裏路地に行こう」
昇はそう言うと適してる場所が無いか探しながら歩き始めた。そんな昇の言葉に反論する暇も無くシエラ達は顔を見合わせながらも昇の跡を追って歩き始める。
そしてすぐに店の裏側に通じていそうな路地を見つけると昇達はそこに入り込んだ。さすがにこんな場所には人などはおらず。誰も昇達を見る者は居なかった。
「うん、ここなら大丈夫そうだね」
「それで昇よ、どうするんじゃ?」
尋ねてきた閃華に昇は早口で先程思いつた事を交えて閃華とシエラに指示を出す。
「閃華はすぐにフレト達と連絡を取って」
「うむ」
頷いた閃華はすぐに空中にモニターを出現させると画面に映し出されたラクトリーと話を始める。そして昇はすぐにシエラの方へと顔を向けた。
「シエラはすぐに精界を張って」
「ここで?」
「そう、そうすれば精界内に取り残されるのは僕達と相手の精霊だけになるから」
「分った」
シエラは頷くとすぐに精神を集中させて精界を展開させる準備へと入った。
これで準備は出来た。後は相手を見つけ出して倒すだけだ。昇がそんな事を考えていると横から琴未の質問が飛んできた。
「昇、いったいどうするつもりなの?」
どうやら琴未には昇が出した指示の意味が分かっていないようだ。それは琴未の隣に居るミリアも同じみたいで首を傾げている。昇はそんな二人に向かって説明を開始する。
「精界に入れるのは精霊と契約者だけなんだよ」
「それは分ってるわよ」
「そして精界が展開されると精霊と契約者は強制的に精界内へと入る事になる」
「なるほど、そういう事なのね」
昇の短い説明で全てを理解した琴未が頷き、ミリアは未だに首を傾げている。どうやらあの説明ではミリアは理解出来ていないようだ。いや、正確には理解するには時間が掛かるだけで、時間が無いこの状況下では素早い理解がミリアには出来ないという事だ。
そんなミリアに向かって琴未が事細かく昇の作戦を説明する。
昇の作戦を要約するとこういう事になる。
そもそも精界とは契約者と精霊が戦う戦場であり、その中に入れるのは精霊と契約者に限られる。そして一旦入った精界は中から精界を破壊するのは不可能に近い。その分だけ外からの攻撃には弱いという弱点があるが、今の状況ではその事は無視しても良いだろう。そして精界が展開されれば範囲内にいる精霊と契約者は強制的に精界へと送り込まれる。
昇はその精界の特性を利用して相手の精霊を見つけようとしたのだ。
つまりシエラが精界を張れば、その範囲内には昇達と探している精霊だけが取り残される事になる。要するに邪魔な人込みが消えて的確に相手の精霊を見つけ出す事が出来るわけだ。
昇は以前のこの手で精界に取り込まれた事があったが、今回はこの手段を用いて相手の精霊を強制的に精界内に取り込んで特定しようというのだ。
けれどもそんな事をすれば相手との接触は確実であり、そのまま戦闘になるのは当然と言えるだろう。だからこそ昇はすぐにフレト達に増援を頼むために閃華に連絡を取らせて、シエラに精界を張らせるという策に出たのだ。
確かにこの作戦なら確実に相手を見つける事が出来るが、すぐに戦闘になるというリスクも負う事になる。その覚悟があっての作戦だ。だからこそ昇は琴未達にもすぐに戦いになる事を告げるのだった。
なにしろ相手から見れば昇達から戦いを仕掛けているようなものだ。そのうえ精界内に取り込んでしまうのだから相手も逃げる事が出来ない。だから相手としても戦うしかないのだ。
昇としては最初から戦う事を前提にした作戦を遂行するのは避けたかったが、こんな状況下になってしまってはしかたないと諦めて戦う覚悟を決めるしかなかったのだ。
「どうやらフレト達はここからかなり離れた所に居るようじゃから、到着するまでには時間が掛かるそうじゃ」
「うん、分った。僕達だけで倒せるならそれに越した事は無いけど、無理だと感じたら時間を稼いでフレト達の増援を待つ方向で戦おう」
昇の言葉に皆が頷くと昇はシエラに顔を向けた。
「シエラ」
昇の言葉にシエラは頷くと一気に力を解放させる。
「精界展開」
シエラから光り輝く柱が一気に天に向かって登っていくと、光の柱はシエラが指定した高度に達すると上昇するのを止めて、今度は包み込むように広がり始め、そして世界は白く染まって行く。
完全に白く染まった世界で昇は皆に向かって頷くとシエラ達も頷いてきたので、それを合図に昇達は元居た繁華街へと飛び出していった。
そこには先程までの人込みはすっかり無くなっており、少し遠くに数人の人影が見える。
「相手は三人のようじゃな」
相手の人数を確認した閃華がそんな事を言って来た。確かに精界内に見える人影は三人で、三人とも辺りを見回している。どうやら状況を確認しているようだ。
昇達は駆け出すとその三人へと一気に近づき、相手も昇達に気が付いたようで、両者は適度な距離を開けて対峙する。
「まさかこんな所に契約者が居るとは思いもしませんでしたわ」
派手なドレスを着た女性が明らかに威張った態度でそんな言葉を口にした。年齢からすれば昇よりも年上だろうが、そんなに大人びてないところからあまり年齢が離れていない事が分った。
状況から察するにどうやら彼女がこの中ではリーダーであり契約者なのだろう。なにしろ相手は三人。その中の二人は精霊である事はすでに分っている。そうなると後の一人は契約者となるのは必然だ。
そんな相手の契約者がこれまた派手な毛皮のような物が付いた扇子を昇達に向かって突き出してきた。
「この状況、これは宣戦布告と受け取っても構いませんわよね?」
昇達は五人に対して自分達は三人だというのに、相手の契約者はそんな人数差をまったく気にするどころか、高飛車な態度を崩す事無く言葉を放つ。どうやらこんな状況でも不利だとは感じていないようだ。どうやら何かしらの手があるのだと昇は感じたが、そう言われて黙っているのもあれなので昇は相手の契約者に向かって言葉を返した。
「ええ、申し訳ないですけど、あなた方をここで倒させてもらいます」
「そう、それは結構な事ですわね。後で……後悔しても知りませんわよ」
こんな状況でもやはり高飛車な態度を崩さない相手の契約者。そんな相手の契約者に琴未は業を煮やしたのだろう。一歩前に進み出ると相手の契約者に負けないぐらいの態度で言葉を放つ。
「あなたね、まさかこの人数差で私達に勝てると思ってるの?」
確かに人数だけを見れば相手の方が不利なのは確実だ。けれども相手の契約者はそんな琴未の言葉を笑い飛ばした。
「私の能力の前ではその程度の人数差など、何の問題にもなりませんわ」
「何ですって!」
相手の態度に思いっきり腹を立てる琴未を閃華が抑え付けに掛かる。
「琴未、あまり興奮するでない。相手の能力も分かっておらんのじゃからな。ここは慎重に事を進めんといかんぞ」
そんな閃華の言葉に琴未が言葉を失って頷くと同時に相手の精霊と思われる一人が前に出てきた。
「残念だけど私には少しだけ相手の能力が分かっているのよね。まあ、一人だけだけどね」
その言葉を発した人物の見た目は昇達より年上だと感じさせる容貌をしていた。けれども昇達が更に注目したのはそんな事ではなかった。
その人物は短く真っ白な髪をしており、肌も同じぐらいに白い。顔だけを見れば男性のようにも見えるが、胸の膨らみが女性である事を示していた。男装の麗人とはまさしく彼女の事を言うかのよう思えるほどだ。
けれどもそんな彼女からは男性らしい雰囲気はまったく出ておらず、返ってその顔立ちが彼女を美しくしており、まるで女神のように思えた。
そう、その髪や肌の白さ。そしてその雰囲気はシエラに似ていたからこそ昇達は驚きながらも注目したのだ。
「翼の精霊じゃな」
そんな彼女を見て閃華はそんな言葉を発した。そしてその人物は閃華が言った事が正解かのように自分の胸に手を当てて口を開く。
「その通りよ。私は翼の精霊。そう、そこに居る……シエラと同じくね」
その精霊は的確にシエラを指差した。その事で昇達の視線も自然とシエラに集中する。
そして指差されたシエラは明らかに驚愕の色を顔に出していた。
シエラが……またあの時みたいに。昇はシエラの顔を見て真っ先にそんな事を思った。それは数日前までのシエラであり、そんなシエラの瞳はどこか悲しげで、その存在はどこか儚げな雰囲気を出していた。
そんなシエラが相手の精霊を見て呟く。
「……アレッタ」
はい、そんな訳でお送りしました百一話はどうでしたでしょうか~。
まあ、今回は白キ翼編の初回バトルに繋げる話のようなものでしたからね~。昇達の私生活を交えながらお送りしてみました。
そして次回からはいよいよ白キ翼編の初バトルと入っていきます。けれども、その初バトルで思い掛けない事が……。そしてシエラを知っているアレッタという精霊との関係とは……。
まあ、なんにしても、それらはこれから明らかになっていく事なのでお楽しみに~。それに白キ翼編はちょっとバトルを多く取り入れようかと思っております。まあ、他倒自立編は少しバトルが少なかったようにも思えましたからね~。まあ、あれはあれで良いのかもしれませんが、白キ翼編では思い掛けないバトルを用意してありますのでお楽しみに~。
さてさて、長くなってきたので、ここいらで……締めません!!! まだ話を続けます!!! と思わせといてやっぱり締めます!!!
……ごめんなさい、ちょっと遊んで見たくなったので、ついやってしまいました。そんな訳で素直に締めますね。
ではでは、ここまで読んでくださりありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。更に評価感想もお待ちしております。
以上、昇もシエラ達に対する日常に慣れてきたな~、とか思ってしまった葵夢幻でした。