第三十ハ話
「うん、わかってる。僕のお返事をしてもいい」
「ええ、聞かせて頂戴」
「ソフィの気持ちは誰が聞くの」
「えっ」
「貴族なら、伯爵家なら絶対にまとめたいお話だよね。当たり前すぎてソフィの気持ち、誰も聞いてないような気がする。聞いてあげるだけで全然違う気がする。だから僕が聞く。母さまが僕に聞いてくれたように」
母さまはニコニコしています。
「母さま、お茶会の予定はいつなの」
「ふふふ、もちろん今すぐよ」
慌ただしく準備が進みます。
僕と母さまはおめかしをして馬車に乗ります。
ジーヤが御者を務めます。
お隣なのですぐ着きます。
中庭が会場みたいです。
トツカーナ伯爵夫妻とソフィが出迎えてくれます。
母さまと伯爵夫妻が挨拶を交わします。
僕も伯爵夫妻と挨拶します。
ソフィの表情は少し硬い気がします。
「こんにちは、ソフィアお嬢様」
「こんにちは、トキン様。昨日はありがとうございました」
僕はにっこりですが、ソフィはニコくらいです。
「伯爵様、伯爵夫人様、母さま、お行儀悪くてごめんなさい。僕、ソフィアお嬢様とお庭を歩きながらお話ししたいけどいいですか」
「トキン様、もちろんです。ソフィア案内して差し上げなさい」
「はい、お父さま」
ソフィと一緒に中庭を歩きます。
二人に会話はありません。
昨日、あんなに笑ったのが嘘のようです。
母さま達と距離を取ってから話し掛けます。
「僕、二時間前くらいに聞いたんだ。婚約のお話。ソフィはいつから知ってたの」
「私は昨日、夕食の後で聞いたわ」
「貴族どうしの結び付き、政略結婚だね。伯爵夫妻は絶対に纏めるんだって言ってない?」
ソフィは俯いたままです。
「貴族としては正しいけど。家の事情、貴族の立場を最優先。そこに本人の気持ちは関係ない。ソフィの気持ちを聞きもしない。じゃない?」
俯いていたソフィが、やっと目を合わせます。
「小さくたって貴族の娘ですもの。婚約や結婚のお話には従うわ」
「聞いてよソフィ。うちの本家当主は、まだ結婚もしてないんだ。歳も三十近いのにさ。僕の母さまも一度、公爵家を飛び出してるんだ。二人とも全然貴族家の人間の立場で動いてないんだ。それで五歳の僕達に婚約しろっていう。笑っちゃうでしょ。はははっ」
ソフィの表情が少しだけ、やわらいだ気がします。
ソフィの横から前へ移り、話を続けます。
「伯爵令嬢ソフィア・トツカーナの返事は聞かなくてもわかってる」
一呼吸おいて続けます。
「僕はソフィアという一人の女性の、本当の気持ちを聞きたいんだ。もちろん聞くからには僕が先に言うよ。よく聞いててね」
僕は大きく息を吸って言います。
「僕はソフィが大好きだっ」
照れくさいのをにっこりでごまかします。
そして、続けます。
「政略結婚、大歓迎だよ。ソフィとなら、こんな嬉しいことはない」
笑顔でソフィを見つめます。
ソフィの表情がみるみるニコニコになります。
「トキン、私も大好きよ。婚約も嬉しいわ。フフフッ」
楽しかった昨日の時間がよみがえります。
それを超える時間を過ごします。
「ソフィのこと、母さまはこう言ってたんだ。公爵家の人間と知る前も、知った後も変わらず接してくれたソフィは、僕の婚約者に相応しい女性だってね」
「アリアンナ様が、、」
「僕もそう思う。ソフィにもそう思ってもらえたら嬉しいな、はははっ」




