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その1 父帰る

 霧深い森の中、轟々と水の音が響いている。

 見事な大滝だ。

 高さ20m以上もの崖から、糸を引いたように白い筋が川へと吸い込まれている。

 その滝つぼにポツンと佇む小さな黒い影。

 いや、滝の大きさで錯覚しそうだが、近づいてみるとそれはガッシリとした体格の大男だと分かるだろう。

 銀色の長い髪と長い髭。頭には大きな二つの角。

 はだけた上半身は紫色。閉じた目を開けば瞳は金色であるに違いない。


 人類の敵、魔人である。


 魔人は一人、まるで修行僧のように滝に打たれて瞑想している。


 やがてこの修行場に来訪者が訪れた。

 この場に漂う厳かな雰囲気にそぐわない、都会的でポップな可愛らしい姿をした少女だ。

 明るい色合いの服を可愛く着こんだ、いわゆる甘めガーリーといったファッション。

 この異世界アルダの服装をそう呼んで良いのかは分からないが。

 彼女もまた魔人――前回グレートキングデビルに敗れた魔人、シャンシャンドゥであった。


「また変なところで鍛えてるし」


 シャンシャンドゥは滝に打たれる男を見て呆れ顔になった。

 男は滝の轟音の中で彼女の小さな声を拾ったのだろうか? 閉じていた目を開いた。


「姉ちゃんか」

「話があんだよ、ちょっとこっちに来い」


 男は小さくため息をつくと、長い髭から水をしたたらせながら滝から出た。

 滑りやすい川の中を平然と歩く。

 それだけで素晴らしいバランス感覚と、鍛えられた強靭な体の持ち主である事が分かる。

 シャンシャンドゥは木にかけてあった服を丸めると、弟の方へと放り投げた。


「あの二人を倒したヤツを見つけたから。アンタ手伝いなさい」


 シャンシャンドゥの言葉に男が目を見開いた。


「あの二人を倒したヤツ?! まさか人間が魔人を倒したってのか?! 一体どうやって?!」

「ちょ、近い! うっとおしい! 離れろって!」


 興奮気味に詰め寄る弟を押し返す姉。魔人といえど姉弟の間のやりとりはさほど人間と変わらないようだ。

 そういえばグレートキングデビルの裸にうろたえていた彼女だが、弟の裸には何も感じないのだろうか。


 家族の裸に興奮するのはエロ漫画だけ。


 我々はまた一つ新たな英知を得たようだ。


「相手はウチの最強魔獣でも歯が立たなかった化け物だから。アンタそういうの相手にするの好きでしょ?」


 どうやらシャンシャンドゥは家では自分のことを”アタシ”ではなく”ウチ”と呼んでいるようだ。

 外では色々とキャラ作りをしているようである。


「そいつの名前はグレートキングデビル。アイツ、魔人を二人とも倒したって言ってたわ」


 驚きのあまり立ち尽くす弟。姉の言葉が信じられないのだ。

 人間が魔人を二人も倒した? そんなバカな話、信じるほうがどうかしている。


「アイツのことは人間と思わない方がいい。パンツ一丁だし、何言ってんのか分かんないし。あんなのは化け物よヘンタイの化け物」


 シャンシャンドゥはここぞとばかりにグレートキングデビルをディスり倒す。


「とにかく、そういう訳だからアンタも手伝いなさい」

「分かった」


 男は二つ返事で引き受けると、激闘の予感に心を震わせるのだった。


◇◇◇◇◇◇◇


 ここはペリヤ村。ありふれた小さな田舎村だ。

 この物語の主人公、エタンの住む村である。

 今、その村に一人の男性が訪れていた。いや、帰り着いていた。


「あなた!」

「会いたかったよ、オレリア!」


 突然、エタンの家のドアを開けて入ってきたのは一人の男。

 彼はエタンの父親マックスだった。

 マックスは驚く妻に駆け寄ると強く抱きしめた。

 突然の父親の帰宅に、エタンは夕食のパンを手にしたまま目を丸くして驚いた。


「マックス!」

「・・・いや、そこは父さんと呼ぼうよ、我が愛しの息子よ」


 気弱で引っ込み思案なエタンだが、父親に対してだけは対等に向き合っていた。

 もちろんエタンも、父親がキライな訳でもなければ、突然思春期の反抗期が来た訳でもない。

 普通に父のことを「お父さん」と呼んでいた頃もあるのだ。


「そう呼ばれたければ落ち着いて欲しいな」


 苦笑いでそう答えるエタン。

 マックスは思わず目をそらした。


「そ、そんなことより、村は大変だったそうじゃないか」


 父の言葉に、家族団らんの空間は真面目な空気に包まれた。


「そうね・・・順番に話しましょう。夕食はもうとったの?」

「いや、急いで帰ってきたからね。良ければ僕の分も用意してくれるかな?」


 母オレリアはとりあえず自分の分をすすめておいてから、簡単に出せるものを作りに厨房へと向かった。

 父マックスは荷物を下ろすと、服のホコリが舞わないように部屋の隅で旅仕度を解く。

 エタンも立ち上がり、父の荷物を片付けるのを手伝った。


 こうしてエタンの家の長い夜が始まったのであった。

次回「母怒る」

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