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その5 ガッデム

 魔獣は喜びに震えていた。

 緩んだ口の端からは体液がダラダラと流れ、エメラルドグリーンのマットに落ちて汚い染みを作る。

 魔獣の主人は気まぐれで享楽的だ。

 あまり戦いを好まず、楽しい事を追いかける時間が多い。

 魔人にしては珍しい性格だった。

 そんな主人を持つ魔獣は、普段はあまり表に出してもらえないことが多い。

 それなのに、昨日今日とこの短い期間に立て続けに呼び出されたのだ。

 しかも目の前の相手は食い荒らし甲斐のありそうな大男だ。

 もちろん昨日の熊の方が食いでのあるサイズだったのだが、今日は少女というデザートが付いている。

 大男と少女の上げる悲鳴を想像すると、魔獣の口からは興奮で止めどなく体液が流れるのだった。




 グレートキングデビルはじりじりと円を描くようにリングの中央に立つ魔獣の周りを回る。


『グレートキングデビル仕掛けて行きません。ミラフォATさん、グレートキングデビルは自分より大きな選手と試合をした経験はあまりないんじゃないでしょうか?』

『そんなことはありませんよ。今はまだスキを伺っているだけなんじゃないんですか? 彼は海外遠征中に体の大きな外国人とも試合をしていますからね。苦手意識は無いと思いますよ』


 確かに、解説のミラフォATさんの言うようにグレートキングデビルの動きにはまだ余裕が感じられる。

 グレートキングデビルは足を止めると、右手を開いて頭の上に掲げた。

 手四つの力比べを求めたのだ。

 しかし魔獣はグレートキングデビルの右手を無視して襲い掛かった。


『おーっと魔獣、グレートキングデビルの誘いにのらない!』

『魔獣は知能が低いですからね。グレートキングデビルの意図が理解できなかったのかもしれません』


 どうやら解説者の言う通りのようだ。

 魔獣に跳ね飛ばされ、マットに倒れるグレートキングデビル。

 グレートキングデビルの無様な姿に、魔人シャンシャンドゥはリング下でうひひひひと笑った。

 しかしグレートキングデビルは首跳ね起き(ネックスプリング)で素早く立ち上がった。

 首跳ね起き(ネックスプリング)とは仰向けの状態から頭の横に手をついて、首と背中のバネで跳ね起きる技の名である。

 男の子なら子供の頃から思春期にかけて、誰もが必ず一度は挑戦するという非常にポピュラーな技となっている。

 だがこの異世界アルダでこの技を行う者はいないようだ。

 突然跳ね起きたグレートキングデビルに、魔獣は驚いて一瞬動きを止めてしまった。

 この隙を見逃すグレートキングデビルではない。

 グレートキングデビルはすかさず跳躍。魔獣の右膝に低空ドロップキックを叩き込む。

 バランスを崩してよろける魔獣。

 

 だがグレートキングデビルの猛攻は止まらない。起き上がりながら低い姿勢で相手の右足を抱えると今度は回転しながら倒れこむ。

 ドラゴンスクリューだ。

 魔獣の関節がどういう構造になっているのかは分からない。

 しかし、生物である以上、関節をねじられてタダですむわけはない。

 魔獣は悲鳴を上げながらダウン。リングの上で痛めた右膝を抱えてのたうち回った。


 そんな魔獣に対し、やはりグレートキングデビルは執拗に右足を攻める。

 相手が痛めた場所を攻める。試合運びのセオリーである。

 グレートキングデビルは先程同様に魔獣の右足を抱えると、今度は寝ころんだ相手に対してグランドのドラゴンスクリューをかけた。


「ちょ・・・何やってるし! そんな男とっととブっ殺すし!」


 魔人シャンシャンドゥは、自らの誇る最強魔獣の情けない姿に、マットを叩いて激怒する。

 グレートキングデビルのエグい連続攻撃に、会場の観客?からは大きな歓声が上った。


 グレートキングデビルは、背中を丸めてガードポジションに入る魔獣に対し、無理やり足を取ると逆エビ固め――ハーフボストンクラブに入る。

 いかに魔獣とはいえ背後の相手に攻撃は出来ない。

 魔獣は情けない叫び声を上げながら悶え続けた。


『グレートキングデビルの足殺し! 魔獣、グレートキングデビルのハーフボストンクラブを返すことが出来ない!』


 グレートキングデビルは魔獣の足に十分にダメージを与えると技を解いた。

 すでに魔獣は立ちあがることも出来ない。

 なまじ人の姿に似せて二本足にした弊害が出たのだ。なぜなら――


『なぜなら体の大きな選手は、その体重を支える足がどうしても弱点になりますからね。グレートキングデビルの狙い通りですよ』


 だそうである。


 シャンシャンドゥは今まで一度も見た事もない、自慢の最強魔獣の情けない姿にヒステリーを起こして頭をかきむしった。

 シャンシャンドゥの肩を持つわけではないが、もしここが戦場であったなら、もしかしたらこの場に倒れていたのはグレートキングデビルの方だったかもしれない。

 それほど最強魔獣の巨体と怪力は人間を圧倒するパワーを持っていた。


 だがここはプロレスのリングである。


 狭い空間でいきなり至近距離から始まる戦い。

 彼の巨体とパワーを生かすにはこのリングは窮屈すぎるのだ。

 得意とするパワーを十分に生かせない魔獣に対し、巧みな技で的確に相手の弱点を攻めるグレートキングデビル。

 テクニックがパワーを上回った結果が、今のリング上の光景となっているのである。


 グレートキングデビルは足を抱えて立てない魔獣の背後に回り込む。

 そして両腕で魔獣の太い胴に抱きつくようにホールドした。

 

 ムキッ!


 グレートキングデビルの背筋が盛り上がる。

 魔獣の巨体がフワリと持ち上げられる。慌てる魔獣。


「フッ!」


 グレートキングデビルは鋭く息を吐くと勢い良く体を反らす。魔獣の体は大きく弧を描いて背後へと投げ飛ばされた。

 魔獣は頭からマットに突き刺さった。


『グレートキングデビルの投げっぱなしジャーマン!』

『今の技は受け身を取れていませんね。危険な角度でした。魔獣選手、頭から落ちていますよ』


 たった一発の大技ですでに魔獣――


『一発の大技ですでに魔獣選手は瀕死の状態ですね。あの一瞬に全体重が首にかかりましたからね』


 ・・・だそうである。


 グレートキングデビルは止めを刺すべく魔獣の腕を掴んだ。


「何やってんの! 早く起きるし! そいつを殺すし!」


 シャンシャンドゥは顔を真っ赤にして絶叫する。が――


「えっ・・・?」

 

 ズルリ


 グレートキングデビルの手の中で、魔獣は紐がほどけるようにその姿を崩していった。

 リングの上に残ったのは魔獣の残骸である黒いブヨブヨした塊。そして茫然と立ちつくすグレートキングデビル。


 最強といえどもしょせん魔獣は魔獣に過ぎない。

 魔獣どころか魔人をも撃退してきたグレートキングデビルの敵ではなかったのだ。

 グレートキングデビルの投げっぱなしジャーマンの威力の前に、魔獣はあっけなく絶命したのであった。




 ザワザワ、ザワザワ・・・


 あっけない結末に会場?はざわめきに包まれていた。

 その時どこからともなく場内アナウンスが流れる。


『本日の試合は全て終了しました。またのご来場をお待ちしております』


 ええええええっ!


 謎の観客が一斉に騒ぎ出す。

 アナウンスは再度『本日の試合は全て終了しました』と、同じ言葉を繰り返した。


 ふざけんな! 何だよ今の試合は! 金返せ!


 興行側の塩対応に観客?の怒りが爆発した。


『こ、これは大変なことになりました! あっけない試合の幕切れに観客の怒りが収まりません!』

『とは言っても、もう魔獣選手は姿を消してますからね。どうすればいいのか・・・』


 会場を包む不穏な空気に危機感を覚えたのか、放送席からも焦りが感じられる。

 リング下でさっきまであっけにとられていた魔人シャンシャンドゥも、異様な雰囲気にキョロキョロと辺りを見回した。


 ポンッ


 シャンシャンドゥは、突然両肩に手を置かれてビクリと体をすくませた。


 ガシッ


 そして肩に置かれた手はそのまま彼女をホールド。

 振り返った彼女の目に映ったのは、ついさっきまでリング上にいたグレートキングデビルその人であった。


「キャアアアアアアッ!!」

『おっとぉ?! グレートキングデビル、リング下のシャンシャンドゥをリングの上に押し上げた!』

『何をするつもりですかね?』


 シャンシャンドゥは必死に逃げようとするが、グレートキングデビルは彼女の腕を掴んだままリング中央まで引きずって行く。

 さっきまで暴動寸前だった観客?も、ざわめきながらリング上の展開を見守っている。

 グレートキングデビルはぐるりと見えない観客席を見渡して怒鳴った。


「まだ試合は終わってねえぞォ! 勝手に終了させてんじゃねえ!」


 会場のざわめきが一段と大きくなる。グレートキングデビルの言葉にみんな戸惑っているのだ。


『ああっ!』

『どうしましたミラフォATさん』

『これは変則タッグマッチでした! まだ選手が、シャンシャンドゥが残っていますよ!』


 解説のミラフォATさんの言葉に会場がどよめいた。

 事態を察して顔面蒼白となるシャンシャンドゥ。

 彼女とて魔人だ。人間など何人来ようが敵ではない。

 人間など敵ではないのだが、自慢の最強魔獣をあっさりと倒すような化け物と戦うとなれば話は別だ。


「う・・・嘘でしょ? ね?」


 ガタガタと震えながら目の前の破壊獣を見上げるシャンシャンドゥ。

 グレートキングデビルは無言で拳を天に突き上げる。

 その姿を見てシャンシャンドゥは半狂乱になった。

 だが、どんなに彼女が暴れようがグレートキングデビルに掴まれた腕は万力で固定されたかのようにピクリとも動かない。


『待ってください! グレートキングデビル、本当にやるつもりですよ!』

『最っっ低ぇぇー! 最っっ低ぇぇー!』


 会場?のざわめきは次第に大きくなる。


 メキッ!


 拳に力が入ると、グレートキングデビルの右腕は一回り大きく膨らんだように見えた。


 その光景に観客?から大きな悲鳴が上がる。

 シャンシャンドゥの恐怖に見開いた目に涙が光った。


 ゴウッ!


 剛腕が空気を引き裂く音がした。


 パン!


 グレートキングデビルのそこそこ強いビンタを頬に食らって、シャンシャンドゥの体が崩れ落ちる。


「ガアッデエェェム!」

次回「勝利者インタビュー」

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