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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
98/243

98_欄外、特に物語とは関係のない顛末


……これは第四聖女の物語とは特に関係のない、いってしまえば舞台裏の一幕だった。


──ああ、ありがとう。


主演の少女が、紙と木でできた竜にその台詞を口にする。

伴奏の音色が響き渡り、同時に幕が下りていく。

明かりが消え、静まり返る観客席。


そして、一拍遅れての嵐のような拍手。

観客はみな、その顔に涙を浮かべ、感極まったようにその瞳を細めている。

劇の終わりの果てに訪れた、彼らのその陶酔こそが、劇団にとってはこのうえない幸福ハッピーエンドなのだった。


「……すごいです」


それを舞台袖から見ていた少女、キョウは小さく漏らしていた。

既に中盤で出番を終えていた彼女は、半ば見学のような形でカーテンの奥から劇を見ていた。

用意された椅子から、思わず身を乗り出して、物語の終わりに立ち会っていた。


……キョウがこの劇団に一時的に身を寄せることになったのは、マルガリーテの誘いによるものだった。

“たまご”をマルガリーテと共に脱出したキョウだったが、そこから先に、特に行くべきところがなくなっていた。

大きな目標としては当然“ロイ田中の前に立つ”ということがあったのだが、具体的にどうすればいいのかわからない。


何故なら、今までそういったことは基本的に、霊鳥のリューが考えてくれたから。

“たまご”の天空墓標にて田中を待ち構えるという案も、リューが提案したものだった。

なので、ある種キョウは途方にくれてしまった訳だった。


“……さしでがましいようですが”


そんなキョウを見かねてか、マルガリーテはキョウに対して告げたのだった。


“私の伝手で高速旅団の方に紹介してあげましょうか。聞いた話では、四番目の聖女が近くにいるとか”


聖女の近くまで紹介してもらい、衣食住まで保証。

条件としては破格であり「よ、よろしくお願いします……」とキョウはかしこまって告げたのだった。

そんなキョウに対し、マルガリーテは複雑な表情を浮かべながら息を吐いて、


“はぁ……まぁ第四聖女については私もあまり詳しくございませんの。

 とりあえず準備が整いましたら、ニケアちゃん……第一聖女に貴方を紹介してあげますわ”


そう言葉を交わし、マルガリーテとキョウは別れた。

マルガリーテは今、“たまご”での約束通り、処刑人形を止めるべく傭兵ギルドを訪れているはずだった。


ということで、仮の住まいとして高速旅団に身を寄せているキョウだったが、劇団に加わることになったのは、また別の話であった。

キョウは“たまご”での戦い以来、その身に翼を広げることができる。

そんなある種の特異体質を告げたところ、その場に居合わせた劇団員に強引に拉致されることとなった。


なんでも翼人の役者が怪我をしてしまったらしい。

その代わりが必要だったとのことだった。

もちろん自分は翼人でないと告げたのだが、とにかく翼が生えていれば何でもいいということで、強引に口説き落とされたのだった。


当然当惑したが、産まれてこの方初めてされた化粧メイクや、劇用に用意された衣装ににわかに心躍ったのも事実。

幸い、本当に台詞は最低限に減らされ、出番もさして多くないということもあって、ひとまずこなせてはいる。


「ああ、本当に感動しちゃいました」


そしてそれ以上に、この特等席で見る物語に、キョウは胸を打たれていた。

演じている以上、既に筋書きは頭に叩き込まれているし、何度も何度も繰り返し見ることになる。

それでもこのラストを見たときの、舞台と観客が一体となり産み出される陶然とした雰囲気、それは唯一無二のものがあるのだった。


何よりも──舞台の主役に、キョウの視線は向けられていた。

幕が下り、ゆっくりと舞台袖にやってくる彼女こそ『海に竜の名を二度唱えよ』の主演である。

ホワイト。

彼女こそ、この劇団に彗星のごとく現れ、あっという間に劇団の顔となった女優スタアだった。


「あら、キョウさん。お疲れ様」


ホワイトはそこでニッコリと笑みを浮かべ、キョウに話しかけてくれた。

舞台向けの化粧メイクがなされた彼女は、真っ白な肌と薄い衣装の組み合わせで、あどけない少女、といった風体だ。

しかし、その実ホワイトはキョウよりもいくらか年齢が上なのだ。


今のホワイトはとてもそうは見えない。しかし彼女は、ありとあらゆる者を演じ切る。

今日の彼女は純真な少女を演じていた。

しかし別の劇では妖艶なある美女を、また別の劇では凛々しき少年を完璧に演じてみせた。


「感動しました! 今回のホワイトさんは、最後の倒れ方が本当に恐ろしくて、でも美しくて……」

「うふ、貴方は何時も違う感想を言ってくれて嬉しいわ」


立ち上がり、たどたどしく想いを伝えようとするキョウに対し、ホワイトは笑ってそう返した。


「いや、私、全然劇とか知らなかったんですけど、ホワイトさんとか、劇団のみなさんを見てたら、いいなって」

「ありがとう。私こそ、貴方みたいな綺麗な人と一緒の舞台に立てて嬉しいわ」

「綺麗だなんてそんな……ホワイトさんの方が」


お世辞だとわかっているのに、キョウは顔を紅潮させてしまう。

なんというか、彼女の言葉には、胸を打つ天性の何かがあるのだった。


「マルガリーテさんのご紹介なのよね、キョウさんって」

「あ、はい。確かにそろそろ第一聖女の下に招待してくれるとか、なんとか……」

「第一聖女、ニケア様にね……」


ホワイトは椅子に座り込み、汗を拭った。

さしもの彼女も疲れたのだろう。


「この劇団はニケア様にお世話になった人が多いと聞くわ」

「それはマルガリーテさんから何となくお聞きしましたが……」

「私も会ってみようかしら?」

「え?」


キョウは思わず聞き返した。


「実は私、会ったことないの。聖女様に。この劇団に拾われたのも割と最近だったしね」

「そうなんですか。うーん、そうですね、今度マルガリーテさんに話してみましょうか」

「そうね。どこか気を見計らって挨拶したいと思っていたし」

「そうですね! わかりました! 私も会いたい人がいますし!」

「うん? 会いたいのはニケア様じゃないの?」

「え、いや、そのですね──」


そんな言葉を交わしていると、ホワイトの下に衣装や着替えの係の人たちがやってきた。

あまり長々と話している余裕はなさそうだった。

場の雰囲気を察したキョウは「それでは」と言って場を後にする。ホワイトも微笑みを浮かべ手を振ってくれた。


そうしてキョウもまた衣装や化粧メイクを落としたのち、ひとまず外に出ることにした。

今日の劇はひとまずこれで終わりだった。

なので、少しぶらついたのち、宿に戻ってしまうつもりだ。


劇団の館を出る際、演者の人間は目立つため警戒した方がいいといわれるが、キョウは特段何も警戒していなかった。

ホワイトのような女優スタアならともかく、自分のような木っ端な役では、衣装を脱いでしまえば誰も気づかない。

そう思ったいたし、事実今まで気づかれなかったのだが、今日に関しては違った。


「君は翼人のサルーサか」

「はい?」


館を出るなり、声をかけられた。

鳶色の髪をした青年でロングコートを羽織っている。足元には猫がいた。

顔立ちはなかなかに整っているが、記憶にある限り、キョウは今まで一度も会ったことがない筈だった。


「サルーサの翼のはばたきはなかなかだった。

 物語において君は確かに端役に過ぎない。がしかし、渚に眠る竜の目覚めを示す、場面展開を演出として君の翼はあまりにも重要だ。

 そういう意味で、君はこの劇において絶対に外せない存在なのだ」

「ええと……?」

「それを君は確かに成し遂げた。銀色の翼は舞い、海の昼と夜は逆転する。その間、横切るサルーサはほんの少しだけ憂いを帯びた表情を浮かべている。

 技巧などはなくとも、あの佇まいは賞賛に値する名演だったと、俺は評価したい」


そう言って彼は恭しく頭を下げる。

キョウは目をぱちくりとさせつつも、とりあえず褒められているらしいと思い「ありがとうございます」と口にした。


「いやいや、すまない。厄介な客となってしまったのは自覚している。

 君の当惑はもっともだろうが、しかし俺の率直な意見を述べたかったのだ」


男は鷹揚に言い残し、去っていった。

残された猫が「にゃおん」とキョウを見上げて言う。ごめんなさい、とでも言っているようだった。


そして猫も雑踏の中に去っていく。

商人や旅人であふれかえるこの街に男と猫はあっさりと消えてしまった。

彼らが去ったあとしばし見つめたのち、


「なんですか? あれ」


キョウは首を傾げて言った。



……すべて、第四聖女の物語とは、特に関係のない一幕であった。




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