99_最後の物語
空には、幻想が舞っていた。
その粒子の色濃いきらめきと共に“竜もどき”は荒野を飛んでいた。
ぶううん、という駆動音を聞きながら、トリエはぼんやりと天蓋から空を眺めていた。
隣では7《ジーベン》が難しい顔で何やら思案している。
元々狭い車内だ。トリエと後部座席を二人で分け合うような形になっているため、長身の彼はやや窮屈そうだ。
そして、ちら、と前を見れば、それぞれの手で結晶を握り占める5《シュンフ》の姿が見える。
彼女はこの三日のほとんどの間、そこに座っていた。
そう、三日だ。
言語機関車での騒動から三日ほど経っている。
ヴィクトルの襲来から辛くも逃げた彼らは、そのまま空を飛び続けていた。
一度着陸することも考えたが、この“竜もどき”はやはり試作品のようで、一度降りればもう一度飛び立てるのかわからないということだった。
幸い最低限の生活スペースがあり、非常食なども積み込まれてはいた。
それ故に、ここまで飛び続けることは、とりあえずはできたのだった。
「……予定通りなら、今日、1《アイン》たちが合流ポイントに到着するはずです」
空の中、7《ジーベン》が口を開いた。
「どこかで印を打ち上げるべきでしょう。この試作機でポイントまで辿り着くのは現実的ではありません」
「そうだね」
「このあたりはかなり幻想が濃いので、打ち上げる印もかなり大きめになるのが懸念ですが」
「あの男まで引き寄せるかもしれないってこと」
「ええ」
あの男、とはヴィクトルのことだろう。
トリエは何故彼がああまでして自分に執着するのかわからなかった。
とはいえあの様子では、まだまだこちらへの追撃を諦めはしていないだろう。
「とはいえ、1《アイン》らと合流できれば流石に問題ありません。
それに高速旅団との兼ね合いで交戦は避けましたが、この荒野での戦闘なら、もともと敗けはしないでしょう」
「俺の方が強い、て言いたいんだ?」
5《シュンフ》が少し面白そうに言った。
しかし7《ジーベン》は神妙な口調を崩さずに、
「いいえ、貴方と私、二人でかかることができるのなら、という意味です」
「……まぁ、ね」
そこで二人の会話は途切れた。
鈍い駆動音だけが“竜もどき”の中を流れ続ける。
「……どうやら終わりは近いらしいな」
竜のアランがしわがれた声で言った。
ええ、とトリエは胸中で同意を述べた。
1《アイン》との合流。
それが叶った時、一緒にいるという8《アハト》という異端審問官に、自分は殺されるのだ。
その事実をトリエは一人反芻する。
これから殺される。殺されて、それで何もかもが終わりになる。
そう頭で考えたところで、怖くはなかった。
少なくとも今はまだ。
「……一つ、物語を読んであげようか」
ふとそこで、5《シュンフ》が口を開いた。
トリエが、その言葉が自分に向けたものだとすぐには気づけなかった。
「え、お話?」
戸惑いつつもトリエはそう聞き返すが、5《シュンフ》はさらりと、
「うん、暇でしょ」
「それは、そうだけど」
「あたしも、暇だからさ」
それだけ言って、5《シュンフ》はおもむろに語り始めた。
あるところに、翼人の姉妹がいました。
と。
「だけど、その姉妹は双子でしたが、まったく似ていませんでした。
だって翼人なのに、姉の方には翼が生えていなかったのですから」
今の5《シュンフ》は仮面をつけてはいなかった。
しかしトリエの席からは、彼女が果たしてどんな顔をしているのか窺うことはできなかった。
「その緑豊かな大神樹において、翼の生えてこない子供が生まれたのは初めてでした。
当然みな戸惑いました。
しかし、姉の方をを決して排斥するようなことはありませんでした。
たとえ翼はなくとも、彼女が同じ樹に住まう家族の一員であることには変わりなかったからです」
……元気よく快活な性格をした妹の方は、アルノ。
そして、翼はなくとも愛らしい顔立ちをした姉の方は、ノーマ。
それぞれ、そう名付けられ彼女らは、二人で共に育っていきます。
皮肉なことに育てば育つほど、二人の姿形はまったく別のものになっていきましたが……
「でも、その妹は、アルノはノーマ姉さんのことが大好きでした。
たとえ翼はなくとも、その澄んだ碧色の瞳が」
──大好きだったんです。
5《シュンフ》は、静かに語り続けた。




