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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
95/243

95_竜もどき


工房に奥に、その“竜もどき”は佇んでいた。

『弐号』という名はあくまで便宜的なものだろう。

きっとまだ名前すらつけられていない、出来損ないの翼だった。


しかし、あの7《ジーベン》が目をつけていたモノ。

この場を脱出するには十分ということだろう、とトリエは思った。


「扉は、ここ……?」


5《シュンフ》が核にあたる水晶をいじると、が開いた。

操舵席と、その後ろに何人かが入れそうなスペースが空いている。

トリエは5《シュンフ》に手を引かれ、その間に強引に突っ込まれた。


「使い方、知ってるの?」


そして操舵席に収まる5《シュンフ》に対し、身を乗り出してトリエは尋ねた。


「知る訳がない」


すると彼女は、さらりとそんなことを言ってのけた。

トリエはなんといったものかと言葉に詰まるが、


「でも、大丈夫」


水晶に走る言語テクストを猛然と読みながら、彼女は断言する。


「あたしは飛べたから──きっと今だって飛べる」


その言葉と同時に彼女は、操舵用の水晶をそれぞれの手で握りしめた。

椅子に備え付けられた二つの水晶は、ぼう、と幻想リソースの青い輝きを見せた。

同時に言語機関テクストエンジンが獣の咆哮のような唸りを上げ、ぐん、と浮き上がる感覚が襲う。


「ちょっと、5《シュンフ》さん、扉ぐらいしめ」

「大丈夫」


何が大丈夫なの、と言おうとしたが、しかし5《シュンフ》は決然と顔を上げて、


「飛んでみるから!」


その瞬間“竜もどき”は翼を広げた。

水晶に光がともり、想念の両翼が羽ばたき、工房の天井を突き破っていた。

衝撃が伝わり、トリエは思わず頭を打つ。


あまりにも強引な飛行。

ドーム内を不格好な“竜もどき”が、やはり変な軌道で飛んでいる。


「──あは」


そのさなか、5《シュンフ》は楽しそうな笑みを浮かべていた。

思わずトリエはドキリとする。彼女がそんな風に笑うのを、その時初めて見たからだ。


「飛んでる。飛んでる。また──飛べてる! あたし!」


いつも茫洋と澱んでいた瞳に、光が灯っていた。

そうトリエには見えた。

彼女は快活に、楽しそうに、そして泣きながら空を飛んでいるのだ。


「ねえ! 見て私! 飛んだ! 飛んだよ!」


彼女はそう言ってトリエを見上げて、


「飛んだよ──姉さん」


そう呼ばれた時、トリエは思わず目を見開いた。

「あ」と声が漏れる。5《シュンフ》もまた目を見開き、口元を手で押さえていた。

その瞬間、二人の時間が静止したように感じた


「おい、馬鹿者落ちるぞ」


竜のアランの声に、トリエが顔を上げる。

「5《シュンフ》さん! 飛んで、飛んで」とトリエは叫びを上げた。

態勢を崩しかけていた船を、慌てて5《シュンフ》が操る。


「……7《ジーベン》を拾うから」


5《シュンフ》がそう言うと、“竜もどき”が翼を羽ばたかせる。

大周りに旋回し、工房の前へと向かう。


その先で、7《ジーベン》とヴィクトルが刃を交えているのが見えた。

一進一退の攻防を続けているようだった、7《ジーベン》はこちらの接近に気づいたのか、顔を上げる。


「来て、来れるでしょアンタなら!」


5《シュンフ》が声を張って告げた。

その言葉を受け、7《ジーベン》はその手に持った偽剣ソードレプリカを鞭のような形状へと変形。

一瞬の跳躍ステップとの組み合わせで、空に飛ぶ“竜もどき”へとその刃をひっかける。


「ヴィクトルがっ!」


7《ジーベン》の離脱をヴィクトルが黙ってみているはずもない。

彼は手を上げ、不可視の剣撃によってこちらを穿とうとする。

通常の偽剣ソードレプリカからどう考えても射程外だが、ことヴィクトルに関しては、その剣の性質故ここまで届き得る。


「『ヴァラディオン』」


だがそれを阻んだのは、やはり5《シュンフ》だった。

彼女はその手に出現させた剣を片手で握りしめ──炸裂させた。


『ヴァラディオン』は『可変式フーブゥ』と同じく特殊な機構を搭載した偽剣ソードレプリカである。

剣身ブレイドの六つの子騎チャイルドへと分離させ、それぞれに刻まれた天使Viaの物語群によって、剣は飛び上がる。

つながりのない選集アンソロジーを一つにまとめる。

そのコンセプトの基に設計された偽剣ソードレプリカであり、5《シュンフ》によって放たれた子騎チャイルドがヴィクトルへと襲い掛かる。

子騎チャイルドは単純な動きしかできないが、しかしヴィクトルが一人である以上、対応せざるを得ない。


その隙に7《ジーベン》が“竜もどき”の核まで登ってこようとする。

そんな彼にトリエは手を伸ばすが、


「さて、何故手を伸ばそうとする? 彼らは君を殺そうとしているのだぞ?」


竜のアランの声が響いた。


「そこの5《シュンフ》という女はどうも御しやすそうだし、抜け目がなさそうなこいつだけでも蹴落とすのもありだぞ、トリエ」


トリエは首を振って、


「どうせ終わるなら、終わり方を選びたいでしょう?」


そう呟いて、7《ジーベン》の手を取った。

彼はトリエの手を握り返し、さっとその身を核の中へと引き入れた。

がた、と音を立てて7《ジーベン》が入ってくる。同時に核の扉が閉じた。


「飛ぶよ」


5《シュンフ》はそう言って、“竜もどき”を羽ばたかせた。

急加速がかり、その勢いのままドームの天井を突き破る。

青い空が見えた。

濃い幻想リソースがきらきらと光る、きれいな空だった。

眼下には荒野を走る芋虫、言語機関車がいる。

もう既にヴィクトルの剣も届かないだろう。

再び自分は逃げていくのだ。


もうあの部屋がないことには一抹の寂しさを覚えるが、しかし楽しそうに笑う5《シュンフ》の横顔を見ていると、なんだか晴れやかな気分になっていく。

あの時計塔の街の時よりも、ずっと……



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